新千夜一夜物語 第24話:前世の記憶と輪廻転生

青年は思議していた。

SNSで偶然見かけた、前世の記憶を持つ少年についてである。
彼が3歳の頃から語る前世の内容は詳細でブレがなく、それを信じた母親がSNSを使って拡散していた。
前世の記憶は本当にあるのだろうか?
それとも、なんらかの霊障が関係しているのだろうか?

一人で考えても埒が開かないと思い、青年は陰陽師を訪ねた。

『先生、こんばんは。今日は前世の記憶について教えていただけませんか?』

「前世の記憶とな。また壮大なテーマじゃが、今回はどんなきっかけがあったのかの?」

青年は前世の記憶を持つ少年と、情報を発信している彼の母親について、陰陽師に説明した。
陰陽師は、青年の話に耳を傾けながら、鑑定結果を紙に書き記し終わると、口を開いた。

「話をする前に、以前ワシが説明したこの世とあの世の仕組みについて、もう一度復唱してもらえるかな?」

陰陽師に問われ、青年は一点を見つめて記憶を辿るようにゆっくりと話しだす。

『この世は魂磨きのための修行の場であり、どの魂も例外なく400回の輪廻転生を繰り返します。肉体を離れる、すなわちあの世へ無事に帰還した魂はあの世にある魂の本体である”大御霊”の元に戻り、”大御霊”と合体し、この世の時間で換算すると28年間休息します。同時に、今世の振り返りと反省を行ない、次回の魂磨きの計画を立てます』

陰陽師が黙って首肯するのを確認し、青年は続ける。

『そのような輪廻転生を400回繰り返したのち、魂は永遠の生命を獲得し、三次元、四次元をコントロールしているセントラルサンの元で各々の役割に応じた任務を果たすという認識をしています』

「うむ、最近は、なかなかよく勉強しているようで、知識もしっかり体系化されてきたようじゃな」

青年の回答に満足そうな笑みを浮かべながら、陰陽師は言葉をつづけた。

「そなたの説明に一つだけつけ足しておくと、魂が肉体を離れる際に、この世に何らかの執着を残し、あの世に戻ることを躊躇していると、あの世に帰りそびれ地縛霊となってしまう。そして、そのような経緯であの世に戻れなくなった魂は、地縛霊となって子孫にかかったり、子孫がいない場合は土地や会社、あるいはそれらに帰属する赤の他人にかかる以外手立てがなくなってしまうことは以前説明した通りじゃ」

陰陽師の言葉を聞き、青年は黙ってうなずいてみせる。

「それを踏まえて、鑑定結果をみてもらうと、このような結果になる」

前世の記憶を持つ少年

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青年はしばらく鑑定結果を眺めていたが、やがて眉をひそめて口を開いた。

『前世の記憶を明確に持っているということでしたので、この少年は“霊能力”持ち(±*)かと思っていましたが、ただの“霊媒体質”(−1)なのですね。しかも2−4、転生回数が第二期(201〜300回)の魂4ですから、鑑定結果を見る限り、この少年の妄言という印象が強くなりました』

結果を知ってからというもの、辛辣な物言いに変わる青年。
そんな青年を、陰陽師は片手で制してなだめる。

「ちなみに、そなたは“霊能力”にどんな種類があるか知っておるかな?」

陰陽師にそう問われ、青年は苦笑いをしながら首を左右に振る。

「一般的な霊能力(神通力)の分類としては、天眼通力、天耳通力、自他通力、運命通力、宿命通力、漏尽通力という種類があるとされている」

『一口に霊能力といっても、6種類もあるのですね』

青年の言葉に陰陽師は首肯して答える。

「中でも、“宿命通力”とはその人がどういう天命を持って生まれてきたのか、何故こういう運命になったのかという、前世・今世・来世のことがわかる能力のことなのじゃが、仮にこの少年が霊能力を持っているとするなら、これに該当することになる」

『しかし、鑑定結果から判断する限り、少年は“霊能力”持ちではないと・・・』

顔をしかめながら言う青年を横目に、陰陽師は続ける。

「話を進める前に、ほかの霊能力について一通り説明しておくと、“天眼通力”とは、相手が何をしているか、将来はどうなるか、それらを神様が霊眼で見せてくれることを言う。“天耳通力”とは、耳で神の意図がキャッチできたり、心霊と話ができたりする能力のこととなる」

『人間の視覚と聴覚が進化した印象ですね』

「ただし、超能力と霊能力の違いは、超能力が人間の五感をさらにパワーアップさせたものであるのに対し、霊能力とは、超能力と一部かぶる部分もあるにはあるが、一般の人間には見えない世界に対応する能力と理解するとわかりやすい」

『なるほど。たとえば“遠視”が単に遠くが見えることだとすると、“天眼通力”は物質的な世界を超えたものなのですね』

「端的に言うと、そういうことじゃな」

青年の言葉に陰陽師は小さく頷いて見せ、続ける。

「次の“自他通力”とは、読心術のことであり、相手の思っていることがすぐ読めるという能力のことじゃ。“黙って座れば、ピタリとあたる”という易者などが、その典型的な例じゃな。そして、“運命通力”とは、運命を予知する能力で、以前こういうことがあったとか、この先こういう時期にこういうことがあるであろうということがわかる能力のこととなる。簡単に言えば、人間の過去世や未来が見える能力のことじゃな」

『“12:読心・暴力衝動/諸事に支障(物)”と“13:予知・口撃衝動/諸事に支障(人)”、どうでもいい場面では人の心が読めたり、予知できるものの、大事な場面では外してしまうという霊障と混同されそうな能力ですね』

青年は眉を潜め、口を挟む。

「12・13がタヌキやキツネにとり憑かれる状態だとすれば、こちらはそれの正常版というところじゃな」

対して、陰陽師は小さく笑いながら続ける。

「そして最後の“漏尽通力”じゃが、これは人の悩み、苦しみ、人生上の様々な問題を(今世の宿題と抵触しない程度に)解決する能力のことで、漏尽とは漏れなく尽くすという意味となり、人間の問題点、苦しみを漏れなく尽くして解決し、幸せに導く能力と言うこともできるじゃろう」

『なるほど、この六つが俗にいう霊能力(神通力)なのですね』

青年は陰陽師の説明に小さく頷くと、言葉を続ける。

『この六つの霊能力の中で、先生の“霊能力”は“漏尽通力”がもっとも近い印象です。救霊はもちろん、Yes/Noで僕たちの質問に答えてくださっていますので』

「ただし、これらの説明は古来からの“分類”がそうなっているという話をしたまでのことで、ワシら霊能力者の間では、天眼通力、天耳通力、自他通力、漏尽通力の存在を認めるものが多い反面、運命通力、宿命通力の存在については懐疑的な意見を持つ者がかなり多いのが実情となる」

『とおっしゃいますと?』

「まあ、そう話の先を急ぐでない。まず、そなたなりの推論を聞かせてもらいながら、おいおいそのあたりについても説明していくとしよう」

陰陽師はいつもの笑みをたたえながら、青年に先を促す。

『では話を元に戻しますが、少年は転生回数の十の位が“30回代”ですから、前世の記憶を持って産まれてくるという数奇な運命を抱えて転生してきたと考えることもできると思います』

自分に言い聞かせるように青年は言葉を止め、再び口を開く。

『とは言え、天命運の“3:精神”の相、先祖霊の霊障と天命運の“17:憑依”の相、そして、魂の属性が3で霊媒体質が最も強い(-1)という特徴を踏まえると、この少年の場合、霊障の影響が強く出る体質と思われます。つまり、キツネやタヌキといった動物霊が憑依しているのではないのかと』

青年の言葉を聞き、陰陽師は小さくうなずいてから口を開く。

「ここまでは、そなたの推理は大筋で当たっておろうと思う。じゃが、今回の一件は母親の魂の属性にも言及する必要があると思うが、そのあたりはどのように考えるかの?」

今世の母親

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青年は両者の鑑定結果を見比べながら、口を開く。

『母親の鑑定結果をみるかぎり、先祖霊と天命運に障害はあるものの、“3:精神”も“17:天啓”といった相がないことから、現実離れした言動をする人物とは考えにくいと思います。また、頭が“1”で基本的気質や基本的性格が7−7という点も考慮しますと、至極真っ当な人物と思われます』

青年の言葉に対し、小さくうなずいてから陰陽師は口を開く。

「3(9)―3という魂の属性から判断するかぎり、母親は医師の可能性が高い。また、医師となる人物は、そのほとんどが魂の属性“7”なのだが、この母親の場合はめずらしく魂の属性が“3”なんじゃ」

陰陽師の言葉を聞き、青年は再び鑑定結果を確認してから口を開く。

『魂の属性が3ということは、先祖霊の霊障があり、見えない物事に対する理解・関心度が(+1)と高いわけで、前世の記憶といったスピリチュアル的なことにそれ相応の理解があり、そういった領域にも柔軟に対応できるハイブリッドな医師と考えて差しつかえないと思うのですが』

やや興奮気味に話す青年を片手で制し、陰陽師は説明を再開する。

「そこまでの断定はできないとしても見えない物事に対する理解・関心があることは間違いないじゃろうから、息子さんの言葉を鵜呑みにしたというか、一定の疑義は持ちつつも最終的には受け入れてしまった可能性は否定できんかもしれんな。さらに言えば、この母親にとって、“親子間の相性”が10点満点中の1点であることから、この少年が親泣かせの子供である可能性もかなり高いと思われる」

『仮に親御さんが医師であるとするなら、魂の属性7が基本の医学界では、今回のような前世の記憶などの発信をすると、異端視される心配すらありますよね』

「うむ。患者の足が遠のく以外にも、お子さんの前世の記憶に関する問い合わせが増え、本来の職責とは関係ないところで多忙となる可能性も高くなるじゃろうしな』

そう言い、陰陽師は湯呑みに注がれた茶を飲み始める。
青年は顎に手をあてて黙考していたが、やがて顔を上げて口を開いた。

『ふと思ったのですが』

「うむ?」

足元にすり寄ってきた猫をなでながら、陰陽師は青年に先を促す。

『あの世で今世の出来事を振り返るとしても、新たに転生するにあたりそのような記憶をリセットしてくるわけですから、前世の記憶を持っていることは極めてめずらしいことになりますよね?』

青年の言葉を聞き、陰陽師はうなずく。青年は陰陽師の意図を察し、続ける。

『あるいは、この世の宿題、天命を魂が潜在意識で知っているとするなら、この少年が語っている前世の光景は、過去の話ではなく今世の彼の天命、つまり将来起こることを予見しているのでは、とふと思ったのですが』

「そのあたりは先程の運命通力と宿命通力の話にも関連するのじゃが、未来というものは、地球上にいる80億人以上の人間たちの一瞬一瞬の選択の積み重ねと、地震、津波、気温の急激な変動といった天変地異なぞが複雑に絡み合うことでできていることから、大まかな道筋はついているとしても、確定した未来などというものは存在しないことから、その可能性はまずないと思う」

『ということは、人が死を迎えるにあたり、その結末は歩んできた道のり次第ということなのですね』

「さよう。たとえば、3.11のような大災害で亡くなった人々を例にとると、彼らの大多数は、あのような大災害に巻き込まれて命を落とすことを納得した上でこの世に転生してきておる。傍(はた)から見ると志半ばで命を奪われたようにみえたとしても、実際に、地縛霊化する人間なぞほとんどいないのはそのような理由によるのじゃ」

陰陽師の言葉を聞き、青年は目を見張ってから声色を高くして答える。

『それはとても興味があるテーマですので、機会をあらためてゆっくりお話を伺いたいと思います』

青年の言葉に陰陽師は首肯して答える。

「で、話を戻すと、もう一つの可能性は、この少年が話す前世の記憶が、少年の前世ではなく他の人物の記憶という可能性じゃ」

『とおっしゃいますと?』

テーブルに飛び乗ってきた猫の頭をなで、微笑みながら陰陽師は口を開く。

「地縛霊化した魂にかかる子孫がいない場合、土地や会社、あるいはそれらに帰属する赤の他人にかかることは先ほど説明した通りじゃが、稀に血脈(肉体の先祖)も霊統(魂の先祖)も土地や会社にもかかわりのない関係ない、文字通りの赤の他人にかかることがある」

『つまり、救霊を願う地縛霊が、偶然縁もゆかりもない少年にかかってしまい、少年の口を介して生前の記憶を語っているというわけですね?』

「実際、ワシのクライアントの中にも若干名、霊能力がないにもかかわらず、前世の記憶を持つ者がおるのじゃが、特に有名な事件や事故にかかわっている場合なぞ、彼らの語る前世を単なる妄言と済ますわけにはいかぬような歴史的な符号があったりする。しかもそれが当事者しか知りえぬ事象であった場合、深層心理の下にある記憶が何らかの拍子に表面化したものか、あるいは地縛霊など他人の記憶を拾ったものなのか、判別が非常に難しい。この少年の場合も、地縛霊がかかっていることからそのあたりの可能性を一概に否定することはできないと思う」

『ということは、その地縛霊を祓ってみないかぎり、この少年の話が完全な妄言と断定することはできないと。逆説的な言い方をすれば、少年にかかっている地縛霊を救霊しさえすれば、彼の記憶が深層心理の下にあったものか、どこかの地縛霊の記憶かの判別ができると?』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく首を振って答える。

「いや、話はそれほど単純ではないじゃろうな。というのも、少年の魂の属性や先祖霊の霊障と天命運とチャクラの問題等を総合的に勘案するかぎり、彼の話がすべて真実とは言い切れない面があまりにも多すぎる。よって、仮に神事をしたところで、新たに別の地縛霊の話を前世の記憶として話し始めてみたり、ここまで話を大きくしてしまった手前、今更前世の記憶の話が嘘だったともいえんじゃろうしのう」

青年は再び腕を組んでうなってから、口を開く。

『ただ、本当に前世の記憶を持っている可能性もある以上、少年の話が真実で、前世と関わりがあった人物と再会し、ハッピーエンドを迎えられれば、ベストであることは間違いありませんよね』

「ことの真偽はともかくとして、その少年の言うことが真実であるのであれば、その通りじゃろうな」

『そして、今後もこの少年が今世の母親を惑わせ続けるとしても、子供は親を選んで産まれてくる以上、今回の出来事が、この親子双方にとって魂磨きに必要な縁であることも間違いなのでしょうし』

「この少年にかかっている地縛霊と我らの間になんらかの縁があるのであれば、いつの日か思いもかけぬ邂逅があるかも知れんしな」

陰陽師の言葉に対し、青年は大きくうなずいて見せる。そして、時計に目をやり、口を開く。

「いつの間にか夜も更けたようじゃ。気をつけて帰るのじゃぞ」

『今日もありがとうございました。これからも勉強を続けます』

そう言い、席を立って深く頭を下げる青年に対し、陰陽師は微笑みながら片手で別れの挨拶をする。

帰路の途中、青年はいろんな人物のことを思い出していた。
過去世が見える人、相手の寿命が見える人、未来が見える人、そのいずれも確たる根拠のない人々ばかりだった。結局、表立って異能をアピールする人の中に本物の霊能力者はほとんどいないのではないか?
そんなことを思いながら、青年は一歩一歩歩を進めていった。