
青年は思議していた。
陰陽師が対応している、日々のお祓いと結界についてである。
霊媒体質を持つ人物が他者の念や雑霊を拾った場合、主に心身の不調による様々な症状が顕在化することはわかった。
ただ、中には、仕事が忙し過ぎてお祓いの依頼ができない人や、短時間に何度もお祓いを依頼しても追いつかない人もいる。
そうした人物には結界を張っていればいいのではないかと思うが、陰陽師はよほどのことがない限り、結界を張らないという。
いったいなぜだろうか?
一人で考えても埒があかないと青年は思い、陰陽師の元を訪れるのだった。
『先生、こんばんは。今日はお祓いと結界について教えていただけませんか?』
「それは構わぬが、その質問に答える前に、それらと深い関係がある、人の念と雑霊/魑魅魍魎について、まずは話をしておこうかの?」
陰陽師はそう言うと、青年と視線を合わせる。
青年はしばらくきょとんとしていたが、陰陽師の意図を察し、やがて口を開く。
念とは
『“念”は、人間の感情を起因として生じ、呪いと生き霊と邪神の三つに大別することができます。“呪い”は、誰かを憎んでみたり、逆に、好意を寄せている人物に恋い焦がれて強い想いを抱いても生じ、“生き霊”は、たとえば社会全体といった、不特定多数の対象に向けて発せられた念のことであり、ポジティヴ/ネガティヴを問わず、強い感情が“念”となって他者に届いてしまう現象と認識しています』
「最後の邪神については、どう記憶しておる?」
『既存/新興の宗教が新たに作り出した“神(もどき)”、と記憶しています』
「ふむ。人の念については、概ね理解できておるようじゃな」
青年の説明を微笑みながら聞いていた陰陽師が、紙にペンを走らせる。
呪い:誰かが相手を呪った場合に生み出される
生き霊:たとえば社会全体といった、不特定の対象に向けて発せられた念
邪神:既存/新興の宗教が新たに作り出した“神(もどき)”
「“念”を発する人物が、霊媒体質か霊能力持ち(±*)かで、他者への影響の表れ方が異なるが、それについては、どう考えておる?」
陰陽師にそう問われ、青年はあごに手を当てて黙考し、しばらくして口を開く。
『霊能力持ち(±*)の人物から生じた念は、対象の人物に直接届きますが、霊能力持ちでない人物から生じた念は、その人物にとって身近な魂3:霊媒体質の人物が、磁石が砂鉄を自然に集めてしまうように拾ってしまいます』
「さらにつけ加えるとすれば、念は物理的な距離と関係なく届いてしまうため、近くで赤の他人が口喧嘩していても、それらを拾ってしまうのはもちろんのこととして、SNSで見知らぬ人物の投稿を見たりするだけでも、それらに込められている念を拾ってしまうことも、合わせて忘れぬようにの」
『はい。“念”と雑霊/魑魅魍魎と電磁波の周波数が似ていることから、霊媒体質のクライアントには、SNSを使用する頻度に気をつけるよう、常日頃、皆様にお伝えしています』
陰陽師は青年の言葉を聞き、満足そうに頷いてから口を開く。
「人の“念”に関しては、概ね、その通りなので、次に雑霊/魑魅魍魎について、詳しく説明していくとしよう」
『よろしくお願いします』
頭を下げてそう言う青年を横目に、陰陽師は続ける。
雑霊とは
「雑霊は、あの世に行きそびれた動植物のことなのじゃが、厳密に言うと、動植物に限らず、アメーバのような単細胞生物からウイルス、果ては、岩石のような無機物までもがその対象となる」
『無機物も地縛霊化するということは、八百万の神という概念もあながち間違いではないと言えそうですね』
青年はそう言い、顎に手を当ててから、再び口を開く。
『動植物の地縛霊が子孫にかかることは理解できますが、アメーバやウイルスは細胞分裂によって増殖することから、先祖と子孫の差があるのか不明ですし、岩石のような無機物の場合は、どのようなメカニズムで地縛霊化するのでしょうか?』
「現代の科学を基準に物を考えるかぎり、たしかに変な話に聞こえるじゃろう。ワシとて、現代の科学知識しか持ち合わせておらぬ故、論理的な説明はできぬとしても、たとえば、炭素という原素一つをとってみても、人間の炭素、動植物の炭素、岩石の炭素という別がないあたりに、解答が隠されているはずじゃ」
「なるほど。そのように考えれば、岩や石も無機物ではなく、生きているということになりますからね」
「その通りじゃ。いずれにしても、このあたりの科学的な究明は、あと何百年か待たねばならぬのじゃろうが、今断言できることは、生物学的に子孫が存在する動植物も含め、“雑霊”は同種の子孫にはかからず、我々人間にかかるという事実じゃ」
『なるほど。現代の科学でその理由は解明できないものの、現実としてはそうだと。まさに、不可思議な理屈なのですね』
青年の言葉に対して陰陽師は小さく笑ってから、続ける。
魑魅魍魎とは
「さて、その次は魑魅魍魎じゃが、彼らは“山や川の精霊・化物の類の総称”、具体的には天狗・座敷童・麒麟(似非神様)といった、目に見えない存在が地縛霊化した存在となる。もちろん、海外では全く別の名称でよばれていることはいうまでもない」
『え、魑魅魍魎は、先生が日頃口にしている、“マンガの世界”の話だと思っていましたが、実在するということでしょうか?』
青年は冗談めいた口調で語りかけるが、陰陽師は真剣な表情で口を開く。
「今日のように宅地化が進み、かつての森や林などをほとんど見かけなくなった都会には、魑魅魍魎が存在する余地など残っていないと、世間で認識されておるのじゃろうし、さらに言うと、科学万能の現代では大多数の人間が、“想像上の生き物”と思っているのであろう」
陰陽師の説明に耳を傾けて黙って頷く青年を横目に、陰陽師は続ける。
「ところが、ワシのクライアントの中に相当数おる“見えないはずのものが見える”人物たちに、彼らに魑魅魍魎がどのように映るか質問すると、“龍のようなもの”、“座敷童のようなもの”、“サルの化物のようなもの”と答えが返ってきたりする」
『なるほど。人によって、魑魅魍魎の姿形が異なって見えるのであれば、信憑性が薄くなりますが、ある程度同じように見えているなら、確かに存在していると言えなくもなさそうですね』
「まあ、そう言うことじゃ」
陰陽師の返答に対し、青年はしばらく黙考した後、再び口を開く。
『魑魅魍魎は見えない存在であるにもかかわらず地縛霊化するということは、肉体がないのに寿命があるということでしょうか。エネルギー体、そこまで言わないとしても、狭義の意味で、三次元の生物ではない彼らは、不死だと思っていました』
「もちろん、我々人間と比較すればかなり長い寿命を持っておるのじゃろうが、そんな彼らもいつかは死を迎える運命にあり、死際にこの世に念を残すと、人間と同様、地縛霊化することには変わりはない」
『なるほど。魑魅魍魎には先祖や子孫といった概念がなさそうですので、消去法的に人間にかかることになると』
「その通りじゃ。そして、雑霊/魑魅魍魎は、人の“念”と同様に霊媒体質の人物にかかりやすく、精神疾患や体調不良の原因ともなっているので、ワシが日々行なっている“お祓い”の対象になるわけじゃな」
『日々の“お祓い”で対応していただけることに安心しましたが、人の“念”だけでなく雑霊/魑魅魍魎も拾っているとは、霊媒体質の人物はほんと大変ですね』
眉根を寄せてそう言う青年に対し、陰陽師は小さくうなずいてから続ける。
「ところで、それら三つを拾うことによって、どのような問題が生じるか、覚えておるかな?」
『それらを拾ってしまった、特に霊媒体質の人物には、その人によってそれぞれ顕在化しやすい精神疾患や、身体の不調が増幅されることによって、心身に様々な不調が生じることになります』
霊障について
青年はそう言い、紙に“霊障による精神疾患”の項目を書き足していく。
1.躁鬱、2.気分のむら、3.情緒不安定、4.摂食障害、5.中性、6.コミュニケーション障害、7.ひきこもり、8.接触障害、9.偏執、10.攻撃性、11.不眠、12.発達障害、13.邪神1(なんとなく相手の心がわかる) or 暴力、諸事に支障をきたす、14.邪神2(第七感=近い未来がわかる。しかし邪神をふくめ霊障である以上、どうでもいいことはわかったとしても、人生の大事な分岐点では常に嘘の情報をあたえられ、結果人生を転落していく) or 口撃、人的な問題で諸事が前に進まず、15.精神性疾患(たとえば、不整脈・喘息・癲癇・アトピーから偏頭痛に至るまで霊障を拾い精神疾患が顕在化した結果起こる病気全般)、16.統合失調症、17 . その他
「大事なことじゃからあらためて説明するが、霊媒体質の人物が拾ったそれら三つは、その人間がかかった霊障を跳ね飛ばした場合、周りの人間の所持品に転写され、グッズの霊障(※第33話参照)になってしまうことがある、ということも覚えておくようにの」
『そうでした。グッズの霊障はあらゆる物質にかかりますが、特に気をつけるべきグッズがあったと思いますので、確認も兼ねて書かせてください』
青年はそう言い、紙にペンを走らせる。
《霊障が憑きやすい、気をつけるべきグッズ》
偶像:宗教的意味合いを持つ像物(仏像やイエス・キリスト像など)
お札:神社などで販売されている木や紙、またはお守り類
神具:お寺の木魚・鉦(かね)や、宗教行事全般で使用されている様々な神具
電子機器:パソコン、スマートフォンやそれらに付属するコード類など
※以下、転写によって念が憑きやすいグッズ
数珠や宝石系のブレスレットなど、腕に巻く物
寝具:枕、布団、パジャマ、など長時間肌に触れる物
下着
「それと、グッズそのものが妖気を発しているケース(2+)として、霊障の原因が自然由来である場合と、グッズの制作者や所有者の念が原因である場合があることも、合わせてよく覚えておくようにの」
陰陽師の言葉に対し、青年はうなずいて見せてから、続ける。
『わかりやすい例として、以前に先生から某新興宗教団体の御本尊についてご教授いただいた際に、どこかで大量に印刷され、信者に配布される前に特定の場所で保管されていた御本尊が、その流通過程で、たとえば、“これは非常にありがたい御本尊だ”などと考える霊能力持ちが介入するだけでも、念が入ってしまうことがあり得るとのお話を伺いました。そのような場合、“2+”、すなわち、グッズ自身が“妖気”を発するようになってしまうことさえ起こりうるとのことでしたよね』
「その通りじゃ。ここまで説明してきたように、念や雑霊/魑魅魍魎は、霊媒体質である人物に対し、様々な悪影響を及ぼすことから、それらを拾ったと感じた時は、速やかに“お祓い”を依頼する必要があるわけじゃ」
『承知しました。そう言っていただけるのはありがたいのですが、時と場合によっては深夜遅くに依頼することもあり、申し訳なく思っています』
そう言い、苦笑する青年に対し、陰陽師は小さく笑ってから口を開く。
「そなたのように、霊媒体質のスコアがそれほど高くない人物は霊障の影響を受けにくいから悠長なことを言っていられるが、優秀な霊媒体質である人物にとって、“念”や雑霊/魑魅魍魎が多い環境に身を置くことは、日常生活に支障をきたす危険性と背中合わせであることを、じゅうぶん理解しておく必要がある」
『そうでした。1日に何度もお祓いを依頼せざるを得ない人物もいらっしゃいますものね。ところで、そのような人の場合、お祓いの依頼をしてばかりで仕事が手につかないことがあるかと思うのですが、何かいい手立てはないのでしょうか?』
そう言い、青年は表情を曇らせて視線を落とす。
陰陽師は湯呑みの茶を飲んだ後、口を開く。
結界のメリットとデメリット
「そのような人物に対しての切り札は、基本的には、結界となる」
陰陽師の言葉を聞き、青年は勢いよく顔を上げて口を開く。
『なるほど! 一日に何度もクライアントがお祓いを依頼するよりも、先生が一度結界を張れば済むわけですね』
「効果と手間という意味では、たしかに、そなたの言う通りじゃ。しかし、結界とて万能薬ではなく、メリットとデメリットがあることから、結界を張ったから解決、とはいかないのが実情なのじゃよ」
『なんと。結界にもデメリットがあるとは、意外です!』
青年は両手を上げ、目を見開いて陰陽師に問うた。
そんな青年の様子がおかしかったのか、陰陽師は小さく笑ってから口を開く。
「結界は、例えるなら、両面鏡のようなものでな、外から飛んでくる他者の念、雑霊/魑魅魍魎を跳ね返すことができる反面、同時に、結界の中にいる当人が、誰かに良からぬ感情を抱いて念を飛ばした場合、本人にダイレクトに跳ね返って心身の不調をきたす恐れがあるわけじゃ」
『なるほど。結界を依頼した本人の精神状態によっては、外から受ける霊障よりも、本人が他人に飛ばす念の方が強く、場合によってはダメージの方が多くなる可能性もあるのですね』
「その通りじゃ。それゆえ、ワシは日頃からクライアントに対し、魂磨きの修行の一つとして、不動心を養うことを提言しておる」
『なるほど。むやみやたらに結界を張ってはならない理由について、よく理解できました』
「また、本人が念を飛ばさないように不動心を保っていたとしても、身につけているグッズに霊障が憑いていたり、家族や縁が深い人物からの霊脈・血脈の先祖霊の霊障が本人にかかってきている場合、それらの霊障も一緒に閉じ込めてしまうわけじゃから、結界を張ったとしても、改善がみられない場合があることも、合わせて頭の片隅に留めておいてほしい」
『そういう意味で、結界は使い所に注意を要する切り札となっているわけですね』
真剣な表情で言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから、続ける。
「以前(※第32話参照)も説明したが、霊媒体質の人物が生涯に拾える“霊障”の限界値がほぼ決まっておることから、なるべく早く限界値を迎えられるよう、我慢せずに“お祓い”の依頼をするのも一考かもしれんな」
陰陽師の言葉に対し、青年は眉根を寄せて腕を組み、しばらく経ってから口を開く。
『そうは言ってもですね。非常に忙しい先生に、一日に何度もお祓いを依頼するくらいなら、デメリットを理解したうえで結界を張っていただき、手間を省いていただきたいのですが…』
納得がいかない青年は、それでも陰陽師に食い下がる。
陰陽師はやや困ったような笑みを浮かべ、青年を諭すように言った。
「雑霊や魑魅魍魎も、人間とは異なる生命体というだけで、地縛霊化していることに変わりはない。それ故、お祓いをしないで地縛霊化している間は、彼らの魂磨きの修行も中断されてしまうことになる。よって、彼らを結界で跳ね返すよりも、日々のお祓いによって輪廻転生の輪に戻すことの方が、不可思議の世界からみれば有意義な結果となるわけじゃ」
『なるほど。自分とは無関係なのに、勝手にすがってくる存在の“お祓い”を、なぜ自分がしないといけないのか、と嘆く霊媒体質の人物も中にはいますが、少しかわいそうに思うことがあります』
「いやいや、そうではない。400回の輪廻転生の中で、半数は今の自分と違う性であることから、“ソウルメイト”とは、決して男女の魂のみを指しているわけではないのじゃ。そして、そのようなソウルメイトが、今世は敵同士であったり、旅先でたまたま知り合い、世間話を交わし他だけの人間であったりする可能性がある以上、今世の親族の先祖霊はもちろんのこと、何かの縁で知り合ったばかりの人間の一族にかかる地縛霊が、かつて、自分と密接な関係を持っていた人間である可能性すらあるのじゃ」
青年にとって、陰陽師の説明は眼から鱗だったのか、しばらく唖然としてから青年は口を開く。
『なるほど。姿形は違えど、魂という観点から考えれば、雑霊も魑魅魍魎も人間同様、この世に魂磨きの修行をしにきていて、地縛霊化して苦しんでいて、我々に輪廻転生の輪に再び戻してもらえるようにすがってきているわけですね。雑霊/魑魅魍魎とのご縁も必然だと言うことであれば、彼らのためにも、どんどんお祓いを依頼して、霊障に悩まされずに魂磨きの修行に励みたいものです』
真剣な表情で言う青年に満足げな笑みを向け、陰陽師は続ける。
「その通りじゃ。ハリウッド映画の“ゴーストバスターズ”ではないが、そなたのような霊媒体質の人物は“念”や雑霊/魑魅魍魎の収集係のようなものだと考えればよい。一方、“大日不可思議”の霊能力者集団をその処理係だと考えれば、結果として、一致団結してこの世の“大掃除”をしていることになるわけじゃな」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、何度も大きく頷いた後、口を開く。
『たしかに、僕のような霊媒体質の人間は、直接地縛霊たちの願いを叶えることはできませんが、地縛霊たちは霊媒体質の人間を介して先生とご縁を持つことができ、結果としてあの世に戻れるわけですから、とても重要なことをしていると思います』
青年の言葉に陰陽師は満足そうに微笑み、うなずいて見せる。
そして、しばらく思索に耽っていた青年は再び口を開く。
『話が変わりますが、座敷童がいる家は莫大な富を得る代わりに、座敷童が去った後、かならず廃れると聞いたことがありますが、まるで眷属みたいな存在ですね』
陰陽師は湯呑みに注がれていた茶を飲み、口を開く。
「家主が座敷童に福の神と同等の価値を見出し、座敷童に少しでも長く自分の家に居てくれるようにと、座敷童がよろこびそうな人形などを部屋にお供えする風習もかつてはあったようじゃから、眷属に祈りを捧げ、願いを叶えてもらう代わりにすがり続けるという関係性は、眷属のそれとは似ていなくもないじゃろうな」
陰陽師の言葉に対し、青年は眉根を寄せて口を開く。
邪神とは
『邪神(似非神様)も魑魅魍魎や眷属と似たような存在であると思いますが、それらはどう違うのでしょうか?』
「邪神(1‘=龍霊、2’=狐霊、3=熊手/狸)が人間によって生み出された“念”の産物であるのに対し、魑魅魍魎の類は、実在の生き物と考えればよい。また、龍神/龍霊、稲荷/狐霊、熊手/狸が、霊力という点で魑魅魍魎よりも力が強いと同時に、土地にかかるという傾向を持っておる反面、魑魅魍魎の類は、基本的には人間にかかるという傾向を持っていると理解しておくことじゃ」
『なるほど。邪神が人間の念によって生み出されたものであるのに対して、魑魅魍魎と眷属は、人間とは関係なく、自然を拠り所に存在していたのですね』
「その通りじゃ」
陰陽師の言葉に対し、青年はしばし黙考した後、口を開く。
『おかしな話ですが、以前、飛行機雲に対して“お煙様”という名前を勝手につけてありがたがっている人物がいましたが、そういった“**様”と個人的に祀ることで“邪神”が誕生することもあるのでしょうか?』
“お煙様”という珍ワードを真剣に言う青年に対し、陰陽師は小さく笑ってから答える。
「その“お煙様”がどういった存在なのかはわからぬが、代償を求められるために祀ってはいけないという意味では、邪神の一種と考えて差しつかえあるまい」
『なるほど。僕が過去に世話になった霊媒師は、幼少期に光?観音?を見たり、それに見守られていたと言っていました。ただ、言語化した容姿としては善の存在のように思われますが、その光は結局のところその霊媒師だけに関わっていたことから、本物のカミではなく、雑霊/魑魅魍魎か、眷属だったのでしょうね』
「その可能性は高いじゃろうな。霊媒体質の強さによって、見えない存在を知覚できる程度は異なるので、見えない物事に対してあれこれ考えることを否定はせぬが、そういった見えない存在に対し、確定的な言い方をしている人物は、そなたの目にはどのように映っておるかな?」
陰陽師に問われた青年は、しばらく俯いたのち、ゆっくりと顔を上げて重い口を開く。
『こう言っては元も子もないですが、そのような人物の多くは、日常生活でなんらかのトラブルを起こしているか、精神疾患の診断が出るのではと思ってしまう人が少なくない気がします』
青年は、過去に世話になった人物たちを思い出し、軽くため息をついた。
陰陽師は、そんな青年を横目に続ける。
「本物のカミは“思議”の範疇で捉えることのできない存在であることから、その人物だけに見聞きできた存在からの情報だけに頼り、物事を進めようする人物には、注意が必要なことだけはたしかじゃろうな」
そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。
『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』
そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。
「気をつけて帰るのじゃぞ」
陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。
帰路の途中、青年は過去の自分の不調を振り返り、陰陽師の言葉を反芻した。
霊は地縛霊化している間、ずっと苦しい思いをしている。別に、自分が救霊やお祓いの依頼をせずに、見て見ぬふりをすることもできる。
しかし、せっかくご神事を行える陰陽師とのご縁を得た自分が依頼しなければ、地縛霊化している魂は、これからもずっと苦しむことになり、次に輪廻転生の輪に戻れるチャンスがいつになるかわからない。
この世の理屈で物事を考えることも大事だが、見えない世界のことを語る人物が、どこから情報を得ているのか?
そのあたりのことも踏まえて、あの世とこの世の仕組みをよく理解し、今後も魂磨きの修行に励もうと、青年は決意するのだった。