月: 2024年7月

  • 七夕から学んだ三つのこと①

    七夕から学んだ三つのこと①

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    明日は七夕ですね。

    あなたは短冊に願い事を書きましたか?

    今回は、こちらの記事で七夕の起源から学んだ三つのことの一つ目について書いていきます。

    諦めずに行動し続ければ願いは叶う

    ひょんなことから、牛飼は天界の女性と結婚することができ、二人の子供を授かって幸せに暮らしていました。

    ところが、西王母の怒りに触れてしまい、妻が天界に連れ戻されてしまいました。

    天界に帰った妻に会うため、父と二人の子供はいくつもの試練に立ち向かいます。

    そして、いよいよ天の川を前にどうしようもなくなりました。

    けれど、3人で交代して天の川の水をひしゃくで汲み出して渡るという、途方もない作業に挑みます。

    その柄杓でもって、天の川の水をくみ出します。女の子がくみ出して疲れますと男の子が、男の子が疲れますと牛郎が、というふうにして父子三人が一所懸命にやりぬいている姿を見て西王母は感動いたしまして、
    「ああ、かわいそうなことをした。では年に一回だけ、かささぎの橋を渡して、四人を会わせてあげよう」
    ということになりまして、年に一回、かささぎ(鵲)が橋をかけることになりました。

    君島教授の七夕型の物語より一部抜粋

    ここで大事なことは、父子の3人が西王母にお願いをしたから叶ったわけではないということです。

    ただ、目標に向かって目の前のことをこなし続けたからです。

    その行動に西王母が心を動かされたからです。

    こうしていれば西王母が助けてくれる、などと計画を立てていたからではありません。

    西王母が助けてくれなさそうだから、妻を諦めよう。

    そんなことは考えていません。

    人事を尽くして天命を待つや、天の采配などは、まさにこうしたことだと思います。

    夢や目標を発信して誰かに助けてもらうという人間もいますが、順番が逆です。

    一人では成し遂げられない目標かもしれないけど、それでも自分でできることを着実にこなしていく。

    そうした姿を見た周囲の人々が、いつの間にか手助けしてくれる。

    大願を成就するというのは、そういうことだと思います。

    要は、短冊に願いごとを書いている暇があるなら、行動しろ

    ということですね。

    報われないかもしれない。

    それでも、命をかけてでも叶えたい願いはありますか?

    それはきっと、あなたがこの世に転生する前に、あの世で設定してきた、今世の宿題なのだと思います

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  • イライラする前に!他人の成長を見守る心の持ち方

    イライラする前に!他人の成長を見守る心の持ち方

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    他人に苦言を言いたくなったら。

    できなかった過去の自分を思い出しましょう。

    みんな、それぞれ得意不得意が異なるし、成長スピードが異なります。

    そして、自分にはカンタンにできるけど、あの人ができないことがあるように、逆のパターンもあります。

    たまたま今は自分の方ができていて、できない相手にイライラして苦言を言っていることもある。

    では、別のタイミングで立場が逆になった時、どうしてほしいだろうか?

    今度はできない相手ができる立場になり、相手にとってカンタンにできることが、あなたはできない状況になる。

    そんな時、イライラして苦言を言われたいと望むだろうか。

    あるいは、私にもできない時がありましたと、穏やかに接してもらいたいだろうか。

    ほとんどの人は、失敗したくて失敗しているわけじゃない

    心中では、他の人のように迷惑をかけず、スムーズにこなしたいはず。

    そして、そうできない自分を責めたり、サポートしてくれた他の人に申し訳なく思っているかもしれない。

    そうした心中を想像したら、どう接するか?

    相手の心中なんてわからない。

    それはその通り。

    だから、相手と似た状況にいた過去の自分を思い出す

    そうやって推察し、相手と共感することがコミュニケーションなのでしょう。

    もちろん、自分はラクして他人にやらせて稼ぎたいという人間もいます。

    私はそのような人間とは属性も価値観も異なりますので、手助けしません(笑)

    組織に被害がおよぶ場合は、その人ではなく、組織のために動きます(笑)

    40年ほど生きてわかったことは、私のような人間は5%くらいしかいないということ。

    そして、他人は自分のようにならないということ。

    それもそのはず、私たちは生物学的には同じ人類であっても、人類という肉体に宿っている魂は異なるから。

    魂の種類が異なれば、価値観や体質、属性も異なります💦

    しかも、魂がこの世に転生してくる前に、今世の宿題を設定しています。

    ですから、個々人が体験することも、成長スピードも異なって当然なのです。

    ひょっとしたら、できないあの人は、あなたが体験したこともない、想像を絶する大変な出来事を体験しているかもしれません。

    ですが、そんなことは日々同じように過ごしていたらわかりません。

    私たちにできることは、自分の人生の目的をよく理解し、ご縁がある人と話をして理解しあうこと

    この人はできない。

    と、ただ事実の上っ面だけをみるのではなく、相手の人生の背景には何があるのか。

    そうしたことがわかると、人間関係が変わってくるかもしれません。

    少なくとも、自分ができるんだから、他の人ができて当然だとか。

    他の人ができているのだから、自分もできて当然。できなければならない。

    と決めつけることはなくなるでしょう。

    比較する対象は、ただ過去の自分のみ

    お互いの違いを認め、許し、相乗効果を生むような関係を築いていきましょう

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  • 捨てたら呪われる物、を捨てる方法

    捨てたら呪われる物、を捨てる方法

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    捨てたら呪われる物ってなんでしょうね?

    そんな物、そもそも捨てる前、つまり持っているだけで呪われているようなものじゃないですか?

    呪いを、物に宿った念や霊障だと解釈するなら、それらを無害化して捨てればおしまいです

    何も難しいことではありません。

    ただ、正しく無害化できる人がいないから、捨てたら呪われるとビクビクしている人間がいるわけです。

    捨てた後に悪い出来事があったから、捨てたら呪われると信じ込んでしまったのでしょうか。

    ひょっとしたら氣のせいだったり、タイミングが重なっただけかもしれません。

    ですが、本人がそう思わざるをえない体験をしたなら、その本人にとっては真実なのでしょう。

    捨てたら呪われる物の代表例ですが、次になります。

    偶像:仏像、イエス・キリストなどの像
    お札:神社などで販売されている木や紙
    神具:お寺の木魚・鉦(かね)や、キリスト教で使用する様々な神具
    数珠や宝石系のブレスレットなど

    こうした物は、日用品とは異なる扱いをするはずです。

    敬意なのか尊重なのか、丁重に扱わなければならない。

    そんな感じの氣持ちを抱き、向けてしまうでしょう。

    そうした氣持ちが念として蓄積され、やがて所持者に災いをもたらす霊障となります

    物があってこその便利な現代ではありますが、感謝こそすれ、それ以上の感情を向ける必要はそこまでありません。

    そして、強い感情を向けてしまうのは、神具やパワーストーンに限りません。

    よくあるのが、両親や祖父母の代から受け継がれた物でしょう。

    私自身、祖父の軍刀のツバをお守りがわりに持ち歩いていた時期がありました。

    陰陽師に鑑定を依頼したら、案の定、強い念(呪い)が宿っていると結果が出ました。

    当時を振り返ると、仕事でも恋愛でも、いろいろと大変なことばかりでしたね。

    よけいな出来事に振り回され、自分の人生を生きている心地がしませんでした。

    お氣に入りの品も同様です。

    物を大事に思い、大事に扱うことは大切なことです。

    ならばこそ、あなたが大事にしている物、あなたの家族が大事にしてきた物に宿ってしまっている念や霊障を無害化しませんか

    念や霊障が宿った物を、遺族が遺品として受け継いだことで、呪いとなって遺族の運氣を下げる要因になってしまいます。

    残念ではなく、無念な生き方を心がけましょう。

    捨てたら呪われそうな物を持っている人は、お氣軽にご相談ください。

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