
青年は思議していた。
スポーツ・芸能・芸術の世界において天から排除命令が出るならば、排除命令に該当する人物に鑑定結果と排除命令について伝え、事前に別の生き方を選んでもらうことはできるのではないか。
命を落とす可能性もなきにしもあらず、特に若手や業界歴が短い人物にこそ、早めに伝えておいた方がよいだろう。
突然そんな話を伝えても聞く耳を持ってもらえないかもしれないが、過去の偉人の例を伝え、説得するだけの材料があれば少しは耳を傾けてもらえるかもしれない。
そう思い、青年は再び陰陽師の元を訪ねた。
『先生、こんばんは。今日は今後排除されてしまいそうな人物について教えていただけませんか?』
「その話題について話すことはやぶさかではないが、いったいなにゆえに?」
『若手や業界歴が短い人物の中で、何らかの問題を引き起こす、あるいは巻き込まれる前に防げたらいいのではと思いまして、排除命令に該当する魂の属性の人物をご存知でしたら、教えていただきたいと思ったのです』
「本人たちに話したところで、到底納得してもらえる内容ではないと思うが、それでも知りたいのじゃな?」
念を押す陰陽師に対し、真剣な表情でうなずく青年。
青年の意思を感じた陰陽師は、小さくうなずいてから口を開く。
「本題に入る前に、スポーツ・芸能・芸術の世界の厳然なルールについて、そなたの口からもう一度説明してもらえるかの」
陰陽師の言葉に対し、青年は小さくうなずいてから口を開く。
『上記の世界で活躍できる人物は、魂の属性が2(4)-3−5−5…2か2(7)−3−5−5…2、つまり輪廻転生の回数が240回代の“小山”か270回代の“大山”の魂3:ビジネスマンであり、基本的気質と具体的性格の数字が共に“5”で、魂の特徴の最後の数字の上段の数字が“2”に該当します。また2(4)はスポーツと芸能、2(7)は芸術全般に従事する魂の属性となります』
「なかなかよく整理されているようじゃが、大事なことをあと一つ忘れてないかな?」
『そうでした。一部の例外として、オネエやセクシー女優といった、個性を売りにしてデビューした人物の場合、転生回数だけが230回代すなわち“数奇な人生を歩む”属性となります』
青年の言葉に対し、陰陽師は満足そうにうなずく。
陰陽師の様子を確認し、青年は続ける。
『排除命令というのは、“2−3−5−5…2”以外の魂の属性の人物が上記の業界に入ってしまった場合、何らかの事件・事故を引き起こしたり、巻き込まれることで業界から追放されてしまう現象を示しています』
「で、排除命令に該当する例として、どのような魂の属性がおるか、覚えておるかな?」
『転生回数が190回代で運気が“大々山”である3(9)−3−5−5・・・2や、芸術関係に限定されますが転生回数の十の位が70回代で運気が“大山”である370回、1(7)−3−5−5…2があり、転生回数期が早すぎても遅すぎても排除されてしまいます』
「あとひとつ、それ以外の条件も覚えておるかな?」
そう陰陽師に問われ、青年はあごに手を当てて黙考した後、口を開く。
『あとは、転生回数が第二期であっても、2(4)―3−7−7・・・2や2(4)―3−5−5・・・1といった、一部の数字が異なるだけでも排除の対象になってしまいます。具体例としては、前者は藤圭子さん、後者はピエール瀧さんと、以前鑑定結果を教えていただいた記憶があります』
「うむ、2-3-5-5…2ルールをなかなかよく勉強しておるようじゃな」
微笑みながら言う陰陽師を見、青年は安堵のため息をもらす。
そんな青年に対して小さく笑ってから、陰陽師は口を開いた。
「で、具体的に新たに気になる人物に心当たりがあるのかな?」
青年はスマートフォンを操作し、口を開く。
『若くして白血病が発症した、競泳のオリンピック選手として注目されている、池江璃花子選手はいかがなのでしょう。ルール的には大丈夫なのでしょうか?』
青年の問いに陰陽師は無言でうなずいて見せ、鑑定結果を書き記していく。
『なるほど。3(9)−3−5−5…“1”ということは、池江選手も・・・』
その先の言葉を飲みこんだ青年の思いを察し、陰陽師は口を開く。
「いくら未来が不確定じゃとしても、このまま彼女が選手として復帰するようなことがあれば、残念ながら、ふたたび病状が悪化してみたり、別の問題を起したりする可能性は高いじゃろうな」
『天命運に“4:病気”の相がありますし、健康運が7と少し低いことを踏まえると、納得できます。ただ、7という数字は極端に低くはないと思いますので、これからの過ごし方次第で命を落とすことは避けられるのでしょうか?』
陰陽師は湯呑みに注がれた茶を一口のみ、口を開く。
「もちろん、彼女が現役を退き指導者として水泳界に関わるという前提はあるが、そうしてくれさえすれば天寿を全うすることは可能じゃろう。彼女は、そもそも3(9)―3という“大々山”であることも含め、学業も大局的見地の数値も高いわけじゃから、指導者としてメダルを望める後進を育てる能力は高いはずじゃしのう」
陰陽師の言葉を聞き、青年は息を吐いて胸をなでおろす。
『僕も彼女のファンでしたので、できることであればそのような道を歩んでもらえればと思います』
「その通りじゃな。ワシも彼女の泳ぐ姿には少なからず勇気をもらったひとりとして、彼女には何とか天寿を全うしてほしいと思っておる。そのためにも、選手としての道をあきらめて指導者としての道を選んでくれること願うばかりじゃな」
幾分気がかりそうな顔をしながら、陰陽師が言葉を続ける。
「ところで、小耳に挟んだ話では、池江選手はヒーリングを受けているようじゃが、施術者が誰なのか調べられるのかな?」
陰陽師に問われ、すぐに青年はスマートフォンで検索を始める。
『施術者はタレントのなべおさみです。彼の“ハンドパワー”なるものを受けているようですね』
青年の言葉を聞き、陰陽師は鑑定を始める。
鑑定結果を見、青年は口を開く。
『タレントだけに、やはり2(4)―3−5−5…2なのですね。しかも、“±7”の霊能持ちとは!』
やや興奮気味に話す青年を片手で制し、陰陽師は口を開く。
「鑑定結果を見る限りは、たしかにそれなりの霊能力はあるようじゃが、“カミゴト“にたずさわるためには少なくとも”±1〜3“であることが必須となることを、よもや忘れてはおるまいな?」
陰陽師に問われ、青年はハッと息をのんで我に返る。そして、少し罰が悪そうな様子でおずおずと口を開く。
『以前(※第3話参照)、説明していただいたことをすっかり忘れていました』
記憶を辿った青年は真剣な表情になり、再び口を開く。
『ということは、池江選手の天命運の“4:病気”の相も、第7チャクラの乱れもいまだ正常にはなっていないわけですね?』
「残念ながら、その通りじゃ」
言葉を失い、目を見開く青年を横目に、陰陽師は続ける。
「なべおさみの場合、頭が1であることからいい方なのじゃろうが、残念ながら“この世とあの世の仕組み”といった問題に理解があるわけではないから、現役選手としてスポーツ界に留まることの方が、今回の病気以上に危険であるというアドバイスをしてくれるわけでもないしのう」
『たしかにそうですね。目先の病気の回復に手を貸すことも大事でしょうが、それ以上に、その原因の芽を摘み取ることの方がはるかに重要ですからね』
青年の言葉に陰陽師はうなずいて見せ、口を開く。
「出会いが“必然”である以上、池江選手が誰と出会い、どのような治療方法を選ぶかは、結局は彼女自身の問題なのじゃろう。しかし、できることであれば、これを機に彼女が選手をあきらめ、指導者としての道を歩んでくれることを祈るばかりじゃな」
『僕もそう願っています。ちなみに、他に日本を代表する人気スポーツであるプロ野球選手と大相撲力士の主なところをリストアップしてきましたが、この中に今後排除命令の対象となるか、鑑定していただいてもよろしいでしょうか?』
陰陽師がうなずくのを確認し、青年はスマートフォンを操作してスポーツ選手の名前を読み上げる。
途中、陰陽師が片手をあげるのを視認し、青年は口を閉じた。
「そなたが挙げた中では、角界の遠藤関とヤクルトスワローズの若き大砲、村上宗隆選手が該当するな」
そう言うと、陰陽師は鑑定結果を書き始める。
鑑定結果を見、青年はスマートフォンを操作して口を開く。
『ネットで確認すると、遠藤関はお世話になっている周囲の人々に対して結婚報告をしていなかったことから、 “タニマチ”である人物の逆鱗に触れてしまったようですね。僕は相撲に詳しくありませんが、後援会の後押しがないと引退後に親方になることが難しいようです』
「さよう。遠藤関の個人後援会である“藤の会”は、日本大学の理事長である“田中英寿”さん夫婦が中心となって発足したこともあり、上下関係に厳しく、筋を大事にする体育会系において、結婚の報告などをしなかったことは田中英寿さんの顔に泥を塗るようなものじゃろうな」
『彼は結婚する前に、田中理事長の奥さんから紹介された女性と交際していたようですが、その女性と別れての結婚という経緯も踏まえると、裏切ったと思われてしまってもしかたないと思います』
陰陽師は鑑定結果の一部に印をつけ、再び口を開く。
「今回の件で遠藤関が角界から退場させられることはないが、このまま力士を続けていると今まで以上の怪我をしてみたり、重篤な病気にかかる可能性が今まで以上に高くなるじゃろうな」
青年はスマートフォンを操作し、遠藤関の経歴を調べ、読み上げる。
『彼は日大4年次に団体戦の主将を務め、さらには個人戦で全日本相撲選手権大会優勝(アマチュア横綱)および国体相撲成年個人の部A優勝(国体横綱)という2つのビッグタイトルを取得したことにより、市原孝行(後の幕内力士)以来史上2人目となる幕下10枚目格付出の資格を取得したようです』
「たしかに入幕当初は、久しぶりの日本人の大関・横綱候補と言われておったわけじゃしのう」
そう言う陰陽師に対し、青年は言葉を続ける。
『しかしながら、新入幕の9月場所12日目の德勝龍戦で左足首を負傷してしまったようです。皆勤すれば三賞を受賞する可能性もあると言われていたようですが、13日目の栃煌山戦で患部をさらに悪化させてしまい、“左足関節捻挫で約3週間の安静加療を要する見込み”との診断を受け、14日目から途中休場したとのことです。場所後の秋巡業には参加したものの、申し合いには参加しないで軽い調整に留まり、さらに捻挫だけでなく剥離骨折、さらにはアキレス腱炎まで発覚したと』
「健康運が7と少し低いことと、天命運の“4:病気/怪我”の相が現れておるとして、このあたりから“排除命令”が出ていたのかもしれんな」
陰陽師の言葉に対し、青年は眉をひそめ、暗い表情で続ける。
『その後、2015年3月場所では初日に豊ノ島に破れた後は4連勝と好調だったようですが、5日目の松鳳山との一番に突き落としで勝利した際、左膝半月板損傷・前十字靱帯損傷の重傷を負ってしまい、休場を余儀なくされたとのことです』
ますます表情が暗くなる青年を励ますように、陰陽師は微笑みながら口を開く。
「遠藤関も池江選手同様に排除命令に抵触していることは確かなわけじゃから、五体満足、健康体でいる内に、別の人生を模索してもらえたらとは思うがの」
陰陽師の言葉に対し、青年は神妙な表情でうなずく。
『次は、村上宗隆選手の鑑定結果をお願いします』
青年の言葉に陰陽師は小さくうなずき、筆を進める。
『彼の場合も、天命運に“4:病気/怪我”と“5:一般・事故・被害者”の相から、池江選手のように何か重病を患うか、交通事故などによって選手生命を脅かされるような怪我を負ってしまうのかもしれませんね』
「それだけではなく、危険な箇所にデッドボールを受けたり、二塁ベースに滑り込んだ際に交錯して思わぬ大怪我を負ってしまう可能背なぞ考えればきりはないが、どのような形で排除されてしまうかは天のみぞ知る。その前に何とかなることを願うばかりじゃな」
陰陽師は新しい紙を用意してから再び口を開く。
「ところで、ものはついでじゃ。タレントでもモデルでも何でもかまわんが、その関連で何人か名前を挙げてもらえるかの?」
陰陽師の依頼に青年はうなずいて見せ、スマートフォンを操作しながら、次々名前を列挙していくする。
青年が挙げた人物を聞き、陰陽師は該当する人物の名前と鑑定結果を書き記していく。
「今あげてもらった女性の中では、橋本梨菜とアンミカが3(9)-3じゃな」
青年は口をつぐみ、結果が出るのを待った。
『橋本梨菜は7歳から子役でデビューしていたようですね。15歳になった2008年からアイドルユニットを結成していましたが、2014年に解散したようです。ひょっとして、この解散の出来事が排除命令と考えることができるのでしょうか?』
「橋本梨菜は天命運に“2:諸事万般”の相があることから、アイドルユニットが解散した要因が排除命令か天命運の障害によるかは断言できぬが、3(9)―3である以上、遅かれ早かれ何らかの問題を起こして芸能界から排除されることは間違いあるまい」
青年は黙ってうなずき、再び鑑定結果を見てから口を開く。
『アンミカは天命運に“4:病気”と“5:一般・事件・加害者”の相があり、恋愛運と健康運の数字が7と低いという鑑定結果から、異性関係のトラブルで精神的に病んでしまい、覚醒剤に手を出してしまうという予感がしています・・・』
「もちろん、その可能性がまったくないとは言わぬが、何度も言うように、人生は様々な要因が複雑に重なり合ってできているわけじゃから、鑑定結果の一部の数字だけでの早合点は禁物じゃ」
青年の言葉に対し、陰陽師はうなずいてみせ、口を開く。
「今度は、男性陣で気になる人物を挙げてもらえるかの?」
青年は陰陽師の言葉にうなずいて答え、名前を読み上げる。
一通り青年が名前を読み上げたところ、陰陽師は鑑定結果を書きながら口を開く。
『滝川英治、松重豊、“チャゲ&飛鳥”のASKAが該当者じゃな」
『滝川英治は2017年ドラマ撮影中に自転車で転倒し、半身不随になってしまったようです。この出来事が排除命令だったと思いますが、最近、リハビリの成果があってパラスポーツ番組のMCとして復帰したようです』
青年はそう言い、うかがうような視線を陰陽師に向ける。
陰陽師は青年の思いを察し、小さくうなずいてから口を開く。
「彼の人生には同情するが、パラスポーツ番組のMCも2-3-5-5…2ルールの範囲内であるわけじゃから、このままだと、また何かあるかも知れんな」
『“孤独のグルメ”の主演である松重豊も、そうなのですね・・・』
暗い表情でそう言う青年を横目に、陰陽師は口を開く。
「以前(※第23話)も説明したが、槇原敬之のように芸能界に適した魂の属性の人物と、ASKAのように排除命令に該当している人物とでは、同じ覚醒剤関連の事件を起こしたとしても、その意味するところはまったく違う。後者の場合はあくまでも天からの采配であって、100%本人の意思で起こしてしまったわけではない、ということを覚えておくようにの」
『たとえば、精神に異常をきたし、薬物に手を出さざるを得ないような状況に追い込まれていくというお話でしたね』
そう言うと、青年はスマートフォンで現在時刻を確認する。
『そろそろ時間ですね。本日も長い時間ありがとうございました』
「うむ。こちらこそ、なかなか楽しい時間じゃった。気をつけて帰るのじゃぞ」
青年は席を立ち、深く頭を下げて退室する。
陰陽師は小さく手を振りながら、いつもの笑みで青年を見送った。
道中、青年は鑑定結果を見た芸能人たちのことを思い返していた。
彼ら・彼女らに芸能界から引退するように伝えたとして、多くの人が憧れる業界以外の道で幸せを感じられるのだろうか?
芸能界に身を置いていた頃と比較して、生きがいややりがいを感じられなくなったり、嘆き悲しむ時もあるのではないか?
しばらく考えた後、青年は神事を終えた今の人生がベストだと思っているため、無用の心配だと思い直した。
《過去に排除命令の対象となった人物》
音楽家のベートーベン、モーツァルト、歌手/ミュージシャンのエルビス・プレスリー、ジミ・ヘンドリックス、ジョン・レノン、ジャニス・ジョプリン、フレディ・マーキュリー(クイーンのボーカリスト)、マイケル・ジャクソン、坂本九、清水健太郎、田代まさし、尾崎豊、チャゲ&飛鳥のASKA、俳優の田宮二郎、大原麗子、松重豊、ファッションモデルのアンミカ、画家のゴッホ、エドヴァルド・ムンク、詩人のアルチュール・ランボー、小説家の芥川龍之介、太宰治、ノーベル文学賞受賞者の川端康成、ヘミングウェイ等々枚挙にいとまがない。
一方、スポーツ界に目を転じてみても、東京オリンピック銅メダリストである円谷栄治、100メートル走金メダリストのジョイナー、昭和40年時代に“黒い霧事件”で球界を永久追放になった小川健太郎以下三人のプロ野球投手、清原和弘、力道山、サッカー界のレジェンド中田英寿、元横綱の朝青龍、現役選手としては、最近白血病を発症し話題となった水泳選手の池江瑠花子、元学生横綱で角界一のイケメンの遠藤、ヤクルトスワローズの若き大砲村上宗隆なども、皆3(9)-3-5-5・・・2である。