新千夜一夜物語第0話:運命の邂逅
『もうこれで終わっていい。天命を全うできないなら、生きている意味がない。もしも本当に神がいるなら、こんな命はもういらない。お前らの好きにしろ!』
青年は空へ向かって叫んだ。もっとも、命を捨てたいという思いがあっても、そこは彼が命を落とす要素はまったくないような参拝客がいない古びた神社である。
「ほっほっほ。では、そうさせてもらおうかの」
『うわあ、だ、誰ですか?!』
誰もいないと思っていたはずなのに、恥ずかしい場面を見られてしまった青年。
彼に声をかけたのは、あやしい格好をした初老の男性である。
「ワシか? ワシはしがない陰陽師じゃ。あの世とこの世の仕組みを把握し、お主のように努力をしているのに報われず、命をかけてでも天命を生きたい人間をサポートする存在じゃ」
『確かにそんな生き方をしたいとは思っていますけど、初対面でいきなりそんなことを言われても、あやしすぎて信じられませんよ』
「そうかいそうかい。信じるか信じないかはそなた次第じゃ。ただ、どうせ死を選ぼうとしておるのなら、命を絶つのはワシの話を聞いてからにしてもいいであろう?」
陰陽師を名乗るその男性の言葉には心に直に届くような力強さがあり、その瞳には揺るぎない自信がみなぎっていた。発言はあやしくとも、人を信じさせるような不思議な力があった。
『・・・わかりました。どうせ暇でやることもありませんから、あなたの話を聞いてからどうするかを決めます』
「そうかそうかでは、ワシの家で話をしよう。すぐそこじゃ」
陰陽師を名乗る男の家に向う道すがら、青年が訊ねた。
『とりあえず、あなたのことは先生とお呼びすればよろしいでしょうか?』
「なんでもいいが、そなたがそう呼びたいと感じたならそうするがいい」
青年が案内されたのは高層マンションの一室であった。あやしい男性のイメージとは裏腹に、お札やパワーストーンや神棚もない。掃除が行き届いた綺麗な洋風のリビングだ。
『陰陽師なのに、とても現代的でまっとうなお部屋なんですね…』
「目に見える物質など、目に見えない存在に対しては何の影響力もない」
『えっ、そうなのですか。おっしゃっていることが、よくわからないのですが』
「まあ、そうじゃろう。これからいろんな話をしていくから、少しずつ理解したらよい」
こうして、生きる希望をなくした青年と怪しい陰陽師の対話が始まった。