青年は思い悩んでいた。
先日ニュースで報道されていた、“埼玉女子中学生誘拐事件”についてである。
誘拐事件の容疑者である男性は不動産業に従事しており、“家出したい”とツイッターで発信していた女子中学生二人を呼び、彼が管理していた埼玉県にある借家に住まわせていたという。
二人はそれぞれ個室を与えられ、外出は自由。食事は一日三回、入浴や携帯電話の使用も制限されていなかった。また、兵庫県の中学生は親に安否を知らせる手紙を出していたという。
養ってもらうための唯一と思われる条件が“勉強すること”で、容疑者は女子中学生二人に学校の科目のほかに不動産業の勉強をさせており、保護された時は勉強中だったとのこと。
青年にはどうしても容疑者の男性が悪人とは思えなかったため、今回の事件の要因を知るべく、陰陽師の元を訪ねるのであった。
『先生、こんばんは。今日は魂の属性の観点から事件について教えていただきたいです』
「今度は事件についてとな。そなたもいろんなことに関心を持つようになったようじゃの」
『霊障の影響や魂について学んだことで、いろんなことに興味を持つようになりました』
青年は大きく頷いて答えた。
「ちなみに、どんな事件かの?」
青年はウェブで確認した事件の概要を話した。陰陽師は時折、指を小刻みに震わせて話を聞いていた。
『家出したいと発信することはあっても、実際に家出するのはなかなか勇気がいることだと思います。女子中学生の一人は兵庫県から埼玉県へと、かなり遠方から来ていたようですし。これは誘拐というより、女子中学生たちが自分の意思で容疑者の元へ行ったわけであって、それくらい嫌なことが家庭で起きていたのではないかと思います』
珍しく饒舌な青年。長所である“一見不可思議な正義感”が表れているのだろうか。
「話を聞きながら鑑定をしておったのじゃが、
容疑者の男性は頭が1、2(3)―2、魂の属性7(1―1)―7(1)、
先祖霊の霊障はなく、魂の属性や親近性からも、世間で言う犯罪者タイプではないようじゃな」
青年は目を見張って口を開く。
*2(3)−2・・・転生回数が230台の魂2。
*魂の属性3は霊媒体質、7は唯物論者。
*7(1)の人物は主義・主張をするが、裏表がない。
『鑑定してくださってありがとうございます。容疑者の男性は、頭が1で、“2:制服組(軍人・福祉)”階級ですか。魂2ということは、身寄りがなく自活能力に乏しい女子中学生を支援したという意味で、福祉方面での役割(第4話参照)が発揮されたのでしょうか?』
「そういった捉え方も一理あるの」
『先祖霊の霊障がないとしても今回のような事件になる以上、何か他の要因が考えられないでしょうか?』
陰陽師は紙に新たな数字を書きながら、説明を再開する。
「まず、この男性は輪廻転生が230回台であることから、そもそも数奇な運命をたどる可能性は極めて高いということがいえるじゃろうな」
『なるほど』
「あと考えられるのは、この容疑者の場合、天命運に2、5、17の相が色濃く出ておるな」
『なるほど、天命運の方でしたか。ちなみに、天命運の数字は先祖霊の霊障の種類(第2話参照)と同じなのでしょうか?』
陰陽師は首肯して答える。青年は慌てて霊障の種類が書かれた紙を取り出した。
『2は仕事で、5が事故/事件、17は天啓/憑依ですね。容疑者の男性は魂2なので、17は天啓ということで合っていますか?』
「その通りじゃ。勉強の成果が出ておるな」
青年は調子に乗ったのか、表情を輝かせながら解説を始める。
『これらの相から察するに、容疑者の奉仕精神が17の天啓によって現在の日本の法律では違法行為となる形で表れてしまい、事件となってしまった。しかも、仕事運が塞がれていることから、女子中学生二人を養えるほどの経済的余裕があるくらいに仕事が順調だったものの、今回の事件で仕事も失われてしまったのではないかと』
「5:事故/事件の相の影響で、今回の事件を引き起こす方向へ人生がズレてしまったとは言えるかもしれんが、そのほかはこじつけと言わないまでも、かなり我田引水というか、牽強付会な解釈のようじゃな」
大きく肩を落とす青年。その様子を見て、陰陽師は体を揺らして笑う。
『まだまだです・・・。とは言え、僕個人の見解として、容疑者は純粋な悪人とは思えないのです。“将来、仕事を手伝わせるためだった”という個人的な願望によって養うことを条件に勉強させていたようですが、見方によっては学業だけでなく将来のことも視野に入れて女子中学生の面倒を見ていたと言えなくもないかと』
「容疑者本人に実際に悪意があったかどうかは断言できぬが、この事件を容疑者を中心にみるかぎり、天命運の障害によって引き起こされた可能性は高いじゃろうな」
青年は真剣な表情でうなずく。陰陽師は再び指を小刻みに動かし、紙に数字を書いていく。
「ちなみに、兵庫県の女子中学生は、
頭1、3(9)―3(武士)、魂の属性7(1−1)−7(1)で、
先祖霊の霊障はなく、天命運に2、6、14、17の相が出ておる。
一方、さいたま市の女子中学生は、
頭1、2(4)ー3(武士)、魂の属性7(1−1)―7(1)で、
先祖霊の霊障はなく、天命運に6、14、17の相が出ておる」
『6は家庭の相でしたね。たしか、複雑な家庭環境で育つ、親と折り合いが悪い、あるいは自分が親となって家庭を持った時に複雑な家庭環境となってしまったり、子供との折り合いが悪くなる、そうでしたね』
「そのとおりじゃ」
『二人とも5の事故/事件の相がないのに今回の事件が起きてしまったということは、6の家庭の方に家出の原因があったのでしょうか?』
「その前に二人の両親も鑑定しておくとしよう」
『よろしくお願いします』
事件の加害者と被害者の話かと思いきや、家族関係の話へ展開していく。
霊障や天命運による因果関係というのは、当事者たちだけではなく、その家族まで関係してくるから、実に複雑怪奇な様相を呈する場合が多いようだった。
「まずは兵庫県の女子中学生の両親じゃが、
父親は、頭1、3(9)―3(武士)、魂の属性7(1−1)−7(1)で、
先祖霊の霊障はないが、天命運に6、8、14、17の相が出ておる。
母親は、頭2、2(3)−4、魂の属性3(1−3)―7(3)で、
先祖霊の霊障に6〜15が、天命運に2、6、8、14、17が出ておる」
青年は陰陽師のメモ書きを食い入るように見つめる。
「今度はさいたま市の女子中学生の両親じゃが、
父親は、頭1、2(4)−3(武士)、魂の属性7(1−1)―7(1)で、
先祖霊の霊障はなく、天命運の障害は8、14、17の相が出ておる。
母親は、頭1、2(3)−4、魂の属性7(1−7)―7(1)で、
先祖霊の霊障はないが、天命運の障害に2、6、8、14、17の相が出ておる」
『魂の階級や属性を見るに、どちらも父親の霊統を受け継いでいますね。そして、母親がともに2−4だと・・・』
「そのとおりじゃな」
『二人の中学生の母親がともに2−4ということは、娘さんに対して日ごろから上から目線で接していたり、理不尽な理由で感情をぶつけることが少なくなかったのではないかと思います。世間でよく言う、教育ママ系なのかもしれませんし』
一呼吸置いてから、青年は続ける。
『また、娘さんたちは“3:ビジネスマン”階級であるから、母親の感情的な対応に納得がいかないことがあったでしょうし、とは言え親子ですから従わなければならず、不満はたまっていく一方だったのではないかと』
陰陽師は魂の属性の数字に丸を描き、強調する。
「もちろん、2-3と2-4なわけじゃから本質的なところでお互いを理解し合うのは難しいという問題を捨象したとしても、双方の母親の天命運に家庭不和の相が色濃く出ているわけじゃし、兵庫県の家族にいたっては母親が先祖霊の霊障でヒステリックになりやすい傾向があるのに加え、天から何かが降りてきて、狐憑きのような状態に陥ることもあったようじゃから、唯物論者である娘さんとしては、そんな母親を理解できず、衝突を繰り返していたことは想像に難くない」
青年は軽くのけぞり、顔を引きつらせる。
『魂の属性3と7の価値観の合わないところが家族間で生じると大変そうですね・・・』
「霊統が同じである父親は娘さんたちに対し、ある程度の理解を示していたのかもしれんが、家庭というのはどうしても母親の影響力が強くなりがちという事情もあわせて考えると、母娘間のミゾが問題を大きくしたのじゃろうな」
『さいたま市のご家庭の方は、両親と共に頭が1で転生回数も2期と共通する部分がいくらかあると思いますが、兵庫県のご家庭の方は、母親の頭の1/2が異なりますし、娘さんの転生回数が3期で、“3:ビジネスマン”階級の大山(第10話参照)である3(9)なわけですから、勢いがある分、ガラ携並みの魂しか持たない母親から見たら理解不能なことが多いのかも知れませんね・・・』
陰陽師はゆっくり首を縦に振り、青年は神妙な表情で何度もうなずく。
『こうした両家の複雑な家庭の事情があったために二人の女子中学生たちは家出へと気持ちが大きく傾いていたところへ、天命運の障害に5:事故/事件の相がある容疑者と知り合ったために、家出を決意してしまい、今回の事件が起きたのでしょうか?』
「その可能性は大いにあるじゃろうな。ところで」
陰陽師はグラスに注がれた水を飲み、続ける。
「先日、インターネットのコメントは“4:ブルーカラー”階級が多勢を占めていると伝えたが、この事件に関するコメントはわかるかの?」
『掲示板を見ればわかります!』
青年はスマートフォンを操作し始め、しばらくして口を開いた。
『代表的なコメントを読み上げますね』
《コメント1》
自分の管理物件の空部屋に住まわせていたのか
衣食住与えて勉強までできる環境で手も出してないんだろ?
だとしたら人格者じゃねえか
《コメント2》
児童相談所よりよほどいい仕事してるじゃん
《コメント3》
この犯人を擁護してる人等の頭は大丈夫かね
《コメント4》
(コメント3に対し)
そこらへん毒にも薬にもならない凡人よりはるかに徳が高いだろ
《コメント5》
足長おじさんも許されない世の中
《コメント6》
NPO設立して児相と一緒にやれば合法
個人でやれば対象が未成年なら当然違法
《コメント7》
>2人は保護された際、勉強中だった。
www
青年がそれぞれのコメントを読み上げる中、陰陽師は指を小刻みに動かして鑑定している。
「コメントの1から4は“魂4:ブルーカラー”階級で、5から7は“魂3:ビジネスマン”階級じゃな」
『適当に抜粋しましたが、やはり魂4の方が多いのですね』
「1から4は事件や人物といった小さい枠にフォーカスしておる。しかも上から目線で感覚的な評価に終始している感じがするじゃろう」
青年はコメントを見返し、無言で頷く。
「一方、5と6は事件や人物を踏まえた上で合法や違法など社会の仕組みについて触れており、何が原因でどうすればよいのかといった点まで考えたうえでコメントしておる」
『気に入る、気に食わないといった感情論でものを言うのは自由ですが、それだけでは物事の改善に繋がりにくいでしょうし、建設的とは言い難いと思います』
青年は背もたてに寄りかかり、腕を組む。
『コメント7は魂4かと思ったのですが、そうでもないのですね』
「このコメントを一読する限り、一見魂4のコメントと思うじゃろうが、よく読んでみると、本当に従来の誘拐事件なのかという問題提起をしつつ、そのズレを面白おかしく捉えている。これなどはどちらかいうと魂3の発想なのじゃな」
『なるほど。コメントだけ見ると短絡的な印象ですが、引用元とセットで考えるとわかります。ただ』
青年は眉間にシワを寄せながら言う。
『コメントの数を見ると半分より少し魂4が多い程度ですので、意外と魂3も発信していませんか?』
「それは抜粋したそなたが魂3じゃから、魂3のコメントに反応しやすかったのじゃろう」
『なるほど。適当になんとなく気になったコメントを読み上げただけなので、そうかもしれません』
「仮に初期段階で魂3と魂4のコメント数がきっこうしていたとしても、賛同されるコメントの数と引用コメントがつきやすいのは、そのコメントを読む人数から考えてもみても魂4が発信したものなのじゃから、結果、魂4の声がネットで目立ち、世論の主流となりやすいという結果になるのじゃよ」
『魂3は魂3が発信したコメントに同意したとしても、あえてコメント欄で賛同の意を示さない印象です。僕だけかもしれませんが・・・』
「今回のコメントの抜粋はひとつの例に過ぎんが、発信されるコメント数とどんな内容がコメントの中で語られているかを観察する重要さを少しは認識できたじゃろう?」
陰陽師は微笑みながら言い、青年は背筋を伸ばして答える。
『はい。これからは世間で起きる様々な事象について、登場人物やことの善悪といった表層的な問題だけでなく、その背景となる人間模様や、当人たちの属性や霊障の有無なども視野にいれて考察していこうと思います』
陰陽師は時刻を確認し、口を開く。
「ちょうどいい時間じゃな。今日はここまでにしようかの」
『今日もありがとうございます。また気になる事件や出来事があったらご教授ください』
「あいわかった。気をつけて帰るのじゃぞ」
青年は席を立ち、深く頭を下げる。陰陽師は優しい笑みをたたえながら青年を見送った。