投稿者: あの世とこの世合同会社

  • 新千夜一夜物語 第35話:神への接し方

    新千夜一夜物語 第35話:神への接し方

    青年は思議していた。

    以前から話題に挙がっている、神の眷属についてである。
    現実でもSNSでも、龍神やお狐様といった、眷属を前面に押し出して情報発信をしている人物が少なくない。
    いろんな神社で神の眷属の名前を目にするが、そもそも、どのような存在なのか?
    また、陰陽師が日頃言及している、“本物の神=カミ”とはどう違うのか?
    青年は、独りで考えても埒があかないと思い、陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。今日は本当の神と神の眷属の違いについて、教えていただけませんか?』

    「今回もまた壮大なテーマじゃな。もちろん、眷属について説明することはやぶさかではないが、その前に、眷属は“霊障”と密接な関係があるため、まずはそこから話を始めるとするとして、その前に“霊障”に関する復習も兼ねて、まずはそなたなりに理解していることを話してもらおうかの?」

    陰陽師の言葉に対し、青年は小さくうなずいてから口を開く。

    『“霊障”には大きく分けて四つあり、一つ目が霊脈と血脈の先祖霊の霊障、二つ目が対面やSNSを通じて他者から受けたり、心霊スポットなどから拾う地縛霊の霊障、三つ目がグッズの霊障、そして四つ目が魑魅魍魎、雑霊や人の念による霊障となり、二つ目と四つ目が日々の“お祓い”の対象となっています』

    「ふむ。基本的なことは、しっかり押さえておるようじゃの」

    青年の回答に小さくうなずいた後で、陰陽師が口を開く。

    「では、いくつか質問させてもらうが、まず、霊脈と血脈の違いについて、そなたの考えは?」

    『霊脈の先祖霊とは、魂の種類1〜4に関わらず、本人と同じ種類の地縛霊化した先祖のことで、血脈の先祖霊とは、魂の種類が異なる地縛霊化した先祖のこととなります。従って、武士である僕の場合は、霊脈の先祖霊は武士霊となり、血脈の先祖霊は武士霊を除く、1:僧侶霊、2:貴族霊、3:武将霊、4:諸々霊となります』

    青年は陰陽師の様子を見、ここまでの説明で問題がないことを確認し、続ける。

    『また、“霊統”と“血統”は、先祖が子孫にかかっていてもいなくても地縛霊化している先祖霊のことを意味し、“霊統”は本人と同じ種類の魂、“血統”は本人と異なる魂の種類であることを意味しています』

    「では、地縛霊化した先祖霊にとって、かかるべき子孫が途絶えてしまった場合、どうなるか覚えておるかな?」

    青年はしばし黙考して記憶を探った後、口を開く。

    『その場合、その魂にとって縁がある土地や建物、その土地に関わりがある法人にかかります。つまり、先祖霊ではなく“地縛霊”となります』

    青年の説明に対し、陰陽師は満足そうにうなずいた後、口を開く。

    「基本はしっかり押さえておるようじゃが、もう一度だけ、霊障について整理しておくとしよう」

    陰陽師はそう言い、紙に霊障の種類を書き記していく。

    《霊障の分類》
    ・先祖霊(魂の種類1〜4):霊脈、血脈、霊統、血統
    ・地縛霊(魂の種類1〜4):かかる子孫が途絶えた魂
    ・土地/建物/法人の霊障(地縛霊)
    ・グッズの霊障
    ・念(呪い、生き霊、邪神など)

    ※以下、眷属や動物霊など
    ・龍神
    ・龍霊
    ・稲荷
    ・狐霊
    ・熊手/狸霊
    ・雑霊/魑魅魍魎:動物霊/天狗・座敷童・麒麟(似非神様)

    納得顔でうなずきながら紙を眺める青年に、陰陽師は声をかける。

    「一口に霊障と言ってもこのように様々な種類に分類できるわけじゃが、今回のテーマである眷属は、土地と法人にかかるパターンと、眷属にすがった人物に対してかかるパターンとが想定できる」

    『眷属も、土地/建物/法人にかかるのですね。それにしても』

    そう言った後、青年はメモ書きを一瞥してから、続ける。

    『龍神と龍霊は龍、稲荷と狐霊は狐と、種類が同じでも呼び名が異なっているようですが、各々、どのように違うのでしょうか?』

    「その質問に答える前によく理解してもらいたいのは、便宜上、龍神/龍霊、稲荷/狐霊、熊手/狸と呼んでいるだけであり、巷で取り挙げられている存在とは必ずしも同一ではない、ということじゃ」

    『つまり、先生が今から説明してくださる、龍神や稲荷は、世間一般と共通する部分もあるものの、基本的には、別物として話を聞くべき、ということでしょうか?』

    「その通りじゃ。それと、三つの眷属の呼び名は日本特有のものであり、海外では馴染みがないことから、外国のクライアントに対しては、ワシは数字と記号で説明しているわけじゃが、そのことも踏まえ、今から龍神を1、龍霊を1‘、稲荷を2、狐霊を2’、熊手/狸を3として説明していく」

    そう言い、陰陽師は紙で眷属の数字を丸で囲って強調する。

    1:龍神、1‘:龍霊
    2:稲荷、2‘:狐霊
    3:熊手/狸

    青年の問いに対し、陰陽師はうなずいてから、説明を始める。

    「龍神(以下、1)は、川べりとか、かつて沼・池・湿地帯であったところに家を建てることによって、その住民が霊障を受けるケースで、肺や喉の健康被害をもたらすケースが多い。龍霊(以下1’)は、諏訪大社のような龍神を眷属としている神社に“私利私欲に満ちた”願い事をし、願いを聞き受けてもらったにもかかわらず、その子孫が1’をないがしろにした結果、かかる霊障じゃ」

    『“私は生まれながらに龍神に守られている”などといった発言をしている人がいますが、ああいった人たちの中には、霊障の“17:憑依”の相があるために、新生児の頃から1’がかかっていると考えることもできるのでしょうか?』

    「その可能性は極めて高い。たとえ生まれつき1’がかかっていたとしても、それをないがしろにした後にしっぺ返しがくる点では、後天的に1に願い事をした人物と同じ末路になる。そうした意味では、その人物と1’の関係は、まさに一蓮托生といった表現が当たっているかもしれんな」

    『生まれつきにせよ、意図的にせよ、ひとたび眷属に願い事をしてしまった場合、しっぺ返しを受けないように死ぬまですがり続けるか、あるいはどこかで覚悟を決めて、僕のように代償を払うか、になってしまうのでしょうか?』

    青年はそう言うと、唸りながら首を傾げる。

    「いや、そうともかぎらんぞ。ワシの話を信じるのであれば、先祖供養を始めとする、神事やお祓いを受ければ、しっぺ返しをうけずに済むと言う解決策も残っておる」

    『たしかに。“17:天啓/憑依”の相は、神事で解消するのでしたね』

    そう言い、青年は再び陰陽師のメモを眺めてから続ける。

    『今度は稲荷(以下、2)と狐霊(以下、2’)の違いについて教えていただきたいのですが、これらも龍神と龍霊の関係と同じようなものでしょうか?』

    「共通する点もあるにはあるが、厳密に言うと、ちと違う。2は、その土地に神社もしくは“祠”のようなものが建っていたが、放置/消滅したケースで、2’は、かつてそこに住んでいた家族/一族が、祀っていた“稲荷/お狐様”への崇拝をやめ、そのまま放置したケースとなる」

    青年は陰陽師の説明を反芻した後、口を開く。

    『お稲荷さんを自宅の庭に建てて祀っている家をたまに見かけますが、あれなんかもその家族/一族が崇拝をやめて放置したら、2‘の霊障が発生するということもあるのでしょうか?』

    「その可能性は、極めて高いじゃろうな。2‘の厄介なところは、崇拝をやめた家族/一族だけではなく、その地に移り住んだ人間にも霊障を及ぼす可能性があるという特徴を持つことから、赤の他人が事情を知らずにその土地を購入/賃貸しただけで、とばっちりを受けてしまうことがある点じゃ」

    『人間の私利私欲でお稲荷さんが建てられ、眷属が生み出されてしまうとは、困ったものです。以前の僕は、稲荷神社を見かけたら必ずお参りをするほどに“お狐様”にはまっていまして、農家と思われるお宅の庭にあるお稲荷さんにも祈りを捧げていましたが、そのような行動も2’の影響を受けるきっかけとなっていたのでしょうか?』

    「以前も説明したが、霊障は距離と関係がないことから、お稲荷さんに対して何らかの思いを向けただけでも、2’の影響を受ける可能性が極めて高いからの」

    『ゲゲエ! ということは、過去に交流していた霊媒師たちが、口を揃えるように、僕が九本の尾を持つ狐に守られていると言っていたのですが、同じ2’でも、いっそう強い霊障を受けていたということになるのでしょうか?』

    身をすくませ、おそるおそる言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いて見せてから、続ける。

    「九本の尾を持つ狐が実在するかどうかはともかくとして、ありがたがっている間に限っては、2’はそなたの現世利益を叶えていたと思うが、お稲荷さんを参拝するのをやめ、ないがしろにしてからは、そなたにしっぺ返しがきた実感はあったのではないかな?」

    思い当たる節があるのか、青年は苦笑して口を開く。

    『たしかに願いは叶っていましたが、お稲荷さんだけでなく、そもそも神社仏閣への参拝をやめてから、それまでのツケが回って大変な状況になりました』

    「おそらく、そうじゃろう」

    そう言い、陰陽師はうなずきながら青年に微笑みかける。
    青年は用意されていた湯呑みの茶を飲んでから、再び口を開く。

    『今度は3:熊手/狸ですが、これだけは先の二つと異なり、3と3’の区別がないようですが、どのような眷属なのでしょうか?』

    「熊手は、戦国時代までは、馬上の武将を引きずり落とすための武器として活躍した鉄製の熊手だったが、戦乱が始まった江戸時代になると、武具から落葉を集める竹製の道具へと変化を遂げる。さらに江戸時代中期になり、金属の貨幣の代わりに藩札などの紙幣が普及し始めると、“落ち葉=お金”という連想から、熊手は“縁起物”として商人を中心とした庶民の人気を集め始める」

    『なるほど。熊手には、そんな由来があったのですね』

    「百科事典にも“熊手”は縁起物として記載されておるはずじゃが、神棚の一隅に飾られ、“商売繁盛”を祈願する以上、その行き先は他の眷属と同じ結果となる」

    『神社ではお守りやお札と色んな品物が販売されていますが、結局は現世利益を叶えたい人々に向けの品物ですし、そうした神具は霊障を集める性質もありますから(※第33話参照)、総じて、それらの品は買わない方がいいのですね』

    真剣な表情でそう言う青年に対し、陰陽師は満足げに微笑みながら口を開く。

    「ここで先程少し説明した土地の霊障の話に戻るが、1と2と3は、土地/建物/法人にかかっている人霊(魂の種類1〜4)の地縛霊と一緒にかかっていることが多く、土地に対する神事で対応しておる。それ故、クライアントに対し、個人の場合は住んでいる土地の住所と建物を、法人の場合はそれらに加えて法人名も教えてくれるように依頼しておる」

    『大企業の土地/建物/法人に霊障があると、抱えている社員が多いわけですから、多くの人が霊障の影響を受けしまうのでしょうか?』

    「いや。霊媒体質は磁石のような性質であることから、土地/建物/法人の霊障は全員に均等にかかるのではなく、優秀な霊媒体質である社員たちに霊障が集まりやすい。したがって、会社が合併するなどして新たに土地を取得した場合、土地の所有権移転登記をした時点から、当該にかかっている地縛霊の霊障が、特に優秀な霊媒体質の社員に対して突然影響を及ぼすケースもある」

    『つまり、書面上のやりとりだけでも、霊障との関係が変化するということでしょうか?』

    「登記簿謄本、婚姻届け等の公的な紙類と霊的世界の影響をあなどってはならぬ。たとえば、優秀な霊媒体質である人物が、相性が悪い企業に勤めていた結果、心身を病んでしまい、休職したとしよう。休職後に入院し、治療に専念していても、会社に籍を置いてある以上、会社から受ける霊障に限らず、良からぬ影響も休職しても受けてしまうことから、病状が長引いてしまうことさえある」

    『勤めている会社が所有している土地が増えたところで、別部署で勤務している当人には直接関係ないわけですし、ましてや休職後も影響を受けるとなると、気の毒以外の何物でもないですからね』

    「土地から少し話が脱線してしまうが、ワシが日頃、恋愛・結婚の相性を鑑定していることはそなたも知っているじゃろうが、書面を介さない、口頭での交際関係であってもお互いの運気に影響しあうことはわかるかの?」

    『はい。魂1〜3の人物と、魂4の人物による組み違いのカップルの話を聞くかぎり、結婚せずに交際している時点から、既に大変な苦労をしているようです』

    「霊障の“8:異性”による、2−4色眼鏡と2−4逆色眼鏡の組み合わせ(※第20話参照)はわかりやすい例じゃが、たとえば2-3-5-5…2の芸能人同士をみてもわかる通り、魂が同じだとしても相性がいいとはかぎらない。さらに結婚した場合には、お互いの影響力はさらに増すようになる。つまり、ワシの鑑定結果を信じて実際に結婚する場合、入籍届に記載して提出することにより、お互いから見て相性が良ければ(AA以上)、よりいっそう魂磨きの修行が進むというわけじゃな」

    『結婚を結“魂”と、ダジャレのように言い換えている人がいましたが、そのような意味では、あながち間違っているわけでもないのですね』

    「その人物が、この世とあの世の理屈をどこまで理解して結“魂”と言っているのかはわからぬが、夫婦円満な結婚生活という意味ではなく、あくまでお互いの魂磨きの修行が進む相性、と規定するのであれば、その通りじゃろうな」

    陰陽師はそう言い、真剣な表情で黙ってうなずく青年を横目に、続ける。

    「話を土地に戻すが、霊能力を持たぬ一般人が、これから購入/賃貸する土地に霊障があるか否かを判断することは難しいことから、立地の良さや家賃などを重視して物件を選ぶのはしょうがないとしても、引っ越してから不幸な出来事が立て続けに起こった場合、まず霊障を疑う必要はあるのじゃろうな」

    『引っ越しで運気が変わるとよく聞きますが、霊障の有無も密接な関係があるわけですね』

    「その通りじゃ。コンクリートに囲まれた物件であっても、1000年前、2000年前、その土地がどのような場所であったかといった判別がほとんど不可能な現在、当該地が古戦場だったケースや、故郷へと急ぐ旅人が山賊に殺された場所である可能性を常に念頭に置いておく必要があるわけじゃ」

    『1や2の眷属による霊障がかかっているのは、川や沼などが埋め立てられてみたり、祠が区画整理によって潰された可能性もあるからでしたね』

    「その通りじゃ。故に、クライアントには、引っ越す前や新たに土地を購入する前に、事前に候補物件の住所をリストアップしてもらうよう提言しておるわけじゃ」

    『僕も運気がいい物件を鑑定していただきましたので、その節は大変お世話になりました』

    そう言い、頭を下げる青年に微笑みかけ、陰陽師は続ける。

    「以上で、眷属に関する説明と、それらに対して祈ることで被るリスクについて説明したつもりじゃが、どうじゃ、理解してもらえたかな」

    『はい。眷属とは、願いを叶えてくれる反面、代償が必ず生じてしまうことと、祀った後にないがしろにした一族だけでなく、その土地に引っ越してくる赤の他人にも霊障がおよんでしまう、ということでしたね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「眷属に祈ってはならないと常々忠告してはいるものの、そうは言っても、己の力だけで生きていけるほど自信に満ちた人物は多くないじゃろうし、時と場合によっては、現世利益を叶えてくれる眷属のような存在に、すがりたくもなることもあるのじゃろう。しかし」

    一度陰陽師は言葉を区切り、念を押す様に青年と視線を合わせた後、続ける。

    「幸せな未来を願って現世利益を叶えた結果、その次に起こる出来事が本人にとって望ましい結果になるわけではないというのが、この世の常であることはくれぐれも忘れぬことじゃ」

    黙って続きを待っている青年の様子を横目に、陰陽師は続ける。

    「たとえば、怠け者でろくに勉強をしない学生が、学業に霊験あらたかと評判の神社に“絵馬”を奉納し、“神”に志望校合格を祈り続けたとする。その結果、ろくに勉強もせずに志望校に合格したことを、“神の恩恵”と呼ぶべきかの?」

    陰陽師に問われた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『合格した本人にとって、合格は“神の恩恵”かもしれませんが、合格者数が決まっているとすれば、その学生が合格したことで不合格になる学生が現れることにもなるのでしょうし、弾き出された受験生が真面目に勉強していたのだとすれば、そのような構図は、“魔術/呪術”でしかないと思います。それに』

    そこで区切り、青年は学生時代のクラスメイトを思い出してか、納得顔で再び口を開く。

    『勉強もせずに志望校に合格したところで、勉学についていけずに留年したり、最悪の場合は退学することもありますから、当人にとってもそのようなことは、望ましい結果にならないのではと思います』

    「そなたの言う通りじゃろうな。万人の“欲に起因した身勝手な願い”に“本物の神=カミ”が対応するとしたら、それこそ世界は制御不能に陥ってしまい、逆に、“神も仏もない”世界になることじゃろう」

    そう言い、陰陽師は湯呑みに注がれた茶を飲む。
    陰陽師が茶を飲み終えるのを待ってから、青年は口を開く。

    『そもそも我々は、魂を磨くためにこの世に転生を繰り返しているわけですから、現世利益を獲得するために生きているわけではなく、神は願いを叶えてくれる存在ではないことはわかります。そうは言っても、もう少し具体的に、僕にもわかるような役割を、“本物の神=カミ”はお持ちなのでしょうか?』

    困惑顔で問う青年を横目に、陰陽師は湯呑みの茶を再び飲んだ後に口を開く。

    「“本物の神=カミ”は、あくまで我々が魂磨きに専念できるよう、この世のみならず、あの世、永遠の世をコントロールしている存在体であり、感謝すべき対象だとワシは思う。さらにそのような存在体の恩恵をあえて挙げるとすれば、我々がこの世で艱難辛苦に遭遇した際に、大難を小難にしてくれる、ということに尽きるのではないかの」

    『大難を小難に、ですか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「たとえば、事故で脚を一本骨折したとする。その事実をもって“なんて不幸なのだろう。神も仏もあるものか”と嘆くのが、一般人の反応じゃと思う」

    『そうですね。ほとんどの人間がそう反応すると思います』

    「しかしそこには、“本来であれば死んでいてもおかしくない事故だったのに、脚一本の怪我で済むとは、なんと幸運なのだろう”という真逆な考え方も存在する」

    陰陽師の説明に対し、青年は手を打ってから口を開く。

    『“脚を一本折った”という事実に対して、本人がどう捉えるか、それが問題ということですね』

    「その通りじゃ。たとえ、事実が一つであったとしても、その事実をどのように捉えるかによってワシらの目の前に広がる景色はまったく変わって見えてくる。そのような意味で、この“大難を小難に”という考え方こそが、“本物の神=カミ”と対峙する基本的な姿勢だとワシは思う。さらに言えば、“本物の神=カミ”が作ったこの世が“修行の場”であるということは、スポーツジム同様、鍛錬をする人間が体を壊してしまっては元も子もないわけで、この世のどのような艱難辛苦も、基本的には、九割九分のところで救われる、という原則が働いていることもよく理解しておくといい」

    何かを思い出したのか、青年はハッと顔を上げて口を挟む。

    『神社には昨年の出来事に対する感謝をするという話を聞いて実践していたことがありますが、その行為は、ある意味正しかったわけですね』

    青年の発言に対し、陰陽師は困った表情で微笑みながら口を開く。

    「以前(※第18話参照)、我々人間の魂に頭の1/2があるのと同様に、神社仏閣にも1/2があり、自分の頭の数字と異なる神社仏閣には参拝しない方がいいと伝えたことも、合わせて、頭の片隅に留めておくようにの」

    『そうでした。僕のような頭1:農耕民族の末裔が、頭2:狩猟民族の祖先となる神を祀った神社仏閣を参拝することは、敵地に自ら乗り込みにいくようなことでしたね』

    そう言い、苦笑する青年を横目に、陰陽師は口を開く。

    「話を戻すが、これだけの事故で済んでありがたい、と“大難を小難”で済ませていただいた恩恵/加護に対し、“お陰様で”と手を合わせて感謝の意を表すことが、本物の神と向かい合う正しい姿だとワシは思う」

    『そういえば、富士山の山頂でご来光を見た時、思わず手を合わせたことがあります。特に何かを願ったわけではありませんが、今思うと不可思議な体験でしたが』

    「太古より我々人類は、巨岩や樹齢数百年を超える大木や、ご来光に手を合わせ続けてきた。とはいえ、その行為はそれらに対してではなく、それらを含め、地球と宇宙を創造した“人知を超えた存在体”に対する“畏敬の念”から行う、無意識の所作だったはずじゃ」

    陰陽師の言葉に対し、青年は力強くうなずく。
    陰陽師はそんな青年を横目に続ける。

    「公平無私である“本物の神=カミ”は、“切磋琢磨”などという競争原理を人間社会に持ち込み、我々を権力/経済闘争へと駆り立てることもせぬし、人類間の争いにおいて、どちらか一方だけに加担するなどというようなこともせぬ」

    『そうですよね。“本物の神=カミ”は全宇宙の創造物/生命体に対し、平等な愛を注ぎ、見守る存在なのでしょうから』

    「その通りじゃな。多くの宗教の“えこひいきし、妬む神”が、四次元を含めた宇宙の秩序をコントロールしていると言われても、その言葉を信じるには、いささか以上の躊躇を感じるからの」

    『神の意思という名目で、かつて、殺人を犯したり、戦争を始める人々に対して違和感を覚えていた理由がよく理解できたような気がします。それに、そうした神々は、どちらかというと、神というよりも人間に近い存在のように思われます』

    「まあ、人知で捉えることができること自体、そもそも“本物の神=カミ”ではないのじゃろうからのう」

    『なるほど』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから続ける。

    「多くの人々が、望ましい未来を夢見たり、過去を悔やんでやり直したいと渇望することに一定の理解を示したとしても、我々人間には、過去の出来事を変えたり、未来を思い通りにすることもできない」

    黙して耳を傾けている青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「それ故、覚えておくべきことは、未来と過去は“本物の神=カミ/不可思議”の領域であり、我々に与えられているのは、“今/この時”だけという真理じゃ。今世の宿題を果たすために日々精一杯に生きること、それこそが我々に課せられた使命であり、その果報である“社会的/金銭的な成功”は、あくまで副次的な問題なのじゃ」

    『ふと思いましたが、ご神事を受ける前の僕は、自分の天命を生きたいと考えているつもりで、実は自分の天職を求めていたのだと思います』

    「職業にフォーカスする、すなわち収入や社会的地位を意識することは、心のどこかで現世利益を求めている証拠じゃからな」

    陰陽師の言葉に対し、青年はばつが悪そうな表情で続ける。

    『耳が痛いです。当時の僕は、自分の天命を生きたいと願いながら、天命の意味を理解しておらず、魂磨きの修行ではなく、天職さえやっていればうまくいくと思い込んでいました。さらに言うと、魂の修行よりも“楽”を求めていたと思います』

    「そう思っている人物は少なくないじゃろう。ワシにしても、現世利益を求めることがいけないと言っているのではなく、人生における優先順位を間違えてはならぬ、と言っておるわけじゃ」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きくうなずいた後、続ける。

    『ご神事を全て受けてパフォーマンスが100%になってから、うれしいことも辛いこともありましたが、僕は目の前の出来事を受け入れる覚悟ができましたし、点と点が線で繋がっていることに気づき、一挙手一投足全てが天命であると、今では感じています』

    青年の言葉に対し、陰陽師は満足げに頷いてから口を開く。

    「400回ある輪廻転生のうち、今世はお金で苦しむことを修行で選んできた人物もいるじゃろうし、恋愛や結婚で悩むことを今世の宿題として抱えて来た人物もおる。“自分にとっての今世の宿題とは何だったのだろうか”と意識下の記憶に問いかけたところで、明確な答えが返ってくることはないのじゃから、必然を信じ、日々目の前に現出する出来事/試練と真摯に向き合い、自らのベストを尽くす。それこそが“この世”でのあるべき生き方だとワシは思う」

    『よく、声が聞こえたと公言し、これが私の使命・天命だとしている人がいますが、あれは“17:天啓/憑依”の相によって天から何かが降りてくるのか、そうでなければ13・14の眷属の力を借りているようなものでしょうから、ゆくゆくは眷属によって強烈なしっぺ返しを受けると思いますので、そうした人物には気をつけないといけませんね』

    「その通りじゃな。公平無私である“本物の神=カミ”が特定の人物に言葉を送ることはないことから、そうした人物の大半は眷属に唆されている可能性が高いのじゃろう」

    過去に関わった一部の人物たちを思い出してか、青年は深いため息をついて視線を落とす。
    陰陽師はそんな青年を横目に、続ける。

    「繰り返しになるが、眷属は現世利益を叶えて代償を求めることから、そうした甘言を信じて努力の結果としての“果実”を希求するのではなく、今/現在に全力を傾倒すること、それこそが努力の本来の意味なのだと、ワシは思う」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は過去の自分の不調を振り返り、陰陽師の言葉を反芻した。
    私利私欲を願うのではなく、日々ベストを尽くした後に訪れた出来事に対する感謝の意を、“本物の神=カミ”に表する。そして、見えない存在を頼るのではなく、目の前の出来事を真摯に受け止め、悔いのないように取り組んでいくことを、青年は再び決意するのだった。

  • 新千夜一夜物語 第34話:令和とパラダイムシフト

    新千夜一夜物語 第34話:令和とパラダイムシフト

    青年は思議していた。

    第99代目の内閣総理大臣に任命された、菅義偉についてである。
    某新聞社のアンケートにて、彼の他に岸田文雄と石破茂の2名が有力候補となっていたが、魂の属性の観点から判断して、今回の人選は望ましい結果なのだろうか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は菅義偉について教えていただけませんか?』

    「今回の自民党総裁選のことじゃな」

    そう言いながら、青年の質問に、陰陽師が応じる。

    「はい、4選の目もあると言われていた安倍首相の辞任に基づく、自民党の総裁選のことです」

    「そういえば、令和の“ねじれ”によって、残念ながら安倍晋三が辞任する流れになってしまったのう」

    『え、令和ですか。安倍元首相の辞任と令和が何か関係あるのでしょうか』

    そう言い、大きく眼を見開く青年を片手で制し、陰陽師は続ける。

    「話がそれてしまったの。今回のそなたの質問は総裁選の話なわけじゃから、令和の“ねじれ”については後で話すとして、総裁選の話をするとしよう。じゃが、そなたの質問に答える前に、以前政治家に適した魂の属性について説明したと思うが、そなたは覚えておるかな?」

    陰陽師に問われ、青年はしばし黙考した後に、口を開く。

    『転生回数期が2期で十の位が4、すなわち240回代の魂3:武士・武将、あるいは転生回数期が1期で十の位が4か7、すなわち340回代か370回代の魂1:王侯・僧侶の人物と記憶しています』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから口を開く。

    「そうじゃな。与党、さらに言うと首相になれる資質を持つ人物の魂の属性はあらかじめほぼ決まっているのと同じ様に、野党に所属している国会議員の魂の属性もほぼ決まっておると話したのじゃが、それについて覚えておるかな?」

    『転生回数期が2期で十の位が3、すなわち230回代の魂3:武士・武将と、転生回数期が2期で十の位が“大山”の7、すなわち270回代の魂4:一般庶民です。もちろん、自民党を離党し、前民主党政権で首相となった鳩山由紀夫などは2(4)-3、すなわち240回代の魂3:武将ではありますが』

    青年の説明に陰陽師は満足そうにうなずいてから、紙に書きまとめていく。

    ・与党側の多く、首相の魂の属性:1(4)−1、1(7)−1、2(4)−3
    ・野党側の多くの議員の魂の属性:2(3)―3、2(7)−4

    『ところで、菅義偉と岸田文雄と石破茂は、それぞれどのような魂の属性でしょうか?』

    青年に問われた陰陽師は、鑑定結果を紙に書き記していく。
    陰陽師が手を止めると、結果を眺めた青年が口を開く。

    菅義偉SS

    『菅義偉はアンケートで最有力候補でしたが、転生回数が240回代の魂3:武将と首相になれる条件を満たしてしますね。それに、大局的見地が95(SS)で仁が90(S)とかなり高く、総合運もほぼ全ての数値が9で、加えて頭が1と、文句なしの結果と思われます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいて口を開く。

    「血脈の先祖霊の霊障の“17:天啓”の相とチャクラの6と7の乱れの影響によって、時折自分勝手な判断をし、周囲を振り回してしまう可能性が考えられることと、チャクラ4が乱れていることで、安倍晋三のように体調を崩さぬか、ちと気になるところではあるが」

    『そういえば、菅義偉は70歳を超えていて高齢ですので、健康面では気をつけていただきたいですね』

    「そなたの言う通りじゃが、それを言ってしまうと二階俊博は80歳を超えているわけじゃから、まだまだ老骨に鞭を打って頑張ってもらわねば、という考え方もあるにはあるがの」

    『なるほど、政治の世界には、定年などという概念はないのですね…』

    真剣な表情でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく笑って見せてから続ける。

    「本来であれば安倍総理の任期は2021年9月末までなわけじゃから、暫定的に彼の後を継ぐ期間は約一年となる。ゆえに、菅首相がさらに3年続投できるかどうかは、彼がこの一年でどこまでの実績を残せるかにかかっておるわけじゃな」

    陰陽師の言葉に青年は小さくうなずいて見せ、再びスマートフォンを操作した後、口を開く。

    『菅義偉は、“令和おじさん”の愛称や、おやつに3,000円のパンケーキを食べるなど、政治以外の面でもメディアに注目されていましたが、高校を卒業した後に上京し、都内の段ボール工場に住み込みで働くものの、一念発起してアルバイトをしながら受験勉強をし、同級生に比べて二年遅れで大学に入学するなど、苦労人という印象です』

    「そして、27歳に衆議院議員の小此木彦三郎の秘書となり、39歳から横浜市会議員を2期務めた後、45歳で衆議院議員に当選と、政治の世界ではその才覚を遺憾なく発揮してきたようじゃな」

    陰陽師の言葉に青年は感心した様子でうなずいた後、再びスマートフォンを操作して口を開く。

    『“菅総理には菅官房長官がいないという問題がありますが”と言われるくらい、安倍前首相からは評価されていたようですね』

    「魂の属性だけでなく、実務的な面から判断しても、今の自民党の中では、首相に相応しい人物と言うことができるじゃろうな」

    陰陽師の言葉に納得の意を示すように大きくうなずいた後、青年は問う。

    『ところで、他の2人の魂の属性はいかがでしょうか?』

    岸田文雄SS

    そう言い、青年は再び鑑定結果が記された紙を眺めた後に続ける。

    『岸田文雄は、転生回数が340回の魂1:王侯・僧侶ですから、魂の種類だけで見れば首相に適しているとは思います。しかしながら、大局的見地と仁が80(A)と菅首相に比べて低いですし、人運が7ですから、この数値はトップに立って政党をまとめる人物にとっては致命的でないかと思われます』

    そう言い、青年は再びスマートフォンを操作してから、重々しい口調で続ける。

    『それに、暴力団元幹部の人物との握手写真が流出するというスキャンダルがあり、世間の目からすると良くない印象をあたえているのもちょっと気になります』

    「たしかに、頭が2であることも含め、首相の器というにはちと厳しいようじゃな」

    画像3

    『次は石破茂ですが、彼は転生回数が240回代の魂3:武将で、首相に適している魂の属性ではありますが、岸田文雄と同様に頭が2で人運が7であり、大局的見地と仁の数値を鑑みるに、菅首相には素質では及ばないと思われます』

    「また、親中・親韓派であることから、米中を主軸として昨今の国際情勢を鑑みるに、彼が首相になった場合、安倍元首相が築いてきたアメリカとの友好関係にヒビが入りかねないという危惧もある」

    陰陽師の言葉に青年は真剣な表情でうなずいた後、口を開く。

    『彼の人気の理由は、人柄や志や思想が評価されているというよりも、“党内野党”と言われる政権批判というか反骨精神みたいなものが、反安倍政権の意見を持つ人々から支持されていただけではないかと思うのですが』

    「昨今のメディアが親中・親韓に傾きつつあることを考えると、幾ら3位だったとはいえ、一定数の党員票はメディアの影響という見方もできるじゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組み、苦い表情で口を開く。

    『つまり、メディアが魂4を煽るような報道を意識的に行い、党員票が石破茂に集中するように仕向けたというわけですね』

    「仮に党員票が完全な形で総裁選に反映されていたとしたら、トップにはなれなかったとしても、岸田氏には勝っていた可能性が高かったことから考えると、そういう結論になるじゃろうな」

    『たしかに』

    一つ頷いた後で、青年は続ける。

    『ところで、この3名以外で、魂の属性から注目している人物はいらっしゃいますか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んでから、重い口を開く。

    「強いて挙げるなら、我が国初の女性首相という意味合いも含め、稲田朋美じゃな」

    初耳だったのか、青年は手早くスマートフォンを操作し、リサーチを始める。
    その間、陰陽師は彼女の鑑定結果を紙に書き足していく。

    稲田朋美SS

    『稲田朋美は弁護士出身ですし、顔つきから魂2−4という印象を持っていましたが、転生回数が大山の370回代の魂1:王侯・僧侶なのですね。総合運は菅首相と同じですし、大局的見地が90(S)と高いことからみても、たしかにバランスはよさそうですね』

    「とは言え、令和のような激動の時代には、やはり魂1が望ましく、彼女は頭が2であることから、今の時代に即したトップではないのかもしれないがの」

    陰陽師がそう言った後、青年はスマートフォンの画面を見ながら口を開く。

    『ネットで見るかぎり、彼女はさまざまな問題発言や問題ある行動を起こしていたようで、自衛隊の南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の日報問題をきっかけに防衛大臣を辞任しています』

    「彼女にはそうした面があることから、現時点では力量不足であると言っておるわけじゃが、将来的には、首相となるポテンシャルを秘めているも間違いない。仮に菅首相がもう一期総理大臣を続けるようなことがあれば、その間に実力をつけて、4年後、101代総理大臣に就任する可能性も皆無ではないじゃろう」

    『なるほど。僕なんかには想像もつかない話で、正に目から鱗です』

    そう言い、頭を下げる青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「仮に彼女が首相に就任したら、米中戦争が勃発した際に自衛隊を派兵してしまう可能性は飛躍的に高まるはずじゃ。さらに言えば、戦争でアメリカが勝利した暁には、その功績をもとに自衛隊が正式に軍隊とする可能性もじゅうぶんあり得るじゃろう」

    陰陽師の言葉に青年は目を見開き、おそるおそる尋ねる。

    『そうなると、いよいよ憲法9条の改憲となるわけですね。自衛隊が軍隊になると、また日本が戦争に巻き込まれる可能性が高まり、物騒な世の中になりそうです…』

    「ということは、そなたは憲法9条の改憲に対して反対なのかな?」

    陰陽師にそう問われ、青年はしばらく黙考してから口を開く。

    『不勉強で恐縮ですが、憲法9条を改生してしまうと、日本は戦争に巻き込まれやすくなってしまうのではないかと危惧しています。この世が地上天国ではないことから、戦争そのものがなくなることはないと理解していますが、昔のような大規模戦争が少なくなっているとは言え、日本が戦争に加わることに対して賛成することは難しいです』

    「なるほど」

    そう言い、陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んだ後に続ける。

    「実は、安保法制には、たしかに“専守防衛”、“不戦の誓いを基調とした平和憲法”という側面も存在するのじゃが、別な角度で見ると、現行の憲法には、第二次世界大戦で軍部の暴走を許した日本国に対し、その軍事力に恐れをなした戦勝国側が、二度と同じ事態を引き起こさせないようにと、軍隊の保持を禁じたという側面が存在する。それが、憲法9条の基本的な“趣旨“でもあるわけじゃが」

    真剣な表情で黙ってうなずく青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「戦後70年という時間が経過した結果、憲法9条をめぐる状況は、大きな曲がり角に差しかかろうとしている。アメリカ・イギリスを中心とした戦勝国側が、軍隊の保持を認めただけでなく、国連決議による国連軍派遣といった事態に際し、日本に対して金銭のみならず汗を、汗のみならず血を流すことを求め始めたという世界情勢に基づく構造変化が起きているのじゃ」

    『つまり、今まで日本は経済支援で主に対応していましたが、今後は軍事面でも加勢するよう、まさかの国連から求められているということでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師はうなずいて見せてから口を開く。

    「“イデオロギー”から“経済”へと世界が大きなパラダイムシフトを始めたとはいえ、問題解決の手段として戦争がこの世から簡単に一掃されない以上、我が国も自衛隊といった目的のはっきりとしない機関(それさえも憲法による規定がないのだが)ではなく、たとえ“防衛軍”といった名称であっても、正式に軍隊を呼称すべき時期に差しかかっていることだけは間違いあるまい」

    陰陽師の説明に対し、青年はうなずいてから意見を述べる。

    『正当防衛のための軍事力の延長という意味でしたら、自衛隊が防衛軍となることに納得できます』

    「この世に“職業の選択の自由”が存在する以上、警察官/消防士といった職業が、他の職業に比べ、生命の危険にさらされる可能性が高くなることは言うまでもない以上、自衛隊に明確な称号と権利を付与することこそが、“命を賭して”職務を遂行している自衛隊員に対する最大のオマージュと考えることもできるわけじゃしな」

    『たしかに。大規模な災害時に人命救助にあたるのは自衛隊ですし、警察官や消防士と同等かそれ以上の社会的評価と待遇を得てもおかしくは、ないと思います』

    青年の意見に対し、陰陽師は小さくうなずいてから口を開く。

    「繰り返しになるが、安保法制とは新たな侵略戦争に道を開く法案ではなく、国連安保理事会の決議が戦争という手段以外の解決策を見出せなかった場合において、世界第三位の経済大国としての義務を果たすための法案なのだ、という認識を国民一人一人がもう一度考え直す時期に来ているのではないかと、ワシは思う」

    『おっしゃる通りですね。軍隊を持つイコール、戦争をしかけて軍事的に侵略する、ということになるとは限りませんからね』

    「それにじゃ、昔のような武力による争いだけが戦争ではなく、スパイやハッキングによる情報戦争や、経済政策によって相手国に損失を与える経済戦争のように、戦争の手段が変わってきておる」

    『そう言えば、先日、米国が“違反商品保留命令”を発令し、中国製の衣服やコンピューター部品などの品目の輸入を禁止しましたが、大きな貿易相手国である米国にそうした対応を取られると、中国は経済的に大打撃を受けますね』

    「もちろん、最終的に雌雄を決するのは武力による戦争となるのじゃろうが、既に米中戦争の前哨戦は始まっていると言えなくもないわけじゃし、今回のコロナ禍においても、金を使ってWTOを丸め込もうとせず、問題が明らかになった時点で、あらゆるデータを開示していればまた違った展開になっているかもしれぬわけじゃからの」

    陰陽師の言葉に対し、青年は暗い表情で顔を伏せながら口を開く。

    『なるほど。以前説明していただきましたが、そもそも戦争とは、二国間の利害の不一致・衝突が話し合いのレベルを超えた段階で想定される最終行動/意思表示(※第4話参照)ですから、一般庶民が知らない水面化で戦争の準備が着々と進んでいるわけですね』

    「もちろん、米中双方の持つ核兵器で、地球全体が何度も吹っ飛ぶ時代じゃ。そう簡単に戦火を交えることもないじゃろうが、現在の経済/IT分野における小競り合いは、新しい形の戦争と呼ぶこともあながち間違いではないのじゃろうな」

    『令和の問題をひとまずこちらに置いておくとして、そしてこの世が地上天国ではなく“修行の場”という問題もこちらに置いておくとして、この世から“争い”がなくなることはないのでしょうか?』

    「仮にこの世から軍事的な意味での戦争がなくなったとしても、夫婦間の対立やイジメもといった、人間同士の争いがなくなることはないじゃろうし、そのような争いを通じて魂が磨かれるという側面がある限り、この世から人間同士の争い、戦争がなくなることはあるまい」

    『戦争が必要な理由など僕には皆目検討がつきませんし、それを世直しと言っていいのかどうかさえ、僕にはよくわかりませんが、いずれにしても、令和の“ねじれ”によって米中戦争が起き、結果として自衛隊が軍隊になる流れに向かってしまっているとおっしゃるわけですね』

    「目先の事象だけで見るとそなたの言う通りなのじゃが、ワシがみるかぎり、令和の“ねじれ“には、もっと大きな意味があるようじゃ」

    『とおっしゃいますと?』

    「冒頭に安倍元首相の辞任について触れたが、年号が令和になったことで“ねじれ”が起こり、世の中で様々な方向修正が起きておる」

    『新元号が令和でなければ、安倍元首相は体調不良にならずに総理大臣を続けていたということですね』

    「そなたはたかが年号と思うかも知れんが、令和という年号がついたことで、日本のみならず、その影響が世界中に伝播し始めてしまった。新型コロナウイルスによる経済崩壊、生活スタイルの変更などといったパラダイムの変換によって、世の中が大きく動き出したことは間違いないじゃろう」

    陰陽師の言葉に対し、青年は腕を組み、眉間にシワを寄せて口を開く。

    『元号が令和になったことでコロナ禍が起きたのが事実だとするなら、別の元号にする方がいいのではないかと思うのですが…』

    「そう言いたくなる気持ちもわからんではないが、表面的に見れば、今のところ悪い現象ばかりのように見えるかもしれん。しかし、実際には、本来のあるべき世界に戻るために、令和という年号が選ばれ、その結果、今のような“ねじれ”が生じたと考えた方が実態に即しておるじゃろうな」

    『それは、どういう意味でしょう。令和の“ねじれ“は、改悪というより、むしろ改善に向かっているとおっしゃっているのでしょうか』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷き、続ける。

    「令和単体でみると、地震、火山の大爆発といった地球の内部からの問題よりも、今回のコロナのような疫病、天変地異、それに伴う凶作、戦争、果ては宇宙からの隕石落下といった災厄が目白押しということになるのじゃが、そもそもの原因とそれらの厄災の役割という、もう少し巨視的な物差しで令和の問題をみてみると、その原因を産業革命にまで遡らせるべきであるようなのじゃ」

    『産業革命。そんなに昔にねじれが起こったと…』

    「その通りじゃ」

    小さく唸ったまま固まる青年を見ながら、陰陽師が言葉を続ける。

    「端的に言うと、現代のあらゆる文明は、18世期半ばから19世期前半に始まった産業革命に端を発しているということができる」

    『はい』

    「もちろんそのすべてを否定するわけではないが、たとえば、クローンの問題や、IP細胞などの出現によって、がんにかかったとしても、他人の臓器などを移植せずに、自らの細胞を使って病気を根治させることが、もはや夢物語でないところまできておる」

    『そうですね。このままいけば、不死とまではいわないとしても、寿命が今までの倍になることぐらいはじゅうぶん予想できますよね』

    「仮にこの世の目指すべき方向性が、“地上天国の実現”であるのであればそれでもいいかもしれんが」

    『この世が“修行の場”である以上、そして400回の輪廻転生という宿題がある以上、そのような方向性は、断固として、阻止すべきだと・・・』

    「端的に言うとそういうことになるわけじゃ」

    陰陽師は、一つ頷いた後で、言葉を続ける。

    「つまり、令和の“ねじれ”とは、産業革命によってもたらされた物質文明、“体主霊従”の世界を、令和の“ねじれ”により、“霊主体従”というあるべき姿に戻すことを意味しており、実際、人知を超えた力がそのような方向性ですでに動き出しておるようなのじゃ」

    『にわかには信じられない話ですが、いずれにしても、捉え方によっては、令和で起きている世間一般では不幸と思われる出来事は、地球にとっての好転反応だとおっしゃるわけですね』

    青年は腕を組み、眉間にシワを寄せながら、そう言葉を絞り出す。

    「端的に言うと、そなたの言う通りじゃ。そしてさらに言ってしまえば、コロナ禍によって引き起こされるであろう出来事を鑑みるに、“体主霊従”から“霊主体従”の世の中に戻るには、それくらいの方向修正が必要なのじゃろう」

    『なるほど』

    陰陽師の言葉に、小さく頷くと、青年は言葉を続ける。

    『ところで、“体主霊従”と“霊主体従”、よく耳にする言葉ではありますが、具体的にはどのように違うのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は紙に文字を書きながら口を開く。

    「“体主霊従”は科学を中心とする、唯物論者の考えや意見が主流な現在の物質主義の世の中のこととなる。一方、“霊主体従”とは“霊”、すなわち魂や見えない存在の影響を大きく受ける、あの世の理屈が主流となる世の中のこととなる。もちろん、魂磨きの修行の場として、後者の方がふさわしいのはわかるかの」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きくうなずいてから口を開く。

    『つまり、魂7(唯物論者)の人間が主導権を握っている世界から魂3(霊媒体質)の人に主導権が移っていくイメージですね。以前、血脈の先祖霊の霊障が顕在化し始めたのも、日本の元号が令和になったからだとお聞きしましたが、“霊主体従”の世の中に向かうにつれ、先祖霊の影響力が強くなったということでしょうか?』

    「塞がれているパフォーマンスの数字と霊障によって引き起こされる、特に心身の不調の顕在化を鑑みるに、そなたの言う通りであろう」

    『と言うことは、令和のねじれによって、コロナ禍は言うに及ばず、これからも様々な厄災が想定されるだけではなく、最悪、戦争も起こりえるというのですね…』

    「そうなってほしくはないが、その可能性は極めて高いじゃろうな」

    青年の言葉に小さく頷きながら、陰陽師は言葉を続ける。

    「そして、そのような激変の時代じゃからこそ、冒頭に述べたように、頭1の人間が世をまとめるべきで、そのような意味では、菅首相には後任となる人物が育つまで頑張ってもらいたいと個人的には思っておるわけなのじゃ」

    『産業革命以前の“ねじれの解消”、それによる“霊主体従”の世の中へ回帰した後、頭1が世をまとめることで、どのような世界になるのでしょうか?』

    「それについて話し始めると長くなるから今夜はパスするが、いずれあらためて、そなたの意見も拝聴しながら、ゆっくりと議論をすることとしよう」

    『起承転結、お話を伺うかぎり、産業革命以降のおよそ250年分のねじれをまずは戻し、さらに本来の流れで進むはずだった250年、合計500年分の遅れを取り戻すために、かなり手荒い“軌道修正”が必要だというお話はじゅうぶん納得できます』

    そんな青年の言葉に頷きながら、陰陽師は口を開く。

    「それ故、出口なおの“お筆先”や日月神示で言うところの、“大掃除”が今度こそ、本当に起こるかも知れんわけじゃ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    世の中が大きく動いている中、自分はどう動くべきだろうか。
    このままの方向性で科学が進み、この世から病気が一掃され、永遠の命を手に入れるのも悪い未来ではなさそうだが、この世を“地上天国”ではなく、“魂磨きの場”、“修行の場”とする限り、たしかに今の方向性は間違っているのかもしれない、そんな考えが青年の頭をちらっとよぎった。しかし…。
    今の自分の使命は、そんな荒唐無稽な未来に想いを馳せて一喜一憂するのではなく、目の前の出来事を一つ一つ丁寧にこなし、魂磨きの修行に励もうと青年は決意するのだった。

  • 新千夜一夜物語 第33話:断捨離とグッズの霊障

    新千夜一夜物語 第33話:断捨離とグッズの霊障

    青年は思議していた。

    先日の話の中で、“霊媒体質”の人物が拾った“念”が、身近な物に“転写”されたことについてである。(※第32話参照)
    日々“念”を拾っている“霊媒体質”の人物の多くが“お祓い”を受けていないとすると、“念”が転写されたグッズの存在に気づかず、そのまま断捨離する人がほとんどだと思われるが、問題ないのだろうか?
    三次元的な儀式や行為は霊的に意味がない以上、どんな捨て方をしても変わりはないと思うが、何も考えずに断捨離をすることによって、ひょっとしたら取り返しのつかないことをしているのかもしれない。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。今日は断捨離とグッズの“霊障”について教えていただけませんでしょうか?』

    「ふむ。前回の続きじゃな。して、具体的にどういったことを聞きたいのかの?」

    『以前(※第15話参照)、グッズの“霊障”を無害化する必要があると仰っていたと思いますが、グッズの“霊障”を無害化せずにその物を捨てた場合、どうなるのでしょうか?』

    「基本的な話として、物を捨てたり、燃やしたところで、それによって対象物に憑いていた“霊障”が霧消することはない。それどころか、行き場の失った“霊障”が本人に戻ってくることがほとんどなので、よけい問題が大きくなってしまうと考えるべきかの」

    『なんと! 断捨離して、不要な物と一緒に“霊障”も手放せると思ったら、逆に状況が悪化してしまうのですね!』

    そう言い、前のめりになる青年を片手で制しながら、陰陽師は口を開く。

    「前回も説明したが、SNSの投稿や“呪い”のように、“念”にとって距離は関係ない。そのあたりを詳しく説明するために、“霊障”についてそなたなりにどこまで理解しているか、前回の復習をかねて聞かせてもらえるかの?」

    陰陽師の言葉に対して青年はうなずいてみせ、口を開く。

    『霊障には大きく分けて四つあり、一つ目が霊脈と血脈という先祖霊の霊障、二つ目が対面やSNSなどを通じて他者から受ける“念”や、心霊スポットなどで拾う地縛霊の霊障、三つ目がグッズの霊障、そして四つ目が魑魅魍魎と念、つまり、雑霊や人の念による霊障となり、二つ目と四つ目が“お祓い”の対象となります』

    「そなたなりに、ちゃんと整理がついておるようじゃの」

    青年の回答に満足げに頷きながら、陰陽師が口を開く。

    「ところで、先祖霊の霊障にはいくつか種類があるが、そのあたりのことをもう少し詳しく説明してもらおうかな?」

    『承知いたしました』

    青年は、一瞬、自分の考えをまとめるために口を噤んだが、すぐに口を開いた。

    『霊脈の先祖霊とは、魂の種類1〜4に関わらず、本人と同じ種類の地縛霊化した先祖のことで、血脈の先祖霊とは、魂の種類が異なる地縛霊化した先祖のこととなります。従って、武士である僕の場合は、霊脈の先祖霊は武士霊となり、血脈の先祖霊は武士霊を除く、1:僧侶霊、2:貴族霊、3:武将霊、4:諸々霊となります。また、地縛霊化している先祖が本人にかかっていようといまいと、魂の種類が同じ先祖を“霊統”、魂の種類が異なる先祖のことを“血統”と呼びます』

    「うむ、基本はしっかり押さえておるようじゃな」

    青年の回答に満足げな表情を浮かべながら、陰陽師が先を続ける。

    「そなたの回答を踏まえて、もう一度だけ、霊障について整理しておくとこのようになる」

    そう言いながら、陰陽師は紙に霊障の種類を書き記していく。

    《霊障の分類》
    ・先祖霊(魂の種類1〜4):霊脈、血脈、霊統、血統
    ・地縛霊(魂の種類1〜4):かかる子孫が途絶えた魂
    ・土地/法人の霊障(地縛霊)
    ・グッズの霊障
    ・念

    ※以下、神の眷属や動物霊など
    ・龍神
    ・龍霊
    ・稲荷
    ・狐霊
    ・熊手/狸霊
    ・雑霊/魑魅魍魎:動物霊/天狗・座敷童・麒麟(似非神様)

    納得顔でうなずきながら紙を眺める青年に、陰陽師は声をかける。

    「一口に霊障と言っても、このように様々な種類に分類できるわけじゃが、今回はグッズの“霊障”なので、その対象は魑魅魍魎や雑霊と人の“念”ということになる」

    陰陽師の説明を聞き、青年はしばらく黙考した後、口を開いた。

    『今まで(※第15話、32話参照)教えていただいた内容から判断すると、人の“念”の場合、所有者がグッズに対して直接“念”を送るパターンと、所有者が拾ってきた“念”が、所有者の意思に関係なくグッズに転写されてしまうパターンの二つ、という認識で合ってますでしょうか?』

    陰陽師の説明に対し、青年は納得顔で頷きながら口を開く。

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。特に、一つ目のパターンとしては、某新興宗教団体の御本尊がわかりやすい。おそらくどこかで大量に印刷された御本尊は、信者に配る前に特定の場所で保管されているのじゃろうが、仮に御本尊の流通に携わる人の中に霊能力持ちがいて、ご本尊を運ぶ際に“これは非常にありがたい御本尊だ”などと考えただけでも、念が入ってしまうことがある。そのような場合、“2+”、すなわち、グッズ自身が“妖気”を発するようになってしまうことさえ起こりうるわけじゃな」

    『なるほど』

    陰陽師の説明に、青年は真剣な表情でうなずくと、あらためて口を開く。

    『と言うことは、たとえ霊能力持ちではなかったとしても、一般の人間が特定の物に対して過度な執着心や愛着心を持った場合であっても、グッズに“2”、すなわち、“念”が宿ってしまうことがあるわけですね』

    「その通りじゃ」

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから、口を開く。

    「同様の構図は、件のご本尊に限らず、巷で売られているあらゆる日用品にも適用されるわけじゃが、中でも特に偶像、お札/お守り、神具の類には特に注意が必要じゃ」

    そう言うと、陰陽師は紙にペンを走らせる。

    偶像:仏像、イエス・キリストなどの像
    お札:神社などで販売されている木や紙
    神具:お寺の木魚・鉦(かね)や、キリスト教で使用する様々な神具

    『いかにも多くの人々が私利私欲の祈りをしそうな品々ですが、最初はただの“工芸品”やただの“板切れ/紙切れ”に過ぎない物が、人々のそうした祈りによって“念”を集めてしまうわけですね』

    「まあ、そういうことじゃ。それに、これらの品々には、人の“念”のみならず、眷属や魑魅魍魎がかかることもあるから、細心の注意が必要となる」

    『なるほど。人の“念”のみならず、眷属や魑魅魍魎までもがかかるのですね』

    感心したようにうなずく青年を見ながら、陰陽師はさらに言葉を続ける。

    「次は、持ち主が拾った“念”が転写されるグッズのケースじゃが、その中でも特に、直接肌に身に着ける物には、格別の注意が必要じゃ」

    そう言い、陰陽師は再び紙にペンを走らせる。

    《“転写”によって“念”が憑きやすいグッズ》
    数珠や宝石系のブレスレットなど、腕に巻く物
    寝具
    下着

    陰陽師が書いた文字を読み、青年はあごに手を当てながら口を開く。

    『数珠や宝石系といった腕に巻くグッズの中には、所有者を災いから守ってくれ、身につけているとなんらかの恩恵があると聞きますが、やはりよくないのでしょうか?』

    「そなたが言う通り、水晶をはじめとした宝石には眷属や魑魅魍魎の霊障、さらには、人の“念”といった邪気を吸い取る性質があり、身に着けることで一定のメリットはあるわけじゃが、それはたとえるなら紙パック式の掃除機のようなもので、紙パックの容量限界までゴミを吸い取ったら交換しなければいけないのと同様、定期的に無害化する必要がある」

    『なるほど』

    青年は一つ頷くと、言葉を続ける。

    『ちなみに、邪気がいっぱいになったままにしておくと、どうなってしまうのでしょうか?』

    「今話した紙パック式の掃除機同様、それ以上邪気を吸い取ることはできなくなるだけではなく、新たに吸い寄せる邪気が所有者に跳ね返ることになる」

    『ということは、宝石の効果を知らずに、ファッション感覚で身につける人物や、数珠やパワーストーンのブレスレットを何本か腕に巻いて愛用している人は、巻いている数だけ、そうとは知らずに邪気を集め続けていることになるわけですね』

    「まあ、そういうことじゃな。よけいな物を身につけた挙句、無用な邪気を拾い集め、それを自身にかからせているわけじゃな」

    『つまり、せっかく神事を受けてパフォーマンスを100%にしても、妖気を発する“2+”のグッズが家にあれば、また仕事や異性などの障害が生じてしまうこともあるのですね?』

    「そのとおりじゃ」

    青年の言葉に一つ頷いた後で、陰陽師は言葉を続ける。

    「ちなみに、数珠や宝石に限らず、日用品であっても扱い方次第で“2+”になることも、よく頭に叩き込んでおくようにの」

    『承知いたしました』

    陰陽師の説明を聞いた青年は、しばらく腕を組んで黙考した後、口を開いた。

    『ところで、飲食店の入り口などでたまに盛り塩を見かけますが、あれも効果がないのでしょうか?』

    「もちろんじゃとも。魔除として盛り塩や塩風呂などに塩を使う人がいるが、幽霊は壁を通り抜けるし、触れることができないことから考えてもわかると思うが、三次元の物質である塩の効果はまったくない」

    陰陽師の説明を聞き、青年は苦笑しながら口を開く。

    『なるほど。ということは、盛り塩など、初めから置かない方がよさそうですね』

    「まあ、そういうことじゃな」

    『ちなみに、寝具や下着の“霊障”からは、どのような影響が想定できるのでしょうか?』

    「まずは寝具の霊障についてじゃが、枕および枕カバー、ブランケット、シーツ等、直接肌に触れるものは、どうしても、霊障がかかる可能性が高くなりやすい。また、寝具には所有者が寝ている間に所有者が拾った“念”を吸い取る効果がある反面、やがて寝具が“念”を吸い取れる容量の限度に達した後は、所有者に不眠や悪夢や寝つきの悪さといった睡眠障害を起こすようになるのは、水晶のブレスレットと同じメカニズムと考えて差しつかえあるまい」

    『なるほど。睡眠の質は健康度や日中のパフォーマンスに大きく影響を与えるので、寝具はとても重要な役割を果たしているわけですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずき、続ける。

    「特に、何らかの病気を患っているクライアントには、最低週に一度、重篤な患者には週に二度は寝具の無害化の神事をすることを推奨しておる」

    『学生時代の僕は寝つきが悪かったのですが、霊障による精神疾患の項目に“7:不眠”は該当していませんでしたので、間違いなく、寝具の“霊障”の影響で不眠になっていたのでしょうね』

    「寝つきの良し悪しは就寝前の行動で左右されることもあるが、その可能性は極めて高いじゃろうな」

    陰陽師の言葉に感嘆の息を漏らしている青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「今度は下着の話に移るが、たとえば女性の場合、通常よりも生理痛がきつかったり、特に思い当たることがないのに下痢や腹痛が頻発する場合、下着類の“霊障”の可能性を考えた方がいい。また、肺や心臓の疾患や乳癌を患っている人物は上着も気をつけた方がいい」

    『病気を患っている人は、病気の部位に近い衣類に気をつけないといけませんね』

    「そなたの言う通り、数珠にせよ、寝具にせよ、下着にせよ、特定のグッズを身につけた日に心身の不調が現れないか、よく心身の様子を観察することが大事じゃ」

    陰陽師の言葉を聞き、真剣な表情でうなずいた後、青年は口を開く。

    『そういえば、電子機器との相性が悪い人物を相当数見かけますが、そういった人物も、本人が拾っていた“念”が電子機器に転写しているのでしょうか?』

    「電子機器の場合は少々特殊で、霊障と電磁波の波動が近いことから、そもそも“霊障”が憑きやすいわけじゃが、電子機器自体の“霊障”が所有者に行く一方で、所有者が日々拾った“念”が電子機器に転写されることもある」

    『それに加えて、PC、タブレット、スマホなどは単体で存在しているわけではなく、インターネットを通して全世界とつながっており、さらにSNSなどを経由して“霊障”が伝播されやすいことから、特に、魂の属性3の人間が電子機器を使用するのはかなりのリスクが伴っているのですね』

    青年の説明に対し、陰陽師は小さくうなずいて口を開く。

    「電子機器が“念”を拾うと、それ自体のパフォーマンスが著しく低下したり、機器がネットワークに繋がらない・繋がりにくくなるといった症状が出たり、最悪、機器自体が故障することすらあり得る。かく言うワシも、何台PCやタブレットをダメにしたか、わからぬくらいじゃ」

    そう言って笑う陰陽師を見ながら、青年が言葉を続ける。

    『なるほど。僕も電子機器を毎日使っていますが、動作や反応が遅いと困りますので、仕事でパソコンやスマートフォンをよく使う人物にとっては、悩ましい問題ですね』

    「ワシのクライアントの話になるが、最近のデジタル時計は現在時刻を確認する以外にも電子機器に準ずる機能を備えていることから、時計だけの機能を持つデジタル時計よりも霊障”が宿りやすい。ゆえに、時計が1、2分ずれだしたら無害化をするようにと申し伝えてある」

    青年が陰陽師の説明を黙って聞き、続きを待っていることを確認し、陰陽師は続ける。

    「ちなみに、定期的に無害化を行なった結果、今までは数ヶ月で使い物にならなくなっていたデジタル時計が、一年以上もつようになったという声もある」

    『なるほど。ちなみに、いわゆる、ポルターガイスト現象も“念”と関係があるのでしょうか?』

    「もちろんじゃとも。ポルターガイスト現象の場合、土地にかかっている“地縛霊”や眷属の“霊障”によって異変が生じる場合もあるが、大方のケースは、所有者が跳ね返した“念”が部屋にあるグッズに転写されて生じる」

    『ほう。ポルターガイスト現象と言うと、一般的には目に見える形で現れる印象が強いですが、グッズの“霊障”の場合、所有者が知らない間に運気が下がったり、心身が不調になっていたりと、気づきにくいのが問題ですね』

    青年の言葉に陰陽師はうなずいて見せ、口を開く。

    「ここまで話した総括として、ワシはクライアントに対し、生活必需品ではない神具と風水グッズをできるだけ片づけるように伝えておる」

    陰陽師の言葉を聞き、青年は首を傾げて少しうなってから口を開く。

    『捨てるのがダメならプレゼントを、と思いましたが、プレゼントした物が“霊障”を発していたとしたら、むしろ贈った相手の迷惑になりますよね』

    「おぬしの言う通りじゃな。よく聞く話なのじゃが、大事な人を想ってお守りをプレゼントする場合、贈り主の“念”がお守りに憑く可能性がある。その前段階として、件の御本尊と同じように、お守りを作る人物が何らかの“念”を発しながら作っていた場合、“念”が憑いてしまっていることもじゅうぶんあり得る話じゃ」

    『なるほど。よかれと思ってプレゼントした物が、むしろ逆効果になることがあるのですね』

    そう言い、青年は湯呑みの茶を一口飲んでから続ける。

    『とは言え、パワーストーンや“お守り”には“念”を吸い取る効果があるわけですから、容量がいっぱいになるまでは持っていてもいいのではありませんか? 初詣で古い物を納めて新しい物に買い換える習慣もあるわけですし』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頭を振ってから口を開く。

    「優秀な“霊媒体質”の人物の場合、本人が日々拾う大量の雑霊や“念”がグッズに“転写”され、一年と経たずにそれらが“霊障”を発するようになるじゃろうな」

    『なるほど。それに、よく考えたら、お焚き上げをするお坊さんに“霊能力”がなければ神社仏閣に収めても意味がありませんから、結局、“霊障”は強くなって戻ってきてしまうわけですね』

    青年の言葉に陰陽師は小さくうなずいてから、口を開く。

    「そう言えば、以前、ワシのクライアントに強度の顔面神経痛にかかって言葉が喋れなくなった仏教の僧侶がおってな。病院の検査では原因不明。精神安定剤の類を処方されたものの一向に改善せず、幾人かの霊媒師や新興宗教の教祖のところを回った末に、ワシの元を訪れたわけじゃ」

    『話せないということは、筆談でやりとりしたのですか?』

    「いや、同席した奥様から話を聞いておったのじゃが、当の僧侶は高級スーツに高級腕時計を身につけており、乗ってきた車を霊的に見たら、ベンツのAMGじゃった」

    『坊主に似つかわしくない姿形ですね。まさに、生臭坊主(※第8話参照)といった印象です』

    青年のやや辛辣な言葉を意に介さず、陰陽師は続ける。

    「ブッダは生産と生殖を禁じ、私有財産の所有を認めなかったわけじゃから、そなたの印象はあながち間違いではない。とは言え、ブッダと仏教の話は長くなるから別の機会にするとして」

    陰陽師の言葉に同意するようにうなずく青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「彼の病気の原因は“霊障”だったのじゃが、病気に至った経緯を丁寧に説明したうえで、出家もせず家族を持ったことはともかく、外車を乗り回したり、クラブで酒を飲むといった行為を厳に慎み、それによって捻出されたお金を“地域社会貢献の一助に使っていただくこと”を約束していただいたうえで、霊障を取り、体を元に戻してさしあげたわけじゃ」

    陰陽師の言葉に対し、神妙な表情でうなずく青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「帰り際、今のような生活をしていると将来かならず病気が再発することと、その際には“カミ”は助けるなと言っているので、くれぐれも約束は守ってほしいと“釘を刺させていただいた”」

    『なるほど。やはり、行動を改めないと、次は助けてもらえないのですね』

    「そこは件の坊主に心根を入れ替えてもらうための方便じゃから、厳密な話をすると、かならずしもそうとは限らぬのじゃが」

    暗い表情で言った青年に対し、陰陽師は小さく笑いながらそう言った。
    陰陽師の様子を見て安心したのか、青年もかすかな笑みを浮かべて口を開く。

    『それならよかったです。とはいえ、そのお坊さんのように“霊能力”がなく、自分が“霊障”で苦しんでいる人物がお焚き上げをしたところで“霊障”は解消されませんし、以前(※第7話参照)も説明していただいたように、修行や読経自身には霊的に効果がないということが、あらためてよくわかりました』

    「物が増えればそれだけ執着の原因も増える。それ故、できることであれば、神具やパワーストーンといった類の物は、買わない、もらわない、譲らないのが一番じゃ」

    『ちなみに、すでに家にあるグッズに対しては、どうしたらいいのでしょうか?』

    「既に所有している神具等については、“念”を無害化して捨てればいい。ただ、仏壇や会社に設置されている神棚などは簡単には捨てられぬじゃろうから、少なくとも半年に一度は定期的に“霊障”が憑いていないか鑑定し、“念”が憑いていたら無害化の依頼をしてもらうことは大事じゃろう」

    陰陽師の説明を聞き、青年は小さくうなずいた後、控えめに口を開く。

    『とは言うものの、この世は魂磨きの修行の場であり、地上天国や現世利益を軸にした社会的な観点からの幸福を得るために我々は生きているわけではないことは理解していますが、人間は己の欲には抗い難い生き物ですし、精神を安定させるために何かにすがりたくなるのはしかたない気がします』

    青年がそう言った後、陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んでから口を開く。

    「そなたは、“小欲知足”という言葉を知っておるかな?」

    『欲望を小さくし、今持っているものでじゅうぶんに足りていると気づくといったような意味だったと記憶しています』

    「この言葉を言葉通りに受け取るとその通りなのじゃが、この言葉には過去と未来という概念が含まれているのがわかるかな」

    『とおっしゃいますと?』

    「まず、そなたは過去のすべての事象に対して満足しておるかな?」

    『そうですね…』

    陰陽師の問いに対し、青年は腕を組んでしばらく黙考してから、口を開く。

    『神事を受ける前は理不尽な体験がいくつもあったので、さすがに、過去のすべての事象に満足しているということは難しい気がします』

    「神事を終えてパフォーマンスが100%となった今でも、そう考えておるのかな?」

    『もちろん、辛い体験をいろいろとしたからこそ先生と出会えたわけですし、人事を尽くしていたからこそ、塞がれていた相から解放され、起きる出来事が大きく変わり、神事の効果を実感できたのだとは思っています』

    「そうじゃろう。すべての過去の事象は決して無駄な体験ではなく、現在の自分を自分たらしめるにあたり必要不可欠な学びだったと捉え、すべての過去の事象に満足し、感謝する心の在り様が“知足”と、ワシは思う」

    真剣な表情でうなずく青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「そして“小欲”じゃが、そなたはどんな未来をも受け入れる腹積もりができておるかの?」

    そう問われ、再び青年は腕を組んで首を傾げた後、口を開く。

    『なるべくそうしようと日々考えては思いますが、実際には、その場になってみませんと…』

    ばつが悪そうに言う青年を励ますように、陰陽師は微笑みながら口を開く。

    「たしかに、今すぐそこまでの境地に達するのは難しいだろうが、今まで通り精進を続けていけば、いつの日にかはそなたもそのような境地に到達するはずじゃ。ともかく、今現在を精一杯生き、努力した事象への結果は、感謝を持ってすべて受け入れることじゃ」

    『今のお話は、未来に過度の期待してみたり、希望を抱いてはいけないという意味でしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は小さく首を左右に振ってから、口を開く。

    「そうではない。人間のすべての希望/欲望は、すべて現在を起点としておるのは確かじゃが、たとえどのような結果になろうと気にならないくらい、今この瞬間に全力を尽くし、出てきた結果を“天の思し召し”として受け入れること、そんな姿勢こそが、“小欲”の意味だということを理解してほしい、と言っておるだけじゃ」

    『なるほど。この世は、人間の“思議”でははかることのできない“不可思議”な力が働いている以上、日々の努力は努力として“その結果は天に委ねる”という心づもりが必要というわけですね』

    「さよう。この世の事象は我々の思い通りには動かないし、一見成功に見える事象が失敗/破滅の萌芽を含んでいたり、逆に、一見失敗に見える結果の中に、成功の萌芽が隠れていることもあるわけじゃから、あらゆる結果に対し、我々の“思議”に基づき一喜一憂することにはあまり意味がないというわけじゃな」

    『今思い出しても辛いと感じる出来事に対しても、感謝できることはないか探し、目先の出来事に一喜一憂することなく、これから起こるすべての出来事を受け入れることが天命だと肝に銘じ、歩み続けていくつもりです』

    「うむ、その意気じゃ」

    満足げに小さく頷く陰陽師に、青年は言葉を続ける。

    『また、神具やパワーストーン系が持つ効果にあやかるのも、見えない存在にすがるという行為も、元を正せば、自分に自信を持てないからであって、パフォーマンスが100%の状態であればそれらに頼る必要もないのだと、何となく納得できました』

    青年の言葉を聞き、陰陽師は満足そうに微笑みながら壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は無闇に人から物をもらうことと、自分の物を他人に譲ることの危険性を痛感していた。
    不要な物は“霊障”の無害化を依頼してから手放すことにし、必要な物、特に寝具と電子機器は定期的に無害化を依頼することを決意するのだった。
    そして、今やるべきことに全力で取り組み、過去や未来に対する執着も手放していくのだった。

  • 新千夜一夜物語 第32話:セラピストと念の問題

    新千夜一夜物語 第32話:セラピストと念の問題

    青年は思議していた。

    彼が知る限りにおける、セラピストたちが心身の不調を訴えている件についてである。
    ※この話では、セラピストとは主にマッサージ師、気功師、話を聞くことで心を癒すヒーラーを意味します。

    他者の心・体をケアできる術に精通しているのであれば、自身のケアもできるはずなのに、なぜ、当の本人たちまでもが心身を病ませてしまうのだろう。
    ひょっとしたら、彼らの不調の原因に、霊障が関係しているのかもしれない。

    一人で考えても埒が開かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのだった。

    『先生、こんばんは。本日はセラピストの不調について教えていただけませんか?』

    「ほう、セラピストの不調とな。それはまた、意味深なテーマじゃの。して、具体的にはどのようなことを聞きたいのかな?」

    そこで、青年はセラピストたちに多くみられる心身の不調について、陰陽師にざっと説明した。
    陰陽師はいつもの笑みで青年の話を聞いた後で口を開いた。

    「結論から言うと、セラピストが不調を感じる主な要因は、“霊障”ということになるのじゃろうが、そのあたりを詳しく説明するためにも、“霊障”についてのそなたなりの説明を、まず聞かせてもらえるかの?」

    陰陽師の言葉に対し、青年は小さくうなずいてから口を開く。

    『霊障には大きく分けて四つあり、一つ目が霊脈と血脈の先祖霊の霊障、二つ目が対面やSNSを通じて他者から受けたり、心霊スポットなどから拾う地縛霊の霊障、三つ目がグッズの霊障、そして四つ目が魑魅魍魎。雑霊や人の念による霊障となり、二つ目と四つ目が“お祓い”の対象となっています』

    「ふむ。基本的なことは、しっかり押さえておるようじゃの」

    青年の回答に小さくうなずいた後で、陰陽師が口を開く。

    「では、いくつか質問させてもらうが、まず、霊脈と血脈の違いについて、そなたの考えは?」

    『霊脈の先祖霊とは、魂の種類1〜4に関わらず、本人と同じ種類の地縛霊化した先祖のことで、血脈の先祖霊とは、魂の種類が異なる地縛霊化した先祖のこととなります。従って、武士である僕の場合は、霊脈の先祖霊は武士霊となり、血脈の先祖霊は武士霊を除く、1:僧侶霊、2:貴族霊、3:武将霊、4:諸々霊となります』

    「今の説明で基本的に問題ないが、 “霊統”、 “血統”という言葉もあり、それらは地縛霊化している先祖が本人にかかろうがかかるまいが、そう呼ぶことも忘れんようにの」

    『そうでした。そのことをすっかり忘れていました』

    ばつが悪そうに言う青年に対し、陰陽師はいつもの笑みを向けながら続ける。

    「いずれにしても、基本はしっかり押さえておるようじゃから、もう一度だけ、霊障について整理しておくとしよう」

    そう言いながら、陰陽師は紙に霊障の種類を書き記していく。

    《霊障の分類》
    ・先祖霊(魂の種類1〜4):霊脈、血脈、霊統、血統
    ・地縛霊(魂の種類1〜4):かかる子孫が途絶えた魂
    ・土地/法人の霊障(地縛霊)
    ・グッズの霊障
    ・念

    ※以下、神の眷属や動物霊など
    ・龍神
    ・龍霊
    ・稲荷
    ・狐霊
    ・熊手/狸霊
    ・雑霊/魑魅魍魎:動物霊/天狗・座敷童・麒麟(似非神様)

    納得顔でうなずきながら紙を眺める青年に、陰陽師は声をかける。

    「一口に霊障と言ってもこのように様々な種類に分類できるわけじゃが、基本となる四つの神事を済ませたという前提で、一番問題となってくるのは、人が発する“念”じゃ。実際、日々ワシのところに“お祓い”を依頼してくるクライアントの心身の不調の原因の大半はこの “念”じゃ」

    『なるほど、そうなのですね。僕の同僚たちへのヒアリングでは、腰痛など体の痛みが患者の症状の大部分を占めているわけですが、見えない“念”が、物理的な身体に影響を及ぼしていたわけですね?』

    「そなたの同僚ということであれば、勢い、魂の属性3の人間がほとんどのはずじゃから、 体の不調が“先祖霊の霊障(霊脈と血脈)”、“天命運の乱れ”、“チャクラの乱れ”に起因していることが基本とはいえ、“念”を中心とした霊障による体の不調は、決して見過ごすことのできない大きな問題といえるじゃろうの」

    『特に魂の属性3の場合、先天性疾患や重篤な病を患っているとしたら、そのあたりの影響をまず疑うべきなのですね』

    陰陽師の言葉に対し、青年は真剣な表情でうなずき、そう言った。
    そんな青年の様子に微笑みかけ、陰陽師は続ける。

    「ところで、そなたは“念”について、どのように理解しておるのかな?」

    そう陰陽師に問われ、青年はしばらく黙考した後、口を開く。

    『“念”は、人間の感情を起因として生じます。たとえば、“呪い”のように誰かを憎んでみたり、逆に、好意を寄せている人物に恋い焦がれて強い想いを抱いても生じます。つまり、ポジティヴ/ネガティヴを問わず、強い感情が“生き霊”となって相手に届いてしまう現象と認識しています』

    青年の説明を微笑みながら聞いていた陰陽師が、言葉を添える。

    「基本的にはその通りじゃが、もう一言だけ付言すると、“呪い”と“生き霊”の区別だけはしっかりとつけておくようにな」

    『とおっしゃいますと?』

    「人が発する“念”をさらに大別すると、“邪神”、“呪い”、“生き霊”の三つとなるわけじゃが」

    そう言いながら、いぶかしげな顔をしている青年のために、陰陽師はそれらの言葉を紙に書き足していく。

    邪神:既存/新興の宗教が新たに作り出した「神(もどき)」
    呪い:誰かが相手を呪った場合に生み出される
    生き霊:たとえば社会全体といった、不特定の対象に向けて発せられた念

    書き終えた後、陰陽師は再び口を開く。

    「“邪神”は今回の件とは関係が薄いことから別の機会に話すとして、“呪い”と“生き霊”は誰に対して“念”を発しているかで異なるとは言え、これらの“霊障”の問題点は、“霊媒体質”の強弱によって被害者が変わってしまうところにある」

    『とおっしゃいますと?』

    「つまりじゃ、“霊能力”持ちの人物が“呪い”を生み出した場合、対象の人物に直接影響を及ぼすのに対し、“霊能力”を持たない人物が“念”を飛ばした場合、往々にして、“霊媒体質”を持つ赤の他人に、無差別に影響を及ぼすことが起こりえる」

    『え、まったく無関係な赤の他人がとばっちりを受けると。それはたしかに迷惑な話ですね』

    「たとえば、誰かがSNSで特定の人物に対する恨み言を投稿した、つまり、“念”を飛ばしたとして、その投稿を偶然見かけた赤の他人がその“念”を拾い、心身に変調をきたすことは、以前(※第29話参照)にも説明したと思うが、記憶に残っておるかな?」

    陰陽師の言葉に対して青年は真剣な表情でうなずいて見せ、口を開く。

    『そのあたりの話は、よく覚えています。かく言う僕も、木村花さんに向けて発信された投稿内容を読んでいて、赤の他人であるにもかかわらず、気分が悪くなりました』

    「そなたが体験した通り、実際に目の前にいない人間が何らかの“念”を飛ばしたとしても、“霊媒体質”というだけで、その“念”を無関係な人間が拾ってしまい、その結果、心身に何らかの良からぬ影響を被るという構図が成立するわけじゃ」

    『なるほど。近くで赤の他人が口喧嘩していると、関係ない僕まで気分が悪くなってしまうのは、その当事者たちの“念”を拾ってしまったからなのですね』

    「さよう、そなたの言う通りじゃ」

    青年の言葉に小さく頷きながら、陰陽師は言葉を続ける。

    「さらに厄介なのは、“念”というものは元来霧のように人間にまとわりついており、その人物の心身の中でもっとも弱っている部位に集まるという性質があることなんじゃ」

    『ほう、心身の中でもっとも弱っている部位に集まると。そのあたりのことを、もう少し具体的に教えていただけますでしょうか?』

    そう問いかける青年に対し、陰陽師は小さくうなずいて見せ、紙に人型を描き、さらにその周囲を覆うような輪郭線を描く。

    「つまり、“念”を拾った人物にとって弱い部位が肌であると仮定した場合、肌の症状が悪化し、腰が弱い人物には腰痛が増幅する形で現れることになる」

    陰陽師の言葉に対し、青年は納得顔でうなずきながら口を開く。

    『今は完治していますが、僕は昔アトピー性皮膚炎に悩まされていて、むしゃくしゃした時に、いけないと思いつつも八つ当たりのように肌を掻き毟ってしまった原因に、“念”の可能性があるわけですね?』

    「基本的にはその通りじゃが、もっと詳しく説明するにあたり、そなたの鑑定結果を確認しよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は鑑定結果を保存しているファイルをめくり、青年のページを開く。

    note用霊障による精神疾患

    青年は鑑定結果に目を通してから口を開く。

    『アトピーに関しては、15の項目で納得しました。そして、SNSでネガティヴな内容の投稿を見かけた際に、自分には関係ない内容であるのに怒りが湧いたのは、13あるいは14の相が関係しているわけですね?』

    「うむ、その理解で問題ないじゃろう。つまり、霊的に、見るべきではない記事に目を通したことによって、拾わなくてもよい“念”を拾ってしまったわけじゃな」

    『なるほど。そういうことだったのですね』

    「それと、この件でよく覚えておくべきは、たとえば温厚な性格の人物が、突然、別人のように言動が悪変した場合なども、それはその人物の内側から湧いてきた激情というより、他者の“念”を拾ったために生じた悪変である可能性が極めて高いという事実じゃ」

    『そのお話は、とてもよく理解できます。若かりし頃、物に八つ当たりしたり、暴言を吐いたりした後に激しく後悔したものでしたが、当時もなんらかの“念”の影響を受けていたのでしょうね』

    「そなたの属性を見るかぎり、その可能性は高いじゃろう。そして、そなたに限らず、そのような言動は本人の責任というよりも、霊障が原因と考えるべきなのじゃろう」

    『そう言っていただけると、少しは気持ちが安らかになります』

    そう言って微笑む青年に、陰陽師が言葉を続ける。

    「ここで冒頭のそなたの質問に戻るわけじゃが、マッサージ業界の場合、セラピストの“霊媒体質”度が80点、患者の“霊媒体質”度が90点だった場合、セラピストにかかっていた“念”が、施術を通じて患者の方に移ってしまう」

    陰陽師は紙に二つの人型を描き、一方の頭上に90を、もう一方の頭上に80と書き足した。そして、後者から前者に矢印を描き、説明を再開する。

    「すると、本来であれば施術を受けた患者の体の不調が解消されるはずが、セラピストにかかっていた“念”が患者に移動することで、セラピストの方が元気になり、むしろ患者の不調が増幅するという逆転現象が起こることになる」

    『逆に言えば、“霊媒体質”の患者にとっては、より“霊媒体質”度が高いセラピストに巡り合えることができれば、単に施術の効果だけではなく、セラピストに“念”を引き受けてもらうことも不調の改善に一役買っているというわけですね?』

    「その通りじゃ。より“霊媒体質”度が高いセラピストに巡り合うことができれば、そのセラピストが持つスキル以上の恩恵を患者は享受することができるわけじゃな」

    『ちなみに、セラピストと患者が互角の“霊媒体質”同士だった場合はどうなるのでしょう』

    「もちろん、その場合は、魂の属性7同士がセラピストと患者である場と同様、セラピストの腕がそのまま治療結果となるじゃろうな」

    『なるほど。リラクゼーションの仕事をしていた時に、少しでも施術が向上するようにと試行錯誤を繰り返していましたが、その努力は無駄ではなかったのですね』

    安堵の息を漏らす青年に対し、陰陽師は青年を安心させるように微笑みかけ、再び口を開く。

    「いずれにしても、今まで長々と説明してきた理由によって、“霊媒体質”であるセラピストが日頃、仕事後に感じる心身の不調の原因の大半が、患者が拾ってきた“念”であるという結論に至るわけじゃ」

    陰陽師の話に身に覚えがある青年は、表情を引きつらせながら小さくうなずいて見せる。
    陰陽師は湯呑みの茶を一口飲み、説明を再開する。

    「さらにもう一言だけ補足しておくと、“霊媒体質”には二つのタイプが存在する。つまり、“念”を引き受けた後に体に入れてしまうタイプと弾くという二種類のタイプのことじゃな」

    『今の説明をお聞きするかぎり、僕の場合は霊障を体内に入れてしまうタイプだと思いますが、弾くタイプの人間の場合、具体的には、どのような現象が起こりえるのでしょうか?』

    「“念”が人体に影響をあたえるのと同様、その場合、弾いた念を近くの物に転写させることになるわけじゃが、電子機器や蛍光灯の調子が悪くなるのが最も一般的なのじゃが、めずらしい例としては、車の調子がおかしくなってみたり、警報機やスプリンクラーが誤作動して、大騒ぎになってみたりする」

    『え、そんな事例まで存在するのですか?』

    「真夜中に、自室の電子ピアノが鳴り出したなどという、オカルト映画にも出てきそうな事件まであるにはあるが、それとて原因が理解できていれば、恐れることは何もないわけじゃ」

    そう言って笑う陰陽師を横目で見ながら、青年が口を開く。

    『そうはおっしゃっても、私物であるならばともかく、施設にまで影響がでてしまうのは困りますね。このような問題は万人のコンセンサスを得ることは難しいわけですから、その結果、変な噂が立って、客足が遠のく可能性だって考えられるわけですし』

    「霊障を体内に取り込んでしまう人物に比べて、弾くタイプの人物の比率はそう多くないとしても、たしかにお主の言う通りでそのような事態が頻発するようでは、たしかに商売にも悪影響を及ぼすじゃろうな」

    『おっしゃる通りです』

    青年は一つ頷いた後で、陰陽師に問いかける。

    「この件について、緊急時における“特効薬”のようなものは存在しないのでしょうか?」

    「少なくとも、マッサージなどの治療院に話をかぎるとすれば、問題となる特定の患者が来た時に、霊能力者に結界を張るように依頼することも検討してみるのは一考かもしれんな」

    陰陽師の言葉に対し、青年は真剣な表情でうなずき、疑問を口にする。

    『ちなみに、“唯物論者”である魂の属性が7の人物の場合はどうなのでしょう?』

    「もちろん、魂の属性7の人物の場合は、先程も説明したように、純粋に施術の効果で症状が改善する可能性がはるかに高い。また、引き寄せの法則によって、魂の属性3のセラピストには魂の属性3の患者が、魂の属性7のセラピストには魂の属性7の患者が集まりやすいことから鑑みても、“霊媒体質”の人間の方がこの手の治療において“効きがいい”といわれる由縁も、実は、魂の属性3のセラピストと患者の場合、通常の施術に加え、霊障のやり取りがあることがその要因ともなっておるわけじゃな」

    陰陽師の説明を聞き、青年は手を打ってから口を開く。

    『なるほど。患者とセラピストの相性には、“霊媒体質”か“唯物論者”かも関係があるのですね』

    「もちろんじゃとも」

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずくと、言葉を続ける。

    「その結果、“霊媒体質”の点数が高いセラピストは患者にかかっていた“念”を次々と拾ってしまうため、心身の不調が出やすいということになるわけじゃ」

    陰陽師の説明に納得顔で青年はうなずき、しばらく黙考した後に口を開いた。

    『ちなみに、体による接触がない、電話での霊視カウンセリングなどにも“念”の影響はあるのでしょうか?』

    「もちろんじゃとも。そなたがSNSで体験したように、“念”に物理的な距離は関係ない。客が電話越しに誰かに対する恨み辛みを話していたとしても、電話をしている時に最も関わっている人物、ここで言う聞き手に“念”が影響を及ぼすことは間違いない」

    『ということは、霊視カウンセリングといったスピリチュアルな手法を売りにするセラピストは、当然優秀な“霊媒体質”なのでしょうから、客の“念”をダイレクトに拾ってしまう可能性が極めて高いわけですね』

    「もちろんじゃとも。優秀な“霊媒体質”の人間が、そうした職業で生計を立てている場合、心身を蝕まれる可能性は魂の属性7の人間とは比べ物にならず、一定期間“念”を大量に引き受けていたりすると、人によっては、白髪になりやすかったりする」

    『え、髪の毛が白くなってしまうのですか』

    「昔から、(古来の教えを正しく受け継ぐ)神道でも、霊力は髪の毛を媒介してやり取りされる、と言われておるくらいじゃから、霊的な疲弊は髪の毛に一番出やすいということは当然の帰結なんじゃ」

    『なるほど、それで納得しました。実は、僕の知人も、年齢の割に白髪が明らかに多かったので、かなり“念”を拾いながら仕事をしていたわけなのですね』

    「もしそのような人物がおるのであれば、おそらく、間違いあるまい」

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずき、続ける。

    「さらに言うと、リラクゼーションの場合と同様に、“念”が“霊媒体質”の度合いが高い方に移動することから、電話カウンセリングだけでなく、遠隔ヒーリングといった施術にもじゅうぶんな注意が必要であることは言うまでもない」

    『最近では、水泳の池江璃花子選手が“手かざし療法”を受けているようですが、あれも“念”の移動という理解でよろしいでしょうか?』

    「“手かざし療法”は、現代では、世界救世教の開祖、岡田茂吉のエネルギーワーク、そして岡田茂吉の後継者を名乗っている三派の“真光”教団が有名じゃが、あれは岡田茂吉が“霊能力”持ちだったから一定以上の効果があったわけであって、多くの人間にとっては“手かざし療法”は、“念”の移動に過ぎないといっても間違いではないじゃろうな」

    『なるほど。参考までに、岡田茂吉氏の鑑定結果を教えていただけますでしょうか?』

    「あいわかった」

    そう言い、陰陽師は鑑定結果を紙に書き記していく。

    岡田茂吉SS

    『やはり“霊能力”持ちなのですね。しかも、(±5)とかなり強力ですから、多くの命を救ったことでしょう。ただ、(±1〜3)ではないため、先祖供養や天命運とチャクラの正常化はできなかったようですね』

    「以前(※第24話参照)も説明したが、“霊能力”と一口に言ってもいろんな種類があり、彼の“霊能力”は病気治しに特化していたと言うことができよう。1961年(昭和33年)に国民健康保険法が改正され,国民皆保険体制が確立されるまでは、短期間で死に至る病ならまだしも、糖尿病や心臓病を患ったにもかかわらず、一命をとりとめ、その結果、ずるずると生き永らえてしまった場合、高額な医療費のために一族郎党が経済的に壊滅状態に追い込まれてしまうことも決してめずらしくはなかったのじゃ」

    『今では大多数の人々が健康保険制度を当たり前と思っていますが、当時の医療は現代の常識からは想像ができないくらい高額だったのですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずき、続ける。

    「実際に彼が救った命は相当な数に上るのじゃろうし、当時の彼がいくらくらいの謝礼を受け取っていたか定かではないものの、病院から請求される高額な治療費を支払えない貧しい信者からしてみれば、まさに命の恩人、崇めるべき教祖だったわけなのじゃよ」

    陰陽師の言葉に対し、青年はしばらく黙考した後、口を開く。

    『なるほど。彼自身は“17:天啓”の相を解消できずに大変な思いをしたかもしれませんが、それだけの偉業を成し遂げたのであれば、この世に未練はなさそうです。ちなみに、彼の魂は無事にあの世に戻っているのでしょうか?』

    「確認しよう。少し待ちなさい」

    青年の問いに陰陽師は短く答え、鑑定を始める。

    「うむ。たしかに、無事にあの世に戻っておるようじゃな」

    『それはよかったです』

    安堵の息をもらす青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「ところで、彼の鑑定結果を見て、他に気づいたことはないかの?」

    陰陽師にそう問われ、青年は食い入るように鑑定結果を眺める。
    しばらくして、青年は首を傾げながら自信なさげに口を開く。

    『精神疾患の項目に“13:読心・暴力衝動/諸事に支障(物)”しかないことが気になります。多くの人は“14:予知・口撃衝動/諸事に支障(人)”とセットだったような気がしますので』

    「いいところに気がついたの。この項目の数が極端に少ない場合、特に13しかない人物は、その項目の現れ方が激しくなる。たとえば、とある人物が“霊障”を100拾ったとして、13と14の項目が共にある人物の場合、わかりやすく説明すると、各々50ずつに相当する症状が顕在化する」

    そう言い、陰陽師は青年が話についてきているのを横目で確認し、続ける。

    「一方、霊障13しかない人物が“霊障”を100拾ったとすると、その全てが13に集中し、100に相当する症状が顕在化するため、非常に激しい荒れ方をするわけじゃ」

    『つまり、日頃とのギャップに周囲がドン引きするような変貌ぶりをする人などは、13だけを持っている可能性が高いわけですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから、再び口を開く。

    「加えて、岡田茂吉氏の場合、先祖霊の霊障と天命運の両方に“17:天啓”の相があり、チャクラの6番目と7番目が乱れておることからも、精神的にかなり不安定だったことが想定されよう。また、晩年の彼は信者から得た莫大な資金で、世界中の様々な美術品を買い集めることに執心しておったのも、そのあたりが作用しておったのじゃろうな」

    『ちなみに、それらの美術品は、実際に素晴らしいものだったのでしょうか?』

    おそるおそる問う青年に対し、陰陽師は小さく笑いながら首を左右に振る。

    「ワシは美術の専門家ではないから断定的なことは言えんが、熱海のモア美術館にある品々を見る限り、玉石混交の観は免れんと思うがな」

    陰陽師の言葉を聞き、青年は腕を組み、眉根をひそめて言う。

    『“17:天啓”の相とチャクラの乱れ(6・7)によって誤った方向に導かれ、その結果が精神疾患の13の“諸事に支障(物)”として顕在化したのでしょうね』

    「その可能性は決して低くはないようじゃな。それにじゃ。そもそも、何らかの“霊能力”を持っていたとしても、結局はそれを使う人間の心次第ということになる。霊能力者が自らの力を行使するにあたり、自分なりのしっかりとした世界観とか価値観を持っておらんと、“正義の剣”で悪を切ったつもりが、実はその正反対であったなどということも、じゅうぶん起こりうるわけじゃ」

    『なるほど。霊能力を持っていても、結局は、それを扱う人物次第ということなのですね』

    青年の言葉に小さくうなずいてみせ、陰陽師は続ける。

    「さよう。新興宗教のほとんどが、怪我や病気や犯罪がない、“地上天国”を理想として掲げておるが、この世が“地上天国”を希求するものではなく、“魂磨きの修行の場”であるとするならば、400回の人生において、今世の宿題としてあえて病気で苦しむことを選ぶ可能性だって、当然あるわけじゃから、そもそも、その能力があるからと言って、目の前の人物の病気や怪我を安易に治していいものかどうかという形而上的な問題も存在しているわけじゃ」

    『以前(※第25話参照)もご説明いただきましたが、池江選手が白血病になった原因がプロのスポーツ界における“排除命令”の一環だったとすると、彼女の病気を治し、水泳の選手として復帰させることは、この世の厳然たる“2−3−5−5…2”のルールの中に再び彼女を返してしまうという結果となるわけで、考え方によっては病気を治すことそのものが好ましくないことという考え方もできるわけですね』

    「そなたの言う通りじゃ。病にかかることや死を不幸だと思う人は多いと思うが、病気になることで体験できることもあるし、身近な人物の死から気づかされることもある。つまるところ、当人の魂磨きの修行にとって必要だから起きている場合だってあるわけじゃからの」

    『つまり、霊能力者たるもの、そこまで考えて己の能力を使うべきだとおっしゃるわけですね』

    「その通りじゃ」

    青年の言葉に頷きながら、陰陽師が言葉を続ける。

    「仮にワシがあの時彼女と知り合っていたとすれば、治療を始める前に彼女にこの世のルールについてよく説明し、たとえ白血病が治ったとしても、選手として復帰しないこと、とは言え、あれだけの才能の持ち主であるわけじゃから、指導者として後進を育てることが今世の宿題であることを事前に了解してもらった上で、治療に関わらせてもらっておったじゃろうな」

    『たしかに。いかに才能に恵まれていたとしても、2(4)-3-5-5・・・2でない以上、選手に復帰したらまた病が再発する可能性がありますし、仮に病が完治していたとしても、今度は麻薬に関する事件を起こし、別の形で排除命令が発動するかもしれませんからね』

    自分に言い聞かせるようにそう言い、青年は居住まいを正してから続ける。

    『また、現世利益的に何不自由なかった人物でも地縛霊化することがありえるということは、池江選手にとって、選手として復帰することばかりを目標にするのではなく、いかに最期に悔いなくあの世に還ることが重要だというわけですね』

    「簡単に言うと、そういうことになるの」

    青年の言葉に同意を示すように陰陽師はうなずき、口を開く。

    「池江選手を治療しておるという件(くだん)の霊能力者も、本来であれば、そこまでの大局的な視点を持って自らの能力を使ってもらいたいところじゃが、“霊能力”(±7)の件の“手かざし療法”にそこまでの要求をするのは酷と言うもんなのじゃろうし、そもそも、彼に“血脈先祖”の霊障を祓えと言うのも、無理な相談なのじゃろうしな」

    想定外のことを聞いた青年は、目を見張りながら陰陽師に問う。

    『池江選手自身は“唯物論者”である魂の属性が7の人物だったと記憶していますが、そのような人物にも“血脈”の先祖霊の霊障がかかるのでしょうか?』

    思いがけない言葉にちょっと目を大きくしている青年の問いに対して、陰陽師は小さく首肯し、続ける。

    「魂の属性7の人物の場合、魂が同一である“霊脈”の先祖霊はかからないものの、“血脈”の先祖霊がかかる可能性は当然のこととして想定できたのじゃが、困ったことに、令和になって以来、それ以前と比較して、“血脈”の先祖霊の霊障が顕在化し始めたようなのじゃ」

    『え、そうなのですか?』

    「それだけにとどまらず、最近の事例を見ている限り、魂の属性3の人間よりも魂7の人物の方が、霊脈の霊障がない分、より強く霊障を顕在化させるようになっているようなんじゃ」

    『なんと…。令和の時代に入って何らかの“パラダイムシフト”が起きたとお聞きしましたが、今まではさほど問題視されていなかった血脈の先祖霊(※第6話参照)が、魂の属性7の人間にまで影響を及ぼし始めたとは、想定外としか言いようがありません…』

    「“令和”についての問題は、話し出すと長くなってしまうので、また別の機会に話をするとしよう」

    陰陽師の言葉に青年はうなずいて見せ、再び口を開く。

    『ちなみに、気功師である僕も含め、霊能力が満たない人物が重病や精神疾患を持っている患者に施術を続けると、どうなってしまうのでしょうか?』

    恐る恐るそう問う青年に対し、陰陽師は笑みを消して口を開く。

    「“霊媒体質”のタイプによるが、体に入れてしまうタイプの人物の場合は、当然のこととして心身不調がひどくなり、長年そのような患者と関わり続けていると、最悪の場合、セラピスト自身が癌などの重篤な病気や精神障害にかかる可能性が考えられる」

    『そうなると、あるところからは信頼できる霊能力者に引き継ぐ必要があるのでしょうか』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく首を振って口を開く。

    「もちろん特に重篤な患者の場合は相談してもらうことも必要じゃろうが、必ずしも患者と距離を置く必要はない。そもそも、“霊障”は当人の弱っている部位の症状を増幅させるわけじゃから、そなたのような人間たちが、患者の弱っている部位を改善するという現代医学の最も不得意な分野を補完することは、とても有益なことじゃとワシは思う」

    『それを聞いて安心しました。誰が担当しようが、結果的に患者が元気になって天命を邁進してくれるのが僕の一番の願いなので、僕の気功が一人でも多くの方々のお役に立てるのであれば本望です。実際、先生のお力添えもあり、神事を受けてくださった僕の患者の回復は早いと感じています』

    青年の言葉に対し、微笑みながら相槌を打つ陰陽師を見、青年は続ける。

    『そして生きている人間以外にも、何年もあの世に戻れなくて苦しんでいる、地縛霊化している魂を一名でも多くお救いしたいと思いますし、それらの活動の結果、一人でも多くの方が霊障から解放されて本来歩むべき人生を歩んでもらえたらと思っています』

    青年の言葉に陰陽師は満足そうに微笑みながらうなずき、口を開く。

    「ちなみに、魂の属性3の人物に比べたら、魂の属性7の人物が受ける“霊障”の影響は少ないが、今日話した内容は、令和になって以来、魂の属性7の人物にもより頻繁に起こりうる問題だということをぜひ頭の片隅に留めておいてもらいたい」

    『ということは、魂の属性7の人物には“精神疾患”の項目が存在しないとしても、魂の属性3の人間と同じような症状が現れる可能性はあるというわけですね?』

    「いつも、人間とは“多面体”のようなものじゃと話していることからも明らかなように、たしかに、魂の属性7の人物の場合、魂の属性3の人間に比べて“霊障”による心身の不調が生じにくいとしても、その影響がまったくないということはない。ワシのクライアントを見ていても、特に令和に入ってから、その傾向が顕著なようじゃ」

    『なるほど。ということは、たとえ魂の属性7の人物であっても、霊障とは無縁ではないと』

    「もちろんじゃとも。先程の、“精神疾患”の項目が存在しないという話も、霊障を“主因”とした“精神疾患”がないというだけの話であって、魂の属性7の精神疾患患者が世にあふれていることはあらためて説明する必要もあるまい。そして、そのような意味で、霊障が仕事運などの本人を取り巻く環境に悪影響を及ぼしていることは、程度の差こそあれ、魂の属性3のケースと何ら変わりはない」

    『とは言え、彼らが見えない世界のことを迷信だと言って信じない分、その原因に気づきにくいわけですね』

    顔を引きつらせながらそう言う青年に対し、陰陽師は小さくうなずき、口を開く。

    「そなたの言う通りじゃろうな。“霊障”を非科学的だと断言するのは一向にかまわんが、であるのであれば、心霊スポットなぞに近寄らねばいいようなものじゃが、魂の属性7の人間の場合、魂の属性3の人間と違って“実感”という意味で霊障を感じることがまずないことから、興味本位で心霊スポットなぞに出かけ、知らぬ間にとんでもない霊障を拾うなどということも現実に起きておる」

    『魂3であっても魂7であっても、“霊障”を拾う時には拾ってしまうのだとすれば、日頃“免疫”がない分、そのあたりのことにはじゅうぶん気をつけないといけないのでしょうね』

    青年はそう言い、真剣な表情で何度もうなずいてから続ける。

    『とは言うものの、四つの“神事”はまだしも、日常的に拾ってしまう“念”に関しては、いつまでも先生の“お祓い”のお世話になるのは気が引けますが、どうしたらいいのでしょう。“霊障”の列ができてしまい、何度も繰り返し依頼している人もいるわけですし』

    「ワシもクライアントがいつまでも“霊障”で辛い思いをしていることに苦慮していたが、色々と検討を加えてみると、実はそうでもないようなんじゃ」

    『え、そうなのですか?』

    身を乗り出して問う青年を片手で制し、陰陽師は続ける。

    「もちろん個人差はあるものの、人間が生涯で拾える“霊障”の限界値は、大方、決まっているようなんじゃ。今は四六時中“お祓い”を依頼しているクライアントがいるとしても、“お祓い”を受け続けてその限界値を迎えれば、その人物が“霊障”によって被る被害が激減するのは間違いないことのようじゃ。もちろん、まったくなくなるということはないとしてもな」

    『なるほど。霊的な世界には、そんな決まりがあるのですね。たしかに、“霊媒体質”である我々は生きている限り“霊障”を拾うわけですが、長い目で見れば、今のうちにどんどん“霊障”を拾っては祓うを繰り返すほうがよいというわけですね』

    「端的に言うと、そういうことになるのじゃろうな。それ故、積極的にお祓いを受けることによって、“霊障”によって生じる辛い時間が減ってくれることを、ワシも切に願っておるわけじゃ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った

    帰路の途中、青年は過去の自分の不調を振り返り、陰陽師の言葉を反芻した。
    同時に、無闇にセラピーやセッションを行なったり、受けたりすることの危険性を痛感していた。
    今までの青年は、どうにもならない時に“お祓い”の依頼をしていたが、今後は自らが生涯で拾える“霊障”の量を早くクリアするため、何らかの不調を感じたら、我慢せずにその時に“お祓い”を依頼することを決意するのだった。

  • 新千夜一夜物語 第31話:東京都知事選2020と魂の属性②

    新千夜一夜物語 第31話:東京都知事選2020と魂の属性②

    青年は思議していた。

    国会のテレビ中継における、与党と野党のやり取りについてである。
    いずれの党も国民による選挙にて同じ条件で選ばれているはずだ。しかし、重箱の隅を突くような、さして重要とも思えない問題を責めてみたり、回答する与党側の言葉尻を捕らえてみたり、挙げ句の果てにはヤジや怒号が飛び交う時もある。

    ひょっとしたら、同じ国会議員であっても、与党と野党とで、魂の属性に違いがあるのだろうか。
    独りで考えても埒が開かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのであった。

    『先生、こんばんは。今日も政治家の魂の属性について教えていただけますでしょうか?』

    「前回に引き続き、政治の話じゃな。して、具体的にはどういったことを聞きたいのかな?」

    『大きく分けると、与党側の人物と野党側の人物の魂の属性の違いを教えていただきたいです』

    そう言い、青年は、野党側の人物が話の大筋に関する議論ではなく、言葉尻を捉えた批判ばかりしていることや、国会のテレビ中継で繰り広げられるやり取りについて自分なりの私見を述べた。
    青年の話に耳を傾けながら、東京都知事選2020の立候補者の鑑定結果の紙を並べていく。
    青年が並べられた鑑定結果をざっと眺めるのを横目に、陰陽師は紙に何かを書き記していく。

    「実は、与党、さらに言うと首相になれる人物の魂の属性はあらかじめほぼ決まっているのと同じ様に、野党に所属している衆議院議員の魂の属性もほぼ決まっておるのじゃよ」

    そう言い、陰陽師はメモに両者の特徴を書き上げた。

    ・与党側の多く、首相の魂の属性:1(4)ー1、2(4)ー3
    ・野党側の多くの議員の魂の属性:2(3)―3、2(7)ー4

    『なんと! プロのスポーツ・芸能・芸術の世界が“2−3−5−5…2”の魂の属性を持つ人物の独壇場であるのと同様、政治の世界でも魂の属性による法則性があったのですね!』

    前のめりになりながら、興奮気味にそう言う青年。そんな彼を陰陽師は片手で制しながら、口を開く。

    「“2−3−5−5…2”の厳然たるルールと違い、排除命令が出るわけではないのじゃが、多くの政治家を鑑定してみると、野党の政治家の大多数は、たとえ2-3であっても、転生回数が“数奇な運命”である230回代の魂3:武士階級あるいは、転生回数が第二期(240/270回代)の魂4:一般庶民階級と決まっているのじゃが、これらの人物は、国会議員にはなれるものの、覇権を取ることはほぼないに等しい、と言うことができる。実際、戦後、社会党から片山哲、村山富市という総理大臣が2人だけ誕生しているが、そのいずれも2(7)-4じゃ」

    陰陽師の説明を聞き、青年は納得顔で何度もうなずいてから口を開く。

    『魂1−1すなわち転生回数が第一期(300回代)の魂1:聖職者・王侯階級は階級の名の通り、国のトップに立つのにふさわしいと納得することができます。確か、安倍晋三も魂1−1だったと記憶しています』

    「政治家には様々な資質が求められるが、その中でも最も重要なのは、自分の意見を明確に相手に伝えるディベート能力じゃ。そのような意味では、芸能人のように転生回数が小山である240回代の魂3:武士・武将階級が適任なのじゃろうが、その中にはオールラウンダーである魂1−1の人物も入るのかもしれんな」

    『230回代の魂3:武士・武将階級の場合、国会議員になれる原動力は、政治という特殊な方面に向かう“数奇な運命”のなせる業ではあるものの、力量・才能という意味では、残念ながらトップまで上り詰めることはできないのですね』

    「国会議員の場合、世襲議員を除き、かつては本業があったわけで、その分野で突出した業績はあったのじゃろうが、首相になるという意味では、総合力に欠けているのかもしれんな」

    『なるほど』

    青年は、一つ頷いた後で、質問を続ける。

    『では、魂2-4の場合は、どうなのでしょう』

    「もちろん、選挙は選ぶ人がいて当選できるわけじゃから、魂2−4の場合は、現政権の大衆受けしやすい問題点/失政を代案なしに批判してみたり、多くの魂4が共感しやすい政策をベースにした公約を掲げることによって、それを頼りに一点突破を図る傾向が強いようじゃな」

    『たとえば、財源なき減税問題や、具体的な解決策のない環境問題とかですね』

    「後者の問題は少々高尚すぎるとしても、ともかく庶民である魂4の生活に直結したこまごまとした問題を、その時々のトレンドに合わせて持ち出してくることだけには、長けておるようじゃな」

    陰陽師の言葉を聞いて青年は腕を組んで小さく唸り、やがて口を開く。

    『批判は誰でもできますし、大局的見地に欠けた魂2−4が掲げる公約は、今回の都知事選をみていても、東京都が抱える問題のほんの一部分に対応しているとしても、全体からみたら些末な問題に終始しているような気がします』

    「その通りじゃな。仮に魂2−4の人物が東京都知事選に当選してしまい、彼なりの公約を実現したとしても、他に取り組むべきだった大きな問題は後回しになって取り返しがつかない状況に陥らないとはかぎらぬわけじゃからのう」

    『今回の立候補者でいうと、その典型は宇都宮健児と平塚正幸と押越清悦ということが言えそうですね』

    そう言い、青年は鑑定結果を手元に寄せて続ける。

    宇都宮健児SS

    『宇都宮健児の場合は、同じ2-4ではあっても、転生回数が“大山”の270回代で全体運も9であることから、日本弁護士連合会会長に就任できたのも納得することができます。ただ、そもそも頭が2ですし、大局的見地と仁が70点と、他の立候補者達に比べてかなり低いという理由からも、適任ではないと判断しました』

    「彼については、ワシも同感じゃな。魂2−4は学力が突出する特徴があることから高学歴、さらには難易度の極めて高い弁護士試験に合格することも可能なわけじゃが、持ち前の偏狭な正義感が相まって、弁護士資格取得後、社会派弁護士の道を歩む人物は少なくない。さらに、社会でそれなりの影響力を得た後、共産党や社会民主党、現在の両民主党の後押しを受け、政界に進出してくるパターンはめずらしいことではない」

    『なるほど。ということは、感情的な言動をしたり、しょうもないヤジを飛ばしたりする人物が野党に多い理由は、魂2−4の比率が多いからなのでしょうか』

    「もちろん、与党の議員の中にも15%くらいは魂2−4がいるわけじゃから、すべての事柄を“魂2−4”のせいにしてしまうのはどうかと思うが、大筋では、そなたの言う通りかもしれんな」

    『なるほど。少人数とは言え、与党の議員の中にも、魂2−4の人物はいるのですね。気をつけます』

    「で、彼の公約はどういったものなのかな?」

    陰陽師にそう問われ、青年は手早くスマートフォンを操作し、公約を読み上げた。

    『弱者の救済を中心とした、魂2−4らしい内容ですが、彼の公約の一部である、韓国関連の内容は、東京都知事の役割を越えている気がします。もしも、本当に慰安婦像を国会議事堂の前に設置するなら、それこそ税金の私的流用になるんじゃないかと思います』

    「それ以前の問題として、そもそも、外交は国政の役割じゃからのう」

    『つまり、都知事を目指す人物が公約で掲げる内容ではないのですね』

    そう言い、青年は唇をとがらせながら黙考する。しばらくした後、再び口を開く。

    『ちなみに、歴代の東京都知事で魂2−4の人物はいるのでしょうか?』

    「戦前まで遡って詳しく調べたわけではないが、戦後では、何をおいても美濃部吉じゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞き、青年はスマートフォンを操作して美濃部亮吉について調べ出す。
    青年が美濃部亮吉の政策について理解するのに時間がかかると判断したのか、陰陽師はいつもの笑みで語りかける。

    「1967年、社会党、共産党の公認を受け、東京都知事選挙に社会党・共産党推薦で立候補、自民党・民社党推薦の松下正寿立教大学総長、公明党推薦の阿部憲一渋沢海運社長を破り当選すると、3期12年も東京都のトップとして君臨、四選不出馬を表明した後は、その余勢を駆い、1980年(昭和55年)参議院議員選挙に出馬し、当選するわけじゃが、彼は基本的にマルクス経済学者であり、正に時代が生んだ政治家ということができるのじゃろう」

    『なるほど』

    「彼の父親である達吉は、天皇機関説で知られる憲法学者じゃし、彼自身も1938年(昭和13年)人民戦線事件で検挙され法大教授を辞任していることだけをみても、筋金入りの革新派ということができるわけじゃが、そんな彼の行なった老人医療費無料化、高齢住民の都営交通無料化などの無料化政策は一定の成果を上げたものの、無料化の弊害として能率の極端な低下を招いたり、東京都主催の公営競技廃止によって都の財源をなくしてみたり、“バラマキ福祉による都財政破綻”といった批判を受けたという側面も併せ持つ」

    「なるほど、老人医療費無料化、高齢住民の都営交通無料化などの無料化政策あたりは、いかにも魂2−4ぽい政策ですね」

    陰陽師の言葉を聞き、青年は宇都宮健児の公約を確認し直した後で、口を開く。

    『宇都宮健児の公約の中にも医療機関などへの補償や主に学校に関する無償化はありますし、“カジノ誘致計画は中止する”と掲げていることから、彼が当選したら、今後の東京都も美濃部亮吉が都知事だった時代と同じような状況になる可能性がありそうですね』

    「実際のところはその時になってみなければわからぬが、その可能性は低くないじゃろうな」

    『以前(※第13話参照)話題となりました、衆愚政治の扇動家である、転生回数が“大山”の270回代で魂4だったクレオンのようにならないことを願います』

    そう言い、青年は眉間に皺を寄せながら、別の鑑定結果を陰陽師の前に差し出す。

    平塚正幸SS

    『平塚正幸は“コロナはただの風邪”を選挙ポスターのキャッチフレーズに使い、ひんしゅくをかっているようです』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は微笑んだままだが、心なしか困った様子がにじみ出ている。

    『大局的見地が65点とかなり低いですし、天命運に“2:諸事万般”と“14:偶発的人的トラブル”の相があることと、第5チャクラが乱れていることから、そのような表現を用いてしまったのも納得できてしまいます』

    「彼にしてみれば、公約にもっと深い意図を込めていたのかもしれぬが、いかんせん言葉のチョイスが悪すぎるようじゃの」

    押越清悦SS

    『押越清悦の公約は、オリンピックと新型コロナと集団ストーカーの三つがメインで、短期間では重要かもしれませんが、長期的な内容ではないと言えます』

    「そうじゃな。次は、野党側に多くいる、魂2(3)―3の立候補者についてみていこうかの」

    陰陽師の言葉に青年はうなずいて見せ、鑑定結果を並べていく。

    市川浩司SS

    石井均SS

    『市川浩司と石井均は全体運が9で大局的見地と仁が共に80点で頭が1ですが、転生回数が“数奇な運命”の230回代のため、僕なりの推奨者リストからは除外しました』

    「政治という総合力が必要とされる仕事ではなく、本人が得意とする分野でなら大いに活躍できるのじゃろうから、今後の彼らなりの人生に期待というところじゃな」

    竹本秀介SS

    関口安弘SS

    後藤輝樹SS

    桜井誠SS

    牛尾和恵SS

    『次の竹本秀介と関口安弘は、全体運が9ですが、転生回数が“数奇な運命”である230回代であることと、大局的見地と仁の数字を踏まえ、除外しました。後藤輝樹と桜井誠は頭が1でしたが、全体運が8でしたし、牛尾和恵も全体運が8という理由で除外しました』

    そう言い、青年はスマートフォンと鑑定結果を再度見比べ、とある二人の鑑定結果を陰陽師の前に差し出す。

    沢しおんSS

    西本誠SS

    『この二人は今回の都知事選とは別で気になりました』

    「というと?」

    『沢しおんは職業が作家、西本誠はラッパー(歌手)でして、“2−3−5−5…2”のルールに抵触しているのではないかと』

    「“2−3−5−5…2”のルールだけでいえばそなたの言う通りじゃが、当人にとって何がメインの生業かということが問題となってくるわけじゃから、それだけでは確定的なことは言えんな」

    『そうでしたね。ちなみに、沢しおんは2018年から作品を二つ出版していますが、プランナーやディレクターをしているため、排除命令によって命を落とすことはなさそうです。また、西本誠も銀座のクラブでボーイをしているみたいなので、同様に大丈夫そうです。とは言え、天命運に“5:事故/事件”の相があるので、気をつけてもらいたいとは思いますが』

    「そなたの言う通りじゃな。して、他の魂の種類の候補者はいるかの?」

    陰陽師の問いに対し、青年は鑑定結果を一枚選別して卓上に出す。

    長沢育弘SS

    『長沢育弘は立候補者の中では唯一、転生回数が“大山”の170回代ですが、職業が薬剤師であることに納得できます。ただ、彼は出馬会見をしていない上に公式ウェブサイトもないことから、具体的には何の活動もしていないようです』

    「出馬した理由がいまいちわからぬし、そこまで真剣でないのであれば、引き続き薬剤師として活躍してもらえたら、とは思うがの」

    『そうですね。最後は魂の属性が“2−3−5−5…2”、スポーツ・芸術・芸能を生業にできる二人です』

    そう言い、青年は二枚の鑑定結果の紙を並べる。

    『服部修はJ-ROCKバンド“ZEPHYR”の元ドラム奏者で現在は音楽塾の代表で、山本太郎は元俳優と、魂の属性に適した職業に就いていました。また、全体運が9で転生回数が“小山”の240回代ですから、力量としては東京都知事に就任できる器だとは思います。ただ、大局的見地と仁の点数が高くないことと、頭が2なので、除外しました。政治家ではなく、むしろ本業で返り咲いていただけたらと思います』

    「そなたの言う通りじゃな。して、その二人の公約はどのような内容かの?」

    『服部修も立花孝志と同様、ホリエモンが掲げた“東京都への緊急提言37項”に沿っています。山本太郎は主に、オリンピック中止、都民に一律10万円給付など新型コロナウイルスで疲弊した都民生活の底上げ、都職員を三千人増員という内容です』

    「なるほど。前回も話したと思うが、魂の属性に限らず、立候補者が公約を実現できるかどうかを見極めることは重要じゃ。山本太郎のようにパフォーマンスが上手だったり、耳障りが良くて都民にとってメリットが大きいような公約を掲げて票を集めるのはかまわんが、それをどこまで実行できる力があるかが問題なわけじゃからな」

    陰陽師の言葉に対し、青年は無言で首肯する。そんな青年の様子を確認し、陰陽師は続ける。

    「さらに言うと、たとえ公約を実現できたとしても、それが偏狭な正義感から掲げられた内容で、東京都が抱えている大きな問題を改善するものでなければ、問題がさらに大きくなってしまう危険性があるのは、先程も話した通りじゃ」

    『そういう意味では、特に魂1〜3の人物には、面倒くさがらずに、公約や候補者が発する言葉の意図までよく吟味した上で、投票していただきたいと思います』

    「その通りじゃな」

    そう相槌を打ちながら、陰陽師はスマートフォンを見て時刻を確認する。

    「いつの間にか時間じゃ。気をつけて帰るのじゃぞ」

    『いつも遅い時間までありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げる。
    陰陽師はいつもの笑顔で手を振り、青年を見送る。

    帰路の途中、青年は自身ができることについて考えていた。
    主に、多くの立候補者が掲げている、弱者への補償についてである。
    同じ人間である以上、見捨てるようなことはしたくない。だが、政治が一部の人々の為だけに動いてしまったら、結局その他の人々を蔑ろにすることに繋がってしまうのではないか。
    転生回数が“数奇な運命”の230回代である自分が政治に携わるのは、望ましくないだろう。
    けれど、せめて自分の家族や手の届く範囲の人々が困っている時は、負担にならない範囲で可能な限り助けていこうと決意するのだった。

  • 新千夜一夜物語 第30話:東京都知事選2020と魂の属性①

    新千夜一夜物語 第30話:東京都知事選2020と魂の属性①

    青年は思議していた。

    2020年7月5日に控えた東京都知事選についてである。
    プロのスポーツ・芸能・芸術の世界を生業にできる魂の属性があるならば、政治家にも適した魂の属性があるのかもしれない。
    今回の東京都知事選の立候補者の魂の属性を鑑定することで、何かヒントを得られるかもしれない。

    そう思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。今日は政治家の魂の属性について教えていただいてもよろしいでしょうか?』

    「ほう、そなたが政治家とはめずらしい。して、誰か気になる人物がおるのかな?」

    『はい。東京都知事選の選挙が迫っています。そこで、立候補者の鑑定をお願いいたします』

    「そういえば、そろそろ選挙じゃったな。で、誰のことを知りたい。順に、名前を挙げていってくれるかの」

    陰陽師の言葉に青年は頷いて見せ、スマートフォンを見ながら立候補者の名前を挙げていく。
    陰陽師は青年が読み上げる名前に耳を傾けながら鑑定し、結果を紙に書き記していく。
    青年が真剣な表情で21枚に及ぶ鑑定結果をじっくり眺めているのを見守った後、陰陽師は再び口を開いた。

    「ところで、そなたの見立てでは、どの立候補者が適任と思うかな?」

    陰陽師にそう問われ、青年は居住まいを正した後、口を開く。

    『実際に当選するかどうかはともかくとして、僕なりの基準で上位5名を挙げるとするならば、

    1:小野泰輔(おの たいすけ)
    2:込山洋(こみやま ひろし)
    3:立花孝志(たちばな たかし)
    4:内藤久遠(ないとう ひさお)
    5:齊藤健一郎(さいとう けんいちろう)

    と、なるのではと考えています』

    「なるほど」

    青年の答えに陰陽師は微笑みながら小さく頷き、口を開く。

    「ちなみに、どういった判断基準でそう考えたのかの?」

    『実績や公約というよりも、あくまで鑑定結果をベースとしてですが、

    ・魂の種類が1〜3のいずれか
    ・全体運が9であること
    ・大局的見地と仁のスコアが高いこと
    ・頭が1であること

    という基準で選んでみました』

    「なるほど。では、その上位5名の解説に入る前に、大本命である前東京都知事の小池百合子の鑑定結果を見るとしよう」

    青年は小さくうなずき、小池百合子の鑑定結果の紙を陰陽師の前に差し出す。
    青年は、鑑定結果を再度眺めた後、口を開く。

    小池百合子SS

    『小池百合子は転生回数が“小山”である240回代の魂3:武士階級ですね。全体運が9で、先祖霊の霊障がなく、パフォーマンスが60%と低くないですし、防衛大臣を務めていたこともあり、東京都知事をやり遂げる素養はじゅうぶんにあったと思います』

    青年は一息つき、続ける。

    『ただし、頭が2で大局的見地と仁が共に70点とやや低いことから、僕の見立てによる上位5名からは除外しました』

    「なるほど」

    一つ頷いた後で、陰陽師がおもむろに口を開いた。

    「ところで、彼女について、他に気づいたことはあるかの?」

    陰陽師にそう問われ、青年はスマートフォンで小池百合子の過去を調べた後、口を開く。

    『政治とは関係ありませんが、彼女はエジプトに留学していた21歳の頃に、日本人留学生の男性と結婚し、離婚したとのことです。これは、恋愛運が7とやや低いことと、天命運に“8:異性”の相が出ていることが関係していると思われます』

    「それ以外にも、彼女の場合、2016年の都知事選に立候補する際、自民党を離党した後に自民党東京都連に推薦を依頼しておきながら、自ら取り下げてみたり、2000年には自由党分裂に際して小沢一派と決別してみたり、という過去がある。他にも日本新党、新進党、自由党、保守党、自由民主党と5つの政党に所属し、それ故、“政界渡り鳥”とも呼ばれておる側面もあるしの」

    『それは、人運が7とやや低いことと、天命運に“14:偶発的人的トラブル”の相があることから、人間関係が切れやすいと考えることもできるのでしょうか。2016年に都民ファーストの会の代表に就任し、せっかく“風”が吹いたにも関わらず、入党希望者の“選別”で味噌をつけた挙句、2017年東京都議会議員選挙が終わった直後に党の代表を辞任したという過去もあります』

    「いつも言うように、鑑定結果の数値だけでその人物の行動を一概にこうだとは言い切れぬが、彼女の場合、たしかにそのような側面があるのは否定できんじゃろうな。しかし、それとて、今世はそうやって人間関係を整理していくことで先に進むという課題が彼女に課せられていると考えるべきなのじゃろう」

    『なるほど』

    「彼女が大本命であるのはその通りじゃが、選挙は水物じゃ。よって、今回の都知事選も箱を開けてみるまではわからぬ。カイロ大学卒業に関する経歴詐称疑惑によって都民の印象は少なからず悪くなっておるじゃろうし、緊急事態宣言解除後の東京における新型コロナの感染者数がそれなり以上の勢いで再浮上してもおる。今後、感染者数三桁が選挙当日まで続くようなら、選挙戦に一定以上の影響をあたえるかもしれんな」

    『新型コロナによって番狂わせが起き、別の人物が当選しやすい状況にもなっているわけですね』

    「まあ、大勢は動かぬとは思うが、それでも影響がまったくないわけでもないじゃろうな」

    青年の言葉に陰陽師は小さくうなずいて見せ、続ける。

    「また、彼女は東京オリンピックが開催される時の東京都知事になりたがっていた説もあることから、来年の東京オリンピックの開催が確定されていない以上、東京都知事に固執する動機がなくなったという考え方もできなくはあるまい。今までの彼女の行動を見ていると、仮に今回の都知事選で彼女が当選したとしても、今年の秋に衆議院が解散することとなった場合、また自分に有利な風でも吹けば、衆議院議員選挙に出馬するために自ら都知事の椅子を投げ出す可能性すらなくはないじゃろう」

    『なんか、目的のためには手段を選ばない感じですね。そういった、自分優先のところが頭2らしいと言えるのかもしれませんが…』

    陰陽師は湯呑みの茶を飲んだ後、口を開く。

    「魂の属性からみた小池百合子に関しては、そんなところじゃな」

    『ありがとうございます。次は、小野泰輔(おの たいすけ)をお願いします』

    鑑定結果を眺め、青年は何度もうなずいた後に口を開く。

    小野泰輔SS

    『転生回数が“小山”である240回代で魂3:武士階級、全体運が9であることは小池百合子と同じですが、彼の場合、頭が1ですし、大局的見地が90で仁が80とかなり高いことから、一番適していると判断しました』

    「国会議員も含め、元々政治家は、2-4を唯一の例外として、240回代で魂3という属性を持っていることが基本なのじゃが、彼の場合、2008年に母校である東京大学のゼミの蒲島教授が熊本県知事へ出馬した際に選挙を手伝い、その時の優秀さを評価され、教授の推薦によって熊本県の政策調整参与に就任する。そして、2012年6月には当時全国最年少かつ熊本県政史上最年少の38歳で、熊本県副知事に起用されたという経緯がある」

    『そんなに若くから頭角を現していたわけですね。公務の経験もある若手(どちらかと言えば)ですし、将来性も考えれば今回の立候補者の中で最も適任と考えられます。ちなみに、熊本県副知事に就任した後、彼は“くまモン”の著作権を県が買い取り、利用許諾を受けた場合は無償で使用できるようにしたとのことです!』

    やや興奮気味に語る青年を片手で制し、陰陽師は口を開く。

    「政見放送などを見る限り、スピーチにはまだまだ頼りなさを感じるものの、彼は東京維新の会の支部だけでなく、日本維新の会の本部推薦も得ておるし、ワシの見立てでも将来的に国政でもそれなりのポジションに就けるポテンシャルがある男じゃ。できることであれば、このような男が東京都知事として腕を振るってくれれば、面白いのじゃが」

    『やはり、そうですか。ちなみに、彼の主要政策ですが、

    1:コロナ禍の困難を乗り切る
    2:コロナに負けず持続的に成長する“新しい東京”を創造する
    3:財政危機を乗り越えるための徹底した行財政改革
    4:誰もが安心・安全で心やすらかに暮らせる東京へ
    5:“身を切る改革”として自身の知事報酬・期末手当・退職金を一律50%カット

    となっており、政策も現実的だと思いました』

    「その通りじゃな。先ほども言った通り、コロナの問題がどう推移するか、そして、同じく今回のコロナ騒動で女性層を中心に一気に名を挙げた吉村洋文大阪府知事の応援演説によって、ひょっとしたら大番狂わせが起きるかもしれんからな」

    『次の込山洋(こみやま ひろし)ですが、魂2の人物ですね』

    そう言い、青年は鑑定結果を陰陽師の前に差し出し、続ける。

    込山洋SS

    『彼は全体運が9で、大局的見地と仁が共に80点と高い数字です。また、頭が1であることも踏まえ、二番目に適任と考えました』

    「彼は転生回数が230回代で“数奇な運命”に該当するが、どんな経歴を持っているのかな?」

    陰陽師の言葉に青年はうなずいて見せ、スマートフォンを操作して該当するウェブサイトを見つけると、口を開く。

    『2006年〜2014年にコンサルティング会社を経営し、主に営業や接客接遇、心理、うつ病対策などの顧客カウンセラー業務に従事。2015年4月から、渋谷ハチ公喫煙所の清掃活動を1年間継続、2019年5月からは新橋SL広場喫煙所でも清掃活動をしていたようで、立候補前は介護士でした』

    「なるほど、いかにも魂2:貴族階級(軍人・福祉)らしい経歴じゃな」

    『東京都知事選2016と2019年港区議会議員候補の際に、マック赤坂の付き人をしていましたが、今回はマック赤坂の後継者としてスマイル党の推薦を得て自ら出馬したとのことです』

    「で、公約はどういったものかの?」

    『22個ありますが、そのうちのメインの5個を抜粋しますと、

    1:ゴミ、たばこのポイ捨て、路上喫煙は罰金10万円、完全密室型喫煙所の設置
    2:介護離職率の減少、介護福祉士年収480万円、介護施設の増設
    3:動物殺処分の実質ゼロ、アニマルポリスの設置
    4:高齢者、障碍者支援拡充、都内全域のバリアフリー
    5:都知事・議員報酬半額、都職員の報酬見直し

    などがあり、いかにも魂2らしい、福祉向けの公約が多い印象です』

    「うむ。実務的な提案はしておるものの、選挙の公約としては今一つインパクトに欠けるきらいはあるが、たしかに、そのようじゃな」

    『次は、賛否両論ありそうな、立花孝志(たちばな たかし)ですね』

    青年は鑑定結果を陰陽師の前に差し出しつつ、続ける。

    立花孝志SS

    『NHKから国民を守る党の党首の頃から物議を醸し出していた彼ですが、メディアで取り上げられる一面とは裏腹に、鑑定結果では良い人の印象があります。転生回数が“小山”である240回代の魂3:武士階級ですし、全体運は9、大局的見地は80点、仁は75点と高い方で、意外や意外、頭が1なので3位としました』

    「前回(※第29話)も説明したように、人間は多面体であってメディアに映し出される彼の言動は意図的に切り取られた一部に過ぎん。ワシがみる限り、立花孝志は人格的にとてもしっかりした人物であり、人間としての力量もパワーも小池百合子より上といっても過言ではないくらいじゃ」

    鑑定結果を再度眺めた青年は、小さくつぶやく。

    『NHKの政見放送で“NHKをぶっ壊す!”と言ってしまったり、常人には理解できないような言動をとるのは、天命運に“17:天啓”の相によって天から降りてきた何かを、持ち前のパワーで実行してしまうところにあるのかもしれませんね』

    「その可能性もないことはないのじゃろうが、彼の場合、彼を応援してくれる人物が多くなかったことから、過去に楠木正成が山賊を集めてゲリラ戦を繰り広げたように、政治で言うところの浮動票、魂4の票をうまく集めたといえよう。反面、魂1〜3の人物からすると、寄せ集めの集団という印象があるのは否めないのは、そなたの言う通りじゃが」

    『なるほど。余談ですが、彼は8年間もパチプロで生計を立てていた時期があるようで、そういった意味では、金運が9というのも納得ですね』

    「せっかく、それなり以上の器をもって生まれてきておるんじゃ。そんなことで、運を使い切ってほしくないがな」

    『それもそうですね』

    そう言って小さく笑う陰陽師の言葉に小さく頷く青年を横目で見ながら、陰陽師が口を開く。

    「して、彼の公約はどういったものなんじゃ?」

    『今回の彼の公約ですが、ホリエモンが掲げた“東京都への緊急提言37項”をベースに、

    1:NHKをぶっ壊す!
    2:既得権益をぶっ壊す!
    3:コロナ自粛をぶっ壊す!
    4:森友事件で悪者にさせられている籠池夫妻を救います!
    5:検察権力の不正を許しません!

    となっています。NHKに対する方針は終始一貫しているようですね。検察権力の不正に関しては、闇が深そうですが』

    「その件については、話題が逸れてしまうから、また別の機会に話すとして、次の人物に話題を移すとしよう。ところで、次の人物は頭が2のようじゃが、そのような人物が何故四番手なのかな?」

    陰陽師の問いに青年は小さくうなずき、鑑定結果を差し出しながら口を開く。

    内藤久遠SS

    『たしかに、内藤久遠(ないとう ひさお)は頭が2ですが、日本の人口の中で7%しかいない魂1:聖職者・王侯階級であり、霊能力持ちではない(―9)であることから、公務員・政治家に適性があるだろうと判断しました。全体運は9ですし、大局的見地が75点、仁が80点と低くない数字であることも判断材料としました』

    「なるほど。ちなみに、330回代である“数奇な運命”に該当するような経歴はあるのかの?」

    陰陽師に問われ、青年はスマートフォンを手早く操作し、画面を見ながら口を開く。

    『彼は元陸上自衛官で、基本的に魂2が多くを占める自衛隊を経た後に政治家を志すのは、“数奇な運命”になるのではないかと』

    青年の言葉に陰陽師は小さくうなずき、口を開く。

    「で、彼の公約はどういった内容かな?」

    『“コロナは検査を増やす。オリンピックはIOC・JOCに従う”とし、

    1:命を大切にする都市
    2:環境先進都市
    3:防災都市
    4:食料自給率向上
    5:東京一極集中による都市の過密と地方の過疎の緩和

    の5本柱を掲げており、各々に具体的な案も提示しています』

    そう言い、青年はスマートフォンを陰陽師に渡す。陰陽師は微笑みながら画面を見つめ、やがて口を開く。

    「彼の任期中にその全てを実現できるとはとても思えぬが、長期的なビジョンをしっかりと掲げておるようという意味では、前の人物より、公約としてはインパクトは確かにあるようじゃな。しかし、ツールド関東甲信越の開催については、ちとわからぬが」

    『それは彼の趣味の延長なのかもしれませんね。魂3、パーソナルコンピューターの僕には魂1、スーパーコンピューターである彼の真意はわかりかねます』

    「いや。同類のワシでも、よくわからんぞ」

    「仮に、趣味の延長だとしても、たしかに、都知事選の公約にすべきことなのかという点では、たしかに問題ですよね」

    苦笑しながら両手を上げる青年を横目に、陰陽師は鑑定結果の紙を取り寄せる。

    覗き込むように鑑定結果を眺めた後、青年は口を開く。

    齊藤健一郎SS

    『齊藤健一郎(さいとう けんいちろう)は、大局的見地と仁が共に75点で、どちらも小池百合子より5点高いということを除き、ほとんど彼女の魂の属性が同じです。よって、5位は上記の二人と判断します』

    「彼が小池百合子と違う点は、“魂の性質・親近性”の下段の数字が3であることと、公務の経験がないことじゃな」

    陰陽師の解説に対し、青年はあごに手を当て、しばし黙考した後に口を開く。

    『たしか、下段の数字が1に近いほど裏表がない性格となり、9に近づけば近づくほど、腹に一物があったり、二枚舌であったり、性格が荒くなる傾向があるということだったと思います。つまり、小池百合子は下段の数字が1ですから、公約を有言実行する性質があり、齊藤健一郎は言動不一致が起きる可能性があるということでしょうか?』

    「“魂の性質・親近性”の下段の数字については、そなたの解釈もまったく見当外れではないが、ふたりの7(1)と7(3)の違いは後ろの5つの数字をみるかぎり、気性の粗さの違いと理解した方がいいじゃろうな。よって、小池百合子は4年前に掲げた公約をほぼ達成できなかったのに対して、齊藤健一郎の場合、時流や世論を考慮して柔軟に動きを変えられる可能性を秘めている、と考えることも可能なのじゃろう」

    『なるほど。魂の属性がどうであれ、実際の言動としてどのように現れるかは実に複雑なのですね。人間は多面体、ということをあらためて感じました』

    「ちなみに、彼の公約も立花孝志と同様、ホリエモンが掲げた“東京都への緊急提言37項”に沿ったものなのかの?」

    陰陽師の問われた青年は、手早くスマートフォンを操作し、口を開く。

    『そうですね。彼はホリエモンの提言をそのまま掲げています』

    そう言い、青年は他に見落としたことがないか、再度鑑定結果に目を通す。
    そんな青年の様子を微笑ましく眺めながら、陰陽師は口を開く。

    「そう言えば、今回の立候補者21名の中に、魂3:武将階級が一人もいなかったな」

    『そう言えば、そうですね。東京都知事としては、武将タイプの人物の方が向いているのでしょうか?』

    「東京がいくら首都と言えども、所詮は地方行政の選挙なわけじゃから、どうしても武将でなくてはならんというわけでもないのじゃが、“令和”という年号と、その帰結の一つである新型コロナウイルスによってパラダイムシフトが起きている昨今、世の中を変えようと立ち上がる武将が一人くらいはいるのではないかと思い、意外に感じただけじゃよ」

    そう言い、陰陽師は書類を一枚一枚手にとって見比べ、再び口を開く。

    「いずれにしても民主主義政治では、選ばれた立候補者は掲げた公約を実現できるかどうかが、評価の分かれ目となる。いくら耳障りが良く、都民にとってメリットが大きい公約を掲げたところで、それを実行できるかどうかじゃからな」

    『たしかに。今回の任期だけで判断するかぎり、小池百合子が公約を実現したとはなかなか言えないですからね…』

    「さらに言うと、仮に掲げた公約のいくつかを実現できたとしても、それらが偏狭な正義感から掲げられた公約で、東京都が抱える根本的な問題を改善するものでなければ、ほとんど意味はないしの」

    『たしかに、耳障りだけよくて、実は内容のないテーマを公約で掲げて票を集めるのは自由ですが、それが大多数の東京都民のためになるかどうかは別ですからね』

    青年は手元にあった鑑定結果を一まとめにし、陰陽師に手渡してから続ける。

    『僕も含め、多くの人にとって政治はわかりにくく、興味を持ちにくい分野ではあると思いますから、街頭パフォーマンスや身近な問題を公約に掲げる候補者に票が入るのは仕方がないとは思います。だからこそ、特に魂1〜3の人物には、面倒くさがらずに、公約や候補者が発する言葉の意図までよく吟味した上で、投票していただきたいと思います』

    「たしかに、そなたの言う通りじゃ。現在の選挙システムがベストかどうかはともかく、多数決が民主主義の基本である以上、一人でも多くの魂1~3が、たかが一票なぞと考えず、大局的見地に立った自分の一票を投じてくれることを願うだけじゃな」

    青年の言葉に対し、陰陽師は微笑みながらうなずく。そして、時計に目をやり、再び口を開いた。

    「もうこんな時間か。気をつけて帰るのじゃぞ」

    『今日も遅い時間までありがとうございました』

    そう言い終えると、青年は立ち上がり、深々と頭を下げる。
    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は現行の選挙システムについて思案していた。
    投票率の低さと、候補者を選ぶための啓蒙や教育を、なんとかできないものだろうか。
    しばらく小さく唸りながら歩いていたものの、都民の義務としての責任ある一票は投じるとしても、自分の天命は法律に関わるものではないことに気づき、自分がなすべきことに集中しようと気持ちを改めたのだった。

  • 新千夜一夜物語 第29話:インターネットと雑霊の脅威

    新千夜一夜物語 第29話:インターネットと雑霊の脅威

    青年は思議していた。

    今回は、SNSを介した誹謗中傷を苦に、自ら命を断ってしまった木村花についてである。
    もともとプロレスラーとして活躍していた彼女が、番組を盛り上げるためにそのキャラクターを買われ、テラスハウスという番組に出演していた。ところが、番組中のとある場面をきっかけとして、ツイッター上で誹謗中傷コメントの集中砲火を浴び、それを苦に自殺した。

    今回のように、加害者と被害者の間に面識がない関係、つまり赤の他人からの行為によって、彼女のような有名人が亡くなることは、かつての日本では稀な出来事であった。
    しかし、SNSというツールがこの世に存在する限り、こうした誹謗中傷による事件は今後も起こりえるに違いない。
    あるいはまた、彼女が命を断った背景には、霊障が絡んでいたのかもしれない。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのであった。

    『先生、こんばんは。本日は木村花とインターネットのコメントについて教えていただけませんか?』

    「ほう、それは少々変わったテーマじゃな。して、具体的にはどういった出来事があったのかの?」

    青年は木村花の人となりと、事件の経緯について説明した。陰陽師は指を小刻みに動かした後、青年に問いかけた。

    「ちなみに、そなたなりには木村花の鑑定結果に対し、どのような見立てを立てておるのかな?」

    突然の問いに、青年はかすかに黙考した後、答えた。

    『おそらく、彼女には先祖霊の霊障か天命運に“5:事故/事件”の相がある、あるいは魂の属性が3(9)−3で、スポーツ・芸能・芸術世界の厳然たるルールに抵触したのではないかと』

    青年の答えに対し、陰陽師は小さくうなずいてから紙に鑑定結果を書き記していく。鑑定結果を見た青年は、表情を曇らせながら口を開いた。

    木村花

    『やはり、木村花はスポーツ・芸能・芸術世界の厳然たるルールに抵触する属性でしたか…』

    「どうやら、そのようじゃな」

    小さく頷きながら、居住まいを正す青年に、陰陽師が問いかける。

    「質疑応答を始める前に、そなたの理解度の確認も兼ねて、魂の属性2−3−5−5…2に関するこの世のルールについて、今一度、そなたの口から説明してもらおうかの?」

    『はい』

    青年は、考えをまとめるように、一瞬黙り込んだ後で、口を開いた。

    『プロのスポーツ・芸能・芸術世界を生業にできる人物は、魂の属性が2(4)-3−5−5…2か2(7)−3−5−5…2、つまり輪廻転生の回数が240回代の“小山”か270回代の“大山”の魂3:武士・武将階級であり、基本的気質と具体的性格の上段の数字が共に“5”で、魂の特徴の最後の数字の上段の数字が“2”に該当します』

    そう言うと、青年は一息つき、陰陽師の補足がないことを確認した上で、ふたたび口を開く。

    『また2(4)はスポーツと芸能、2(7)は芸術全般に従事する人物となります。なお、一部の例外としてオネエやセクシー女優といった、個性を売りにしてデビューした人物、あるいは、功成り名遂げた後でヌードをさらす女優などは、2(3)−3−5−5…2という属性となりますが、こちらもルール上はセーフとなります。結論として、この世には、2(3)、2(4)、2(7)という差はあるものの、大きくいって2−3−5−5…2という魂の属性を持った人物だけがこれらの世界で働くことができるという、この世の厳然たるルールが存在しています』

    青年のここまでの説明に対し、陰陽師は小さくうなずいてから口を開く。

    「今回の木村花を含め、この世のルールに抵触してしまい、排除命令の対象となる人物の魂の属性については覚えておるかな?」

    『転生回数が190回代で運気が“大々山”である3(9)−3−5−5…2や、芸術関係に限定されますが転生回数の十の位が70回代で運気が“大山”である370回、1(7)−3−5−5…2があり、転生回数期が早すぎても遅すぎても排除されてしまいます』

    「あとひとつ、それ以外の条件も覚えておるかな?」

    陰陽師にそう問われ、青年はあごに手を当てて黙考した後、口を開く。

    『あとは、転生回数が第二期であっても、2(4)―3−7−7…2や2(4)―3−5−5…1といった、一部の数字が異なるだけでも排除の対象になってしまいます』

    「うむ。しかと勉強しているようじゃな」

    青年の回答に、にこやかに頷いた後で、陰陽師は言葉を続ける。

    「木村花の鑑定結果を鑑みるに、仮に彼女がプロレスに専念していたとしても、いつの日か排除命令によって何らかの事故に遭うか再起不能の大怪我を負って引退していた可能性が高かったわけじゃが、加えて、先祖霊と天命運に“5:一般・事件・自殺”の相があったことを伏線として、テラスハウスに出演したことが決定的な要因となり、排除命令が早まってしまったのじゃろう」

    『つまり、テレビ番組に出演することも2−3−5−5…2の領域ですから、ルール違反が二つになってしまったと?』

    「さよう。わかりやすく言うと、合わせ技一本というわけじゃな」

    陰陽師の回答を聞き、表情を曇らせて顔を伏せる青年。ふと、顔を上げて再び口を開いた。

    『確か、木村花の母親もプロレスラーでしたが、彼女は属性的に問題はなかったのでしょうか?』

    「鑑定しよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は指を小刻みに動かして鑑定を始める。
    青年は食い入るように結果を見つめ、やがて口を開いた。

    木村響子

    『なるほど。木村花の母である木村響子は、プロレスラーに適した属性だったのですね』

    青年の言葉に陰陽師は小さくうなずいて見せ、再び鑑定結果を書き記していく。

    「気になったからついでに鑑定してみたが、木村花は父親とソウルメイトだったようじゃな」

    木村花の実父

    『たしかに数字が似ていますが、魂の属性は血液型のように、両親の属性を受け継ぐものなのでしょうか?』

    「受け継ぐという言い方が適切であるかどうかはともかく、基本的にはそなたの言う通りじゃ。ただし、ソウルメイトの範囲は両親だけに限らず、祖父母、あるいは曽祖父母の14名となる」

    陰陽師の補足に対し、青年はうなずいて納得の意を示し、口を開く。

    『実父はインドネシア人で既に離婚しているとネットに書かれてありましたが、先祖霊の霊障と天命運に“8:異性”の相があるだけではなく、両親共々とも恋愛運が7と低いことから、そのあたりの事情は納得といったところですね』

    陰陽師が、黙って首を縦に振るのを確認した後で、青年は続ける。

    『木村花が母方の魂の属性を受け継いでいたら…とは思いますが、木村花も今世の役割を果たすのに適した属性と環境を選んで転生して来ているのでしょうから、そのような意味では、今回の件はしかたないと考えるしかないのですね』

    「彼女が地縛霊化していたことから、それは何とも言えんな」

    『えっ、そうなのですか。今世の彼女に、他の選択肢が残されていたのかもしれないとおっしゃるのですか』

    そう言い、腕を組んで眉間にシワをよせる青年に、陰陽師は問いかける。

    「今回の事件の発端としては、ネットによる誹謗中傷の影響も大きいということは理解しておるな?」

    『とおっしゃいますと?』

    「ワシの元に日々数え切れないほどの雑霊のお祓いの依頼が来ていることは、そなたも知ってのとおりじゃが、この雑霊、そして生きている人間の“念”というものは、実は、インターネットの周波数と非常に似通っておるんじゃ」

    陰陽師の説明に対し、青年は目を見開き、身を乗り出しながら問いかける。

    『ということは、木村花への誹謗中傷コメントを書き込んだ人間の念が、我々が想像している以上に、インターネット上のコメントを介して木村花を自殺に追い込む影響力を持っていたと?』

    怪訝な表情で問う青年に対し、陰陽師は小さくうなずいて口を開く。

    「ワシのクライアントの中でも霊媒体質のスコアが高い人物に対しては、インターネット、特にSNSの使用をなるべく控えるように言っておる。というのも、投稿者が負の感情をぶつけるような投稿をした場合、それを偶然読んでしまうことで、その投稿が当人に向けられたものでなくても負の感情を拾ってしまい、心身に不調が出ることがあるからじゃ」

    『僕も攻撃的な投稿をする人物の文章を読んだ際に、なんだか胸のあたりがモヤモヤすることがあるのですが、それもそうとは知らずにその人間の念を拾っていたのでしょうか?』

    「その可能性は極めて高いじゃろうな。以前(※第15話)も話したが、人間の念にはポジティヴ・ネガティヴの両面が存在することから、たとえ発信者が良かれと思って投稿している内容にも注意が必要なんじゃ」

    『あなたに幸せエネルギーを送ります、などといった投稿をよく見かけますが、実は、あれも念の一種なのですね』

    青年の言葉に陰陽師はうなずいて答え、口を開く。

    「そうした一見ポジティヴな念を拾い、一時的に気分がよくなった気になるかも知れんが、実は、それらは非常に危険な行為なんじゃ」

    『え、そうなのですか。しかし、なぜ?』

    「そのような行為は、ワシに言わせると、ある意味、覚せい剤を使用し、一時的に気分を高揚させているのと何ら変わりはない。さらに危険なのは、それらの行為に、麻薬同様、習慣性があることじゃ」

    『つまり、気分が落ち込んでいる時に、そうしたサイトにアクセスを繰り返すことで、本人にも気づかぬうちに習慣化してしまうと』

    「まあ、簡単に言うと、そういうことになるかの」

    青年の言葉に、小さく頷いた後で、陰陽師は言葉を続ける。

    「そのような行為を繰り返しいるうちに、ネットの世界が精神の安定に必要不可欠だと勘違いし、暇さえあればネットを使用するようになってしまう。そして、その結果、アクセスするたびに他人の念を拾うという悪循環に陥るわけじゃな」

    『なるほど。そのような過程を経て、本人も気づかぬうちに、ネット依存症になっていくわけですね』

    「もっと正確に言うと、万人にネットに依存するなと言っているわけではなく、そもそも、“幸せエネルギー”なぞという怪しげなものに反応してしまう魂の属性3の人間は、そのようなサイトに近づくべきでないと言っているわけじゃ」

    腕を組んで陰陽師の説明に思考を巡らせていた青年だったが、ふと顔を上げ、慌てた様子で口を開いた。

    『しかし、“アクセスするたびに”ということは、例えば、SNSのように双方向のやりとりを必要としない、ウェブサイトを訪問するだけでも、訪問者は影響を受けてしまうのでしょうか?』

    「そなたは、生き霊が相手のことを思い浮かべただけでその人物に飛んでいくことがあるのは理解しておろうな?」

    『はい。怒りや憎しみといった負の感情だけでなく、例えばアイドルに向けられる好きという気持ちといった、一見正(のようにみえる)の感情のようなものも、念/生き霊になり得ると理解しています』

    「うむ。そなたの言う通り正の感情は一見、無害のように思われるが、親から子への過干渉などの例をみればわかるように、受け取る側からすれば、よいものばかりとは限らないものなのじゃ」

    『モテすぎて困っている友人がいましたが、ストーカーも、行き過ぎた正の感情による念と考えると納得がいきます』

    そう言い、腕を組み直す青年を横目に、陰陽師は再び口を開く。

    「さらに、もう一つ危険なことは、ウェブサイトを訪問した時点で、相手の念が自由に行き来できる霊的な道(霊道)を自ら作ってしまうことなんじゃ」

    『なるほど。自分が認識するしないにかかわらず、そのような影響を受けてしまうとは…。いずれにしても、好奇心で怪しいウェブサイトにアクセスしない方がよさそうですね』

    顔を引きつらせながらそう言う青年に対し、陰陽師は大きくうなずいて続ける。

    「生きている人間の念/生き霊も含めてワシは雑霊の霊障と呼んでおるのじゃが、そなたのような霊媒体質である魂3の人物は、自身が想像している以上に心身が悪影響を受けていることをしかと頭に叩き込んでおくことじゃ」

    『かしこまりました。霊障の影響を受けない魂7の人々の方が圧倒的に多いため、世間では霊障に関する話題も“気のせい”と一蹴されてしまう風潮がありますが、魂の属性3の僕は魂の属性3の基準で生きようと思います』

    真剣な表情でそう言った後、青年は鑑定結果が書かれた紙を再び覗き込む。

    『木村花も魂の属性3ですから、やはり誹謗中傷コメントから影響を受けていたのですね…』

    そう言い、顔を伏せる青年をいつもの笑みで見守る陰陽師。少しして、陰陽師はふとした疑問をつぶやいた。

    「ちなみに、木村花への誹謗中傷はどういった内容かわかるかの?」

    『アカウントが削除されて今は確認できませんが、調べてみます』

    陰陽師の言葉に顔を上げた青年は、スマートフォンを手早く操作し始める。該当の内容を見つけると、青年はツイートを読み上げる。
    青年が読み上げたツイートを聞いた後、陰陽師は鑑定結果を紙に書き記していく。

    “お前がいなくなればみんな幸せなのにな。まじで早く消えてくれよ。”

    けんけん

    鑑定結果を見た青年は、小さくため息を漏らしながら口を開く。

    『頭が2で、魂の属性が2−4の人物でしたか。何となく予想はしていましたが…』

    「いつも言っているように、人間は複雑な要素が重なって構成された複合体なわけじゃから、頭が2で魂2−4の人物だからと一括りにしてはいかんぞ」

    陰陽師の言葉に対して青年は小さくうなずいて見せ、再び口を開く。

    『はい。この人物の場合、魂7ですから、自分が発した念がコメントを介してダイレクトに木村花に影響をあたえ、今回のような事件を起こす引き金になるとは思いもよらなかったでしょうね』

    「その通りじゃな。さらに、この人物の場合、“大局的見地”と“仁”のスコアが“30”と極端に低いことから、そもそも自分が発する言葉にしてもコメントにしても、相手がどのように受け取るかということを想像することも難しいのじゃろう」

    『なるほど』

    「で、他に気になるコメントはあるかの?」

    陰陽師の問いに青年は小さくうなずき、再びスマートフォンを操作する。
    青年が読み上げたコメントに対し、陰陽師は一つずつ鑑定結果を書き記していく。

    “「今後は」とか言わずに、今回の件で追跡できるなら徹底してリストアップした上で、なんらかの処罰やペナルティを課すことができないか検討してほしい。人が死んでいることを忘れずに対応してほしい。”

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    “誹謗中傷の画像を保存している人はたくさんいるはず。人が死んでいるんです。追い詰めた側には厳しくしてほしい。もちろん、このきっかけとなった番組側への徹底調査もお願いします。”

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    『この二つは特に反応が多かったコメントだったのですが、魂4と魂3であることが興味深いです』

    「たしかに、魂3の方のコメントは特定の立場の人物を責め立てるのではなく、公正な視点で原因を追求しようとしているのに対して、前者のコメントの場合は、二度と同じような事件が起きないためにどうすべきかというよりは、犯人を探し出し、罰するべきという偏狭な倫理観が先に来ているところが、魂4らしいと言えばそうかもしれんな」

    『先日お聞きしましたが(※第28話参照)、犯人を見つけて罰をあたえたらそれで終わりではなく、“罪を憎んで人を憎まず”ということわざにもあるように、今回の出来事から自分は何を感じたのか、何を学ぶのか、それらを糧としてどう生きていくのかといったことを考えることが重要なのですよね』

    「さよう。ワシが伝えたことをだいぶ理解してきているようじゃな」

    照れ隠しで無言のまま小さく頭を下げた後、青年は次のコメントを読み上げた。

    “たぶんプロレスラーとしての行動に対する誹謗中傷には普通に耐えられたのでしょうが、自身の内面やプライベートな部分に触れる非難はきつく刺さったのかもしれません。そういった意味で、テレビで自分を晒すという事の覚悟が少し足りなかったのかもしれませんね。”

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    『テラスハウスのようなリアルを謳った番組であっても、実際は台本が存在していると聞いています。木村花は悪役のプロレスラーというキャラクターを買われてあの番組に出たのでしょうから、素の自分を100%晒していたとは思えないのですが』

    「番組というのは視聴率が全てといっても過言ではないわけじゃから、出演者のバランスとして、あえてクセのある人物を選び、それらの人物に視聴者がよろこびそうな過激な出来事を意図的に起こさせることなぞは、じゅうぶんあり得るのじゃろうな」

    陰陽師の言葉に青年は大きくうなずいてから口を開く。

    『Twitterを見るかぎり、普段の木村花の性格は、プロレスや番組上とは違っている印象でした。やはり、自分が番組に選ばれた意図を理解し、ああいったキャラクターを演じていたのではないかと思います』

    「さらにじゃ。ああいった番組は、複数のカメラを設置し、回していることから、出演者個々人の24時間全ての言動を放映するわけではなく、そうやって映した膨大な映像の一部を、番組側の意図に沿った形で切り取り編集することで、視聴者の印象操作も行われていたわけじゃしな」

    『木村花としても、番組や視聴者のことを考えての振る舞いが、あそこまで叩かれるとは思いもしなかったでしょうし。制作者側の演出意図を理解してもらえなかったこと、素の自分が歪んだ形で解釈されてしまったことを考え合わせると、胸が痛むとしか言いようがありません』

    そう言ってうつむく青年を励ますように、陰陽師は優しい声色で語りかける。

    「芸能人といっても、しょせんは我々と同じ、血の通った人間じゃ。芸能や芸術が批判されることはあっても、人格まで誹謗中傷される必要はない」

    『そうですよね。テレビで放映された内容だけが木村花の人格ではありませんし、画面越しに彼女を見ている人物に彼女の素顔など絶対にわかるはずはありませんから』

    そう言い、青年は次のコメントを読み上げた。

    “インターネットで匿名で他人をコキ落とせる形ももちろん問題でしょうが、木村さんにも全く問題がなかったわけではないはず。インターネットでの批判は国民の総意ではなく、ごく一部の暇な自制心がない方の意見にすぎないことを自覚して、動揺しないことです。”

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    『このコメントを書き込んだ人物は、実際に自分が今回のような誹謗中傷のターゲットになったとしたら、こんな悠長なことを言っていられないと思います』

    「その通りじゃな」

    『自ら体験もしていないことを、上から目線、しかもしたり顔で語ってしまうところが頭が2の2−4らしいと思いますし、ダルビッシュ投手が有名人の誹謗中傷の比喩として用いた、“イナゴの大群が自分の周りを通過している写真”を見ながら、僕が有名人であったとしてもSNSを辞めたくなるだろうな、と思いました』

    「たしかに、そなたの言う通りじゃな」

    そう言って苦笑いする青年を横目に、陰陽師は笑みを浮かべながら小さくうなずく。やがて、青年は次のコメントを読み上げる。

    “中傷されていたことがわかっていたのに、番組も周囲も木村さんを助けようとしなかったのだろうか?悪いのは中傷していた人たちだが、誰も彼女が生きている時に救えなかったのだろうか。”

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    『有名人に対する誹謗中傷は日常茶飯事といっても過言ではありませんから、木村花は周囲にヘルプを求めにくかったかもしれませんし、仮に助けを求めても、“気にするな”の一言で片づけられてしまっていた可能性も高いように思います』

    「しかも、この投稿者の場合、魂7であることから、霊障の影響も含め、霊的な問題が介在していたとは夢にも思わんじゃろうからわからないのも無理はない」

    “こういう時信じるべき人はファンです!どんなに素晴らしい人でもアンチは必ずいます。顔の見えないネットからの誹謗中傷を鵜呑みにしないでください!“

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    「この人物のように、励ましの言葉をストレートに表現できる点は、魂4の強みでもあるのじゃろう」

    『頭が1で魂の性質が4、魂の特徴がオール1という少ない属性の人物ですね。しかもパフォーマンスが90%と高い! ある意味純真な4−4だからこそ、他者の視線に晒される有名人のアカウントにおいても、このような応援コメントを書けたのでしょうね』

    「さよう。いくら魂1〜3が論理ベースであるとは言え、感情がないわけでもないし、感情の一側面である情念なぞは魂3の専売特許であるわけじゃが、気分が落ち込んでしまった時には、こうした頭1の4-4の直球とも言える応援が落ち込んでいる当人にとって、一番の薬なのじゃろうな」

    『生前、木村花がこのようなメールに目を通していてくれれば、あるいは最悪の決断を思いとどまったのかもしれませんね』

    「その通りかもしれんな」

    小さく頷く陰陽師を見ながら、青年は言葉を続ける。

    『ところで、このコメントは、誹謗中傷コメントの次に投稿されていたのですが、人の感情は正よりも負の方が強いのか、木村花には誹謗中傷の念の方が強く残ってしまったのだと思います。SNS、特にTwitterは負の感情が込められた投稿の比率が他のSNSに比べて多い気がします』

    「ワシの場合、おぬしと違いそれほど多くのTwitterに目を通しているわけではないが、おぬしの言うように、負の投稿の方が圧倒的に多いことはたしかなようじゃし、誰が投稿したにせよ、Twitterという発信方法が、感情の捌け口として使用されている側面は否定できぬのかもしれんな」

    “コスチューム事件はどっちもどっちですが、自分は間違ってないと考えていた花さんにも問題はあると思うし、そこに対しての批判は別に良いと思う。ただ、人格否定や消えろといった誹謗中傷はよくないと思います。”

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    『この人物は頭が2の魂3ですか』

    属性表を覗き込みながら、青年が言葉を続ける。

    『たしかに、世の中には批判と誹謗中傷を混同している人は多いと思いますし、特定の事象を悪として規制や禁止の対象とすれば問題が解決するわけでもないと思うのですが』

    「たしかにそなたの言う通り、臭いものに蓋をすればいいという単純な問題ではないのじゃろう。世の中の大多数の人間が我々のようなものの見方をできない以上、決定的な解決策を探し出すのは、かなり難しいのじゃろうな」

    「たしかに」

    陰陽師の言葉に小さく頷く青年を眺めながら、陰陽師が訊ねた。

    「ところで、ここにあるコスチューム事件とはどういった内容なのかの?」

    陰陽師にそう問われ、青年は該当する記事をスマートフォンで見つけ、陰陽師に見せる。
    一通り記事に目を通した後、陰陽師は口を開いた。

    「なるほど。木村花にとっては、コスチュームは職業道具であり、かなりの金額を費やして作成したものなわけじゃな。そして、そんな大事なものを一般の洗濯物と一緒に出した木村花も不注意じゃったかもしれぬが、当該の男性の方も職業道具へのリスペクトが足りなかったわけじゃな」

    『それに対し、彼女は男性に対し暴言を吐いていましたが、ああいった言動も番組を盛り上げるための演技だったのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師はかすかに黙考し、口を開く。

    「半分本音で半分演技だったのじゃろうな。つまり、怒ったのは本当だったとしても、怒りの表現方法については、彼女がキャラクターを演じて過剰に行なったと思われる。そして、そこに魂4の偏狭な正義感が反応し、誹謗中傷をしたのじゃろう」

    『自分を中心にものを考えると、その時の映像を見ている時に感情が動くこともあるとしても、時間がたつにつれ、あれは番組の演出なんだと気づき、誹謗中傷コメントを残すまでにはならないと思うのですが』

    「それは頭が1で魂が3のおぬしだから言えることであって、参加意識が高い魂4の場合は、少々事情が違う。彼らの偏狭な正義感に火がつき、感情の赴くままにコメントを書くわけじゃから、誹謗中傷の方が多くなってしまうのは当然の帰結なのじゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞き、青年は苦渋の表情を浮かべて腕を組み、黙り込む。
    陰陽師はそんな青年を横目に、湯呑みの茶を飲む。
    やがて、青年は顔を挙げて陰陽師に声をかけた。

    『ふと思ったのですが』

    「うむ?」

    『インターネットがなかった時代は、政治家や芸能人の悪口や誹謗中傷は自宅や、居酒屋で酒を飲みながらするか、テレビ局などに直接電話するくらいがせいぜいだったものが、ネットを使い、掲示板やSNSにコメントができ、それが公開されるようになった結果、本人にまで直接届いてしまうようになったのですよね』

    「うむ。インターネットの存在によって庶民に発言権があたえられ、しかも参加意識が高い魂4がこぞって発言した結果、彼らの意見があたかも大多数の意見として捉えられるようになってしまい、彼らの偏狭な正義感に触れると事実がどうであれ、たちまち炎上し、拡散する困った風潮が定着してしまったことだけは間違いあるまい」

    『そして、炎上した出来事に関して、僕たちのような属性分析ができないマスコミもテレビ局も、紙媒体の新聞社も、ネットのコメントに気を遣わざるを得ない現状になりつつあると』

    「その通りじゃ」

    『さらに言うと、政治家もその例外ではなく、政治家の小粒化が起きている原因の一因も、参加意識が高く、偏狭な正義感を持った魂4のインターネットへの参加が原因なのだと(※第13話参照)』

    青年の補足に陰陽師は小さくうなずき、続ける。

    「庶民が自由に発信できるようになったといった問題だけでなく、庶民には関係ない情報まで自由に受信できるようになってしまった、という問題もあることを忘れてはならぬぞ」

    『そうでした。知識や知恵を共有するという意味では、インターネットには大きなメリットがあり、科学と技術の進歩に必要不可欠な反面、堅強な正義感が、時として暴走をする怖さというものをしっかり認識する必要があるわけですね』

    「それだけではなく、魂の属性3(霊媒体質)の人間にとって、そもそもSNS自体が危険であるという認識も忘れてはならぬ」

    『そうでした。人間の念、特に負の感情が蔓延するという意味でデメリットがあるとのお話でしたよね』

    「その通りじゃ。インターネットの周波数と雑霊のそれとが類似しているために、なおさら個人に対して念が届きやすくなるという危険性については、今回の木村花の事件でそなたもよくわかったことじゃろう」

    『はい。大量の誹謗中傷をネット上でのいじめと考えるなら、ネットを介して見知らぬ人物からのいじめによって、有名人が命を絶ってしまったことは大きな問題だと思います』

    青年の言葉に陰陽師はうなずいて見せ、再び口を開く。

    「とは言え、今回の事件が大きな問題を孕んでいるとしても、インターネット自体の恩恵をいまさら無視することもできんわけじゃし、インターネットなしの世界に戻ることなぞ、なおさら現実的な話ではない。故に、せめて魂4の“大局的見地を欠いた、偏狭な正義感”により先鋭化する意見に“染まる/同調する”ことなく、そなたも含めた魂1〜3の人物が、もっとネットに積極的に参加し、“公正な”意見・主張を繰り広げてほしいと願うばかりじゃ」

    『そうですね。インターネットのメリットとデメリットをよく理解したうえで活用していこうと思います。また、情報を集める時は信憑性や本質をよく吟味し、自分なりの意見をしっかり主張していこうと思います』

    「その意気じゃ。参加意識が高い魂4のコメントだけを拾われて、それが国民の総意にされてしまわないように、ぜひ頑張ってほしい。それともう一つ」

    黙って続きを待つ青年と視線を合わせ、陰陽師は続ける。

    「インターネットを使用していて心身の不調を感じたら、他者の念/雑霊のお祓いを依頼することも忘れぬようにの」

    『はい。何か不調を感じたら、我慢せずに依頼します』

    青年は力強い眼差しで大きく頷く。そんな青年の様子に満足したのか、陰陽師はいつもの笑みをたたえてうなずく。
    陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んだ後、時計を見て口を開いた。

    「そろそろ時間のようじゃな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    『今日もありがとうございました。また、よろしくお願いします』

    そう言い、青年は立ち上がって深々と頭を下げる。
    陰陽師はいつもの笑みで小さく手を振り、青年を見送る。

    帰路の途中、青年はアトピー性皮膚疾患に悩んでいた過去を思い出していた。
    現在はほぼ完治しているが、当時はムシャクシャした時に、いけないとわかっていながらも肌を掻きむしってしまい、症状を悪化させていた。あの行動は、他者の念/雑霊の影響によって“15”の症状が顕在化していたのだろう。

    雑霊による精神疾患

    ほとんどの現代人にとって、SNSを使わない日はないと言っても過言ではない。だからこそ、心身の不調を感じた時は“気のせい”、“すぐに治まる”と思わず、陰陽師に雑霊のお祓いを依頼しようと、青年は決意を新たにするのだった。

     

     

     

     

    帰宅後、どうしても確認したいことがあり、青年は陰陽師に電話をかけた。

    「どうした、こんな時間に。何かあったかの?」

    『いえ、そうではないのですが、地縛霊化している木村花の魂は、母親である木村響子や他の誰かが救霊の神事をしない限り、ずっとこの世に留まることになるのですよね?』

    「正確には、彼女に子孫がいないことから、しばらく時が経った後に親族の中で魂の属性3の人物にかかることになる。もっとも、彼女にかかられた親族が、彼女の魂を救霊できる霊能力者(±1〜3)と出会えなければずっと地縛霊化したままじゃが」

    両者の間に沈黙が流れる。
    やがて、意を決した青年は真剣な表情で口を開く。

    『木村花は僕にとっては赤の他人ですが、そんな僕が彼女の救霊神事の依頼することは可能なのでしょうか?』

    青年が取る選択を予想していたのか、いつもと変わらぬ陰陽師の声が返ってきた。

    「もちろんじゃとも。というより、そなたならそう言うと思い、今し方神事をしておいたところじゃ」

    呆気にとられ、しばらく言葉を失う青年。そんな青年の様子がおかしかったのか、受話器越しに陰陽師が小さく笑っているのが聞こえる。

    『先生には敵いませんね』

    小さくため息をつきながら、青年はそうつぶやく。

    「まあ、ワシの人生にもいろいろあったからのお」

    そう言い、さわやかな笑い声を上げる陰陽師に対し、青年は無言で頭を下げて答える。

    「あとはどうじゃ。まだ他に聞きたいことはあるかの?」

    『いえ、大丈夫です。遅い時間にありがとうございました』

    「どういたしまして。おやすみ」

    その言葉を最後に、電話は切れた。

  • 新千夜一夜物語 第28話:大量殺人事件と不動明王(後編)

    新千夜一夜物語 第28話:大量殺人事件と不動明王(後編)

    青年は思議していた。

    相模原施設殺傷事件の加害者である植松聖の、“意思疎通が十分にできない障碍者には人権がない”という主張についてである。
    事故などで後天的に障碍者となってしまう人物もいるが、生まれながらの障碍者がいる。
    障碍者と健常者とで、命の重さや今生の課題は異なるのだろうか?
    なぜ大量殺人事件が、起きるのだろうか?

    一人で考えても埒が開かないと思い、再び青年は陰陽師の元を訪れた。

    『先生、こんばんは。本日も大量殺人事件について教えていただけませんか?』

    「もちろんかまわんが、今日は具体的にはどういった話かな?」

    青年は、相模原施設殺傷事件の内容と植松被告の主張を陰陽師に伝える。

    「なるほど。で、そなたは植松被告の“意思疎通が十分にできない障碍者には人権がない”という主張に対して、どう思う?」

    陰陽師にそう問われ、青年は腕を組んで黙考する。
    湯呑みに注がれた茶を飲む陰陽師に見守られ、やがて青年は口を開いた。

    『難しいテーマですが、もちろん、彼の主張に全面的に賛成することはできません。我々は魂磨きのために400回の輪廻転生を繰り返しているわけですから、障碍者であっても1回の人生には変わりはないと考えますので』

    「うむ。今生の魂磨きのために彼らが障碍のある体を選んであえて転生してきている以上、障碍者の命の重みと健常者のそれが等しいことは自明の理なわけじゃから、そなたの見解は基本的に間違っておらぬと思うぞ」

    『とすれば、まだまだ天命が残っていたのでしょうから、植松被告の手にかけられた方々には同情してしまいます』

    そう言って顔を伏せる青年に対し、陰陽師は諭すように言う。

    「そなたの気持ちはわからんでもないが、その点に関しては、かならずしもそなたに同意できん。と言うのも、以前も話したように、3.11の被災者の大多数があのような大災害で命を落としたにもかかわらず、あらかじめそれを納得した上でこの世に転生してきておることは、地縛霊化した人物がまったくと言っていいほどいないことからも明らかなんじゃが、今回の事件でも地縛霊化した人物は誰一人おらんところをみると、事情は同じなのじゃろう」

    陰陽師の言葉に対し、青年は腕を組み、眉間にシワを寄せながら口を開く。

    『つまり、あの大量殺人事件が起こるべくして起きたと?』

    「うむ、様々な状況証拠からみて、そういうことになるじゃろうな」

    『ということは、植松被告のように、加害者役を担うことが今世の役目となる人物もいるということなのですね?』

    「その通りじゃ」

    『 “この世”は魂磨きのための修行の場ですから、“地上天国”が実現しない、実現することに意味はないとわかっていても、凶悪犯罪が減ってくれたらと願わずにはいられません』

    苦渋の表情で言う青年に対し、陰陽師は微笑みながら口を開く。

    「以前(※第10話参照)、400回の輪廻転生が終わった後の世界について説明したが、この世での魂磨きの修行を終えた魂には、観音のように他者を助け、導く役割を持つ存在がいる一方、不動明王のように他者を懲らしめる役割を持つ存在もいる。それ故、たとえこの世の物差しでは悪と判断される事件を起こしたとしても、永遠の世では必要な役割というのが、我々人間の“思議”で考えうる最良の答えかもしれん」

    陰陽師は湯呑みの茶を一口飲むと、言葉を続けた。

    「“罪を憎んで人を憎まず”という言葉があるが、あれなどはこのあたりの事情を実にうまく表現していると思う。もし我々が彼と同じ魂を持ってこの世に転生したとして、他人には理解できない“使命感”みたいなものが我々を包み込み、あのような犯罪に走らせる可能性は決して否定できぬからな」

    『ということは、彼が受けた教育や、これまでの体験からの学びだけであのような行動を取ったわけではないと』

    「それだけではない。もし我々の意思や行動が自分自身の意志だけではなく、この世の目に見えぬ力に触発される性質のものであるとすれば、あのような行動をとった本人自身も、なぜあのような行動に及んだのか、本当の理由は理解していないのかしれんからな」

    『なるほど』

    禅問答の様な陰陽師の言葉をしばし自分の中で咀嚼するように口をつぐんでいた青年。やがて、顔を上げると、口を開いた。

    『仮に、今回の事件が、植松被告本人の側から考えてそうだとして、このような悲惨な事件が、周りの人々に何らかの学びを与えるきっかけにもなる可能性もあるのでしょうか?』

    「もちろんじゃとも」

    青年の質問に、一つ頷いた後で、陰陽師が言葉を続けた。

    「まず、彼の家族じゃが、彼がこのような事件を犯したことで、大きな変化を余儀なくされる。そのあたりが彼を中心とした一連の人々が共通の舞台俳優であるという根拠ともなっているわけじゃが」

    『なるほど』

    「逆に被害にあった人々を中心に考えると、輪廻転生が“双六(すごろく)”のようなものであることと、また被害者の方々が地縛霊化していないことも考え合わせると、今世での宿題を終えた人間はいち早くあの世に戻り、次の一コマに進むための準備を始めるという“あの世とこの世の仕組み”に類する問題が介在していたことも疑う余地はないと思う」

    『つまり、殺された方々は、すでに今世の宿題を終え、適正な期間にあの世に帰るために、あの事件に遭遇したと』

    「そこまではっきりと断定できないとしても、処々の状況を考え合わせるかぎり、その可能性は極めて高いじゃろうな」

    『なるほど。捉え方によっては、植松被告のおかげで次のステップに進めた、と言うこともできるのですね。そのあたりの話になると、正に“不可思議”の世界の話です』

    青年の言葉に大きく頷きながら、陰陽師が続けた。

    「さらに言えば、犠牲者になった家族も今回の“悲劇”に登場する舞台俳優たちで、彼らは彼らで、この悲惨な事件を通して間違いなく何かを学んでいるはずじゃ」

    『そう言われてみれば、たしかに』

    青年は小さく唸りながら、首を縦に振った。そして、物思いにふけるように、青年はしばらく黙ったままでいた。
    やがて、青年は感慨深げに言った。

    『いずれにしても、あの悲惨な事件には、これほど多くの人たちが関わっているわけですね』

    「さよう。さらに、この事件に遭遇した我々のような傍観者の存在まで当事者に含めるのであれば、加害者の行動に感情的な判断を下すだけではなく、今回の事件から自分は何を感じたのか、何を学ぶのか、それらを糧としてどう生きていくのかといったことを考えてみることが肝要だとワシは思う」

    『おっしゃる通りだと思います。僕などはまだまだ世間の倫理規範に基づいて物事を判断し、物事を善悪で判断してしまいがちですが、そうではなく、もう少し大きな視野で物事の本質を見極め、それを自分の人生に活かすことが大事なのですね』

    「我々は、聖人君主ではない。じゃから、時には過ちを犯すこともあるじゃろう。そんなとき、一つの指針となると思われるのが“脱社会”的な生き方なのじゃ」

    『“脱社会”的な生き方、それはどのような生き方なのでしょう?』

    そう訊ねる青年に、陰陽師は説明を続ける。

    「前にも説明したと思うが、社会的責任、愛する家族までを捨てて世捨人となることを勧めたブッダの教えは、決して“社会の規範”に則ったものではなかった。しかし、彼は決して、“反社会”的になることを説いたのではなく、“社会の規範”を超越した“脱社会”的存在になることを目指せと説いたわけじゃが、この“脱社会”的な生き方こそが、時には偏狭となる“社会の規範”を超越し、常に第三者的なものの見方、大局的なものの見方を持って生きる指針、つまり“如実知見”になるわけじゃ。そして、そのような生き方こそが、結果として、“修行の場”であるこの世での正しい生き方となることじゃろう」

    『自らの宿題を果たすためにも、“反社会”的になるのではなく“脱社会”的になることを目指せ、ということですね、よくわかりました』

    そう言う青年に対し、陰陽師は満足そうに微笑みながらうなずく。
    ふと、青年はスマートフォンで現在時刻を確認する。

    『今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送る。

    帰路の途中、青年は過去の人生を振り返っていた。ふと蘇る思い出に対し、善悪の判断や感情的な反応をするのではなく、なぜあの出来事が起きたのか、あの出来事が自分の人生にどのような影響を及ぼしたのかといった、大局的見地でもって振り返ることができた。
    そして、これから起こる日々の出来事に対し、冷静に観察して不動心で対応しようと決意を新たにするのだった。

     

     

     

     

     

     

     

    帰宅後、青年の電話に陰陽師からの着信があった。

    「まだ起きておったか?」

    『はい。何かありましたか?』

    「こんな時間に電話をかけて悪いとは思ったが、植松被告の主張に対して、どうしても補足をしておきたいことがあって連絡をさせてもらった」

    そこでいったん言葉を切った陰陽師が、青年におもむろに訊ねかけた。

    「ところで、そなたは“楢山節考”という小説・映画について、何か知っておるかな?」

    思いがけぬ質問に戸惑いながら、青年はとっさに断片的な記憶を拾い集め、口を開く。

    『実際の映画はまだ観たことはありませんが、たしか、食料が不足していた昔の日本において、口減らしのために高齢者を真冬の山に捨てに行く話だったかと』

    「そなたの記憶に若干の補足をしておくと、舞台となる東北地方の山村では70歳になった老人を鳥葬する山へ息子が背負って捨てに行くという因習があった。で、主人公は母親のことを想い、少しでも母親を捨てに行く日を遅らせようとするのじゃが、曾孫が産まれることを契機として、母親は家計のことを考え、丈夫だった歯を自ら折って食べ物を食べられない状態にしてしまう。つまり、そうすることによって抵抗する息子に決断を迫ったわけじゃ」

    『なるほど。なんだか、胸が痛む話です』

    「主人公の母子に関してはこのような感動的な筋立て話が進む一方で、主人公は母親を置いて下山する途中、一組の親子を見かけることになる」

    『下山する途中ということは、母親を山の中に置き去りにして戻る途中ということですよね?』

    「さよう。主人公が帰り道に遭遇したもう一組の親子は、村一番のケチという設定で、父親は70歳を過ぎても“楢山まいり”を拒否しており、最期は実の息子に無理やり連れられ、谷へ突き落とされてしまう」

    『なるほど。究極の親子関係が如実に現れるストーリーなのですね・・・』

    「“楢山節考”は棄老伝説をベースにしていることから、そのどこまでが真実だったかは定かではないものの、そのような民話が残されている以上、似た様な慣習が長期間に渡り存在していたことだけは間違いない事実であるし、これらの伝承の本質は、全体が生き残るために、時には脆弱な一部を切り捨ててきたという厳然としたルールが存在していたというところにある」

    『たしかに、動物の世界でも、たとえ、かたわでなかったとしても、脆弱な生まれの個体は、格好の標的とされてしまうのでしょうし』

    「この全体と個という問題は、今回の新型コロナ騒ぎであらためてクローズアップされた人類普遍の問題なのじゃが、より多くの者が生き延びるために、個人の生命や権利をどう考えるべきなのかという、まさに哲学的な命題を含んだ大問題なのじゃよ」

    『つまり、健常者でもまともに生きられない場合に、非健常者をどう扱うべきかという話ですね』

    「さよう。それがいいことか悪いことかはともかく、戦前までは、奇形児は生まれた瞬間に殺されていたわけじゃし、攻撃性のある精神障碍者は、座敷の奥に閉じ込めたりしていたという事実もある。さらに言えば、貧しい家では、生まれたばかりの赤子を密かに間引いていたという話も残っているくらいじゃからの」

    『なるほど、ほんの少し前までは、そんなことが横行していたのですね』

    「それだけではない。1961(昭和33年)年に国民健康保険法が改正され,国民皆保険体制が確立されるまでは、短期間で死に至る病ならまだしも、糖尿病や心臓病などで一命をとりとめ、ずるずると生き永らえてしまった場合、高額な医療費のために一族が潰れてしまうことも決してめずらしいことではなかったんじゃ」

    『今では健康保険制度を当たり前と思っていますが、当時の医療は現代の常識からは想像ができないくらい高額だったわけですね』

    青年は、電話越しに一つ頷いた後で、言葉を続ける。

    『どこで読んだ記事かは忘れてしまいましたが、植松被告は“保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の抜けた瞳。障碍者は車椅子に一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくない”と言っていたようなのですが、“介護施設は姥捨山”と言われる所以も、今のお話を聞いているとよくわかる気がします。たとえ偏狭な常識だったとしても、彼からすれば、車椅子に一生縛られている障碍者の“存在理由”がおそらく理解できなかったというか、看破できなかったのだと思います』

    「たしかに処々の事情も踏まえるかぎり、植松被告の主張は、正しいとまでは言わんが間違っているとも言い切れない側面があることも、また事実じゃろう」

    『ということは、時代が違えば彼の主張は正論にもなり得たのでしょうか?』

    「たとえば、今回の新型コロナウィルスで全人類の半数近くが死に絶えるようなことでも起これば、あるいはそうなるかも知れんな」

    『つまり、そのような非常事態の中では、人類が築き上げてきた“倫理規範”よりも、自然界における“弱肉強食”のような理論が先に立ってしまうと』

    「まあ、そういうことじゃな」

    一瞬の沈黙ののち、ふたたび、電話口から陰陽師の声が響いた。

    「ところで、そなたは植松被告が法廷で“最後にひとつだけ”と言ったことを知っておるかな?」

    『はい。ただ、裁判長に認められず、発言できなかったと理解していますが』

    「ネットの記事によると、あの時発言したかった最後の一言は、“大麻の合法化“だった、と裁判後、留置場を訪れた新聞記者に彼が語ったそうじゃ」

    『そう言えば、彼は検査で大麻の陽性反応が出ていたものの、そのために刑事責任を問えない心理状態ではなかった、という報道をどこかで読んだ記憶があります』

    そこでいったん言葉を切った青年は、あらためて陰陽師に問いかけた。

    『ところで先生は、大麻に対してどういう意見をお持ちですか?』

    「と言うと?」

    『僕としては、ネガティヴなイメージが多い大麻ですが、用途を見る限りメリットも多い気がしているのですが』

    「もちろん、危険性が高いLSDのような人工ドラッグとは区別することが前提となるが、大麻に関しては、すでに多くの国で医療用の使用が認められておるし、オランダのように嗜好用として認められている国さえあることを考え合わせると、彼の主張は単に時代がちと早すぎただけと言えなくもないじゃろうな」

    しばらく逡巡した後、青年は口を開いた。

    『そう言えば、彼は頭が1で“枝番”も1で、さらに大局的見地が90と高いことから、単純に悪や誤りとは言い切れない主張ではないかと思います。大麻は、神道における神事の重要なアイテムであったと同時に、昔の日本人の生活と関わりがあった植物と聞いたこともあります。そのような経緯からも、彼の主張はあながち間違っていないのではないかと』

    「現在、アメリカでも、アラスカ州、ワシントン州、オレゴン州、コロラド州、メイン州、カリフォルニア州、マサチューセッツ州、ネバダ州、バーモント州、ミシガン州、イリノイ州の11州が嗜好品として、40州以上がマリファナを医療で使用することを認めておるわけじゃから、ひょっとしたら、今回あらためてその有害性がクローズアップされたタバコの代わりに、想像より早く、日本で合法化されるかもしれんな。また、日々現出する、無差別殺人、大量殺戮など一見凄惨な犯罪も、そのような犯罪が存在することで我々が様々な学びが可能となる理由から、そのような犯罪者の身に罪を負わせて一件落着という“現行の法律”が再考される時期が、いつかは来るはずじゃ」

    『なるほど。彼は死刑になっても悔いはないと言っていますから、長期的に見て後の時代のスタンダードになることを見越して、自らの命をかけて社会に問いかけたという見方もできるわけですね』

    「さよう。その時々の価値観を無視するわけにはいかぬとしても、そうした価値観に捉われることなく、日常の出来事とそれらが人類全体に及ぼす影響について、観察できるようにそなたも修行することじゃ」

    『かしこまりました。日々、精進します』

    「その意気じゃ。夜分遅くにすまなかったの」

    その言葉を最後に、電話は切れた。

  • 新千夜一夜物語 第27話:大量殺人事件と不動明王(前編)

    新千夜一夜物語 第27話:大量殺人事件と不動明王(前編)

    青年は思議していた。

    相模原施設殺傷事件の加害者である、植松聖に死刑判決が下された報道についてである。
    この事件は、第二次世界大戦後、最大の大量殺人事件(19名が死亡、26名が重軽症)と言われている。
    植松被告は殺害する相手を選んでいたことから、2018年東海道新幹線殺傷事件(※第19話参照)のような無差別殺傷とは異なり、何らかの意図があって犯行に及んだように青年には感じられた。
    両者の違いは何なのか。何にせよ、彼にも霊障があるに違いない。

    そう思い、青年は陰陽師の元を訪れた。

    『先生、こんばんは。本日は大量殺人事件について教えていただけませんか?』

    「大量殺人事件とは、また物議を醸すようなテーマじゃな。して、どんな事件かの?」

    青年は、相模原施設殺傷事件の内容を陰陽師に伝える。

    『この事件のことをいろいろと調べていてふと気になったのですが、大量殺人事件を起こす人物には、魂の種類や霊的特性に何らかの共通点みたいなものがあるのでしょうか?』

    「いつも言っているように、人間は複雑な要素が重なって構成された複合体なわけじゃから、大量殺人者はこうといった公式みたいなものは存在しない。じゃが、ワシがみる限り、本来我が国にほとんどいないはずの4-2という属性を持った人物に凶悪犯罪者が多いということは言えるかも知れん」

    『え、4−2? 転生回数期が第四期の魂2:制服組(軍人・福祉関係)の一部が連続殺人者ですと?』

    そう言い、唸り声を上げる青年を横目に、陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んでから声を掛ける。

    「どうも合点のいかぬ顔をしているようじゃから、今日は魂2の特徴についてゆっくり説明するにあたり、そなたの知識を再確認するためにも、覚えている範囲でかまわんから、魂2の特徴について、説明してもらえるかの」

    青年は湯呑みに注がれた茶を一口飲んで喉を潤わせた後で、口を開く。

    『魂2はかつては諸侯・貴族階級を形成していましたが、それらの階級が消滅した現代では制服組(軍人・福祉関係)の多くに分布している属性で病院の看護師、福祉関係、そして防衛装備庁・自衛隊などで活躍しているとお聞きしました』

    「うむ、基本的な話は、しっかり理解できているようじゃの」

    にっこりと微笑みながら、陰陽師は言葉を続ける。

    「して、そなたのその説明にひとつだけ付言すると、魂2の大半は、まだ貴族という階級があった時代においても、たとえば**伯爵のように、世に出て活躍するというよりも、王や皇帝をサポートする役割の人物が多かったという歴史的な事実もあわせて頭の片隅に留めておくとよいじゃろう」

    陰陽師の助言に青年は手を打ち、口を開く。

    『なるほど。貴族という階級が存在しない現代では、上記以外にも福祉・医療関係の幹部職員、NPO・NGO、WHO等の世界的福祉機関の職員として従事している方が多いという話もそのような歴史的背景からきているのですね?」

    「その通りじゃ」

    陰陽師は、ふたたび一つ頷いた後で、言葉を続ける。

    「さらに、職業と呼べるかどうかはともかく、町内会長、お祭りの実行委員長といった世話役なども、彼らの現代の主要な活動分野となっている。また、魂2の人間は総じて“質実剛健”であるとともに、かつては貴族であったにもかかわらず、ブランド品などの装飾品などにもあまり興味がなく、贅沢をしない人間がほとんどという特徴も合わせ持っておる」

    『お話を伺うかぎり、貴族という言葉から想起されるイメージとは裏腹ですね』

    ちょっと意外そうな顔をしている青年に、陰陽師が言葉を続ける。

    「もちろん、現代に生きる魂2の人々が一様に金持ちというわけではないが、仮に富裕層であったとしても、見栄を張るようなこともない。たとえ、高価な服を身に着けたり厳選された食材を買い求めることがあったとしても、日常の生活は極めて質素なことが多い。一方、性格的に穏やかな人物が多い反面、程度の問題はさておき、魂の属性3を中心として精神疾患を抱える人間が多いのも魂2の特徴の一つとなる」

    『つまり、自らの富や名声をこれ見よがしに誇示するのは、魂4の人物が多いわけですね?』

    「4-4にはそもそも該当する人物はほぼ存在しないので、そなたが言いたいのは2-4のことなのじゃろうが、自己顕示欲が強いという点では、むしろそなたたちのような魂3が一番じゃろうな」

    『げげ、そうなのですか?!』

    思わぬ展開に、驚きの声を上げる青年に、陰陽師が言葉を続ける。

    「たとえば、芸能人や、いわゆるセレブと言われる人々がほとんど魂3であることを考えれば、そう驚くことはあるまい」

    「たしかに。僕みたいな少数の例外を除けば、世間を牛耳り、ブイブイ言わせている人々はほぼ魂3でした」

    頭を掻きながらそう答える青年をおかしそうに眺めながら、陰陽師は紙に輪廻転生回数と各期について書きあげ、脇に“観音”と不動明王“と付け加えた。

    <各期と輪廻転生回数>
    第一期/老年期……301~400回(61~80歳)
    第二期/円熟期……201~300回(41~60歳)
    第三期/青年期……101~200回(21~40歳)
    第四期/幼年期……1~100回(0~20歳)
    ※人生を80年と仮定した場合。

    陰陽師が筆を止めたのを確認し、青年は問いかけた。

    『この、“観音”と“不動明王”とはどういう意味でしょう?』

    「この二つは魂2の性格を理解するキーワードとなる言葉なのじゃが、全ての説明を聞けば、おのずと理解できるものじゃから、後にしよう」

    陰陽師の言葉に対し、青年は黙ってうなずいてみせる。そんな青年に、陰陽師が説明を続ける。

    「この世に転生してきたばかりの第四期の魂は、各魂1〜4に共通する傾向として、人生経験が少なく、魂が未熟であることから、喜怒哀楽の論理構成がきわめて単純であり、いわゆる哲学的/形而上学的な思考回路が未熟である傾向が強い。それ故、物事の判断が極めて即物/短絡的という傾向がどうしても強くなる」

    『つまり、植松被告もこの期に該当していると?』

    青年の言葉に小さく頷きながら、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    植松聖

    青年は陰陽師が書き記した植松被告の鑑定結果に目を通し、口を開く。

    『彼の場合、天命運に“5:一般・事件・加害者・死亡”の相がありますし、全体運が3と極端に低いという特徴もあるにはありますが、自らの思想を主張するにあたり、今回のような事件を引き起こしてしまうところが、第四期らしいとも言えそうです』

    「そなたの言う通りじゃな」

    青年はしばらくスマートフォンを操作し、再び陰陽師に問う。

    『ちなみに、他の大量殺人事件、2011年ノルウェー連続テロ事件の犯人であるアンネシュ・ブレイビクと、1938年の“津山三十人殺し”の犯人である都井睦雄と、浅間山荘事件の犯人である坂口弘の魂の属性はいかがでしょうか?』

    陰陽師は無言で鑑定結果を書き記し、青年に差し出した。

    アンネシュ・ブレイビク

    画像3

    坂口弘

    三人の鑑定結果を見比べ、青年は首を傾げながら口を開く。

    『アンネシュ・ブレイビクと都井睦雄は植松被告と同じく第四期の魂2ですが、坂口弘は転生回数が第二期の魂3の武士なのですね。天命運に“5:事件・加害者・死亡”がありますが』

    「第四期の魂2の二人は鉄砲玉のように単独で犯行に及んでいるが、坂口弘は徒党を組んで中長期的にテロ活動を行なっていたことから、第二期の魂3という成熟した魂ゆえに成しえた事件という言い方もできなくはないが、この事件は時代が引き起こした事件と考えた方がいいじゃろうな」

    『とおっしゃいますと?』

    「以前、デモは4-4の専売特許という話をしたと思うが、現在の安倍首相の祖父である岸信介元首相が成立させた日米安全保障条約(安保条約)に反対して国会議員、労働者や学生、市民および批准そのものに反対する左翼や新左翼の運動家が参加した反政府、反米運動とそれに伴う大規模デモ運動である1959年(昭和34年)から1960年(昭和35年)安保闘争、そして1970年(昭和45年)の第2次安保闘争、それに派生する安田講堂事件や日大闘争、左翼団体などは成田闘争、さらには連合赤軍のあさま山荘事件なぞは、4-4ではなく、魂3が中心になって起こした特異な事件ということができるからじゃ」

    『なるほど』

    小さく頷く青年を見ながら、陰陽師が説明を続ける。

    「次に、第三期の魂2(3-2)じゃが、この時期の魂2は、魂3・4などと違い、社会的な上昇志向よりも魂2が持つ優しさ、奥ゆかしさ、慈愛といった側面が最大限に発揮されるという特徴を持つ。ワシが独り身のクライアントに、3−2の女性を見つけたら土下座してでも結婚してもらうようにと勧めるのもそのあたりの理由による」

    『先生がそこまでおっしゃるとは! 3-2の女性はまるで観音のような存在というわけですね』

    陰陽師の言葉に驚き、青年は思わず声をうわずらせる。

    「当然のこととして、これらの法則は人間のみならず動物にもあてはまることから、たとえば、ペットとして猫を飼うような場合にも、3−2の猫を飼うようクライアントに勧めておる。実際ワシのところの猫の一匹も3-2なのじゃが、見ての通りとても大人しく、猫の可愛い部分だけを集めた様な猫であるわけじゃから、間違いなくベストの選択となることじゃろう」

    『猫にも輪廻転生と魂の種類があるということは、猫には猫の修行があるのですね! 僕も猫を飼う機会があれば、絶対3−2にします』

    「ああ、それがいい」

    ちょうど、立ち耳のスコティッシュフォールドがテーブルに飛び乗り、陰陽師の手に体をすり寄せてきた。そんな猫の様子を見、二人は微笑み合う。
    件(くだん)の猫を優しくなでながら、ふたたび陰陽師は口を開く。

    「他にも、3−2の人物に関する逸話として、平成27年栃木県の鬼怒川が氾濫した際の被災者が挙げられる」

    『那須の温泉街をふくめた鬼怒川流域で、多くの方々が被災した災害のことですね』

    「その通りじゃ」

    青年の言葉に、陰陽師は小さくうなずいて続ける。

    「被災の報を受け、各局のテレビレポーターが被災地の避難所に急行し、被災者へインタビューを行なっていたのは報道の常であるが、この地域の被災者の方々の沈着冷静、かつ、自らのことを二の次として他者を思いやる応答/態度に、“感銘”を通り越し、“違和感”に近い感覚があった」

    『避難所に避難した被災者と言えば、特に家族の安否がわからないような場合、泣き崩れたり、当局の対応の遅さや甘さを非難したりする人が多いと思いますが、そうした人々とはまったく異なる印象があったわけですね』

    そう問いかける青年に、陰陽師はうなずいて同意の意思を示してから続ける。

    「三日間に渡る一連の報道でインタビューに応じた被災者のほとんどが、非常時にこのような対応ができるものであろうか、と思うほどの模範的な応答を繰り返していたのじゃから、この対応の理由を探るべく、途中からその方々の属性を調べてみた」

    『まさか・・・』

    「そのまさかじゃ。鑑定の結果、老若男女の別なく、そのほとんどが3-2であることがわかったわけじゃが、その中でも、感情を抑えて話すひとりの老婦人の横顔を見ながら、これこそが3-2のなせる発言、と感銘を受けたことを昨日のことのように覚えておる」

    陰陽師の言葉に、青年は納得顔で何度もうなずいて見せる。
    そんな青年を横目に、陰陽師は説明を続ける。

    「次に第二期じゃが、魂2の特徴の一方がはっきりと顕現するという意味では、この時期が最もわかりやすい。人間にたとえれば41~60歳にあたるこの時期は、現世での円熟期に相当しているわけじゃが、魂1:“先導者”を除く各魂がこの世で各々の魂の特徴を最も明確に体現するのがこの時期となる。魂2を例にとるとすれば、軍隊の制服組幹部に参画するのもこの時期じゃし、我が国の防衛大学をみても、毎年の卒業生の少なくとも5割が魂2というわけじゃ」

    うなずいて納得の意を示す青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「また、第二期(2-2)の彼らは、福祉と軍隊という一見矛盾した職業分布を持っておるが、戦争というものを交戦現場の最前線という狭義の捉え方からもう少し広義の意味で考えてみると、納得のいく構図が見えてくるというくだりは、以前説明した通りじゃ」

    『以前(※第4話参照)説明していただいた、戦争のメカニズムの件ですね。話し合いによる二国間の問題の解決が困難になった場合に、最終手段として戦争が行われるという』

    「さよう。戦争が不可避となった場合でも、開戦に至るまでの諸手続き、具体的交戦方法とそれに対応する作戦立案、戦闘範囲の策定、そして、どのような状況をもって雌雄を決したかを判断する終結時期の確定と具体的な停戦/終戦方法の確定といった、実に広範囲の職務領域を軍隊の制服組幹部は持っておるわけじゃな」

    『実際の戦場で、命のやり取りの末、血に飢えた殺戮マシーンと化した魂3・4の軍人たちに、モチベーションを保たてつつ、婦女子を中心とした民間人に危害を加えさせないよう最大限の努力をする任務を負っているのも、現場の魂2の将校ということをお聞きしました』

    青年の説明に対し、陰陽師は小さくうなずき、付言する。

    「そのような状況の中、兵士の士気を鼓舞しつつ、戦況を有利に進めると同時に暴走は許さないという、まさに二律背反の難業に取り組むことこそが魂2の真骨頂というわけじゃな」

    『そして、福祉関係の有名人では、たしかナイチンゲールが魂2でしたね』

    ナイチンゲール

    「さよう。彼女の経歴なぞも、第二期の70回代の“大山”(2(7)-2)だからこそ可能な偉業というわけじゃな」

    『なるほど。とてもわかりやすいです』

    「最後は第一期の説明になるが、現世でも、老年期に差しかかった61~80歳の人間の最大公約数的な特徴を三つあげるとすれば、“保守的・幼児帰り・頑固”ということになる。これらの特徴は、残り100回を切った貴族の流れをくむ1-2にもしっかり当てはまり、4-2に犯罪者が多いのと同様、性格的にエキセントリックというか、屈折した人間が多く輩出されている」

    『なるほど』

    「魂2の人々が正反対の顔を有する理由を考えるにあたり、彼らが貴族をルーツに持つということも大きな問題なのじゃろう。何しろ貴族とは、世襲を基本としたステータスである以上、そのすべてが人格者であるとは限らない。それどころか、数々の特権を盾にした彼らの傍若無人な振る舞いの実例は、中世・近代の歴史を振り返るかぎり、枚挙にいとまがない」

    『つまり、特権を人のために活かす貴族もいれば、自分の欲望のために活かして悪事を働く貴族もいたというわけですね。説明を聞くかぎり、魂2の輪廻転生は、現世的に考えても波瀾万丈という言葉が、正にぴったりですね。まるで、別の魂の属性の人物のような印象を受けます』

    「いつも説明しておるように、この世が“修行の場”である以上、そのような魂2の波乱万丈の輪廻転生の一つ一つを捉えて批判的なコメントを加えることは厳に慎むべきじゃが、頭が2の1-2なぞは、一見頭が2の2-4とクロスオーバーする部分が強く、3-2の時代のやさしさ、奥ゆかしさ、慈愛に満ちた雰囲気はどこに行ってしまったのかと思うほどの変貌を遂げしてしまうのも、また事実ではあるんじゃが」

    そんな陰陽師の言葉に対し、青年が一言一言言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。

    『つまり、そのあたりが、第一期と第四期の魂2の人物が“不動明王”としての側面を、第二期と第三期の魂2の人物が“観音”としての側面を顕現していることになるわけですね』

    「まあ、そういうことじゃ」

    そう陰陽師は言い、壁時計に目をやる。
    青年も、スマートフォンで現在時刻を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送る。

    帰路の途中、青年は複雑な心境だった。仮に自分が植松被告と同じ魂の属性だったとして、運良く先生に会えたところで、天命が大量殺人事件を起こすこと、と言われて受け入れられるのだろうか?
    おそらく、自分の天命を果たすためとは言え、他人を手にかけることはできないと思う。今生の自分の天命の内容に感謝し、魂磨きの修行に励もうといっそう強く決意するのであった。

     

     

     

     

    帰宅後、どうしても確認したいことがあり、青年は陰陽師に電話をかけた。

    「どうした、こんな時間に。何かあったかの?」

    『いえ、そうではないのですが、先程鑑定していただいたノルウェー連続テロ事件の犯人、アンネシュ・ブレイビクについて、どうしても気になることが出てきてしまいまして。夜分遅くにすみませんが、ちょっと質問させていただいてもかまいませんでしょうか?』

    「もちろんじゃとも。して、具体的にはどういったことを聞きたいのかの?」

    『彼は、単独犯としては現在世界最大の大量殺人事件を犯していますが、先祖霊の霊障にも天命運にも“5:事故/事件”の相がなかったのに、なぜあのような事件を起こしたのでしょうか?』

    「彼の場合、先祖霊の霊障と天命運に“17:天啓”があること、先祖霊の霊障に“3:精神”の相があること、そしてチャクラの6・7の乱れが要因と考えられる」

    『とおっしゃいますと?』

    「“17:天啓”の相は、天命とは異なる方向に人生を向かわせるよう“天”から何かが頭・心に降りてくるということは覚えておるな?」

    『はい。覚えています。17の相は魂1〜3の人物には“天啓”、魂4の人物には“憑依”となって現れます(例外的に魂1~3にも“憑依”の相が現れることがあります)。霊障のため、人生における判断を誤る結果となってしまう相だったかと。その相が大量殺人事件とどういった関係があるのでしょうか?』

    「そなたは、アンネシュ・ブレイビクが強烈なキリスト教原理主義者じゃったのを知っておるのか?」

    『いいえ、そこまでは』

    「原理主義者がどのようなものかは、ゆっくりと調べてもらうとして、彼が2009年から移民の受け入れを推進していた労働党へテロ事件を起こした根底には、反移民、反イスラーム主義思想があったと思われる」

    『移民の受け入れに反対していたことが動機ということは理解できなくもないですが、テロ活動を実行するまでのことなのでしょうか?』

    苦々しく問う青年に対し、陰陽師のいつもの穏やかな声が電話越しに返ってきた。

    「たしかに、キリスト教とイスラム教は、現在も聖地で争いを続けている。また、彼らが信仰する神が“聖戦”を望んでいると思うかな?」

    『いえ、そうは思いません。地上天国をこの世に実現させることには賛成しかねますが、どちらの宗教も、人民救済が目的であって、他者の命を奪うことは目的ではないはずです』

    「そなたの言う通りじゃ。つまり、彼の場合も、”天啓”の影響で何かが頭・心に降りたことで、彼の意志とは関係なく、本来のキリスト教の教義とも彼の天命ともかけ離れた方向に動いてしまったと考えるべき、とワシは思う」

    『ということは、“3:精神”の相と、第6・7チャクラの乱れが原因で、判断ミスがいっそう大きくなったとは考えられないでしょうか?』

    「彼が4(3)-2(転生回数が30回代)という数奇な人生を歩みやすい時期の魂であることも、あそこまで過激な事件になった原因なのじゃろうな」

    『”タリバン”や”ISS”といったイスラムの過激派じゃありませんが、いずれにしても、宗教の闇の一面を見た気がします』

    そう言い、小さく唸る青年に対し、いつもよりトーンが下がった陰陽師の声が、電話越しに返ってきた。

    「たしかに、宗教にはそういった一面があるのもたしかじゃが、ところが、この問題はイスラム教やキリスト教に限らず、我が国でも見られた現象で、天皇陛下を“現人神(あらひとがみ)”に祭り上げ、“八紘一宇(はっこういちう)”を旗印に先の大戦にのめり込んでいった歴史があることを忘れぬようにの」

    『なるほど。宗教に限らず、何事においても、一つのことに盲信することには様々な危険が隠されているということでしょうか?』

    「うむ。妄信の恐ろしさについて付言しておくと、韓国における新型コロナウイルスの集団感染の原因が、二箇所の(キリスト教系)新興宗教教団であったことも忘れてはならない。また、感染拡大を防ぐためにモスクの閉鎖を敢行したイスラム諸国においては、”このような時こそ神とともに”、”礼拝できないのであれば、コロナによる死を選ぶ”といった過激なスローガンが並んでいたそうじゃが、これなぞも宗教の“偏狭性”を示す典型的な事例なのじゃろう」

    『なるほど。彼らはウイルスが蔓延していても、神が助けてくれると思い込んでみたり、自分の命よりも礼拝する方が大事なのですね。宗教色の強い国ならではの事情のように感じます』

    「そのあたりの話は確かに程度の差はあるのじゃろうが、日本でも五十歩百歩じゃ」

    『とおっしゃいますと?』

    「一例を挙げれば、先日もニュースで神社仏閣の狭い室内で”疫病退散”の神事を行なっている映像を見かけたが、ああいった催し事も、“ご利益”というよりは、集団感染の原因になりかねん危険な行為ということになる」

    『僕もその映像を見ました。あのような形だけの儀式では、コロナウイルスを退散させるどころか、自ら感染しに行っているようなものではないかと』

    「もちろん、こんな時期じゃ。何かにすがりたい気持ちもわからぬではないが、もしこれが“天”の意志であるとすれば、何をしたところで効果は期待できないわけじゃからのう」

    『そうですね。平安時代の末法思想に乗じて浄土教が広まったように、新型コロナウイルスをネタにする新興宗教教団に、人々がお金を収集されないことを願わずにはいられません』

    「そうじゃな。この時期、その手の話をしている人物や宗教団体には特に注意じゃぞ」

    『はい。僕も含め、“天啓”の相によって魂1〜3の人物が暴走しないことと、“憑依”の相がかかっている自称預言者や占い師によって惑わされる人物が一人でも少ないことを願うばかりです』

    「その通りじゃな」

    静かな陰陽師の声が、電話口から流れ込んだ。

    「あとはどうじゃ。まだ他に聞きたいことはあるかの?」

    『いえ、大丈夫です。おかげさまで今回の疑問はすべて解決しました。遅い時間にありがとうございました』

    「どういたしまして。おやすみ」

    その言葉を最後に、電話は切れた。

  • 新千夜一夜物語 第26話:芸能界から排除されそうなプロデューサー

    新千夜一夜物語 第26話:芸能界から排除されそうなプロデューサー

    青年は思議していた。

    スポーツ・芸能・芸術の世界において天から排除命令が出るとして、スカウトマンやプロデューサーと出会わなければ、排除命令によって過去にこの世を去った偉人たちは、別の職業で長生きできたかもしれない。

    彼ら/彼女らの人生を大きく狂わせたと言っても過言ではない、スカウトマンやプロデューサーたちにも、排除命令の余波のような影響が当然あってもおかしくないのではないか。

    一人で考えても埒が開かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねた。

    『先生、こんばんは。今日は芸能界の排除命令について、もう一度教えていただけませんか?』

    「そなたはそのテーマに関して、随分と熱心じゃな。して、今日は具体的にどのようなことを知りたいのかな?」

    『排除命令に該当する人物の運命を、別の人物が代わりに引き受けるなんてことはあるのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は湯呑みに注がれた茶を飲んでから口を開いた。

    「ワシは芸能界にほとんど興味がないので、実例を何件も探し当てたわけではないが、答えとしてはYESじゃ」

    『まさか、本当にそんな人物がいるとは! いったいどなたなのでしょうか?』

    身を乗り出す青年を片手で制し、陰陽師は答えた。

    「知っておるのは一人だけじゃが、元シャ乱Qのつんくじゃ」

    そう言い、陰陽師は席を立って鍵のかかった引き出しから書類の束を持ってきた。
    陰陽師が書類をめくる様子を眺めながら、青年は問いかける。

    『つんくということは・・・彼が咽頭癌で声帯を失ったのは、モーニング娘。のメンバーの誰かが排除されるのを阻止した結果ということなのですね?』

    「というよりも、モーニング娘。は、彼がプロデューサーをしていたわけだから、彼がいなければ世に出なかったグループということになる。もちろん、彼自身は芸能界に適した魂の属性なのじゃが、オーディションであまりに多くの3(9)-3を選びすぎた。おそらくこれほどの3(9)-3芸能界に送り込んだプロデューサは彼をおいて他におらんじゃろう」

    そう言い、陰陽師は一枚の紙を青年の前に差し出す。

    つんく

    鑑定結果を一通り眺めた後、青年は口を開く。

    『ということは、他のアイドルグループに比べ、モーニング娘。のメンバーには3(9)−3の人物が多いのでしょうか?』

    青年の問いに陰陽師は首肯してみせ、続ける。

    「さらに、つんくには作詩・作曲家・歌手という側面もあるが、モーニング娘。のみならず、グループを卒業した個人にまで延々と作詞・作曲を提供し続けていたことも考え合わせると、あの悲劇も致し方ないといえば致し方ないじゃろうな」

    『つまり、本来であればアイドルとして芸能界で活躍すべきでなかった3(9)−3の彼女らを芸能界へ送り込んでしまった責任がそれだけ重かったと。それに、彼には天命運に“4:病気/怪我”の相がありますし』

    テーブルの上に広げられた何枚かの紙を見つめながら、青年が悲痛な声を絞り出し、その言葉に陰陽師はうなずいて見せた。

    後藤真希

    市井紗耶香

    安田圭

    安倍なつみ

    全員の鑑定結果にもう一度目を落とした後で、青年は再び口を開いた。

    『この結果を見て思い出しましたが、“プッチモニ“は第一期のメンバーが後藤真希と市井紗耶香と安田圭で、第二期のメンバーは市井紗耶香が脱退した後に吉澤ひとみが加入したので、3(9)−3のためのグループだったといっても問題ないですね』

    「もちろん、つんくに霊能力がないわけじゃから、これらの事態は不可抗力だとしても、人数が多すぎる」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きくうなずいてみせ、口を開く。

    吉澤ひとみ

    『吉澤ひとみは2018年に信号無視・飲酒ひき逃げ事件を起こしてましたが、天命運の“5:一般・事故・加害者・怪我”に納得です。ちなみに、当時は“ハロー!プロジェクト”のまとめ役という重要なポジションだったようですが、この事件が排除命令なのでしょうね』

    「彼女がこの事件を契機として芸能界を引退するといっておるようじゃから、あるいはそうかもしれんな」

    『あと、タンポポには石川梨華と加護亜依がいましたね。加護亜依と辻希美は似ている部分があったのでその当時から比較されていましたが、モーニング娘。を卒業した後の明暗は本当に大きく分かれてしまった感があります』

    「辻希美は恋愛運が高く、異性絡みの相がなかったために幸せな結婚生活を送っているようじゃが(※第22話参照)、加護亜依はその後どうなっておるのかな?」

    陰陽師に問われ、青年はスマートフォンを操作しつつ答える。

    『加護亜依はママタレとして復帰したものの、2019年に薬物疑惑による影響があってか、所属事務所との契約が解除されたようです」

    「なるほど。おそらくそれも排除命令の一つじゃろうな」

    加護亜依

    石川梨華

    青年はなおも子細に鑑定結果を見比べた後、ふたたび口を開いた。

    『ちなみに、モーニング娘。の現役のメンバーで排除命令に該当している人物はいるのでしょうか?』

    「では、さっそく鑑定してみるとするかの」

    青年が読み上げる現役メンバーの名前に耳を傾けながら、陰陽師はその内のひとりの人物の名前と鑑定結果を書き記していく。

    石田亜佑美

    その人物の経歴をスマートフォンで検索した後、青年は口を開く。

    『石田亜佑美は小学3年生から東北ゴールデンエンジェルスJr.チアリーダーズとして活動し、モーニング娘。に加入する前からバックダンサーとしていろんなイベントに出演していたようですし、2018年12月31日からモーニング娘。のサブリーダーに就任するなど、これまでの経歴は順風満帆なようですね』

    「ということは、まだ排除命令が出ていないことになるが、このままいくといつ何時、何が起こっても不思議ではないかもしれん」

    陰陽師の言葉を聞き、青年は鑑定結果に目を通してから口を開く。

    『天命運の“4:病気”の相と健康運が7という鑑定結果から、病気にかかってしまうのではないでしょうか?』

    苦虫を噛みつぶしたような顔で言う青年に対し、陰陽師は真剣な表情でうなずき、口を開く。

    「石田亜佑美が排除されるか、このまま彼女の起用を続けるプロデューサーが身代わりで何らかのペナルティを受けるか、いずれにしてもただではすまん感じじゃな」

    『ところで、AKBを始めとする多くのアイドルをプロデュースしている秋元康はどうでしょう。彼は大丈夫なのでしょうか?』

    陰陽師は湯呑みに注がれた茶を飲み、秋元康の鑑定結果を書き記していく。
    青年が固唾を飲んで見守る中、陰陽師はようやく口を開いた。

    「未来のことは何とも言えんが、秋元康も危ういかもしれんな」

    秋元康

    青年は鑑定結果を見、眉間にシワを寄せながら口を開く。

    『秋元康自身は芸能人ではないわけですから、属性はこれでいいのでしょうが、問題は彼がプロデュースしているAKBを中心としたグループにあると』

    そう言い、青年はお手上げをしてそのまま後頭部に両手をそえる。

    「もちろん、彼がプロデュースするグループのすべてをみたわけではないが、AKBをはじめとして、代表的なグループ、その主要メンバーはみな2−3−5−5…2じゃったことから、こちらは問題ないと思う。問題は、最近プロデュースしたグループのメンバーの中に」

    『3(9)-3がいると?』

    「さよう」

    『で、なんというグループですか?』

    「詳細はわからんから、彼がプロデュースしているグループ名を挙げてくれんか?」

    青年は早速スマートフォンで当該のグループの検索を始め、検索結果を読み上げ始める。

    「それじゃ。そのラストアイドルという名前じゃったな」

    『“兼任OK”、“14〜26歳”、“どこの事務所でもOK”という、多くの人物に門戸が開かれたアイドルグループ、“ラストアイドル”、これですね。この中のメンバーは・・・』

    青年は再びスマートフォンを操作し、メンバーの名前を読み上げる。

    「テレビか雑誌で見かけた程度じゃから、名前だけでなく顔写真も見せてもらえるかの?」

    青年は黙ってうなずき、スマートフォンを陰陽師に渡す。
    陰陽師は慣れない手つきでスマートフォンの画面をスワイプし、該当の画面を眺めては鑑定結果を書き記していく。

    阿部菜々実

    西村歩乃果

    青年が鑑定結果を見終わった頃合いを見計らい、陰陽師は口を開く。

    「今後考えられることとして、この二人が問題を起こして排除されるか、あるいは秋元康が二人を庇護することで、代わりになんらかの問題を起こす可能性のどちらかじゃろうな」

    『鑑定結果を見る限り、特に天命運に“5:一般・事件・加害者”の相がある西村歩乃果が何らかの事件を起こす可能性が高そうですね』

    陰陽師は小さくうなずくのを確認し、青年は続ける。

    『彼女の場合、元々は美容師として裏方で働いていたところ、カワイイから表に出た方がいいと何度か言われ、いざオーディションに応募したら合格してしまったという経緯があるようです』

    「今後どうなるとしても、天命に沿った生き方という意味では、彼女はアイドルよりも、美容師として才能を発揮するべきなのじゃがのう」

    真剣な表情で言う青年に対し、陰陽師は微笑みながら言う。

    『天命運に“2:諸事万般”の相があることから、今の状況になっているのかもしれませんね』

    納得顔で頷く青年に、陰陽師が言葉を続ける。

    「それと、忘れぬうちにもう一つ。秋元康本人なんじゃが、ワシが調べたかぎり、おびただしい数の作詞を、AKBを筆頭としたグループに提供しておるようじゃが、そちらの方がもっと気にかかるな」

    『つまり、歌の歌詞であったとしても、詩である以上、2-3-5-5…2ルールに抵触するわけですね?』

    「その通りじゃ」

    『ということは、先程の“ラストアイドル”の問題よりも、こちらの方がある意味、根深い問題だと?』

    「さよう」

    しばらく思案にふけてから、青年は再び口を開く。

    『天命運に“4:病気/怪我”もあることですし、秋元康がつんくのように大病を患わないことをただただ願うばかりです』

    無言でうなずく陰陽師に対し、ふたたび青年は問いかけた。

    『ちなみに、先生が今までに鑑定した中で、一番印象に残っている芸能人はどなたでしょうか?』

    陰陽師は湯呑みに注がれた茶を一口のみ、口を開く。

    「強いて言うなら、辛坊治郎かな」

    『辛坊治郎といえば、今はあちこちでTVに出ているようですが、たしか元々はアナウンサーだったかと』

    「テレビであれラジオであれ、アナウンサーも立派に2−3−5−5・・・2のルールに含まれる職業ゆえ、3(9)-3である彼がいるべき場所ではないのじゃが、経歴が極めて特殊なことから、踏鞴(たたら)を踏みかねない状態ながら今日まで決定的な排除命令を受けていないということもできるのじゃが」

    陰陽師の答えに対し、青年は少し驚いた表情で言った。

    辛坊治郎

    「ざっと彼の経歴について調べてみたのじゃが、彼は大学4年次の就職活動で埼玉県庁の上級職試験に合格し、住友商事から内定を受けた。しかし、大学就職部の掲示板でフジテレビのリポーター・司会者(アナウンサー)募集に受験し、受験者1,300人から3名に絞られた7次選考の最終面接で落ちたが、12月に大阪の読売テレビから突然電話があり“フジテレビの最終で落ちたそうだが良かったら弊社を受けてみないか”と誘われて受験して合格した」

    『ある意味、すごい強運ですね』

    「読売テレビに入社後は地方リポーターを8年間担当し、1997年、アナウンサーから報道局に異動した。その後は報道部チーフプロデューサーへ就任し、同職と並行する形で“報道特捜プロジェクト“のキャスターや、関西ローカルの”元気モンTV””あさイチ!”でコメンテーターなどを担当しておる。2003年7月からそれまで特番だった『たかじんのそこまで言って委員会』がレギュラー昇格となり、やしきたかじんとともに司会を担当。2010年8月に、翌月末で読売テレビを退職して10月からシンクタンクの研究員になる旨が報道され、自身がキャスターを務める『朝生ワイドす・またん!』で記事を取り上げ本人も公表。退職後は自身が設立したシンクタンクである大阪綜合研究所へ移籍し、退職後も番組出演を続ける」

    『3(9)―3の“大々山”にふさわしい、多才な経歴ですね』

    「その後も、2016年4月から放送を開始した「直撃!コロシアム!!ズバッと!TV」で司会進行に大抜擢され、読売テレビ以外の番組で初めてレギュラーに選ばれた辛坊治郎の場合はさらに事態が重く、もはやグレーゾーンというよりはブラックゾーン真っ只中という感があった」

    『そんなに活躍しても決定的な排除命令が出されなかったことが、意外といえば意外です』

    感嘆の声を上げる青年に対し、陰陽師は小さく首を振ってから答える。

    「ところが事態はそれほど楽観的ではないんじゃ」

    『とおっしゃいますと?』

    「まず手始めに、彼は2012年12月19日、大阪市内の病院で、十二指腸の腫瘍(後に初期の十二指腸癌と判明)を摘出している」

    『それはさすがに排除命令に抵触した感じがします・・・』

    「そして極めつけは、2013年6月に、全盲のヨットマン岩本光弘を補助し、福島県いわき市の小名浜港から2カ月の予定でアメリカ合衆国のカリフォルニア州サンディエゴを目指すも、6月21日に(国籍不明の潜水艦だという説が根強くあるが)クジラと思われる生物と衝突してヨットが浸水し、漂流。7時45分に118番通報したものの、10時間近く救難艇で漂流し、18時14分にようやく海上自衛隊の救難飛行艇に救助されておる」

    度重なる辛坊治郎の事故話を聞き、青年は言葉を失う。
    そんな青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「彼がいまだこの世の最終的な“排除命令”を受けていない理由として考えられるのは、大阪府を中心とした近畿地方の政治・経済・文化、およびアジア・太平洋地域における環境・観光・民族文化・経済開発についての研究・調査・およびそれを基とした講演活動などを行なっていたり、メディア研究の経験をもとに、様々な大学で客員教授を務めているからじゃと思われるのだが、いずれにしても細い塀の上を歩いているようなものじゃから、いつどうなるかは何とも言えん」

    『つまり、政治関係のキャスターだけでなく、それ以外の分野にも携わっているから、ということでしょうか?』

    「さよう。一般番組のMCなどに手を出すことなく、現在キャスターを務めている日本テレビ系“ウェークアップ!ぷらす”のような、自分の専門分野ともいえる番組に限定して活躍をすれば、排除されずに済むかもしれんがの」

    『そう願うばかりです』

    陰陽師の言葉に、深くうなずく青年。しばらく沈黙を守ったのち、ふたたび口を開く。

    『ちなみに、辛坊治郎以外に排除命令に該当するアナウンサーはいらっしゃるのでしょうか?』

    「いや、ワシが鑑定した古今東西の数百人におよぶアナウンサーの中では、2-3-5-5・・・2以外のアナウンサーは辛坊治郎以外、いまだ存在しておらぬ」

    『なるほど。それだけの数の方々をみられているとすれば、問題のある人間はほとんどいないのでしょうね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいて続ける。

    「実際、入社試験と霊能力を持たない面接官の数回にわたるスクリーニングだけで、古今東西のアナウンサーのほぼすべてが2-3-5-5・・・2であるという事実は、この世が偶然の結びつきだけでできてはいない、顕著な証左の一つなのじゃろうな」

    『辛坊治郎の経歴を鑑みるに、彼を採用しなかったフジテレビは“カミゴト”として“見る目があり”、彼にわざわざ声をかけ最終的に採用した読売テレビは“見る目がなかった”と言えそうですね』

    「そうじゃな。万が一、辛坊治郎にこれ以上の厄災が降りかかる事態が起こるとすれば、そもそも彼をこの世界に引き摺りこんだ読売テレビこそ、最大の責任者と言えなくもないからのお」

    青年は腕を組みながら苦笑し、口を開く。

    『読売テレビの今後が気になるところです・・・』

    「ところで、そなたは西川史子なる人物を知っておるかの?」

    『はい、整形外科医でありながら、ちょこちょこTVに出ている方ですよね?』

    「さよう」

    青年の言葉に小さく頷きながら、陰陽師は言葉を続ける。

    「実は、彼女も辛坊治郎同様、かなり危険な道を歩んでおるひとりなんじゃ」

    『ということは西川史子も、2-3-5-5…2ではないと?』

    「もちろん彼女は医者なわけじゃから、3(9)-3の可能性が高いことはおぬしもわかるじゃろうが、詳しい話をする前に彼女の鑑定結果を出そう」

    西川史子

    鑑定結果を見た後、青年は口を開く。

    『西川史子は晩婚かつ結婚後しばらくして別居し、結局は離婚になったと記憶していますが、天命運に“8:異性”の相があることと恋愛運が3と低すぎる結果から納得できます』

    「話を聞く限り、そなたの言う通りじゃな」

    『彼女は元々が医者ですので、つい最近までレギュラーであったサンデージャポンで医学の話題がある時に限り、呼ばれていたようです。その後、飯島愛の芸能界引退に伴い、レギュラーとして出演し、結婚前は高飛車なキャラクターを活かしていじりキャラとして出演していましたが、いざ自身が結婚した後の結婚生活は散々だったため、いじられキャラに転落していました』

    「つまり、排除の圧力がとみに高まっていたというわけじゃな」

    青年はスマートフォンを操作していた手を止め、口を開く。

    『調べたところ、西川史子は2020年3月22日にサンデージャポンを卒業したようですね』

    「卒業も排除命令の一つと思われるが、ワシが知る限りでは病気を患っていたと思うが、そのあたりの情報はあるかの?」

    陰陽師の問いに青年はうなずいて見せ、スマートフォンを操作して口を開く。

    『2016年、2017年と胃腸炎で入院していたそうですが、こうした出来事も排除命令の一つかもしれませんね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいて口を開く。

    「今回は胃腸炎で済んだが、今後はどうなるかわからん。ちなみに、西川史子がサンデージャポンを卒業した経緯についてはわかるかの?」

    しばらくスマートフォンを操作したのち、青年は口を開く。

    『今後も芸能活動を続けたい、テレビが大好きでたまにはゲストとして呼んでもらいたいと言っていたことから、本人の意思ではなさそうですね』

    「であれば、排除命令に抵触した可能性が高いじゃろうな。彼女の場合、あくまでも医師に基軸を置きながら芸能活動をしていたために命までは取られずに済んだと思われるわけじゃから、今後その比重をさらに医学側にかけて、細々と芸能活動を続けるのであれば、これ以上の問題を避けることができるかもしれんがのう」

    陰陽師の言葉を聞き、青年は納得顔で何度もうなずきながら答える。

    『先生のおっしゃる通り、どうしても芸能界に未練があるというのであれば、無事でいられる形で活動を続けていただきたいものです』

    「話題に挙がったからついでに話をしておくと、サンデージャポンでの西川史子の前任であった飯島愛も3(9)―3じゃったんじゃ」

    青年は目を見開き、手早くスマートフォンを操作した後、口を開く。

    『飯島愛は2007年3月に“夢や目標が見出せず、芸能界で生き残っていくことは不可能”として引退表明をしていますが、腎臓病(腎盂炎)が原因とも言われています』

    「彼女は3(9)−3ゆえ、本来は理科系で医者にもなれたはずじゃが、彼女が医師を目指そうと思った時には、年齢的に遅すぎたのかもしれん。他にも、精神的にいろいろあったようじゃしな」

    陰陽師の言葉に青年はうなずいて見せ、口を開く。

    『飯島愛は2008年12月17日前後に自宅で肺炎によって亡くなり、24日に親戚の女性によって発見されたとのですが、室内の暖房が点いたままだったため、遺体は腐乱していたようです』

    「“日本のモンロー”とも言わしめた彼女としては、筆舌に尽くしがたい最期というわけじゃな。西川史子も、あのまま番組の出演を続けていたら、ひょっとしたら同じ様な結末を迎えていた可能性もなきしもあらずなわけじゃから、不思議な縁といえば不思議な縁ということができるじゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞き、青年は視線を落とし、重々しく口を開く。

    『飯島愛、西川史子と続いたことから、サンデージャポンには3(9)―3枠があるような気がしてきましたが、今後のレギュラー出演者の魂の属性はどうなることやら・・・。今後は排除命令に抵触する人物が採用されないことを願うばかりです』

    「ワシも同感じゃ。あるいは、西川史子の後釜となる人物が3(9)−3になったとして、今度は番組のプロデューサーが身代わりとなって何らかのペナルティを負ってしまう可能性も考えられるしな」

    そう言うと、陰陽師は壁時計に目をやる。
    それに気づいた青年は、スマートフォンで現在時刻を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送る。

    帰路の途中、スポーツ・芸能・芸術の世界に縁がある人との関わりを、少しずつでも増やしていこうと思う青年だった。