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  • 新千夜一夜物語 第53話:100万分の1の奇跡と霊障

    新千夜一夜物語 第53話:100万分の1の奇跡と霊障

    青年は思議していた。

    1950年3月1日の19:25頃、米国のネブラスカ州にあるウエスト・サイド・バプティスト教会が爆発し、全壊した事件についてである。
    この教会では、毎日聖歌隊のメンバー全員が必ず15分前に到着して準備をして19:30に練習を開始しており、しかも、聖歌隊を結成したおよそ2年前から一度も遅刻者がいなかった。
    しかしながら、その日に限って15名のメンバー全員が各々何らかの理由によって遅刻したために、誰一人命を失わずに済んだという。

    時間を守る人物が15名もいるのであれば、聖歌隊のメンバーの内の何名かは命を落としていてもおかしくなかったはずだが、なぜこのような出来事が起きたのだろうか?
    神の奇跡か、あるいは何らかの霊障が関係しているのだろうか?

    独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は“奇跡”について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「一言で“奇跡”と言っても様々な出来事があると思うが、よもや、漫画の世界の話ではあるまいな?」

    そう問いかける陰陽師に対し、青年は苦笑しながら答える。

    『いえいえ、確かに出来事としては漫画の世界の話のような内容ですが、現実に起きた話です』

    そう言った後、青年は出来事の概要を陰陽師に説明する。
    無言で耳を傾けていた陰陽師が、やがて疑問を口にする。

    「出来事の経緯については把握した。して、その15人はどういった理由でそれぞれ遅刻したのかの」

    青年は、スマートフォンを眺めながら口を開く。

    ・ラドナ・バンデクリフトさんは数学の宿題を終わらせようとして遅刻
    ・ルーシー・ジョーンズさんはラジオ番組を最後まで聞いたために遅刻
    ・ドロシー・ウッドさんはラジオに夢中のルーシーさんを待っていて遅刻
    ・聖歌隊のリーダーであるマーサ・ポールさんとその娘のマリリンさんは夕食後にうたた寝をしてしまい遅刻
    ・ハーバード・キプフさんは提出するレポートができあがらずに遅刻
    ・ハービー・アールさんは教会に連れて行こうとした子供たちがぐずり、それに手間取って遅刻
    ・ジョイス・ブラックさんは体がだるく腰を上げられずに遅刻
    ・ウォルター・クレンプル一家は、汚れてしまった娘の洋服を着替えさせていて遅刻
    ・ロイーナ・エステスさんと妹サディエさんは車のエンジンがかからず遅刻
    ・レナード夫人と娘のスーザンは、母親の手伝いをしていたために遅刻

    『このような感じで、各々がささいな理由で遅刻したようです』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、紙に鑑定結果を書き連ねていく。
    *諸事情により、鑑定結果は12名分の掲載となります。

    ラドナ・バンデクリフトSS

    ルーシー・ジョーンスSS

    ドロシー・ウッドSS

    マーサ・ポールSS

    マリリン・ポールSS

    ハーバード・キプフSS

    ハービー・アールSS

    ジョイス・ブラックSS

     ウォルター・グレンブルSS

    ロイーナ・エステスSS

    サディエ・エステスSS

    スーザンSS

    全員の鑑定結果に目を通した青年は、眉間にシワを寄せながら口を開く。

    『おや、霊障にも天命運にも“5:事故/事件”の相がかかっている人物はいないようですね。それに、他の項目を考慮しても、この事故が起きたことと、彼らが当日に偶然遅刻した要因はないように思われます』

    「そなたの言う通りじゃ」

    『と仰いますと?』

    「当時教会でガス爆発が起きたことも、聖歌隊の面々が全員遅刻した結果、誰一人として命を落とさずに済んだのも、たんなる偶然じゃ」

    土地や教会内のグッズにかかっていた霊障も関係なく?』

    「うむ」

    戸惑いの表情を見せながら、青年は問いを続ける。

    『聖歌隊が敬虔な信者で、日々善行に励んでいた彼ら・彼女らに対し、例えば、眷属が何らかの働きをしたという可能性も考えられないのでしょうか?』

    「ワシの見立てでは、この事件が起きたことに、霊的な要因はないようじゃな」

    青年は首を傾げながら小さく唸った後、口を開く。

    『なるほど。それにしても“事実は小説よりも奇なり”とはよく言ったものだと思います』

    そう言い、小さなため息を吐く青年に微笑みかけ、陰陽師は口を開く。

    「今回の出来事に注目すれば特に解説することはないが、今日は魂の属性を中心に話を進めていくとするかの」

    そう言い、陰陽師は卓上に並べられた属性表の中から、一枚を青年の前に差し出す。

    ハービー・アールSS

    その属性表を再び見た後、青年は口を開く。

    『ハービーさんの属性表の中で特に気になったのが、ハービーさんの欄外の枝番の数字が“9”で、インターフェイスが“7”で、陰陽五行に“火”を持っていることですね』

    「そなたが言及した項目に関して説明すれば、彼は、属性をみる限り世界を変革するような力があるとは思えぬので、この世の基準で言うところの、悪行に手を染めやすい傾向があり、当時の事件があった1950年から2021年の間に、ひょっとしたら何らかの犯罪を犯している可能性が考えられる」

    『なるほど。彼の魂の特徴にある“攻撃性”と“恨みつらみ”の上段の数字が“2”ですし、人運の数字が“7”以下ですので、他人との揉め事が多く、先生がおっしゃるように、場合によっては傷害罪や殺人罪に発展した可能性があるのではないかと、考えられます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いた後、再び口を開く。

    「断言はできぬが、その可能性は考えられる。また、彼の基本的気質(OS)の上段の数字が“8”であることも珍しい」

    『確かに。基本的気質と具体的性格の項目でよく見かける数字は、3、5、7の三つですが、“8”はどういう意味でしょうか?』

    “8”はいわゆる“輩”と呼ぶにふさわしい資質で、現代の日本で言うところの、反社会的勢力や右翼の大幹部の一部が持つ番号となる

    『ということは、ハービーさんはこの世の基準で言うと、かなりの危険人物と言えそうですね』

    「いつも言っているように、人間には多面体があり、彼の他の属性を考慮すれば、確かにそなたの言う通りかもしれぬが、この数字はいわゆる時代の“風雲児”たちが持つ数字でもある。例えば、歴史的に見ると、世界史では秦の始皇帝やナポレオン一世、日本史では、源義経・為朝兄弟、徳川家康、清水次郎長、西郷隆盛、さらには小泉純一郎元首相といった人物が該当する」

    『なるほど。ちなみに、ハービーさんは8−7と、基本的気質と具体的性格の上段の数字が異なりますが、このことはどのように解釈すべきでしょうか?』

    魂1〜3の人物に限って言えば、8−7の数字を持つ人物が懐の深い大物然とした性格を持っているのに対し、7−8の数字を持つ人物の場合、感情の起伏が激しかったり、声が大きくて粗暴な言動が目立ったりする。この辺りが、基本的気質(OS)と、表面に顕在化する性格という意味での具体的性格(ソフト)という表現で説明できるわけじゃ

    『魂1〜3に限ってとのことですが、魂4であるハービーさんの場合、どのような人物像が考えられるのでしょうか?』

    「実際に会ったことがないから断言はできぬが、強いて言うなら、“態度がでかい”、“一見スケールが大きいように見える発言をする”、“一見魂3:武士・武将のような言動をすることがある”、といったところかの」

    『同じ数字の組み合わせであっても、OSとソフトのどちらになるかと、魂1〜3か魂4によって、だいぶ性格が変わるのですね』

    「まあ、そういうことじゃ。もう一度ハービーさんの属性表を見てもらいたいのじゃが、彼には霊脈と血脈の先祖霊の霊障がどちらもかかっていないことはわかるかの」

    ハービー・アールSS

    『確かに。僕が知る限りでは、ほとんどのクライアントに血脈の先祖霊がかかっていましたが、魂の属性7:唯物論者である彼には、霊脈の先祖霊がかかっていないのはもちろん、血脈先祖の霊障もかかっていないのは珍しく感じます』

    「うむ。以前に説明したと思うが、先祖霊は何とかしてあの世に戻りたいと願っていることから、願いを叶えてくれそうな子孫を選んでかかっている。つまり、先祖霊が一人もかかっていない彼は、先祖たちから見て、霊的に頼りにならないと認識されていると言えよう」

    『なるほど。彼の総合運の“大日不可思議”の項目のスコアが“3”とかなり低いので、彼は先生のお話を理解できないでしょうし、先祖霊を救霊しようという発想に至る可能性が低いと考えれば納得できます』

    「さらに補足しておくと、例えば、我が国では4−4(転生回数期が第四期の魂4)の多くが、外国では3−4(転生回数期が第三期の魂4)、その中でも特に魂の属性7:唯物論者には、血脈の霊障がない人物が多いようじゃな」

    ハービー・アールさんの属性表を再び眺めていた青年が、再び口を開く。

    『なるほど。ところで、精神疾患の項目は、今までは霊脈のみで血脈にはありませんでしたが、血脈先祖の霊障と同様に、血脈の精神疾患は、魂の属性3:霊媒体質の人物はもちろん、魂の属性7:唯物論者の人物にもかかるという認識でよろしいのでしょうか?』

    「うむ。霊脈先祖の霊障の影響で“霊媒体質”の人物に顕在化している精神疾患は、現代医学では原因も症状も明確に診断されていないものがある一方で、血脈の精神疾患は、現代医学で診断される精神疾患とほぼ同義だと考えて差し支えない

    『なるほど。聖歌隊のメンバーのほぼ全員が、血脈の精神疾患の“16:統合失調症”に該当していますので、ひょっとしたら、精神科で統合失調症と診断されている現代人の多くが、血脈先祖の霊障と他者の念、雑霊/魑魅魍魎の影響を少なからず受けているのかもしれませんね』

    「その可能性は大いにあると、ワシは思う。ただし、魂4の人物の場合、精神疾患の項目である16は、“統合失調症”と言うよりも“子供っぽさ/幼稚”として顕在化する傾向がある

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『霊脈先祖の精神疾患は同様に、血脈の精神疾患は血脈の神事が済めば症状が改善するのでしょうか?』

    「いや、そうではない。血脈先祖の霊障がかかっていない人物に対しても血脈の精神疾患の項目があることから、霊脈・血脈の霊障とは関係なく顕在化する項目だと言える。言い換えれば、その人物の先天的な“性向”であり、極端な言い方をすれば、今世の課題を果たすために必要な“性向”の一部でもある

    『そうなりますと、陰陽五行の長所・短所や総合運に反映されてもいい項目のように考えられますが、個別に鑑定される理由はあるのでしょうか?』

    「血脈先祖の霊障は、例えば、“魂3:武士”であるそなたを例に挙げれば、魂の種類1〜4の中で、“魂3:武士”以外の魂の種類を持つご先祖がそなたにかかることは覚えておるな?」

    陰陽師の問いに首肯して答える青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「さらに血脈先祖の霊障の特徴として、一度本人にかかった血脈先祖を救霊しても、他の親族が亡くなった場合に、再びかかる可能性があることじゃ。他にも、例えば、そなたの兄弟が生きている間であっても、いわゆる“横滑り”という形でそなたにかかる可能性があり、さらに言うと、友人・知人からの“横滑り”もなきにしもあらず、じゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開いてから口を開く。

    『ということは、一度血脈先祖の神事を済ませても、いつ再び血脈先祖の霊障がかかってもおかしくないわけですね』

    「そういうことじゃ。よって、そなたの血脈先祖の精神疾患が強く顕在化した場合、そなたの親族から血脈先祖の霊障が再びそなたにかかったことを知らせる“お印”であると考えられるわけじゃ」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きく頷いてから、口を開く。

    『他に気づいたこととして、全員が頭2:狩猟民族の末裔、すなわち、“我”が強く、自分の利益に関して損得勘定で動く傾向があることが挙げられますが、何らかの理由は考えられるのでしょうか?』

    「しいて言うなら、キリスト教は頭2であり、この事件が起きたネブラスカ州の人口の61%が信仰している宗派であるプロテスタントも、頭2じゃ」

    『なるほど。神社に祀られている神と同様に(※第18話参照)、宗教にも頭1/2があるのですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「全ての宗教に触れるには時間が足りないから、他の宗教・宗派については別の機会に話すが、“プロテスタント”は“ローマ・カトリック教会”から派生した宗派である」

    そう言い、陰陽師は紙に両者の特徴を書き記していく。

    カトリックとプロテスタントの違いSS

    『これらの違いを見る限り、カトリックの方が厳格そうですが、実際のところはどうなのでしょうか?』

    「何事も例外があるゆえ一概には言えぬが、実はキリスト教の中でもプロテスタント宗派は特に論調が強く、“新約聖書”および“使徒の手紙”の内容が倫理的な役割を持っていることから、信者たちが世間で言う善行に励み、悪行に手を染めないようにするという意味では、それなりに有効な宗派と言えるかもしれぬ」

    『なるほど。実際のところ、プロテスタントの牧師とその家族は、それらの内容を遵守し、善人のような生活を送っている人物が多いのでしょうか』

    青年の問いに対し、陰陽師は首を小さく左右に振ってから答える。

    「残念ながら、敬虔なプロテスタントの牧師が、子供を含めた家族と共に聖書などの内容を遵守した生活を送っているにも関わらず、子供は非行に走ってしまったり、悪行に手を出してしまうことがあるようで、プロテスタントの信者だからと言って、善人であるとは限らないようじゃな」

    『ただ、そうした現象が起きている要因として考えられるのは、そうした非行に走ったり悪行に手を出してしまった子供は、彼・彼女の今世の課題を果たすための行動を取っているからではありませんか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「その可能性が高い。以前も説明した通り、子は自らの今世の宿題を果たすために最も適した母親を選んで産まれてきていることから、両親のいずれかがプロテスタントの牧師である家庭に産まれた子が、両親の教育や意向に反して非行に走ることも、その子と両親、特に母親の宿題を果たすための行動と考えることができる

    『なるほど。その一方で、両親の教育や意向を肯定的に受け取り、両親と同様に敬虔なプロテスタントの信者となって、善人として生活したり、親の跡を継いで牧師になるケースもあると』

    「極端な言い方をすれば、その二つに大別されるじゃろうな。ただし、実際は家庭ごとに親子で魂の属性が異なり、当然それぞれの今世の宿題も異なることから、様々な事例が考えられ、そうした諸々の順列組み合わせによって各々が“魂磨き”に取り組んでいると考えられる」

    陰陽師の言葉に対し、青年はカトリックとプロテスタントの違いを再び読み、口を開く。

    『プロテスタントの牧師は婚姻を認められているため、そのように親子間での“魂磨き”が行われていることはわかりました。その一方で、結婚を禁じられているカトリックの神父の場合は生涯独身となりますので、プロテスタントの牧師とはまた違った形で“魂磨き”に取り組む傾向があるのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「カトリックの神父は結婚だけでなく、異性/同性との性交や性的快楽も禁止されているため、教会の規則と自分の欲望の間で苦しむことも、今世の宿題の一つになっていると思われる」

    『なるほど。そして、欲望に負けて禁止されている行為を行なってしまった神父の中には、禁止行為を行うことが今世の宿題に含まれている可能性もあるのでしょうか』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから口を開く。

    「その可能性もある。ローマ・カトリック教会の影響力が強い国・地域においては、性交・性的快楽に手を出した神父は“悪”として断罪されることじゃろう。しかし、一人一人の人物が各々の今世の課題を果たすための行動を取っているわけであり、罪を憎んで人を憎まずではないが、個々人の言動に対し、この世の善悪を基準に評価・判断しないように心がけることは、常々話している通りじゃ」

    『そうした例のように、この世の基準で悪とみなされる行為が、人によっては今世の課題を果たすために必要となることを考えると、万人が善人となって“地上天国”を目指すという、一部の小乗仏教を除いた新興宗教の多くの教義は、やはりセントラルサン/カミの意向に沿っていないと考えざるを得ないのが、僕の正直な感想です』

    「そなたの意見は一理ある。科学が発達して物質的に豊かになった国が多くなり、医学の進歩によって世界の人口が増えていることは、見方によってはこの世が“地上天国”に向かっていると思われるものの、“令和革命”によってコロナ禍が始まり、世界が過酷な状況になっていることを踏まえると、セントラルサン/カミの意向としては、やはりこの世は“地上天国”ではなく、魂磨きの修行の場としての役割を担っていると帰結せざるを得ないのじゃよ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年はこの出来事に関するネット記事に再び目を通していた。

    数学者ウォーレン・ウィーバーは、この奇妙な出来事が起こる確率は、およそ100万分の1になると算出したが、その他の計算によっては、100億分の1とも100兆分の1とも言われているようだ。

    それだけ稀少な確率で起きたこの出来事が霊的な要因とは関係なく、たんなる偶然であるなら、やはり見えない存在を頼りにして“奇跡”が起こることを期待して日々を過ごすよりも、自分の決断と行動を信じ、“人事を尽くして天命を待つ”ではないが、目の前のことに真摯に取り組むことが大事だと、改めて青年は実感したのだった。

  • 新千夜一夜物語 第51話:チップと魂の属性

    新千夜一夜物語 第51話:チップと魂の属性

    青年は思議していた。

    米国のインディアナ州において、とあるピザの配達員に対し、常連客から長年のお礼として、新車と新車の保険料やガソリン代などの維持費を含めた現金(総額およそ190万円)が渡された件についてである。

    海外ではこうしたサプライズをたまに耳にするが、我が国ではあまりないのはなぜなのだろうか?
    配達員や常連客の魂の属性が関係しているのか、あるいはインディアナ州の州民性が関係しているのだろうか?

    独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのであった。

    『先生、こんばんは。本日はチップと米国のインディアナ州について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「チップとインディアナ州とな。なぜその二つが今回のテーマになっているのか、皆目見当がつかぬが、もう少し具体的に説明してもらえるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンの画面を見ながら今回の出来事の概要を説明する。

    ・ロバート・ピータースさんは、31年間ピザの配達員として働いていた。
    ・彼はその実直な人柄と丁寧な仕事ぶりで地域の住民から人気があった。
    ・特に、お釣りの金額が約16円であったとしても、猛吹雪の中、わざわざ5〜6キロの道のりを運転して店までお釣りを取りに戻るなど、毎回きっちりお釣りを用意していた。
    ・そんな彼に対し、ダナーさんは何か恩返しがしたいと思い、クラウドファンディングを始めた。
    ・新車の購入資金と、保険料やガソリン代などの維持費に必要な約130万円を募ったところ、わずか二日間で約190万円が集まった。

    『日本ではお釣りを用意することは当たり前だと思いますが、米国ではチップ文化がありますので、客が代金に対して多めに現金を支払った場合、よほどの大金でなければそのままチップとして配達員が受け取ってしまうと聞いたことがあります』

    「ワシが米国の友人に聞いた話じゃと、ピザの配達員に渡すチップの金額は、代金の10~15%が通常で、その分アルバイトの配達員は自分の車とガソリン代が自腹となり、最低時給も5ドルぐらいだそうじゃ」

    『なるほど。時給が5ドルということは、日本円に換算すると500円強となり、日本のピザ配達のアルバイトの時給が1,000円〜1,500円ですから、かなり低いと思われます。ちなみに、ピザの配達員へのチップは必ず支払わないといけないのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「米国のデリバリーピザ店の中にはチップがいらない店もあり、その場合、最低時給が8ドルぐらいになるらしい。チップがいらない店であれば代金の授受はスムーズに行われる一方、チップの金額に対する明確な規定がないため、チップを支払う際に渋る客がいるそうじゃ。他にも、ピザの注文のついでに、電球を変えて欲しいと頼む老婦人もいるらしく、その場合、安いピザを注文した場合であっても、チップは最低5ドルが常識だと聞いておる」

    『なるほど。時給が8ドルだとしても、日本のピザ配達員のアルバイトの時給より低いので、もらえるチップの金額は配達員にとって重要な収入源といえそうです』

    「そうした前提を踏まえると、ガソリン代が自腹であるにもかかわらず、わずか15セント(約16円)を取りに戻るために猛吹雪の中5〜6キロの道のりを運転することは、なかなかできないことだとワシは思う」

    『チップとして15セントを受け取ってしまえば済む話を、そうしなかった理由として、ロバートさんの魂の属性が関係している可能性があると思われますが、いかがでしょうか?』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    ロバート・ピータースSS

    属性表を眺めた青年は、怪訝な表情を浮かべて口を開く。

    『彼は頭2なのですね。“頭2:狩猟民族の末裔”を持つ人物は、自分の利益に関して損得勘定で動く傾向があるとお聞きしましたので、ガソリン代をかけてまで15セントのお釣りを取りに行ったことが意外に感じますが、ひょっとして、枝番にヒントがあるのでしょうか?』

    そう青年に問われた陰陽師は、指を小刻みに動かしてから、口を開く。

    「彼は頭2(7)、つまり頭1に近い気質を持っているようじゃな」

    『彼は“魂4:一般庶民”ですので、“お釣りの用意がないことを理由に、チップを渡さなければならないと客に感じさせたくないんです”といった言動は、魂4特有の“律儀さ”の一つの現れと考えることはできるのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「その可能性が考えられる。そして、そなたの見解に付言するとすれば、彼の仁(他者への優しさ、思いやり)のスコアが3−4(転生回数が第三期の魂4)の中では80(A)と高いことも要因の一つになるじゃろう

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、黙って大きく頷いた後、口を開く。

    『今度は、ロバートさんのためにクラウドファンディングを企画したタナー・ラングレーさんの鑑定をお願い致します』

    そう言った青年が見守る中、陰陽師は紙に鑑定結果を書き足していく。

    タナー・ラングレーSS

    属性表に目を通した青年は、納得顔で頷いてから口を開く。

    『タナーさんは、世のため/人のためを地で行動する“頭1:農耕/遊牧民族の末裔”の気質を持つため、今回の企画を実行したことに納得できます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「そなたの見解に付言するとすれば、大局的見地と仁のスコアが共に85(AA)と高いことも要因となっていると言えよう」

    『なるほど。この二人の魂の属性を考慮すると、ロバートさんが地元の人々に評価される仕事をしていたことと、タナーさんがロバートさんの日頃の言動に感銘を受けて恩返しをしたいと考え、今回の企画を実行したことに納得できます。しかし』

    青年は首を傾げながら言葉を続ける。

    『日本でしたら、ピザ配達員一人のために、わずか2日間でここまで多くの人とお金が動くことは滅多にないと思われますが、彼らが住む、インディアナ州という土地に何らかの特徴があるのでしょうか?』

    「少し古い情報ではあるが、2010年国勢調査時点では、インディアナ州の世帯当たりの収入中央値は国内50州とコロンビア特別区を含めて第36位であり、米国内では裕福な方ではないと思われる。実際、インディアナ州は米国の製造業、特に鉄鋼産業と自動車関連産業の中心地で、人口の約30%が製造業に従事していることと、企業は通常よりも安い賃金で熟練労働者を雇用できると言われておることからも、この州の経済事情を推察することができよう」

    『なるほど。お釣りの金額が約16円という少額でしたら、チップとしてそのまま渡してしまっても構わないのではないかと思ったのですが、インディアナ州の経済事情を考慮すると、チップを支払えるほど裕福ではなく、お釣りを求める客に対しては、たとえお釣りの金額が少額だとしても、ロバートさんは1円の誤差なくお金を扱うことを良しとしたのかもしれませんね』

    「その可能性は、少なからずあるじゃろうな」

    『経済面からみたインディアナ州の特徴については理解できましたが、魂の人口分布図はいかがでしょうか?』

    インディアナ州の魂の人口分布図は、大体の目安として、魂1:3%、魂2:17%、魂3:25%、魂4:55%であり、魂4のうち90%くらいが3-4となっておる。よって、魂の人口分布図から言及するとすれば、クラウドファンディングを用いたとは言え、わずか2日間という短期間で大きなお金が寄付されたことは、魂4特有の“参加意識の高さ”が要因の一つして考えられよう

    『なるほど。ところで、我が国の魂の人口分布図の中では、魂4:45%で、そのうち2−4(転生回数期が第二期の魂4)と4−4(転生回数期が第四期の魂4)がほとんどを占めていることから、身近に3−3の人物が少なく、3−4の特徴を把握することが難しいのですが、3−4はどのような特徴を持っていると考えればいいのでしょうか』

    「端的に言えば、3-4はいい意味でも、悪い意味でも、4-4と2-4の中間と考えるべきじゃな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『2−4と4−4の中間というと、2−4は学業が突出するという特徴が顕著であることと、転生回数が第三期であっても、後半、すなわち150回代以降になると学業が突出する点を考慮すると、わかりやすいですね』

    「そなたの見解に付言するとすれば、3−4は4−4に比べて“個”が現れ始めている時期でもあり、4-4に社会的上昇志向と(個体差はあるものの)2-4の“脳”の機能を半分つけたような特徴と言えば、いっそうわかりやすいじゃろう」

    『なるほど。魂の容量(ガラ携並)は変わらず、思考や心の部分が発達したという意味で、2−4と4−4の中間と考えるべきだと』

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。また、転生回数の十の位の特徴は魂3:武士・武将に準ずることも覚えておくように」

    陰陽師の説明を聞き、大きく頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「さらに他の要因を挙げるとすれば、米国が三次元的な意味での“狩猟民族”の末裔であることから、ロバートさんの日頃の仕事が米国人に評価され、その応報として今回の寄附金が集まったと考えることもできよう」

    『とおっしゃいますと?』

    「大昔の狩猟民族は、例えばマンモスを狩りに行く時は部落民総出で向かい、マンモスを仕留めた際の功績に応じ、与えられる肉の量が変わるなどの報酬に差があったと思われる」

    陰陽師の言葉を聞き、黙って頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「同様に、チップは成果によって支払われるという考えがベースにあるため、従業員が質の高いサービスを提供できれば、高い収入を得られることに繋がる」

    『なるほど。チップの語源は不明ですが、一説によると、18世紀のイギリスのパブで、サービスを迅速に受けたい人のために”To Insure Promptness”と書かれた箱を置き、そこにお金を入れさせたことに由来したようで、チップの語源はこの箱に書かれた文言の頭文字だとするものがあるようです』

    「他の国を例に挙げれば、フランス語ではpourboire、ドイツ語ではTrinkgeldと言い、いずれも“酒を飲むためのお金”といった意味であり、サービスしてくれる従業員へ“これで一杯飲んでくれ”と小銭を渡したことがチップの始まりとも言われておる」

    『イギリスでのチップは“労働の対価”として、フランスやドイツでのチップは、謝礼や労いとった意味合いがあるようですね。他に、欧米以外でチップ文化が浸透している国はあるのでしょうか?』

    「例えば、仏教圏ではタイとインドが挙げられ、イスラム教圏ではマレーシアなどもチップはほぼ必須となっておる」

    『インドとイスラム教圏と聞くと、チップよりも“バクシーシ”の印象が強いのですが、昨今のインドではチップも浸透しているのですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は一つ頷いてから、言葉を続ける。

    「バクシーシとチップは似ているようで異なるため、注意が必要じゃ。イスラム教圏ではお金持ちがそうでない者に施しをする“喜捨”という考えがあるが、“バクシーシ”はその“喜捨”の考えを曲解した結果、お金を持たぬ者がお金持ちからお金や物を積極的に受け取ろうとする風潮になっておるようじゃ」

    『なるほど。チップはサービスありきで授受されるのに対し、バクシーシは何もせずとも、喜捨する側の意志次第で与えられるという違いがあるのですね』

    「そうは言っても、例えばエジプトのように、ホテルやレストランなどといったチップが必須となっている商業施設では、バクシーシという言葉を用いているものの、実際はチップと同様の扱いで従業員に渡している国もあるようじゃな」

    『なるほど。我が国にはキリスト教も仏教もイスラム教も伝播されていますが、チップ文化はあまり浸透していないようですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「いや、そんなことはない。我が国では古来から“祝儀”は一般的に授受されておったし、現代においても、観劇時の“おひねり”や、患者が入院や手術の際に主に執刀医に渡す“心付け”、そして、棟上げ式などでの大工への“祝儀”などの風習は色濃く残っておることは確かじゃ」

    『確かに。そう言えば、チップとは呼び方も渡し方も異なりますが、昨今の我が国でも、“サービス料”として、レストランやホテルでの宿泊代や飲食代にあらかじめ含まれていますね』

    納得顔でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから、言葉を続ける。

    「その“サービス料”は、江戸時代にはすでに始まっていたと言われている“茶代”を起源としており、“茶代”とは宿泊費とは別に客の裁量で金額を決めて旅館に対して支払う風習を意味する」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『つまり、過去の日本にも、宿泊費とは別に、チップのような客側の裁量で支払う文化があったということですので、チップ文化が現代の我が国に浸透してもおかしくないように思われますが、何か理由があるのでしょうか』

    「詳しくは明言できぬが、今も昔も、多く支払う人物がいれば全く支払わない人物もいたじゃろうから、旅館を維持するためにも、利益として安定しない“茶代”を廃止しようという動きがあったようじゃな」

    『なるほど。僕が現代の日本でチップと縁がない生活を送っているからかもしれませんが、レストランやホテルを利用するたびに、毎回従業員のサービスを評価してチップの金額を決めることは、煩わしく感じてしまいます』

    困り顔でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく笑ってから口を開く。

    「そなたのように感じる人物が少なくなかったからか、大正10年に茶代は廃止され、その分、宿泊費が5割値上げとなり、その後、昭和46年にノー・チップ制が導入されたようじゃ」

    『なるほど。そうした経緯を経て、部屋代、飲食代の金額に1割が固定して加算される、現在の“サービス料”となったわけですから、たとえ戦後になって我が国にチップが伝わってきても、アメリカのようにチップ文化が主流になることはなかったと』

    「まあ、そういうことじゃ。ヨーロッパの国民の中にも、チップを煩わしく感じる人物が増えてきたのか、EU発足以来ヨーロッパもチップ廃止の方向性に向かっているようじゃが、米国では、まだまだチップ文化は続きそうじゃ」

    そう言い、陰陽師は湯呑みに注がれた茶を一口飲んだ後、再び口を開く。

    「チップに関してはこんなところじゃ。他に、今回のサプライズチップに似たケースはあるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考し、やがて口を開く。

    『世間で言うところの善行という括りで似たようなケースを挙げますと、廃棄される予定のドーナツをホームレスなどに配布した、当時16歳だったブライアン・ジョンストン君の逸話があります』

    そう言い、青年はスマートフォンの画面を見ながら、概要を説明していく。

    ・ダンキンドーナツで勤務していた少年が、売れ残って廃棄される予定のドーナツを無断で持ち帰り、ホームレスや消防士といった地域の人々に配布していた
    ・その様子を撮影した動画をSNS上で公開したことが勤務先に見つかり、少年は解雇された
    ・その後、ダンキンドーナツのライバル社であるクリスピークリームドーナッツからホームレスに寄付するコンテンツを任され、映像コンテンツを制作して投稿した
    ・現在はメリーランド交響楽団のソーシャルメディアなどに携わる仕事をしており、収入が増えてやりがいも感じている

    青年の説明を聞いた陰陽師は、紙に鑑定結果を書き足していく。

    ブライアン・ジョンストンSS

    青年は属性表を眺めた後、口を開く。

    『彼の魂の属性の中で、頭が1であること、インターフェイスが3であること、仁が85(AA)と高いことから、廃棄予定のドーナツを配布したことに納得できます』

    「おおむね、そなたの言う通りじゃな」

    『他に属性表から推測できることとして、彼には霊脈の先祖霊がかかってないため、彼の今世の宿題に対して“逆接”、つまり彼が本来歩むべき道とは逆方向に向かわせる形で顕在化する霊障がありませんし、今世の宿題に対して“順接”、つまり無用な重しとなって顕在化する血脈先祖の霊障に、“2:仕事”の相がかかっていません。また、総合運を9点満点とすれば、彼のビジネス運の数字が“9”であることを鑑みても、彼の今世の課題に仕事の問題が含まれないと思われます』

    「何事も例外があるゆえ、断言はできぬが、その可能性はあるじゃろうな」

    『彼の行動に対して賛否両論があったようですが、現在の彼は収入が増え、仕事にやりがいを感じていることを踏まえると、動画を公開したことは彼の行動がクリスピークリームドーナツやメリーランド交響楽団に認知されるために必要だったでしょうし、ダンキンドーナツに解雇されたことは、彼が就くべき職に就くためのきっかけに過ぎないのではないかと考えました』

    「もし、一連の出来事がそなたの見立て通りの意味を持つのであれば、そう捉えることはできるじゃろうな」

    『それにしても』

    「なんじゃな」

    『ロバートさんの話もブライアン君の話も、今日お伝えしたところまでで見れば、漫画や物語のようにめでたしめでたしで終わるのですが、彼らの人生はこれからも続くので、そうはならないのでしょうね』

    「というと?」

    『ロバートさんには“2:仕事”と“4:病気”の相がかかっていることと、彼の健康運の数値が“7”と低いことを考えると、せっかく新車と多額の現金を得られたとしても、彼がそれらを基に新しいビジネスを始めて失敗して損失を被ることもあるでしょうし、あるいは今回のチップを与えてくれた地域住民のために今までよりいっそう仕事に精を出した結果、病気にかかってしまうことも、今後の人生に起こる可能性があるのではないかと考えています』

    腕を組み、視線を落としながらそう言う青年に対し、陰陽師はいつもの口調で語りかける。

    「未来は不確定であり、霊障がかかっているからと言って、そなたが挙げたような出来事が起こるとは限らぬが、彼らの人生が順風満帆のままの状態が続くかと問われれば、明確な回答はできぬ」

    『なるほど。ブライアン君のこれからの人生で、ダンキンドーナツを解雇されたような出来事が再び起きないとも限りませんし、彼の恋愛運の数値が“7”と低いことから、メリーランド交響楽団に勤めていることが要因となって、異性との何らかのトラブルが生じるかもしれませんし』

    「そういうことじゃ。例えば、現役で志望校に合格できずに浪人し、その翌年に志望校に合格して入学した結果、現役で入学していたら出会えなかっただろう学友と出会えたり、現役で合格した場合よりも一年就職活動が遅くなった結果、就職氷河期の時期を避けられ、望ましい就職先に就けるということもある」

    『そうでしたね。その一方、眷属などに必死に祈りを捧げた結果、運良く志望校に現役で合格できたとしても、学力が見合っていなかったために、講義についていけなくて留年してしまうこともあるでしょうし』

    「まあ、そういうことじゃ。長い人生の中、その時は幸せと感じる出来事があったとしても、その出来事が不幸の種となっていることもあるし、その逆もまた然りじゃ。いずれの出来事であっても、今世の宿題の一部であって、起こるべくして起こっている出来事でもあるということを、覚えておくようにの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、真剣な表情で大きく頷いた後、口を開く。

    『良い出来事が起きた時は、“勝って兜の緒を締めよ”、悪い出来事が起きた時は、“人間万事塞翁が馬”という言葉を意識して、これからの日々を過ごそうと思います』

    「うむ。出来事に対して一喜一憂してやるべきことに取り組めなくなってしまうよりは、そうした心がけで不動心を養い、日々を過ごす方が、魂磨きの修行になるとワシは思う」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自分の人生を振り返っていた。
    過去の自分には、善行がいつか報われる時が来ると信じていたが、仕事も人間関係もうまくいかなかった。

    その後、霊的な無用な重しが外れ、パフォーマンスが100%となった今となっては、目先の損得にとらわれず、その時々にやるべきことに集中している結果、巡り巡って相応の報いが訪れているように感じている。

    善行に励む人全員が報われるべきだとは思わないが、霊的な無用な重しを取り除くことで、やるべきことに取り組んでいる人々に相応の報いが訪れるよう、これからも各種神事の案内をしていこう。

    そう青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第50話:安楽死と今世の宿題

    新千夜一夜物語 第50話:安楽死と今世の宿題

    青年は思議していた。

    筋萎縮性側索硬化症(ALS)の終末期患者が、SNS上で知り合った医師に安楽死を依頼し、亡くなった件についてである。

    安楽死はその国の法律によって犯罪か否かが決まるが、法的に認められていない我が国では委託殺人になり、今回の事件は被害者本人の意思で安楽死を依頼したこととは言え、殺人であることに変わりはない。

    しかしながら、苦しんでいる終末期患者を目の前にする家族の心境のことも考えると、時には安楽死も選択肢の一つとして必要なのではないか。

    一人で考えても埒があかないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

     

    『先生、こんばんは。本日は安楽死について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「安楽死とな。これはまた物議を醸すようなテーマじゃが、具体的にどのようなことを知りたいのかの?」

    『まずは僕が質問するきっかけとなった事件について説明いたします』

    ・ALSは、リハビリや薬によって進行を遅らせることはできても、完治することはない指定難病である。
    ・ALSの終末期患者であった林優理さんが、Twitterで安楽死させてくれる人を募集した。
    ・医師である大久保愉一さんがそのツイートに目をつけ、二人は直接やりとりをした。
    ・2019年11月30日に大久保さんが林さんの自宅を訪問し、彼女に薬物を投与して死亡させた

    『安楽死は人や動物に苦痛を与えずに死に至らせることで、一般的に、終末期患者に対する医療上の処遇となっていますが、安楽死が法的に認められていない我が国では、この出来事は委託殺人となります。そうは言っても、我が国の終末期患者は最期まで苦しみ続けなければならないのか、疑問に感じた次第です』

    「なるほど。そなたの説明に付言するとすれば、安楽死には、積極的安楽死消極的安楽死がある。前者は、医師が患者に致死量の薬物を投与する、あるいは医師が処方した致死薬を患者が自ら服用する行為じゃ。一方、後者は、予防・救命・回復・維持のための治療を開始しない、または開始しても中止することによって死に至らせる行為となる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、小さく頷いてから口を開く。

    『その二つのうち、今回の事件は前者に該当すると思います。そして、今回の被害者は回復の見込みがなく余生を苦しみと共に生きることになりますから、その苦しみと迫りくる死への恐怖を思えば、自ら死を選んでもしかたないと思われます』

    「そなたが言うことにも一理あるとワシは思う。しかし、この世は修行の場であることから、病気で苦しむことが今世の宿題に含まれている人物も中にはおるし、怪我の功名ではないが、怪我や病を通じて学ぶこともじゅうぶんにあり得る

    『なるほど。この世の基準では、苦痛は忌避されるべき、あるいは早急に取り除かれるべきだと考える人が多数派だと思いますが、傷病や心身の不調、痛みを悪いものだと認識し、忌避することは違うのですね』

    「そういうことじゃ。基本的に、心身の何らかの不調は“御印”だということを覚えておくように」

    『おしるし、でしょうか』

    「そう、“御印”じゃ。例えば、発熱にはウイルスなどの病原菌に対する生態防御機能であり、高熱が出ているからと言って、解熱剤を飲んで熱を下げればそれで解決というわけでもないことは周知のとおりじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年が、大きく頷くのを見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「もちろん、命に関わるほどの高熱であれば話は別ではあるが、解熱剤を飲むことで回復するのが遅くなったり、むしろ病状が悪化する可能性があることもまた事実じゃ」

    『なるほど。巷で見かけるヒーリングなどの民間療法においても、症状をなくしたり、治すことにフォーカスしている印象があるので、注意が必要だと常々感じています』

    「そなたの言う通りじゃな。何らかの不調や痛みは、このままの生活習慣を続けると危険だという警告であり、不調や痛みをすぐに取り除こうとするのではなく、なぜそれらが生じているのかを考えることが肝要じゃ

    『なるほど。特に霊媒体質の人物の場合、他者の念や雑霊/魑魅魍魎を拾ったことによって顕在化する心身の不調もありますので、痛みや不調が本人にとって必要だから起きていることを知り、なぜそれらが生じているのかを考える必要があるわけですね」

    「そういうことじゃ。傷病を患うことの意味を理解したところで、今回の被害者にとって安楽死がどのような影響をもたらしたかを解説していこう」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    林優理SS

    被害者の属性表を見た青年は、何度か頷いてから口を開く。

    『被害者の健康運のスコアが“3”とかなり低いことから、彼女がALSで苦しむことは今世の宿題に含まれていたと思われます。ただし、ALSの発症のピークは男女ともに65〜69歳という傾向がある中で、およそ50歳という若さで末期症状になってしまった要因として、今世の宿題に対して順接、すなわち“無用な重し”となって顕在化する血脈先祖の霊障の“4:病気”の相がかかっていたことが考えられます』

    「ひょっとしたら、霊的に無用な重しとなる血脈先祖の霊障がかかっていなければ、彼女のALSの進行はより緩やかだった可能性が考えられ、その分だけ長生きできた可能性がある」

    『ということは、安楽死を選んだことで死期が早まったために、本来取り組めたであろう魂磨きの修行が少なくなってしまったとも考えられますが、死後の彼女がこの世に何らかの未練を残していないかが氣になります

    「そうじゃの。では、彼女が地縛霊化していないかみてみよう。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言うと、青年が固唾を飲んで見守る中、指をかすかに動かした後、口を開く。

    「ふむ。残念ながら、この女性は地縛霊化しておるようじゃな」

    陰陽師の答えを聞いた青年は、視線を落としてから口を開く。

    『苦しみから解放されたいという彼女の希望を叶えるという意味では、大久保愉一さんが自殺を手伝ったことは適した選択かもしれませんが、林さんの“魂磨きの修行”という側面においては、適した選択ではなかったようですね

    「まあ、そういうことじゃ。彼女が地縛霊化している理由として、ALSの末期症状で苦しむ日々の中にこなすべき課題が残っていたか、あるいは他の要因でこの世に未練があったと思われる」

    『なるほど。ALSの末期症状によって彼女の肉体のほとんどが動かなくなり、この世の基準で考えれば、彼女は自力ではほぼ何もできない状態だったと思われますが、そんな状況であっても、彼女が最期を迎えるまでの1秒1秒の中に、魂磨きの修行となる要素があったと考えられるのでしょうか?』

    「地縛霊化されているというところから考えると、その可能性は極めて高いようじゃ。捉え方によっては、安楽死を選んだ結果、今世の宿題を途中で放棄してしまったとも考えられるわけじゃからのお」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、暗い表情で口を開く。

    『この世の苦しみから逃れようと自ら死を選んだ結果、地縛霊化してしまい、死後もずっと苦しむことになるとは、林さんは思いもよらなかったでしょうね』

    「そなたの言う通りじゃな。さて、今度は法を犯してまで被害者の自殺幇助をした大久保医師の属性表をみてみよう」

    陰陽師はそう言い、紙に鑑定結果を書き記していく。

    大久保愉一SS

    属性表を眺めた青年は、やや目を見開きながら口を開く。

    『大久保医師は、頭が1、すなわち世のため/人のためを地で行動する性格を持ち、大局的見地と仁の数字が共に高いことから、真っ当な行動を取る傾向がある人物だと思われます。また、ネットで調べた限りではありますが、彼自身も自殺願望があったようで、被害者に同情して本人の意思を尊重して犯行に及んだと推察できます』

    「そなたの見解に付言するとすれば、彼には霊障と天命運のいずれにも“5:事件・加害者・死”の相がかかっていないことから、今回の事件は彼の意思によって行われたものであり、起こるべくして起こった可能性が高い

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、視線を落としてから口を開く。

    『起こるべくして起こった出来事だったとしても、林さんが地縛霊化していることは非常に残念に思います。彼女と同様に、他の終末期患者にとっても、安楽死は適した選択にはなり得ないのでしょうか?』

    「少なくとも、今回の彼女に限って言えば、適した選択ではないのじゃろうな」

    『彼女に限ってということは、他の人物にとっては安楽死が適した選択になる可能性があるということでしょうか?』

    「おそらく、安楽死に至るには様々なケースが想定できるので、一概にどうとは明言できぬが、安楽死を望む人とそれを手伝う医師の状況とタイミングによってはそうなる可能性もあるじゃろうな」

    『とおっしゃいますと』

    「先に前提の確認をするが、永遠の世での魂不足を解消するため、永遠の世の要請によって魂が“あの世”で生まれるものの、生まれたばかりの魂は永遠の世で即戦力とはならないため、修行の場である“この世”に転生し、魂磨きの修行を行うことは覚えてるかの?』

    『はい。魂があの世とこの世を行き来する輪廻転生は、どの生物も例外なく400回と決まっていますので、400回のうちの1回がどんな内容であっても、仮に短命だったとしても、スゴロクではありませんが、400回をこなせばいいという考え方があることも覚えています』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから言葉を続ける。

    「ただし、死を迎え、肉体を離れて無事にあの世に帰還した魂は、この世の時間で換算すると28年間、あの世で今世の振り返りと来世の計画を立てることから、今世で果たせなかった分の宿題が来世に持ち込まれ、来世が今世よりも過酷になる可能性がある」

    『なるほど。そう言えば、以前、転生回数が第一期、すなわち300回を越えた魂を持つ人物の人生は残りの転生回数が少ないため、修行が大詰めとなって過酷な人生になる傾向があると、お聞きしたのを覚えています』

    「そうじゃな。逆に、5歳という若さで餓死した幼児に対して“相殺勘定”が働いたことによって、残りの今世の宿題を前倒しして果たした結果、地縛霊化しなかったケースについては、先日話した通りじゃ(※第44話:福岡5歳児餓死事件参照)。つまり、命の長短ではなく、本人が今世の宿題を果たせたかどうかが重要となる

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、あごに手を当てながら、口を開く。

    『例えば、寝たきりで指一本動かせない人物であっても、脳が生きているなら、我々が感知していないだけで、思考しながら何らかの体験をしていると考えられますし、そうした日々の中で魂磨きの修行をしていると考えられるのでしょうか?』

    「うむ。寝たきりの人物であっても、終末期患者であっても、当人の天命がまだ残っており、当人が転生する前に設定してきた宿題の内容によっては、ひょっとしたら、寝たきりになってから取り組める課題がある可能性が考えられる」

    『なるほど。そうなりますと、不可思議な領域からみれば、終末期患者の天命がまだ残っている場合、安楽死は必ずしも適した選択とはならず、逆に、本人の今世の宿題が無事に果たされ、天命がもう残っていない人物に対しては、例えば、家族の経済状況が苦しいなどの現実的な問題を抱えている場合、安楽死は選択肢の一つとして考えられるということでしょうか?』

    青年にそう問われた陰陽師は、湯呑みに注がれた茶を一口飲んでから、口を開く。

    「最終的には、当事者である終末期患者と家族がじゅうぶんに話し合って決めることが大前提ということを踏まえて考えてもらいたいが、既にこの世でやるべき課題が終わっているにも関わらず、末期症状で苦しい思いをしている患者に対し、家族は早く楽にしてあげたいと思うじゃろうから、そうした状況の患者に対しては、現実的な選択だとワシは思う

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、納得顔で頷いた後、疑問を口にする。

    終末期患者の残りの天命がどれくらいかというのは、先生の鑑定でわかるのでしたよね?』

    「もちろんじゃとも。終末期患者のクライアントにどれだけ天命が残っているかを鑑定することはやぶさかではないゆえ、そなたの患者やその家族から相談されることがあれば、いつでも鑑定を依頼してもらって構わぬ」

    『その際はよろしくお願いします。今までの僕は、終末期のお客様に対し、1秒でも長く氣功施術で延命し、魂磨きの修行に取り組んでいただくことが最善だと考えていましたが、今後は、お客様の天命がどれだけ残っているのかを把握し、本人とそのご家族とよく話しあった上で、なるべく全員の悔いが残らないように対応していきます』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷き、微笑みながら口を開く。

    「たとえ終末期患者であっても、その人に天命がまだ残っている場合、宿題を果たすために症状の進行を遅らせることに意味はあるとワシは思う。天命が残っていない場合は、患者のためというより、患者の延命を願う家族のために行うことも、時には必要なのかもしれぬの」

    『ただし、症状を改善させたり治すことが目的ではないことをじゅうぶんに理解していただいた上で、ですね』

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。この世は修行の場であり、多くの新興宗教が謳う“地上天国”のように苦も病も争いもない世の中になることはない。ゆえに、たとえ指定難病を患ったり余命いくばくもない状態になったとしても、自分が置かれた状況に悲観することなく一日一日を大事に生き、魂が肉体を離れる時が訪れるまで、不動心を養っていくことが肝要じゃ

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます。最後に一つだけよろしいでしょうか?』

    「もちろん。なにかな?」

    『地縛霊化している林さんの救霊の神事をお願いできますでしょうか?』

    「もちろん。そなたならそう言うと思っておった」

    二つ返事で承諾した陰陽師に対し、青年は頭を深く下げた。
    そんな青年に、陰陽師は声をかける。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は、今は亡き祖母のことを思い出していた。

    父方の祖母の全ての神事が終わり、“霊的に無用な重し”が完全に解消された時は93歳で、その時は天命が6年残っていたが、それから2ヶ月という早さで他界した。しかも、地縛霊化していたのである。

    もちろん、当人の余生の過ごし方や医療機関での治療方針などで肉体的な余命が変わることも考えられる。けれど、自分とご縁がある方が今世の宿題を果たして死後に地縛霊化しないよう、なるべく多くの方にこの世とあの世の仕組みを理解してもらい、神事を案内しよう。

    そう青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第48話:レペゼンフォックスと仕事運

    新千夜一夜物語 第48話:レペゼンフォックスと仕事運

    青年は思議していた。

    何かと騒動を起こしている、レペゼンフォックス(元レペゼン地球)についてである。彼らが起こした騒動としては、以下である。

    2016年1月にYouTubeを開始したが、アップロードされた数々の過激な動画(排泄物や吐瀉物、陰部を露出する、放送禁止用語を連呼する等の行為が映っているもの等)を原因に一度チャンネルを停止および閉鎖される。その後「更生」と称し、再度チャンネルを作り直して活動を再開。

    2019年7月27日、偽パワハラ事件で炎上し、9月に予定されていたドーム公演を中止

    2020年12月26日にメンバーの故郷である、福岡県の福岡PayPayドームで開催される解散ライブをもって、レペゼン地球は解散した。それに伴い、公式Youtubeチャンネルの動画もすべて削除された。しかし、2021年1月1日にチャンネル名をCandy Foxxに変更して活動を再開し、解散詐欺だと酷評されていた。

    2021年5月5日、YouTubeに投稿した動画「Namaste!!  CURRY POLICE」がインド文化を歪曲しているということで批判を受け、在インド日本国大使館に苦情が寄せられた。該当する動画を削除すると共に、謝罪の動画を投稿した。

    2021年6月1日、レペゼン地球が解散した真相を、DJ社長が動画で発表。レペゼン地球の経理を担当していたHと呼ばれる男性と、自社株を巡って一悶着あった後に代表職を解任され、現在裁判中。

    何かと世間を騒がせる彼らは、いったいどのような魂の属性を持っているのか。
    レペゼンフォックスとして新生した彼らの前途は、どうなるのだろうか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日はレペゼンフォックスのメンバーの属性と、彼らの今後について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「レペゼンフォックスとな。以前、ネットでレペゼン地球というグループ名をちらっと見かけた記憶があるが、それとは関係あるのかの?」

    陰陽師に問われた青年は、レペゼンフォックスにまつわる騒動について説明した。

    『彼らは何度か騒動を起こしていますが、特に、長年ビジネスパートナーとして活動してきたはずのDJ社長とH氏が、なぜ裁判で争うような事態になってしまったのかということと、レペゼンフォックスの今後が氣になりました』

    「なるほど。そなたが聞きたいことはわかった。まずは、DJ社長とH氏の関係について教えてもらえるかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、小さく頷いてから、口を開く。

    『DJ社長は21歳に起業し、人を集めるイベントを開催していました。初めは赤字続きでしたがやがて黒字になり、彼は九州最大のイベント団体のトップになりました。しかしながら、その後に詐欺にあって多額の借金を負ってしまい、さらに借金を返済しようと命運をかけたイベントも失敗し、最終的に6000万円もの借金を抱えてしまいました』

    「なるほど。それで、その時にDJ社長に手を差し伸べたのが、H氏だったと」

    『そうです。DJ社長は借金を返済するために有名人になろうと思い立ったものの、彼は多額の借金を抱えていたため、H氏が出資して資本金100万円の会社を、彼の代わりに設立したようです。100万円にした理由は、DJ社長が借金を完済した後に自社株を買い戻しやすいようにと、H氏が決めたようです』

    「なるほど。で、その時、両者は契約書などの書面を交わしていたのかの?」

    『いえ、あくまで口頭での約束だったようで、しかも当時のやりとりを録音していないようですので、物的証拠はないと思われます』

    青年の言葉を聞いた陰陽師が、湯呑みの茶を一口飲んだ後、口を開く。

    「そうなると、法廷で争う場合、ちとDJ社長側は厳しいじゃろうな。して、株に関してはどうなったのじゃ?」

    『DJ社長が借金を完済し、いざ株を買い戻そうとした時に、H氏は自社株を彼に売る代わりに条件をつけたのですが、その内容の一部を抜粋すると、レペゼン地球が歌った楽曲の権利を全て渡すこと、レペゼン地球のカラオケの印税も永劫的に渡すこと、です。これらを渡してしまったら、レペゼン地球が生み出してきたコンテンツ、いわば彼らにとっては子供を手放すようなことになります』

    「その条件であれば、DJ社長は到底承諾できるものではなかろう。して、その提案に対し、彼はどう応えたのかの」

    『DJ社長はその提案を断ると同時に、これまでの経理関係の情報を開示するよう、H氏に求めました。実は、DJ社長は、自分が作曲、動画作成、ライブ活動に集中するために、経理や契約書関係といった裏方の仕事を全てH氏に任せていたようで、幕張メッセでの大イベントの後にH氏に経営状態を質問したところ、何かと理由をつけて経理関係の情報を一切開示しなかったそうです』

    「レペゼン地球側の主張はわかった。それらに対し、H氏はどのように主張しておるのかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再びスマートフォンを操作し、口を開く。

    『H氏は、DJ社長が売れるまでの費用を負担したり、ライブハウスを回る際に車を運転したり、会場でグッズの販売も手伝ったことを述べています。また、費用や売り上げ以外においても、2019年にレペゼン地球の炎上騒動で西武ドームが中止になった際に、スポンサーなど各方面に頭を下げたりもしたそうです』

    「なるほど。H氏は縁の下の力持ちとして、彼らの活動を支えていたと主張しているわけじゃな。して、経理面については何と言っておるのじゃ」

    『経理面で“使途不明金”があるとDJ社長から詰められたことに対し、彼が連れてきた弁護士や公認会計士の前で帳面も見せてちゃんと説明していると主張しています。また、レペゼン地球のメンバーには30万円の給料しか渡さず、H氏が高額な役員報酬を得ていたというDJ社長の主張に対しては、メンバーの給与が30万円だったのはDJ社長と一緒に話し合って決めたようで、役員でもあったDJ社長には、H氏と同額の報酬を渡していたとのことです』

    「実相がわからぬ以上、なんとも言えぬが、話を聞く限りでは、DJ社長以外のレペゼン地球のメンバーを社員とし、役員と社員という間柄で考えれば問題があるようには思えぬが」

    『そうですね。他にも、DJ社長には会社名義のカードを渡し、メンバーの家賃や光熱費などを、給料とは別に事務所が支払っていたと。また、メンバーが行なっていた“LINEライブ”の投げ銭などの収入については、H氏は彼らを応援するため、事務所を通すことなく、直接メンバーに渡していたと主張しています』

    「なるほど。双方にそれなりの言い分があるようじゃが、そうしたいざこざの末、H氏は株主の特権を用いてDJ社長の代表職を解任したと

    『ネットで見る限り、どうやらそのようです。それで、“レペゼン地球”の商標権がDJ社長の手元になくなってしまうため、2020年の年末に解散ライブを開催し、その後いろいろあって現在はレペゼンフォックスと改名して活動しています。もちろん、レペゼン地球としてYoutubeに公開していた動画は、現在も非公開になっています』

    「この件の経緯についてはわかったが、そなたはこの件に関し、どう考える?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。

    『各々が長年協力して会社を大きくしてきただけに、今回の件は非常に残念な結果だと思います。ただ、僕としては、自社株の買い戻しに関するやりとりをした際に、DJ社長が録音や書面による物的証拠を残さなかったことが、この件における分水嶺だったと思います』

    「おおむね、そなたの言う通りじゃな」

    そう言い、陰陽師は紙に二人の鑑定結果を書き記していく。

    木元駿之助SS

    画像2

    両者の属性表を見比べた後、青年は口を開く。

    『ざっと見る限り、両者の魂の属性は共通点が多いように感じます。特に、共に数奇な人生をたどりやすい、転生回数の十の位の数字が“3”である230回台で、さらに人運が“7”と低いことから、そもそも人間関係におけるトラブルが起きやすい傾向もあると思われ、今回の件も、今世の宿題に含まれていると考えています』

    一度区切り、陰陽師が耳を傾けている様子を察し、青年は言葉を続ける。

    『さらに、血脈先祖の霊障に“2:仕事”と“14:人的トラブル”の相がかかっているため、それらが今世の宿題に対して順接、つまり無用な重しとなって顕在化したことが、今回の件が起きた要因の一つと考えられます』

    2:仕事の相
    本当にやりたいことができない。組むべき人を見誤る。資金調達計画が頓挫する。共同事業が中断する。急に気力/やる気がなくなる。信じられない裏切り者が現れるなど。

    14:人的トラブルの相
    思わぬところでトラブルにあったり、通常ではあり得ない揉め事に巻き込まれるか、つい一言余計な言動を取ってしまいトラブルの原因を作ってしまう。

    「血脈先祖の霊障の話が出たので補足すると、以前、霊脈先祖の霊障が、今世の宿題に対して逆接、つまり本来の方向性から逆方向に働く形で顕在化することを説明したと思うが、二人とも“魂7:唯物論者”で霊脈先祖の霊障がかかっていないことも肝要じゃ」

    『ということは、両者の人生の方向性は、霊障によって逆方向に向かわされたわけではなく、本来の人生の方向性を歩んでいたと考えられますので、やはり、今回の件は両者の今世の宿題に含まれていたと言えそうです。それにしても』

    そう言い、青年は腕を組んでから再び口を開く。

    『DJ社長は“レペゼン地球”の商標権を失い、H氏はこれまで通りにDJ社長と共に経営に携わっていれば、彼らの楽曲の売上から得られたであろう収益を失ったことは、お互いにとって大きな痛み分けとなったと思われます。このことが“2:仕事”の相の影響で起きたとするなら、魂磨きの修行の一貫とはいえ、血脈先祖の霊障は実に大きな“重し”だと、改めて認識させられます』

    「仮に“2:仕事”の相の影響によって今回の件が起きたとするなら、血脈先祖の霊障がかかっていなければ、もっと両者の損失を少なく済ませて和解できていたかもしれぬな。ちなみに、そなたはDJ社長の人生についてどう思う?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。

    『詐欺にあったり、イベントに失敗して多額の借金を負ってしまったことから、彼の人生は多くの人から“不幸”だと思われても仕方ないと思います。ですが、借金が正攻法では返済できないような金額になったことで、彼はDJの道に進むことができましたし、H氏のおかげでレペゼン地球はあそこまで大きく、有名になれたと考えることもできます』

    出逢いは必然であることから、現在の二人は裁判で対立しているものの、H氏と株を巡る騒動を経て、DJ社長は契約時において書面を交わすことの重要性や、事務関係に関し、大きく学んだことじゃろうし、お互いの人生において欠かせない縁だったとワシは思う」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きくうなずいた後、口を開く。

    『仰る通りだと思います。H氏と離縁して新生したレペゼンフォックスですが、彼らの今後はどうなることが予想できるのでしょうか?』

    「その質問に答えるには、メンバー全員をみる必要がある。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言い、青年が固唾を飲んで見守る中、紙に鑑定結果を書き連ねていく。

    木元駿之助SS

    松本絃歩SS

    内田匡SS

    脇将人SS

    松尾竜之介SS

    5人の属性表を眺めた青年は、怪訝な表情で口を開く。

    『5人とも、オリンピック以上のプロのスポーツ・芸能・芸術の世界で活躍できる、“2−3−5−5…2”を持つようですね。ただ、転生回数が230回台の男性アーティストの属性表を見るのは初めてです』

    「以前(※第23話:この世のルールと芸能界参照)、特例として、“2(3)―3―5―5…2”を持つ人物が“オネエ”や“ポルノ/AV女優”として、この世界に入ってくる場合もありえると話したと思うが、覚えておるかな?」

    『はい、覚えています』

    陰陽師の言葉に対し、大きく頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「“2(3)―3―5―5…2”を持つ女優の中には、松坂慶子のように、一流の女優として功成り名遂げたものの、50代になってからヌードを披露する人物も中にはおるが、ワシがみるかぎり、レペゼンフォックスの音楽や映像の水準は、一流とみなすにはちと厳しいようじゃな

    『なるほど。男子学生がやるような、“おふざけ”や“やらかし”といった奇抜な行動を取り、炎上や悪口を焚きつけ、話題性を集めて売れるやり方が、“2(3)―3―5―5…2”を持つアーティストの売れ方の一つなのかもしれませんね』

    「ふむ。例えば?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『知名度がなかった下積み時代、DJ社長は客の印象に残すために“フリートークをしながら合間にちびまる子ちゃんやアンパンマンの楽曲を流す”という異色のスタイルで活動していたようです』

    「ワシが知るクラブDJは、その場の人々を踊らせる目的で海外のEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)を絶え間なく流し続けるものだと認識しておったが」

    怪訝な表情でそう言う陰陽師に対し、青年は両手を上げて答える。

    『僕はクラブDJに詳しくありませんが、彼のパフォーマンスはクラブの関係者などからは快く思われなかったようで、Twitterに悪口を書かれ続けていました。ただ、そうした悪口が、彼らを認知させるという効果を生んだようです』

    「なるほど。DJや音楽の技術のみで知名度が上がったわけではないのじゃな」

    『おそらく。また、この頃からTwitterで動画をアップロードするようになり、“テキーラ一気飲み”をしたり、YouTubeでは数々の過激な動画(排泄物や吐瀉物、陰部を露出する、放送禁止用語を連呼する等の行為が映っているもの等)を挙げ、一度チャンネルを停止および閉鎖されています』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、湯呑みの茶を一口飲んだ後、口を開く。

    「他に2(3)−3−5−5…2の男性をみたわけではないから断言はできぬが、この魂の属性の男性は、そなたが言ったような、奇抜な行動で認知度を高めて売れるという傾向もあるのかもしれんな」

    『他の2(3)−3−5−5…2の男性アーティストがどのような経歴を持つのかが氣になります』

    そう言い、青年は椅子に深く座わり直して姿勢を正し、言葉を続ける。

    彼らが今後も“排除命令”に抵触することはないと知って安心しましたが、彼らと何らかのご縁を得られたら彼らに神事を受けていただきですし、その結果、霊的な重しを取り除いた素の状態になった彼らがどこまで活躍できるのかが、とても気になるところです。ただ、彼ら全員の魂の属性を鑑みるに、今後も人騒がせな出来事を起こすと思われますが』

    「それが彼らの今世の宿題に含まれるとすれば、いたしかたあるまい」

    『そうは言っても、世界を視野に入れるのであれば、日本人の代表となることもじゅうぶんに理解し、在インド日本国大使館に苦情がくるようなことが、今後はないように気をつけていただきたいところです』

    「そなたの言う通りじゃな」

    陰陽師がそう言った後、二人は笑い合う。
    しばらく笑い合った後、青年は真顔で黙考し、やがて口を開く。

    『話が変わりますが、今回の件はH氏がDJ社長との口約束を守らなかったことが発端になっていると僕は思っていまして、以前、“この世”の公的書類が“あの世”に与える影響についてお聞きしましたが(※第35話:神への接し方参照)、“DJ社長が借金を完済したら100万円で株を売り渡す”という口約束を破ったことは、H氏に何らかの損失をもたらす可能性があるのでしょうか?

    「だいぶ前に縁があったワシのクライアントの話になるが、神事を受けた後に割賦で代金を支払うと約束をしたものの、最初の一回を支払った後に何かと理由をつけて支払わなくなった人物がおった」

    『確認ですが、その人は本当にお金がなかった、というわけではないのですよね?』

    「詳しくは言えぬが、病院の安くない治療費を支払ったり、他のことにお金を使っていることは雑談の中で把握しておったから、神事の代金を支払う余力は間違いなくあったと思われる」

    『ちなみに、その人物はどうなったのでしょうか?』

    「その人物が所有していた事務所が火事にあったのじゃが、その損失額が神事の残債とほぼ同額じゃった」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開き、上ずった声で言葉を発する。

    『まさに“不可思議”な出来事ではありますが、そのような結果になったのは、ご神事の代金に関する約束だからであって、H氏がDJ社長との約束を破ったからと言って、同じような損失が生じるとは限りませんよね?』

    「もちろん、約束を交わした当事者たちの今世の宿題や霊障といった様々な要因が関係してくることから、全ての約束に当てはまるとは限らぬが、何らかの損失が生じることが予想される

    『なるほど。H氏の視点で考えれば、口頭とは言え、彼はDJ社長との約束を破ったことで、裁判沙汰になっているわけですから、それらの因果関係もあるのではないかと』

    「そう考えることもできるじゃろうが、ここで重要なのは、H氏が約束を破ったことが霊障の影響によるのか、そもそも彼の宿題に含まれているのか、彼の性格が引き寄せたのか、さらに言えば、性格が引き寄せたとしたら、それも含めて宿題なのかと、一概には言い切れぬことじゃ」

    『なるほど。“塞翁が馬”ではありませんが、H氏は今回の件での学びを通じて新たなビジネスのヒントを得られるかもしれませんし、あるいは、そもそもそのヒントを得るために約束を破るように天の采配があった可能性も考えられますので、まさに“不可思議”な領域の話になるわけですね』

    「そういうことじゃ。ただ、一つだけ言えることは、この世が“修行の場”である以上、当人にとって起こるべきことが起こることは確かじゃし、一見不幸に思える出来事や境遇も、“魂磨きの修行”の一貫であると考えることができるはずじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組んで椅子に深く座り直した後、口を開く。

    『つい、いろいろと考えてしまいますが、我々人間が、思議の範疇でああだこうだ考えたところで、わかるはずがありませんよね』

    そう言い、苦笑する青年に対し、陰陽師はほほえみながら口を開く。

    「そういうことじゃ。時には過去や未来のことに思いを馳せたくなることもあるじゃろうが、我々にとって重要なのは、今世の宿題をしっかり果たせるように、目の前のことに真摯に取り組むと同時に、できるかぎり多くの経験を積むことじゃ。そうすれば、我々は“この世”に未練を残して地縛霊化することなく、無事に“あの世”に戻れるはずじゃ

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自分の人生を振り返っていた。
    先祖霊の奉納救霊祀りを受ける前、“2:仕事”の相が塞がれていた頃は散々な日々だった。DJ社長ほどではないが、詐欺にあってそれなりの借金を抱え、仕事もうまくいっていなかった。

    当時の自分は自身のことを不幸だと嘆いていたが、そうした不幸と思える体験、大難をじゅうぶんに味わったからこそ、霊障の影響とその大きさを理解でき、大難を小難にする先祖霊の奉納救霊祀りを申し込めたのだと思う。

    これからも、最善を尽くしているにもかかわらず、霊的な余計な重しの影響によって必要以上に悩んでいる人々に神事を案内していこう。

    そう、青年は決意を新たにするのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第47話:自粛警察と魔女狩り

    新千夜一夜物語 第47話:自粛警察と魔女狩り

    青年は思議していた。

    コロナ禍において、“自粛警察”と呼ばれる人々が現れていることについてである。
    “自粛警察”による攻撃の対象となった事例の一部として、以下があるようだ。

    ・千葉県の菓子商店では、既に休業していたにも関わらず、「コドモアツメルナ。オミセシメロ」という貼り紙をされた。
    ・行政からの要請に従って営業をしていた飲食店が「この様な事態でまだ営業するのですか?」「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」といった貼り紙をされた。
    ・居酒屋が「本日自粛」という貼り紙を掲示したところ、何者かによって「そのまま辞めろ!」「潰れろ」「死ね」などの言葉がその貼り紙に書き込まれていた。
    ・県外ナンバーの車が傷をつけられる、あおり運転をされるなどの被害が相次いだ。
    ・生活圏が同一である徳島県住民の車のナンバープレートが曲げられたり、車に傷をつけられるなどの被害が相次いだ。
    ・日本相撲協会および相撲部屋に、自粛期間中に力士が外出していたという投書が相次いだが、そのほとんどが無記名かつ事実無根なものであり、ちゃんこの買い出しに行っただけの力士が報告された例もあった。

    こうした”自粛警察“と呼ばれる行動を取ってしまう人物には、何らかの共通点があるのだろうか。また、彼ら/彼女らに対し、どのように向き合えばいいのだろうか。
    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は、“自粛警察”について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「“自粛警察”とな。少し言葉が異なるが、ワシも以前に“健康警察”なるネット記事を読んだ記憶がある」

    『**警察という意味では、たしかに、似ていますね。その“健康警察”について調べてみます』

    そう言い、青年はスマートフォンを操作してネット記事を検索する。
    陰陽師が湯呑みの茶を一口、二口飲んだ頃、青年は再び口を開く。

    『医療ジャーナリストである、市川衛さんという人物が書いた記事のようですね。彼は、自身の中にもある、他人の行動に一言もの申したくなってしまう気持ちを、“健康警察”と表現しています

    「そのような内容じゃったと記憶しておるが、もう一度、詳細を教えてもらえるかの?」

    『とあるテレビ番組のロケで、その番組のディレクターが寿司屋の大将にビニール手袋を着けるように依頼したところ、嫌な顔をされたというのが主旨のようです。こうした感染予防対策に対し、“テレビではおなじみのアクリル板や、お寿司屋さんがつけるビニール手袋は、誰を何から守っているのでしょうか”と、市川さんは問いかけています』

    「なるほど。寿司はもともと素手で握って作る料理であるから、寿司職人は普段から寿司を握る前に手を洗い、消毒をしているため、衛生面では非の打ち所がない。それにも関わらず、ビニール手袋を使うとなると、彼らは調理後にまな板や調理場を定期的に掃除しているわけじゃから、ビニール手袋はすぐに汚れてしまう。よって、寿司職人の場合、ビニール手袋を着ける方が、感染リスクが高まるとワシは思うがの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから口を開く。

    『そのことに関し、市川さんは、視聴者からのクレーム電話に対応して手間が増えたり、ネットのお叱りで番組の評判が落ちたりするのを避けるため、つまり、“番組担当者の生活やこころ”を、私たちの中にある“健康警察”から守るためにビニール手袋は使われていただろうと、分析しています』

    「なるほど。して、アクリル板に関して、彼はどう分析しておる?」

    『アクリル板などの仕切りは大臣の会見などでも使われており、会見に来る記者たちの健康ももちろんですが、大臣の評判も守りたいのではないかと、市川さんは推測しています。結局のところ、寿司職人にビニール手袋の着用を求めた話と同様、カメラの先の人々の中にある、“健康警察”を意識しているのではないかと考えているようです

    「そうじゃろうな。先日話したように(第46話:誹謗中傷を書き込む人の魂の属性)、ネットでクレームを入れる傾向にある魂4による、ネットでの影響力はかなり大きいことから、番組制作者たちは、番組の内容とは関係のないところで炎上してしまい、本来伝えたいことが伝わらなくなってしまうことを避けるためにも、視聴者の視線を常に意識しなければならないわけじゃな」

    陰陽師の言葉を聞き、真剣な表情で頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「ちなみに、今回の“自粛警察”と中世の“魔女狩り“には一定の関係性があるのじゃが、そなたは“魔女狩り”という言葉を聞いたことがあるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考してから、口を開く。

    『“魔女狩り”は中世のヨーロッパで大々的に行われ、魔術を使った疑義がある人物を裁判にかけ、魔女だと判断された人物を死刑にしていたと認識しています。また、“魔女狩り”の対象となる魔女は呪術や黒魔術を扱う人間のことであり、魔“女”と表現されるものの、実際は男性も含まれていたと記憶しています』

    「大まかに言えばそうじゃな。して、当時行われていた“魔女狩り”の大きな問題点を挙げるとすれば、“自粛警察”のような私的な裁判が横行していたことじゃ」

    『え、教会などの権威ある組織が公平性を持って判決を下していたのではないのですか?』

    目を見開きながら問う青年に対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「そなたの認識では、異端審問と“魔女狩り”が混在しているようじゃから説明しておくと、“魔女狩り”の前身は、12世紀に行われていた異端審問と呼ばれるもので、当時のカトリック教会にとって異教と疑わしき人物を対象に行なわれていた裁判のこととなる」

    『つまり、異端審問では魔術を使うかどうかは、問題視されていなかったわけですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから、口を開く。

    「そういうことになる。実際、中世のカトリック教会においては占術や呪術の類は取り除くべき迷信とされたが、13〜14世紀の異端審問官が民衆の呪術的行為に積極的に介入することはなかった。教皇アレクサンデル4世は1258年に、異端審問官が占術や呪術の件を扱うのは、それが異端であることが明らかな場合に限ると定めておったそうじゃ」

    『そうなりますと、いつから異端審問が、魔術を扱う人物が対象となる”魔女狩り”に移行していったのでしょうか』

    「1428年にスイスのヴァレー州の異端審問所が、当時のローマ・カトリック教会側から異端として迫害されていた、ワルドー派を魔女として裁いた件が初めてのようじゃな」

    『なるほど』

    当時の西欧は、現代の先進国のように政教分離を基本的な原則としておらず、キリスト教が一国の政体に大きな影響力を持っていました。
    よって、神に対して謀反した堕天使(サタン)の手先である悪魔を崇拝する魔女は、国家反逆罪に近い扱いを受けていたわけです。
    また、現代の価値観とはだいぶ異なり、スコラ学では善良な天使と堕天使との人間の交流について研究がなされ、13世紀には悪魔の存在が現実の危機として考えられていました。

    「そして、15世紀後半になり、悪魔と契約してキリスト教社会の破壊を企む背教者が魔女であるという概念が生まれたことから、異端であるワルドー派やカタリ派が行なっていた集会のイメージが、魔女の集会のイメージへと徐々に変容していったと考えるのが妥当だとワシは思う」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンを手早く操作し、やがて口を開く。

    『なるほど。ネットで調べる限り、ワルドー派やカタリ派の集会では、サタンと性交したり人肉を食べているなど、彼ら/彼女らは根も葉もない偏見を押し付けられたり、そうした偏見から悪魔崇拝の嫌疑をかけられてしまったようですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「そうした背景を元に、“魔女狩り”は15〜18世紀の全ヨーロッパで行われ、特に16〜17世紀は魔女熱狂、大迫害時代とも呼ばれる最盛期を迎えた。また、文献によると、当時は教会や世俗権力ではなく、主に民衆によって推定4〜6万人が処刑されたらしい」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開き、問いを発する。

    『民衆が行なっていたとなると、昨今の“自粛警察”と同様、魔女狩りを行う明確な基準はなかったように感じますが、実際のところはどうだったのでしょうか?』

    「“魔女狩り”で特に有名な人物として、マシュー・ホプキンス(1644〜1646)が挙げられるが、彼はイングランドにおいて、“魔女狩り”で死刑になった1000人のうち、300人を処刑したと言われておる。しかも、彼が用いた水審、針刺し、拷問といった判別方法は不正が多かったようで、多数の無実の人を魔女としてでっち上げていたようじゃ

    『300人も不当に処刑するなんて、現代の倫理観からみれば尋常ではないと思いますが、いったい何が、彼をそこまで“魔女狩り”に駆り立てたのでしょうか?』

    「当時のキリスト教の影響下にあった時代背景を鑑みるに、敬虔なキリスト教信者であったであろう彼は、悪魔の存在を信じて恐れていたと思われる

    『なるほど』

    「また、彼は弁護士だったものの生計を立てることが困難で、彼が魔女狩りを行なう時には地元住民から特別徴税を行い、庶民の年収に相当する20ポンド前後の大金を受け取ったとする記録もある。彼が魔女狩り業務に従事していた3年弱の間に稼いだ金額は数百ポンドとも1000ポンドとも伝えられることから、金がもう一つの目的じゃったことは、まず間違いあるまい」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく無言で計算し、やがて口を開く。

    『彼が得たお金を1000ポンドと仮定すると、庶民の50年分に相当する大金ですが、お金を理由に、大勢の人物を不当な裁判によって処刑したことで、逆に彼がなんらかの罪に問われることはなかったのでしょうか?』

    「もちろん、当時のイングランドの法律では拷問が禁止されていたが、彼は弁護士であったことから、様々な工夫を凝らし、違法すれすれのやり方で魔女裁判を行なっていたようじゃな」

    『なるほど。ちなみにですが、彼はどんな魂の属性なのでしょうか?』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言い、紙に鑑定結果を書き記していく。

    マシュー・ホプキンスSS

    青年はしばらく属性表を眺めた後、やがて口を開く。

    『彼はビジネス運も金運も7と低いことに加え、血脈の霊障と天命運に“2:仕事”の相がかかっていますので、弁護士という職に就きながらも生活に困窮していたことに納得できます。そして、頭が“2”で自己中心的な特徴を持つことや、欄外の枝番が“5”で気性が荒い特徴を持つことを踏まえると、“魔女狩り”によって人の命を奪うことは、彼にとっては自分が生きるために行うビジネスのような感覚だったのかもしれませんね』

    そう苦々しく言う青年に対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「そうした“魔女狩り”に対し、反対の声がなかったわけではない。彼より前の時代になるが、“魔女狩り”に反対した最初期の人物として、ヨーハン・ヴァイヤーという医師がおり、彼の著作である“悪霊の幻惑について(De Praestigiis Daemonum)”が当時大きな反響を呼び、その結果、多くの地方で魔女裁判が寛大かつ慎重に行われるようになり、魔女だと判断された人物がこの本の論理で弁明をしたほどの内容だったそうじゃ」

    『具体的には、どのような内容だったのでしょうか?』

    「彼は悪魔の存在を完全に否定したわけではなく、悪魔は力を持っているものの、キリスト教会が主張するほどには強くはないという前提の基、悪魔はそれを呼び出した人の前に出現し、幻影を作り出すことができるという考えを支持した」

    『つまり、悪魔を呼び出す人がいなければ、悪魔は積極的に人間に対して影響を及ぼさないということでしょうか』

    「おそらく。さらに付言すると、彼は幻影を作り出すことのできる人々のことを魔術師と定義し、魔術師は悪魔の力を使って幻影を作り出す“異端者”である言及した」

    陰陽師の言葉を理解するためか、しばらく青年は無言で唸ったのち、やがて口を開く。

    『つまり、極端な言い方をすれば、諸悪の根源が悪魔と、悪魔を呼び出した魔術師だと主張したわけですね。それで、肝心の“魔女”として疑われた人物はどのような扱いになったのでしょうか』

    魔女たちに対し、彼は“精神的に病んでいる”という言い回しをしたと言われておる。現代でも“精神疾患”という病名があるものの、その原因を悪魔だと主張する人物は少数派であることはわかるじゃろう」

    『はい。現代でそんなことを言っても、相手にされないと思います。彼の主張のおかげで、加害者は悪魔そのもので、魔女と疑われた人々が濡れ衣であることが明確に整理されたようですね

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、再び口を開く。

    「当時の人々がキリスト教から強い影響を受けていたとは言え、悪魔と魔女、言い換えれば悪魔憑きを明確に分けて考える様になり、理性的な判断ができる人物が徐々に増えていったと思われる」

    そう言った後、陰陽師は鑑定結果を書き足していく。

    ヨーハン・ヴァイヤーSS

    属性表を見た青年は、何度も頷いてから、口を開く。

    『彼は頭が1で世のため・人のためとなる行動を地で実行する特徴を持ち欄外の枝番が“1”で能力面において優秀であること、大局的見地(S)と仁(A+)が高いことも考慮すると、大々的に行われていた“魔女狩り”に対して異を唱えたことも納得できますし、彼の行動は英断だったと思います』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「彼の執筆の動機は、“やっかいな悪魔に誘惑された高位高官の人びとに対する真からの同情心”だったそうで、“魔女狩りはあくまで悪魔の誘惑によるものであり、責任は悪魔にある”という持論を展開し、これまで魔女裁判を行なった者への配慮も怠らなかった点も、特筆すべき点じゃな」

    『なるほど。魔女裁判を行なった人物の中には、己の行いを悔いた人物もいたでしょうから、彼らにとっても読む価値はあったのでしょうね。また、ヨーハン・ヴァイヤーは医師として社会的地位が高かったことから、彼のような人物が唱える現実的な主張は、読者に対して大きな説得力を持ったのだと思います』

    「そうじゃな。彼は皇帝フェルディナント1世に“不当な魔女裁判の助長を差し押さえる特権”を求めた結果、皇帝からその特権を認められたようじゃし、当時の世の中にはびこっていた不当な“魔女狩り”を減少させた彼の功績は大きいと思われる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『なるほど。彼のように、“魔女狩り”に対して反対意見を述べる人々によって、“魔女狩り”は収束していったと思われますが、実際に、“魔女狩り”はどのように収束していったのでしょうか?』

    「17世紀末期になると知識階級の魔女に対する認識が変わり、裁判でも極刑を科さない傾向が強まったことと、カトリック・プロテスタントともに個人の特定の行為の責任は悪魔などの超自然の力でなく、あくまでも当人にあるという概念が生まれてきてから、裁判においても無罪放免というケースが増えたことで、魔女裁判そのものが機能しなくなっていったようじゃな」

    『なるほど。ヨーハン・ヴァイヤーが主張した、魔女と疑われた人物を“精神的に病んでいる”と認識することで、現代の価値観と照らして考えれば、特定の行為の責任は悪魔とは無関係であり、あくまで当人にあると解釈できることに納得できます。それに、魔女に対する認識が変わったことが重要ということであれば、大局的見地に基づいた情報を、より多くの人に届けることが重要であったことは、当時も現代と同じのようですね』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから、再び口を開く。

    「ちなみに、“魔女狩り”の規模は地域で差があったようで、強力な統治者が安定した統治を行う大規模な領邦では激化せず、不安定な小領邦ほど激しい魔女狩りが行われていたようじゃ。その理由としては、不安定な小領邦の支配者ほど社会不安に対する心理的耐性が弱く、“魔女狩り”を求める民衆の声に動かされてしまったことが考えられる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組んで眉間にシワを寄せながら、口を開く。

    『我が国は社会不安に対する心理耐性が低いと、僕は思わないものの、自粛疲れで社会への不満を抑えきれなくなった一般人による“自粛警察”の声が、インターネット上で多数挙げられて炎上でもしようものなら、政治家もそうした声を無視できない現状ですもんね』

    「残念ながら、そなたの言う通りじゃ。“健康警察”や“自粛警察”なども、コロナ禍の影響による仕事の減少にともなう収入の減少や、終わりが見えない不安によって、社会に対する不満が増長していることに加え、“令和革命”の影響によって、産業革命前の中世に世の中全体がシフトしている影響も関係しておるのじゃろう」

    ※令和革命とは、日本の年号が“令和”に変わったことにより、産業革命を機に始まった、唯物論者の考えや意見が主流な現在の物質主義の世の中である“体主霊従”から、“霊”、すなわち魂や見えない存在の影響を大きく受ける、“あの世”の理屈が主流となる、産業革命以前の“霊主体従”の世の中にシフトしたことを意味します。(※第34話:令和とパラダイムシフト参照

    『なるほど。人間は環境の影響を受けやすい存在ですから、“令和革命”の影響で我々を取り巻く環境が大きく変わり、全てが産業革命以前には戻らないものの、当時の人々に近い行動を取る傾向が強まってしまうわけですね』

    「そういうことじゃ。今回の事件は怪我で済んだからよかったものの、仮に今後も我が国の状況に改善の兆しが見られない場合、国民の不安も増大していき、そうして増大した不安を解消するため、事件の内容も過激になっていくことが予想され、場合によっては人命が失われるような事件が起きないとも限らぬ」

    『なるほど。とは言え、“自粛警察”による行動の結果、新型コロナウイルスの感染者数を減らせるとは限らないと思うので、個人の独断によって人の命が奪われてしまうような、“魔女狩り”の再来がないことを願うばかりです』

    「ワシもそう思う。ちなみに、“自粛警察”に該当するような事件を起こした人物の情報を、わかる範囲で教えてもらえるかの?」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンの画面を見ながら、加害者たちの情報を読み上げる。

    『ネットで調べる限り、2021年4月に他県ナンバーの車に煽り運転をした男性と、2020年4月にスポーツクラブのドアを破壊した男性は特定できました』

    青年の言葉に耳を傾けながら、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    あおり運転をした男性SS

    スポーツジムのドアガラスを破壊した男性SS

    二人の属性表を眺めた青年は、やがて口を開く。

    『両者の共通点の中で、事件を起こす影響を与えた要素として、人運と大局的見地の数字が高くないことと、攻撃性を示す項目の上段の数字が“2”であることと、先祖霊・血脈の霊障と天命運に“14:人的トラブル”の相がかかっていることが考えられます』

    「おおむねそなたの言う通りじゃが、両者がそのような行動を取った経緯についてはわかっておるかの?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、やがて口を開く。

    『前者に関しては、“残業が続いて疲れていた。コロナ禍なのに、県外ナンバーの車だったのでイライラしてやってしまった”とのことで、後者に関しては、“緊急事態宣言が出ているのに営業しているので、頭に来て文句を言おうと思ったが、店員がいないのでドアを破った”とのことです』

    「なるほど」

    『後者の男性の被害にあったスポーツジムに関しては、事件が起きた1時間後から休館を開始する予定だったようで、タイミングが悪かったと思います』

    「いずれにせよ、この二人が取った行動は、新型コロナウイルスの感染予防の観点からみて適切だったとは考えられず、市川さんの言葉を借りれば、“健康警察”が前面に出てしまったようじゃな」

    陰陽師を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『ちなみに、市川さんは“健康警察”が与える影響と、それにどう向き合えばいいかを次のように書いています。”他人の行動を見かけて、何かしらモヤモヤを感じた時、SNSに書き込んだりする前に、私の中の“健康警察”は、実はあまり合理的でないことを要求し、誰かの生活を息苦しくさせることにつながっていないか?“と振り返るクセをつけましょうと、自戒を込めて述べています』

    「その通りじゃろうな。新型コロナウイルスに関する諸説が散見しているようじゃが、一人でも多くの人が感染予防に関する正しい情報を得、“疫病退散”のような神事を受けようと自ら密になる状況に身を置き、そこで感染してしまうようなことがないことを願うばかりじゃ」

    『そうですね。新型コロナウイルスは“風邪”だと主張するのは自由だと思いますが、医師ではない人物の言葉を鵜呑みにしてはいけませんし、昨今の医学の進歩を鑑みるに、新型コロナウイルスの感染経路と感染予防に関する医学的な見解の信憑度は高いと思われます』

    「そなたの言う通りじゃな。“魔女狩り”の時代に生きた人々とコロナ禍に生きる我々の共通点として、悪魔と新型コロナウイルスという、いずれも目に見えないものに由来する恐怖と直面しておるが、ヨーハン・ヴァイヤーが、キリスト教から強い影響を受けていた当時の価値観の中で、目に見えない悪魔に対する認識を変えるのに成功したのと同様、現代に生きる我々一人一人が、特に魂1〜3が大局的見地に基づいた情報を発信し、新型コロナウイルスに関する人々の認識を変えていくことが肝要なのじゃなかろうか

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は“自粛警察”の事例と“健康警察”のネット記事を読み返していた。
    “自粛警察”となってしまう人物はひょっとしたら、自分と価値観が合わず、話し合いで解決することが難しいかもしれない。

    だが、正しい情報を伝えることで、本当にやるべきこととそうでないことについてや、“自粛警察”のような私的な行動がどのような結果をもたらすのかについて理解してもらえたら、実行する直前に考え直してもらえ、同じような事件が起こることを、未然に防げるかもしれない。

    また、いざ“自粛警察”となりかねない人物が目の前に現れたとしても、その人に正しい情報を、適切に伝えられるように精進していこう。

    そう、青年は決意したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第46話:誹謗中傷を書き込む人の魂の属性

    新千夜一夜物語 第46話:誹謗中傷を書き込む人の魂の属性

    青年は思議していた。

    先日、伊是名夏子さんが公開した、『JRで車椅子は乗車拒否されました』という題名のブログが炎上した件についてである。

    この出来事は、車椅子ユーザーである伊是名さんが来宮駅近くの宿泊施設や飲食店を事前に予約し、当日にJR東日本を利用して現地に向かおうとした際に、無人駅である来宮駅ではなく、バリアフリー化されている熱海駅で降車するように、駅員から勧告されたことを発端とする騒動を書いたブログが炎上したようだ。

    今回の炎上は、著名人である伊是名さんのブログの8割を削除するほどの影響があり、尋常ではないように青年には感じられた。

    伊是名さんはどんな魂の属性を持っているのか。そして、なぜ、彼女のブログはここまで炎上したのか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は伊是名夏子さんと、彼女のブログが炎上した件について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「先日、ネット上のニュースで話題となった件じゃな。して、具体的にどういったことを知りたいのかの?」

    『僕がお聞きしたいのは、伊是名さんの魂の属性と、なぜ彼女のブログはあそこまで炎上したのか、そして、今後、インターネット上でどのように情報発信していくべきかについて、です』

    「なるほど。それらの質問に答える前に、今回の騒動が起きた経緯について教えてもらえるかの?」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、一つうなずいてからスマートフォンを操作し、口を開く。

    『自身が車椅子ユーザーである伊是名さんとしては、現在障碍者たちが享受している権利は、先人たちの座り込み等の運動によって獲得できた権利であると考えているようで、今回の出来事もバリアフリー推進の活動の一環として起こしたようです』

    「つまり、彼女は意図的にその日、その場所を選んでいたというわけじゃな」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きくうなずいてから、口を開く。

    『彼女が後日発信していた内容から判断するに、そうなります。実は、ブログに書かれた出来事が起きた当日の2021年4月1日は“改正バリアフリー法”の施行日で、伊是名さんは来宮駅が無人駅だと知っていたようですし、JRとの騒動が生じた際に、新聞社数社に呼びかけて取材を要請したということから、計画的な政治運動だったと言えそうです』

    「たしかに、その騒動がプライベートなものであれば、新聞社を呼ぶ必要はないからのう。して、JRは彼女の要望に対し、どういった対応を取ったのかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『JR小田原駅の駅員は、無人駅である来宮駅ではなく、バリアフリー化されている熱海駅での下車を推奨しましたが、伊是名さんは、熱海駅から来宮駅までに移動するための、車椅子で乗車可能なタクシーは一ヶ月前からの予約が必須だと主張し、バリアフリー法にのっとって対応するように駅員に求めました』

    「なるほど。法律を盾に、自らの要求を通そうとしたわけじゃな」

    『そうです。そんな彼女の要求に対して駅員は、来宮駅はバリアフリー法の対象とはならないことを説明しましたが、駅員によるその説明に対し、伊是名さんは、今度は“障害者差別解消法”を根拠に合理的配慮を求め、駅員3・4名を集めて電動車椅子を運ぶように要求しました。その結果、特別な計らいによって、駅長を含む4人の駅員が来宮駅まで同行し、対応したとのことです』

    「その経緯を聞く限り、乗車を拒否されたわけではないのじゃから、JRに非を感じさせかねない、あのようなブログのタイトルを付けるには、ちと無理があると思われるが」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    伊是名夏子SS

    属性表を眺めた後、青年は口を開く。

    『この属性表から、伊是名さんは人運が“7”と低く、血脈の霊障と天命運に“14:人的トラブルの相”があることから、今回炎上してしまったことは納得という感じですね』

    「そのあたりについては、たしかに、そなたの言う通りなのじゃろうが、“改正バリアフリー法”は2025年を目標に施行されておる法律で、同法が施行されたその日に、全ての駅をバリアフリー化することは、現実的に考えてみてもほぼ不可能じゃ。よって、経済性や現実味を度外視した彼女の一連の言動には、魂4特有の大局的見地に欠けた、偏狭な正義感が少なからず影響しておるのじゃろうな」

    『なるほど。伊是名さんは政治運動を目的として、意図的にあのような人目を引くようなタイトルをブログにつけたのだと思いますが、読者の批判の矛先をJRに向けようと権謀術数を弄したにもかかわらず、本人の意図とは逆に、批判や誹謗中傷が自らに集中してしまったわけですね』

    「まあ、結果としてそういうことになるのじゃろうな」

    青年の言葉に一つ頷いた後で、陰陽師が言葉を続ける。

    「ところで、今回の騒動が起きた経緯はそうじゃとして、炎上した理由について、世間ではどのように言っておるのかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンを操作した後、口を開く。

    『今回炎上した理由についてですが、ネット炎上を研究している国際大グローバル・コミュニケーションセンター准教授の山口真一博士によりますと、議論の前提の違いとブログの書きぶりの2点が主な理由となっているようです』

    「というと」

    『一つ目の“議論の前提の違い”についてですが、伊是名さんは、障碍者も健常者と同様に生活を送るという“真のバリアフリー”の社会が実現していない現状を、障碍者の視点で提起しましたが、読者は健常者の方が多いことから、今回の彼女の言動は多くの人にとって、“利用者の少ない無人駅に、事前連絡なしに車椅子で行ってクレームをつけている”という解釈になってしまったのだろうと思われます』

    「なるほど」

    青年の言葉にあいづちを打つ陰陽師を見やり、青年は言葉を続ける。

    『山口博士は、“前提があまりに違うとそもそも議論にならず、意見が衝突するばかりで妥協点を探すことが難しい”と述べていますが、今回の一件は障碍者と健常者という前提だけでなく、4つの魂の種類の違いによって生じる、議論の前提の違いも何らかの関係があるのではないかと、僕は思いました』

    「して、もう一つの理由である、“書きぶり”とは?」

    陰陽師にそう言われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『ブログのタイトルの付け方もですが、本文では伊是名さんの主張がかなり強く出ていて、可能な範囲で対応した駅員への感謝の言葉がなかったことから、特に、“駅員だって大変なのに”“書き方がおかしい”といった、本筋とは関係ない理由で炎上したようです』

    「なるほど。無人駅だとわかっていた上での彼女の行動や、新聞記者まで呼んで大ごとにしようとしていた点も、いっそう反感を買う要因となったわけじゃな」

    『そうですね。炎上することで多くの人々から注目されましたが、本筋とは関係がない“書き方”の方で炎上してしまっては、真のバリアフリーを訴えるという本筋が伝わらなくなってしまい、本末転倒だと思います』

    「たしかに。一般論として、ネットが炎上する背景には、ガラ携並みのOSを持った魂4の偏狭な正義感に裏打ちされた批判/議論があるのじゃろうが、今回の件も、論旨の全体を見るのではなく、“感謝の言葉がない”“書き方がおかしい”という側面に対してのみ、集中砲火が浴びせられた結果、このような炎上が起こってしまったのじゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンの画面を見ながら、口を開く。

    『そのお話と関連しますが、山口真一博士が実施した、20〜60代の男女3000名を対象としたアンケート調査の結果によりますと、7%しかいない少数の極端な人がネット上の意見の46%を占めているようですが、この極端な人の多くが魂4と考えるのであれば、先生の説明に納得できます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「さらにもう一つ付言するとすれば、人口の45%と最も多くを占める魂4の中でも、我が国の場合、特に2−4(転生回数が第二期の魂4)と4−4(転生回数が第四期の魂4)が多いことから、炎上の種火となる投稿を2−4が書き込み、4−4がそれに追従して拡散するという、我が国特有のメカニズムも今回の一件に大きな影響をあたえておるのじゃろうな」

    『なるほど』

    「して、誹謗中傷を書き込む人々の動機について、山口博士はなんと?」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再びスマートフォンを操作し、口を開く。

    『2017年に行われた研究ではありますが、山口博士は、炎上の種火となる投稿をしている人物の動機に関し、“どのような炎上事例でも、6〜7割の人が自分の価値観での正義感から投稿を書き込んでいたそうで、動機を掘り下げていくと、何かしらの生活や社会への不満といったものが少なくない”と述べています』

    「なるほど。動機は、生活や社会への不満とな」

    『はい。“誹謗中傷を書き込んでいる人は、あくまで相手が悪いから攻撃しているようで、実は、他者に制裁を加えることで、不安を解消してくれるような、いくばくかの満足感を得ようとしている”とも、山口博士は分析しています』

    「なるほど。終わりが見えないコロナ禍の影響による、仕事の減少に伴う収入の減少に加えて様々な自粛を強いられることで、本来は問題とならぬような些細な事象にまで、火の手が上がりやすくなっておるというわけじゃな」

    『それともう一つ。メディアで凄惨な事件や芸能人の不倫や政治家の不祥事などのネガティヴな情報が報道されると、やり場のないストレスの捌け口をそれらの事件に求めてしまうということも、その原因と思われます」

    そう言い、視線を落とす青年に対し、陰陽師は微笑みながら口を開く。

    「今回の件を通じて、インターネットにおける魂4の支配力が強いことを改めて理解できたと思うが、インターネットの普及と政治家の小型化という問題にも奇妙な相関関係があることを含め、ネット上での発言権を魂4だけに握られぬよう、魂1〜3が、より多くの情報発信をしていくことが大切だという話は、以前した通りじゃ」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きく首肯してから、口を開く。

    『肝に命じておきます。魂4の人々の意見が主流になった政治は“衆愚政治”になりかねないと以前お聞きしましたので(※第13話参照)、そうした状況にならないようにしたいものです。ところで』

    「うむ」

    『学校でのディスカッションを始めとする教育や、何らかの訓練によって、魂1〜3と魂4との間にある、前提の違いによる価値観の差を縮めることはできるのでしょうか?』

    「もちろん、価値観の種類にもよるのじゃろうが、残念ながら、両者の距離を縮めることは容易ではないと思う。その主な理由として、そもそも魂1〜4で魂の容量が異なることが挙げられるが、それぞれの容量の違いについて、そなたは覚えておるかの」

    『はい、覚えています』

    そう言い、青年は紙に魂の種類とそれぞれの容量を書き記していく。

    <魂の種類と容量>
    1:僧侶/王侯(スーパーコンピューター)
    2:貴族(軍人/福祉)(汎用コンピューター)
    3:武士・武将(パーソナルコンピューター)
    4:一般庶民(ガラ携並のOS)

    青年が書いた内容を一読し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    魂1〜3と魂4のOSには、コンピューターとガラ携程の差があることから、どれだけ優れたソフトがあっても、容量が足りなければそれを載せることはできぬ。同様に、魂の種類によって、日常でインプットできる情報量も異なることから、当然、アウトプット、どういった言動を取るかも、魂の種類によって変わってきてしまうことになる」

    『なるほど』

    「この話は魂1〜3と魂4との関係に限らず、魂1であるワシと魂3であるそなたとの間でも当てはまることで、ワシの話のすべてがそなたに伝わらない原因も、そのあたりが影響しておるわけじゃ」

    『確かに、先生のお話をお聞きしている時はいつも、魂の容量の差が大きすぎることを実感しています』

    そう言い、ばつが悪そうに頭を下げる青年に対し、陰陽師は小さく笑ってから言葉を続ける。

    「話を戻すが、魂1〜3と魂4の距離を縮めることは難しいものの、我が国でディスカッションの授業が増えることで、相手を尊重した表現を用い、批判されたこと=喧嘩を売られているわけではないということ、両者の意見が相違している部分に関し、感情的にならずに対話できる生徒を増やすことは期待できると思う

    『なるほど』

    「また、魂の容量の差によって生じるお互いの相違点を理解し合うことによって、魂1〜3側にとっても、自分たちとは違う論理的思考を持っている人物が存在していることを知る、良い機会になると思われる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きくうなずき、口を開く。

    『確かに。僕が話したことがある人物に限りますが、魂1〜4でそれぞれ特有の論理的思考の方向性があるように感じます』

    「ともかく、人間は多面体なわけじゃから、魂の違いのみで相手のことを判断してはいかん。魂4の人物であっても論理的な人物はいるわけじゃし、魂3で高学歴の人物であっても、感情的な人物も相当数おるわけじゃからな」

    『なるほど。感情的になることについては、僕にも身に覚えがあります』

    そう言い、苦笑する青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「それでも、あえて魂1〜3と魂4、特に2−4、あるいは転生回数が第二期に近い3−4や1−4との違いを指摘するとすれば、魂4の人物に哲学的な思考を求めるなどして魂4の容量を超えた際に、質問の趣旨から大きく外れた回答が返ってきたり、物事を感情的に捉えてしまい、時には論理的思考が飛んでフリーズしてしまうといった、諸特徴が顕在化する可能性が高いことだけはそうなのじゃろう」

    『つまり、感情に左右されずに論理的思考に基づいて行動できる度合いが、魂4から魂1に向かうにつれて高まっていく傾向にあるということでしょうか』

    「人間は多面体であることから、ある一面だけを捉えてどうこう言うのは危険な行為じゃが、大筋では、そういった捉え方もできると思う。ただし、相手の顔を見ながら、相手の感情の機微を観察しつつ、言い方や言葉選びに気をつけることができる対面の会話と違い、対面で得られる情報がないネットの世界では、画面の向こうに自分と同じ血が通った人間がいると認識できずに、魂の容量と諸特徴が、よりダイレクトに出てしまうことが往々にして起こりえるので、そのあたりにはじゅうぶんな注意が必要なわけじゃな」

    『確かに。僕が調べた限りではありますが、AIを用いた認知科学の研究でも、人に話すよりも人でないモノに話す方が、人のネガティブな感情は引き出されやすいという結果が出ているようですし、相手の顔が見えないネット上では、特に魂4は過激な書き込みをしやすくなってしまっているのでしょうね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「そうした諸々の理由も踏まえると、基本的にネット上で問題提起をする際は、魂4の人々にも響きやすいように、言葉遣いや言葉選びに細心の注意を払い、共感を呼ぶような内容を盛り込んで投稿することが望ましいということになる」

    『なるほど。それなら僕にもできそうです』

    陰陽師の言葉を聞いて大きく頷く青年を見やり、陰陽師は口を開く。

    「ただし、魂4の目に触れ、彼ら/彼女らによって大事な情報が拡散されることは重要ではあるものの、魂4に迎合する内容ばかり投稿していては、結局は魂4の声が庶民の総意と一括りに捉えられやすいことには変わりはない。ゆえに、我々魂1〜3も、ネット上で積極的に、大局的見地に基づいた意見を書き込んでいくことも肝要だということは、先ほども言った通りじゃ』

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

     

    帰路の途中、青年はこれまで縁があった人物とのやり取りを振り返っていた。
    なぜ、根気強く説明しても話が噛み合わず、徒労に終わってしまったのかが、今回の話で理解できた。ただ、話が噛み合わなくとも、お互いの目的や大事にしていることをある程度共有できたことも思い出した。

    出会いは必然であり、せっかくご縁を得られた相手と共有できることを増やしていけるよう、相手の魂の種類を把握し、それぞれに合った接し方をしていこう。

    そう、青年は決意したのだった。

     

     

  • 新千夜一夜物語 第45話:成功するYouTuberの条件

    新千夜一夜物語 第45話:成功するYouTuberの条件

    青年は思議していた。

    不登校を掲げるYouTuberゆたぼんが、動画上で中学校も不登校宣言したことが波紋を呼んでいる件についてである。
    彼の発信に対しては賛否両論あり、YouTuberシバターに至っては、ゆたぼんと何度か動画を挙げて討論していたほどである。

    いったい、ゆたぼんはどのような魂の属性なのだろうか。また、中学校も不登校を貫く彼の今後は、いったいどうなるのか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのだった。

    『先生、こんばんは。本日はYouTuberゆたぼんについて教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「ふむ。最近、たまにネットのニュースで見かける少年のことじゃな。して、どういったことを聞きたいのかの?」

    『まずは彼の魂の属性を、次に、彼が中学校も不登校を貫いた場合、彼の将来はどうなることが予想できるのかを教えていただきたいです』

    「その質問に答える前に一つ確認したいのじゃが、そもそもいったいなぜ、彼は不登校になったのじゃ?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを手早く操作し、口を開く。

    『ネットの情報を見る限り、宿題をやってこなかったゆたぼんに対し、彼の当時の担任が彼を叩いたようですが、担任の言い分としては、机を叩こうとしたら彼に当たってしまったとのことで、叩いていないと主張していたようですが、ゆたぼん側は、先生が嘘をついたと考え、その出来事をきっかけに不登校になったと言っています』

    「ふむ」

    青年の言葉に対し、陰陽師はあいづちを打ち、紙に鑑定結果を書き記していく。

    ゆたぼんの元担任SS

    属性表を眺めた青年は、一度唸ってから言葉を発する。

    『以前(※第17話:激辛カレー教諭いじめ事件と魂の属性参照)、小学校の教員は2−4(転生回数期が第二期の魂4:一般庶民)が多いとお聞きしましたが、この属性表を見る限り、まともな先生のようですね』

    「そうじゃな。教員の仕事には生徒指導も含まれていることから、仮に担任がゆたぼんを叩いたとしても、それは教育的指導に該当すると思われる。ゆえに、彼が不登校になったきっかけの出来事に関しても、自らの職責を全うした末の、ちょっとした行き過ぎの叱責といったあたりが実相なのじゃろう」

    『なるほど。ちなみに、ゆたぼんが中学校も不登校宣言したことを巡り、ゆたぼん vs YouTuberシバター、そして、彼の父親 vs ひろゆきという構造ができていましたが、各々、どのような魂の属性なのでしょうか?』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き連ねていく。

    ゆたぼんSS

    きよみんSS

    中村幸也SS

    シバターSS

    ひろゆきSS

    それぞれの属性表を眺めた後、青年は口を開く。

    『今回の登場人物を見ると、ゆたぼん家は頭2で、不登校反対派の二人は頭1という構造になっているのですね』

    そう言った後、青年は何かに気づいたのか、やや目を見開いてから再び口を開く。

    『そう言えば、ゆたぼん一家の属性表には、頭の1/2の欄外に枝番の“3”という数字がありますが、これは何を意味するのでしょうか?』

    「実は、頭1/2の特徴は、0 or 100のようにシンプルに二分化しているのではなく、欄外の枝番の数字が“1”に近いほど頭1/2の特徴が強く顕在化する傾向がある。例えば、“9”は例外/逆説という意味を持つ」

    『例外/逆説でしょうか』

    首を傾げながらそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「そう、例外/逆説じゃ。具体的に説明する前に、復習もかねてそなたの口から、頭1/2の特徴(※第18話:神社仏閣との相性参照)について、それぞれ説明してもらおうかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、一つうなずいてから口を開く。

    頭1の人物は、“農耕/遊牧民族の末裔”であることから、世のため・人のためとなる行動を地で実行する傾向があります。一方、頭2の人物は、“狩猟民族の末裔”であることから、利益/個人的な目標のためには、他人を蹴落としてでも獲得するといった、自己中心的な特徴を持っていると記憶しています』

    「おおむね、そなたの説明通りじゃな。して、そうした頭1/2の特徴に対し、枝番“9”という逆説/例外という特徴が加わるとどうなるかと言うと、頭1―9の人物が口ではYesと言いつつも、腹の中では別のことを考えている可能性があるのに対して、頭2−9の人物の場合は、こちらの意見/指示に対し、是は是、非は非といった態度をとる傾向が強い反面、いったん納得したらその通りに行動する可能性が極めて強い」

    『なるほど。その説明をお聞きする限り、ある意味、頭1−9の人物よりも、頭2−9の人物の方が付き合いやすいと言えるのかもしれませんね。そうは言っても、頭1/2だけではなく、その人物の枝番や他の特徴まで把握し、付き合い方を吟味する必要があるとは思いますが』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「そのような観点から、ゆたぼんと彼の両親を見ると、3人とも頭2−3であることから、頭2の特徴が顕著に現れる傾向が強い、と言うことができよう」

    『確かに、親切心で忠告してくれたシバターへの反論の内容や、小学校の卒業証書を破くなどのゆたぼんの言動を見る限り、自己中心的という頭2の特徴が色濃く出ているように思います』

    「そなたの言う通りじゃな」

    青年の言葉に相槌を打つ陰陽師を見やり、青年は言葉を続ける。

    『そして、頭1であるシバターとひろゆきが、他人であるゆたぼんに対し、不登校を選択することによって、彼が後々に被るだろうデメリットを視野に入れて反論していることは、世のため・人のためという頭1らしさが現れていると思います』

    青年の言葉に対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「たしかに、このような両者の発言をみているだけでも、頭の1/2の差は歴然じゃ。それと、もう一つ付言しておくと、実社会においては、個人事業主・非上場企業の経営者・従業員、地方公務員には頭2の人物が多い。一方、国家公務員、上場企業の経営者/出世コースに乗った社員などには、頭1の人物が圧倒的に多いという傾向にある」

    『そのような傾向も頭の1/2にはあるのですね。そう言えば、ゆたぼんの基本的気質(OS)と具体的性格(ソフト)の上段の数字は共に“7”、すなわち社会生活を送るのに最も適した資質を持っていることを考えても、変に片意地を張らずに、ある程度社会の常識に則った生き方をした方がいいように思うのですが』

    「そなたの見解にも一理あると思うが、ワシが見る限り、残念ながら、彼はこのまま不登校を貫く可能性が高いのじゃろうな」

    『やはり、そうなるのですか…』

    そう言い、視線を落とす青年に微笑みかけながら、陰陽師は問いかける。

    「話を戻すが、ゆたぼんの不登校を巡り、いったいどのような応酬があったのじゃ?」

    『まずはゆたぼんとシバターのやり取りについてですが、シバターは動画の中で、“小中高でできた友達は、一生の友達になる可能性を秘めている”と彼に語りかけています』

    「なるほど」

    『これに対し、ゆたぼんは、シバターの意見を“古い考え”と斬り捨て、“今の時代、ネットでも友達はできる”と反論しています。そんなゆたぼんの動画に対し、シバターは“そんなに言うならもういいよ。君は学校に行かなくていい。ただ、後で学校行っておけば良かったって後悔するなよ”と答えています』

    「どちらの主張にも一理あるようじゃが、結局は平行線に終わったわけじゃな」

    そんな陰陽師の言葉に、青年が大きく首肯するのを見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「今度はゆたぼんの父親とひろゆきの応酬について、教えてもらえるかの」

    陰陽師の言葉に対し、青年は一つうなずいてから、スマートフォンの画面を見ながら読み上げる。

    『ひろゆきは、“登校が嫌なら通信制の中学校で教育を受けることも可能。子供に教育を受けさせる義務を放棄している親には、罰則が必要だと思います。子供は被害者なので責めるべきではないです。“と、ゆたぼんではなく、彼の父親を批判しています』

    「なるほど」

    『それに対するゆたぼんの父親の主張ですが、“子どもが学校に行かないからと言って親は教育を受けさせる義務を放棄しているわけではない。それに通信制じゃなく家庭内で教育を受けさせることはできるし、そもそも我が家はホームスクーリングだってずっと言ってるしな“と』

    そこまで言った青年は、一度、陰陽師が黙って耳を傾けていることを確認し、言葉を続ける。

    『ひろゆきはさらに、“通学する中学生は一日5時間の授業を各科目で教員試験を通った大卒の教師が教えます。あなたの家庭では学校の代わりにどういった資格を持つ方が何人で1日何時間の教育をされているのですか? 中学校と同等の教育なら問題ないです。”と返信しています。ちなみに、世間ではひろゆきの意見の方が多く支持されているようです』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は一つ頷いてから、口を開く。

    「そもそも義務教育とは、憲法26条、国民の三大義務である、“勤労の義務”、“納税の義務”、“教育の義務”の一つに含まれているわけじゃが、この法律のポイントは、子に教育を受ける義務があるのではなく、親が“子供に教育を受けさせる義務”があることから、ひろゆきが言うように、この法律が子供ではなく親を対象にしている点が肝要じゃ」

    陰陽師の説明に対し、青年は何度も頷いてから、口を開く。

    『そうなのですよね。弁護士の藤吉修崇さんが、学校に通わせないことは、親として学校教育法に違反するとして“ゆたぼんの親も逮捕される可能性がある”と指摘していることから考えても、父親は逮捕されないためにも、せめてゆたぼんに通信制の中学校に通わせることが望ましいと思うのですが』

    「彼の場合、世間の常識から逸脱した生き方になんらかの価値観を見出していると思われることから、通信制であっても登校する可能性は、ほぼないじゃろうの」

    陰陽師の言葉を聞き、しばらく腕を組んで黙考していた青年が、やがて口を開く。

    『ゆたぼんが不登校を貫いたと仮定すると、今後の彼は、どのような人生となるのでしょうか』

    「そなたは、どのような進路があると考える?」

    『一つ目は、このままYouTuberとして活躍して生計を立てていくことだと思っていましたが、先ほどの属性表を見て、難しいと感じました』

    「というと」

    陰陽師は軽くあいづちを打ち、青年に続きを促す。
    それを察した青年は、スマートフォンを操作し、画面を見ながら言葉を続ける。

    『ゆたぼんと討論したシバターのYouTubeのチャンネル登録者数は、121万人ですが、ゆたぼんのチャンネル登録者数は12.8万人、つまり、シバターの約10%しかいません。2−3−5−5…2を持つシバターがあれだけのチャンネル登録者数を持っていることはある意味当然だとしても、ゆたぼんの魂の属性を見る限り、今後、シバターほどの数字を得るのは難しいのではないでしょうか』

    「そなたの言う通りじゃろうな。2−3−5−5…2を持つ人物は、そもそもプロのスポーツ・芸能・芸術の世界で活躍できる才能を持っていることから、テレビからYouTubeへと媒体が変わったとしても、本人の持ち味を発揮できることは想像に難くない」

    陰陽師の言葉を聞き、大きく頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「ところが、YouTubeは配信する環境さえ整っていれば、どのような魂の属性の人物であっても、容易に参加できるという特徴を持っている」

    『つまり、ゆたぼんのような“2−3−5−5…2”を持たない人物がYouTuberとして人気が出たとしても、芸能界から声がかかるとは限らないのでしょうし、逆にテレビ番組にレギュラー出演でもしようものなら、排除命令によって芸能界から姿を消すだけじゃなく、当人にとんでもない災難が降りかかる可能性が高いと(※第23話:この世のルールと芸能界参照)

    「さらに言えば、2−3−5−5…2を持つ人気YouTuberじゃからと言って、上下関係が厳しい芸能界の掟や暗黙のルールを破り、大御所から目をつけられでもしたら、たちまち業界から干されてしまうじゃろうしな」

    『話が脱線してしまいますが、YouTuberから芸能界入りした、ラッパーのワタナベマホトとお笑いタレントの不破遥香の魂の属性が気になるのですが』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は紙に二人の鑑定結果を書き記していく。

    ワタナベマホトSS

    画像8

    二人の属性表に目を通した青年は、やや目を見開いて口を開く。

    『ワタナベマホトは女子高生に猥褻画像を要求していたことが発覚し、児童ポルノ禁止法違反の疑いで逮捕されましたが、彼は2−3−5−5…2を持たない人物ですので、排除命令に抵触したようですね』

    「どうやらそのようじゃな」

    『不破遥香ことフワちゃんですが、芸能事務所に悪態をつき、重役の去り際に見えないように後ろ姿に向かって中指を立てていたら、その姿がガラスに映っていたためにバレてしまい、事務所を解雇されたようです。ただ、現在は無所属で活動しているようですので、芸能界から排除されたわけではなさそうです』

    「彼女は2−3−5−5…2を持つ人物であることから、そのあたりの一件は人運“7”と“14;人的トラブル”の相が原因なのじゃろうな」

    『なるほど。属性表を見る限り、フワちゃんは言うまでもなく、ワタナベマホトの転生回数は“大々山”である190回代であることから、二人がYouTuberから芸能界に入れたことに納得できますが、ゆたぼんの魂の属性はもちろん、今の彼を見ている限りでは、彼が芸能界に適応できるとは思えず、YouTuberから芸能界へ栄転する道は厳しいでしょうね』

    「そなたの言う通りじゃろうな。ゆたぼんの発信は、現在不登校気味の学生や過去に不登校を体験した人物には響くかもしれないが、彼がこのまま大人になったとしたら、単なる無学歴の成人ということになるわけじゃが、いざそうなった時に、世間に響くメッセージ性を持っているかはかなり疑わしいじゃろうな」

    『そうなのですよね。一言で不登校と言っても、不登校に至るまでに様々な背景があると思います。不登校の理由としては、その多くがイジメを発端にしていると感じますが、ゆたぼんの場合は“教師の嘘”がきっかけなので、同じ理由で不登校になった人は少ないのではないかと思われます』

    「それ以上に、彼が本当の意味で不登校の人々の心に寄り添えているのかどうかも、疑問じゃしのう」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は腕を組み、しばらく唸ってから再び口を開く。

    『今の路線のままYouTuberとして活躍する可能性が低いゆたぼんにとっての、もう一つの進路についてですが、キメラゴンという、中学三年から不登校になったものの、中学生の間に月収700万円を稼ぎ、現在は通信制の高校に通いながら会社を経営し、月収1,000万円を稼いでいる学生もいます。ゆたぼんは彼のように情報商材を販売するビジネスに転向して成功する可能性はあるのでしょうか』

    「その問いに答える前に、一度キメラゴンについてみてみよう。少し待ちなさい」
    そう言い、陰陽師は鑑定結果を書き記していく。

    キメラゴンSS

    ゆたぼんSS

    キメラゴンとゆたぼんの属性表を交互に眺めた後、青年は口を開く。

    『頭の1/2と魂の属性3:霊媒体質と魂の属性7:唯物論者が違う点を除けば、転生回数が“小山”に該当する、十の位が40回代で、しかも第三期である140回代であることと、魂の種類“3:武士”であることなど、ゆたぼんと魂の特徴は似ているようですが』

    「仮に魂の属性が似ているとしても、人生経験が浅い小学生、中学生が長期的な視点に立って人生の選択肢を選ぶことは難しい。そこで両親が子供を導く役割を担うわけじゃが、キメラゴンの両親はどのような人物かわかるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを手早く操作し、該当する画面を見ながら口を開く。

    『彼の父親は自社革皮ブランド会社の経営を始め、不動産や飲食業も手掛けており、キメラゴンが小学5年生の時にブログを教え、彼が中学2年生の頃にネットビジネスを始めた際、20万円相当のPCを買い与えたそうです。また、母親は、無添加・無農薬の食材を通信販売しているようで、両親共にビジネスに明るく、常識人という印象を受けます』

    「どうやらそのようじゃな。彼が既に社会的な実績を上げていることは、彼の両親の教育の賜物と言うことができよう。ちなみに、ゆたぼんの教育に関し、父母のどちらが主導権を握っているかはわかるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを手早く操作し、しばらくしてから口を開く。

    “今日、長女以外の家族六人で、大阪から沖縄に引っ越して来ました!
    最初は長女も行くと言っていたのですが、四月になって急に行かないと言い出し、自立すると言って先月家を出ました。
    それまでは長女をメインにして計画を練り、兄妹も凄く頑張ってきたのですが、長女が途中で投げ出した為、すべての計画を白紙に戻す事に・・・。
    予定していたクラウドファンディングも中止し、再度、長女以外の家族六人で一から計画を練り直しました。“

    『とあり、ゆたぼんは父親の計画における、長女の代役になったと考えられますし、不登校を巡る議論においても、基本的に父親が発言していることから、父親だと思われます』

    青年の言葉に陰陽師は一つうなずいてみせ、口を開く。

    「なるほど。“魂3:武士”であるゆたぼんが、大局的見地に欠けた2−4である父親の影響を受けていることは、“不可思議”の領域からみても、この世の基準から考えてみても、ちと問題があるかも知れんの」

    『ゆたぼんに対し、父親の言いなりになっているのではないかといった言葉もあるようですが、彼はそのことを否定し、自らの意志で不登校になっていると断言しています。そして、不登校を続けた結果、将来どんなことが起きても彼は自分で責任を取ると言っています』

    「なるほど」

    『彼は動画の中でも、その時に自分がやりたいことをやり、YouTuberも飽きたらやめると公言しています。彼がYouTuberとして大成しないとしても、継続的にチャンネル登録者数を増やすことで、自身の知名度を活かして情報商材を販売してみたり、流行りのビジネスを転々として収入を得たりして、生きていけるのではないかと思いますが』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、指を小刻みに動かしてから、口を開く。

    「そのような方向性を意識して活動を続けたとしても、ワシが見る限り、難しいじゃろうな。もって5年というところじゃろうか」

    『そんなに早く消えてしまうのですか…。そうなりますと、ゆたぼんに残された道は、飛び級などで義務教育のレールとは別のルートから社会に出ることしかないと思いますが、いかがでしょうか?』

    「たしかに海外では飛び級制度があるが、我が国では導入されておらぬし、仮に我が国に飛び級制度があったとしても、その制度を利用できるのは、理系か文系の才能が突出している生徒となる」

    『つまり、ネットで見る限り、宿題が終わらずに放課後に残されて泣きながらやっていたゆたぼんの才能では、飛び級制度を利用するのは難しそうですね』

    「それにじゃ、飛び級制度を利用できる生徒たちは、若くして大学を卒業した後か在学中に、本来なら多くの生徒が中学・高校で体験するであろう体験を、補完できる能力を持っていることが前提となる

    『なるほど。つまるところ、ゆたぼんの人生は前途多難な方向に向かっているのですね。ところで』

    「なんじゃな」

    『コロナ禍でオンライン授業の導入も進んでいくでしょうし、それに伴って我が国でも飛び級制度が導入されるようになれば、義務教育の存在意義が問われていくように感じますが、先生の見解としては、義務教育にどのような意味があるとお考えでしょうか』

    「まず、義務教育を軽視すべきでない理由として、全員が全員ではないものの、義務教育をドロップアウトした多くの人物が、人間性や社会性といった中身が伴っていないことが挙げられる。特に、小学校には人間教育の場という意味でも重要であるため、過度ないじめにあったり心身を病んでまで登校する必要はないが、できるだけ登校する方が望ましいとワシは思う」

    『僕もそう思います』

    そう言い、青年はスマートフォンを操作し、再び口を開く。

    『こちらは、国際大グローバル・コミュニケーションセンター准教授の山口真一さんの意見なのですが、

    “情報発信の教育や啓発はもちろん大事ですが、私は「受信の教育・啓発」も重要だと思っています。すべて防げるわけではありませんが、「自分の見ている情報は偏っているのかもしれない」という恐れがあることを知っておくだけで意識が変わります。

    ディスカッションの授業を増やした方がいいと考えています。批判するとしても、「相手を尊重したうえで」批判し、人格攻撃をしない。

    これは批判される側の意識も大切です。批判がすべて自分への攻撃だと思ってしまう人は、これまで議論の練習をしてきていないのだと思います。「攻撃と批判は違う」と考える訓練をしていくことに効果があるのではないでしょうか。“

    とあり、バックグラウンドが近い、同年代の友達とディスカッションをする機会は学生時代にしかなさそうですので、そう言った意味でも義務教育は重要なのだと思います』

    「そうじゃな。今度は“不可思議”な領域からみた理由を挙げるとすれば、“あの世”では各々別領域にいる1〜4の魂が、“この世”で共存することによって生まれる様々な“軋轢”こそが“修行”の一助となっているのじゃが、そうした意味からも、学校に登校することで、魂の種類が異なる同級生と交流することは、魂磨きのためにも重要だとワシは思う」

    『なるほど』

    「とは言え、大多数の魂1〜3の人が、在学中も卒業後も、魂4とプライベートな関係を持っていないことから、インターネットを通じて友達を作れるという、ゆたぼんの主張にも一理あり、特に、母数が少ない魂1〜3の人物は、同級生以外にも広く交友関係を持つことも重要だとワシは思う」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組んでしばらく黙考してから口を開く。

    『つまり、学校では魂の種類が異なる同級生と交流することで、人間の多様性を学びつつ魂磨きの修行に励み、それと同時に、母数が少ない魂1〜3の人物は、インターネットを用いて学校外にいる今世の宿題を果たすのに適した人物と繋がり、彼ら/彼女らとの交流を増やし、深めるという二本柱の人間関係を構築することが重要なのでしょうか?』

    「まあ、そんな感じじゃ。“出会いは必然”であることから、学校で同じクラスメイトになることは各々にとって必然であるし、インターネットを通じて得る出会いもまた必然じゃ。“袖触れ合うも多少の縁”ではないが、ITが発達した現代においては、インターネットでふと目にした言葉で人生が変わることもあるじゃろうし、実際に顔が見えないとは言え、一言二言メッセージをやりとりすることも、広義の意味では出会いと言えるじゃろうし、そして、それもまた必然と言えよう。ゆえに、現実とインターネット上を問わず、あらゆる出会いを大切にすることが肝要じゃ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自らの学生時代を振り返っていた。
    同じクラスだけでは友達の数は限りがあったが、他のクラスに顔を出せば、また新たな友達の輪が広がっていた。SNSやインターネットが持つメリットを活かして、場所に囚われずに友人を作ることは大事だと思うし、年齢を問わず様々な考え方や価値観に触れ、意見を交換することも重要だと感じた。

    今後も自分と異なる魂の種類の人物と接する機会は増えていくだろうが、同じ“魂3:武士”の人物を中心に関わるのではなく、他の魂の種類の人々とも積極的に交流し、魂を磨いていこう。

    そう、青年は決意したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第43話:秋篠宮眞子内親王とご結婚

    新千夜一夜物語 第43話:秋篠宮眞子内親王とご結婚

    青年は思議していた。

    秋篠宮眞子内親王の結婚が物議を醸している件についてである。皇族の結婚は慶事であるはずが、国民から批判の声が多く上がっているように、青年には感じられた。
    その理由は、婚約者である小室圭さんの母親である、小室佳代さんが元婚約者との金銭トラブルを起こしていることと、そもそもそのような問題を起こす性格の人物の息子であることが原因のようだ。
    天皇家と縁を持つ親族に、金銭トラブルを抱える/そもそも起こす人物がいることに対し、国民は不安に感じることだろう。

    皇族に関して一個人として意見を述べるつもりは一切ないが、なぜここまで問題になっているのだろうか。
    小室佳代さんにかかっている、何らかの霊障が関係しているのだろうか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。今日は小室佳代さんのことで教えていただきたいことがあり、お邪魔しました』

    「以前から色々と話題にあがっている件じゃな。して、具体的にどのようなことを知りたいのかな?」

    青年は、小室佳代さんの金銭スキャンダルや、彼女の夫と、その家族たちの身に起きたことを、簡潔に説明した。

    『今回の騒動は、婚約している当事者ではなく、小室圭さんの母親である、小室佳代さんと彼女の元婚約者である竹田さん(仮名)との、過去の金銭のやり取りが問題となっているようです。この400万円以上もの大金について、小室家サイドでは贈与で、彼は貸与だったと主張しており、双方の認識がずれています』

    「我々庶民の結婚においても、婚約者の親族に金銭的なトラブルを抱えている人物がいるとわかったら、トラブルを解決してもらうか、それが難しいとしても、せめて納得のいく説明や対応を求めるのは、当然のことじゃからな」

    陰陽師の言葉に対し、青年は一つ頷いてから口を開く。

    『しかし、この件に関し、小室家からの明確な回答がないことから、この結婚に不安を感じている人々が多いのではないかと思います』

    「なるほど。ちなみに、今回の結婚のトラブルの発端となったお金は、どういった経緯で生じたのかの?」

    陰陽師にそう問われ、青年は再びスマートフォンを操作し、該当するサイトを読み上げる。

    『元婚約者は、婚約していた当時、小室圭さんが通っていた大学の学費として400万円を渡したようですが、その後も佳代さんからの金銭の要求が激しかったため、婚約を破棄したようです。その後、今回の結婚の話が出たことから、返金してもらおうと思い返金交渉に着手したようですが、誓約書がなかったために返金は不可能だと知り、新聞記者に情報をリークしたようです』

    「なるほど」

    そう言い、陰陽師は鑑定を始め、紙に鑑定結果を書き足していく。

    小室佳代SS

    竹田(仮)SS

    2人の属性表を眺めた青年は、小さく唸り声を挙げてから言葉を発する。

    『小室佳代さんは全体運9点で金運が9点満点中8点、元婚約者は総合運8点で金運が8点ですが、2人の今世の課題に、今回の騒動のようなお金の問題を抱えることは、本来は含まれていないのでしょうか』

    「いや、今世の課題にお金の問題が含まれないのは、総合点が9点かつ金運が9点の場合のみじゃ。8点の場合は、霊障とは関係なく“何らかの問題を抱える”ことになり、7点以下になってしまうと、“かなり大きな問題を抱える”結果となる。また、総合点が1点下がる毎に、それ以下の項目は、総合点9点の場合と比べて、さらに1点ずつ下がることになる」

    陰陽師の説明に青年は何度も頷いた後、口を開く。

    『なるほど。2人とも、お金の問題を抱えることは今世の課題に含まれているものの、今回の騒動にいたるまでの大きな問題に発展してしまったのは、“1:財運”の相による影響が大きいと』

    「その可能性が高いじゃろうな。また、金運について付言しておくと、ワシが言う金運とは、世間一般で定義されているような、収入や貯金と言った問題もなくはないが、そうではなく、入ってくるお金を自らの“宿題”に沿った使い方ができる運を持っているか否かということを意味している」

    『なるほど。小室佳代さんは、庶民からみれば贅沢な暮らしをしているように感じられますが、彼女のお金の使い方そのものが、1の相の影響によって、今世の課題に沿っていない可能性があると』

    「いつも諭しておるように、そのような一面的な考え方をしていかん。1の相はそんな単純な話ではない」

    『とおっしゃいますと』

    「たとえば、じゃ。融資を受けようとした際に、通常なら融資を受ける条件が整っているのに融資を受けられず、自分が望む・理想とする“お金の入り方”がその希望通りにならないといったように、具体例を得げればキリはないが、いずれにしても、本来であれば起こりえないことが起こるのが、霊障の特徴なわけじゃ」

    『なるほど』

    陰陽師の説明に戸惑いながらも、青年は言葉を続ける。

    『いずれにしても、霊障である限り、お金の入り口と出口の両方で、通常では考えられない邪魔が入るということなのですね』

    「さらに注意が必要なのは、たとえば、魂4と魂1〜3とでは、同じ修行をするにしても、そもそも修行のレベルが異なっている。それ故、収入や支出のスケールも当然異なってくるわけで、仮に、贅沢な暮らしをしているからとって、必ずしも今世の課題に沿った使い方をしていないとは限らないという問題もある」

    『なるほど』

    未だ納得のいかない表情を浮かべている青年に、陰陽師が言葉を続ける。

    「ところで、そなたの家庭では、お金はどのように使われていたか、覚えておるか?」

    陰陽師の問いに対し、青年は顎に手を当てて黙考した後、口を開く。

    『僕の両親は共に“魂3:武士”でしたが、食費などを倹約して、四人いる子供の学費のために貯金を優先してくれました』

    青年の答えに対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「たとえば、魂4、特に4−4の家庭では、教育や教養に類する支出が少なく、食費にかけるエンゲル係数の比率が一般的に高い傾向がある。つまり、同じ収入であっても、それを何に使うのかによって、金運の“質”が変わってくるわけじゃ」

    『なるほど』

    真剣な表情で頷く青年を見やり、陰陽師は次の質問を投げかけた。

    「さて、今度は、彼女の亡くなった夫の家族に起きた出来事について教えてもらおうかの」

    陰陽師に問われた青年は、手早くスマートフォンを操作し、やがて口を開く。

    『彼女の夫は焼身自殺し、その一週間後に義父が首吊り自殺をし、それからおよそ一年後、義母も自殺しているようです』

    「なるほど」

    あいづちを打つ陰陽師に対し、青年は言葉を続ける。

    『夫が亡くなった後、佳代さんは、70代の彫金師の男性と5年ほど交際していたようですが、彼も不審死したようです。このように、彼女と深く関わる人物が命を落としていることから、何らかの霊障が関係しているのではないかと思ったわけです』

    「合計4名もの人物が亡くなっているとすれば、何らかの霊障が関係している可能性は高いかもしれんな。どれ、さっそく鑑定してみよう」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    小室敏勝SS

    小室善吉SS

    小室敏勝の母SS

    彫刻家ASS

    他界した人物たちの属性表を眺めた青年は、深いため息を吐いてから、口を開く。

    『亡くなった方々全員に、先祖霊の霊障に“5:事故/事件・被害者・死亡”の相がかかっているので、亡くなってしまったことに納得ですが、地縛霊化している方はいるのでしょうか?』

    「確認しよう。少し待ちなさい」

    固唾を飲んで結果を待つ青年。
    少しした後、陰陽師は口を開く。

    「いや。全員、無事にあの世に戻っているようじゃな」

    安堵の息を漏らす青年を横目に、陰陽師は言葉を続ける。

    「元婚約者も含め、佳代さんと関わった人物全員が、人運と恋愛運が共に“7以下”であることから推察するに、上記の人々は彼女と関わって苦労することも同時に今世の宿題としていたようじゃな」

    『なるほど』

    苦々しい表情でそう言う青年に対し、陰陽師は微笑みながら続ける。

    「亡くなった人物たちを中心に考えると、“女性問題、特に夫婦関係、親族関係”で苦労するという宿題を抱えて転生してきたとすれば、それらの問題で苦労するのは決して悪いことではなく、むしろ自らの宿題を果たすにあたり、相応しい人間関係と環境を選んだと考えられるわけじゃ」

    『ただ、“薬も過ぎれば毒となる”ではありませんが、“5:事故/事件・被害者・死亡”の相があったために、彼女と関わった人物が命を落とし、“1:財運”の相があったために、元婚約者は400万円以上もの大金を失うほどの問題に発展してしまったと』

    「うむ。宿題による重石と霊障による“余分な重石”とは、分けて考える必要はあるものの、大筋としてはそうなる。自殺というと世間の人間はネガティヴに捉えるじゃろうし、実際、胸の痛む出来事ではあるが、“あの世”の視点でみれば、佳代さんと関わって命を落とした人物は、立派に今世の宿題を果たして帰還してきた魂ということになる』

    陰陽師はそう言い、何度も頷いている青年を横目に、湯呑みに注がれた茶をゆっくり飲み始める。
    しばらく無言で腕を組んでいた青年が、次の疑問を口にする。

    『それにしても、佳代さんと深く関わる人物は、なぜあんなに高額なお金を彼女に渡してしまったのでしょうか』

    青年の問いを聞いた陰陽師は、鑑定を行い、口を開く。

    「今も話したように、基本的には今世の宿題が大きな要因ではあるが、“余分な重石”の部分である霊障の影響としては、“14:人的トラブル”と“17:憑依”の相じゃな」

    『彼女は“魂3:武士”であるのに、めずらしく17の相が“天啓”ではなく“憑依”なのですね』

    やや目を見開きながら言う青年に対し、一つ頷いてから、陰陽師は言葉を続ける。

    「“17:憑依”の相には、本人に眷属(※第35話参照)や動物霊が憑依した結果、遠慮や躊躇がなくなったり、妙なパワーを得て人に対する圧力や過激な言動が増し、本来の実力以上の“感化”を他人に与える力がある」

    『なるほど』

    「そして、人運と(特に男性の)恋愛運の低さに加え、佳代さんとのパワーバランスとでもいうような、個別の相性を考慮する限り、彼女の提案を断れない関係だったと言うことができるじゃろうし、今世の宿題を含め、様々な霊障との合わせ技によってお金を渡してしまったと考えるべきなのじゃろうな」

    陰陽師の説明に青年は首肯した後、しばらくしてから口を開く。

    『現状、秋篠宮眞子内親王と小室圭さんの結婚がどのような結末になるかはわかりませんが、仮に成婚した場合、秋篠宮眞子内親王だけでなく、秋篠宮家にも何らかの問題を持ち込むことが懸念されますが、どうなのでしょうか』

    「どれ、鑑定してみよう」

    そう言い、陰陽師は鑑定結果を紙に書き足していく。

    秋篠宮眞子内親王SS

    小室圭SS

    『秋篠宮眞子内親王は、人運と恋愛運が7以下と低いことから、今世は人間関係や異性問題で苦労することが今世の宿題のようですが、小室家の問題で苦労することも、その中に含まれているのでしょうね』

    青年の問いに対し、陰陽師は無言で鑑定を始め、やがて口を開く。

    「いや。あらためて、そのあたりをみるに、どうもそうではないようじゃな」

    『とおっしゃいますと』

    「つまり、宿題という観点からみる限り、今世の秋篠宮眞子内親王の宿題に、小室家と婚姻関係を結び、それによって苦労するという宿題は存在しない。ゆえに、今回の結婚が成立してしまい、その後トラブルに巻き込まれるとすれば、それは霊障のなせる技ということになる」

    『なるほど。霊障によって、ここまでの騒動になるとは。ほんと、霊障の影響は恐ろしいですね』

    そう言い、青年は腕を組んで黙考した後、やがて陰陽師に問うた。

    『ちなみに、お二人の恋愛と結婚の相性はいかがでしょうか?』

    青年の問いに、陰陽師は無言で鑑定を始め、紙に結果を書き足していく。

    秋篠宮眞子内親王からみて/小室圭からみて
    恋愛  D/F
    結婚  F/F

    アルファベットを見、青年は小さくため息を吐いてから言葉を発する。

    『S+が最高点であるのに対し、Fは0点、Dは1〜10点ですので、恋人関係であろうと婚姻関係であろうと、相性から判断しただけでも、お互いにとって魂磨きの修行にはならないわけですね』

    「もちろん、それはそうじゃが、ワシが言う恋愛や結婚の相性とは、単に社会的地位の向上や収入の安定、夫婦円満といった現世利益だけではなく、お互いにとっての魂磨きの修行が進むかどうかといった、霊的な問題も含んでいることをよく心に留めておくようにの」

    『なるほど。我々は魂磨きをするために、修行の場である“この世”に転生してきているわけですから、趣味や感性や考え方が合うからといった、思議の基準ではなく、今世の課題を達成するのに適しているかどうかという基準でパートナーを選ぶべきなのですね』

    「その通りじゃ。話を戻すが、秋篠宮眞子内親王には今世“結婚で苦労する”という相がないので、できることであれば、霊障によって引き起こされている、この結婚が破談になることを祈念するばかりじゃ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は小室佳代さんにまつわる出来事を読み返していた。
    結婚によって、本人の意図とは無関係に、本人の親族はもちろん、パートナーやその親族にも影響を与えてしまうことがあるし、一度婚姻関係を結んだ場合、離婚したとしても、霊的な繋がりは切れないことが多いことも理解できた。
    恋愛で盛り上がっているカップルや既婚者たちには辛い話だろうが、結婚後のことも踏まえた大局的見地から、相性鑑定の重要さを説明していこう。
    そう青年は決意したのだった。

     

     

  • 新千夜一夜物語 第40話:コロナ禍で生死を分かつもの

    新千夜一夜物語 第40話:コロナ禍で生死を分かつもの

    青年は思議していた。

    とある一般人男性が新型コロナウイルス(以下、コロナ)に感染した後、一度は集中治療室に入るほどに重症化したものの、容態が安定するまでに回復した件についてである。
    コロナによる死亡者数の情報が毎日更新される中、重症化した状態から回復した人物の情報は、人々にとっての希望になるだろう。
    ひょっとして、コロナで亡くなる人物と助かる人物とでは、霊障や魂の属性において、何らかの違いがあるのだろうか?

    一人で考えても埒が開かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。今日はコロナの感染者について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「コロナの感染者についてとな。して、どういったことを聞きたいのかな?」

    『コロナに感染して亡くなった人物と、感染して重症化した後に回復した人物とでは、魂の属性や霊障からみれば、何らかの違いがあるのかが、気になりまして』

    「なるほど。ちなみに、そなたは、どのような要因があると考えておるのかな?」

    陰陽師に問われた青年は、しばらく黙考し、やがて答える。

    霊障に“4:病気”の相がかかっているか否かと、健康運の数値が主な要因ではないかと思います』

    青年の答えに、陰陽師は一つ頷いてから、口を開く。

    「ではそのあたりの話をするにあたり、そなたが要因として挙げた、霊障と総合運について、理解していることを説明してもらえるかの?」

    『承知いたしました』

    陰陽師の言葉に一つ頷いた後で、青年が口を開く。

    『霊障には大きく分けて四つあり、一つ目が霊脈と血脈の先祖霊の霊障、二つ目が対面やSNSを通じて他者から受けたり、心霊スポットなどから拾う地縛霊の霊障、三つ目がグッズの霊障、そして四つ目が魑魅魍魎、雑霊や人の念による霊障となります』

    青年の回答に小さくうなずいた後で、陰陽師が口を開く。

    「では、今の回答に基づいて、いくつか質問させてもらうが、まず、霊脈と血脈の違いについて、どのように理解しておる?」

    『霊脈の先祖霊とは、魂の種類1〜4に関わらず、本人と同じ種類の地縛霊化した先祖のことで、血脈の先祖霊とは、魂の種類が異なる地縛霊化した先祖のこととなります。従って、武士である僕の場合、霊脈の先祖霊は武士霊となり、血脈の先祖霊は武士霊を除く、1:僧侶霊、2:貴族霊、3:武将霊、4:諸々霊となります』

    そう答えると、青年は、かすかに逡巡した後、言葉を続ける。

    『他にも“霊統”、“血統”という言葉もあり、その意味するところは、地縛霊化している先祖のうち、本人にはかかっていないものの、魂の種類が同じ先祖を“霊統”先祖、魂の種類が異なる先祖を“血統”先祖と呼んで区別しています』

    「うむ」

    青年の回答に、いつもの笑みで頷いた後、陰陽師が言葉を続ける。

    「どうやら、基本的な事項についてはじゅうぶん理解しておるようじゃから、もう一度だけ、霊障について整理しておくとしよう」

    そう言い、陰陽師は紙に霊障の種類を書き記していく。

    《霊障の分類》
    ・先祖霊(魂の種類1〜4):霊脈、血脈、霊統、血統
    ・地縛霊(魂の種類1〜4):かかる子孫が途絶えた魂
    ・土地/法人の霊障(地縛霊)
    ・グッズの霊障
    ・念

    ※以下、神の眷属や動物霊など
    ・龍神
    ・龍霊
    ・稲荷
    ・狐霊
    ・熊手/狸霊
    ・雑霊/魑魅魍魎:動物霊/天狗・座敷童・麒麟(似非神様)

    陰陽師が書いた内容を見た青年は、一つ頷いてから、口を開く。

    『今回のテーマである、コロナの死因としては、個々人にかかっている霊障、つまり、霊脈と血脈の先祖霊の霊障が大きいようですね』

    「そのようじゃな」

    青年の指摘に、肯首しながら、陰陽師が質問を続ける。

    「さて、今度は、総合運について、説明してくれるかの?」

    『はい。総合運は基本的に9点が満点となり、その人に霊的な重荷がない(パフォーマンスが100%)かぎりにおいて、8点以上であれば、基本的に、今世で重大な苦労をする心配はありません。言い換えれば、7点以下の場合は、今世、それなりの苦労をする覚悟が必要な項目となります』

    「たとえば、恋愛運を例にとるとすれば、恋愛運が7以下である今世のそなたの場合、女性関係で苦労する覚悟が必要ということになるわけじゃな」

    『なるほど。だとした場合、ひとつお聞きしたいことがあるのですが』

    そう前置きした後で、青年が言葉を続ける。

    『仮に総合運が9点だったとした場合、今世の宿題という意味合いから、7点以下となっていると考えて、問題ないのでしょうか』

    「基本的には、そう考えても差し支えないじゃろう」

    『しかし、基本的には、とは?』

    「いつも話しているように、霊的な問題というものは、三次元世界のように、右か左とか、正誤といった“二元論”では、割り切れない余地が常に存在している。そのような意味で、三次元世界において“法則には、往々にして例外が存在する”という言葉があるのと同様、霊的世界でも、霊障を含め、その魂のそもそもの誕生理由などにより、総合運が低いからといって、かならずしもその項目が今世の宿題と連動しているとはかぎらないという現象が起きることから、おおむね、そのような理解で問題あるまい、と答えたわけじゃ」

    『なるほど。特に、霊的世界には、三次元の常識、つまり、思議では割り切れない余地が常に存在している、ということをよく頭に叩き込んでおきます』

    陰陽師の説明にそう答えた後で、青年は言葉を続ける。

    『いずれにしましても、僕の恋愛運が6点であることを踏まえ、女性とのトラブルを通して学びを得る、それが今世の僕の人生だということは、じゅうぶんに肝に銘じております』

    それなりに己の運命を受け入れたのか、軽く苦笑しながら青年は言った。
    そんな青年の様子を察した陰陽師も、一緒に笑ってから口を開く。

    「では、本題に入るとして、コロナに感染した人物たちを鑑定するにあたり、該当者たちの目星は、既についておるのかの?」

    青年は一つ頷いて見せ、スマートフォンを操作した後、口を開く。

    『まずは亡くなった人物からお願いします。一人目、志村けんは享年70歳で、若い頃からヘビースモーカーだった影響か、肺に基礎疾患があったようです』

    陰陽師は指を小刻みに動かした後、鑑定結果を紙に書き記していく。

    志村けんSS

    属性表を見終えた青年は、視線を落とし、ため息を吐いてから口を開く。

    『彼は、健康運が3とかなり低く、しかも天命運と血脈に“4:病気”の相が、そして、血脈の霊障に“5:事故・被害・死亡”の相がありますから、属性表の各数字から考えてみても、コロナに感染して亡くなったことに納得せざるを得ません』

    「その通りじゃな」

    『そして、二人目の男性ですが、彼は享年50代で、肝臓がんを患っており、感染後に肺炎で亡くなりました』

    陰陽師は黙って指を小刻みに動かした後、紙に鑑定結果を書き記していく。

    伴充雅SS

    青年は暗い表情のまま、何度も頷いてから、口を開く。

    『この男性も、健康運が3とかなり低く、血脈の霊障に“4:病気”の相“5:事故・被害・死亡”の相があるので、亡くなった理由については、納得ですね』

    「かわいそうではあるが、そなたの言う通りじゃな」

    青年はしばらく無言で腕を組み、やがて苦々しく言った。

    『ただ、彼はコロナに感染していると知りながら飲食店に行き、しかも、意図的に、店員が感染するような行動を取るなどし、ウイルスをばら撒きました。その結果、そのお店は営業停止になってしまったようです。彼が頭2の魂2−4であることと、大局的見地の数字が30であることを踏まえると、このような行為も、納得ではあるのですが』

    「彼の場合、下段の枝番も、欄外の枝番もほとんどが“9”であり、“性悪説”的な気質が強いことから、今回のようなウイルスを撒き散らして他人に被害を与えるような行動を、平気でとってしまう可能性が高い人物のようじゃの」

    『なるほど。彼によって感染させられてしまったお店と店員には大いに同情しますが、“罪を憎んで人を憎まず”という言葉があるように、屍に鞭打つのではなく、彼の行動によって、コロナの感染度の高さと脅威が世間に知れ渡ったのだと、前向きに捉えようと思います』

    青年の言葉に陰陽師は一つ頷き、口を開く。

    「して、次の人物は、どのような人物なのかな?」

    『三人目、羽田雄一郎議員は、享年53歳で、基礎疾患に糖尿病や高血圧などがあったようです』

    陰陽師は紙に鑑定結果を書き記し、青年はその様子を黙って見守る。

    羽田雄一郎さんSS

    属性表を見た青年は、眉間に皺を寄せながら口を開く。

    『羽田さんは、天命運と血脈に“5:事故・被害・死亡”の相があったものの、“4:病気”の相はありませんでしたし、健康運が7であることから、先ほどの二人の健康運“3”に比べたら数値はましだと思うのですが、やはり、総合運の各項目の数字が“7”以下の場合には、注意が必要ということなのでしょうか?』

    「以前も説明したが、令和に入ってから、魂の属性7の唯物論者の場合、霊脈先祖(魂の種類が同じ先祖)の霊障がない分、魂の属性3の霊媒体質の人物よりも、血脈の霊障がより強く顕在化する傾向が強くなっておるようじゃな」

    『なるほど。そのあたりも体主霊従の世界から、霊主体従の世界への回帰の一端なわけですね』

    陰陽師の話に大きく頷いた後で、青年は先を続ける。

    「次は、四人目の岡江久美子ですが、彼女は享年63歳で、基礎疾患はなかったものの、2019年末に乳がんの手術を受け、その後半月ほど放射線治療を受けていたため、免疫力が低下していたと思われます』

    岡江久美子さんSS

    先ほどの三名の結果と見比べながら、青年はしばらく黙考した後で、口を開いた。

    『岡江さんは、健康運は8と高かったものの、天命運と血脈に“4:病気の相”血脈に“5:事故・被害・死亡”がありますね。それに、彼女も“唯物論者”的な気質の持ち主だったことから、たとえ、健康運の数値が高くても、血脈の霊障の影響を大きく受けていたという理解で問題ないですね』

    「基本的にはその通りなのじゃが」

    青年の言葉に一つ頷いた後で、そう前置きしてから、陰陽師が言葉を続ける。

    「彼女の場合、二人目の男性同様、第4チャクラが乱れていることが、死因の大きな要因となったようなのじゃ」

    『第4チャクラが、死亡の一因ですと?』

    「一般的には、ハートチャクラなどと呼ばれておるようじゃが、第4チャクラが乱れている場合、往々にして、病気にかかりやすいという特徴があるとともに、最悪の場合、死に至る病を患う可能性が高くなったりするわけじゃな」

    青年は陰陽師の説明に息を呑み、しばらくしてから口を開いた。

    『と言うことは、岡江さんの場合、“4:病気”の相によって乳がんを患い、免疫力が低下していたところに、第4チャクラ“5:事故・被害者・死亡”の相が重なることによって、コロナに感染してしまい、その挙句に亡くなったという、合わせ技なわけなのですね…』

    「残念ながら、その可能性が高いようじゃな」

    『…そうでしたか、何とも、痛ましいかぎりです』

    小さく首を振りながらそう答えた後、青年は気を取り直して、次の人物を紹介する。

    『次は、コロナに感染した後に回復した人物なのですが、一人目の石田純一は、66歳で脳と肺に基礎疾患があったものの、コロナが流行り出した頃に感染し、一時は危ぶまれたようですが、生還しています』

    青年の言葉を聞いた後、陰陽師は鑑定結果を紙に書き記していく。

    画像5

    それを見た青年は、驚きに目を見開いてから、声を上ずらせて言う。

    健康運が3とかなり低い上に、基礎疾患があり、さらに血脈の霊障に“5:事故・被害”の相があるので、これまでの方々の結果を鑑みるかぎり、亡くなっていてもおかしくないと思いますが、霊障の“5”の相が、“死亡”ではなく“怪我”だったことから生還できたというわけなのでしょうか?』

    「ワシが知るかぎり、彼は還暦を過ぎてからも運動するなど、健康的な生活習慣を続けていたようじゃから、もともとの健康運の低さを、運動でカバーしていたことも、助かった要因の一つかもしれぬが、おぬしの言うように、決定的に明暗を分けたのは、“5”の相が“死亡”ではなく、“怪我”だったことなのじゃろうな」

    『なるほど』

    説明を聞いて大きく頷く青年に、陰陽師が先を促す。

    「して、次はどんな人物かの?」

    『二人目の一般人男性は、53歳で、基礎疾患はなく、感染した後に集中治療室に入るほどに重症化しましたが、現在は、容態が安定しているようです』

    青年が無言で見守る中、陰陽師は鑑定結果を書き足していく。

    遠藤雅行さんSS

    属性表を眺めた青年は、何度も頷いてから、口を開いた。

    『この男性は、天命運と血脈に“5:事故・被害・死亡”がありますが、健康運が9で基礎疾患がなかったことが助かった要因なのでしょうか?』

    「この男性の場合、“5:事故・被害・死亡”の相が、今回のコロナには該当しなかったと考えられるのも一つの考え方じゃろうし、健康運が“9”じゃったことも、命を取り留めた要因のひとつなのじゃろうな」

    陰陽師の言葉をしばらく吟味してから、青年は口を開く。

    『つまり、“5:事故・被害・死亡”の相があるからと言って、事故が起きたら必ず死ぬとは限らないわけなのですね』

    「さよう。そのあたりが、不可思議な世界の不可思議たる由縁で、いつも話しているように、この世の神羅万象のすべてを、思議で推し量ることは不可能とワシが話す典型的な例なのかもしれんな」

    『とおっしゃいますと?』

    「ワシのクライアントの中にも、“5:事故/事件”の相があり、何度も事故に遭っているものの、今もぴんぴんしておる人物はおるのじゃが、このような人物も含め、まだ今世の宿題が残っていたために、たとえ霊障に“死亡”の相があったとしても、必ずしも死ぬわけではないということが、往々にして起こり得るわけじゃな」

    『なるほど』

    そんな陰陽師の説明に一つ頷いた後で、青年が言葉を続ける。

    『ただし、そうはおっしゃっても、“5:事故/事件”の相を解消しない限りは、今後もまた事故に遭う可能性は高く、“死亡”の相がある場合は、その人はいつの日か、事故/事件で命を落とす可能性が残っているわけですね』

    「まあ、基本的にはその通りなのじゃが、先ほども話した通り、そのように、右左、正誤などと決めつけられないのが、“不可思議”の世界の“不可思議”たる由縁なわけではあるのじゃが」

    そう言い、暗い表情をする青年を励ますように、陰陽師は微笑みかける。

    「いずれにしても、この6名の鑑定結果を見てわかるように、人間は多面体であることから、特定の部分のみを抽出して、結論に結びつけぬよう、気をつけることが肝心となるわけじゃ」

    『はい。今のお言葉、よく肝に命じておきます』

    そう言い、青年はしばらく口をつぐんでから、再び言った。

    『ところで、ふと気になったのですが、コロナに感染した人物の共通点として、“5:事故・被害”の相があったと思います。なぜ“4:病気”の相ではなく、“5”の相なのでしょうか?』

    「というと?」

    『トランプ大統領は、コロナは“武漢のウイルス研究所由来の証拠がある”と訴えていたようですし、このウイルスは自然界のウイルスではなく人工ウイルス、つまり、細菌兵器による人災の被害者だから、“5:事故・被害”の相が出ているという可能性は、ないのでしょうか?』

    「そのあたりの問題については、世界の権威ある科学者がコロナを人工だと公表していない以上、現時点では何とも言えないじゃろうな。特に、今回挙げた人物に全員“5:事故・被害”の相があることを根拠として、コロナが細菌兵器だと考えるのは、早計だとワシは思う」

    『それは、失礼いたしました』

    そう言い、罰が悪そうな表情をする青年に対し、陰陽師は微笑みながら一つ頷き、説明を続ける。

    「いやいや、そう恐縮することはない。ワシがそう思う根拠としていくつかの理由があるのじゃが、そのひとつとして、以前、中世に幾度となく流行した黒死病、つまりペストについて色々とみてみた時の経験がある。何を言いたいのかと言うと、当然ペストは疫病なわけじゃから、ワシがみた犠牲者の多くが“4:病気”の相を持っていてよさそうなものなのじゃが、実際は、犠牲者のほとんどが“4:病気”の相ではなく、“5”の相を持っていた」

    陰陽師の説明を聞き、真剣な表情で何度も頷く青年。
    陰陽師は、青年が話についてきていることを確認し、説明を続ける。

    「よってこの一例だけ見ても、そのあたりの推測は正しいと、ワシなりには思っておる。さらに言えば、令和との関係じゃ。以前から何度も話しているように、令和の世界的な“変革”のひとつに“疫病”があることもそうなのじゃが、カミゴトとしてみても、今回の一件は人為的なものではない」

    『そうだったのですか』

    目を大きく見開き、そう答える青年を見ながら、陰陽師が言葉を続ける。

    「まあ、このあたりのことはカミゴトゆえ、声を大にして主張するつもりはないのじゃが、去年の冒頭より、今回のウイルスは相当厄介じゃ、と繰り返し述べてきたのも、根拠は、そういうところにあるわけじゃな」

    『なるほど』

    そんな陰陽師の言葉に小さく頷くと、青年はしばらく逡巡した後、言葉を続ける。

    『ちなみに、今回挙げた中で亡くなった方々は、無事にあの世に帰還できているのでしょうか?』

    「どれ、確認しよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は指を小刻みに動かした後、続ける。

    「うむ。幸い、全員、無事にあの世に戻っておるようじゃ

    微笑みながらそう言う陰陽師の言葉を聞き、青年は安堵の息をもらす。

    『それならよかったです。志村けんさんは、既に様々な業績を残されているだけではなく、コロナ禍で売り上げが落ちた友人の飲食店にわざわざ通って支援するような優しい方でしたから、あの時期にコロナで命を落としても、悔いがなかったのでしょうね』

    「それにじゃ。彼を始めとする大物有名人が亡くなったことで、コロナの危険性が世間の人々により深く伝わったことは、まぎれもない事実なわけじゃから、非常に痛ましいことではあったが、コロナによる被害者を減らすことに一役を買ったことも、ひょっとすると、彼らの宿題の一部であったのかもしれんな」

    『なるほど。彼らの死を無駄にしないためにも、残された僕らは、いっそう魂磨きの修行に励まねばならないということですね』

    「そうじゃな。どのタイミングで肉体を離れることになろうとも、幸/不幸や、生きた時間の長短といった、この世の基準や現世利益に囚われず、今世の課題を果たせるように日々を過ごすことこそが、今世の宿題を果たす唯一の道であることだけは、絶対に、忘れぬようにの」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年はコロナで亡くなった人物たちのことを考えていた。
    彼らの死に霊障も関わっているなら、ご神事を受けてもらうことで、コロナによる死者を減少させられるかもしれない。
    また、令和の“変革”によって、見えない世界とは縁遠い、魂7の唯物論者の人物といえども血脈の霊障の影響を受けているという事実を理屈として理解し、体感してもらえるよう、より真摯に説明していこう。
    青年はそう決意するのだった。

  • 新千夜一夜物語 第34話:令和とパラダイムシフト

    新千夜一夜物語 第34話:令和とパラダイムシフト

    青年は思議していた。

    第99代目の内閣総理大臣に任命された、菅義偉についてである。
    某新聞社のアンケートにて、彼の他に岸田文雄と石破茂の2名が有力候補となっていたが、魂の属性の観点から判断して、今回の人選は望ましい結果なのだろうか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は菅義偉について教えていただけませんか?』

    「今回の自民党総裁選のことじゃな」

    そう言いながら、青年の質問に、陰陽師が応じる。

    「はい、4選の目もあると言われていた安倍首相の辞任に基づく、自民党の総裁選のことです」

    「そういえば、令和の“ねじれ”によって、残念ながら安倍晋三が辞任する流れになってしまったのう」

    『え、令和ですか。安倍元首相の辞任と令和が何か関係あるのでしょうか』

    そう言い、大きく眼を見開く青年を片手で制し、陰陽師は続ける。

    「話がそれてしまったの。今回のそなたの質問は総裁選の話なわけじゃから、令和の“ねじれ”については後で話すとして、総裁選の話をするとしよう。じゃが、そなたの質問に答える前に、以前政治家に適した魂の属性について説明したと思うが、そなたは覚えておるかな?」

    陰陽師に問われ、青年はしばし黙考した後に、口を開く。

    『転生回数期が2期で十の位が4、すなわち240回代の魂3:武士・武将、あるいは転生回数期が1期で十の位が4か7、すなわち340回代か370回代の魂1:王侯・僧侶の人物と記憶しています』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから口を開く。

    「そうじゃな。与党、さらに言うと首相になれる資質を持つ人物の魂の属性はあらかじめほぼ決まっているのと同じ様に、野党に所属している国会議員の魂の属性もほぼ決まっておると話したのじゃが、それについて覚えておるかな?」

    『転生回数期が2期で十の位が3、すなわち230回代の魂3:武士・武将と、転生回数期が2期で十の位が“大山”の7、すなわち270回代の魂4:一般庶民です。もちろん、自民党を離党し、前民主党政権で首相となった鳩山由紀夫などは2(4)-3、すなわち240回代の魂3:武将ではありますが』

    青年の説明に陰陽師は満足そうにうなずいてから、紙に書きまとめていく。

    ・与党側の多く、首相の魂の属性:1(4)−1、1(7)−1、2(4)−3
    ・野党側の多くの議員の魂の属性:2(3)―3、2(7)−4

    『ところで、菅義偉と岸田文雄と石破茂は、それぞれどのような魂の属性でしょうか?』

    青年に問われた陰陽師は、鑑定結果を紙に書き記していく。
    陰陽師が手を止めると、結果を眺めた青年が口を開く。

    菅義偉SS

    『菅義偉はアンケートで最有力候補でしたが、転生回数が240回代の魂3:武将と首相になれる条件を満たしてしますね。それに、大局的見地が95(SS)で仁が90(S)とかなり高く、総合運もほぼ全ての数値が9で、加えて頭が1と、文句なしの結果と思われます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいて口を開く。

    「血脈の先祖霊の霊障の“17:天啓”の相とチャクラの6と7の乱れの影響によって、時折自分勝手な判断をし、周囲を振り回してしまう可能性が考えられることと、チャクラ4が乱れていることで、安倍晋三のように体調を崩さぬか、ちと気になるところではあるが」

    『そういえば、菅義偉は70歳を超えていて高齢ですので、健康面では気をつけていただきたいですね』

    「そなたの言う通りじゃが、それを言ってしまうと二階俊博は80歳を超えているわけじゃから、まだまだ老骨に鞭を打って頑張ってもらわねば、という考え方もあるにはあるがの」

    『なるほど、政治の世界には、定年などという概念はないのですね…』

    真剣な表情でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく笑って見せてから続ける。

    「本来であれば安倍総理の任期は2021年9月末までなわけじゃから、暫定的に彼の後を継ぐ期間は約一年となる。ゆえに、菅首相がさらに3年続投できるかどうかは、彼がこの一年でどこまでの実績を残せるかにかかっておるわけじゃな」

    陰陽師の言葉に青年は小さくうなずいて見せ、再びスマートフォンを操作した後、口を開く。

    『菅義偉は、“令和おじさん”の愛称や、おやつに3,000円のパンケーキを食べるなど、政治以外の面でもメディアに注目されていましたが、高校を卒業した後に上京し、都内の段ボール工場に住み込みで働くものの、一念発起してアルバイトをしながら受験勉強をし、同級生に比べて二年遅れで大学に入学するなど、苦労人という印象です』

    「そして、27歳に衆議院議員の小此木彦三郎の秘書となり、39歳から横浜市会議員を2期務めた後、45歳で衆議院議員に当選と、政治の世界ではその才覚を遺憾なく発揮してきたようじゃな」

    陰陽師の言葉に青年は感心した様子でうなずいた後、再びスマートフォンを操作して口を開く。

    『“菅総理には菅官房長官がいないという問題がありますが”と言われるくらい、安倍前首相からは評価されていたようですね』

    「魂の属性だけでなく、実務的な面から判断しても、今の自民党の中では、首相に相応しい人物と言うことができるじゃろうな」

    陰陽師の言葉に納得の意を示すように大きくうなずいた後、青年は問う。

    『ところで、他の2人の魂の属性はいかがでしょうか?』

    岸田文雄SS

    そう言い、青年は再び鑑定結果が記された紙を眺めた後に続ける。

    『岸田文雄は、転生回数が340回の魂1:王侯・僧侶ですから、魂の種類だけで見れば首相に適しているとは思います。しかしながら、大局的見地と仁が80(A)と菅首相に比べて低いですし、人運が7ですから、この数値はトップに立って政党をまとめる人物にとっては致命的でないかと思われます』

    そう言い、青年は再びスマートフォンを操作してから、重々しい口調で続ける。

    『それに、暴力団元幹部の人物との握手写真が流出するというスキャンダルがあり、世間の目からすると良くない印象をあたえているのもちょっと気になります』

    「たしかに、頭が2であることも含め、首相の器というにはちと厳しいようじゃな」

    画像3

    『次は石破茂ですが、彼は転生回数が240回代の魂3:武将で、首相に適している魂の属性ではありますが、岸田文雄と同様に頭が2で人運が7であり、大局的見地と仁の数値を鑑みるに、菅首相には素質では及ばないと思われます』

    「また、親中・親韓派であることから、米中を主軸として昨今の国際情勢を鑑みるに、彼が首相になった場合、安倍元首相が築いてきたアメリカとの友好関係にヒビが入りかねないという危惧もある」

    陰陽師の言葉に青年は真剣な表情でうなずいた後、口を開く。

    『彼の人気の理由は、人柄や志や思想が評価されているというよりも、“党内野党”と言われる政権批判というか反骨精神みたいなものが、反安倍政権の意見を持つ人々から支持されていただけではないかと思うのですが』

    「昨今のメディアが親中・親韓に傾きつつあることを考えると、幾ら3位だったとはいえ、一定数の党員票はメディアの影響という見方もできるじゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組み、苦い表情で口を開く。

    『つまり、メディアが魂4を煽るような報道を意識的に行い、党員票が石破茂に集中するように仕向けたというわけですね』

    「仮に党員票が完全な形で総裁選に反映されていたとしたら、トップにはなれなかったとしても、岸田氏には勝っていた可能性が高かったことから考えると、そういう結論になるじゃろうな」

    『たしかに』

    一つ頷いた後で、青年は続ける。

    『ところで、この3名以外で、魂の属性から注目している人物はいらっしゃいますか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んでから、重い口を開く。

    「強いて挙げるなら、我が国初の女性首相という意味合いも含め、稲田朋美じゃな」

    初耳だったのか、青年は手早くスマートフォンを操作し、リサーチを始める。
    その間、陰陽師は彼女の鑑定結果を紙に書き足していく。

    稲田朋美SS

    『稲田朋美は弁護士出身ですし、顔つきから魂2−4という印象を持っていましたが、転生回数が大山の370回代の魂1:王侯・僧侶なのですね。総合運は菅首相と同じですし、大局的見地が90(S)と高いことからみても、たしかにバランスはよさそうですね』

    「とは言え、令和のような激動の時代には、やはり魂1が望ましく、彼女は頭が2であることから、今の時代に即したトップではないのかもしれないがの」

    陰陽師がそう言った後、青年はスマートフォンの画面を見ながら口を開く。

    『ネットで見るかぎり、彼女はさまざまな問題発言や問題ある行動を起こしていたようで、自衛隊の南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の日報問題をきっかけに防衛大臣を辞任しています』

    「彼女にはそうした面があることから、現時点では力量不足であると言っておるわけじゃが、将来的には、首相となるポテンシャルを秘めているも間違いない。仮に菅首相がもう一期総理大臣を続けるようなことがあれば、その間に実力をつけて、4年後、101代総理大臣に就任する可能性も皆無ではないじゃろう」

    『なるほど。僕なんかには想像もつかない話で、正に目から鱗です』

    そう言い、頭を下げる青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「仮に彼女が首相に就任したら、米中戦争が勃発した際に自衛隊を派兵してしまう可能性は飛躍的に高まるはずじゃ。さらに言えば、戦争でアメリカが勝利した暁には、その功績をもとに自衛隊が正式に軍隊とする可能性もじゅうぶんあり得るじゃろう」

    陰陽師の言葉に青年は目を見開き、おそるおそる尋ねる。

    『そうなると、いよいよ憲法9条の改憲となるわけですね。自衛隊が軍隊になると、また日本が戦争に巻き込まれる可能性が高まり、物騒な世の中になりそうです…』

    「ということは、そなたは憲法9条の改憲に対して反対なのかな?」

    陰陽師にそう問われ、青年はしばらく黙考してから口を開く。

    『不勉強で恐縮ですが、憲法9条を改生してしまうと、日本は戦争に巻き込まれやすくなってしまうのではないかと危惧しています。この世が地上天国ではないことから、戦争そのものがなくなることはないと理解していますが、昔のような大規模戦争が少なくなっているとは言え、日本が戦争に加わることに対して賛成することは難しいです』

    「なるほど」

    そう言い、陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んだ後に続ける。

    「実は、安保法制には、たしかに“専守防衛”、“不戦の誓いを基調とした平和憲法”という側面も存在するのじゃが、別な角度で見ると、現行の憲法には、第二次世界大戦で軍部の暴走を許した日本国に対し、その軍事力に恐れをなした戦勝国側が、二度と同じ事態を引き起こさせないようにと、軍隊の保持を禁じたという側面が存在する。それが、憲法9条の基本的な“趣旨“でもあるわけじゃが」

    真剣な表情で黙ってうなずく青年を横目に、陰陽師は続ける。

    「戦後70年という時間が経過した結果、憲法9条をめぐる状況は、大きな曲がり角に差しかかろうとしている。アメリカ・イギリスを中心とした戦勝国側が、軍隊の保持を認めただけでなく、国連決議による国連軍派遣といった事態に際し、日本に対して金銭のみならず汗を、汗のみならず血を流すことを求め始めたという世界情勢に基づく構造変化が起きているのじゃ」

    『つまり、今まで日本は経済支援で主に対応していましたが、今後は軍事面でも加勢するよう、まさかの国連から求められているということでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師はうなずいて見せてから口を開く。

    「“イデオロギー”から“経済”へと世界が大きなパラダイムシフトを始めたとはいえ、問題解決の手段として戦争がこの世から簡単に一掃されない以上、我が国も自衛隊といった目的のはっきりとしない機関(それさえも憲法による規定がないのだが)ではなく、たとえ“防衛軍”といった名称であっても、正式に軍隊を呼称すべき時期に差しかかっていることだけは間違いあるまい」

    陰陽師の説明に対し、青年はうなずいてから意見を述べる。

    『正当防衛のための軍事力の延長という意味でしたら、自衛隊が防衛軍となることに納得できます』

    「この世に“職業の選択の自由”が存在する以上、警察官/消防士といった職業が、他の職業に比べ、生命の危険にさらされる可能性が高くなることは言うまでもない以上、自衛隊に明確な称号と権利を付与することこそが、“命を賭して”職務を遂行している自衛隊員に対する最大のオマージュと考えることもできるわけじゃしな」

    『たしかに。大規模な災害時に人命救助にあたるのは自衛隊ですし、警察官や消防士と同等かそれ以上の社会的評価と待遇を得てもおかしくは、ないと思います』

    青年の意見に対し、陰陽師は小さくうなずいてから口を開く。

    「繰り返しになるが、安保法制とは新たな侵略戦争に道を開く法案ではなく、国連安保理事会の決議が戦争という手段以外の解決策を見出せなかった場合において、世界第三位の経済大国としての義務を果たすための法案なのだ、という認識を国民一人一人がもう一度考え直す時期に来ているのではないかと、ワシは思う」

    『おっしゃる通りですね。軍隊を持つイコール、戦争をしかけて軍事的に侵略する、ということになるとは限りませんからね』

    「それにじゃ、昔のような武力による争いだけが戦争ではなく、スパイやハッキングによる情報戦争や、経済政策によって相手国に損失を与える経済戦争のように、戦争の手段が変わってきておる」

    『そう言えば、先日、米国が“違反商品保留命令”を発令し、中国製の衣服やコンピューター部品などの品目の輸入を禁止しましたが、大きな貿易相手国である米国にそうした対応を取られると、中国は経済的に大打撃を受けますね』

    「もちろん、最終的に雌雄を決するのは武力による戦争となるのじゃろうが、既に米中戦争の前哨戦は始まっていると言えなくもないわけじゃし、今回のコロナ禍においても、金を使ってWTOを丸め込もうとせず、問題が明らかになった時点で、あらゆるデータを開示していればまた違った展開になっているかもしれぬわけじゃからの」

    陰陽師の言葉に対し、青年は暗い表情で顔を伏せながら口を開く。

    『なるほど。以前説明していただきましたが、そもそも戦争とは、二国間の利害の不一致・衝突が話し合いのレベルを超えた段階で想定される最終行動/意思表示(※第4話参照)ですから、一般庶民が知らない水面化で戦争の準備が着々と進んでいるわけですね』

    「もちろん、米中双方の持つ核兵器で、地球全体が何度も吹っ飛ぶ時代じゃ。そう簡単に戦火を交えることもないじゃろうが、現在の経済/IT分野における小競り合いは、新しい形の戦争と呼ぶこともあながち間違いではないのじゃろうな」

    『令和の問題をひとまずこちらに置いておくとして、そしてこの世が地上天国ではなく“修行の場”という問題もこちらに置いておくとして、この世から“争い”がなくなることはないのでしょうか?』

    「仮にこの世から軍事的な意味での戦争がなくなったとしても、夫婦間の対立やイジメもといった、人間同士の争いがなくなることはないじゃろうし、そのような争いを通じて魂が磨かれるという側面がある限り、この世から人間同士の争い、戦争がなくなることはあるまい」

    『戦争が必要な理由など僕には皆目検討がつきませんし、それを世直しと言っていいのかどうかさえ、僕にはよくわかりませんが、いずれにしても、令和の“ねじれ”によって米中戦争が起き、結果として自衛隊が軍隊になる流れに向かってしまっているとおっしゃるわけですね』

    「目先の事象だけで見るとそなたの言う通りなのじゃが、ワシがみるかぎり、令和の“ねじれ“には、もっと大きな意味があるようじゃ」

    『とおっしゃいますと?』

    「冒頭に安倍元首相の辞任について触れたが、年号が令和になったことで“ねじれ”が起こり、世の中で様々な方向修正が起きておる」

    『新元号が令和でなければ、安倍元首相は体調不良にならずに総理大臣を続けていたということですね』

    「そなたはたかが年号と思うかも知れんが、令和という年号がついたことで、日本のみならず、その影響が世界中に伝播し始めてしまった。新型コロナウイルスによる経済崩壊、生活スタイルの変更などといったパラダイムの変換によって、世の中が大きく動き出したことは間違いないじゃろう」

    陰陽師の言葉に対し、青年は腕を組み、眉間にシワを寄せて口を開く。

    『元号が令和になったことでコロナ禍が起きたのが事実だとするなら、別の元号にする方がいいのではないかと思うのですが…』

    「そう言いたくなる気持ちもわからんではないが、表面的に見れば、今のところ悪い現象ばかりのように見えるかもしれん。しかし、実際には、本来のあるべき世界に戻るために、令和という年号が選ばれ、その結果、今のような“ねじれ”が生じたと考えた方が実態に即しておるじゃろうな」

    『それは、どういう意味でしょう。令和の“ねじれ“は、改悪というより、むしろ改善に向かっているとおっしゃっているのでしょうか』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷き、続ける。

    「令和単体でみると、地震、火山の大爆発といった地球の内部からの問題よりも、今回のコロナのような疫病、天変地異、それに伴う凶作、戦争、果ては宇宙からの隕石落下といった災厄が目白押しということになるのじゃが、そもそもの原因とそれらの厄災の役割という、もう少し巨視的な物差しで令和の問題をみてみると、その原因を産業革命にまで遡らせるべきであるようなのじゃ」

    『産業革命。そんなに昔にねじれが起こったと…』

    「その通りじゃ」

    小さく唸ったまま固まる青年を見ながら、陰陽師が言葉を続ける。

    「端的に言うと、現代のあらゆる文明は、18世期半ばから19世期前半に始まった産業革命に端を発しているということができる」

    『はい』

    「もちろんそのすべてを否定するわけではないが、たとえば、クローンの問題や、IP細胞などの出現によって、がんにかかったとしても、他人の臓器などを移植せずに、自らの細胞を使って病気を根治させることが、もはや夢物語でないところまできておる」

    『そうですね。このままいけば、不死とまではいわないとしても、寿命が今までの倍になることぐらいはじゅうぶん予想できますよね』

    「仮にこの世の目指すべき方向性が、“地上天国の実現”であるのであればそれでもいいかもしれんが」

    『この世が“修行の場”である以上、そして400回の輪廻転生という宿題がある以上、そのような方向性は、断固として、阻止すべきだと・・・』

    「端的に言うとそういうことになるわけじゃ」

    陰陽師は、一つ頷いた後で、言葉を続ける。

    「つまり、令和の“ねじれ”とは、産業革命によってもたらされた物質文明、“体主霊従”の世界を、令和の“ねじれ”により、“霊主体従”というあるべき姿に戻すことを意味しており、実際、人知を超えた力がそのような方向性ですでに動き出しておるようなのじゃ」

    『にわかには信じられない話ですが、いずれにしても、捉え方によっては、令和で起きている世間一般では不幸と思われる出来事は、地球にとっての好転反応だとおっしゃるわけですね』

    青年は腕を組み、眉間にシワを寄せながら、そう言葉を絞り出す。

    「端的に言うと、そなたの言う通りじゃ。そしてさらに言ってしまえば、コロナ禍によって引き起こされるであろう出来事を鑑みるに、“体主霊従”から“霊主体従”の世の中に戻るには、それくらいの方向修正が必要なのじゃろう」

    『なるほど』

    陰陽師の言葉に、小さく頷くと、青年は言葉を続ける。

    『ところで、“体主霊従”と“霊主体従”、よく耳にする言葉ではありますが、具体的にはどのように違うのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は紙に文字を書きながら口を開く。

    「“体主霊従”は科学を中心とする、唯物論者の考えや意見が主流な現在の物質主義の世の中のこととなる。一方、“霊主体従”とは“霊”、すなわち魂や見えない存在の影響を大きく受ける、あの世の理屈が主流となる世の中のこととなる。もちろん、魂磨きの修行の場として、後者の方がふさわしいのはわかるかの」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きくうなずいてから口を開く。

    『つまり、魂7(唯物論者)の人間が主導権を握っている世界から魂3(霊媒体質)の人に主導権が移っていくイメージですね。以前、血脈の先祖霊の霊障が顕在化し始めたのも、日本の元号が令和になったからだとお聞きしましたが、“霊主体従”の世の中に向かうにつれ、先祖霊の影響力が強くなったということでしょうか?』

    「塞がれているパフォーマンスの数字と霊障によって引き起こされる、特に心身の不調の顕在化を鑑みるに、そなたの言う通りであろう」

    『と言うことは、令和のねじれによって、コロナ禍は言うに及ばず、これからも様々な厄災が想定されるだけではなく、最悪、戦争も起こりえるというのですね…』

    「そうなってほしくはないが、その可能性は極めて高いじゃろうな」

    青年の言葉に小さく頷きながら、陰陽師は言葉を続ける。

    「そして、そのような激変の時代じゃからこそ、冒頭に述べたように、頭1の人間が世をまとめるべきで、そのような意味では、菅首相には後任となる人物が育つまで頑張ってもらいたいと個人的には思っておるわけなのじゃ」

    『産業革命以前の“ねじれの解消”、それによる“霊主体従”の世の中へ回帰した後、頭1が世をまとめることで、どのような世界になるのでしょうか?』

    「それについて話し始めると長くなるから今夜はパスするが、いずれあらためて、そなたの意見も拝聴しながら、ゆっくりと議論をすることとしよう」

    『起承転結、お話を伺うかぎり、産業革命以降のおよそ250年分のねじれをまずは戻し、さらに本来の流れで進むはずだった250年、合計500年分の遅れを取り戻すために、かなり手荒い“軌道修正”が必要だというお話はじゅうぶん納得できます』

    そんな青年の言葉に頷きながら、陰陽師は口を開く。

    「それ故、出口なおの“お筆先”や日月神示で言うところの、“大掃除”が今度こそ、本当に起こるかも知れんわけじゃ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    世の中が大きく動いている中、自分はどう動くべきだろうか。
    このままの方向性で科学が進み、この世から病気が一掃され、永遠の命を手に入れるのも悪い未来ではなさそうだが、この世を“地上天国”ではなく、“魂磨きの場”、“修行の場”とする限り、たしかに今の方向性は間違っているのかもしれない、そんな考えが青年の頭をちらっとよぎった。しかし…。
    今の自分の使命は、そんな荒唐無稽な未来に想いを馳せて一喜一憂するのではなく、目の前の出来事を一つ一つ丁寧にこなし、魂磨きの修行に励もうと青年は決意するのだった。