月: 2020年12月

  • 新千夜一夜物語 第17話:激辛カレー教諭いじめ事件と魂の属性

    新千夜一夜物語 第17話:激辛カレー教諭いじめ事件と魂の属性

    青年は激怒していた。

    神戸市の小学校にて、男性教員(20代)が先輩の教員たち(30〜40代)に羽交い締めにされて激辛カレーを目にこすりつけられたという、教師間にて行われたいじめ事件についてである。

    加害者グループは被害者にとっての先輩教師4人(首謀者の女性1人、男性3人)であり、他にも別の女性教員らにLINEでわいせつなメッセージを無理やり送らせたり、被害者の男性教員の車の上に乗ったり、その車内に飲み物をわざとこぼしたりしたという。

    被害者の男性は兵庫県警に被害届を出しており、今も登校できない状況が続いているとのこと。
    一方、加害者4人は休職処分となった。また、いじめの様子は動画で撮影されており、動画を見た児童の一部が精神的ショックを受けたようで、その児童たちへの心的配慮として給食でのカレーを中止した。

    教員の間でいじめがあるようでは、学校でのいじめ問題が改善するはずがない。
    今回の事件も、何らかの霊障による原因があるのではないかと感じた。そして、陰陽師に今回の事件の要因を確認すべく、出かけるのだった。

    ※今回の主な登場人物の鑑定結果
    ①いじめの中心となった女性教員
    頭2、2(4)−4、魂7(先祖霊の霊障なし)
    天命運に2・8・14の相。チャクラ1〜7の乱れ
    全体運8、ビジネス運8、金運8、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓−、
    憑依−、大日不可思議8

    ②いじめの被害者となった男性教員
    頭1、2(3)−4、魂7(先祖霊の霊障なし)
    天命運に2・5・8・14の相。チャクラ1〜7の乱れ
    全体運7、ビジネス運8、金運8、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓−、憑依−、
    大日不可思議8

    ③激辛カレーを食べさせる時に被害者を羽交い締めにした教員
    頭2、2(3)―4、魂7(先祖霊の霊障なし)
    天命運に2・8・14の相。チャクラ1〜7の乱れ
    全体運8、ビジネス運8、金運8、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓−、
    憑依−、大日不可思議8

    ④女性教員を他校から呼び寄せた校長
    頭2、2(3)―3武士、魂7(先祖霊の霊障なし)
    天命運に2・14の相。第7チャクラの乱れ。
    全体運8、ビジネス運8、金運8、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓−、
    憑依−、大日不可思議8

    ⑤いじめの対策を取れなかった現校長
    頭2、2(3)―3武士、魂7(先祖霊の霊障なし)
    天命運に2・8・14の相。チャクラ1〜7の乱れ
    全体運8、ビジネス運7、金運8、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓−、
    憑依−、大日不可思議8

    『先生、こんばんは。また2−4でしょうか!』

    部屋に入るなり、開口一番青年は吠えた。

    「いきなりすごい鼻息じゃが、今度は何があったのかの?」

    『失礼しました。今回はいじめ事件について話を聞きにまいりました』

    青年は、深々と謝罪の礼をしたあとで、事件の概要を陰陽師に説明し始めた。

    *教員の名前が未公開のため、人物についてはインターネットから確認できた範囲となります。

    いくつかの質疑応答の後、事件の概要と主要な人間関係を理解した陰陽師は小刻みに指を動かしながら、鑑定結果を書き記していく。

    鑑定結果を見た青年は、驚きの声を上げる。

    『いじめの中心となった女性教員(※①参照)は転生回数の十の位が40回代ですから、運気が“小山”に当たるとはいえ、やはり、2−4ですか』

    鑑定結果のメモ書きを凝視し、青年は続ける。

    『先祖霊の霊障にも天命運にも、5:事故/事件がないのに、今回の加害者となった理由としてどういったことが考えられるでしょう?』

    「まず気性がかなり荒い。また、この女性教員の場合、天命運に2:仕事と14:偶発的人的トラブルの相があることも、事件の引き金の一端になったと思われる」

    『この女教師は、前校長から気に入られてこの小学校に引き抜かれたようですし、生徒からは頼り甲斐のある先生という声もあったことから、性格に二面性があったのかもしれませんね』

    「さらに言うと、この女性教員の場合、チャクラ1〜7全てが乱れておるところからみて(−40%)、他の人間に比べてストレスが溜まりやすく、その結果、ストレスのはけ口として今回のような事件を引き起こした可能性もかなり高いじゃろうな」

    青年はうつむき、少し長めの息を吐く。過去にいじめられていた体験を思い出したのだろうか。

    『ちなみに、被害者の男性教員(※②参照)も同じ2−4の人物ですが、頭が1なので、穏便に事を済ませようとしてあまり抵抗しなかったことも、加害者の教員たちのいじめがエスカレートしていった一因かもしれませんね』

    「もちろん、その可能性もあるじゃろうし、被害者の教員の天命運に“5:事故/事件”があることから、それが原因でターゲットになってしまった可能性も捨てきれんじゃろうな」

    『なるほど。それにしても、他の教員たちが止めようとしなかったことが不思議です。女性教員の取り巻き(※③参照)が頭2で2−4なのでいじめに加担するのはわかりますが、いじめを容認していた、二人の校長(※④、⑤参照)が“3:ビジネスマン”階級なのはどう理解したらよろしいでしょうか』

    「学校を一つの組織と考えれば、校長は企業でいうところのトップじゃ。もちろん2-4が校長になることも皆無とはいえないじゃろうが、腐っても鯛ではないが、魂3の二人が校長の座に上り詰めたことは、それほど驚くことではあるまいて」

    青年は納得顔でうなずき、口を開く。

    『聞くところによると、前校長(※④参照)はあまり仕事をしない人で、職員室で何があっても関係ないという事なかれ主義の人物だったようですから、女性教員が自分の代わりに教員たちを仕切ることをある部分容認していたと考えることもできますよね』

    「前校長のチャクラの乱れは7のみ(−20%)であるところから、一見障害が少ないと考えがちじゃが、実相はその逆で、7ひとつで-20%ということは、乱れのある個所が7であることも含め、1〜7の全てのチャクラが均等に乱れていることよりも問題が大きいということになる」

    『とおっしゃいますと?』

    「−40%の障害を1〜7で単純に割り算すると、一つのチャクラの乱れの平均値は約6%となるが、前校長の場合は7の乱れが単独で20%もあるんじゃ。チャクラ全体の説明は別の機会にするとして、第7チャクラの機能を端的に説明すると、動物的な生き方、つまり生存本能をベースとした生き方から、より本質的な生き方、つまり物欲主導の生き方から高次の使命感(滅私奉公・霊主体従)といった生き方へと向かうという機能を担っておることから、第7チャクラが正常だと、目に見えない世界に関する“真実”をおのずから理解できるようになり、物事を言葉によって理解するというより、直感/感覚・概念として理解する感覚が身についてくるようになる。逆に、このチャクラに異常があると、肝心な時に気力が充実しないことがあり、大局を見誤ることになるわけじゃな」

    『と言うことは、前校長の場合は、大局的な判断を下しにくいことから、結果的に採用してはいけない女性教員を誤って推薦してしまった可能性が高いと・・・』

    「まあ、そういうことじゃ」

    陰陽師は首肯して答える。

    「話を聞く限り、後任の現校長(※⑤参照)も女性教員の暴走を止めることよりも、下手な仲裁をすることによって、その矛先が自分に向けられることを避けたい、そんな思いが心の片隅にはあったのかもしれんな」

    青年は腕を組み、唸り声をあげる。

    「さらに言えば、いじめの首謀者である女性教員を除き、他の四人の教員の転生回数が30回台というのも決して偶然ではあるまい」

    青年はメモ書きを再び覗き込み、口を開く。

    『そう言えばそうですね! 転生回数の期に関わらず、30回代は心身が不安定になりやすく、数奇な運命を歩みやすいというお話でしたよね?』

    「その通りじゃ。今回のような事件に関わることも、数奇な運命の範疇なのじゃろう」

    『いじめという言葉はだいぶ前から出回っていましたが、ここまで目立つ事件は少ない気がします。それと、今回の顛末が、給食のカレーを中止するという見当違いとも思える措置がとられたのも数奇といえるのではないかと』

    青年は苦笑しながら言った。陰陽師も微かに笑みを浮かべてうなずく。

    「ところで、この事件に関し、インターネットではどのようなコメントが出ておるのじゃ?」

    『確認しますね』

    青年はスマートフォンを操作し、コメントを読み上げる。

    《コメント1》
    何を批判されてて
    何が問題になってるのか

    まったく理解できてないんだな・・・

    ※頭1、4(4)―4、魂の属性7
    天命運に2・8・14・17の相。チャクラ5・6の乱れ。
    全体運7、ビジネス運7、金運7、人運7、恋愛運7、健康運7、天啓−、
    憑依−、大日不可思議7

    《コメント2》
    そもそも普通ではない激辛カレーを給食なんかに出さないでよ
    子供だって食べられない子いるでしょうに

    ※頭1、2(3)―4、魂の属性3(2・6〜14・17の相)
    天命運に2・8・14・17の相。チャクラ2〜6の乱れ。
    全体運8、ビジネス運8、金運8、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓−、
    憑依9、大日不可思議9

    《コメント3》
    期待している対応「教師全員を解雇、刑事事件として告発します」
    実際の対応「カレーやめます」

    ※頭2、2(3)―4、魂の属性3(2・8・12〜15の相)
    天命運に2・8・14・17の相。チャクラ5の乱れ。
    全体運7、ビジネス運7、金運7、人運7、恋愛運7、健康運8、天啓−、
    憑依−、大日不可思議9

    《コメント4》
    問題の根本を改善するのではなく
    とりあえず臭いものに蓋をする風土なのですね

    ※頭2、2(3)―3武士、魂の属性3(2〜5、12・17の相。5は一般事故・被害者・怪我)。天命運に2〜5・17の相。チャクラ4〜6の乱れ。
    全体運8、ビジネス運8、金運8、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓8、
    憑依−、大日不可思議8

    《コメント5》
    教師になるくらい頭がいい筈なのに何でこんなにバカなの
    もう教師というシステムやめてAIの授業とかでいいのではないか?

    ※頭2、4(3)―4、魂の属性3(8・12・17の相)
    天命運に2・8・17の相。チャクラ5の乱れ。
    全体運7、ビジネス運7、金運7、人運7、恋愛運7、健康運7、天啓−、
    憑依9、大日不可思議7

    以下、コメント5に対し
    《コメント6》
    小学校の教員になるようなやつが頭いいわけないだろ

    ※頭2、2(3)―4、魂の属性3(2〜4・6〜14・17の相)
    天命運に2・3・6・8・14・17の相。チャクラ1〜6の乱れ。
    全体運7、ビジネス運7、金運7、人運7、恋愛運7、健康運7、天啓−、
    憑依7、大日不可思議8

    《コメント7》
    大学出て教員採用試験受かるくらいの頭持ってる奴が
    高卒程度の地頭しか持ってない奴にどうやって教える事が出来るんですかね
    天才の思考論理は分からないのが当たりまえだが、アホの思考論理も分からないでしょ?
    そもそも大卒しか教員になれないって制度が間違っている

    ※頭2、3(3)−3武士、魂の属性3(2〜4・6〜12・14・17の相)
    天命運に2〜4・8・17の相。チャクラ3〜6の乱れ。
    全体運7、ビジネス運8、金運8、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓−、
    憑依9、大日不可思議9

    《コメント8》
    今の教師なんて高卒に毛が生えたレベルの知能しかない

    ※頭2、2(3)―4、魂の属性3(2・4・8・12〜15の相)
    天命運に4・8・14の相。チャクラの乱れ無し。
    全体運7、ビジネス運7、金運7、人運7、恋愛運7、健康運7、天啓−、
    憑依−、大日不可思議7

    《コメント9》
    教師はバカしかいない

    ※頭2、4(3)―4、魂の属性3(2・3・6〜14・17の相)
    天命運に2・3・6・8の相。チャクラ4・5の乱れ
    全体運5、ビジネス運5、金運5、人運5、恋愛運5、健康運8、天啓−、
    憑依9、大日不可思議7

    《コメント10》
    まあペーパーさえ出来れば大学には入れるし。
    単位さえとって試験に受かれば免許は取れる。
    そんなもんです。

    ※頭2、3(3)―4、魂の属性3(2〜4・6・9・12・17の相)
    天命運に2〜4・6・9・17の相。チャクラ1・5〜7の乱れ。
    全体運3、ビジネス運7、金運7、人運7、恋愛運7、健康運8、天啓−、
    憑依9、大日不可思議7

    《コメント11》
    教師なんてアホ大学の教育学部卒ですよ

    ※頭2、3(3)―3武士、魂3(先祖霊の霊障に4・6・8・9・13・17の相)
    天命運に4・6・8・9・17の相。チャクラ7の乱れ。
    全体運5、ビジネス運8、金運8、人運3、恋愛運7、健康運9、天啓9、
    憑依−、大日不可思議7

    陰陽師は指を小刻みに動かしながらコメントを聞いていたが、やがて指を止めて口を開く。

    「この中で、魂3によるコメントは、4、7、11の三つとなる。それ以外は全て魂4じゃな」

    青年は再びスマートフォンで該当するコメントを見、答える。

    『ということは、半分以上が魂4ですね。ここらあたりにも魂4の参加意識の高さがしっかりでていますね』

    「そうじゃの」

    『しかし、コメント1と2も魂4だったとは。コメントを読む限り、一歩引いた視点な感じがしたのですが』

    陰陽師は再び指を小刻みに動かし、数字を書き足していく。

    「その二人は頭が1なので、他のコメントとは違った印象を受けたのじゃろう」

    青年は納得顔で何度もうなずく。

    『4と7と11は教員の人格や行動というよりも、事件の根本的な問題や原因について触れている印象があります』

    陰陽師はうなずいて賛同の意思を示す。

    『コメント5はもっとも反応が多かったので読み上げましたが、やはり魂4でしたか。内容としては教師というシステムに言及していますが、AIにすればいいという結論が短絡的なのでしょうか? AIに変えたら変えたで起こりうるであろう、新たな問題をまったく想定していないような感じがするのですが』

    「それもそうじゃが、それ以前の問題として、義務教育の中でも、特に小学生は勉学以上に人間教育という側面が重要となる」

    『そのような意味で、AIが授業を行った場合、対AIのスキルは上達するかもしれませんが、対人間とのつき合い方に大きな支障が出るような気が僕もしています。もちろんこれからAIが活躍する領域はますます広くなっていくのでしょうが、そうであっても対人間とのつき合いが基本になることに変わりはないと思います』

    青年は背もたりに寄りかかり、後頭部を両手で支える。

    「そなたの言うように、百歩譲って魂4の児童が2−4の教員から指導を受けるのを是とするとしても、魂1〜3の児童までもが、大局的見地に欠けたものの見方や意見を一方的に押し付けられることは大いに問題じゃろうな」

    『僕が小学生の頃、きちっとした理由づけもなしに“こうと言ったらこうなんだ!”式の意見を押しつけてきたり、すぐ感情的になる教員がいましたが、今考えてみると皆2-4だったのでしょうね』

    「もちろんそれらの教師も皆2-4じゃが、問題は、そのようなやり方が今も教育現場でまかり通っているという現実じゃ。前にも話したように、ワシは月の半分近くを京都で過ごしておるのじゃが、居酒屋などで小学校の教師連中に遭遇することがままある。もちろん京都という特殊な場所柄、そのほとんどが2-4なのはいうまでもないのじゃが、彼らの話に聞くとはなしに耳を傾けていると、果たしてこんな連中に教育の現場を任せておいていいんじゃろうか、そう思わずにはおれない話が聞こえてきたことも一度や二度ではない」

    陰陽師が小さく首を振りながら、小さくため息をついた。

    『ところで原初的な質問なのですが、たとえば戦前も、小学校の教師には2-4が多かったのでしょうか』

    「とんでもない」

    青年の質問に、陰陽師は首を横に振る。

    「戦前の小学校(尋常小学校・高等小学校)の教員は、ほぼ2(4)−3が半分近く、1(7)−1が約4割、残りの1割が2−4か2−2という比率じゃった」

    『え、そうなのですか?!』

    陰陽師の意外な回答に、青年は目を大きく見開く。

    『ということは、現代と構成比率が全く異なっているのですね』

    「その通りじゃ」

    『しかし、敗戦によって、小学校の教育の場に何が起こったのでしょう?』

    「原因は、大きく三つにわけられる。その一つは、敗戦より、焦土と化した我が国の復興のため、魂1~3の優秀な人材の多くが“教育よりも経済復興を選んだこと”じゃ。その結果が昭和40年代以降の奇跡の経済復興へとつながってはいくものの、戦後の多くの優秀な人材が、たとえ経済行為に直接従事しないとしても、大学や各種の研究機関などへ流れてしまい、初等教育に関心を持つ者が、極端に減ってしまったという問題じゃ」

    『なるほど』

    陰陽師の説明に、青年は大きく頷く。

    「そして、二つ目には、“教育の変質”という問題じゃ」

    『教育の変質ですか?』

    「たとえば、日教組が“教師は労働者”という考え方を打ち出したことで、教育に対する教師の情熱が大きくそがれてしまった。また、国旗・国歌の問題に代表されるように、教育に政治を持ち込み教育の質も低下してしまったという問題も存在する」

    『しかし、今でも情熱をもって生徒を指導している教師は相当数いると思いますが・・・』

    「もちろん、それはそうなのじゃが、戦前の教育現場では、“教師は労働者“なぞという考え方をする教師は、まずいなかった。逆に、戦前の教師とは、教育を”聖職“と考える人格的に優れた人たちによって構成されていた」

    『そのあたりが、2(4)−3が半分近く、1(7)−1が約4割という比率に現れているわけですね』

    「そのとおりじゃ」

    青年の言葉に小さく頷くと、陰陽師は話を続ける。

    「そもそも戦前の小学校教師は、“師範学校”という今でいう教育大学出身者が基本となっていた。教師を養成するために作られた官立の学校であった師範学校は、東京に設置された日本初の教員養成機関(後の東京高等師範学校、学芸大学、東京教育大学を経て現在の筑波大学)の固有名称であったし、かつての京都師範学校は戦後、京都学芸大学を経て、今の京都教育大学になっておるといった具合にな」

    『なるほど』

    「ともかく、戦前の師範学校は学ぶことすべてが教職課程だったわけじゃから、教師になっても、そもそもの心構えが今とまったく違う。また、戦前は、士官学校同様、学費が一切かからず、さらには些少ながら給料も出たので、教師になるということは、優秀であるが貧しくて上の学校に行けない人間たちにとって、人生の大きな選択肢の一つだったわけじゃ。さらに言えば、師範学校そのものへの入学もなかなか難しく、入学選考では人柄や学力のみならず、変な顔をしていたり体臭が強いというだけで、教師には不向きと判断され、不合格になったなどという笑い話のような話さえ残っているくらいなんじゃ」

    『なるほど、そこまでしないと師範学校に入れないということでしたら、自然と自覚がつきそうですね』

    青年の言葉に、小さく頷きながら、陰陽師は言葉を続ける。

    「教育という職責の意味を嫌というほど叩き込まれたそんな師範学校出身の教師たちは、高級官僚や大企業の幹部などになった帝大出身者の超エリートを尻目に、明日の日本を背負って立つ人材を育てることに強烈なプライドを持っていたわけじゃ」

    『つまり、戦前の先生というのは、現在僕たちが教師に持っているイメージと全然違う存在だったのですね』

    陰陽師の説明に、青年は納得顔で大きく頷く。

    「その通りじゃ。今説明してきたような経緯から、戦前の教師は教育に対するスタンスが今の教師とは決定的に違っていた。勢い、教育を受ける生徒自身や保護者との間でも、全面的な信頼関係が成立していたわけじゃな」

    『できることであれば、僕も戦前の教育を受けてみたかったです』

    青年は感嘆の息を漏らし、答えた。

    「それは、かく言うワシも同感じゃな」

    青年の言葉に、陰陽師が小さく頷いた。

    「ただしじゃ、戦前の教育にも問題がなかったわけでもない」

    「といいますと?」

    「教員の絶対数不足という問題じゃ」

    『え。そうなのですか?』

    「これまで説明してきたように、師範学校を卒業し、“訓導“(今でいう教諭)の資格を得た人間が教員になっていたわけじゃ、特に小学校(尋常小学校・国民学校)では人材不足が深刻じゃった。そのため、それを補うために、”代用教員“という制度を作り、師範学校にも行けず、普通教員資格もない人間たちが、旧制中学・旧制高等女学校卒業程度の学歴で小学校教師として任用されていたこともめずらしいことではなかったのじゃ」

    『では、戦前の教師の中には、厳密に言うと、無免許の教師が存在していたと』

    「平たく言うと、まあ、そうなるわけじゃな」

    『しかし』

    青年は、腕組みをしながら、言葉を続けた。

    『そんな教師が一定数いたのに、何故、戦前の教師のレベルは高かったといえるのでしょう』

    「そこが、先ほどから話している属性の妙なのじゃよ」

    『つまり、戦前の小学校教師は、2(4)−3と1(7)−1で占められていたというあれですね』

    「そのとおりじゃ。実際、代用教員経験者の中には後の著名人も非常に多く含まれていて、一例を挙げるとすれば、詩人の石川啄木、作家の坂口安吾、田山花袋、三浦綾子、化学者の野口英世や漫画家の馬場のぼるなど、枚挙にいとまがない。ちなみに、2006年(平成18年)度上半期のNHK朝の連続ドラマ“純情きらり”ヒロインの宮崎あおい演じた桜子も代用教員じゃったわけじゃ」

    陰陽師の説明に、目を見張りながら耳を傾けていた青年。その顔を横目で見ながら、陰陽師は話を続けた。

    「そして最後の問題が、今までの話を受けた“小学校教師に要求される能力とそのステータスの問題”となる。まず、戦後の小学校教師は、個々のレベルはそれほど高くないとしても、全教科を教えられるオールマイティーさを要求される。そこには、学科だけではなく、体育や音楽まで入っているわけじゃから、ほんと大変じゃ。さらに教育学部に通うことが基本的に要求される。今でこそ、私立の教育学部や通信教育といった選択肢も広がってきたものの、誰でもが簡単にクリアーできるハードルではない」

    『そのあたりは、学業に秀でた2-4の真骨頂ということになりますね』

    「さらにステータスという面からみても、身分、処遇面からみても、突出こそしていないが2-4のプライドを大いに満足させる職業であることは間違いない」

    『さらに、中高生よりコントロールしやすい小学生に、上から目線で過ごせてプライドも満たされ、給料も社会的地位も安定しているわけですからね』

    青年は納得顔でうなずいた後、顔を上げて続ける。

    『今までの話をお聞きしていて、ふと気になったのですが、ヤンキー上がりの教師というのは魂1〜4でいうとどこに該当するのでしょうか?』

    「というと、一般論ではなく、誰か特定の教師に心当たりはあるのかの?」

    青年は腕を組んで沈黙する。陰陽師は小さく笑いながら、青年に先を促す。

    「もちろん、実在の人物でなく、たとえば、小説や漫画のキャラクターでも構わんぞ」

    『実は』

    陰陽師に励まされ、やがて青年は口を開いた。

    『GTOというヤンキー上がりの教師が主人公の漫画があるのですが、彼を取り巻く人物が、どんな属性の人間たちなのか少々気にかかっていたのです』

    「あいわかった。それで、主な登場人物の名前と特徴は?」

    そう陰陽師に促され、青年はキャラクター名と各々の特徴を伝える。陰陽師はしばらく指を小刻みに動かした後、口を開く。

    「鬼塚英吉(主人公)は
    頭が1で、2(4)−3武士、魂の属性3(1)―7(3)、
    先祖霊の霊障に2・6〜15の相があり、天命運に2・8・14の相がある。
    全体運8、ビジネス運8、金運8、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓-、憑依-

    冬月あずさ(ヒロイン)は
    頭が1で、2(4)−3武士、魂の属性3(1)―7(3)、
    先祖霊の霊障に12〜14・17の相があり、天命運に8・14の相がある。
    全体運8、ビジネス運9、金運9、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓9、
    憑依-、

    内山田ひろし(教頭)は
    頭が2で、2(3)−4、魂の属性7(1)―7(3)、
    先祖霊の霊障がなく、天命運に8・14の相がある。
    全体運8、ビジネス運8、金運8、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓-、憑依-

    桜井良子(理事長)は
    頭が1で、2(7)−3(1)武将、魂の属性7(1)―7(1)、
    先祖霊の霊障がなく、天命運に8・14の相がある。
    全体運9、ビジネス運9、金運9、人運8、恋愛運8、健康運8、天啓-、憑依-」

    青年は鑑定結果をまじまじと眺めてから口を開く。

    『やはり、主人公とヒロインは、“3:ビジネスマン”階級でしたか。しかも、転生回数が240回の“小山”ですから、戦前の各小学校の教師の5割に属しているわけですね』

    「主人公の鬼塚英吉に関して言うと、ヤンキー上がりといっても前の作品では暴走族のトップをしておったとの話から、世間一般のヤンキー上がりの教員として一括りにするのは少々問題があるじゃろうな」

    『とおっしゃいますと?』

    「ヤンキーの下っ端としてパシリにされていた2−4の人物が、喧嘩では芽が出ずに勉学に励んだ結果、私立大学の教育学部あたりに合格して教員免許を取得し、箔をつけたいがためにヤンキー上がりの教師と自称する人物も中にはおるじゃろうからな」

    『その場合、生徒たちに、この先生を怒らせたら怖いという印象を与え、2−4お得意の感情任せ、上から目線の教育が行われるのですね。そして』

    青年はため息混じりにつぶやく。

    『教頭の内山田ひろしはやはり、2−4でしたか。彼はよく感情に振り回されていますし、愛車が何度も大破するのは転生回数の十の位が30回台の数奇な運命が反映されているのかもしれませんね』

    「それなりに勉強の成果が出ているようじゃの」

    青年の言葉に一つ頷いた後で、陰陽師は話を続けた。

    「それ故、人情味や理屈、道理でもって生徒を更生させられる主人公の鬼塚英吉のような教師は、まず2(4)−3武士や1(7)―1と考えても差し支えないじゃろうな」

    『確かに、鬼塚は解決策の一つとして暴力を使うことはあっても、生徒に暴力を振るったり、権力にものを言わせて生徒を従わせるようなことはしていませんでした。漫画のキャラクターにもその辺りが反映されているのですね』

    青年は何度もうなずきながら続ける。

    『鬼塚に先祖霊の霊障と天命運の両方で“2:仕事”の相があるのも興味深いです。本来であれば、もっと大きな舞台で活躍するチャンスがあるのに、物語を面白くするために場違いな分野の職に就いているというのですから』

    青年は笑いながら言い、陰陽師も微笑みながらうなずく。

    『ヒロインの冬月あずさは、根は真面目ですので教師は適職だとして、たまに暴走することがあるのは先祖霊の霊障“17:天啓”によるものではないかと。同様に、先祖霊と天命運の両方に“8:異性”の相があることから、恋人がいない設定なのもうなずけます』

    「また、理事長の細かいキャラクターは存ぜぬが、主人公の才能を見抜くという意味では武将としての才をいかんなく発揮しておるようじゃの」

    『理事長は1−1かと思いましたが、武将タイプだったのですね。しかも、転生回数が270回で“大山”の』

    「ちなみに、舞台はどんな学校なのじゃ、公立の学校なのか、それとも私立なのかな?」

    陰陽師の言葉に、青年はハッと息を飲み、答える。

    『そう言えば、舞台は学校法人ということで私立ですから、経営的な手腕も必要なことから、理事長が武将タイプという設定だと考えて差し支えないのですね』

    陰陽師は首肯して答える。

    『先祖霊の霊障もなく親近性も7(1)ということから、主義主張や経営にも適しているということで、理事長の座にまで上り詰めたという設定になっておるのじゃろう」

    『なるほど。それにしても』

    青年は腕を組んでから続ける。

    『小学校の教員が2−4ばかりになってしまうと、日本の将来が心配になってしまいますが、どうにかできないものなのでしょうか?』

    「とにもかくにも、魂1~3の教員を増やすことじゃ。根本的な解決策は、その一点にかかっているといっても過言ではあるまい」

    『これから日本を背負って立つ若い魂3世代にとって、今をときめくIT系企業の社員や公務員になる方が魅力的なのでしょうが、国の将来を考えるかぎり、小学校の教員を目指すことも重要だというわけですね』

    「そのとおりじゃ」

    大きく頷く陰陽師を見ながら、僕が2(4)で小学校の教員に適正があったら、と青年は小さくつぶやく。そんな青年の気持ちを察し、陰陽師が機先を制した。

    「気持ちはわかるが、そなたはそなたのやるべき道があることを忘れてはならんぞ」

    『そうでした。僕の使命は天命を歩む人物を増やし、その結果小学校の教員に適した人物を側面的に応援することでした』

    我に帰り、そう答える青年の言葉に、陰陽師は満足そうにうなずく。青年はスマホの画面を確認して口を開く。

    『ちょうどいい時間のようですね。本日も貴重なお話をありがとうございました』

    「どういたしまして。気をつけて帰るのじゃぞ」

    青年は席を立ち、深々と頭を下げる。陰陽師はいつもの笑みで応えるのだった。

    帰路の途中、青年は学生時代のことを思い返していた。教員たちの顔と言動を思い返し、どの教員がどの魂なのかの仮説を立てる。
    そして、これからは教員の採用に携わる人々との縁を増やしていこうと思うのだった。

  • 新千夜一夜物語 第16話:門松と文化の起源

    新千夜一夜物語 第16話:門松と文化の起源

    青年はぼんやりと考え事をしていた。

    どうしてお正月に門松を玄関に立てるのだろうか?
    何か霊的な意味があるのだろうか。仮に霊的な意味があったとしても、霊能力がない人間にとっては特に効果はないのだろう。あるいは、ただ単に風習として残っているのだろうか?

    門松に“グッズの霊障”(第15話参照)がつきやすいかはわからない。けれど、毎年飾っている物であるから、どのような意味を持っているのかを確認しておく必要はあるのかもしれない。

    そう思い、青年は厚着をして陰陽師の元を訪ねるのだった。

    『先生、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします』

    青年は深く頭を下げ、新年の挨拶を述べた。

    「あけましておめでとう。今年もよろしくの」

    陰陽師はいつもの柔らかい笑みを浮かべて小さくうなずいて答える。

    『新年早々で恐縮ですが、今日は門松について教えていただけないでしょうか。毎年お正月には玄関に門松を飾っていますが、あれにはどのような意味があるのでしょうか?』

    「なるほど、門松について聞きたいのじゃな。ちなみに、そなたは門松についてどのような認識を持っておるのかな?」

    青年は腕を組み、しばらく黙考してから口を開く。

    『お正月の数日間に、切った竹を数本と松の葉が一緒になった物を、自宅の玄関前に左右に立てる飾りだと思っています。それ以上のことは特に・・・』

    青年は頭をかきながら答え、陰陽師は微笑みながらうなずく。

    「民俗学者の柳田国男監修“民俗学辞典”(東京堂刊)に“門松”について次のように記載がある」

    今は正月の飾り物のように考えられているが、本来は歳神(年末・年始に各家を訪れると信じられていたご先祖様)の依り代の一種だったらしく、そして必ずしも松と限らない場合が多い。(中略)
    鳥海山・月山の周囲の村々でもカドバヤシ・カドマツタテといって、楢、椿、朴、みずきなどを山から伐ってきて立てる。山口県北部や宮崎県の山間でも松以外の木を立てる。これら多くの木を立てておく期間は一定しないが、一月七日まで、もしくは旧正月の終わるまでというのが多い。

    「この本にも書かれているように、門松という名前から松を立てると思っておるじゃろうが、竹も含め、松以外の樹木でも問題ないことはわかるじゃろう?」

    『たしかに、言われてみればそうですね。ごく一般的な門松であっても、門松なのに竹を使っている。門松竹といったところですね!』

    青年は笑いながら言う。

    「それが正しいかはともかくとして、日本では古来より“天なる神は柱のような木に降り立つ”という観念が存在しておっての」

    『神様を数える場合、単位が“柱”だと聞いたことがありますが、神様は見えない存在であるとしても、木が依代だと考えれば、神様の数を数えるにあたり、神様が宿っている柱の数を数えればいいということなのですね』

    「また、土木工事や建築などで工事を始める前に地鎮祭を行う際に、葉のついた竹を四本、四隅に立てるが、あの“境立て”からも木々には邪霊を寄せつけない呪力があるとも信じられていたことがわかるじゃろう」

    青年は手を打って答える。

    『更地でよく見かけるやつですね。あれも竹を使っているわけですから、神様の依り代として松にこだわる必要はないということがわかるわけなのですね』

    青年は納得顔で呟き、陰陽師は微笑みながらうなずく。

    「これらの例を見てもわかるように、門松の“マツ”と松は必ずしもイコールではないということじゃ」

    『なるほど! でも、そうなると、なぜ門松という言葉なのでしょうか?』

    「松という漢字は実は当て字で、エジプトの物神柱“マシャ”がなまって日本語でいう“マツ”になったのじゃよ」

    青年は目を見張り、前のめりになって答える。

    『“マツ”が“マシャ”? しかも、エジプトが起源ですか? 僕はてっきり日本固有の風習だとばかり思い込んでいました』

    陰陽師は、青年の言葉に、ゆっくりうなずく。

    「エジプトの文化が東方へと移動していった経緯については別の機会にゆっくり話すとして、エジプトには物神柱と呼ばれる神が四つおり、その一つである梟神マシャがインドを経由した際にインドの神様として日本に伝わったものなのじゃ。さらに言えば、東北地方で“梵天”と呼ばれている神も、元を正せば、この梟神マシャのこととなる」

    『なん・・・ですと。日本は世界の文化のルーツだと思っていましたが、文化の終着地点だったのですね・・・』

    驚きに目を見張る青年。陰陽師は紙に文字を書きながら口を開く。

    「それだけではないぞ。たとえば、纏(まとい)じゃが、 これなぞも“マシャ”の屈折語である“ヴァッタ”(〔m〕vatta)が日本流になまって“マトイ”になったものなんじゃ」

    青年はヴァッタ、マッタ、マット、マットイとよくわからないことを呟き、答えた。

    『あの時代劇などで見かける“纏”のことでしょうか?』

    いつものことながら、言葉だけは知っている青年であった。

    「もちろん、江戸時代の火消しの男衆が持ち歩いていた、先端の方に飾りがついた長い棒のことじゃ」

    『やっぱりそうですか! 先の方がタコのような形になった布がついている棒ですよね!』

    青年は興奮気味に両手で棒を上げ下げする動きを見せる。陰陽師はそんな青年の様子を見て、小さく笑う。

    『しかし、あんな長い棒を各家庭で立てるわけにもいかなかったので、短く切ってあのような形になっていったのでしょうね』

    青年の言葉に一つ頷いたあとで、陰陽師は言葉を続ける。

    「このマシャという言葉が地鎮祭の“境立て”の四本柱となった経緯は先ほど話した通りじゃが、他にも大相撲の土俵の四隅に立っている四本柱も同様の起源を持つ」

    『えっ、あの大相撲の柱もですか』

    驚く青年をしり目に、陰陽師はふたたび先程の本を取り上げた。

    「今までに説明したことを踏まえた上で、“民俗学辞典”の次の解説に耳を傾けるとよい」

    神の依り代である“柱”を立てる場所は、家の前の庭もあるし、屋内もあり、家の門の前とは限られていない。

    「つまり、門松の“カド”は、必ずしも“門”とイコールではないことがわかるかの?」

    『なんとなくわかります。そうなると、なんだか鯉のぼりや七夕の笹も似たような物なのではないかと思えてきます』

    「それらについてはまた別の機会に話すとして、話を先に進めると」

    陰陽師は再び紙に文字を書いていく。青年は食い入るようにその文字を見つめる。

    「梟神柱は古代インドへ渡り、古語(梵字)で“ガダー”(gadā)と呼ばれるようになるのじゃが、これも処々の状況より“カド”となまったとも考えることができる」

    青年はまた、ガダー、ガダ、ガド、カドなどと呟いた。

    『口に出してみるとなんとなくわかります』

    「それ故、門松の“カド”や“マツ”は、文字通りの門や松ではなく、梟神のことを示したということになるわけじゃ」

    『なるほど。門松という漢字は当て字でしかなく、本当は松でなくても、門のように二本でなくても、玄関前になくても、問題はないわけなのですね!』

    青年は納得した顔で何度もうなずいて見せる。陰陽師は満足そうに微笑んで首肯する。

    「さらに興味深い事実として、“民俗学辞典”に以下ように記載されておるように、我が国には松を能動的に使わない地方というものが存在しておるのじゃ」

    祖先が戦に敗れて落ち延びたのが正月だからといった種類の伝承をもって門松を飾らない家例の旧家もある。京都でも宮中を始め貴族の家々には門松飾りがなかった。

    『ここで言う“戦で敗れた祖先”とは日本人のことだと思いますが、いかがでしょうか?』

    陰陽師は首を左右に振って答える。

    「いや、ここでいう“戦で敗れた祖先”とは朝鮮半島の人々のことなのじゃよ。“マシャ”という言葉が遠いエジプトから島国である日本に伝わってくるためには必ず海を渡らねばならぬ。宗教や文化というのは、必ず人と共に移動しておるわけじゃからの」

    『なるほど。弥生時代に朝鮮半島から大勢の人が日本に渡海してきたことは勉強しましたが、彼らはもともと日本で生活していた縄文人とは別種の人間だったのですね・・・』

    「うむ。縄文人は、今でいうアイヌや琉球民族といった、迫害されてきた人々がそのルーツで、いわゆる弥生人とは別種の民族ということができるじゃろうな」

    青年は黙ったまま、納得顔で何度も頷く。

    「それを裏づけるように、朝鮮半島や済州島では、松は霊城に植える霊樹であるし、朝鮮半島の西側では、捨て墓に一時的に埋葬するにあたり、死体を松の枝で覆うという習慣が存在している」

    『なるほど。そのような歴史的背景を持った人々であれば、不吉なことが連想される松を避けたがったとしても別に不思議じゃありませんね』

    「まあ、そういうことじゃな」

    青年の言葉に、陰陽師がひとつ頷いた。

    『いずれにしても、他の木々が代用されるという背景には、そんな遠い昔からの由来があったのですね。日本の文化こそが世界の文化の起源だとばかり思っていました・・・』

    「じゃが、カドマツがエジプトから伝播した風習であり、今も習俗として残っていることひとつをみても、ほとんどの文化が日本で生まれ海外に伝播したと考えるよりも、その逆と考える方が、筋が通っておるじゃろうな」

    青年は納得顔で何度もうなずく。陰陽師はタンブラーに注がれたお茶を飲み、続ける。

    「エジプトからの道のりを説明するとあまりにも長くなってしまうから、とりあえず、身近な朝鮮半島に話を限って、説明するとじゃな」

    陰陽師は日本列島と中国大陸の地図を描き始める。

    「弥生文化を形成した渡来人の中心人物は、百済の王、あるいは辰王朝の宗室(王家)だったのじゃが、百済の王とは、馬韓、弁辰のかなりの部分を支配する辰王でもあった。そんな彼らの一部が、勢力争いに敗れる度に、様々な文化を携え日本に移動してきたわけじゃな」

    陰陽師は説明しながら地図に国名を記していく。青年は地図を眺めながら口を開く。

    『日本の文化が朝鮮半島から伝わってきたのはわかりました。それでは、朝鮮半島の文化はどこを起源としているのでしょうか?』

    「直近では、北方騎馬民族である扶余(ふよ)族が朝鮮半島に南下してきたと言われておるが、ではその扶余族はどこから来たという話になると、シルクロードを中心とした陸路を遡る必要が出てくるじゃろうし、海路という話になると台湾、フィリピン諸島、マレー半島、そしてインド洋を越えて中東と、話は限りなく広がっていくわけじゃが、細かい話はともかく、すべての文化的ルーツが今のイラクあたり、すなわち、かつてのシュメールで誕生し、それらの文化が多数の人間を介して、今説明した経路を逆流するような形で日本に波状的に流入してきたと考えるのが妥当じゃろうな」

    青年は地図を見ながらうなり声をあげ、何度もうなずく。

    『とても興味深いです。ということは、日本文化のルーツを知るには古代エジプト、そしてシュメールにまで遡るのが大事なのですね』

    「その通りじゃ。歴史で学習するすべてのキーワードとしては、メソポタミア文明といっても過言ではない」

    『なるほど、四大文明の最初の一つであるメソポタミア文明は、エジプト文明、インダス文明、黄河文明とすべて繋がっているわけなのですね!』

    やや興奮気味に話す青年を片手で制し、陰陽師は口を開く。

    「もちろんじゃとも。メソポタミア文明の中でも、特にシュメール人が築き上げた文化を探ることで人類の起源に近づくことができるというわけじゃな」

    『単純暗記していた歴史の用語でしたが、こうして現代の日本にも深い関わりがあると思うと、なんだかとても感慨深いです』

    自分の世界に入る青年を見、陰陽師は微笑みながら頷く。

    『となると、よく韓国人が“日本の物は韓国が起源ニダ!”と言うのは、あながち間違いではないといえるわけですね』

    「たしかに、歴史の連続性という視点でみる限り、彼らの主張もまったくはずれているということはないだろうな」

    『でも』

    青年が、首を傾げつつ、言った。

    『日本の文化が朝鮮半島を経由してきたことを認めたとしても、現代の日本人と韓国人とでは国民性が違う気がするのですが』

    青年の言葉に、陰陽師は真顔で頷く。

    「以前(第9話参照)説明したと思うが、頭の1/2の比率は、世界では2:8に対して日本人は3:7と、世界の平均値と比較すると頭が1が一割ほど多い」

    『だから、日本は優等生と言うこともできる、とおっしゃいましたね』

    「そのとおりじゃ」

    陰陽師は、小さく頷く。

    「一方、朝鮮や中国では、1/2の割合がほぼ1:9となる」

    そう話す陰陽師の言葉に耳を傾けながら、青年は記憶をたどるように一点を見つめて黙考し、口を開く。

    『たしか以前のお話では、頭2は狩猟民族の末裔で、物事を損得で考える傾向が強いため、結果、自己中心的な傾向が強いということだったと記憶していますが、だから韓国人は自国が優位になるような主張をする傾向が強いのでしょうか』

    「半島に住む人々というのは、朝鮮半島に限らず、地続きの大国の影響を受けやすいという特徴を持っておるわけじゃから、もちろん、そう考えることも可能じゃろう。しかし、決して忘れてはならぬのは、魂は、各々属性にとって最も修行に適した国を選んで転生してくるという原則じゃ」

    『つまり、日本を選んで生まれてくる人間は、修行をするにあたり日本が最適の修業の場であり、韓国や中国に生まれる人間は、それらの国が修行の場として最適であるというのですね』

    「その通りじゃ。さらに言えば、同じ1/2であったとしても、程度という問題も存在する」

    『つまり、1/2に枝番があり、それによって度合いが存在するわけですね』

    「さらに言えば、16通りある、輪廻転生と魂の組み合わせにも、それなり以上の相違もある」

    『なるほど』

    「じゃから、たとえ姿形がいかに似通っていようと、同じ人間だから話せばわかる式のコミュニケーションではなく、各々別種の人間として話をする必要があるわけじゃな」

    『そのあたりの話は、じゅうぶん理解しました』

    陰陽師にそう答えた後で、青年は言葉を続けた。

    『ところで年も明けたので、明日にでも初もうでに出かけようと思っているのですが、今お話にあった1/2という問題は、神様や寺社といったものにも当てはまるのでしょうか?』

    「もちろんじゃとも。今まで説明してきたように、文明に連続性というものが存在する以上、たとえば、古事記・日本書紀に出てくるような神様も、日本古来の神様と考えるよりも、様々なルートで日本に辿り着いた民族が祭っていた神々や祖王たちと捉える方が論理的じゃと思う。よって、それらの神々も祖王たちも、また彼らが鎮座されておる神社にも、当然1と2の別が存在することとなる」

    『やはり、そうなのですね。今までのお話を伺いながら、漠然とそうじゃないのと思っていましたが、ということは・・・』

    小さく首を振りながら、口を開きかけた青年を、陰陽師が制した。

    「そのあたりの話を説明するには、それなりの時間が必要じゃ。それには今日はちと時間が足らんようじゃな」

    青年はスマートフォンに触れて時間を確認する。

    『いつものことながら、もうこんな時間ですか。では、また別の機会にその話をじっくりご教授ください』

    「あいわかった。寒いから風邪を引かぬようにな」

    青年は席を立って深く頭を下げる。顔を上げると陰陽師が手を差し出しているのが見え、青年はその手を固く握るのだった。

  • 新千夜一夜物語 第15話:願いと代償

    新千夜一夜物語 第15話:願いと代償

    青年は思い悩んでいた。

    先日、某宗教団体の会合に出席した件についてである。“南無妙法蓮華経”という言葉は宇宙の理を表しており、しかもその言葉が書かれている紙は生きていて、ぞんざいな扱いをすると良くないことが起こると信者の人々は信じているようだった。

    見えない力が現世的に働いている以上、何らかの霊障が関わっているのかもしれない。

    そう思い、青年は陰陽師の元へ向かうのだった。

    『先生、こんばんは。今日は呪いについて教えてください』

    「呪いじゃと、それは物騒な話じゃな。いずれにしても、もう少し具体的に説明してくれんかの?」

    『先日、新興宗教の会合に参加してきました。信者の方のご自宅には “南無妙法蓮華経”という言葉が書かれた、“御本尊”と呼ばれる紙が祀ってあり、それに向かってお経を読み上げていました』

    「ああ、例の新興宗教じゃな」

    『もうおわかりですか!』

    微笑みながらうなずく陰陽師を見て、青年は目を見開く。

    「あそこは有名じゃし、信者数も多いからな。しかし、それと呪いがどのように関係するのかな」

    『信者の方々の話によると、御本尊は生きているから雑な扱いをするとよくないことが起こると言っていましたが、それが僕には呪いか祟りみたいな感じがしたんです』

    黙ってうなずく陰陽師。青年は続けることにした。

    『信心が薄く、意図的に乱暴な扱いをする人物が罰を受けるならまだしも、毎日必死にお経をあげているような信心深い信者に対し、罰を与えるような存在が仏教にはあるのでしょうか?』

    「百歩譲ってその新興宗教を大乗仏教の一部と位置付けたとしても、仏教にそのような意味で人を罰するような存在はおらんと思うがの」

    『そうですよね。少なくとも、僕には罰を与えるような存在を信仰の対象にすることはできそうもないです。御本尊に“何か”が宿っているとしても、別次元の存在でしょうから、仮に僕たちが現世的な粗相をしたところで、その“何か”が罰を与えるなんてどう考えても筋が通りません』

    「たしかに、そなたの言う通りじゃな」

    青年は腕を組み、うなりながら言う。

    『それにしても、極端な言い方をするとたかが紙なのに、どうして罰が下るような力を持っているのでしょうか? 信者の人々が言うように、本当に御本尊に何かが宿っているのでしょうか?』

    「先に結論を言ってしまうと、“南無妙法蓮華経”と印刷しただけの紙には何の効力も存在しない」

    予想外の回答に、青年は脱力した。陰陽師は青年の様子がおかしかったのか笑みを浮かべる。

    「ただし、そのようなグッズに何らかの念を入れることによって、そなたが聞いたような現象が起きることは、ないとはいえんじゃろう」

    『それは、いわゆるグッズの霊障といったようなものなのでしょうか?』

    陰陽師は紙に人型と長方形を描き、答える。

    「そなたは“生き霊”については、すでに理解しておろうな?」

    『例えば、僕が先生のことを憎く思って長時間恨んでいると、先生のところに僕の魂の一部が飛んでいくという現象です』

    「うむ、その解答に点数をつけるとすると、30点くらいかのう」

    青年は自信満々で答えたが、赤点ギリギリである。

    「世間一般でいう“生き霊”は、恨みといったネガティヴな感情をベースとして語られることが多いが、実体はそうでもない。誰かに恋い焦がれたり、病気になった人間を元気づけようとしたり、家内安全を願うといった一見ポジティブな感情でも“霊障”の原因となることがある。それ故、ワシの場合、それらを他者の“念”と呼んでおるわけじゃが」

    『え、相手の幸せを願ったりすることも、“霊障”の原因になる可能性があるのでしょうか?』

    眼を大きくする青年に向かい、陰陽師はうなずいて答える。

    「この世の出来事で例えるなら、子供に無事でいて欲しいと願うあまり24時間監視をしたり、子供の幸せを望むあまりに、子供の好みを確認せずにオモチャの類を勝手にプレゼントしたりといった、親バカが過ぎた干渉は、子供からすれば、迷惑以外の何ものでもないじゃろう?」

    『子供の立場からしたら、重いと言いますか、場合によってはたしかに迷惑に感じるでしょうね・・・』

    「相手への愛情といってしまえばたしかにそのとおりなのじゃろうが、ものには限度というものがある。強すぎる想いはともすれば相手に負担をあたえる原因になりかねないじゃろうし、それを念と呼ぶとすれば、やはり相手が望まない影響を与えてしまう結果を引き起こしかねない」

    『受け手、送り手、双方にその気がなくても、結果として霊障となりうると』

    「それだけではない。仮に、直接相手に念を飛ばさなかったとしても、御本尊に向かい家族が健康になりますようにとか、会社のピンチから脱出できますようにと必死に願っていると、御本尊自体に同様の“念”が宿ってしまうことさえある」

    『家族を想っていても、願っている時は御本尊に対してですもんね。その結果、グッズの霊障が生じてしまうと』

    「そのとおりじゃ。さらに言えば、お経を読んでいる当人になまじ霊能力(±*)があったりすると、その念は一層強力なものとなる」

    『霊能力持ちにそのような自覚がないと、事態がさらに悪化するわけですね』

    「そういうことじゃな」

    陰陽師は、青年の言葉に一つ頷くと、言葉を続けた。

    「他にも、本来はただの紙である御本尊に念のようなものが宿るケースが考えられる」

    『たとえば、どのようなケースでしょう?』

    「おそらく、その御本尊はどこかで大量に印刷され、信者に配る前に特定の場所で保管されているのだと思うが、仮に御本尊の流通に携わる人の中に霊能力持ちがいて、ご本尊を運ぶ際に“これは非常にありがたい御本尊だ”などと考えただけでも、念が入ってしまうことがある。そしてこのような構図は、ご本尊に限らず、神社などのお札やお守りの類にも適用されるので注意が必要じゃ」

    『おそるべし、霊能力持ち・・・』

    「もっともこのあたりの話は、霊能力持ちでなくとも、一般の人間、特に魂の属性3の人間が、ものに対して過度な執着心や愛着心を持った場合も同様の現象がおこる可能性があるので、合わせて注意が必要となる」

    青年は、陰陽師の言葉に大きく頷くと、質問を続ける。

    『ところで、特に念が宿りやすいグッズとかはあるのでしょうか?』

    「それを持つ人間の属性にもよるが、先程も話したように、神棚やお札やお守りといった神道系の神具、仏像やお札といった仏教系の神具、パワーストーンなどの宝石類には特に注意が必要となる。毎日祈ったり、身に着けたりしているものじゃから、それだけ霊障がつきやすいからの」

    『我が家は仏壇に手を合わせる習慣があるので、仏壇系はあやしいですね。毎日お線香をあげて読経していた時期もありますし・・・』

    青年は額に手を当て、首を振る。

    「どれ、そなたの持ち物の中で気になるものがあれば、鑑定してみよう。霊障がついていそうな気のするグッズを書き出してみるとよい」

    青年は記憶を辿り、思い出した物から紙に書き出していく。

    陰陽師はリストアップされたグッズの横に文字を書いていく。

    神棚2+、徳利2、皿2、榊立て2、仏壇、
    熊の剥製2、鳥の剥製2、懐中時計、軍刀の鍔2+、将棋盤2

    『2と2+がありますが、これはどう違うのでしょうか?』

    「2は霊障がついているもの。2+はさらに強力な霊障がついておるというか、妖気が漂っているものと考えるがよい」

    青年はもう一度鑑定結果を見、驚嘆の声をあげた。

    『ゲゲエ!? 神棚と軍刀の鍔に2+があります!』

    陰陽師は小さく笑い、口を開く。

    「神棚はともかくとして、軍刀の鍔はいったいどのような由来の品なのかの?」

    青年は眉間にシワを寄せ、重そうに口を開く。

    『軍刀の鍔は父方の祖父の形見の品でして、祖父が亡くなってからずっとお守りのように携帯していました。祖父が生前に行けなかった土地に連れて行ってあげられるようにという思いです』

    陰陽師は大きく、ゆっくりとうなずく。

    「祖父を大事に想う気持ちはよくわかるが、四六時中想い続けることで逆にそなたの念を軍刀の鍔に宿らせてしまったのかもしれんな』

    『軍刀は祖父ではありませんので、ある意味大きな勘違いや思い込みをしていたのだと思います。祖父の死を受け入れられず、執着していたと言えるかもしれません』

    青年は頭をかき、苦虫を噛み潰したような表情で続ける。

    『祖父は無事にあの世に帰還しているわけですから、この世に未練もないわけでしょうし』

    陰陽師は柔らかい笑みをたたえて答えた。

    「必要な時があれば祖父はそなたのことを手伝ってくれ、何らかのメッセージを送ってくれる。それに、そなたの想いはしかと伝わっておるようじゃから何も心配することはない」

    青年は真剣な表情に切り替わり、深く頷く。陰陽師は言葉を続ける。

    「キリスト教の“マタイによる福音書”(第8章)に次のような一説がある」

    弟子の一人がイエスに、「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」と言った。 イエスは言われた。「私に従いなさい。死んでいるものたちに、自分達の死者を葬らせなさい。

    青年は腕を組み、首を傾げながら黙考し、しばらくして口を開いた。

    『これは、例えば、亡くなった祖父のことを曽祖父や他にご縁があった魂が迎えに来て面倒をみてくださる、ということでしょうか?』

    「もちろんそういった解釈も可能じゃろうが、キリストは、“死んでいる者たち”に世間の常識や習俗に囚われてばかりいて、しっかり生きようとしない人たちといった意味合いをその言葉に付加しておるようじゃ」

    『そこには、今この瞬間だったり、自分の天命や人生を真摯に生きていない人のことも含まれているのでしょうか?』

    陰陽師は首肯して答える。

    「もちろんじゃとも。どれだけ思い悲しんだところで死者が生き返ることはないし、葬式は死者に対する儀式であるから、つまりは過去のこと。それよりも今を大事にしなさい、世間のしがらみや束縛を脱して天命を生きなさい、という意味がキリストの“死んでいるものたちに、自分達の死者を葬らせ、私に従いなさい”という言葉に含まれておったのじゃろうな」

    『葬式やお金儲けに走っている現代の大乗仏教の坊主にとっては耳が痛い話ですね・・・』

    青年は苦笑し、陰陽師は小さく笑って答える。

    「そうは言っても遺族が故人を偲ぶのは当然のことじゃし、葬式には遺族側の気持ちを整理する機会といった側面もあるわけじゃから、葬式をするなということではない。そうではなく、“習俗”としてやるべきことをきちんと行った後は、いつまでも過去に捉われることなく、未来に向かって歩みだす覚悟が必要ということじゃ」

    『葬式の最中は葬式でやるべきことをやり切り、亡き人とのお別れをしっかり済ませ、葬式が終わった後は再び天命や今世の課題に真摯に取り組むということですね』

    陰陽師はうなずいて答える。

    「前にも話したと思うが、“死後のことは考えるな”、“今・ここで・私”が生きていることを仏教では“即今・当処・自己”と呼ぶ(第7話参照)」

    『そうでした。先生からその話を聞いてから、自分の人生・天命を軸に生きようという意思が強まったのを覚えています』

    青年は真剣な眼差しで言い、陰陽師は満足げな表情でうなずく。

    『ところで、“御本尊”の話に戻りますが、実際に体に悪影響が出るような体験談もあったようですが、いったい何が起こっているのでしょうか?』

    「それは、眷族によるものと考えるとわかりやすい。眷属とは、本来、神の使者を意味し、その多くは神と関連する想像上の動物を含めた動物の姿を持つのじゃが、神道では、蛇や狐、龍などがそれにあたる。また、彼らは神使と呼ばれたりもしておるが、いずれにしても、人間を越える力を持つため、“眷属神”とも呼ばれ、眷属神そのものを祀る神社まで存在しておる」

    『神社では同じように扱われていますが、神と眷属はまったく立場が異なるわけですね』

    陰陽師は神と眷属と人間を図で描きながら続ける。

    「いずれにしても、そのような眷属には願いを叶える力がある反面、その代償を求められるという負の側面がついて回ることを忘れてはならん」

    『それについては、どこかで同じような話を聞いたことがあります』

    「そもそも、宇宙の秩序を司る本物の神様は、我々下々の私利私欲に満ちた願い事などに耳を傾けるはずはない。そのような願い事を聞いてくれるのは、神様ではなく眷族と考えた方がよい。そして、眷族に限らず、我々の私利私欲に満ちた願いに耳を傾ける存在には、その対価として不利益をもたらす力も同時に持っていることもよく肝に銘じておくことじゃ」

    青年は目を見張り、表情がこわばる。陰陽師は青年を横目に続ける。

    「何の霊障がグッズ類についているかは鑑定してみて初めてわかるわけじゃが、ほとんどの場合、グッズ類についている霊障というのは自らの念が自分に跳ね返ってきたものか、それらの眷属にものごとを頼んだ代償と考えてよい。そのような意味で、くだんの御本尊なぞも丁重に扱っていれば利益をもたらすのじゃろうが、ぞんざいな扱いをした途端に機嫌を悪くして良くない事態を引き起こしたとしても何ら不思議はないわけじゃな」

    『そう言えば、自宅の敷地内にお稲荷さんを祀っていて、次の代の子孫に信仰心がなくて放置していてよからぬことが起きた、という話はよく聞きます』

    「たとえば、家業は三代で潰れる、という諺などは、そのあたりの経緯をよく伝えておるわけじゃ」

    『つまり、初代が自力で乗り超えることが不可能な大きな壁にぶち当たり、もはや自分の力ではどうしようもない時に、本物の神様ではないおキツネ様に救済を頼み、一度は窮地を回避できたとしても、二代目はともかく、孫である三代目がそのような先代の恩をないがしろにしたりすると、おキツネ様から強烈なしっぺ返しを受けるということなのですね』

    「まさに、その通りじゃ」

    陰陽師は首肯して、言葉を続ける。

    「話を先ほどの御本尊に戻すとすれば、仮に新品の御本尊に霊障がなかったとしても、先代が読経しながら私利私欲に満ちた願い事をし続けたりしていると、信心のない子孫が御本尊を雑に扱うことによって霊障を受けるということは十分に想定できるわけじゃな」

    『願いを叶えたいとか、ピンチな状況から助かりたいというのは欲と言えなくもないのですね』

    「その通りじゃ。大乗仏教はいざ知らず、生身のブッダは、夫が妻のことを思う、両親が子供のことを思うことすらも“愛欲”だと断じておるわけじゃから」

    『たしかに、人間は、弱い生き物なわけですから、ともすれば大局な見地を忘れ、私利私欲に走る傾向は強いと。宗教を信じていると言っている人間にしても、自分のことを丁重に扱ってくれる他人に対しては優しく接するものの、自分に害を与える他人には攻撃することが多いですし、我々の私利私欲に満ちた願いを叶えてくれる存在というのも、あまり人間と変わらない気がします』

    「すがる対象が、生身の人間か見えない存在かの違いであって、結局は他力本願であることには変わりはないからのう」

    『これからも、御本尊を大切にしている方々の信仰心は尊重しようと思いますが、信仰心によって生じる代償みたいなものについては気をつけたいと思います』

    「そうじゃな。ただ、中には精神統一を目的としたり、内なる自分に向けて読経している人々もおるじゃろうから、読経を一概に否定するような態度をとらないようにの」

    青年は納得するように何度もうなずく。

    『そういった目的や効果もあるのですね。瞑想のような使い方でしたら御本尊に念がやどりにくい気がします。それと、天命を生きるようにシフトしてから、必要なことは自然に目の前の現象として現れるような気がしていますので、今手に入っていないことを願い求めてしまうのは、現世利益を求める欲に引っ張られている状態なのだということがようやくわかってきたような気がします』

    「先ほども話したように、かのブッダも、欲と執着から解放されることの重要さを説いておるものの、ワシら凡人にとっては、言うは易し行うは難しで、欲や執着から離れることは、いわば一生をかけて成し遂げる究極の目標のようなものなのじゃ」

    『はい。これからも欲や執着と向き合うことが多いと思いますが、人にもグッズにも生き霊や念を飛ばして霊障を与えぬよう、目の前のことを淡々と真摯に取り組んでいきたいと思います』

    真剣な表情で青年は頭を下げ、陰陽師は笑みをたたえて小さく頷いた。

    「ともかく大事なことは、カミとは願いを聞いてもらう存在ではなく、感謝をする存在だということをよく肝に銘じることじゃ。前にも話したように、我々人間が考えられる世界を“思議”と呼ぶ。そして、神が考える領域を“不可思議”と呼ぶ。その意味するところは、我々人間からしてみると大きな失敗や不幸というものも、実は大きな成功や幸福の序曲だったりすることがままある」

    『つまり、大きな山が来るためには、まず谷が必要なのですね』

    「まあ、簡単に言うと、そういうことじゃな」

    青年のおかしな比喩に笑いながら、陰陽師はつけ加えた。

    「いずれにしても、グッズの無害化は今夜中にしておくから、気をつけて帰るのじゃぞ」

    『よろしくお願いいたします。いつもありがとうございます』

    青年は席を立ち、深く頭を下げた。陰陽師は微笑んで応え、青年を見送るのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第14話:家出少女と誘拐犯

    青年は思い悩んでいた。

    先日ニュースで報道されていた、“埼玉女子中学生誘拐事件”についてである。

    誘拐事件の容疑者である男性は不動産業に従事しており、“家出したい”とツイッターで発信していた女子中学生二人を呼び、彼が管理していた埼玉県にある借家に住まわせていたという。

    二人はそれぞれ個室を与えられ、外出は自由。食事は一日三回、入浴や携帯電話の使用も制限されていなかった。また、兵庫県の中学生は親に安否を知らせる手紙を出していたという。

    養ってもらうための唯一と思われる条件が“勉強すること”で、容疑者は女子中学生二人に学校の科目のほかに不動産業の勉強をさせており、保護された時は勉強中だったとのこと。

    青年にはどうしても容疑者の男性が悪人とは思えなかったため、今回の事件の要因を知るべく、陰陽師の元を訪ねるのであった。

    『先生、こんばんは。今日は魂の属性の観点から事件について教えていただきたいです』

    「今度は事件についてとな。そなたもいろんなことに関心を持つようになったようじゃの」

    『霊障の影響や魂について学んだことで、いろんなことに興味を持つようになりました』

    青年は大きく頷いて答えた。

    「ちなみに、どんな事件かの?」

    青年はウェブで確認した事件の概要を話した。陰陽師は時折、指を小刻みに震わせて話を聞いていた。

    『家出したいと発信することはあっても、実際に家出するのはなかなか勇気がいることだと思います。女子中学生の一人は兵庫県から埼玉県へと、かなり遠方から来ていたようですし。これは誘拐というより、女子中学生たちが自分の意思で容疑者の元へ行ったわけであって、それくらい嫌なことが家庭で起きていたのではないかと思います』

    珍しく饒舌な青年。長所である“一見不可思議な正義感”が表れているのだろうか。

    「話を聞きながら鑑定をしておったのじゃが、
    容疑者の男性は頭が1、2(3)―2、魂の属性7(1―1)―7(1)、
    先祖霊の霊障はなく、魂の属性や親近性からも、世間で言う犯罪者タイプではないようじゃな」

    青年は目を見張って口を開く。

    *2(3)−2・・・転生回数が230台の魂2。
    *魂の属性3は霊媒体質、7は唯物論者。
    *7(1)の人物は主義・主張をするが、裏表がない。

    『鑑定してくださってありがとうございます。容疑者の男性は、頭が1で、“2:制服組(軍人・福祉)”階級ですか。魂2ということは、身寄りがなく自活能力に乏しい女子中学生を支援したという意味で、福祉方面での役割(第4話参照)が発揮されたのでしょうか?』

    「そういった捉え方も一理あるの」

    『先祖霊の霊障がないとしても今回のような事件になる以上、何か他の要因が考えられないでしょうか?』

    陰陽師は紙に新たな数字を書きながら、説明を再開する。

    「まず、この男性は輪廻転生が230回台であることから、そもそも数奇な運命をたどる可能性は極めて高いということがいえるじゃろうな」

    『なるほど』

    「あと考えられるのは、この容疑者の場合、天命運に2、5、17の相が色濃く出ておるな」

    『なるほど、天命運の方でしたか。ちなみに、天命運の数字は先祖霊の霊障の種類(第2話参照)と同じなのでしょうか?』

    陰陽師は首肯して答える。青年は慌てて霊障の種類が書かれた紙を取り出した。

    『2は仕事で、5が事故/事件、17は天啓/憑依ですね。容疑者の男性は魂2なので、17は天啓ということで合っていますか?』

    「その通りじゃ。勉強の成果が出ておるな」

    青年は調子に乗ったのか、表情を輝かせながら解説を始める。

    『これらの相から察するに、容疑者の奉仕精神が17の天啓によって現在の日本の法律では違法行為となる形で表れてしまい、事件となってしまった。しかも、仕事運が塞がれていることから、女子中学生二人を養えるほどの経済的余裕があるくらいに仕事が順調だったものの、今回の事件で仕事も失われてしまったのではないかと』

    「5:事故/事件の相の影響で、今回の事件を引き起こす方向へ人生がズレてしまったとは言えるかもしれんが、そのほかはこじつけと言わないまでも、かなり我田引水というか、牽強付会な解釈のようじゃな」

    大きく肩を落とす青年。その様子を見て、陰陽師は体を揺らして笑う。

    『まだまだです・・・。とは言え、僕個人の見解として、容疑者は純粋な悪人とは思えないのです。“将来、仕事を手伝わせるためだった”という個人的な願望によって養うことを条件に勉強させていたようですが、見方によっては学業だけでなく将来のことも視野に入れて女子中学生の面倒を見ていたと言えなくもないかと』

    「容疑者本人に実際に悪意があったかどうかは断言できぬが、この事件を容疑者を中心にみるかぎり、天命運の障害によって引き起こされた可能性は高いじゃろうな」

    青年は真剣な表情でうなずく。陰陽師は再び指を小刻みに動かし、紙に数字を書いていく。

    「ちなみに、兵庫県の女子中学生は、
    頭1、3(9)―3(武士)、魂の属性7(1−1)−7(1)で、
    先祖霊の霊障はなく、天命運に2、6、14、17の相が出ておる。

    一方、さいたま市の女子中学生は、
    頭1、2(4)ー3(武士)、魂の属性7(1−1)―7(1)で、
    先祖霊の霊障はなく、天命運に6、14、17の相が出ておる」

    『6は家庭の相でしたね。たしか、複雑な家庭環境で育つ、親と折り合いが悪い、あるいは自分が親となって家庭を持った時に複雑な家庭環境となってしまったり、子供との折り合いが悪くなる、そうでしたね』

    「そのとおりじゃ」

    『二人とも5の事故/事件の相がないのに今回の事件が起きてしまったということは、6の家庭の方に家出の原因があったのでしょうか?』

    「その前に二人の両親も鑑定しておくとしよう」

    『よろしくお願いします』

    事件の加害者と被害者の話かと思いきや、家族関係の話へ展開していく。
    霊障や天命運による因果関係というのは、当事者たちだけではなく、その家族まで関係してくるから、実に複雑怪奇な様相を呈する場合が多いようだった。

    「まずは兵庫県の女子中学生の両親じゃが、
    父親は、頭1、3(9)―3(武士)、魂の属性7(1−1)−7(1)で、
    先祖霊の霊障はないが、天命運に6、8、14、17の相が出ておる。

    母親は、頭2、2(3)−4、魂の属性3(1−3)―7(3)で、
    先祖霊の霊障に6〜15が、天命運に2、6、8、14、17が出ておる」

    青年は陰陽師のメモ書きを食い入るように見つめる。

    「今度はさいたま市の女子中学生の両親じゃが、
    父親は、頭1、2(4)−3(武士)、魂の属性7(1−1)―7(1)で、
    先祖霊の霊障はなく、天命運の障害は8、14、17の相が出ておる。

    母親は、頭1、2(3)−4、魂の属性7(1−7)―7(1)で、
    先祖霊の霊障はないが、天命運の障害に2、6、8、14、17の相が出ておる」

    『魂の階級や属性を見るに、どちらも父親の霊統を受け継いでいますね。そして、母親がともに2−4だと・・・』

    「そのとおりじゃな」

    『二人の中学生の母親がともに2−4ということは、娘さんに対して日ごろから上から目線で接していたり、理不尽な理由で感情をぶつけることが少なくなかったのではないかと思います。世間でよく言う、教育ママ系なのかもしれませんし』

    一呼吸置いてから、青年は続ける。

    『また、娘さんたちは“3:ビジネスマン”階級であるから、母親の感情的な対応に納得がいかないことがあったでしょうし、とは言え親子ですから従わなければならず、不満はたまっていく一方だったのではないかと』

    陰陽師は魂の属性の数字に丸を描き、強調する。

    「もちろん、2-3と2-4なわけじゃから本質的なところでお互いを理解し合うのは難しいという問題を捨象したとしても、双方の母親の天命運に家庭不和の相が色濃く出ているわけじゃし、兵庫県の家族にいたっては母親が先祖霊の霊障でヒステリックになりやすい傾向があるのに加え、天から何かが降りてきて、狐憑きのような状態に陥ることもあったようじゃから、唯物論者である娘さんとしては、そんな母親を理解できず、衝突を繰り返していたことは想像に難くない」

    青年は軽くのけぞり、顔を引きつらせる。

    『魂の属性3と7の価値観の合わないところが家族間で生じると大変そうですね・・・』

    「霊統が同じである父親は娘さんたちに対し、ある程度の理解を示していたのかもしれんが、家庭というのはどうしても母親の影響力が強くなりがちという事情もあわせて考えると、母娘間のミゾが問題を大きくしたのじゃろうな」

    『さいたま市のご家庭の方は、両親と共に頭が1で転生回数も2期と共通する部分がいくらかあると思いますが、兵庫県のご家庭の方は、母親の頭の1/2が異なりますし、娘さんの転生回数が3期で、“3:ビジネスマン”階級の大山(第10話参照)である3(9)なわけですから、勢いがある分、ガラ携並みの魂しか持たない母親から見たら理解不能なことが多いのかも知れませんね・・・』

    陰陽師はゆっくり首を縦に振り、青年は神妙な表情で何度もうなずく。

    『こうした両家の複雑な家庭の事情があったために二人の女子中学生たちは家出へと気持ちが大きく傾いていたところへ、天命運の障害に5:事故/事件の相がある容疑者と知り合ったために、家出を決意してしまい、今回の事件が起きたのでしょうか?』

    「その可能性は大いにあるじゃろうな。ところで」

    陰陽師はグラスに注がれた水を飲み、続ける。

    「先日、インターネットのコメントは“4:ブルーカラー”階級が多勢を占めていると伝えたが、この事件に関するコメントはわかるかの?」

    『掲示板を見ればわかります!』

    青年はスマートフォンを操作し始め、しばらくして口を開いた。

    『代表的なコメントを読み上げますね』

    《コメント1》
    自分の管理物件の空部屋に住まわせていたのか
    衣食住与えて勉強までできる環境で手も出してないんだろ?
    だとしたら人格者じゃねえか

    《コメント2》
    児童相談所よりよほどいい仕事してるじゃん

    《コメント3》
    この犯人を擁護してる人等の頭は大丈夫かね

    《コメント4》
    (コメント3に対し)
    そこらへん毒にも薬にもならない凡人よりはるかに徳が高いだろ

    《コメント5》
    足長おじさんも許されない世の中

    《コメント6》
    NPO設立して児相と一緒にやれば合法
    個人でやれば対象が未成年なら当然違法

    《コメント7》
    >2人は保護された際、勉強中だった。
    www

    青年がそれぞれのコメントを読み上げる中、陰陽師は指を小刻みに動かして鑑定している。

    「コメントの1から4は“魂4:ブルーカラー”階級で、5から7は“魂3:ビジネスマン”階級じゃな」

    『適当に抜粋しましたが、やはり魂4の方が多いのですね』

    「1から4は事件や人物といった小さい枠にフォーカスしておる。しかも上から目線で感覚的な評価に終始している感じがするじゃろう」

    青年はコメントを見返し、無言で頷く。

    「一方、5と6は事件や人物を踏まえた上で合法や違法など社会の仕組みについて触れており、何が原因でどうすればよいのかといった点まで考えたうえでコメントしておる」

    『気に入る、気に食わないといった感情論でものを言うのは自由ですが、それだけでは物事の改善に繋がりにくいでしょうし、建設的とは言い難いと思います』

    青年は背もたてに寄りかかり、腕を組む。

    『コメント7は魂4かと思ったのですが、そうでもないのですね』

    「このコメントを一読する限り、一見魂4のコメントと思うじゃろうが、よく読んでみると、本当に従来の誘拐事件なのかという問題提起をしつつ、そのズレを面白おかしく捉えている。これなどはどちらかいうと魂3の発想なのじゃな」

    『なるほど。コメントだけ見ると短絡的な印象ですが、引用元とセットで考えるとわかります。ただ』

    青年は眉間にシワを寄せながら言う。

    『コメントの数を見ると半分より少し魂4が多い程度ですので、意外と魂3も発信していませんか?』

    「それは抜粋したそなたが魂3じゃから、魂3のコメントに反応しやすかったのじゃろう」

    『なるほど。適当になんとなく気になったコメントを読み上げただけなので、そうかもしれません』

    「仮に初期段階で魂3と魂4のコメント数がきっこうしていたとしても、賛同されるコメントの数と引用コメントがつきやすいのは、そのコメントを読む人数から考えてもみても魂4が発信したものなのじゃから、結果、魂4の声がネットで目立ち、世論の主流となりやすいという結果になるのじゃよ」

    『魂3は魂3が発信したコメントに同意したとしても、あえてコメント欄で賛同の意を示さない印象です。僕だけかもしれませんが・・・』

    「今回のコメントの抜粋はひとつの例に過ぎんが、発信されるコメント数とどんな内容がコメントの中で語られているかを観察する重要さを少しは認識できたじゃろう?」

    陰陽師は微笑みながら言い、青年は背筋を伸ばして答える。

    『はい。これからは世間で起きる様々な事象について、登場人物やことの善悪といった表層的な問題だけでなく、その背景となる人間模様や、当人たちの属性や霊障の有無なども視野にいれて考察していこうと思います』

    陰陽師は時刻を確認し、口を開く。

    「ちょうどいい時間じゃな。今日はここまでにしようかの」

    『今日もありがとうございます。また気になる事件や出来事があったらご教授ください』

    「あいわかった。気をつけて帰るのじゃぞ」

    青年は席を立ち、深く頭を下げる。陰陽師は優しい笑みをたたえながら青年を見送った。

  • 新千夜一夜物語 第13話:衆愚政治とインターネット

    青年は思い悩んでいた。

    ネットが参加意識の高い“4:ブルーカラー”階級に占領されており、政治だけでなく文化までもが影響を受けていることに対してである。
    今の青年には魂4に動かされる世の中がどのような方向に向かうのか、見当もつかなかった。

    そこで、いつものように、青年は陰陽師の元を訪ねることにした。

    『先生、こんばんは。今日も政治について教えてください』

    「今日は政治の何について知りたいのかの?」

    『まず最初の質問として、万が一魂4が政治を主導した場合、世の中はいったいどうなるのでしょうか?』

    「そなたは“衆愚政治”という概念を知っておるかの?」

    『はい。細かいことはともかくとして、そのような政治形態が結果的に失敗だったということは知っています。毎度のことながら、詳しくは覚えていませんが・・・』

    頭をかきながら青年は言い、陰陽師は微笑みながらうなずく。

    「まず衆愚政治の基本的概念について説明しておくと、衆愚政治とは紀元前5世紀末、古代ギリシア時代のアテネにおいて、デマゴゴス(民衆/扇動指導者)が国政の最高決定機関である民会を牛耳った民主政治のことをさしている。ここまではいいかの?」

    青年は真剣な表情で首肯する。

    「それに少し話を加えると、衆愚政治になる前はペリクレス(頭1、2(3)―3武士)という人物が市民の参政権を拡大し、議員をくじで選ぶようにするなど“民主政”を完成させた。そして、彼が民衆の指導者となったことでアテネは全盛期を迎えたのじゃ」

    『ペリクレスは頭が1の、転生回数が230回で“3:ビジネスマン”階級の武士だったのですね。全盛期にするほどの人物なので“1:先導者”階級か武将タイプだと思っていました』

    「ペリクレスの場合、様々な改革をしていたわけじゃから、人々の意見を吸い上げるというより、どちらかと言うとワンマンで切り開いていく武士の素質を存分に発揮したのであろうな」

    『なるほど。ちなみに、ペリクレスが民主政の土台を作り上げたように思いますが、どうして後の世代で衰退していったのでしょうか?』

    「端的に言うと、後任の指導者に問題があった。疫病で彼が命を落とすと、戦争の継続を望む下層民を主体とした主戦派と、富裕市民を中心とした和平派に分かれて対立することになってしまう。結果的に主戦派の扇動政治家が一時的な覇権を握ったものの、失策を重ねた挙句に、戦争に敗北してしまったわけじゃ」

    青年は腕を組み、うなりながら口を開く。

    『主戦派が魂4で、和平派が魂1〜3という感じですね。それにしても、どうして下層民は戦争をしたがったのでしょうか? 日本では戦さが始まると被害を受けるのは農村なので、下層民は反対しそうなものですが』

    「当時のアテネは海軍が主力で、船の漕ぎ手が主に下層民であったことから、アテネが戦争に勝利をした場合、その功績に報じて彼らにも戦利品の分け前があったわけじゃな」

    『文字通り、生死をかけた船の漕ぎ手たち、彼らの協力抜きにアテネは勝利できなかったわけですね』

    陰陽師は首肯して答える。

    「一方、富裕市民が戦争に反対する理由は、戦争の費用は彼らが担っていたことによる」

    『つまり、戦争をすれば下層民は富を得られ、反対に、富裕市民たちの財産はなくなっていくと。実にわかりやすい構図ですね』

    「その結果どうなったかと言えば、主戦派であったクレオン(頭2、2(7)−4)が中心になって一時は政権を握ったものの、失策を重ね、最終的に戦争で敗北を喫し、その後アテネが衰退していった経緯は歴史書にある通りじゃ」

    『輪廻転生の期を問わず70回台は“大山”だったと記憶していますが、よりによってあの時期にクレオンが台頭したのは、アテネにとってタイミングが悪かったとしか・・・』

    青年は小さく首を振る。

    「まさにそのとおりじゃ。そして、浮動的な民衆には理性的な判断を行うのが難しいという歴史の悪例として、この一件は現代にまで語り継がれてしまうこととなるわけじゃ」

    『優れた人物が指導していた民主政は栄えたものの、適任となる指導者がいないと衆愚政治は、結果として、衰退に向かってしまったわけですね・・・』

    青年の言葉に、陰陽師は賛同の表情でうなずく。

    「衆愚政治は、愚劣で堕落した政治といった表現をされることもあるが、実際、プラトン(頭1、2(7)−3武士)やアリストテレス(頭1、1(3)−1)といった当時の代表的な思想家たちによっても批判の対象となっておったわけじゃしな」

    『大昔においても、思想家やエリートである魂1〜3の意見と、衆愚政治の中心となった魂4の意見は相入れなかったのですね』

    青年は腕を組み直して言い、陰陽師は首肯する。

    『鑑定結果を見る限り、プラトンかアリストテレスのどちらかが政治家になっていれば、事態はもっといい方向に推移したのでしょうね? どちらも頭が1ですし、プラトンは転生回数が大山の70回台ですし、アリストテレスに至っては“1:先導者”階級ではありませんか』

    「たしかに、属性からみるとそなたの意見も一理あるとは思うが、そうはいっても各人の人生じゃ、歴史書を紐解く限り、プラトンはプラトンで当時の政治情勢に失望し哲学の道に進んだようであるし、アリストテレスはアリストテレスで政治家よりも教師の方に天命を感じていたらしいからな」

    『なるほど、プラトンにしろアリストテレスにしろ、それぞれ政治家以外のところに天命を見出していたのですね。そうして、彼らの意見が大衆に届きにくくなると同時に、魂4の人々の意見が国論の中心になってしまったと・・・』

    青年はため息をついて顔を伏せる。陰陽師は少し間を置いてから口を開く。

    「衆愚政治とは、極端な言い方をすると、民衆が参政権を獲得したことにそもそもの端を発しているともいえるわけじゃが、実は、現代の社会状況もあの時代に酷似しているという見方もできるんじゃ」

    『え、現代が衆愚政治の時代と似ているとおっしゃるのですか?』

    「うむ」

    『しかし、それはどのような意味なのでしょう?』

    「端的に言うと、インターネットの出現がその引き金となったわけじゃな」

    『ギリシア時代、初めて民衆が参政権を得た結果、魂4の人々が政治に直接の影響を持つようになったという経緯はよくわかりますが、インターネットが世論や政治に直接的な影響を与えているというお話は、どうもピンと来ないのですが、先生は何を根拠にそのようにおっしゃるのでしょうか?』

    「インターネットが民衆に与えたのが“発言権”だった、と言えばわかりやすいかの?」

    『発言権ですか』

    青年は首を傾げながら唸る。陰陽師は二つの図を描きながら説明を始める。

    「インターネットが存在しなかった20世紀終盤まで、情報を発信するのはマスメディアの専売特許じゃった。政治やスポーツや芸能関係の情報を、民衆は一方的に受け取るだけで、逆発信するツールを持っていなかったわけじゃな。もちろん、報道内容に関する電話でのクレームや投書という手段はあったものの、それらが世論に大きな影響を及ぼすことはほとんどなかった」

    何度も頷いてみせる青年。陰陽師は青年の聞く姿勢を確認し、先を続ける。

    「ところが最近では特にSNSが出現したことにより、ウェブ上とはいえ、魂4の人間たちが自由に様々な意見を発信できるようになった。つまり、今までは相手にされなかった彼らの声が自由に世の中に出回るようになってきたわけじゃな」

    『そう言えば、一部の人が政治や芸能人の言動を批判したり、彼ら自身がSNSやTwitterで発言やリツイートをしてみたり、企業にクレームを入れることによって様々な意見が拡散され、結果炎上しているのをよく見かけます』

    青年が大きく頷く。

    「そればかりではない。最近の野球放映では、リアルタイムで観戦者のコメントが画面上に表示されるのじゃが、野球が魂4の好むスポーツだということを割り引いても、それらのコメントのほぼすべては魂4のものなのじゃ」

    『なるほど。そんなところにも魂4の参加意識の強さが如実に表れているのですね』

    ふたたび大きく頷く青年の顔を見ながら、陰陽師が言葉を続ける。

    「ちなみに、その際の役割分担を説明しておくと、事件や有名人のスキャンダルに直接噛みつくのは基本的に2−4、煽って拡散するのが4−4という基本構造になっておる」

    『たしかに理解できない部分で怒りを露わにしているコメントをよく見かけますが、今のお話からすると、それらのコメントは2-4、4-4の別はともかくとして、ほぼ魂4の人々が発信しているわけですね』

    青年は深くうなずいて見せ、陰陽師も首肯する。

    『以前、魂4の人々は参加意識が強いだけでなく正義感も強いとお聞きしましたから、スキャンダルや諸問題について意見を言うのはもっともだと思います。ですが、正義感が強いのですから、それはそれで悪いことではない気もするのですが』

    「基本的にはそなたの言う通りなのじゃ。だが、以前にも話したように、問題は彼らのものの見方が往々にして大局観に欠けていることから、その正義感が偏狭なものとなってしまうという側面がある」

    『先日、京都の話題(第12話参照)で魂1〜3と魂4とで味覚や価値観が異なるという話をお聞きしましたが、同じ様に、魂4の人々の正義感や倫理観は、時として、魂1〜3の人々に受け入れられないことがあるわけですね』

    「間違いなく、その傾向はあるじゃろうな。それに加え、問題なのは、彼らの参加意識の高さじゃ」

    『とおっしゃいますと?』

    「たとえば、芸能人の不倫という事件が起こったとする。我々魂1~3の場合、それらの話題を飲み会の席などで酒のつまみとして取り上げることがあったとしても、そもそも客観的な事情もよくわからない他人のプライベートな問題について、ネットで我がことのように評論する可能性は極めて低い」

    『おっしゃる通りです。日常で自分と関わることがない人物の話をするくらいなら、仕事のことや、将来に関する話をする方が有意義な時間の使い方だと僕も思います』

    陰陽師は首肯して答える。

    「しかし、彼らは違う。偏狭な正義感を振りかざし、挙句の果てには、人間じゃない、死んでお詫びをしろ、といった過激なコメントがネット上に溢れることが多々あるのは、そなたが一番よく知っておるであろう」

    青年は苦笑しながら言う。

    『たしかに、そのあたりはおっしゃる通りかもしれませんね。さすがの僕からみても、どうしてこんなプライベートな問題を、我がことのように、しかも上から目線でコメントできるんだろう、と時々考えさせられることはたしかにありますものね』

    「参加意識の差に加え、そもそも6割を占める魂4(日本では例外的に45%)が相手じゃ。何事も多勢に無勢となり、我々魂1〜3の意見が片隅に追いやられてしまう危険性はこれからも大きくなりこそすれ、小さくなることはないじゃろう」

    『せっかく魂1〜3の人が大局的なコメントを挙げたとしても、魂4の人々の反対意見に、ともすれば潰されてしまう可能性はたしかに高いと思います・・・』

    青年は表情を曇らせて顔を伏せる。陰陽師は紙にペンを走らせながら口を開く。

    「ネットの出現以前、発言のツールを一切持たなかった彼らがネットの出現によって発言権を持った結果、最近ではマスコミもテレビ局もネットのコメントに気を遣わざるを得ない現状になりつつあるようじゃ」

    『そのあたりを、もう少し詳しく教えてください』

    陰陽師は、眉間に微かに皺を寄せながら、先を続ける。

    「たとえばNHKならともかく、民放ではニュース番組でも、放映するにしてもスポンサーが必要となることは、わかるな?」

    『もちろんです』

    「と言うことは、民放側としても、スポンサーの意向には逆らえないという側面がある。一方スポンサー側はスポンサー側で、自社の商品を買ってもらうために、ネット上の意見、同行に極めて神経質にならざるを得なくなるという構図が存在する」

    『つまり、ネットの意見に敏感になりつつスポンサーの意向を、民放の報道番組は忖度せざるをえないと』

    「まあ、端的に言うとそうなるわけじゃ。そして、この問題は民放の報道番組にとどまらず、たとえば紙媒体の新聞社などにも当てはまることとなる」

    『たしかに、ただでさえ発行部数が落ちている新聞社としても、魂4が形成する世論に真っ向から反対しづらいでしょうからね』

    「そのとおりじゃな」

    陰陽師は、青年の言葉に小さく頷いた後で、言葉を続けた。

    「マスコミが今話したような状態に陥ってしまった現在、その余波を受けるように、一般大衆を引っ張るべき政治家までもが魂4の顔色をうかがう、というような嘆かわしい事態も恒常化するようになるわけじゃなる」

    『つまり、最近話題になっている“政治家の小型化”などといった問題も、根本はそのあたりにあるわけですね』

    「もちろんじゃ」

    しばらく思案顔でだまりこんでいた青年が、おもむろに口を開いた。

    『たぶん、今の話に関連するのだと思うのですが、最近はテレビ番組がつまらなくなったという声を聞きます。たしかに、刺激的で、過激な内容の番組が影を潜め、代わりにグルメ番組や旅番組といったあたりさわりのない番組が増えてきたような気がします。それと、“番組中に不適切な表現がありました”というコメントをたまに見かけますが、ああいった対応もネットのコメントを気にした結果なのですね。個人的には、あのくらいの内容であの手のコメントを出す必要はまったく感じないのですが』

    陰陽師はグラスに注がれた水を一口飲み、答える。

    「昨今の政治家は、ネットをベースとした世論の上げ足取りや見当違いな政治批判を気にするあまり、思い切った発言や討論が難しい状態に置かれているわけじゃが、それもこれも魂4の人間たちがネットで多勢となっていることが、そもそもの原因といえるじゃろうな」

    『古代ギリシアでいうところの、2−4が4-4を扇動し、それに感化された4−4が暴動を起こすといった構造とまったく同じなのですね』

    青年は手を打ち、陰陽師は微笑みながらうなずく。

    「今の政治の在り方を短絡的に判断するつもりはないが、歴史が繰り返されていることは間違いない事実なのじゃろうな」

    『大昔のギリシアの轍を繰り返さないことを切に願うばかりです。そしてあのような歴史を反面教師として、ふたたび政治が “衆愚政治”の方向性に向かわぬよう、微力ながら僕も様々な行動を起こしていきたいと思います』

    姿勢を正し、真剣な表情で言う青年に対し、陰陽師は深く頷いて答える。

    「そなたが言うように、現代社会がギリシア時代の過ちを繰り返すとはかならずしも限らんが、魂1〜3の人々が世の中のあらゆる事象に対し、大局的な見地を持って積極的に意見を表明することが切に求められている時期であることは紛れもない事実じゃろう。ネットに大局的見地に基づいた意見を表明するにしろ、清き一票を投じるにしろな」

    『わかりました。これからは、ネットの情報をよく吟味して、僕なりの意見をしっかり発信していきたいと思います』

    「ああ、その意気じゃ」

    大きく頷いたあとで、何か言いたげな青年に陰陽師が訊ねかけた。

    「どうした、何か言いたいことがありそうじゃが」

    『実は』

    「うむ」

    『今日先生と話し合った内容を、ネットにアップすることは問題ないでしょうか?』

    「もちろんじゃとも」

    青年の意図を理解すると、陰陽師は青年の背中を叩いた。

    「今回ワシらが話し合った内容をインターネットにアップし、魂1~3の人間たちに考えるきっかけを持ってもらうことは、とても意味のあることだとワシも思う。そなたが早速そのような行動に出てくれることは、ワシとしても望外のよろこびじゃ」

    青年は真剣な表情で自らの使命に思いを巡らし始めていた。そんな青年の表情を眺めながら、陰陽師は微笑をたたえて小さくうなずいた。

    青年は帰路の途中、電車の中でインターネット上のコメントに新たな気持ちで目を通していた。表面上の言葉に捉われずに様々なコメントを観察するように読んでみると、今まで見逃してきた様々な事象が見えてきたのだった。

  • 新千夜一夜物語 第12話:京都人と魂の属性

    青年はイライラしていた。

    先日、京都に出張した際の出来事に対してである。

    道の真ん中を歩いていたわけではないのに、少しよそ見をしていたらクラクションを鳴らされたり、歩行者が赤信号を強引に渡ってきて、自分が乗っていた自動車が轢きそうになることもあった。

    他にも気分を害する出来事がいくつかあり、京都にフォーカスした漫画をたまたま読んだことをきっかけに、色々と思い出したのだった。

    京都の人の9割近くが2−4(転生回数が200回台で魂の属性“4:ブルーカラー”階級)という陰陽師の言葉を思い出し、再び青年は陰陽師の元を訪ねるのであった。

    『先生、どうして京都の人はあんな性格の人が多いのでしょうか?』

    「一言であんな性格と言われても返答に困るが、そなたが言いたいことは察しがつく」

    陰陽師は苦笑しながらうなずいてみせる。

    『先日のお話の中、京都の人の9割近くが2−4だとおっしゃいましたが、それと関係があるのでしょうか?』

    「もちろんじゃとも」

    『やはりそうですか。それにしても、京都は歴史のある都市であるから、むしろ“1:先導者”階級や“3:ビジネスマン(武士・武将)”階級が多く住む土地だと思っていました。歴史的建造物だって、魂3の人々の技術がなければできなかったでしょうし』

    「魂の階級と役割について、だいぶ真剣に勉強しておるようじゃな」

    そう言いながら陰陽師は微笑み、照れた青年は笑顔を作りながら顔をふせる。

    「そなたが言った通り、確かに室町時代まで京都は日本の中心じゃったが、まず、徳川家康が江戸幕府を開いたことで、文字通り、日本が二分されてしまった」

    『たしかに、江戸幕府は15代まで続きましたし、今も皇居が東京にあるわけですから、それ以来江戸が京都とならび日本を二分したのだと思います』

    「そして決定だったのが、明治維新じゃ。大政奉還が二条城で行われたことからもわかるように、江戸時代も江戸幕府があるにもかかわらず、京都・大阪はまだまだ大きな役割を果たしていた。特に京都には天皇と公家たちが揃って残っていたわけじゃから、文化という点では依然として日本の中心だったわけじゃ」

    『しかし、明治維新によって天皇を中心としたそれらの人々まで、こぞって東京に移住してしまったわけですね』

    「その通りじゃ。そしてその結果、商人や町民だけが残ったのが今の京都というわけじゃよ」

    『なるほど。魂1〜3の人々がごそっといなくなってしまったために4の人の比率が圧倒的に多くなってしまったわけですね』

    陰陽師は首肯して答える。

    『それにしたって、京都の人は遠回しに嫌味を言ってきたり、旅行者に対して上から目線で接してくる印象があります。ということは、そもそも“4:ブルーカラー”階級の人々は性格が悪いのでしょうか?』

    それを言ってしまうと、地球の6割の人間の性格が悪くなってしまう。とんでもない言い草である。

    陰陽師は声を出して笑う。青年は何がおかしいのかわからないのか、きょとんとしている。

    「一括りにそう決めてはいくらなんでも無理がある。京都で“イケズ”や遠回しに言う文化が根付いている一端は、住民のほとんどが2-4だということは大きいじゃろうな」

    『ところで、僕が読んだ漫画では京都の人はイケズや遠回しな言い方をするけど、面と向かってもめたくないからガチンコの喧嘩に弱い、というようなことが描かれていました』

    「その手のものをほとんど読まんので全体的な話はともかく、そなたのいう漫画の登場人物を鑑定すれば、2−4であるかどうかはすぐにわかることじゃがな」

    『えっ、漫画のキャラも鑑定できるのですか!』

    青年は感嘆の声をあげ、陰陽師は微笑みで応える。

    『その漫画の中で特に気になったのが、京都の中心部にある老舗の扇屋の女子大生のキャラクターがいまして、遠回しに嫌味を言ったり、お客さんが帰った後に陰口を叩いたりしています。さらに、住んでいる場所が京都内のカーストで上位らしく、そのことを鼻にかけてカースト下位の土地に住むキャラクターを見下しているのですが、2−4でしょうか?』

    「鑑定してみよう。少し待ちたまえ」

    陰陽師は半眼になって小刻みに指を動かす。

    「うむ、典型的な2−4じゃな」

    『やはりですか』

    的中したのが嬉しかったのか、青年は笑みを浮かべて言った。

    『ちなみに、メインの登場人物がタバコ屋の若い女性なのですが、このキャラクターはクールで顔や言葉は怖く描かれていますが、観光客にお得な情報を伝えていたり、人情味のある行動をしていて判別が難しいです』

    「どれどれ」

    再び陰陽師が鑑定を始める。青年は落ち着かない様子で答えを待つ。

    「そのキャラは“3:ビジネスマン”階級、しかも(1)-2(4)-3じゃな」

    『なるほど。数少ない1割の方なのですね。ただ、女主人公の幼なじみは対照的で、感情的といいますか行動がムチャクチャなシングルマザーなのですが、女主人公と仲がいいことから、魂3のキャラクターでしょうか?』

    「ふむ」

    再々度、陰陽師は鑑定を始める。青年は腕を組んで結果を待つ。

    「そのキャラクターは一見典型的な2−4に見えるかもしれないが、間違いなく、“3:ビジネスマン”階級じゃな」

    『てっきり2-4かと思っていましたが、僕の勘違いなのですね』

    「人間というものは、かなり複雑な要素を内包しておる生き物じゃ。だから、表面的な言動だけでなく、もっと深い人間観察が重要となるが、いずれにしても、その漫画に出てくる登場人物同様、京都人のほとんどが2-4であることは間違いない」

    『つまり、2−4がどんな人物なのかを知りたい場合、京都の人たちを観察したり、京都に行けない場合はその漫画を読めばいいということですね』

    「今度ワシもその漫画に目を通してみるが、今ざっとみても、京都およびそこに住む人々の特徴をなかなかよくとらえた漫画のようじゃな」

    陰陽師は首肯して答える。

    「ところで、そなたは京都へはよく行くのか」

    『よくと言うわけではないにしても、あちらに友人知人もそれなりにいますから、年に数回は行っている計算になりますね』

    「そなたがそれほど京都に精通しているのであれば、ワシが実際に体験した京都での2−4絡みの出来事を話そう」

    『それは興味深い話ですね。ぜひ、よろしくお願いします』

    「仕事柄、ワシは京都にも拠点を持っておるのじゃが、ある日、郵便受けに一通の手紙が入っていたんじゃ。内容は、“下の階の者ですが、音がうるさいので静かにしてください”というものじゃった」

    『先生が遅い時間に騒音を出すとは思えませんが、意外です』

    「ワシは常日頃BOSEのスピーカーを愛用しておるのじゃが、住んでいるのがマンションということで、防音は大丈夫だと油断してしまったわしも悪いのじゃが、いずれにしても、次の日に菓子折をもって下の階の住民に謝罪しにいったわけじゃよ」

    青年は体をのけぞらせて目を見張る。

    『菓子折まで用意するのですか。京都ではそれくらい当たり前かもしれませんが』

    「そのあたりの話はともかく、問題は、真下の部屋の住民に心当たりがないと言われたことじゃった」

    『え、そうなのですか?』

    「それで、今度はその両隣の部屋のインターフォンを鳴らして事情を説明したのじゃが、これまた全員心当たりがないと言うんじゃ」

    青年は首をかしげ、唸り声をあげる。当時のことを思い出してか、陰陽師の表情に笑みが浮かぶ。

    「下の階に手紙の主がいないことがわかったのでいったん部屋に戻り、こんどは霊能力でその手紙の主を探してみたところ、なんと隣の部屋の住民だったんじゃ」

    『まさかのお隣さんですか! 手紙には“下の階の者”って書いてあったのに』

    青年のリアクションがおかしかったのか、陰陽師は体を揺らして笑う。

    「この件があって気になったから全員を鑑定したところ、ワシが住んでいたマンションは特殊な属性の人間が多く住んでいることがわかった。9割近くが2−4である京都において、魂1〜3の住民の方が圧倒的に多かったのじゃよ」

    『なんと、それは珍しいですね』

    「そして、手紙を寄こした住民は、案の定、そのマンションでは少数派である2−4だったというわけじゃな」

    『なるほど。そういうオチですか!』

    二人は見合って笑い出す。

    「他にも京都で体験した属性の問題では、修学旅行生と、彼らを案内するタクシードライバーの関係が興味深い」

    『とおっしゃいますと?』

    「ワシらが学生の頃は修学旅行というと大型バスに乗って集団で移動したものじゃが、今は時代が変わり、修学旅行生のほとんどは5~6人でワンボックスタクシーに分乗し、神社仏閣の見学をしておるのじゃが、当然のこととして、ガイドはタクシーの運転手の役目となっておる」

    『修学旅行生は京都外から来ているのでいろんな階級がいそうですが、タクシードライバーは全員4という話でしょうか?』

    青年の言葉に、陰陽師は微笑みながら口を開く。

    「京都中のタクシー運転手という意味では、たしかにそのとおりじゃろう。しかしワシが言いたいのはそういうことではなく、“引き寄せの法則”とても呼ぶべき現象のことなのじゃ」

    『“引き寄せの法則”とは、どのような意味なのでしょう』

    「まず5~6人でグループとなった生徒じゃが、その理由はともかく、皆2-3とか2-4とか4-4という輪廻転生も含めた同じ属性同士でグループを形成しておる。そこまではいいとしても、面白いのは、それらの学生グループと彼らを引率しているタクシー運転手の属性が、ほぼ例外なく、学生たちと一致しておることなのじゃ」

    『たしかに、それは興味深いですね。学生同士は属性による知的レベルや性格の違いから同一グループを形成することがあるにしても、初対面のタクシードライバーまでが同じ属性だとは驚きです』

    陰陽師は首肯して答える。

    「ある日、ワシが三十三間堂に立ち寄った時のことじゃ。たまたまワシのそばに二つのグループがおって、つかず離れず内部を見学しておったのじゃが、その間のやりとりがまた面白くてな」

    『とおっしゃいますと?』

    「たとえば、魂3同士の組み合わせの方は、歴史的建造物の歴史や建てられた歴史的背景といった学術的な説明をタクシー運転手がしたとしても、修学旅行に合わせ下準備をしてきたのか、元々それなりの知識を持っておるのか、真剣な表情でタクシー運転手の説明に耳を傾けていたリ、かなり突っ込んだ質疑応答をしておったんじゃ」

    青年は続きを促すようにうなずいて見せる。

    「一方、4-4の組み合わせの方はどうかというと、タクシー運転手は運転手で、君たちまだ若いんだからこんなもの興味ないよね、もうこんなものは、おじいちゃんおばあちゃんになって棺桶に片足を突っ込んだ頃に来ればいいんだよ、といった調子じゃし、聞いている学生たちは学生たちで、そうっすねーといった軽い感じで笑い合うという感じなのじゃ」

    『なるほど、それはとてもわかりやすい対比ですね!』

    笑顔を見せる青年に対し、陰陽師は微笑みながらうなずいてみせる。

    「話が変わるが、初めての土地で食事をする際に、そなたは食べログを使うかの?」

    『はい。知らない土地で食事をする時は必ず参考にしています』

    「ワシも食事にはちとうるさい方じゃから、当然食べログを参考にしていろんなお店に行くのじゃが」

    『えっ、そうなんですか。先生はまったく食べないか、食べても精進料理あたりかな、なんて勝手にイメージしていました』

    仙人でもあるまいし。失礼な言い草である。

    「鶏肉こそあまり食さんが、和・洋・中なんでも食べるぞ。特に寿司や焼き肉なぞは、大好物じゃ」

    青年のイメージがおかしかったのか、陰陽師は笑いながら先を続けた。

    「ある日のこと、静岡から来た客を連れて、京都で400年続く歴史もあり、格式も高いと言われている蕎麦屋に行った時のことじゃ。もちろん、食べログのコメントにも目を通したうえで店に行ったわけじゃが、これがまずくてとても食べられたしろものではなかったんじゃ」

    『つまり、食べログの評価と店の味に齟齬があったのですね』

    「そのとおりじゃ。そして、あのような目に遭ったのはあれが初めてではなかったから、あの日以来、食べログには参考意見として目を通すとしても、決して鵜呑みにはしないようにするようになった」

    『しかし、どうしてそのようなことが起こるのでしょう? 食べログがコメントを盛ったりしているのでしょうか』

    「いや、そうではなく、食べログにコメントをアップする人間の属性の問題なのじゃと思うな」

    「とおっしゃいますと」

    「以前、ネットが参加意識の高い魂4に占領されているという趣旨の話をしたと思うが、食べログに乗せられたコメントを一つ一つ見ていくと、4-4、2-4に限らず、魂4のコメントが多いんじゃ」

    『なるほど』

    「そなたのようにブログをやっていたり、芸能人のように食べたものも商売になるような一部の例外を除き、食後の感想を食べログに乗せようと思う魂1~3の確率は、魂4に比べて圧倒的に少ない」

    『僕などはまめにコメントをアップしますが、多くの魂1~3はそのようなことはしないと』

    「もちろん魂1~3といっても、現世的にみると様々な階層の人間がいるのは確かじゃ。しかし、ネットへのアップという意味では、魂4の比でないことは間違いない」

    『では、魂1~3と魂4とでは、味覚そのものにも違いがあるというわけですね』
    「もちろん、B級グルメと懐石料理をいっしょくたに語るのはどうかと思うが、繊細な料理になればなるほど、その差は歴然となるのは間違いないじゃろう」

    『なるほど』

    「さらに言えば、“コスパ”という問題もそうじゃ。かつてテレビで人気を博していたイタリアンのシェフが、自分の店で出す800円のミネラルウォーターについてのネット上のコメントを巡り、貧乏人はうちの店に来てくれなくていい、といった趣旨の発言をして干された事件があったが、あれなどは魂1~3と魂4の価値観の相違が如実に出ている例といえるじゃろうな」

    いったん言葉を切ると、陰陽師は先を続けた。

    「よって、京都での食べログの評価、特に現地の人間が発信した情報は魂の階級が4の人には参考になるじゃろうが、ワシら魂1〜3の人間は鵜呑みにしない方がいいというわけじゃな」

    『それは残念です。食べログ以前の問題として、京都でおいしいものを食べるには地元の人に聞けばいいかと思っていましたが、9割近くの人が2−4では・・・』

    青年は苦笑しながら言った。

    「さらに問題なのは、京都の大半の人間が4-4ではなく、2-4だということじゃ」

    『とおっしゃいますと?』

    「京都の町を走っていても、地方都市の中では突出して外車の割合が高いこともその一例じゃが、2-4だから、基本的に金を持っている。じゃから、食事をするにしても、客単価1万円くらいの店だと2−4の人々で溢れているじゃろうから、本当に美味しくて食事を落ち着いた雰囲気で楽しみたいのであれば、2〜3万円だす覚悟が必要じゃろうな」

    『そこまで高級なお店に行くなら、チェーン店で安定した味か、むしろ食べログが低いお店に挑戦するかもしれません』

    それでは京都の食事を楽しめず、もったいないという意見も来そうである。

    「そうじゃな、百聞は一見に如かず。ともかく、実際に食べて体験してみるといい」

    そう言い、陰陽師は小さく笑う。青年もつられて声を出して笑う。

    『ところで話は変わりますが、京都の市・府の議員や国会議員は、どのような属性の人間が占めているのでしょうか? 京都府民の9割近くが2−4なわけですから、当然のこととして、2-4で占められているのでしょうか?』

    「京都選出の衆議院議員の中には魂3もおるが、ふたりの参議院議員そして府知事は2-4じゃな」

    『やはり、そうでしたか。選挙民が圧倒的に2-4なわけですから、価値観が似ていて賛同も得やすいのでしょうから、当選する確率だって、当然高くなりますよね』

    納得顔の青年が、質問を重ねた。

    『ところで、そのような属性の人がトップに立つと、政治や行政はどうなってしまうのでしょうか』

    「それがな、おもしろいことに悪いことばかりでもないのじゃ。以前にも説明したように、4の人々は大局的な見地には欠けるものの、正義感、倫理観が強い。また、共感能力が高いことから自分とは関係ない出来事であってもまるで自分のことのように怒り、感情的な言動をするといった特徴を持つ彼らが、府・市議、そして国会議員になるメリットのひとつとして、“福祉の充実”が挙げられる。実際、京都府では世間一般に言われる弱者に対する待遇が手厚く、たとえば障害者手帳なぞを持っていれば、東京などよりはるかに利用価値が高い」

    『たとえ大局的見地の問題はあったとしても、正義感、倫理観の強さが反映されているのですね』

    青年は何度もうなずいて見せる。

    『議員は“1:先導者”階級か魂3の武士階級が適任だと記憶していますが、京都の場合は住民の特性から2−4の人物が担う方がいいという考え方もあるわけですね』

    「まあ、そういうことじゃな」

    『でもそのような属性の人間が国家のトップに立った場合は、どうなってしまうのでしょう』

    「それについては、過去の歴史上の指導者を例に挙げて解説することはやぶさがではないが、短時間で説明できる問題でもないから、明日以降の話題とするとしよう」

    陰陽師の視線につられ、青年は時計に目をやった。いつもながら、気がつけば深夜になっている。

    『いつも遅い時間までありがとうございます。またよろしくお願いいたします』

    「気をつけてな」

    陰陽師は笑顔を浮かべ、うなずきながら言った。

    青年は席を立ち、深く頭を下げて部屋を出た。玄関で靴を履いていると、立ち耳のスコティッシュフォールドが青年におでこをすり寄せてきたり、横になってお腹を見せていた。猫たちにも受け入れられているように感じ、青年は笑顔で帰路につくのだった。

  • 新千夜一夜物語 第11話:桜を見る会とGSOMIA

    青年は激怒していた。

    先日ニュースで知った“桜を見る会”に対してである。首相が税金を私利私欲のために使ったように感じられたからである。これでは、消費税を増税しても意味がないではないか。何のための増税だったのか、と納得がいかなかった。

    青年は居ても立っても居られなくなり、陰陽師の元を訪れるのだった。

    『こんばんは。今日は政治について教えていただけませんか?』

    「そなたが政治について質問してくるとは。それは、珍しいの」

    『そうですね。真偽の確認が難しく、なおかつ僕が影響を与えにくい領域だと思っていたので、あまり関心はありませんでした』

    「それは個人の自由だとは思うが。で、政治の何について知りたいのかな?」

    『“桜を見る会”についてです。政治のトップである人間が、税金を私利私欲のために浪費しているのに腹が立ったのです』

    「なるほど。で、そなたは、“桜を見る会”に対してどのような点が問題だったと考えているのかな?」

    『いろいろありますが、“公的行事の私物化”と“税金の無駄遣い”が主な問題だと思っています』

    陰陽師はあごに手を添えて一瞬だけ黙考し、口を開く。

    「ちなみに、“桜を見る会”は1881年に国際親善を目的として皇室主催で行われた“観桜会”が始まりということは知っているかの?」

    『そこまでは知りませんでした。しかし、“桜を見る会”はそんなに前から続いている行事なのですね』

    「1995年は阪神・淡路大震災を理由に、2011年は東日本大地震を理由に、2012年は北朝鮮の弾道ミサイル発射への対応を理由に中止したが、1952年からは吉田茂が総理大臣主催の会として“桜を見る会”に名前を変えて復活し、基本的には毎年開催されておる伝統的な行事なのじゃよ」

    青年は黙ってうなずき、続きを待つ。陰陽師は青年の意思を汲み、先を続ける。

    「この“桜を見る会”の会費は税金で賄われているものの、きちんと予算に計上されている、いわば公式行事だということは、理解できたかの?」

    『予算に計上されていることであれば、税金が“桜を見る会”の会費として使われることには納得できます。しかし、招待客は安倍首相を支持する組織や後援会といった団体が多く、招待者を選ぶ基準も不透明だという主張もあります。会の本来の趣旨である功績者をねぎらうためというよりも、もはや安倍首相個人の“桜を見る後援会”みたいなものではないでしょうか?』

    「とはいえ、安倍首相が主催している以上、彼の関係者が増えていくことは別におかしいことでもなかろう。例えば、そなたは以前に勤めていた会社の人事評価が完全で納得できるものだと思うかな?」

    『いえ、まったく思いません。不透明でいい加減だと思っていました』

    大きく首を左右に振りながら、青年は答える。陰陽師は小さく笑ってみせた。

    「そうじゃろう。百歩譲って、仮に誰もが納得するような招待基準を作ったところで、最終的に人間の主観が入る以上は、何らかの忖度が入ってしまうのは仕方ないと思うがの」

    『それは確かにそうですが・・・』

    「それにじゃ、彼の後援会のメンバーだけを招待して他の人々を除外していた、ということならまだしも、秘密裏に行われたクローズドな会ではない以上、私物化という表現をするにはいささか過剰な気がするがの?」

    『確かに、私物化というのは言い過ぎかもしれません。とはいえ、今回の会費は本来の予算の三倍近くになっているそうじゃないですか。しかも、自分の資金を使って開催していれば公職選挙法に違反することを、税金を使うことでうまく回避しているという批判も聞きます。見方によっては公的行事を私物化しているようなものではないかと』

    「今度は税金の使われ方について、じゃな」

    『はい。参加者の人数を絞ればもっと会費を少なくすることができたでしょうし。しかも、“テロ対策”という名目で会費がかさばったという話もありますが、実際は手荷物検査すら行われず、何に使われたかも不明。結局はほぼ飲食代だったという話も聞きます』

    「では、そなたはどのようにすればよかったと考える? 一つの情報に対して問題提起をするのも大事なことじゃが、それに対する解決案を提示できないのでなければ、政府のやることに何でも反対しておきながら、一向に対案を出そうとしない野党の連中とあまり変わらぬ話になってしまうと思うが」

    青年はうなりながら首を傾げる。

    『そこなのですよ。僕は政治家になったことがありませんし、政治にはお金がかかるとよく言われているものの、実際お金がどう動くかはわかりません。ただ、前夜祭の会場がホテルニューオータニで、しかも5,000円もする高級お寿司が振る舞われたそうじゃないですか。高級なお寿司がほんとうに5,000円で食べられたのかどうかも問題ですが、それよりも年々人数が増えているのですから、もう少し安い会場で前夜祭ができたのではないかと思うんです』

    「つまり、何をするにしても、もっと庶民が納得するような金額が望ましい、ということじゃな?」

    『その通りです。明細が出せない理由があるのは百歩譲るとして、企業努力ではありませんがそうしたことができたのではないかと』

    「そなたの言い分をじゅうぶんに理解したうえで、あえて回答するとすれば、政治に関わるお金の問題については、“政治家にとっての1万円と、世間一般の国民にとっての1万円の感覚は違う”と基本的な概念を念頭に置くといいと思うがの」

    『どういうことでしょうか?』

    初めて聞く考えに、青年は姿勢を正して真剣な表情になる。

    「首相や大臣ともなれば、他国のトップ層と接したりすることもあるし、県知事や県議といった地方の代表とも会合するものだが、その際に、国家の明暗を左右する話し合いを、隣の部屋から大きな騒ぎ声が聞こえてきたり、仕事の愚痴を言っているような店でできると思うかの?」

    『もちろん、それはおかしいと思います。“壁に耳あり障子に目あり”ではありませんが、逆にこちらの話が相手に聞こえるという問題も想定できるわけですから、そんな場所ではなく、話が外に漏れない、静かで落ち着いた場所でやっていただけたらと思います』

    苦笑しながら答える青年に、陰陽師は小さく頷いて見せる。

    「確かに、日々日常生活を送るにあたり、大変な思いをしながら生活している人たちからすれば、政治家のお金の使い方に対して納得がいかないと感じることがあるのかもしれん。じゃが、政治家の一回の会食が一万円かかるとした場合、世間一般の国民が通う一回3,000円程の居酒屋であれば三回ほど行けてしまうような計算になるとしても、そこでもう一度考えてみるべきは、話されている重みの違いではないのかの?」

    『なるほど。たしかに、そのあたりはお金で換算できない問題なのかもしれませんね。仮にその内容が僕には見当もつかないものだったとしても、たしかに、おっしゃる通りかもしれませんね・・・』

    青年は苦笑し、宙を眺める。陰陽師はテーブルに飛び乗ってきた猫を優しく撫で、口を開く。

    「ともかく大事なことは、議会制民主主義政治の原則として、選挙によって衆参の国会議員を選ぶ権利は国民の側にあるとしても、一旦選んだ国会議員が犯罪などに手を染めぬ限りは、具体的な国家運営を彼らに委託するしかない、という原則をよく理解しておくことじゃ。よって、今回の日韓の問題なども、自分の選んだ政党、議員がこの問題をどう考え、どのように行動したかをきちっと理解し、それを次回の選挙に反映させるという姿勢が大切となってくるわけじゃな」

    『そういえば、魂の階級の解説(第4話参照)の際に、何らかの理由で二国間に利害の反する問題が起こった場合、基本的に話し合いを繰り返して解決しようとしているのでしたね。武力、すなわち戦争は最後の交渉手段だと』

    「そう。世間一般の国民の手の及ばぬ領域で厳密な話し合いが行われ、そこで大事な話が決まる。そのおかげで平和が保たれていると考えることもできる」

    グラスに注がれた水を一口飲み、陰陽師は続ける。

    「少し話が変わるが、官房長官が3,000円のパンケーキを食べたことに対する批判もあったようじゃが、国を動かしている人間はそれだけ多くの仕事を成し遂げており、同時に多くのお金を動かしているとも言える。分刻みのスケジュールと言っても過言ではない状況の中、息抜きは必要ではないかの?」

    『そう言われるとそうですね。確か、プロボクサーの具志堅さんも、世界大会で負けた理由が、“大好物のアイスクリームを食べられなかったから”と言っていたことを思い出しました。当時はたかがアイスクリームと思いましたが、今になって考えてみると、パフォーマンスを発揮するためには息抜きやスウィーツも必要なのでしょうね』

    「何を食べるかは個人の自由じゃから、気になるならそのパンケーキを食べてみるといい」

    『機会があればそうしてみます』

    お互い、あまりスウィーツに興味がないことを知ってか、二人で笑い声をあげる。

    「ついでに言っておくが、前夜祭の食事代についてはホテルの宿泊客の中でのパーティーに参加した人に対しての5,000円であって、“桜を見る会”当日の参加者全員にかかったわけではないぞ。料亭のように一人一人が席について食べるわけではないのじゃから、人数分ぴったりの食事を用意しないというのは立食パーティーの常識でもあるので、そこらあたりのこともよく理解しておくことじゃ」

    青年は神妙な表情のまま黙ってうなずく。陰陽師は青年が続きを待っているのを察して続けた。

    「さらに言うと、TV局の幹部連中などは、毎年前夜祭にも当日の“桜を見る会”にも招待され、実際に出席しているわけじゃから、参加人数や予算がどれくらいかかっているのかはわかるはずなのに、そのあたりのことについて口をつぐんでいるのも解せないといえば解せない話なのじゃがな」

    『マスコミ関係者や野党には大陸系の人も少なくないと聞いたことがありますが、詳細を知っていたとしても、そこまでして政権を打倒したいのでしょうか?』

    「それ以前の問題として、今の自民党独り勝ちの状態に、まともな政治的議論で立ち向かえる野党が存在しないということの方が問題だと思うがな」

    『いずれにしても、政治は奥深いので、よくわからないです・・・』

    ばつが悪そうにする青年。陰陽師は青年を励ますような柔らかい笑みで口を開く。

    「今回の話でもそうじゃが、世の中の出来事を俯瞰するにあたり、大事なことは、常に物事を大局的な視点で捉えるという姿勢じゃ」

    『大局ですか。確かに、視野が狭かったと反省しています』

    「それともう一つ。この世の物事には、おしなべてタイミングというものがある。今回の問題が公職選挙法に抵触する可能性のある問題だとしても、話し合うべき問題が山積している国会を空転させてまで、このタイミングで取り上げる首相批判をするべき問題なのかという疑問はついて回ると、ワシは思うがのお」

    青年は眉間にしわを寄せて黙っている。政治に関しては本当に明るくないようだ。

    「たとえば、昨今の国際情勢一つ見てみてもアメリカ、韓国、北朝鮮、中国、そして中国が同一の国家だと主張している香港、台湾の問題等、文字通り、世界の行く末を左右しかねない大事な時期であることは言うまでもない」

    『直接間接の問題はあるとしても、そんなに複数の国と、日本は今問題を抱えているのですか』

    陰陽師はアジアの地図を広げながら口を開く。

    「まずは韓国について説明するが、今回の日韓関係悪化の引き金となったと韓国が主張しているのは、日本政府が韓国に対して“フッ化水素”、“フッ化ポリイミド”、”レジスト“といった半導体などの材料となる3品目の輸出制限を強化したことと、韓国を”ホワイト国“から外したことにある」

    『韓国が“ホワイト国”から外されることがそんなに気に食わなかったのでしょうか? あと、それらの3品目はどういった意味で重要なのでしょうか?』

    「先に3品目について説明すると、それらは半導体といった電子部品の製造に必要不可欠なものである以上、ミサイルなどの先端兵器の開発に使われる可能性もあるのじゃが、それが韓国から第3国に流出している可能性があると日本側は睨んでおるわけじゃ」

    『なるほど。日本の技術が第3国に軍事利用される可能性があるということなのですね』

    「使用使途に疑念のないことが信頼できる国、すなわち“ホワイト国”にはそれらの輸出の制限をしていなかったのじゃが、処々の事情から、韓国に対してそれらを無条件に輸出することは危険だという判断を日本が下した、韓国への3品目の輸出制限をせざるを得なくなったというわけじゃな」

    『ところが韓国としては、信頼関係を疑われたということで、その報復として日韓GSOMIAの破棄を通告して来たという流れになるわけですね』

    「そのとおりじゃ」

    『ところで基本的な質問なのですが、そもそも日韓GSOMIAとは具体的にどのようなものなのでしょうか?』

    「たとえば、北朝鮮がミサイルを発射した場合、日本と韓国がお互い取得した秘密軍事情報を共有することを目的として結んだ軍事協定のことじゃ」

    『その協定があったおかげで、両国が自国だけでは知りえない情報を補完し合っているわけですね』

    陰陽師は首肯して答える。

    「もちろん、有事の際の韓国軍の統帥権を今もアメリカが保持していることも含め、GSOMIAはアメリカにとっても東アジア安全保障上、なくてはならないものなのじゃ」

    『なるほど』

    「そこまで話を広げなかったとしても、万が一北朝鮮から日本に向けてミサイルが発射された場合、韓国と軍事情報を共有していることで、米軍共々圧倒的に早く軍事的な対応が可能になるというメリットが存在する」

    『なるほど。ミサイルの下降ポイントや着弾地点が事前にわかれば打ち落としやすくなるでしょうから、韓国からの情報を得られないと危険度が増すといった側面も間違いなくありますね』

    「ただし地図を見ればわかるように、日本以上に北の脅威にさらされているのは、韓国の方じゃ。周辺を合わせれば2000万人近くの人が暮らすソウルから38度線、つまり北朝鮮の国境までわずか数十キロしか、離れておらぬ。それだけではないぞ。このソウルの真ん中を流れる漢江の河口は、北朝鮮と直接つながっておる」

    『そう言われれば、そうですね』

    「よって、ミサイル攻撃も、陸軍の進攻も、韓国は日本と比べ物にならぬほど、北朝鮮の脅威と直面しておるわけじゃ」

    『つまり、GSOMIAは、かならずしも日本のためだけではなく、それ以上に韓国自身のためにあると』

    「まあ、簡単に言うと、そういうことじゃ」

    青年は神妙な表情で何度も頷く。青年の様子を見て微笑みながら、陰陽師は口を開く。

    「だいぶ回り道をしたが、話を“桜を見る会”批判に戻すと、このような時期だからこそ、一国の意思決定権者である首相が、冷静な状況判断をしたり、適切な指示を出せるかどうかが非常に重要となってくる。にも関わらず、そのような問題をそっちのけにして、挙げ足取りや重箱の隅をつつくような泥仕合をしかけて内閣を倒そうとしている野党の状況について、そなたはどう思うかの?」

    『今までの話を聞く限りでは、与党野党で泥仕合をしている場合ではないと思います』

    そう言い、青年は大きく息を吐く。

    「国民はどうしても日常の家計といった日本経済に目がいってしまうものじゃが、政治には内政と外交という二つの側面があり、安倍首相はこうした複雑な国際情勢を視野に入れつつ、韓国に対して彼が最良と思う対策を練ったり、山積された様々な国内問題にも日々取り組んでいるのじゃよ」

    『そうなのですね。僕の日常生活に直接的に関係しないとの理由から、今まで外交のことなど、ほとんど関心を持ったことがありませんでしたが、これからはもう少しそのあたりの問題にも目を向けるようにしてみたいと思います』

    話を整理しているのか、青年はしばらく黙ったままである。やがて顔を上げて口を開いた。

    『ちなみにですが、安倍首相の魂の階級はどこなのでしょうか?』

    「安倍首相は“1:先導者”階級じゃよ」

    さらっと告げる陰陽師の言葉を聞き、青年は目を見張る。

    『失礼ですが、別の階級だと思っていました』

    「彼の祖父である岸信介、そして大叔父である佐藤栄作以外、歴代の首相がすべて2-3であることを考えると、たしかに、国のトップとしてはめずらしい属性ではあるということもできるがな」

    『やはり、そうなのですね。首相である以上、2-3だとばかり思っていました』

    陰陽師の意外な言葉に、驚く青年を見ながら、陰陽師が口を開いた。

    「世界の非常識ではあるとしても、日本の一部上場企業の社長はそのほとんどが“1:先導者”階級だという話を覚えておるかの?」

    『はい』

    「そう考えれば、安倍首相が1:先導者”階級であったとしても、それほど不思議な話ではない。それどころか、岸信介や佐藤栄作が長期政権だったことから考えてみても、“1:先導者”階級が国のトップを務めることは、少なくとも我が国では、悪いことではないと思うのじゃがな」

    『なるほど、そのように考えてみると、何か“腑に落ちる”ような気がしてきます』

    陰陽師に言葉に、大きく頷く青年。

    「ちなみに、さきほど話題に出た“桜を見る会”の費用が帳簿に記載されていなかったということで、立憲民主や共産などの野党が立ち上げた追及本部のほぼ全員が2−4、転生回数が200回台の“4:ブルーカラー”階級ということも覚えておいた方がいいじゃろうな」

    『えっ、4の人も国会議員になっているのですか』

    ふたたび、眼を大きくする青年。

    「前にも話したように、魂4の人間は、この世では、職責として社会の下支えをしているわけじゃが、転生が200回に近づくにつれ、“学業”が突出するという特徴を帯びるようになる。よって、2-4の中でも優秀な者は、一流大学を卒業し、弁護士資格を取得することのみならず、その職歴を足がかりとして、国会議員にまで上り詰めることも可能となるわけじゃ」

    『なるほど』

    「さらに、大局的な見地には欠けるものの、正義感、倫理観が強い、という魂4の特徴についての話を覚えていると思うが、その結果、彼らは弁護士になると、いわゆる“社会派弁護士”になる可能性が極めて高く、国会議員としては、左派政党の主要メンバーとなる可能性が極めて高くなるというわけじゃ」

    『つまり、旧社会党系政党の左派や共産党の議員になるわけですね』

    あらためて目を大きくする青年を横目に見ながら、陰陽師は話を続けた。

    「例外的に、自民党の議員の中にもごく少数の2-4がいる問題はさておき、大筋の話としてはそういうことになる」

    『しかし、政治信条からも魂の階級がわかるなんて、とても興味深いですね』

    「それだけではない。このような構図は、“選ばれる者”だけではなく、選ぶ側の一般国民の側にも成り立つわけじゃから、選挙を軽視することには大きな危険が隠されているということもつながるわけじゃ」

    『とおっしゃいますと』

    「選挙で風が吹く、という言葉を知っておるかな」

    『はい、一応は』

    「あれなども、ワシに言わせれば、ちょっと気の利いたスローガンに、参加意識が高い反面、大局的見地に欠ける魂4が踊らされた結果起こる現象ということになる」

    『なるほど』

    「それ故、代議員、国会議員に選出された議員が何をしようと、彼らを選んだ側にも責任が生じるという自覚を持つことはもちろん、各人がほんとうに政治を変えたいと思うのであれば、民主主義政治において政治に影響を与えられる唯一の手段である選挙に行くことは常識中の常識となる」

    『政治家に文句を言いたいのであれば、政治について真剣に考えて身近な人と話し合い、投票率を100%に近づけることが大事なのですね』

    「その通りじゃ」

    『ただ、日本では会社内などで政治の話をするのはタブーということが暗黙の了解になっているような気もするのですが・・・』

    「そのあたりは、我が国の特殊な建国事情が影響しておるのじゃろうが、グローバル化が進む現在、いつまでもそのようなことを言っている場合ではないとは思うが」

    『そうはいっても、とりあえず、どうすればいいのでしょうか』

    「そうじゃな。とりあえず、気心の知れた友人などと様々な政治的問題について意見交換をし合うところから始めてはどうじゃな?」

    『そうですね。これからは、努めてそのような話題を友人たちと語り合ってみようと思います』

    「ただし、その結果、誰を選ぶかという問題の方がもっと重要だということをくれぐれも忘れんようにな。特に選挙は、様々な耳あたりのいいスローガンに踊らされた魂4によってどんな“風が吹く”かわからぬのじゃから、我々魂1~3の一人でも多くが、大局的な見地から物事を考え、清き一票を投じることはものすごく意義のあることなのじゃ」

    『わかりました。肝に銘じておきます』

    青年は黙って頷く。こと政治に関しては何も言えないようである。

    「有権者である国民にとってわかりやすく、国民生活の問題点にフォーカスしてマニフェストを作成することはおおいに結構。ただ、その政党なり、人物なりが当選後、本当にマニフェストを実行できるかをしっかりと見極め、もし言動に不一致があるような場合には、次回の選挙でそのような政党なり人物を当選させないことが民主主義の原則だということをよく肝に銘じておくことじゃ」

    『そう言えば、先日の衆議院選で消費税0%を掲げ、障害者を議員にした立候補者がいましたね』

    「ああ、あの人物じゃな。彼は“3:ビジネスマン”階級であると同時に、芸能関係(2−3−5−5・・・2)に適した人物じゃから、民衆に訴えかけるのは向いているかもしれんな。もっとも、頭は2ではあるが」

    『なん・・・ですと。いずれにしても、演説でいろんな人を惹きつけていることには納得です』

    「ただし、魂の属性や親近性からいうと彼はかなり急進的なタイプで、歴史上の人物に比定すると坂本龍馬の小型版ということができる。先ほども、タイミングが大事という話をしたが、坂本龍馬の場合、黒船来航から開国、明治維新という混沌とした時代に活動したからこそあのような影響力を発揮できたわけじゃが、今の時代にあのような人物の出番があるどうかは、はなはだ疑問と言わざるを得ない」

    『なるほど。現代の政治ではそこまで急進的な思想は必要ないというわけですね』

    「そういうことじゃな」

    何度も頷く青年を見、陰陽師も微笑みながら頷く。

    すっかり夜も更けてきた。まだまだ聞きたいことは山ほどあったが、今日はここで切り上げよう、そう心に決めると、青年は陰陽師に丁重に謝意を伝えたうえで、帰り支度を始めた。

    「さてさて、今日もすっかり遅くなってしまったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    立ち上がり、深く頭を下げて退室する青年。
    これからは政治に関する情報も取り入れていこうと反省するのだった。