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  • 新千夜一夜物語 第14話:家出少女と誘拐犯

    青年は思い悩んでいた。

    先日ニュースで報道されていた、“埼玉女子中学生誘拐事件”についてである。

    誘拐事件の容疑者である男性は不動産業に従事しており、“家出したい”とツイッターで発信していた女子中学生二人を呼び、彼が管理していた埼玉県にある借家に住まわせていたという。

    二人はそれぞれ個室を与えられ、外出は自由。食事は一日三回、入浴や携帯電話の使用も制限されていなかった。また、兵庫県の中学生は親に安否を知らせる手紙を出していたという。

    養ってもらうための唯一と思われる条件が“勉強すること”で、容疑者は女子中学生二人に学校の科目のほかに不動産業の勉強をさせており、保護された時は勉強中だったとのこと。

    青年にはどうしても容疑者の男性が悪人とは思えなかったため、今回の事件の要因を知るべく、陰陽師の元を訪ねるのであった。

    『先生、こんばんは。今日は魂の属性の観点から事件について教えていただきたいです』

    「今度は事件についてとな。そなたもいろんなことに関心を持つようになったようじゃの」

    『霊障の影響や魂について学んだことで、いろんなことに興味を持つようになりました』

    青年は大きく頷いて答えた。

    「ちなみに、どんな事件かの?」

    青年はウェブで確認した事件の概要を話した。陰陽師は時折、指を小刻みに震わせて話を聞いていた。

    『家出したいと発信することはあっても、実際に家出するのはなかなか勇気がいることだと思います。女子中学生の一人は兵庫県から埼玉県へと、かなり遠方から来ていたようですし。これは誘拐というより、女子中学生たちが自分の意思で容疑者の元へ行ったわけであって、それくらい嫌なことが家庭で起きていたのではないかと思います』

    珍しく饒舌な青年。長所である“一見不可思議な正義感”が表れているのだろうか。

    「話を聞きながら鑑定をしておったのじゃが、
    容疑者の男性は頭が1、2(3)―2、魂の属性7(1―1)―7(1)、
    先祖霊の霊障はなく、魂の属性や親近性からも、世間で言う犯罪者タイプではないようじゃな」

    青年は目を見張って口を開く。

    *2(3)−2・・・転生回数が230台の魂2。
    *魂の属性3は霊媒体質、7は唯物論者。
    *7(1)の人物は主義・主張をするが、裏表がない。

    『鑑定してくださってありがとうございます。容疑者の男性は、頭が1で、“2:制服組(軍人・福祉)”階級ですか。魂2ということは、身寄りがなく自活能力に乏しい女子中学生を支援したという意味で、福祉方面での役割(第4話参照)が発揮されたのでしょうか?』

    「そういった捉え方も一理あるの」

    『先祖霊の霊障がないとしても今回のような事件になる以上、何か他の要因が考えられないでしょうか?』

    陰陽師は紙に新たな数字を書きながら、説明を再開する。

    「まず、この男性は輪廻転生が230回台であることから、そもそも数奇な運命をたどる可能性は極めて高いということがいえるじゃろうな」

    『なるほど』

    「あと考えられるのは、この容疑者の場合、天命運に2、5、17の相が色濃く出ておるな」

    『なるほど、天命運の方でしたか。ちなみに、天命運の数字は先祖霊の霊障の種類(第2話参照)と同じなのでしょうか?』

    陰陽師は首肯して答える。青年は慌てて霊障の種類が書かれた紙を取り出した。

    『2は仕事で、5が事故/事件、17は天啓/憑依ですね。容疑者の男性は魂2なので、17は天啓ということで合っていますか?』

    「その通りじゃ。勉強の成果が出ておるな」

    青年は調子に乗ったのか、表情を輝かせながら解説を始める。

    『これらの相から察するに、容疑者の奉仕精神が17の天啓によって現在の日本の法律では違法行為となる形で表れてしまい、事件となってしまった。しかも、仕事運が塞がれていることから、女子中学生二人を養えるほどの経済的余裕があるくらいに仕事が順調だったものの、今回の事件で仕事も失われてしまったのではないかと』

    「5:事故/事件の相の影響で、今回の事件を引き起こす方向へ人生がズレてしまったとは言えるかもしれんが、そのほかはこじつけと言わないまでも、かなり我田引水というか、牽強付会な解釈のようじゃな」

    大きく肩を落とす青年。その様子を見て、陰陽師は体を揺らして笑う。

    『まだまだです・・・。とは言え、僕個人の見解として、容疑者は純粋な悪人とは思えないのです。“将来、仕事を手伝わせるためだった”という個人的な願望によって養うことを条件に勉強させていたようですが、見方によっては学業だけでなく将来のことも視野に入れて女子中学生の面倒を見ていたと言えなくもないかと』

    「容疑者本人に実際に悪意があったかどうかは断言できぬが、この事件を容疑者を中心にみるかぎり、天命運の障害によって引き起こされた可能性は高いじゃろうな」

    青年は真剣な表情でうなずく。陰陽師は再び指を小刻みに動かし、紙に数字を書いていく。

    「ちなみに、兵庫県の女子中学生は、
    頭1、3(9)―3(武士)、魂の属性7(1−1)−7(1)で、
    先祖霊の霊障はなく、天命運に2、6、14、17の相が出ておる。

    一方、さいたま市の女子中学生は、
    頭1、2(4)ー3(武士)、魂の属性7(1−1)―7(1)で、
    先祖霊の霊障はなく、天命運に6、14、17の相が出ておる」

    『6は家庭の相でしたね。たしか、複雑な家庭環境で育つ、親と折り合いが悪い、あるいは自分が親となって家庭を持った時に複雑な家庭環境となってしまったり、子供との折り合いが悪くなる、そうでしたね』

    「そのとおりじゃ」

    『二人とも5の事故/事件の相がないのに今回の事件が起きてしまったということは、6の家庭の方に家出の原因があったのでしょうか?』

    「その前に二人の両親も鑑定しておくとしよう」

    『よろしくお願いします』

    事件の加害者と被害者の話かと思いきや、家族関係の話へ展開していく。
    霊障や天命運による因果関係というのは、当事者たちだけではなく、その家族まで関係してくるから、実に複雑怪奇な様相を呈する場合が多いようだった。

    「まずは兵庫県の女子中学生の両親じゃが、
    父親は、頭1、3(9)―3(武士)、魂の属性7(1−1)−7(1)で、
    先祖霊の霊障はないが、天命運に6、8、14、17の相が出ておる。

    母親は、頭2、2(3)−4、魂の属性3(1−3)―7(3)で、
    先祖霊の霊障に6〜15が、天命運に2、6、8、14、17が出ておる」

    青年は陰陽師のメモ書きを食い入るように見つめる。

    「今度はさいたま市の女子中学生の両親じゃが、
    父親は、頭1、2(4)−3(武士)、魂の属性7(1−1)―7(1)で、
    先祖霊の霊障はなく、天命運の障害は8、14、17の相が出ておる。

    母親は、頭1、2(3)−4、魂の属性7(1−7)―7(1)で、
    先祖霊の霊障はないが、天命運の障害に2、6、8、14、17の相が出ておる」

    『魂の階級や属性を見るに、どちらも父親の霊統を受け継いでいますね。そして、母親がともに2−4だと・・・』

    「そのとおりじゃな」

    『二人の中学生の母親がともに2−4ということは、娘さんに対して日ごろから上から目線で接していたり、理不尽な理由で感情をぶつけることが少なくなかったのではないかと思います。世間でよく言う、教育ママ系なのかもしれませんし』

    一呼吸置いてから、青年は続ける。

    『また、娘さんたちは“3:ビジネスマン”階級であるから、母親の感情的な対応に納得がいかないことがあったでしょうし、とは言え親子ですから従わなければならず、不満はたまっていく一方だったのではないかと』

    陰陽師は魂の属性の数字に丸を描き、強調する。

    「もちろん、2-3と2-4なわけじゃから本質的なところでお互いを理解し合うのは難しいという問題を捨象したとしても、双方の母親の天命運に家庭不和の相が色濃く出ているわけじゃし、兵庫県の家族にいたっては母親が先祖霊の霊障でヒステリックになりやすい傾向があるのに加え、天から何かが降りてきて、狐憑きのような状態に陥ることもあったようじゃから、唯物論者である娘さんとしては、そんな母親を理解できず、衝突を繰り返していたことは想像に難くない」

    青年は軽くのけぞり、顔を引きつらせる。

    『魂の属性3と7の価値観の合わないところが家族間で生じると大変そうですね・・・』

    「霊統が同じである父親は娘さんたちに対し、ある程度の理解を示していたのかもしれんが、家庭というのはどうしても母親の影響力が強くなりがちという事情もあわせて考えると、母娘間のミゾが問題を大きくしたのじゃろうな」

    『さいたま市のご家庭の方は、両親と共に頭が1で転生回数も2期と共通する部分がいくらかあると思いますが、兵庫県のご家庭の方は、母親の頭の1/2が異なりますし、娘さんの転生回数が3期で、“3:ビジネスマン”階級の大山(第10話参照)である3(9)なわけですから、勢いがある分、ガラ携並みの魂しか持たない母親から見たら理解不能なことが多いのかも知れませんね・・・』

    陰陽師はゆっくり首を縦に振り、青年は神妙な表情で何度もうなずく。

    『こうした両家の複雑な家庭の事情があったために二人の女子中学生たちは家出へと気持ちが大きく傾いていたところへ、天命運の障害に5:事故/事件の相がある容疑者と知り合ったために、家出を決意してしまい、今回の事件が起きたのでしょうか?』

    「その可能性は大いにあるじゃろうな。ところで」

    陰陽師はグラスに注がれた水を飲み、続ける。

    「先日、インターネットのコメントは“4:ブルーカラー”階級が多勢を占めていると伝えたが、この事件に関するコメントはわかるかの?」

    『掲示板を見ればわかります!』

    青年はスマートフォンを操作し始め、しばらくして口を開いた。

    『代表的なコメントを読み上げますね』

    《コメント1》
    自分の管理物件の空部屋に住まわせていたのか
    衣食住与えて勉強までできる環境で手も出してないんだろ?
    だとしたら人格者じゃねえか

    《コメント2》
    児童相談所よりよほどいい仕事してるじゃん

    《コメント3》
    この犯人を擁護してる人等の頭は大丈夫かね

    《コメント4》
    (コメント3に対し)
    そこらへん毒にも薬にもならない凡人よりはるかに徳が高いだろ

    《コメント5》
    足長おじさんも許されない世の中

    《コメント6》
    NPO設立して児相と一緒にやれば合法
    個人でやれば対象が未成年なら当然違法

    《コメント7》
    >2人は保護された際、勉強中だった。
    www

    青年がそれぞれのコメントを読み上げる中、陰陽師は指を小刻みに動かして鑑定している。

    「コメントの1から4は“魂4:ブルーカラー”階級で、5から7は“魂3:ビジネスマン”階級じゃな」

    『適当に抜粋しましたが、やはり魂4の方が多いのですね』

    「1から4は事件や人物といった小さい枠にフォーカスしておる。しかも上から目線で感覚的な評価に終始している感じがするじゃろう」

    青年はコメントを見返し、無言で頷く。

    「一方、5と6は事件や人物を踏まえた上で合法や違法など社会の仕組みについて触れており、何が原因でどうすればよいのかといった点まで考えたうえでコメントしておる」

    『気に入る、気に食わないといった感情論でものを言うのは自由ですが、それだけでは物事の改善に繋がりにくいでしょうし、建設的とは言い難いと思います』

    青年は背もたてに寄りかかり、腕を組む。

    『コメント7は魂4かと思ったのですが、そうでもないのですね』

    「このコメントを一読する限り、一見魂4のコメントと思うじゃろうが、よく読んでみると、本当に従来の誘拐事件なのかという問題提起をしつつ、そのズレを面白おかしく捉えている。これなどはどちらかいうと魂3の発想なのじゃな」

    『なるほど。コメントだけ見ると短絡的な印象ですが、引用元とセットで考えるとわかります。ただ』

    青年は眉間にシワを寄せながら言う。

    『コメントの数を見ると半分より少し魂4が多い程度ですので、意外と魂3も発信していませんか?』

    「それは抜粋したそなたが魂3じゃから、魂3のコメントに反応しやすかったのじゃろう」

    『なるほど。適当になんとなく気になったコメントを読み上げただけなので、そうかもしれません』

    「仮に初期段階で魂3と魂4のコメント数がきっこうしていたとしても、賛同されるコメントの数と引用コメントがつきやすいのは、そのコメントを読む人数から考えてもみても魂4が発信したものなのじゃから、結果、魂4の声がネットで目立ち、世論の主流となりやすいという結果になるのじゃよ」

    『魂3は魂3が発信したコメントに同意したとしても、あえてコメント欄で賛同の意を示さない印象です。僕だけかもしれませんが・・・』

    「今回のコメントの抜粋はひとつの例に過ぎんが、発信されるコメント数とどんな内容がコメントの中で語られているかを観察する重要さを少しは認識できたじゃろう?」

    陰陽師は微笑みながら言い、青年は背筋を伸ばして答える。

    『はい。これからは世間で起きる様々な事象について、登場人物やことの善悪といった表層的な問題だけでなく、その背景となる人間模様や、当人たちの属性や霊障の有無なども視野にいれて考察していこうと思います』

    陰陽師は時刻を確認し、口を開く。

    「ちょうどいい時間じゃな。今日はここまでにしようかの」

    『今日もありがとうございます。また気になる事件や出来事があったらご教授ください』

    「あいわかった。気をつけて帰るのじゃぞ」

    青年は席を立ち、深く頭を下げる。陰陽師は優しい笑みをたたえながら青年を見送った。

  • 霊障とは②

    霊障とは②

    先祖霊と地縛霊

    先祖霊とは、人が死を迎えるにあたり、何らかの理由で”この世”に思いを残したために”あの世”に戻り損ね、父方母方の先祖が子孫にかかる霊を意味する。

    先祖霊が子孫にかかる理由はただ一つ、あの世に戻りたいとの思いだけである。

    なお、かかられた人間がその願いに応えられないでいると、17に分類される”霊障”が顕在化してしまう。

    また、”先祖霊の霊障”は、誕生時に顕在化している人間と、後天的に顕在化するケースに分かれる。

     

     

    先祖霊の種類

    先祖霊の霊障は、脈、脈、統、統の4つに分けられる。

    脈”の先祖霊とは、魂の種類1〜4に関わらず、本人と魂の種類が同じ、地縛霊化した先祖のことである。

    脈”の先祖霊とは、本人と魂の種類が異なる地縛霊化した先祖のことである。

    脈”の先祖霊が、魂の属性3:霊媒体質の子孫にしかかからないのに対し、脈”の先祖霊は、魂の属性3だけでなく、魂の属性7:唯物論者にもかかる。

     

    統”と“統”の先祖霊とは、先祖が子孫にかかっていてもいなくても地縛霊化している先祖霊のことを意味し、“統”は本人と同じ種類の魂、“統”は本人と異なる魂の種類であることを意味する。

    ”先祖霊”は特殊なケースを除き、新生児にしかかからないため、”あの世へ戻る”という願いを叶えられないうちにかかっていた子孫が死んでしまった”先祖霊”は”地縛霊≒浮遊霊”となる。

    統”と”統”の先祖霊は、子孫にかかっていないことから、いわば”地縛霊≒浮遊霊”であり、新たな孫/ひ孫の誕生を待ってその子孫にかかり直すことになる。

     

     

    地縛霊

    子孫が途絶えるなどして、かかるべき子孫がいない”先祖霊”は”地縛霊”となり、基本的に、死んだ場所の付近を徘徊している。

    ”地縛霊”の居場所として、事故現場、古戦場、病院、墓地等、様々であり、建物/法人にかかることもある。

    ”地縛霊”の願いも同様に、”あの世に戻りたい”との思いであり、”地縛霊”がかかっている土地に縁がある人間が、その願いに応えないでいると、17に分類される”霊障”が顕在化してしまう。

     

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  • 霊障とは①

    霊障の分類

    霊障には以下の種類があります。

    ・先祖霊(魂の種類1〜4):霊脈、血脈、霊統、血統

    ・地縛霊(魂の種類1〜4):かかる子孫が途絶えた魂

    ・土地/建物/法人の霊障(地縛霊)

    ・グッズの霊障

    ・念(呪い、生き霊、邪神など)

    ※以下、眷属や動物霊など

    ・龍神

    ・龍霊

    ・稲荷

    ・狐霊

    ・熊手/狸霊

    ・雑霊/魑魅魍魎:動物霊/天狗・座敷童・麒麟(似非神様)

    地縛霊に対する救霊神事は一度で十分ですが、霊媒体質である人物は、生きている限り念や雑霊/魑魅魍魎を拾ってしまうため、日々のお祓いが必要となります。

  • 生臭坊主と葬式仏教①

    新千夜一夜物語第8話:生臭坊主と葬式仏教

    『くそ! やられた!』
    青年は激怒していた。

    祖父母はことあるごとにお経を口にし、信心深かった。当然、母方の曽祖父の葬儀は丁重に行われていたはずである。だが、母方の曽祖父は地縛霊化していた。
    葬儀にお金をかけたところで地縛霊化した先祖は救われなかったならば、自分でそれっぽい儀式をしてお経を読んでも同じことではないか。

    先日のお礼を兼ね、青年は陰陽師に会って質問することにした。

    『先日は血脈の先祖供養をしてくださり、ありがとうございました』

    深く頭を下げる青年。声がかすかに震えている。

    「それはいいが、今日はやけに荒れているようじゃな。何かあったかな?」

    声のトーンや表情から、青年の怒りを察した陰陽師が訊ねた。

    『話は他でもありません。葬式のことです』

    「で、葬式がどうかしたかな」

    『葬式代はどうしてあんなに高いのでしょうか? しかも、高い葬式代を支払ったのに、結局僕の母方の曽祖父は地縛霊化していましたし、あれじゃ何のために葬式をやったのかわけがわかりません』

    陰陽師はしばらく青年の瞳を見つめた後で、おもむろに口を開いた。

    「先日話したと思うが、霊能力がない坊主が仰々しく儀式を行なっても地縛霊は救われん。それでも、昨今の葬儀が主流となっているのにはそれなりの理由があるのじゃ」

    『どのような理由でしょうか?』

    「そなたは“檀家(だんか)制度”という言葉を知っておるか?」

    『言葉は知っていますが、どのような内容かはよくわかりません』

    ばつが悪そうに答える青年。陰陽師はかすかに笑って口を開いた。

    「“檀家制度”が始まったのは江戸時代のことになる。“寺請制度”とも呼ばれ、庶民が縁組、旅行、移転、就職する際には僧侶が発行する証明書(寺請け状)の発行を義務づけたのじゃ。今でいうところの戸籍係の任務を、幕府が寺に引き受けさせたわけじゃな」

    『どうしてまた、そんな面倒そうなことを? 日常生活における大事なことをする時には、その都度お寺の許可が必要ということですよね?』

    「江戸幕府も歴代の幕府同様、封建性を建前としていた。つまり各大名に、土地の所有権を認めていたわけじゃな。しかも江戸幕府の場合、直前に関ヶ原の戦いという、文字通り、天下分け目の戦争をおこない、負けた西軍の大名たちを日本の僻地に追いやったため、税金を徴収するための人口調査を幕府の役人に直接行わせるのを躊躇せざるを得なかったという事情があった。それにキリシタン問題も絡んでおった。豊臣秀吉によって発令されたキリシタン(バテレン)追放令を支持した徳川幕府は引き続きキリシタン弾圧を徹底するために、この“寺請制度”を利用したわけじゃな」

    『キリスト教を厄介払いにするためにお寺に区役所や市役所の役割を代行させたのはわかりますが、それと葬式代が高くなることに、どのような関係があるのでしょうか?』

    「おぬしは、村八分という言葉を知っておるかの」

    「はい」

    「では、その意味はどうじゃ」

    「いいえ、そこまでは」

    「当時、特に地方では、何か悪いことをするとその村に住めなくなり、村の外れの竹やぶなどに住まなければならなかったのじゃが、そんな一家でも二分、つまり子供が生まれた時と人が死んだときだけは、そのことを宗旨人別帳に記載してもらえたわけじゃ」

    「なるほど、それで村八分なわけなのですね」

    納得顔で頷く青年に、陰陽師は続けた。

    「しかもじゃ、 “檀家制度”によって庶民は僧侶の許可がなければ縁組や就職といった日々の重要な活動ができなくなってしまうだけではなく、現代では想像もつかないくらいの上下関係ができてしまった。その結果、庶民は僧侶からの要求を受け入れざるを得なくなってしまったわけじゃ」

    『なるほど、だから、僧侶が決めた葬儀代が高くてもその金額で依頼するほかなかったと。人は必ず死にますし・・・』

    陰陽師は首肯すると、言葉を続けた。

    「大乗仏教といえども今まで托鉢で生計を立てていた僧侶が突然固定客を獲得し、しかも独占事業となったわけじゃ。よほど修行を積んだ僧侶でない限り、欲望が大きくなっていってもそれはそれでしかたないことじゃったのであろう。好き放題できるようになったことで、儀式そのものの種類を増やしていき、檀家から様々な名目でお布施を受け取れるようにしていったわけじゃ。現代でもよく広告・宣伝している先祖供養もふくめ、次々と儀式が拡大していったのはそういった経緯があるのじゃよ」

    『僧侶ということは、先生の鑑定結果でいうところの“1:先導者”階級なのかと思いましたが、僧侶であっても欲望に負けてしまうのでしょうか?』

    「以前にも話したように、宗教の開祖となる人物の魂の階級はほとんどが1なのじゃが、その弟子である2世以降は基本的に“3:ビジネスマン”階級となる(キリスト教等含め、開祖以外の歴代のほぼすべての坊主は2(8)-3)。それに、中国語で書かれたお経を丸暗記するという能力も、“3:ビジネスマン”階級の専売特許のようなものじゃしな」

    『以前に魂の階級と仕事について話してくださったのは、このことだったのですね・・・』

    「そういうことじゃ。信者にはいろんな階級の人が集まってくる。そして、宗教を存続させるためにはお金がどうしても必要じゃ。そうなると、難しい教義を次々と生み出し、お金や人望を集めるのが得意な魂3の人間が実権を握るのは止むを得ない」

    『霊能力がない人が儀式の形だけマネをしているわけですね。魂1で霊能力持ちの人物は稀少でしょうし・・・』

    「既存・新興宗教の信者に限らず、宗教で救われない人が多数存在することには、そういった事情があるとも言えよう」

    『ひょっとして、お彼岸やお盆なども僧侶たちによって作られたのでしょうか?』

    「そういった年忌・命日法要や参拝も、檀家の義務だと僧侶に言われて慣習化されてしまったわけじゃ。ちなみに一つ例を挙げるとすれば、“三十三回忌”なども神道における他界観がベースであって、仏教本来の思想ではない」

    『え! そうなんですか?!』

    「柳田國男という民俗学者の“祖霊の山上昇神説”があってな。神道では死んだ直後の霊を“死霊”=ホトケと呼んでいる。ホトケには個性があり、死穢を持っているとされる。子孫がこのホトケを祀ることによってホトケは段々と個性を失い、死穢が取れて浄化されていく。そして、一定の年月が過ぎ、ホトケが完全に浄化されると“祖霊”となり、この“祖霊”のことを“和御霊”あるいは“カミ”と呼ぶ」

    未知の話に対し、青年はただ頷くばかりである。質問がなさそうなことを確認し、陰陽師は続ける。

    「死者の霊がホトケの段階では山の低いところにおり、そのホトケが昇華・浄化されるにつれて山の高いところに昇っていく。こうして死者の霊が少しずつ穢れや悲しみから離れ、清い和やかな神となっていき、その神がさらに昇華されることによって、“祖先神(祖神)”となると言われておる。そして、祖神になるまでの期間が三十三年と考えられておるのじゃ」

    『今までお盆やお墓参りなどをとても大事にしていたのですが、お話を聞いているうちに、なんだか墓参りをするのが馬鹿らしくなってきました』

    青年は顔を上げ、大きくため息を吐いた。

    『ふと思ったのですが、それは人民救済を説く大乗仏教だからであって、小乗仏教のお寺は違うのではありませんか? 小乗仏教は自らが悟りを開くことを主な目的にしていたと認識していましたので、死者のことを考える暇があるなら目の前の出来事に集中せよと説いていそうですが』

    「そもそも臨終に際して、ブッダは弟子たちに葬式自体を行うことを禁じたわけじゃから」

    『え、そうなんですか』

    「それだけじゃない。ブッダは自らを模した偶像などを作ることも、厳しく禁じたんじゃ」

    『しかし、中国や日本の大乗仏教のお寺に仏像(ブッダの像ではない)があるのはまだしも、タイやカンボジアやインドネシアにも仏像がありますが』

    「うむ、そのあたりが教祖のそもそもの教えが年を経るごとに変質してしまう証拠みたいなものじゃな」

    『なるほど』

    「ところで、大乗仏教の中でもっとも小乗仏教に近いといわれているのは禅宗なんじゃが、そなたは“生臭坊主”という言葉を知っておるかの?」

    『よく聞きますね。僧侶に対する蔑称だと思っています』

    「実は、“生臭坊主”は“ノウマクサンマンダー・バサラダン・・・“という真言の”ノウマクサ“をその語源としているのじゃよ」

    『そうだったのですね! 知らなかったです! 生臭いことを何かのたとえに使っているのかと思っていました』

    「語源を知らない人は、そなたのようになんとなく蔑称だと思っているじゃろうな。それはそれとして、京都では禅宗の二大流派の片割れである臨済宗の坊主が“白足袋様”と今でも呼ばれておるが、その由来を知っておるか?」

    青年は首を左右に振って応える。

    (続く)

     

  • 除霊と救霊

    新千夜一夜物語第3話:除霊と救霊

    その日、青年は陰陽師を前にうつむいたまま黙っていた。

    というのも、青年は過去に霊能力を持っている人物の世話になったことがあり、その時にお祓いは済んでいたはずだからである。それなのに、陰陽師は霊障があると断言するのだ。
     陰陽師は青年の想いを察してか、彼が切り出すのを黙って待っていた。

    『じつはですね。先生にはとても申し上げにくいことなんですが…』

    青年が切り出した。

    「どうしたんじゃ? 何でも言ってくれて構わんぞ」

    『実は僕、過去に霊能力者に弟子入りしていたことがありまして、その時にお祓いを受けているんですよ。だから、昨日先生が僕に霊障があるというのは違うのではないかって』

    「なるほどのお。そなたは世話になった霊能力者とやらの言葉を今でも信じておるわけじゃな」

    『先生を疑っているつもりはないんです。ただ、僕にまだ霊障があるとするなら、過去に受けたお祓いは何だったのだろうと思って。よくわからなくなってしまったんです』

    いつもと変わらず、穏やかな表情のまま紙を差し出す陰陽師。何を言われても動じない不動の心を持っているかのようだ。

    『この紙は何ですか? 数字がいくつも書いてあって難しそうですが』

    「そなたの鑑定結果じゃ。昨日、名前(ふりがな)と職業を書いてくれたじゃろう」

    『ああ、そうでしたね』

    「それでな、“現世属性”の個所を見てみるがいい」

    “現世属性:7(5)―7(5)(−2)”

    『この、7(5)―7(5)(―2)の部分ですか? これはどういう意味ですか?』

    「7(5)―7(5)はまた別の機会に説明するとして、今日は最後の(―2)のところについて説明しよう」

    青年は眉をひそめながら紙をじっと見つめている。どうやら数字を見ると頭が痛くなるようだ。

    「その数字は当人が霊感持ちか霊能力持ちかを表しておると同時に、それらの強さを表しておるんじゃ。簡単に説明すると、(―*)は霊感持ちで、(±*)は霊能力持ちということになる。また、数字は1から9まであり、1が最も強い」

    『ということは、僕は(−2)なので霊感持ちで、上から2番目に強いということでしょうか? そんなに霊感が強いとは思わないのですが…』

    「しかし、数字を見る限りはそういうことになる。また、霊感は視覚的に見えるか見えないかで考えられがちじゃが、通常の視覚では見えない存在を何らかの形で感じる度合いを指していると理解するとわかりやすい」

    『言われてみれば、霊能者のお世話になった時に霊体は見えなかったけれど、あの辺に何かいそうというのは何となくわかった気がします』

    「そう言うことじゃ。それに対して、霊能力者とは霊の存在を感知できると同時に、霊に対して何らかの解決策を取れる存在を指す」

    *この文章では、あの世に帰り損ねた人物・生き物を輪廻転生のメカニズムに戻すこと、あるいは有害な霊障を無効化することを主に指します。

    『でも、両者の違いはどうしたらわかるのでしょうか?』

    「例えば、霊能力者を名乗る人物にお祓いを依頼したとして、根本的な問題を解決できないとすれば、その人物は霊能力持ちではなく、単なる霊感持ちということになる」

    視点が固定したまま黙る青年。イマイチ言われたことがわかっていないようだ。

    「簡単に言うと、霊感持ちは感じることはできても祓うことはできない。わかりやすく言うなら除霊しているだけじゃ。霊を移動しているだけで霊自体はこの世に留まったままなんじゃ」

    『そういえば、霊能力者の元で修行の際、除霊をしまくっていました。当時は浄霊と呼んでいて、先生がいう救霊と同じことをしていると思っていました』

    「なるほど。しかし、それはまずかったのお…」

    『え?! 何かまずかったのですか?』

    「霊能力がないそなたの役目ではないことを修行するとは…。基本的に本物の救霊、ここでは“カミゴト”と呼ぼう。それに携われる人間は鑑定結果にもはっきりとその能力が表れているんじゃ。霊能力を持っている人間は()の数値が(±*)となっている。ただし、“17.天啓/憑依”の霊障があるといった、まず自分のことを自分で祓えていない人間は基本的にアウトじゃ。他人のみならず自分のことを祓える人間は(±1~3)であるため、神事を受けずにカミゴトに携われる人間は非常に少ない。また、例外的に魂3の人間もいるにはいるが、基本的にカミゴトに携わる人間は基本属性の魂の階級が“1:先導者”ということになる」

    『何だか新たな言葉と数字が出てきて頭がこんがらがりそうです』

    「すまん、すまん。魂の属性と階級はまた別の日に解説するとしよう」

    『わかりました。で、続きをお願いします』

    「そして何より、除霊という行為は霊的にみると根本的な解決にはなっていない。そこにいた霊をそなたの都合でどかしただけで、霊たちは救われているわけではないのじゃよ。それどころか、そなたが余計な影響を及ぼしたことで、霊たちはそなたに救ってもらえるかもと期待を持ってしまうわけじゃが、実際に霊能力を持たないそなたは、残念ながら霊たちの要求に応えることはできなかったわけじゃな」

    『それにしても、僕がどかした霊たちはどうなったのでしょう?』

    「おそらく、一時的のどこかへ行っていたとしても、時間が経てば元の場所に戻るじゃろうな。あるいは…」

    『あるいは…?』

    「そなたが何とかしてくれるかもしれないと、すがる思いでそなたに未だに憑いているかもしれん」

    『げ…』

    青年は慌てて周りを見渡し始めた。そんな青年を面白そうに眺めながら、陰陽師が口を開いた。

    「ところで、そういった地縛霊を連れていると、どうなると思う?」

    『昨日の話を聞く限り、少なくともいいことではないと思います…』

    またあたりを見回しながら、青年は答えた。

    「そういうことじゃ。じゃから、霊感持ちの人間はむやみに心霊スポットと呼ばれる場所などには近寄らず、ホラー系の映像や怪談にも接触しない方がいいというわけじゃな」

    『しかし、ご先祖様以外の地縛霊を連れて来てしまうと、具体的にどうなるのですか?』

    「それらに取り憑かれると、そなたの心身の弱っている部分、あるいは体の“弱い部分”の痛みが増幅してみたりする。そして一番やっかいなのが、そなたが気づかないようにそなたの運気そのものが下がってしまうということじゃな」

    『げ! 良かれと思ってやったことが、むしろ僕自身にダメージを与えていたということですか?』

    「そなただけじゃなくてそなたが連れて来た魂にもじゃし、そなたの周りの人々にもじゃ」

    『成仏できない魂たちはわかりますが、どうして周りの人々にも悪影響が及んでしまうのでしょう?』

    「それはじゃな、簡単に言うと雑霊には人を介して移動していく性質もあるからじゃ。そなたが誰かとすれ違ったりするだけで、相手に移ることもあるし、お前が拾うこともある。そして、成仏できない時間が長くなるにつれ、雑霊の影響力は増えていく」

    『じゃあ、どうしたらいいんですか?』

    「結局のところはお祓いをする人間に”霊能力”があるかどうか、が重要となる。お祓いの作法うんぬんよりも、お祓いをする神主や坊主に”霊能力”があれば効果はあるし、なければいうまでもなく効果はまったくない」

    『ということは霊能力持ちの神主や坊主にやってもらえるかどうかはわからないので、一種のギャンブルみたいなものなのですね…』

    「まあ、そういうことじゃな。それにじゃ、”霊能力”があればいいというわけでもない。さきほど言った通り、魂3という少数の例外を除けば、救霊できる人間は基本的に“1.先導者”階級で(±1~3)に限られておる」

    『なるほどです。ちなみに、僕の当時の師匠は違うのでしょうか?』

    陰陽師は目をつぶって黙った。何かに集中しているようである。

    「今鑑定してみたところ、そなたの元師匠は“4.ブルーカラー”階級で(―1)の霊感持ちじゃな」

    『もうわかったんですか?! 名前も伝えていないのに』

    「そうじゃな。厳密に言うと、たとえば友人の友人の奥さん御母親といった具合に、名前がわからなくとも依頼者から連なる一連の人間関係がわかればそれでも問題はないといえばないのじゃがな」

    『霊感持ちだったということは、当時の師匠が僕にしてくれたお祓いは根本的な解決ではなかったと…。そして、先生がおっしゃる通り、僕には地縛霊化しているご先祖様の霊障があるということなのですね…。疑ってすみませんでした…』

    「いいんじゃよ。さて、霊障があることをわかってもらえたところで、そなたにどんな霊障があるか解説するかの」

    『よろしくお願いします』

    「そなたの場合、特に2、12、13、14、17じゃな」

    『その数字だと、仕事の問題、読心・暴力衝動、予知・口撃衝動、偶発的人的トラブル、天啓ですか』

    「どうじゃな、思い当たる節はあるかの?」

    『まさに、いろいろと仕事をしましたがどれもうまくいかず、人間関係もよくありませんでしたし…。都合のいいように思い込んだり勘違いをして、望んでいない方向に人生が進んでいたと思います』

    「そうか。それは大変じゃったな…」

    『先生のお祓いを受ければ、地縛霊化して苦しんでいるご先祖様が無事にあの世に帰還できて、僕の問題も解消されるのですよね?』

    「まあ、そういうことになる。また、霊障がなくなった暁には、そなたの身に起きる出来事はそなたの責任となる。いっそう励んで生きるのじゃぞ」

    『はい! ご先祖様のこと、よろしくお願いいたします!』

    まるで憑き物が取れたかのように、帰路につく青年の足取りは軽かった。

     

     

  • 先祖霊と守護霊

    新千夜一夜物語第2話:先祖霊と守護霊

    青年は再び陰陽師の自宅を訪ねていた。

    怪しいと思いながらも、陰陽師の言葉には重みがあり、嘘や狂言だとはどうしても思えなかった。きっと、今の自分に必要な話だと心のどこかで理解していたのかもしれない。

    「よく来たのお。今日は地縛霊が親族の子孫に取り憑いた場合にどうなるか? について話そう」

    『よろしくお願いします』

    小さく頭を下げる青年に、陰陽師は話し始めた。

    「取り憑かれた親族は、先祖霊の霊障として次の17個の障害がもたらされると考えるといい」

    『え、霊障って17個もあるんですか? それって、どんな障害なんですか?』

    「1.金銭の問題
    2.仕事運の問題
    3.精神の問題
    4.病気の問題
    5.事故・事件
    6.家庭の問題
    7.親子の問題
    8.異性の問題
    9.子宝の問題
    10.伴侶との軋轢
    11.親族との軋轢
    12.読心・暴力衝動。諸事に支障(物)
    13.予知・口撃衝動。諸事に支障(人)
    14.偶発的人的トラブル
    15.慢性的な痛みもしくは原因不明の危険な発作
    16. 輪廻転生のメカニズムへの帰還失敗(対象は故人のみ)
    17.天啓/憑依じゃ」

    『一口に霊障と言いますが、こんなにもたくさんの種類があるんですね…。ちなみに、取り憑かれた子孫は全部の霊障を受けているんですか?』

    「平たくいうとそういうことになる。ただし、人によって強い影響を受けている霊障が異なるのじゃ。もちろん、16は故人を対象としているから除外されるがな」

    『16は亡くなった人が地縛霊化しているかどうかを判断する要素ということなのですね』

    「その通りじゃ」

    『ひょっとして、僕の人生がうまくいっていない原因に、ご先祖様の誰かが子孫である僕に取り憑いているというのが理由だったりしますか?』

    「それは鑑定すれば、すぐにわかるぞ」

    『・・・それでは、鑑定をお願いしてもいいですか?』

    青年は紙に名前と生年月日と出生地を書き、陰陽師に渡した。

    『わざわざ生年月日と出生地まで書いてくれてありがとう。じゃがな、ワシは名前、特にふりがながわかればその人物の素性を鑑定できるのじゃよ』

    「え、名前の音だけでいいんですか?」

    「そうじゃ。”音”には音霊という大きなエネルギーが込められておると同時に、名前というのはその人物を最も表していることから、鑑定には名前の音だけで十分なのじゃよ」

    『なるほど、それはすごいです! 名前そのものに意味があるのではなく、ふりがなを頼りにその人物の情報にアクセスするような感じでしょうか?』

    「まあ、そういうことじゃ」

    『ちなみに、同姓同名の人の場合はどうするんですか?』

    「同姓同名の人物から鑑定の依頼があった時は、職業であったり、依頼者との関係を聞いておる。もっともそれは当人をより正確に特定するためのサポートみたいな役割としてじゃがな」

    『名前が読めない外国人の場合はどうするんですか? 音を読み間違えて伝えてしまいそうです』

    「厳密に言うと、たとえば友人の友人の奥さん御母親といった具合に、名前がわからなくとも依頼者から連なる一連の人間関係がわかればそれでも問題はないということになる」

    目を見開き、黙ったまま固まる青年。どうやら彼の理解の範疇を超えた話だったようである。

    「難しい話はさておき、結論としては名前がわからなくても問題ないということじゃな」

    『・・・理由はよくわかりませんが、ともかくすごいですね・・・』

    「今は話を先に進めるために詳しくは後日伝えるが、残念ながらそなたにも先祖霊の霊障が憑いておるな」

    『やっぱり、そうですか。・・・といいますか、どうせ取り憑くなら守護霊のように僕のことを守ってくれたり幸運をもたらしてくれたらいいのですが。迷惑な先祖ですね!』

    先祖のことよりも、自分の不利益に敏感な青年。死人に鞭打つとはこのことであろう。

    「そうはいっても、原因が家系の因縁じゃからのお。言い方を変えれば、そなたの
    人生がうまくいってなかったのは、そなただけのせいではないということじゃ」

    『どうして僕だけの原因ではないのでしょう?』

    「それはね、この霊障というのは、家系の因縁とも言われておるからじゃ」

    『家系ですか…』

    「その通り。人間がこの世に生を受ける際、当然父方母方の先祖の肉体的なバトンタッチが必要なわけじゃが、彼ら・彼女らの中には無事にあの世に帰還した者もいれば、この世への強い執着や未練を残して成仏できず、地縛霊化している者もおる」

    『それって大丈夫なんですか?』

    「もちろん、地縛霊化している先祖霊は苦しい思いをしている。それで子孫に救ってもらいたくてメッセージを送ってくることもあるんじゃ」

    『危ない場面で助けてくれたりとか?』

    「いや、残念ながらその逆で、それによって危ない場面が引き起こされることがあると思ってもいい」

    『ええ?! 先祖霊って我々を守護している存在なんじゃないんですか?』

    「いや、違う。そもそも守護しているのなら、そんな状況には陥らないはずじゃろう。危険な目にあうどころか、万事が順調に進むじゃろうて」

    『言われてみれば確かに…』

    「霊障を受けている人間は、見えない世界に興味を持つ者がほとんどじゃ」

    『でもそれって、世間ではそういうブームだからなのでは?』

    「もちろんそれもあるが、それでもスピリチュアルや見えない世界にまったくといっていいほど興味を持たない人間も世間には大勢おる。人数としてはそちらの人間の方がはるかに多い。逆に、それらの事象に興味を持つということは、ご先祖が子孫に霊障に気づき、解消してもらいたくて影響を与えているということもできるじゃろう」

    『ということは、唯物論者というか、現実主義というか、この手の話に全く興味がない人には霊障がないのですね?』

    「簡単に言うと、そういうことになる。霊障がある人間とない人間の比率は、おおよそ三七で、霊障のある人間の方が絶対的に少数派ということになるわけじゃ」

    『ということは、霊障がない人は人生で成功しやすかったりしますか?』

    「少なくとも、17種類の霊障による被害はないからの。そうと言えばそうとも言える」

    『なるほど、そうなんですか…。だとすれば、霊障がない人が羨ましいです』

    「まあまあ、そう言うでない。見えない世界を理解できないということは、見えない世界を楽しめないということでもあるんじゃよ」

    『なるほど。ちなみに、霊障はどうして起きるんですか?』

    「例えば、稲荷神社を熱心に拝んでいると、死後に”17憑依”(特に狐)の影響を受ける可能性が極めて高い。本物の神は人間一人一人の私利私欲に満ちた願い事などいちいち聞きはせん。そのような願い事を聞くのは、神ではなくその使い走りの眷属たちと決まっておる。奴らのやっかいなところは願いを叶える代わりに必ず代償を要求することじゃ。奴らがその代償として何を要求してくるとしても結果的に良いことと悪いことが同じくらいの程度で起こると考えておいた方がよい」

    『御利益の代わりにそのしっぺ返しで苦しみたくないので、もうお参りもお願い事もしないようにします』

    「それはそなたの自由じゃが、いずれにしてもそれは賢明な判断だと思うぞ」

    『ちなみにですが、どうしたら地縛霊化しているご先祖様を救うことができるんですか? 僕にも霊障があるということは、亡くなってから今もずっと苦しんでいる人? 魂? がいるんですよね?』

    「今もなお苦しんでいる先祖霊は、神事の一つである“先祖霊の奉納救霊祀り“によって救霊することができる」

    『あ、そうですか! やっぱりそういうことになりますよね! ちょっと用事を思い出したので今日はこれで失礼します!』

    慌てて逃げるように退室する青年。本当に用事があるのかはあやしい様子であった。