青年は思議していた。
見えない存在とのやりとりを断言的に話す人物は、眷属や魑魅魍魎の影響を受けている可能性が高いことから、そうした人物が発信する情報には注意すべき、ということについてである。
では、陰陽師/霊能力者の条件とは、どのような内容なのだろうか?
一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。
『先生、今日は陰陽師/霊能力者の条件について教えていただけませんか?』
「今日もまた、壮大なテーマじゃな。して、その質問をするにあたり、どのような経緯があったのかな?」
『陰陽師や霊能力者という言葉は巷に溢れかえっていますが、実際のところ、先生のような陰陽師/霊能力者との違いが、いまいち理解できないのです』
「なるほど。その質問に答える前に、確認ではあるが、そなたは霊能力についてどのような理解をしておるのかな?」
『まず、霊能力者は、鑑定結果の属性表の現世における具体的な性格/ソフトに続く因子が(±1〜9)となります。そして、霊能力は古来の分類では6つ、天眼通力、天耳通力、自他通力、運命通力、宿命通力、漏尽通力があり、先生たち陰陽師/霊能力者の間では、天眼通力、天耳通力、自他通力、漏尽通力の存在を認める人物が多い反面、運命通力、宿命通力の存在については懐疑的な意見を持つ人物がかなり多い、と以前にお聞きしました」
青年の説明を聞いた陰陽師は、小さく頷いた後に口を開く。
「“運命通力”と“宿命通力”に対し、懐疑的な意見を持つ人物が多い理由については、理解しておるかな?」
『未来は地球上にいる80億人の人間たちの一瞬一瞬の選択の積み重ねと、地震、津波、気温の急激な変動といった天変地異などが複雑に絡み合っているからで、大まかな道筋はついているとしても、確定した未来は存在しないから、と認識しています』
「その通りじゃ」
小さく頷きながら、陰陽師は霊能力の詳細を紙に書き記していく。
・宿命通力:その人がどういう天命を持って生まれてきたのか、何故こういう運命になったのかという、前世・今世・来世のことがわかる能力。
・運命通力:運命を予知する能力で、以前こういうことがあったとか、この先こういう時期にこういうことがあるであろうということがわかる能力、簡単に言えば、人間の過去世や未来が見える能力。
・天眼通力:相手が何をしているか、将来はどうなるか、それらを神様が霊眼で見せてくれる能力。
・天耳通力:耳で神の意図がキャッチできたり、心霊と話ができたりする能力。
・自他通力:読心術のことであり、相手の思っていることがすぐ読めるという能力。“黙って座れば、ピタリとあたる”という易者などが、その典型的な例。
・漏尽通力:人の悩み、苦しみ、人生上の様々な問題を(今世の宿題と抵触しない程度に)解決する能力のことで、漏尽とは漏れなく尽くすという意味となり、人間の問題点、苦しみを漏れなく尽くして解決し、幸せに導く能力。
青年が書いた内容を読み終えた頃合いに、陰陽師は口を開く。
「一つ加えておくと、この世が修行の場であるという前提からすると、最後の“漏尽通力”も“幸せに導く能力”という点に問題があることを覚えておくようにの」
『たしかに。人間の問題や苦しみを解決することは、多くの新興宗教が目指している“地上天国”を目指すことに繋がりかねませんからね』
納得顔で頷く青年に微笑みかけ、陰陽師は続ける。
陰陽師について
「さて、話を戻すが、平安時代あたりにおける陰陽師の定義とは、天文学、暦のエキスパートのこととなり、現代で言うところの、科学者や文部大臣のような存在じゃったと考えてもらうといいじゃろう」
『なるほど。陰陽師と言うと、どうしても霊能力/超能力者というイメージがつきまとうのですが、天文学や暦といった理科系のエキスパートだったのですね。たしかに、三国志で有名な諸葛亮孔明も軍師とか祈祷師というイメージが強いですが、赤壁の戦いにおいて、地形図と天候を把握して東南の風が吹くことを知っていたという説を聞いたことがあります』
「諸葛亮孔明の話はさておき、960年40歳で天文得業生(陰陽寮に所属し天文博士から天文道を学ぶ学生の職)であった安倍晴明は、村上天皇に占いを命ぜられておることをみてもわかるように、占いの効能は、当時の貴族社会で広く認められていたようじゃ。また、993年2月に一条天皇が急な病に伏せった折、安倍晴明が禊を奉仕したところ、たちまち病が回復したことや、1004年7月には深刻な干魃が続いたために清明が命を受けて雨乞いの五龍祭を行なったところ、雨が降ったという逸話も残っておるところからも、そのような効能の一端を窺い知ることができる」
陰陽師の説明を聞いた青年は、スマートフォンで自分なりに調べてから口を開く。
『雨乞いは天文学の知識でもできそうですが、病気平癒に関しては、まさに“霊能力”のなせる業だと思います。それに、979年当時59歳だった安倍晴明は、那智山の天狗を封じる儀式を行なったようですが、天狗が魑魅魍魎(※第36話参照)に含まれることを考えると、先生が日々行なってくださっている“お祓い”に近いことはできたのではないかと』
陰陽師は手元にあった属性表の束をめくり、その中の一枚を青年の前に差し出す。
安倍晴明の属性表を見た青年は、驚きの声を上げる。
『安倍晴明はやはり“霊能力者”で、しかも(±1)と最上位なのですね! ただ、先祖霊の霊障に“17:天啓”があることと、精神疾患に“14.邪神2(第七感=近い未来がわかる。しかし邪神をふくめ霊障である以上、どうでもいいことはわかったとしても、人生の大事な分岐点では常に嘘の情報をあたえられ、結果人生を転落していく)or口撃、人的な問題で諸事が前に進まず”のみがあることを踏まえると、これらの合わせ技によって、人生の大事な分岐点で、眷属や邪神に唆されたり、占術の結果を誤解した可能性があるのですね』
「以前にも説明したとおり、精神疾患の項目に関しては、チャクラの異常が1~7のすべてに出ているために40点中39点分が塞がれているというよりも、たとえば第7チャクラだけで39点分塞がれている方が、その一点が重篤であるのと同様、13番がなく14番だけということは、それだけ14番が重篤なことを示しているわけじゃな」
腕を組んで小さく唸る青年を横目に、陰陽師は続ける。
「とは言え、彼は晩年、左京権大夫、穀倉院別当、播磨守などの官職を歴任し、位階は従四位下にまで昇ったようじゃが、発揮されていたパフォーマンスが40%の状態でも彼がそこまでの地位にたどり着けたのは、まさに属性表の数値のなせる業というわけじゃな」
陰陽師の言葉を聞き、青年は再び属性表に目を通す。
『おっしゃる通りだと思います。では、属性表や当時の実績から、安倍晴明は先生のような陰陽師/霊能力者の条件を満たしていたと考えても問題ないのでしょうか?』
青年の問いに対し、陰陽師は小さく首を左右に振ってから口を開く。
「いや、それはまた別の話になる。仮に彼が霊的なものごとに対するソリューションを持つ人物であっても、ワシの考えに賛同するとは限らぬし、現世利益や私利私欲のために能力を行使せず、本物の“カミ”の意向を把握していたかどうかには大いに疑問が残るからの」
『なるほど。真の“霊能力者”であるかどうかは、霊能力の強さなどの属性表の結果だけでは決まらないということですね』
陰陽師の言葉に一つ頷いた後で、青年が言葉を続ける。
『ところで、最近、メディアで話題になっている陰陽師がいるのですが、彼なんかはいかがでしょうか?』
「ふむ。鑑定するまでもなく怪しげな人物のようじゃが、その前に、そなたなりの見解はどうなのじゃ?」
いつもの笑みでそう問いかける陰陽師に対し、青年は苦笑を浮かべながら口を開く。
『頭2の魂2−4で霊媒体質(−1)、霊障と天命運に“17:憑依”の相があり、第6・7チャクラが乱れているのではないかと』
そう答えた後、青年はその陰陽師の名前を陰陽師に告げる。
陰陽師は指を小刻みに動かした後、紙に鑑定結果を書き記していく。
属性表を見た青年は目を見開き、口を開く。
『やはり、チャクラの乱れは6のみでしたか。SNSを通じていろんな人物の属性表を見て思うのは、肩書きや経歴を誇張気味で発信している陰陽師や霊能力者は、基本的に、頭が2で魂2−4の人物が多いように感じます』
「全員が全員、頭が2の魂2−4とは限らぬものの、そなたの見立て通り、確率的に頭2の2―4が多いと思って差し支えはないじゃろうな」
『僕としては、一人でも多くの方に、魂磨きの修行の重要性に早めに気づいていただきたいと思っているのですが、彼のような人物の言葉を信じ、今日もモチベーションを保って仕事に励んでいる人たちがいることは、悩ましい限りです』
「そなたの言うこともわからぬではないが、結局は、本人たちが信じるに値すると判断した力や見えない存在を信じるのはしょうがないことじゃし、信じた結果から学ぶこともまた、修行の一つなのじゃろうて」
陰陽師の言葉に対し、青年は真剣な表情で首肯し、口を開いた。
『ちなみに、この人物ですが、彼の祖父が陰陽師で、霊に対する魔の祓い方を教わったことをきっかけに、学童の頃から占いの学問を始めたようです。魂2−4が学業に突出するという特徴と、転生回数が数奇な運命を歩みやすい230回代であることを鑑みると、まさに学問としての占いは、彼にとって得意分野だったのかもしれません』
「たしかに、2―4の占い師が多いのも、そのほとんどが2(3)-4であるのも、統計学的な事実じゃからな」
陰陽師はいつもの笑みを浮かべて小さく頷いた後、口を開く。
「ちなみに、霊能力に関して、忘れてはならぬ原則がある」
『とおっしゃいますと?』
そう言い、青年は背筋を伸ばす。
「それは、“霊能力”は基本的に一代限りという大原則じゃ。仮に、その子孫たちが初代の“霊能力者”の人物の儀式の型や智恵を代々伝承したところで、それらの形式的な儀式が、様々な霊的な問題にたいして全く用をなさないことは、伝統的な宗教を見れば一目瞭然じゃ」
『つまり、陰陽師/霊能力者の何代目の子孫と謳っているからと言って、本人に霊能力があるとは限らないということですね。ちなみに、この陰陽師は様々な占術を用いて占いをしているようです』
そう言い、青年はスマートフォンを操作して占術を告げていく。
「まあ、その人物が、何を種本にして占いをしようと、自由じゃが」
そう前置きをしたうえで、陰陽師が口を開く。
「一口に暦と言ったところで、その暦自体も、世界規模でこれまでに何度も変わっておるし、大きな視点で見れば、地球もその他の星々も、宇宙の同じ場所に存在しているわけではない。また、先ほども言ったように、未来は我々人間一人一人の行動と地球の活動によって変化することから、未来予知に関する鑑定自体、ワシに言わせるとあまり意味がないということになる」
『そうでしたね。仮に占いで望ましい未来が出、それが的中してその時は幸せだったとしても、その幸せが、実は、さらなる不幸の始まりとなる可能性もありますし、その逆もまた然りなわけですから、未来のことを考える暇があるなら、瞬間瞬間の選択で悔いが残らないように行動する方が大事なのですよね』
「その通りじゃ」
青年の言葉に陰陽師はいつもの笑みをたたえて頷いた後、口を開く。
「他に、誰か気になる人物はおらんのかな?」
『テレビ番組に出演していた霊能力者として、この人物はいかがでしょうか?』
「どんな人物かの?」
青年はスマートフォンを操作し、その霊能力者の経歴を挙げていく。
『彼は18歳頃から心霊現象に悩まされてから、1年間寺で修行した後、2年間の滝行を経て憑依体質を克服したと書かれています。その後、霊視アドバイスを続ける中で、別荘の心霊現象に悩んでいた小説家の相談に乗ったことで、その小説家の縁でメディアに出演することになったと。その後は、テレビ番組にレギュラー出演するだけでなく、霊視によってゲストの部屋の中を言い当てるなどして番組を盛り上げていたようです』
黙って耳を傾ける陰陽師の様子を察し、青年は続ける。
『ただ、彼の番組をきっかけに中学生が飛び降り自殺をしてしまったり、とある女優の死んだ父親を霊視して語ったところ、実はその父親は存命だったり、合成された偽物の心霊写真を本物だと断言してしまうなど、彼の霊能力に対する疑惑や批判の声もそれなりにあったようです』
陰陽師は指を小刻みに動かし、紙に鑑定結果を書き記していく。
内容を一通り眺めた青年は、小さく息を漏らしてから、再び口を開く。
『残念ながら、この人物はいわゆる“霊能力者”ではありませんでしたか。彼は、イギリスに渡ってアカデミックなスピリチュアリズムを学び、短大でスピリチュアリズム授業を行うなど、現実面での活動もしっかりしていたようですが、少し残念です』
「修験道での修行や滝行によって憑依体質を克服したと言っておったが、霊障と天命運に“17:天啓”の相が残ったままじゃし、言うまでもないことじゃが、修行によって霊能力が身につくことも、霊媒体質が変わることもない」
陰陽師の言葉に対し、青年は頷いてから、口を開く。
『血脈の霊障に“3:精神”と“4:病気”の相もありますから、以前にお話を聞かせていただいた、前世の記憶を語る少年(※第24話参照)に近いケースなのかもしれませんね』
青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、続ける。
「ワシが知る限りでは、彼はオペラ歌手もやっているようじゃが、自身の公演の中で歌を披露してみたり、他のプロの歌手と共演という形を取っていることから、 “排除命令”に抵触しないグレーゾーンでも活動しているようじゃな」
陰陽師の言葉を聞き、青年は再び属性表を眺めから、口を開く。
『オペラ歌手以外にも、一般社団法人の理事長や、作家やタレント、スピリチュアルカウンセラーと活動が多岐にわたっているので、魂の属性が、プロのスポーツ・芸能・芸術を生業にできる2−3−5−5…2(※第23話参照)ではありませんが、ギリギリセーフなのでしょうね』
「かなりきわどいところを歩いているが、今までのところ、ぎりぎりセーフと言えなくもないのじゃろうな」
『よくわかりました。それにしても』
二つの属性表を手に取り、青年は眉間にシワを寄せながら口を開く。
『先ほどの陰陽師もそうですが、メディアで話題になる人物は、先生のような陰陽師/霊能力者の条件にあてはまる人物は、ほぼいなそうですね』
そう言い、暗い表情で視線を落とす青年を励ますように、陰陽師は微笑みながら声をかける。
「そう落ち込むでない。そもそも、見えない世界の話じゃから、陰陽師/霊能力者が行使している能力が本物か偽物かを判定することは難しい。また、どの人物が仮に本物だとしても、多くの新興宗教のように地上天国を目指すという方向性が正しいのか、現代医学の西洋医のように、病気だから治すのが善(最終的に不老不死を目指す)という考え方が正しいのか、という問題もある」
『なるほど。安倍晴明は病気平癒や雨乞いをしていましたが、それらが“本物のカミ”の意向に沿っていたとは限らないのですね』
「その通りじゃ。仮に陰陽師や、既存の新興宗教の開祖が、たとえそれなりの霊能力を持っていたとしても、彼らがどのような“理念/哲学”をもって、教義や宗教を確立させたのかということの方がはるかに重要なのじゃよ」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、記憶を辿るように視線を巡らせ、黙考する。
そんな青年に対し、陰陽師は励ますような笑みを向けて言葉を発した。
「何か気になることでもあるのかの? どんなことでもかまわぬから、とりあえず話してみるがよい」
そんな陰陽師の様子を見て安心したのか、青年は小さく頷いてから、口を開く。
『以前、“邪神”は既存/新興の宗教が新たに作り出した“神(もどき)”とお聞きしましたが、新興宗教の信者たちが教祖を神格化することによって、死後、教祖が邪神となってしまうこともあるのでしょうか?』
「その場合の“邪神”は信者側の問題であるわけじゃから、本人とは直接関係はないが、教祖本人が死後も崇めてもらおうとこの世に執着し、地縛霊化しているケースは十分に想定できるじゃろうな」
『なるほど。邪神と霊障の関連で思ったのですが、新興宗教の信者をご先祖に持つ霊媒体質の子孫の場合、霊障の12と13、すなわち、邪神1と2の相がかかりやすいのでしょうか?』
「その可能性は高いじゃろうな。困った時の神頼みという話も、今よりも霊主体従であった時代には、極めて自然な行為だったはずじゃろうから、そのような新興宗教の信者たちが、教祖の死後、教祖を神格化し、魂磨きの修行という本来の道筋から離れてしまった結果、死際に、この世になんらかの執着を残して地縛霊化してしまうことも大いにありえたはずじゃ」
『なるほど。何だか恐ろしい話です』
そう言い、身をすくめる青年にいつもの笑みを浮かべ、陰陽師は続ける。
令和の生き方とは
「“本物のカミ”よりも“似非神様”ばかりが注目され、求められるのは、“カミ”がすがるものではなく、感謝するものという基本をわきまえないことに起因しておるとワシは思う。ゆえに、この世は魂磨きの修行の場であり、地球人全員が幸せになることも地上天国を目指すことも違うということを、一人でも多くの人に伝える必要があるわけじゃな」
『たしかに』
陰陽師の言葉に対し、真剣な表情でうなずいた後で、青年は口を開く。
『ただ、物事に行き詰まった時に、自分の力で乗り越えるのではなく、他力本願になってしまうのは、人間誰しもが持つ弱さである以上、そのような姿勢はある程度はしかたないものと考えるべきでしょうか』
「もちろん、特に霊媒体質の人物の多くは、霊障によって余計な重荷を背負っていることから、本来なら乗り越えられる試練をパスできないことも大いにあり得る。そのような人物に対し、根本的な解決策を提示することなく、現世利益を叶えた後の代償を無視したまま目の前の人物の“弱さ”を食い物にする宗教が幅を利かせていること自体は、大いに問題じゃと思う」
『令和のねじれによって、“体主霊従”から“霊主体従”に方向修正した要因の一つとして“コロナ禍”が生じたと僕は認識していますが、世の中が混沌として不安になりやすい時代だからこそ、なおさら氣をつけなければいけないわけですね』
「その通りじゃ。ワシのみるところ、2021年は、地球規模でますます“ねじれ解消の動き/霊主体従化”、すなわち、世界レベルの混乱が深まっていく可能性が極めて高い」
青年は驚きに目を見開き、しばらくうろたえてから、ようやく口を開く。
『新型コロナウイルスの中には、変異して感染力が高まり、猛毒化しているとも聞きますから、コロナ禍が落ち着くどころか、さらに激化する可能性もあるということでしょうか』
「そのあたりは、ワクチンの効能と接種のスピードとの兼ね合いが肝となっていくのじゃろうが、このコロナ禍自体は、まだまだ続くとみた方がいいじゃろうな。それと、幸か不幸か、たまたまこの時期に転生している人々の“現世的に見た”勝ち負けがはっきりしてくる可能性も極めて高く、2020年以降の勝ち負けが、今世の宿題の達成度とほぼイコールと言う側面も決して無視することはできないと思う」
青年は思案顔で腕を組んだ後、口を開く。
『そうなると、現世利益を叶えてくれる眷属や邪神を崇めてたり、現世利益を叶えることにフォーカスした占い師や霊能力者に助言を仰ぐほど、むしろ現世利益の獲得が遠のくという、矛盾が生じるわけですね』
「何を信じるかは各人の自由じゃが、ワシが他の新興宗教団体の教祖や霊能力者と異なる点は、大まかに言って二つある。一つ目は、この世は修行の場という前提のもと、現世利益にコミットしないこと。そして、二つ目は、ワシを教祖として神格化しないことじゃ」
陰陽師の説明に対し、青年は首肯して続きを待つ。
青年の意図を察した陰陽師は、一呼吸置いてから再び口を開く。
「一つ目に関して言うと、たとえば、神事によって“8:異性”の相を解消したからといって、その意味するところは、自分好みの異性と恋愛をし、その結果、結婚できるようになる、ということを保証しているのではなく、あくまで霊的な重荷を取り除き、素の状態になった人物が魂磨きの修行に励めるようにお膳立てすることに他ならない」
『そうでしたね。僕のように恋愛運の数字が低い人物は、霊障が解消しても異性絡みのトラブルがなくなるわけではなく、女性と様々な問題を起こすこと自体が魂磨きの一環ということだったと記憶しています』
苦笑しながらそう言う青年に対し、陰陽師は笑みを向け、続ける。
「二つ目に関して言うと、ワシは、自ら交信する“カミ/セントラルサン”からの回答を受信したり、そのパワーをクライアントに“転送”する能力はあるものの、自らが完全な存在では決してない。つまり、一人の人間として、必ずしも褒められる人間とは限らないというのも重要なポイントとなる」
陰陽師の言葉に対し、驚きの表情を見せながら青年は口を開く。
『先生のお考えやお人柄を見知っている僕としては、尊敬できる人物だと思いますが、属性表の内容が我々と大きく異なる人物からしたら、また違った評価をされることもあるのでしょうね』
「その通りじゃ。新興宗教の教祖よろしく、自らを“生き神様”などと規定すること自体、“カミ”を恐れぬおこがましい行為じゃし、陰陽師/霊能力者がその能力を行使するにあたり、“何が善であり何が悪なのか”という自分なりの判断基準を持つことが必要不可欠じゃ、とワシは思う」
『地上天国を目指している新興宗教とは異なり、完全な存在である必要も、目指す必要もなく、各人が魂磨きの修行に生まれてきているわけですからね』
青年の言葉に、陰陽師は軽く頷いていから、再び口を開く。
「それに、本物の陰陽師/霊能力者は、その職責として、“カミ”とは“公平無私”なる存在であり、利害の異なる個々人のいずれにも加担することのない存在であることを、あらゆる機会をとらえ、一人でも多くの人々に伝える義務を負っているわけじゃ」
『なるほど。そして、先生のような陰陽師/霊能力者は、あくまで霊媒、“カミ”の言葉の通訳者に過ぎず、しかも“本物のカミ”の言葉であるから、特定の人物のみに利益をもたらしたり、特別扱いするような内容にはならないと』
「その通りじゃ。新興宗教の教祖は、自分のみが通信可能な“神”を共有したり、その“神”を偶像化し、信者/クライアントたちにそれを祈るよう強要しているが、それこそが“邪道”なわけじゃ」
陰陽師の言葉に対し、青年は少し唸ってから口を開く。
『眷属や邪神にすがることは“邪道”、せっかく現世利益が叶えられたとしても、崇めるのを止めた瞬間にしっぺ返しをくらい、得た物を失ってしまうとするなら、眷属や邪神は最初から存在しなければいいのに、と思います』
「そなたの言いたいこともわかるが、そのあたりが“この世は修行の場”たる由縁で、魂2:貴族(軍人・福祉)に観音と不動明王の役割があるように、眷属や邪神にも、この世の善悪を超えた役割があるのじゃよ」
『とおっしゃいますと?』
「たとえ全ての神事を受けてパフォーマンスが100%になったとしても、眷属や邪神を頼ることをやめられない人はいるわけじゃし、日々の過ごし方によっては、他者の念や雑霊/魑魅魍魎を拾ってしまい、魂磨きの修行から遠のいてしまう人も少なからずおるのが、この世の常なのじゃよ」
青年は腕を組み、しばらく黙考した後、口を開く。
『つまり、魂磨きの修行も一本道ではなく、常に修行の道から外れないように“不動心”を養わなければいけないという、いつものお話に帰結するわけですね』
「まあ、そういうことじゃ」
青年の言葉に頷きながら、陰陽師が言葉を続ける。
「そなたも、それなりにあの世とこの世の仕組みを理解してきたようじゃな」
そう言い、頭を下げる青年を横目に、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。
『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』
そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。
「気をつけて帰るのじゃぞ」
陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。
帰路の途中、青年は陰陽師の言葉を反芻していた。
人生の目的が魂磨きの修行であるということは、現世利益を求めることとは似て非なるものである。
だが、平成までの“体主霊従”の時代とは異なり、“霊主体従”の時代へと変化を遂げる令和の中で、今世の宿題を達成することが副次的に“現世的な成功”に結びつくとするならば、現世利益的なことに一喜一憂する必要もなく、今まで以上に真摯に生きていけばいい。
そう、青年は決意するのだった。