カテゴリー: 小説

魂には4つの種類があり、永遠の世での職責を果たすため、魂磨きの修行の場であるこの世に400回に渡る輪廻転生を繰り返している、という前提の基、この世の出来事や人物が取った行動を対話形式で解説しています。

  • 新千夜一夜物語 第51話:チップと魂の属性

    新千夜一夜物語 第51話:チップと魂の属性

    青年は思議していた。

    米国のインディアナ州において、とあるピザの配達員に対し、常連客から長年のお礼として、新車と新車の保険料やガソリン代などの維持費を含めた現金(総額およそ190万円)が渡された件についてである。

    海外ではこうしたサプライズをたまに耳にするが、我が国ではあまりないのはなぜなのだろうか?
    配達員や常連客の魂の属性が関係しているのか、あるいはインディアナ州の州民性が関係しているのだろうか?

    独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのであった。

    『先生、こんばんは。本日はチップと米国のインディアナ州について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「チップとインディアナ州とな。なぜその二つが今回のテーマになっているのか、皆目見当がつかぬが、もう少し具体的に説明してもらえるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンの画面を見ながら今回の出来事の概要を説明する。

    ・ロバート・ピータースさんは、31年間ピザの配達員として働いていた。
    ・彼はその実直な人柄と丁寧な仕事ぶりで地域の住民から人気があった。
    ・特に、お釣りの金額が約16円であったとしても、猛吹雪の中、わざわざ5〜6キロの道のりを運転して店までお釣りを取りに戻るなど、毎回きっちりお釣りを用意していた。
    ・そんな彼に対し、ダナーさんは何か恩返しがしたいと思い、クラウドファンディングを始めた。
    ・新車の購入資金と、保険料やガソリン代などの維持費に必要な約130万円を募ったところ、わずか二日間で約190万円が集まった。

    『日本ではお釣りを用意することは当たり前だと思いますが、米国ではチップ文化がありますので、客が代金に対して多めに現金を支払った場合、よほどの大金でなければそのままチップとして配達員が受け取ってしまうと聞いたことがあります』

    「ワシが米国の友人に聞いた話じゃと、ピザの配達員に渡すチップの金額は、代金の10~15%が通常で、その分アルバイトの配達員は自分の車とガソリン代が自腹となり、最低時給も5ドルぐらいだそうじゃ」

    『なるほど。時給が5ドルということは、日本円に換算すると500円強となり、日本のピザ配達のアルバイトの時給が1,000円〜1,500円ですから、かなり低いと思われます。ちなみに、ピザの配達員へのチップは必ず支払わないといけないのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「米国のデリバリーピザ店の中にはチップがいらない店もあり、その場合、最低時給が8ドルぐらいになるらしい。チップがいらない店であれば代金の授受はスムーズに行われる一方、チップの金額に対する明確な規定がないため、チップを支払う際に渋る客がいるそうじゃ。他にも、ピザの注文のついでに、電球を変えて欲しいと頼む老婦人もいるらしく、その場合、安いピザを注文した場合であっても、チップは最低5ドルが常識だと聞いておる」

    『なるほど。時給が8ドルだとしても、日本のピザ配達員のアルバイトの時給より低いので、もらえるチップの金額は配達員にとって重要な収入源といえそうです』

    「そうした前提を踏まえると、ガソリン代が自腹であるにもかかわらず、わずか15セント(約16円)を取りに戻るために猛吹雪の中5〜6キロの道のりを運転することは、なかなかできないことだとワシは思う」

    『チップとして15セントを受け取ってしまえば済む話を、そうしなかった理由として、ロバートさんの魂の属性が関係している可能性があると思われますが、いかがでしょうか?』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    ロバート・ピータースSS

    属性表を眺めた青年は、怪訝な表情を浮かべて口を開く。

    『彼は頭2なのですね。“頭2:狩猟民族の末裔”を持つ人物は、自分の利益に関して損得勘定で動く傾向があるとお聞きしましたので、ガソリン代をかけてまで15セントのお釣りを取りに行ったことが意外に感じますが、ひょっとして、枝番にヒントがあるのでしょうか?』

    そう青年に問われた陰陽師は、指を小刻みに動かしてから、口を開く。

    「彼は頭2(7)、つまり頭1に近い気質を持っているようじゃな」

    『彼は“魂4:一般庶民”ですので、“お釣りの用意がないことを理由に、チップを渡さなければならないと客に感じさせたくないんです”といった言動は、魂4特有の“律儀さ”の一つの現れと考えることはできるのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「その可能性が考えられる。そして、そなたの見解に付言するとすれば、彼の仁(他者への優しさ、思いやり)のスコアが3−4(転生回数が第三期の魂4)の中では80(A)と高いことも要因の一つになるじゃろう

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、黙って大きく頷いた後、口を開く。

    『今度は、ロバートさんのためにクラウドファンディングを企画したタナー・ラングレーさんの鑑定をお願い致します』

    そう言った青年が見守る中、陰陽師は紙に鑑定結果を書き足していく。

    タナー・ラングレーSS

    属性表に目を通した青年は、納得顔で頷いてから口を開く。

    『タナーさんは、世のため/人のためを地で行動する“頭1:農耕/遊牧民族の末裔”の気質を持つため、今回の企画を実行したことに納得できます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「そなたの見解に付言するとすれば、大局的見地と仁のスコアが共に85(AA)と高いことも要因となっていると言えよう」

    『なるほど。この二人の魂の属性を考慮すると、ロバートさんが地元の人々に評価される仕事をしていたことと、タナーさんがロバートさんの日頃の言動に感銘を受けて恩返しをしたいと考え、今回の企画を実行したことに納得できます。しかし』

    青年は首を傾げながら言葉を続ける。

    『日本でしたら、ピザ配達員一人のために、わずか2日間でここまで多くの人とお金が動くことは滅多にないと思われますが、彼らが住む、インディアナ州という土地に何らかの特徴があるのでしょうか?』

    「少し古い情報ではあるが、2010年国勢調査時点では、インディアナ州の世帯当たりの収入中央値は国内50州とコロンビア特別区を含めて第36位であり、米国内では裕福な方ではないと思われる。実際、インディアナ州は米国の製造業、特に鉄鋼産業と自動車関連産業の中心地で、人口の約30%が製造業に従事していることと、企業は通常よりも安い賃金で熟練労働者を雇用できると言われておることからも、この州の経済事情を推察することができよう」

    『なるほど。お釣りの金額が約16円という少額でしたら、チップとしてそのまま渡してしまっても構わないのではないかと思ったのですが、インディアナ州の経済事情を考慮すると、チップを支払えるほど裕福ではなく、お釣りを求める客に対しては、たとえお釣りの金額が少額だとしても、ロバートさんは1円の誤差なくお金を扱うことを良しとしたのかもしれませんね』

    「その可能性は、少なからずあるじゃろうな」

    『経済面からみたインディアナ州の特徴については理解できましたが、魂の人口分布図はいかがでしょうか?』

    インディアナ州の魂の人口分布図は、大体の目安として、魂1:3%、魂2:17%、魂3:25%、魂4:55%であり、魂4のうち90%くらいが3-4となっておる。よって、魂の人口分布図から言及するとすれば、クラウドファンディングを用いたとは言え、わずか2日間という短期間で大きなお金が寄付されたことは、魂4特有の“参加意識の高さ”が要因の一つして考えられよう

    『なるほど。ところで、我が国の魂の人口分布図の中では、魂4:45%で、そのうち2−4(転生回数期が第二期の魂4)と4−4(転生回数期が第四期の魂4)がほとんどを占めていることから、身近に3−3の人物が少なく、3−4の特徴を把握することが難しいのですが、3−4はどのような特徴を持っていると考えればいいのでしょうか』

    「端的に言えば、3-4はいい意味でも、悪い意味でも、4-4と2-4の中間と考えるべきじゃな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『2−4と4−4の中間というと、2−4は学業が突出するという特徴が顕著であることと、転生回数が第三期であっても、後半、すなわち150回代以降になると学業が突出する点を考慮すると、わかりやすいですね』

    「そなたの見解に付言するとすれば、3−4は4−4に比べて“個”が現れ始めている時期でもあり、4-4に社会的上昇志向と(個体差はあるものの)2-4の“脳”の機能を半分つけたような特徴と言えば、いっそうわかりやすいじゃろう」

    『なるほど。魂の容量(ガラ携並)は変わらず、思考や心の部分が発達したという意味で、2−4と4−4の中間と考えるべきだと』

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。また、転生回数の十の位の特徴は魂3:武士・武将に準ずることも覚えておくように」

    陰陽師の説明を聞き、大きく頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「さらに他の要因を挙げるとすれば、米国が三次元的な意味での“狩猟民族”の末裔であることから、ロバートさんの日頃の仕事が米国人に評価され、その応報として今回の寄附金が集まったと考えることもできよう」

    『とおっしゃいますと?』

    「大昔の狩猟民族は、例えばマンモスを狩りに行く時は部落民総出で向かい、マンモスを仕留めた際の功績に応じ、与えられる肉の量が変わるなどの報酬に差があったと思われる」

    陰陽師の言葉を聞き、黙って頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「同様に、チップは成果によって支払われるという考えがベースにあるため、従業員が質の高いサービスを提供できれば、高い収入を得られることに繋がる」

    『なるほど。チップの語源は不明ですが、一説によると、18世紀のイギリスのパブで、サービスを迅速に受けたい人のために”To Insure Promptness”と書かれた箱を置き、そこにお金を入れさせたことに由来したようで、チップの語源はこの箱に書かれた文言の頭文字だとするものがあるようです』

    「他の国を例に挙げれば、フランス語ではpourboire、ドイツ語ではTrinkgeldと言い、いずれも“酒を飲むためのお金”といった意味であり、サービスしてくれる従業員へ“これで一杯飲んでくれ”と小銭を渡したことがチップの始まりとも言われておる」

    『イギリスでのチップは“労働の対価”として、フランスやドイツでのチップは、謝礼や労いとった意味合いがあるようですね。他に、欧米以外でチップ文化が浸透している国はあるのでしょうか?』

    「例えば、仏教圏ではタイとインドが挙げられ、イスラム教圏ではマレーシアなどもチップはほぼ必須となっておる」

    『インドとイスラム教圏と聞くと、チップよりも“バクシーシ”の印象が強いのですが、昨今のインドではチップも浸透しているのですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は一つ頷いてから、言葉を続ける。

    「バクシーシとチップは似ているようで異なるため、注意が必要じゃ。イスラム教圏ではお金持ちがそうでない者に施しをする“喜捨”という考えがあるが、“バクシーシ”はその“喜捨”の考えを曲解した結果、お金を持たぬ者がお金持ちからお金や物を積極的に受け取ろうとする風潮になっておるようじゃ」

    『なるほど。チップはサービスありきで授受されるのに対し、バクシーシは何もせずとも、喜捨する側の意志次第で与えられるという違いがあるのですね』

    「そうは言っても、例えばエジプトのように、ホテルやレストランなどといったチップが必須となっている商業施設では、バクシーシという言葉を用いているものの、実際はチップと同様の扱いで従業員に渡している国もあるようじゃな」

    『なるほど。我が国にはキリスト教も仏教もイスラム教も伝播されていますが、チップ文化はあまり浸透していないようですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「いや、そんなことはない。我が国では古来から“祝儀”は一般的に授受されておったし、現代においても、観劇時の“おひねり”や、患者が入院や手術の際に主に執刀医に渡す“心付け”、そして、棟上げ式などでの大工への“祝儀”などの風習は色濃く残っておることは確かじゃ」

    『確かに。そう言えば、チップとは呼び方も渡し方も異なりますが、昨今の我が国でも、“サービス料”として、レストランやホテルでの宿泊代や飲食代にあらかじめ含まれていますね』

    納得顔でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから、言葉を続ける。

    「その“サービス料”は、江戸時代にはすでに始まっていたと言われている“茶代”を起源としており、“茶代”とは宿泊費とは別に客の裁量で金額を決めて旅館に対して支払う風習を意味する」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『つまり、過去の日本にも、宿泊費とは別に、チップのような客側の裁量で支払う文化があったということですので、チップ文化が現代の我が国に浸透してもおかしくないように思われますが、何か理由があるのでしょうか』

    「詳しくは明言できぬが、今も昔も、多く支払う人物がいれば全く支払わない人物もいたじゃろうから、旅館を維持するためにも、利益として安定しない“茶代”を廃止しようという動きがあったようじゃな」

    『なるほど。僕が現代の日本でチップと縁がない生活を送っているからかもしれませんが、レストランやホテルを利用するたびに、毎回従業員のサービスを評価してチップの金額を決めることは、煩わしく感じてしまいます』

    困り顔でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく笑ってから口を開く。

    「そなたのように感じる人物が少なくなかったからか、大正10年に茶代は廃止され、その分、宿泊費が5割値上げとなり、その後、昭和46年にノー・チップ制が導入されたようじゃ」

    『なるほど。そうした経緯を経て、部屋代、飲食代の金額に1割が固定して加算される、現在の“サービス料”となったわけですから、たとえ戦後になって我が国にチップが伝わってきても、アメリカのようにチップ文化が主流になることはなかったと』

    「まあ、そういうことじゃ。ヨーロッパの国民の中にも、チップを煩わしく感じる人物が増えてきたのか、EU発足以来ヨーロッパもチップ廃止の方向性に向かっているようじゃが、米国では、まだまだチップ文化は続きそうじゃ」

    そう言い、陰陽師は湯呑みに注がれた茶を一口飲んだ後、再び口を開く。

    「チップに関してはこんなところじゃ。他に、今回のサプライズチップに似たケースはあるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考し、やがて口を開く。

    『世間で言うところの善行という括りで似たようなケースを挙げますと、廃棄される予定のドーナツをホームレスなどに配布した、当時16歳だったブライアン・ジョンストン君の逸話があります』

    そう言い、青年はスマートフォンの画面を見ながら、概要を説明していく。

    ・ダンキンドーナツで勤務していた少年が、売れ残って廃棄される予定のドーナツを無断で持ち帰り、ホームレスや消防士といった地域の人々に配布していた
    ・その様子を撮影した動画をSNS上で公開したことが勤務先に見つかり、少年は解雇された
    ・その後、ダンキンドーナツのライバル社であるクリスピークリームドーナッツからホームレスに寄付するコンテンツを任され、映像コンテンツを制作して投稿した
    ・現在はメリーランド交響楽団のソーシャルメディアなどに携わる仕事をしており、収入が増えてやりがいも感じている

    青年の説明を聞いた陰陽師は、紙に鑑定結果を書き足していく。

    ブライアン・ジョンストンSS

    青年は属性表を眺めた後、口を開く。

    『彼の魂の属性の中で、頭が1であること、インターフェイスが3であること、仁が85(AA)と高いことから、廃棄予定のドーナツを配布したことに納得できます』

    「おおむね、そなたの言う通りじゃな」

    『他に属性表から推測できることとして、彼には霊脈の先祖霊がかかってないため、彼の今世の宿題に対して“逆接”、つまり彼が本来歩むべき道とは逆方向に向かわせる形で顕在化する霊障がありませんし、今世の宿題に対して“順接”、つまり無用な重しとなって顕在化する血脈先祖の霊障に、“2:仕事”の相がかかっていません。また、総合運を9点満点とすれば、彼のビジネス運の数字が“9”であることを鑑みても、彼の今世の課題に仕事の問題が含まれないと思われます』

    「何事も例外があるゆえ、断言はできぬが、その可能性はあるじゃろうな」

    『彼の行動に対して賛否両論があったようですが、現在の彼は収入が増え、仕事にやりがいを感じていることを踏まえると、動画を公開したことは彼の行動がクリスピークリームドーナツやメリーランド交響楽団に認知されるために必要だったでしょうし、ダンキンドーナツに解雇されたことは、彼が就くべき職に就くためのきっかけに過ぎないのではないかと考えました』

    「もし、一連の出来事がそなたの見立て通りの意味を持つのであれば、そう捉えることはできるじゃろうな」

    『それにしても』

    「なんじゃな」

    『ロバートさんの話もブライアン君の話も、今日お伝えしたところまでで見れば、漫画や物語のようにめでたしめでたしで終わるのですが、彼らの人生はこれからも続くので、そうはならないのでしょうね』

    「というと?」

    『ロバートさんには“2:仕事”と“4:病気”の相がかかっていることと、彼の健康運の数値が“7”と低いことを考えると、せっかく新車と多額の現金を得られたとしても、彼がそれらを基に新しいビジネスを始めて失敗して損失を被ることもあるでしょうし、あるいは今回のチップを与えてくれた地域住民のために今までよりいっそう仕事に精を出した結果、病気にかかってしまうことも、今後の人生に起こる可能性があるのではないかと考えています』

    腕を組み、視線を落としながらそう言う青年に対し、陰陽師はいつもの口調で語りかける。

    「未来は不確定であり、霊障がかかっているからと言って、そなたが挙げたような出来事が起こるとは限らぬが、彼らの人生が順風満帆のままの状態が続くかと問われれば、明確な回答はできぬ」

    『なるほど。ブライアン君のこれからの人生で、ダンキンドーナツを解雇されたような出来事が再び起きないとも限りませんし、彼の恋愛運の数値が“7”と低いことから、メリーランド交響楽団に勤めていることが要因となって、異性との何らかのトラブルが生じるかもしれませんし』

    「そういうことじゃ。例えば、現役で志望校に合格できずに浪人し、その翌年に志望校に合格して入学した結果、現役で入学していたら出会えなかっただろう学友と出会えたり、現役で合格した場合よりも一年就職活動が遅くなった結果、就職氷河期の時期を避けられ、望ましい就職先に就けるということもある」

    『そうでしたね。その一方、眷属などに必死に祈りを捧げた結果、運良く志望校に現役で合格できたとしても、学力が見合っていなかったために、講義についていけなくて留年してしまうこともあるでしょうし』

    「まあ、そういうことじゃ。長い人生の中、その時は幸せと感じる出来事があったとしても、その出来事が不幸の種となっていることもあるし、その逆もまた然りじゃ。いずれの出来事であっても、今世の宿題の一部であって、起こるべくして起こっている出来事でもあるということを、覚えておくようにの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、真剣な表情で大きく頷いた後、口を開く。

    『良い出来事が起きた時は、“勝って兜の緒を締めよ”、悪い出来事が起きた時は、“人間万事塞翁が馬”という言葉を意識して、これからの日々を過ごそうと思います』

    「うむ。出来事に対して一喜一憂してやるべきことに取り組めなくなってしまうよりは、そうした心がけで不動心を養い、日々を過ごす方が、魂磨きの修行になるとワシは思う」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自分の人生を振り返っていた。
    過去の自分には、善行がいつか報われる時が来ると信じていたが、仕事も人間関係もうまくいかなかった。

    その後、霊的な無用な重しが外れ、パフォーマンスが100%となった今となっては、目先の損得にとらわれず、その時々にやるべきことに集中している結果、巡り巡って相応の報いが訪れているように感じている。

    善行に励む人全員が報われるべきだとは思わないが、霊的な無用な重しを取り除くことで、やるべきことに取り組んでいる人々に相応の報いが訪れるよう、これからも各種神事の案内をしていこう。

    そう青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第50話:安楽死と今世の宿題

    新千夜一夜物語 第50話:安楽死と今世の宿題

    青年は思議していた。

    筋萎縮性側索硬化症(ALS)の終末期患者が、SNS上で知り合った医師に安楽死を依頼し、亡くなった件についてである。

    安楽死はその国の法律によって犯罪か否かが決まるが、法的に認められていない我が国では委託殺人になり、今回の事件は被害者本人の意思で安楽死を依頼したこととは言え、殺人であることに変わりはない。

    しかしながら、苦しんでいる終末期患者を目の前にする家族の心境のことも考えると、時には安楽死も選択肢の一つとして必要なのではないか。

    一人で考えても埒があかないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

     

    『先生、こんばんは。本日は安楽死について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「安楽死とな。これはまた物議を醸すようなテーマじゃが、具体的にどのようなことを知りたいのかの?」

    『まずは僕が質問するきっかけとなった事件について説明いたします』

    ・ALSは、リハビリや薬によって進行を遅らせることはできても、完治することはない指定難病である。
    ・ALSの終末期患者であった林優理さんが、Twitterで安楽死させてくれる人を募集した。
    ・医師である大久保愉一さんがそのツイートに目をつけ、二人は直接やりとりをした。
    ・2019年11月30日に大久保さんが林さんの自宅を訪問し、彼女に薬物を投与して死亡させた

    『安楽死は人や動物に苦痛を与えずに死に至らせることで、一般的に、終末期患者に対する医療上の処遇となっていますが、安楽死が法的に認められていない我が国では、この出来事は委託殺人となります。そうは言っても、我が国の終末期患者は最期まで苦しみ続けなければならないのか、疑問に感じた次第です』

    「なるほど。そなたの説明に付言するとすれば、安楽死には、積極的安楽死消極的安楽死がある。前者は、医師が患者に致死量の薬物を投与する、あるいは医師が処方した致死薬を患者が自ら服用する行為じゃ。一方、後者は、予防・救命・回復・維持のための治療を開始しない、または開始しても中止することによって死に至らせる行為となる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、小さく頷いてから口を開く。

    『その二つのうち、今回の事件は前者に該当すると思います。そして、今回の被害者は回復の見込みがなく余生を苦しみと共に生きることになりますから、その苦しみと迫りくる死への恐怖を思えば、自ら死を選んでもしかたないと思われます』

    「そなたが言うことにも一理あるとワシは思う。しかし、この世は修行の場であることから、病気で苦しむことが今世の宿題に含まれている人物も中にはおるし、怪我の功名ではないが、怪我や病を通じて学ぶこともじゅうぶんにあり得る

    『なるほど。この世の基準では、苦痛は忌避されるべき、あるいは早急に取り除かれるべきだと考える人が多数派だと思いますが、傷病や心身の不調、痛みを悪いものだと認識し、忌避することは違うのですね』

    「そういうことじゃ。基本的に、心身の何らかの不調は“御印”だということを覚えておくように」

    『おしるし、でしょうか』

    「そう、“御印”じゃ。例えば、発熱にはウイルスなどの病原菌に対する生態防御機能であり、高熱が出ているからと言って、解熱剤を飲んで熱を下げればそれで解決というわけでもないことは周知のとおりじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年が、大きく頷くのを見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「もちろん、命に関わるほどの高熱であれば話は別ではあるが、解熱剤を飲むことで回復するのが遅くなったり、むしろ病状が悪化する可能性があることもまた事実じゃ」

    『なるほど。巷で見かけるヒーリングなどの民間療法においても、症状をなくしたり、治すことにフォーカスしている印象があるので、注意が必要だと常々感じています』

    「そなたの言う通りじゃな。何らかの不調や痛みは、このままの生活習慣を続けると危険だという警告であり、不調や痛みをすぐに取り除こうとするのではなく、なぜそれらが生じているのかを考えることが肝要じゃ

    『なるほど。特に霊媒体質の人物の場合、他者の念や雑霊/魑魅魍魎を拾ったことによって顕在化する心身の不調もありますので、痛みや不調が本人にとって必要だから起きていることを知り、なぜそれらが生じているのかを考える必要があるわけですね」

    「そういうことじゃ。傷病を患うことの意味を理解したところで、今回の被害者にとって安楽死がどのような影響をもたらしたかを解説していこう」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    林優理SS

    被害者の属性表を見た青年は、何度か頷いてから口を開く。

    『被害者の健康運のスコアが“3”とかなり低いことから、彼女がALSで苦しむことは今世の宿題に含まれていたと思われます。ただし、ALSの発症のピークは男女ともに65〜69歳という傾向がある中で、およそ50歳という若さで末期症状になってしまった要因として、今世の宿題に対して順接、すなわち“無用な重し”となって顕在化する血脈先祖の霊障の“4:病気”の相がかかっていたことが考えられます』

    「ひょっとしたら、霊的に無用な重しとなる血脈先祖の霊障がかかっていなければ、彼女のALSの進行はより緩やかだった可能性が考えられ、その分だけ長生きできた可能性がある」

    『ということは、安楽死を選んだことで死期が早まったために、本来取り組めたであろう魂磨きの修行が少なくなってしまったとも考えられますが、死後の彼女がこの世に何らかの未練を残していないかが氣になります

    「そうじゃの。では、彼女が地縛霊化していないかみてみよう。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言うと、青年が固唾を飲んで見守る中、指をかすかに動かした後、口を開く。

    「ふむ。残念ながら、この女性は地縛霊化しておるようじゃな」

    陰陽師の答えを聞いた青年は、視線を落としてから口を開く。

    『苦しみから解放されたいという彼女の希望を叶えるという意味では、大久保愉一さんが自殺を手伝ったことは適した選択かもしれませんが、林さんの“魂磨きの修行”という側面においては、適した選択ではなかったようですね

    「まあ、そういうことじゃ。彼女が地縛霊化している理由として、ALSの末期症状で苦しむ日々の中にこなすべき課題が残っていたか、あるいは他の要因でこの世に未練があったと思われる」

    『なるほど。ALSの末期症状によって彼女の肉体のほとんどが動かなくなり、この世の基準で考えれば、彼女は自力ではほぼ何もできない状態だったと思われますが、そんな状況であっても、彼女が最期を迎えるまでの1秒1秒の中に、魂磨きの修行となる要素があったと考えられるのでしょうか?』

    「地縛霊化されているというところから考えると、その可能性は極めて高いようじゃ。捉え方によっては、安楽死を選んだ結果、今世の宿題を途中で放棄してしまったとも考えられるわけじゃからのお」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、暗い表情で口を開く。

    『この世の苦しみから逃れようと自ら死を選んだ結果、地縛霊化してしまい、死後もずっと苦しむことになるとは、林さんは思いもよらなかったでしょうね』

    「そなたの言う通りじゃな。さて、今度は法を犯してまで被害者の自殺幇助をした大久保医師の属性表をみてみよう」

    陰陽師はそう言い、紙に鑑定結果を書き記していく。

    大久保愉一SS

    属性表を眺めた青年は、やや目を見開きながら口を開く。

    『大久保医師は、頭が1、すなわち世のため/人のためを地で行動する性格を持ち、大局的見地と仁の数字が共に高いことから、真っ当な行動を取る傾向がある人物だと思われます。また、ネットで調べた限りではありますが、彼自身も自殺願望があったようで、被害者に同情して本人の意思を尊重して犯行に及んだと推察できます』

    「そなたの見解に付言するとすれば、彼には霊障と天命運のいずれにも“5:事件・加害者・死”の相がかかっていないことから、今回の事件は彼の意思によって行われたものであり、起こるべくして起こった可能性が高い

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、視線を落としてから口を開く。

    『起こるべくして起こった出来事だったとしても、林さんが地縛霊化していることは非常に残念に思います。彼女と同様に、他の終末期患者にとっても、安楽死は適した選択にはなり得ないのでしょうか?』

    「少なくとも、今回の彼女に限って言えば、適した選択ではないのじゃろうな」

    『彼女に限ってということは、他の人物にとっては安楽死が適した選択になる可能性があるということでしょうか?』

    「おそらく、安楽死に至るには様々なケースが想定できるので、一概にどうとは明言できぬが、安楽死を望む人とそれを手伝う医師の状況とタイミングによってはそうなる可能性もあるじゃろうな」

    『とおっしゃいますと』

    「先に前提の確認をするが、永遠の世での魂不足を解消するため、永遠の世の要請によって魂が“あの世”で生まれるものの、生まれたばかりの魂は永遠の世で即戦力とはならないため、修行の場である“この世”に転生し、魂磨きの修行を行うことは覚えてるかの?』

    『はい。魂があの世とこの世を行き来する輪廻転生は、どの生物も例外なく400回と決まっていますので、400回のうちの1回がどんな内容であっても、仮に短命だったとしても、スゴロクではありませんが、400回をこなせばいいという考え方があることも覚えています』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから言葉を続ける。

    「ただし、死を迎え、肉体を離れて無事にあの世に帰還した魂は、この世の時間で換算すると28年間、あの世で今世の振り返りと来世の計画を立てることから、今世で果たせなかった分の宿題が来世に持ち込まれ、来世が今世よりも過酷になる可能性がある」

    『なるほど。そう言えば、以前、転生回数が第一期、すなわち300回を越えた魂を持つ人物の人生は残りの転生回数が少ないため、修行が大詰めとなって過酷な人生になる傾向があると、お聞きしたのを覚えています』

    「そうじゃな。逆に、5歳という若さで餓死した幼児に対して“相殺勘定”が働いたことによって、残りの今世の宿題を前倒しして果たした結果、地縛霊化しなかったケースについては、先日話した通りじゃ(※第44話:福岡5歳児餓死事件参照)。つまり、命の長短ではなく、本人が今世の宿題を果たせたかどうかが重要となる

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、あごに手を当てながら、口を開く。

    『例えば、寝たきりで指一本動かせない人物であっても、脳が生きているなら、我々が感知していないだけで、思考しながら何らかの体験をしていると考えられますし、そうした日々の中で魂磨きの修行をしていると考えられるのでしょうか?』

    「うむ。寝たきりの人物であっても、終末期患者であっても、当人の天命がまだ残っており、当人が転生する前に設定してきた宿題の内容によっては、ひょっとしたら、寝たきりになってから取り組める課題がある可能性が考えられる」

    『なるほど。そうなりますと、不可思議な領域からみれば、終末期患者の天命がまだ残っている場合、安楽死は必ずしも適した選択とはならず、逆に、本人の今世の宿題が無事に果たされ、天命がもう残っていない人物に対しては、例えば、家族の経済状況が苦しいなどの現実的な問題を抱えている場合、安楽死は選択肢の一つとして考えられるということでしょうか?』

    青年にそう問われた陰陽師は、湯呑みに注がれた茶を一口飲んでから、口を開く。

    「最終的には、当事者である終末期患者と家族がじゅうぶんに話し合って決めることが大前提ということを踏まえて考えてもらいたいが、既にこの世でやるべき課題が終わっているにも関わらず、末期症状で苦しい思いをしている患者に対し、家族は早く楽にしてあげたいと思うじゃろうから、そうした状況の患者に対しては、現実的な選択だとワシは思う

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、納得顔で頷いた後、疑問を口にする。

    終末期患者の残りの天命がどれくらいかというのは、先生の鑑定でわかるのでしたよね?』

    「もちろんじゃとも。終末期患者のクライアントにどれだけ天命が残っているかを鑑定することはやぶさかではないゆえ、そなたの患者やその家族から相談されることがあれば、いつでも鑑定を依頼してもらって構わぬ」

    『その際はよろしくお願いします。今までの僕は、終末期のお客様に対し、1秒でも長く氣功施術で延命し、魂磨きの修行に取り組んでいただくことが最善だと考えていましたが、今後は、お客様の天命がどれだけ残っているのかを把握し、本人とそのご家族とよく話しあった上で、なるべく全員の悔いが残らないように対応していきます』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷き、微笑みながら口を開く。

    「たとえ終末期患者であっても、その人に天命がまだ残っている場合、宿題を果たすために症状の進行を遅らせることに意味はあるとワシは思う。天命が残っていない場合は、患者のためというより、患者の延命を願う家族のために行うことも、時には必要なのかもしれぬの」

    『ただし、症状を改善させたり治すことが目的ではないことをじゅうぶんに理解していただいた上で、ですね』

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。この世は修行の場であり、多くの新興宗教が謳う“地上天国”のように苦も病も争いもない世の中になることはない。ゆえに、たとえ指定難病を患ったり余命いくばくもない状態になったとしても、自分が置かれた状況に悲観することなく一日一日を大事に生き、魂が肉体を離れる時が訪れるまで、不動心を養っていくことが肝要じゃ

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます。最後に一つだけよろしいでしょうか?』

    「もちろん。なにかな?」

    『地縛霊化している林さんの救霊の神事をお願いできますでしょうか?』

    「もちろん。そなたならそう言うと思っておった」

    二つ返事で承諾した陰陽師に対し、青年は頭を深く下げた。
    そんな青年に、陰陽師は声をかける。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は、今は亡き祖母のことを思い出していた。

    父方の祖母の全ての神事が終わり、“霊的に無用な重し”が完全に解消された時は93歳で、その時は天命が6年残っていたが、それから2ヶ月という早さで他界した。しかも、地縛霊化していたのである。

    もちろん、当人の余生の過ごし方や医療機関での治療方針などで肉体的な余命が変わることも考えられる。けれど、自分とご縁がある方が今世の宿題を果たして死後に地縛霊化しないよう、なるべく多くの方にこの世とあの世の仕組みを理解してもらい、神事を案内しよう。

    そう青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第49話:七夕伝説とメソポタミア

    新千夜一夜物語 第49話:七夕伝説とメソポタミア

    青年は思議していた。

    以前(※第16話『門松と文化の起源』参照)、正月に玄関に門松を立てる習俗はシュメールが起源だと知ったが、毎年旧暦の7月7日に我が国で行われている“七夕祭り”も、シュメールが起源なのだろうか。

    一人で考えてもらちが明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は“七夕”について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「今日は“七夕”について、じゃな。“七夕”について説明することはやぶさかではないが、具体的にどのようなことを聞きたいのかの?」

    『以前、エジプトの文化が東方へと移動していったことと、エジプトには物神柱と呼ばれる神が四ついて、その一つである梟神“マシャ”がインドを経由して日本に伝わった後、マシャの重層語である“ガドーマシャ”が“門松”に訛ったとお聞きしました。それで、“門松”と同様に、“七夕”もシュメールやエジプトを起源としているのではないかと思ったのです』

    「その件については、おおむね、そなたの言う通りじゃが、ワシが見る限り、“七夕伝説”はシュメールを起源とする物語が民族の移動と共に、長い期間を経て我が国に伝承したと思われる」

    『やはり、そうでしたか』

    神妙な表情でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから、言葉を続ける。

    「ただし、そうは言っても、我が国に伝わっている“七夕伝説”と元々の物語とでは内容が異なっていることも、また事実じゃ。それらの内容の差異を確認するため、そなたが知っている七夕伝説について、教えてもらえるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、あごに手を当てて記憶を辿ったのち、口を開く。

    『うろ覚えではありますが、天の川を舞台とした、織姫と彦星という男女の愛情物語だと記憶しています』

    ・天の川の近くに住んでいた天の神様の一人娘が“織姫”だった。
    ・年頃になった織姫の婿として、天の神様は彦星をむかえた。
    ・お互いに気に入った二人はやがて結婚したものの、結婚後は仕事を忘れて遊んでばかりだった。
    ・織姫が機織りをしないため、皆の着物がボロボロになり、彦星が牛の世話をしないため、牛が病気になった。
    ・天の神様は怒り、二人を天の川の東西に別れて住まわせた。
    ・その後、織姫が悲しそうにしているのを見かねて、天の神様が一年に一度、七月七日だけ二人が会うことを許可した。

    七夕の概要を説明した後、青年はスマートフォンを操作し、やがて口を開く。

    『物語としては以上で、風習としては、七月七日の夜に短冊に願い事を書いて葉竹に飾るものがありますが、この風習が始まったのは江戸時代からのようで、しかも日本独自のもののようです』

    「ちなみに、葉竹を立てる風習は、先ほどそなたが説明した“門松”のように、四つあるエジプトの物柱神の一つである梟神“マシャ”が我が国に伝承されたものと考えられる」

    『木を立てるという形としては同じだと、僕は思います。他には、江戸時代の火消し衆が持ち歩く“纏(まとい)”も、“マシャ”が伝承された証左の一つでしたね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「話を戻すが、“七夕伝説”には諸説あり、国立民族博物館の君島久子教授によると、中国各地に分布する多様な“羽衣伝説”は三つの型に分けられ、その一つに“七夕型”があるという」

    『広大な中国各地に分布していたということは、我が国に伝わっている内容とは違いがありそうですね』

    「そなたの言う通りじゃ。“羽衣伝説”については別の機会に説明するとして、まずは君島教授の“七夕型”の物語に関する解説を読んでもらおうかの」

    そう言い、陰陽師は青年の前に一枚の紙を差し出す。

    だいたい長江(揚子江)の北のほう(の羽衣伝説)は”七夕型“となっておりますが、これから申しあげるお話で、なるほど七夕伝説と結びついているということがおわかりかと思います。天の川の東に天がありまして、西のほうは人間の世界でした。天には織女が住んでおりまして、衣を織っていたわけですね。人間の世界には、牛郎という牛飼いの男が住んでおりました。
    ある日のこと、牛がものを言ったんですね。
    「牛郎さん、牛郎さん、あなたにいいことを教えてあげましょう。天の川の織女が遊びにまいります。水浴びするとき、衣を脱ぎますから、いちばん末の娘の衣を盗みなさい。そうすると、あなたの妻になるでしょう」
    牛郎がそのとおりにしてまいりますと、なるほど織女たちが水を浴びている。そこで衣を隠しますと、その織女だけが帰ることができませんので、うちへ連れて帰って妻にいたします。そしてたいへん幸せに暮らしまして、子供も二人生まれます。
    ところが、民間伝承では、西王母という女神が出てくるわけですね。天の織女たる者が人間の男と結婚するとはなにごとか、ということで怒りまして、引き戻しにくるわけですね。西王母の軍隊がまいりまして、織女を無理やり天に連れ帰ってしまいます。牛郎父子は、泣き悲しんでおりましたが、追いかけて行こうということになりまして、牛郎は二人の子供を連れて追いかけます。どんどん追いかけて天の川まで来ましたところが、それを見ていた西王母が、川の間にかんざしで線を一本さっと引くんですよ。そうすると、いままで平らな水平線上にありました天の川が、天上高くのぼってしまったわけですね。これには牛郎父子も途方にくれまして、がっかりしておりますと、また牛が教えてくれるわけですね。
    「私は、いま死にますから、私の皮を着て天上にのぼりなさい」
    牛は間もなくばったり倒れて死にます。そこで牛郎は、いわれたとおりにその皮をはぎま して、それを着てみると、ふわふわと天上にのぼって行くことができました。そして、天の 川を渡って追いかけようとした瞬間、またもや西王母があらわれて、かんざしで一線を画し ますと、浅くてキラキラ光っていた天の川が狂瀾怒涛の天の川になってしまった。これでは、とてもダメだと、また、がっかりして途方にくれておりますと、連れてきた二人の子供が、いいました。
    「お父さん、私たちで天の川の水をくみ出しましょう」
    民話というのはたいへんうまく出来ておりまして、牛郎が天秤をかついで、前後に一人ず つ、息子と娘をのせてきたのですが、男の子と女の子では体重が違うものですから。女の子 のほうに“ひしゃく”をのせていた、その柄杓でもって、天の川の水をくみ出します。女の子がくみ出して疲れますと男の子が、男の子が疲れますと牛郎が、というふうにして父子三 人が一所懸命にやりぬいている姿を見て西王母は感動いたしまして、
    「ああ、かわいそうなことをした。では年に一回だけ、かささぎの橋を渡して、四人を会わせてあげよう」
    ということになりまして、年に一回、かささぎ(鵲)が橋をかけることになりました。そこで牛郎、織女、二人の子供は対面することができたんですね。七夕の夜に雨が降るのは、久しぶりで会える織女のうれし涙なのですよ――というお話なんです。地方によっては少しずつ違いますが、だいたい似たような話が中国の北のほうに伝承されているもので、そこで、この七夕のお話と結びついている羽衣伝説を“七夕型”と名づけたのです。

    “七夕伝説”について簡潔に説明すると、彦星はウルク城の牽牛、織姫はラガシュ城にいる織女、天の川はユーフラテス河に該当し、メソポタミア南部のユーフラテス河をはさんだウルク城とラガシュ城間の、牽牛が織女に会いに行く愛情物語となる

    そう言い、陰陽師は一枚の紙を青年の前に差し出す。

    画像1

    「ゴンドラ型の渡し舟の上に牛がおり、中央に立っている男が牛郎、そして船首・船尾の二人は、民話でいう牛郎と天女の間に生まれた二人の子供ということになる」

    『なるほど。人外の存在である天の神様や星が出てくることから、“七夕伝説”は創作された物語だと思っていましたが、古代メソポタミアの出来事を言い伝えていたのですね』

    「そなたの言う通りじゃ。どういった経緯で星が関係する物語になったかはわからぬが、後世の人間が何らかの意図によって、捏造/誇張したと考えた方が実相に沿っておるのじゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、無言で頷きながらしばらく文章を眺め、やがて口を開く。

    『君島教授の解説文の中に、牛が牛郎に天の織女と結ばれるための助言をしてみたり、牛郎が牛の皮を被って天界に行く描写がありますが、牛飼いや牛耕民族だったであろう当時のウルク市の住民にとって、牛はただの家畜ではなかったということでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は首肯した後、口を開く。

    「そなたは、“トーテミズム”という言葉を知っておるかの?」

    『いえ、初めて耳にしました』

    ばつが悪そうな表情でそう言う青年に対し、陰陽師は微笑みながら言葉を続ける。

    “トーテミズム”とは、特定の動物や植物をトーテム、すなわち部族の共通の祖先を表す標識とし、その集団を象徴する神として崇拝することを意味する

    『つまり、ウルク市の住民は牛をトーテムにし、信仰の対象にしていたということでしょうか?』

    「その可能性が高いとワシは思う。牛はメソポタミア南部のウル人社会において、“神獣”“聖獣”とされていたようで、紀元前3000年紀の見事な神牛像がウル城跡から発掘されておる。また、ウガリットと呼ばれる貿易国家でアルファベットの原型が生み出されたようで、1928年に発見された“ウガリット文書”において、頭に牛の角を持っている牛頭神が祀られ、アルファベットの最初の一文字である“A”はこの牛頭を形どっていると言われておる」

    『なるほど。牛を神とするヒンドゥー教にも影響を与えたと考えられそうですね。ところで、牛の皮を被って天界に行く描写には、どのような意味があるのでしょうか?』

    「当時のウルの神官は牛の皮を被り、“神の世界”と交流して神託を伝えていたそうじゃ。そして、我が国の“獅子舞”も、牛の皮を被った神官の日本的な姿を示しておる。一方、ラガシュ市には鳥トーテムの住民が住んでおり、“七夕伝説”に出てくる“織女”という言葉からわかるように、そこでは機織が主業じゃった」

    『なるほど。鳥を信仰の対象としていたラガシュにも、ウルク市の神官が行なっていた、牛の皮を被るような儀式は存在したのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は首肯してから口を開く。

    「ラガシュのトーテムである鳥に扮装した人物を“巫覡(ふげき)”と呼ぶが、“巫覡”は神を祀り神に仕え、神意を世俗の人々に伝える役割を持つ。そして、その役割を持つ人物のことを“シャマン”と呼んでいたようじゃ」

    『現代にもシベリア、アメリカ原住民、アフリカなどにも“シャーマニズム”と呼ばれる宗教の信奉者があるようですが、この言葉もシャマンに起因しているようですね」

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、首肯しながら二枚の紙を青年の前に差し出す。

    シャマン

    陰陽師が差し出した紙を眺めながら、青年はなるほどと独りごち、再び解説文を読む。
    とある一文に目を止めた青年は、陰陽師に問いかける。

    『一年に一度、天の川に橋をかける存在が“鵲”と書かれていますが、なぜ“鵲”なのでしょうか?』

    「“鵲”は漢人によって“昔”と“鳥”を合わせて作られた漢字じゃが、鵲が伝説に出てくる昔の鳥だったことが理由だと思われる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、ややあってから、口を開く。

    『昔、すなわち過去を表すのであれば、昔ではない漢字をあててもよかったのではないかと思われますが』

    「いや、“昔”は過去だけを意味しているわけではない。“昔”という概念には必ず“洪水伝説が存在”しており、古代エジプトと中国の“昔”という象形文字は、共に“洪水の箱舟”から作られているのじゃ」

    『洪水と箱舟と聞くと、“ノアの洪水”が思い浮かびますが、あれなんかも実際に起きた話だったとは…。そして、昔と鳥を合成した“鵲”には、箱舟の鳥という意味があるということですね』

    「そなたの解釈に付言するとすれば、洪水伝説の鳥、伝説の鳥という意味を持つ“鵲”だからこそ、天の川に橋をかける鳥として“七夕伝説”に登場したと考えられる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『なるほど。“七夕伝説”に洪水と箱舟が関係しているとなると、“七夕流し”という、富山県の泉川で満艦舟や行燈、姉さま人形を流す風習がありますが、この風習にも納得できます』

    「その風習については何とも言えぬが、何かしらの関係はあるかもしれぬの」

    『“鵲”については、シュメールや古代エジプトを起源とし、直近では中国の影響を受けていることはわかりました。ところで、先日、我が国の文化が朝鮮半島から伝わり、朝鮮半島の文化は北方騎馬民族である扶余(ふよ)族が朝鮮半島に南下してきたことで伝承してきたという話でしたが、扶余族の文化や宗教はどこから伝承しているのでしょうか?』

    「“扶余”はツングース系の狩猟農耕民族とされているので、モンゴル・ツングース系の白鳥族が古代朝鮮に文化や宗教を伝え、さらに朝鮮半島を南下して我が国に伝承してきたと言われておる」

    『なるほど。モンゴルということは中央アジアを経由していると思われますので、我が国に文化が伝承してきたと言われている、陸路と海路のうちの陸路になるわけですね』

    「そなたの言う通りじゃ。海路から見た言葉の転訛ももちろんあるのじゃが、海路についてはまた別の機会に話すとしよう」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『ここまでお話をお聞きした限りでは、“七夕伝説”に出てくる言葉に何らかの意味づけがあると思われますが、やはり七月七日という日付にも理由があるのでしょうか?』

    「もちろん。ウル人とシュメール人には“七聖観念”と呼ばれる、数詞の“七”に特別の意味を認める原始観念があり、七と七を対にする慣行があったことが、七月七日である理由として考えられる」

    『なるほど。我が国にある石上神社の“七支刀(しちしとう)”に“七”が採用されていることも、同じ慣行によるものと言えそうです』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、言葉を続ける。

    「大事なことは、そうした慣行だけでなく、人の移動と共に言葉と文化と宗教もその地域に伝播しており、牛と鳥、それぞれを神として崇拝する民族が長い年月をかけて我が国にたどり着いたと考えられる」

    『つまり、古代メソポタミアの人々たちが陸路と海路を使い、様々な地域を経由する途中で様々な血が混じり、現代の日本人が存在していると考えると、国籍は違えど遠い血縁と考えることもできるわけですね」

    「そなたの言う通りじゃ。同様に、様々な新興宗教を含め、我が国にも多くの宗教が存在しているものの、トーテムが移動していることを考慮すれば、信仰の対象もシュメールと共通していると考えることができよう。よって、大局的見地に立てば、宗教が異なるという理由で争うことは兄弟喧嘩のようなものだと、ワシは思う」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は夜の星空を見上げた。

    遥か遠い過去のご先祖様たちも、この星空を眺めたのだろうか。厳密に言えば、地球も太陽系も銀河系も宇宙を動いているため、今の自分と全く同じ星空を眺めることはないだろう。けれど、旧暦の七月七日という日が、ご先祖様と自分を繋いでいる氣がした。

    今日の話で、“七夕伝説”が古代メソポタミアでの牛トーテム族と鳥トーテム族の愛情物語を起源としていた内容であって、願い事を叶えるための風習ではないことがわかったが、短冊に願い事を書き、七夕祭りを楽しんでいる人々の中には、残念に感じる人がいるかもしれない。

    だが、この世が修行の場である以上、“七夕伝説”の実相を多くの人々に認知してもらうことによって、地上天国や現世利益を叶える願いを抱くのではなく、日々目の前のことに真摯に取り組むきっかけになればと、青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第48話:レペゼンフォックスと仕事運

    新千夜一夜物語 第48話:レペゼンフォックスと仕事運

    青年は思議していた。

    何かと騒動を起こしている、レペゼンフォックス(元レペゼン地球)についてである。彼らが起こした騒動としては、以下である。

    2016年1月にYouTubeを開始したが、アップロードされた数々の過激な動画(排泄物や吐瀉物、陰部を露出する、放送禁止用語を連呼する等の行為が映っているもの等)を原因に一度チャンネルを停止および閉鎖される。その後「更生」と称し、再度チャンネルを作り直して活動を再開。

    2019年7月27日、偽パワハラ事件で炎上し、9月に予定されていたドーム公演を中止

    2020年12月26日にメンバーの故郷である、福岡県の福岡PayPayドームで開催される解散ライブをもって、レペゼン地球は解散した。それに伴い、公式Youtubeチャンネルの動画もすべて削除された。しかし、2021年1月1日にチャンネル名をCandy Foxxに変更して活動を再開し、解散詐欺だと酷評されていた。

    2021年5月5日、YouTubeに投稿した動画「Namaste!!  CURRY POLICE」がインド文化を歪曲しているということで批判を受け、在インド日本国大使館に苦情が寄せられた。該当する動画を削除すると共に、謝罪の動画を投稿した。

    2021年6月1日、レペゼン地球が解散した真相を、DJ社長が動画で発表。レペゼン地球の経理を担当していたHと呼ばれる男性と、自社株を巡って一悶着あった後に代表職を解任され、現在裁判中。

    何かと世間を騒がせる彼らは、いったいどのような魂の属性を持っているのか。
    レペゼンフォックスとして新生した彼らの前途は、どうなるのだろうか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日はレペゼンフォックスのメンバーの属性と、彼らの今後について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「レペゼンフォックスとな。以前、ネットでレペゼン地球というグループ名をちらっと見かけた記憶があるが、それとは関係あるのかの?」

    陰陽師に問われた青年は、レペゼンフォックスにまつわる騒動について説明した。

    『彼らは何度か騒動を起こしていますが、特に、長年ビジネスパートナーとして活動してきたはずのDJ社長とH氏が、なぜ裁判で争うような事態になってしまったのかということと、レペゼンフォックスの今後が氣になりました』

    「なるほど。そなたが聞きたいことはわかった。まずは、DJ社長とH氏の関係について教えてもらえるかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、小さく頷いてから、口を開く。

    『DJ社長は21歳に起業し、人を集めるイベントを開催していました。初めは赤字続きでしたがやがて黒字になり、彼は九州最大のイベント団体のトップになりました。しかしながら、その後に詐欺にあって多額の借金を負ってしまい、さらに借金を返済しようと命運をかけたイベントも失敗し、最終的に6000万円もの借金を抱えてしまいました』

    「なるほど。それで、その時にDJ社長に手を差し伸べたのが、H氏だったと」

    『そうです。DJ社長は借金を返済するために有名人になろうと思い立ったものの、彼は多額の借金を抱えていたため、H氏が出資して資本金100万円の会社を、彼の代わりに設立したようです。100万円にした理由は、DJ社長が借金を完済した後に自社株を買い戻しやすいようにと、H氏が決めたようです』

    「なるほど。で、その時、両者は契約書などの書面を交わしていたのかの?」

    『いえ、あくまで口頭での約束だったようで、しかも当時のやりとりを録音していないようですので、物的証拠はないと思われます』

    青年の言葉を聞いた陰陽師が、湯呑みの茶を一口飲んだ後、口を開く。

    「そうなると、法廷で争う場合、ちとDJ社長側は厳しいじゃろうな。して、株に関してはどうなったのじゃ?」

    『DJ社長が借金を完済し、いざ株を買い戻そうとした時に、H氏は自社株を彼に売る代わりに条件をつけたのですが、その内容の一部を抜粋すると、レペゼン地球が歌った楽曲の権利を全て渡すこと、レペゼン地球のカラオケの印税も永劫的に渡すこと、です。これらを渡してしまったら、レペゼン地球が生み出してきたコンテンツ、いわば彼らにとっては子供を手放すようなことになります』

    「その条件であれば、DJ社長は到底承諾できるものではなかろう。して、その提案に対し、彼はどう応えたのかの」

    『DJ社長はその提案を断ると同時に、これまでの経理関係の情報を開示するよう、H氏に求めました。実は、DJ社長は、自分が作曲、動画作成、ライブ活動に集中するために、経理や契約書関係といった裏方の仕事を全てH氏に任せていたようで、幕張メッセでの大イベントの後にH氏に経営状態を質問したところ、何かと理由をつけて経理関係の情報を一切開示しなかったそうです』

    「レペゼン地球側の主張はわかった。それらに対し、H氏はどのように主張しておるのかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再びスマートフォンを操作し、口を開く。

    『H氏は、DJ社長が売れるまでの費用を負担したり、ライブハウスを回る際に車を運転したり、会場でグッズの販売も手伝ったことを述べています。また、費用や売り上げ以外においても、2019年にレペゼン地球の炎上騒動で西武ドームが中止になった際に、スポンサーなど各方面に頭を下げたりもしたそうです』

    「なるほど。H氏は縁の下の力持ちとして、彼らの活動を支えていたと主張しているわけじゃな。して、経理面については何と言っておるのじゃ」

    『経理面で“使途不明金”があるとDJ社長から詰められたことに対し、彼が連れてきた弁護士や公認会計士の前で帳面も見せてちゃんと説明していると主張しています。また、レペゼン地球のメンバーには30万円の給料しか渡さず、H氏が高額な役員報酬を得ていたというDJ社長の主張に対しては、メンバーの給与が30万円だったのはDJ社長と一緒に話し合って決めたようで、役員でもあったDJ社長には、H氏と同額の報酬を渡していたとのことです』

    「実相がわからぬ以上、なんとも言えぬが、話を聞く限りでは、DJ社長以外のレペゼン地球のメンバーを社員とし、役員と社員という間柄で考えれば問題があるようには思えぬが」

    『そうですね。他にも、DJ社長には会社名義のカードを渡し、メンバーの家賃や光熱費などを、給料とは別に事務所が支払っていたと。また、メンバーが行なっていた“LINEライブ”の投げ銭などの収入については、H氏は彼らを応援するため、事務所を通すことなく、直接メンバーに渡していたと主張しています』

    「なるほど。双方にそれなりの言い分があるようじゃが、そうしたいざこざの末、H氏は株主の特権を用いてDJ社長の代表職を解任したと

    『ネットで見る限り、どうやらそのようです。それで、“レペゼン地球”の商標権がDJ社長の手元になくなってしまうため、2020年の年末に解散ライブを開催し、その後いろいろあって現在はレペゼンフォックスと改名して活動しています。もちろん、レペゼン地球としてYoutubeに公開していた動画は、現在も非公開になっています』

    「この件の経緯についてはわかったが、そなたはこの件に関し、どう考える?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。

    『各々が長年協力して会社を大きくしてきただけに、今回の件は非常に残念な結果だと思います。ただ、僕としては、自社株の買い戻しに関するやりとりをした際に、DJ社長が録音や書面による物的証拠を残さなかったことが、この件における分水嶺だったと思います』

    「おおむね、そなたの言う通りじゃな」

    そう言い、陰陽師は紙に二人の鑑定結果を書き記していく。

    木元駿之助SS

    画像2

    両者の属性表を見比べた後、青年は口を開く。

    『ざっと見る限り、両者の魂の属性は共通点が多いように感じます。特に、共に数奇な人生をたどりやすい、転生回数の十の位の数字が“3”である230回台で、さらに人運が“7”と低いことから、そもそも人間関係におけるトラブルが起きやすい傾向もあると思われ、今回の件も、今世の宿題に含まれていると考えています』

    一度区切り、陰陽師が耳を傾けている様子を察し、青年は言葉を続ける。

    『さらに、血脈先祖の霊障に“2:仕事”と“14:人的トラブル”の相がかかっているため、それらが今世の宿題に対して順接、つまり無用な重しとなって顕在化したことが、今回の件が起きた要因の一つと考えられます』

    2:仕事の相
    本当にやりたいことができない。組むべき人を見誤る。資金調達計画が頓挫する。共同事業が中断する。急に気力/やる気がなくなる。信じられない裏切り者が現れるなど。

    14:人的トラブルの相
    思わぬところでトラブルにあったり、通常ではあり得ない揉め事に巻き込まれるか、つい一言余計な言動を取ってしまいトラブルの原因を作ってしまう。

    「血脈先祖の霊障の話が出たので補足すると、以前、霊脈先祖の霊障が、今世の宿題に対して逆接、つまり本来の方向性から逆方向に働く形で顕在化することを説明したと思うが、二人とも“魂7:唯物論者”で霊脈先祖の霊障がかかっていないことも肝要じゃ」

    『ということは、両者の人生の方向性は、霊障によって逆方向に向かわされたわけではなく、本来の人生の方向性を歩んでいたと考えられますので、やはり、今回の件は両者の今世の宿題に含まれていたと言えそうです。それにしても』

    そう言い、青年は腕を組んでから再び口を開く。

    『DJ社長は“レペゼン地球”の商標権を失い、H氏はこれまで通りにDJ社長と共に経営に携わっていれば、彼らの楽曲の売上から得られたであろう収益を失ったことは、お互いにとって大きな痛み分けとなったと思われます。このことが“2:仕事”の相の影響で起きたとするなら、魂磨きの修行の一貫とはいえ、血脈先祖の霊障は実に大きな“重し”だと、改めて認識させられます』

    「仮に“2:仕事”の相の影響によって今回の件が起きたとするなら、血脈先祖の霊障がかかっていなければ、もっと両者の損失を少なく済ませて和解できていたかもしれぬな。ちなみに、そなたはDJ社長の人生についてどう思う?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。

    『詐欺にあったり、イベントに失敗して多額の借金を負ってしまったことから、彼の人生は多くの人から“不幸”だと思われても仕方ないと思います。ですが、借金が正攻法では返済できないような金額になったことで、彼はDJの道に進むことができましたし、H氏のおかげでレペゼン地球はあそこまで大きく、有名になれたと考えることもできます』

    出逢いは必然であることから、現在の二人は裁判で対立しているものの、H氏と株を巡る騒動を経て、DJ社長は契約時において書面を交わすことの重要性や、事務関係に関し、大きく学んだことじゃろうし、お互いの人生において欠かせない縁だったとワシは思う」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きくうなずいた後、口を開く。

    『仰る通りだと思います。H氏と離縁して新生したレペゼンフォックスですが、彼らの今後はどうなることが予想できるのでしょうか?』

    「その質問に答えるには、メンバー全員をみる必要がある。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言い、青年が固唾を飲んで見守る中、紙に鑑定結果を書き連ねていく。

    木元駿之助SS

    松本絃歩SS

    内田匡SS

    脇将人SS

    松尾竜之介SS

    5人の属性表を眺めた青年は、怪訝な表情で口を開く。

    『5人とも、オリンピック以上のプロのスポーツ・芸能・芸術の世界で活躍できる、“2−3−5−5…2”を持つようですね。ただ、転生回数が230回台の男性アーティストの属性表を見るのは初めてです』

    「以前(※第23話:この世のルールと芸能界参照)、特例として、“2(3)―3―5―5…2”を持つ人物が“オネエ”や“ポルノ/AV女優”として、この世界に入ってくる場合もありえると話したと思うが、覚えておるかな?」

    『はい、覚えています』

    陰陽師の言葉に対し、大きく頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「“2(3)―3―5―5…2”を持つ女優の中には、松坂慶子のように、一流の女優として功成り名遂げたものの、50代になってからヌードを披露する人物も中にはおるが、ワシがみるかぎり、レペゼンフォックスの音楽や映像の水準は、一流とみなすにはちと厳しいようじゃな

    『なるほど。男子学生がやるような、“おふざけ”や“やらかし”といった奇抜な行動を取り、炎上や悪口を焚きつけ、話題性を集めて売れるやり方が、“2(3)―3―5―5…2”を持つアーティストの売れ方の一つなのかもしれませんね』

    「ふむ。例えば?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『知名度がなかった下積み時代、DJ社長は客の印象に残すために“フリートークをしながら合間にちびまる子ちゃんやアンパンマンの楽曲を流す”という異色のスタイルで活動していたようです』

    「ワシが知るクラブDJは、その場の人々を踊らせる目的で海外のEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)を絶え間なく流し続けるものだと認識しておったが」

    怪訝な表情でそう言う陰陽師に対し、青年は両手を上げて答える。

    『僕はクラブDJに詳しくありませんが、彼のパフォーマンスはクラブの関係者などからは快く思われなかったようで、Twitterに悪口を書かれ続けていました。ただ、そうした悪口が、彼らを認知させるという効果を生んだようです』

    「なるほど。DJや音楽の技術のみで知名度が上がったわけではないのじゃな」

    『おそらく。また、この頃からTwitterで動画をアップロードするようになり、“テキーラ一気飲み”をしたり、YouTubeでは数々の過激な動画(排泄物や吐瀉物、陰部を露出する、放送禁止用語を連呼する等の行為が映っているもの等)を挙げ、一度チャンネルを停止および閉鎖されています』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、湯呑みの茶を一口飲んだ後、口を開く。

    「他に2(3)−3−5−5…2の男性をみたわけではないから断言はできぬが、この魂の属性の男性は、そなたが言ったような、奇抜な行動で認知度を高めて売れるという傾向もあるのかもしれんな」

    『他の2(3)−3−5−5…2の男性アーティストがどのような経歴を持つのかが氣になります』

    そう言い、青年は椅子に深く座わり直して姿勢を正し、言葉を続ける。

    彼らが今後も“排除命令”に抵触することはないと知って安心しましたが、彼らと何らかのご縁を得られたら彼らに神事を受けていただきですし、その結果、霊的な重しを取り除いた素の状態になった彼らがどこまで活躍できるのかが、とても気になるところです。ただ、彼ら全員の魂の属性を鑑みるに、今後も人騒がせな出来事を起こすと思われますが』

    「それが彼らの今世の宿題に含まれるとすれば、いたしかたあるまい」

    『そうは言っても、世界を視野に入れるのであれば、日本人の代表となることもじゅうぶんに理解し、在インド日本国大使館に苦情がくるようなことが、今後はないように気をつけていただきたいところです』

    「そなたの言う通りじゃな」

    陰陽師がそう言った後、二人は笑い合う。
    しばらく笑い合った後、青年は真顔で黙考し、やがて口を開く。

    『話が変わりますが、今回の件はH氏がDJ社長との口約束を守らなかったことが発端になっていると僕は思っていまして、以前、“この世”の公的書類が“あの世”に与える影響についてお聞きしましたが(※第35話:神への接し方参照)、“DJ社長が借金を完済したら100万円で株を売り渡す”という口約束を破ったことは、H氏に何らかの損失をもたらす可能性があるのでしょうか?

    「だいぶ前に縁があったワシのクライアントの話になるが、神事を受けた後に割賦で代金を支払うと約束をしたものの、最初の一回を支払った後に何かと理由をつけて支払わなくなった人物がおった」

    『確認ですが、その人は本当にお金がなかった、というわけではないのですよね?』

    「詳しくは言えぬが、病院の安くない治療費を支払ったり、他のことにお金を使っていることは雑談の中で把握しておったから、神事の代金を支払う余力は間違いなくあったと思われる」

    『ちなみに、その人物はどうなったのでしょうか?』

    「その人物が所有していた事務所が火事にあったのじゃが、その損失額が神事の残債とほぼ同額じゃった」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開き、上ずった声で言葉を発する。

    『まさに“不可思議”な出来事ではありますが、そのような結果になったのは、ご神事の代金に関する約束だからであって、H氏がDJ社長との約束を破ったからと言って、同じような損失が生じるとは限りませんよね?』

    「もちろん、約束を交わした当事者たちの今世の宿題や霊障といった様々な要因が関係してくることから、全ての約束に当てはまるとは限らぬが、何らかの損失が生じることが予想される

    『なるほど。H氏の視点で考えれば、口頭とは言え、彼はDJ社長との約束を破ったことで、裁判沙汰になっているわけですから、それらの因果関係もあるのではないかと』

    「そう考えることもできるじゃろうが、ここで重要なのは、H氏が約束を破ったことが霊障の影響によるのか、そもそも彼の宿題に含まれているのか、彼の性格が引き寄せたのか、さらに言えば、性格が引き寄せたとしたら、それも含めて宿題なのかと、一概には言い切れぬことじゃ」

    『なるほど。“塞翁が馬”ではありませんが、H氏は今回の件での学びを通じて新たなビジネスのヒントを得られるかもしれませんし、あるいは、そもそもそのヒントを得るために約束を破るように天の采配があった可能性も考えられますので、まさに“不可思議”な領域の話になるわけですね』

    「そういうことじゃ。ただ、一つだけ言えることは、この世が“修行の場”である以上、当人にとって起こるべきことが起こることは確かじゃし、一見不幸に思える出来事や境遇も、“魂磨きの修行”の一貫であると考えることができるはずじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組んで椅子に深く座り直した後、口を開く。

    『つい、いろいろと考えてしまいますが、我々人間が、思議の範疇でああだこうだ考えたところで、わかるはずがありませんよね』

    そう言い、苦笑する青年に対し、陰陽師はほほえみながら口を開く。

    「そういうことじゃ。時には過去や未来のことに思いを馳せたくなることもあるじゃろうが、我々にとって重要なのは、今世の宿題をしっかり果たせるように、目の前のことに真摯に取り組むと同時に、できるかぎり多くの経験を積むことじゃ。そうすれば、我々は“この世”に未練を残して地縛霊化することなく、無事に“あの世”に戻れるはずじゃ

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自分の人生を振り返っていた。
    先祖霊の奉納救霊祀りを受ける前、“2:仕事”の相が塞がれていた頃は散々な日々だった。DJ社長ほどではないが、詐欺にあってそれなりの借金を抱え、仕事もうまくいっていなかった。

    当時の自分は自身のことを不幸だと嘆いていたが、そうした不幸と思える体験、大難をじゅうぶんに味わったからこそ、霊障の影響とその大きさを理解でき、大難を小難にする先祖霊の奉納救霊祀りを申し込めたのだと思う。

    これからも、最善を尽くしているにもかかわらず、霊的な余計な重しの影響によって必要以上に悩んでいる人々に神事を案内していこう。

    そう、青年は決意を新たにするのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第47話:自粛警察と魔女狩り

    新千夜一夜物語 第47話:自粛警察と魔女狩り

    青年は思議していた。

    コロナ禍において、“自粛警察”と呼ばれる人々が現れていることについてである。
    “自粛警察”による攻撃の対象となった事例の一部として、以下があるようだ。

    ・千葉県の菓子商店では、既に休業していたにも関わらず、「コドモアツメルナ。オミセシメロ」という貼り紙をされた。
    ・行政からの要請に従って営業をしていた飲食店が「この様な事態でまだ営業するのですか?」「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」といった貼り紙をされた。
    ・居酒屋が「本日自粛」という貼り紙を掲示したところ、何者かによって「そのまま辞めろ!」「潰れろ」「死ね」などの言葉がその貼り紙に書き込まれていた。
    ・県外ナンバーの車が傷をつけられる、あおり運転をされるなどの被害が相次いだ。
    ・生活圏が同一である徳島県住民の車のナンバープレートが曲げられたり、車に傷をつけられるなどの被害が相次いだ。
    ・日本相撲協会および相撲部屋に、自粛期間中に力士が外出していたという投書が相次いだが、そのほとんどが無記名かつ事実無根なものであり、ちゃんこの買い出しに行っただけの力士が報告された例もあった。

    こうした”自粛警察“と呼ばれる行動を取ってしまう人物には、何らかの共通点があるのだろうか。また、彼ら/彼女らに対し、どのように向き合えばいいのだろうか。
    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は、“自粛警察”について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「“自粛警察”とな。少し言葉が異なるが、ワシも以前に“健康警察”なるネット記事を読んだ記憶がある」

    『**警察という意味では、たしかに、似ていますね。その“健康警察”について調べてみます』

    そう言い、青年はスマートフォンを操作してネット記事を検索する。
    陰陽師が湯呑みの茶を一口、二口飲んだ頃、青年は再び口を開く。

    『医療ジャーナリストである、市川衛さんという人物が書いた記事のようですね。彼は、自身の中にもある、他人の行動に一言もの申したくなってしまう気持ちを、“健康警察”と表現しています

    「そのような内容じゃったと記憶しておるが、もう一度、詳細を教えてもらえるかの?」

    『とあるテレビ番組のロケで、その番組のディレクターが寿司屋の大将にビニール手袋を着けるように依頼したところ、嫌な顔をされたというのが主旨のようです。こうした感染予防対策に対し、“テレビではおなじみのアクリル板や、お寿司屋さんがつけるビニール手袋は、誰を何から守っているのでしょうか”と、市川さんは問いかけています』

    「なるほど。寿司はもともと素手で握って作る料理であるから、寿司職人は普段から寿司を握る前に手を洗い、消毒をしているため、衛生面では非の打ち所がない。それにも関わらず、ビニール手袋を使うとなると、彼らは調理後にまな板や調理場を定期的に掃除しているわけじゃから、ビニール手袋はすぐに汚れてしまう。よって、寿司職人の場合、ビニール手袋を着ける方が、感染リスクが高まるとワシは思うがの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから口を開く。

    『そのことに関し、市川さんは、視聴者からのクレーム電話に対応して手間が増えたり、ネットのお叱りで番組の評判が落ちたりするのを避けるため、つまり、“番組担当者の生活やこころ”を、私たちの中にある“健康警察”から守るためにビニール手袋は使われていただろうと、分析しています』

    「なるほど。して、アクリル板に関して、彼はどう分析しておる?」

    『アクリル板などの仕切りは大臣の会見などでも使われており、会見に来る記者たちの健康ももちろんですが、大臣の評判も守りたいのではないかと、市川さんは推測しています。結局のところ、寿司職人にビニール手袋の着用を求めた話と同様、カメラの先の人々の中にある、“健康警察”を意識しているのではないかと考えているようです

    「そうじゃろうな。先日話したように(第46話:誹謗中傷を書き込む人の魂の属性)、ネットでクレームを入れる傾向にある魂4による、ネットでの影響力はかなり大きいことから、番組制作者たちは、番組の内容とは関係のないところで炎上してしまい、本来伝えたいことが伝わらなくなってしまうことを避けるためにも、視聴者の視線を常に意識しなければならないわけじゃな」

    陰陽師の言葉を聞き、真剣な表情で頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「ちなみに、今回の“自粛警察”と中世の“魔女狩り“には一定の関係性があるのじゃが、そなたは“魔女狩り”という言葉を聞いたことがあるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考してから、口を開く。

    『“魔女狩り”は中世のヨーロッパで大々的に行われ、魔術を使った疑義がある人物を裁判にかけ、魔女だと判断された人物を死刑にしていたと認識しています。また、“魔女狩り”の対象となる魔女は呪術や黒魔術を扱う人間のことであり、魔“女”と表現されるものの、実際は男性も含まれていたと記憶しています』

    「大まかに言えばそうじゃな。して、当時行われていた“魔女狩り”の大きな問題点を挙げるとすれば、“自粛警察”のような私的な裁判が横行していたことじゃ」

    『え、教会などの権威ある組織が公平性を持って判決を下していたのではないのですか?』

    目を見開きながら問う青年に対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「そなたの認識では、異端審問と“魔女狩り”が混在しているようじゃから説明しておくと、“魔女狩り”の前身は、12世紀に行われていた異端審問と呼ばれるもので、当時のカトリック教会にとって異教と疑わしき人物を対象に行なわれていた裁判のこととなる」

    『つまり、異端審問では魔術を使うかどうかは、問題視されていなかったわけですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから、口を開く。

    「そういうことになる。実際、中世のカトリック教会においては占術や呪術の類は取り除くべき迷信とされたが、13〜14世紀の異端審問官が民衆の呪術的行為に積極的に介入することはなかった。教皇アレクサンデル4世は1258年に、異端審問官が占術や呪術の件を扱うのは、それが異端であることが明らかな場合に限ると定めておったそうじゃ」

    『そうなりますと、いつから異端審問が、魔術を扱う人物が対象となる”魔女狩り”に移行していったのでしょうか』

    「1428年にスイスのヴァレー州の異端審問所が、当時のローマ・カトリック教会側から異端として迫害されていた、ワルドー派を魔女として裁いた件が初めてのようじゃな」

    『なるほど』

    当時の西欧は、現代の先進国のように政教分離を基本的な原則としておらず、キリスト教が一国の政体に大きな影響力を持っていました。
    よって、神に対して謀反した堕天使(サタン)の手先である悪魔を崇拝する魔女は、国家反逆罪に近い扱いを受けていたわけです。
    また、現代の価値観とはだいぶ異なり、スコラ学では善良な天使と堕天使との人間の交流について研究がなされ、13世紀には悪魔の存在が現実の危機として考えられていました。

    「そして、15世紀後半になり、悪魔と契約してキリスト教社会の破壊を企む背教者が魔女であるという概念が生まれたことから、異端であるワルドー派やカタリ派が行なっていた集会のイメージが、魔女の集会のイメージへと徐々に変容していったと考えるのが妥当だとワシは思う」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンを手早く操作し、やがて口を開く。

    『なるほど。ネットで調べる限り、ワルドー派やカタリ派の集会では、サタンと性交したり人肉を食べているなど、彼ら/彼女らは根も葉もない偏見を押し付けられたり、そうした偏見から悪魔崇拝の嫌疑をかけられてしまったようですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「そうした背景を元に、“魔女狩り”は15〜18世紀の全ヨーロッパで行われ、特に16〜17世紀は魔女熱狂、大迫害時代とも呼ばれる最盛期を迎えた。また、文献によると、当時は教会や世俗権力ではなく、主に民衆によって推定4〜6万人が処刑されたらしい」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開き、問いを発する。

    『民衆が行なっていたとなると、昨今の“自粛警察”と同様、魔女狩りを行う明確な基準はなかったように感じますが、実際のところはどうだったのでしょうか?』

    「“魔女狩り”で特に有名な人物として、マシュー・ホプキンス(1644〜1646)が挙げられるが、彼はイングランドにおいて、“魔女狩り”で死刑になった1000人のうち、300人を処刑したと言われておる。しかも、彼が用いた水審、針刺し、拷問といった判別方法は不正が多かったようで、多数の無実の人を魔女としてでっち上げていたようじゃ

    『300人も不当に処刑するなんて、現代の倫理観からみれば尋常ではないと思いますが、いったい何が、彼をそこまで“魔女狩り”に駆り立てたのでしょうか?』

    「当時のキリスト教の影響下にあった時代背景を鑑みるに、敬虔なキリスト教信者であったであろう彼は、悪魔の存在を信じて恐れていたと思われる

    『なるほど』

    「また、彼は弁護士だったものの生計を立てることが困難で、彼が魔女狩りを行なう時には地元住民から特別徴税を行い、庶民の年収に相当する20ポンド前後の大金を受け取ったとする記録もある。彼が魔女狩り業務に従事していた3年弱の間に稼いだ金額は数百ポンドとも1000ポンドとも伝えられることから、金がもう一つの目的じゃったことは、まず間違いあるまい」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく無言で計算し、やがて口を開く。

    『彼が得たお金を1000ポンドと仮定すると、庶民の50年分に相当する大金ですが、お金を理由に、大勢の人物を不当な裁判によって処刑したことで、逆に彼がなんらかの罪に問われることはなかったのでしょうか?』

    「もちろん、当時のイングランドの法律では拷問が禁止されていたが、彼は弁護士であったことから、様々な工夫を凝らし、違法すれすれのやり方で魔女裁判を行なっていたようじゃな」

    『なるほど。ちなみにですが、彼はどんな魂の属性なのでしょうか?』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言い、紙に鑑定結果を書き記していく。

    マシュー・ホプキンスSS

    青年はしばらく属性表を眺めた後、やがて口を開く。

    『彼はビジネス運も金運も7と低いことに加え、血脈の霊障と天命運に“2:仕事”の相がかかっていますので、弁護士という職に就きながらも生活に困窮していたことに納得できます。そして、頭が“2”で自己中心的な特徴を持つことや、欄外の枝番が“5”で気性が荒い特徴を持つことを踏まえると、“魔女狩り”によって人の命を奪うことは、彼にとっては自分が生きるために行うビジネスのような感覚だったのかもしれませんね』

    そう苦々しく言う青年に対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「そうした“魔女狩り”に対し、反対の声がなかったわけではない。彼より前の時代になるが、“魔女狩り”に反対した最初期の人物として、ヨーハン・ヴァイヤーという医師がおり、彼の著作である“悪霊の幻惑について(De Praestigiis Daemonum)”が当時大きな反響を呼び、その結果、多くの地方で魔女裁判が寛大かつ慎重に行われるようになり、魔女だと判断された人物がこの本の論理で弁明をしたほどの内容だったそうじゃ」

    『具体的には、どのような内容だったのでしょうか?』

    「彼は悪魔の存在を完全に否定したわけではなく、悪魔は力を持っているものの、キリスト教会が主張するほどには強くはないという前提の基、悪魔はそれを呼び出した人の前に出現し、幻影を作り出すことができるという考えを支持した」

    『つまり、悪魔を呼び出す人がいなければ、悪魔は積極的に人間に対して影響を及ぼさないということでしょうか』

    「おそらく。さらに付言すると、彼は幻影を作り出すことのできる人々のことを魔術師と定義し、魔術師は悪魔の力を使って幻影を作り出す“異端者”である言及した」

    陰陽師の言葉を理解するためか、しばらく青年は無言で唸ったのち、やがて口を開く。

    『つまり、極端な言い方をすれば、諸悪の根源が悪魔と、悪魔を呼び出した魔術師だと主張したわけですね。それで、肝心の“魔女”として疑われた人物はどのような扱いになったのでしょうか』

    魔女たちに対し、彼は“精神的に病んでいる”という言い回しをしたと言われておる。現代でも“精神疾患”という病名があるものの、その原因を悪魔だと主張する人物は少数派であることはわかるじゃろう」

    『はい。現代でそんなことを言っても、相手にされないと思います。彼の主張のおかげで、加害者は悪魔そのもので、魔女と疑われた人々が濡れ衣であることが明確に整理されたようですね

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、再び口を開く。

    「当時の人々がキリスト教から強い影響を受けていたとは言え、悪魔と魔女、言い換えれば悪魔憑きを明確に分けて考える様になり、理性的な判断ができる人物が徐々に増えていったと思われる」

    そう言った後、陰陽師は鑑定結果を書き足していく。

    ヨーハン・ヴァイヤーSS

    属性表を見た青年は、何度も頷いてから、口を開く。

    『彼は頭が1で世のため・人のためとなる行動を地で実行する特徴を持ち欄外の枝番が“1”で能力面において優秀であること、大局的見地(S)と仁(A+)が高いことも考慮すると、大々的に行われていた“魔女狩り”に対して異を唱えたことも納得できますし、彼の行動は英断だったと思います』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「彼の執筆の動機は、“やっかいな悪魔に誘惑された高位高官の人びとに対する真からの同情心”だったそうで、“魔女狩りはあくまで悪魔の誘惑によるものであり、責任は悪魔にある”という持論を展開し、これまで魔女裁判を行なった者への配慮も怠らなかった点も、特筆すべき点じゃな」

    『なるほど。魔女裁判を行なった人物の中には、己の行いを悔いた人物もいたでしょうから、彼らにとっても読む価値はあったのでしょうね。また、ヨーハン・ヴァイヤーは医師として社会的地位が高かったことから、彼のような人物が唱える現実的な主張は、読者に対して大きな説得力を持ったのだと思います』

    「そうじゃな。彼は皇帝フェルディナント1世に“不当な魔女裁判の助長を差し押さえる特権”を求めた結果、皇帝からその特権を認められたようじゃし、当時の世の中にはびこっていた不当な“魔女狩り”を減少させた彼の功績は大きいと思われる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『なるほど。彼のように、“魔女狩り”に対して反対意見を述べる人々によって、“魔女狩り”は収束していったと思われますが、実際に、“魔女狩り”はどのように収束していったのでしょうか?』

    「17世紀末期になると知識階級の魔女に対する認識が変わり、裁判でも極刑を科さない傾向が強まったことと、カトリック・プロテスタントともに個人の特定の行為の責任は悪魔などの超自然の力でなく、あくまでも当人にあるという概念が生まれてきてから、裁判においても無罪放免というケースが増えたことで、魔女裁判そのものが機能しなくなっていったようじゃな」

    『なるほど。ヨーハン・ヴァイヤーが主張した、魔女と疑われた人物を“精神的に病んでいる”と認識することで、現代の価値観と照らして考えれば、特定の行為の責任は悪魔とは無関係であり、あくまで当人にあると解釈できることに納得できます。それに、魔女に対する認識が変わったことが重要ということであれば、大局的見地に基づいた情報を、より多くの人に届けることが重要であったことは、当時も現代と同じのようですね』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから、再び口を開く。

    「ちなみに、“魔女狩り”の規模は地域で差があったようで、強力な統治者が安定した統治を行う大規模な領邦では激化せず、不安定な小領邦ほど激しい魔女狩りが行われていたようじゃ。その理由としては、不安定な小領邦の支配者ほど社会不安に対する心理的耐性が弱く、“魔女狩り”を求める民衆の声に動かされてしまったことが考えられる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組んで眉間にシワを寄せながら、口を開く。

    『我が国は社会不安に対する心理耐性が低いと、僕は思わないものの、自粛疲れで社会への不満を抑えきれなくなった一般人による“自粛警察”の声が、インターネット上で多数挙げられて炎上でもしようものなら、政治家もそうした声を無視できない現状ですもんね』

    「残念ながら、そなたの言う通りじゃ。“健康警察”や“自粛警察”なども、コロナ禍の影響による仕事の減少にともなう収入の減少や、終わりが見えない不安によって、社会に対する不満が増長していることに加え、“令和革命”の影響によって、産業革命前の中世に世の中全体がシフトしている影響も関係しておるのじゃろう」

    ※令和革命とは、日本の年号が“令和”に変わったことにより、産業革命を機に始まった、唯物論者の考えや意見が主流な現在の物質主義の世の中である“体主霊従”から、“霊”、すなわち魂や見えない存在の影響を大きく受ける、“あの世”の理屈が主流となる、産業革命以前の“霊主体従”の世の中にシフトしたことを意味します。(※第34話:令和とパラダイムシフト参照

    『なるほど。人間は環境の影響を受けやすい存在ですから、“令和革命”の影響で我々を取り巻く環境が大きく変わり、全てが産業革命以前には戻らないものの、当時の人々に近い行動を取る傾向が強まってしまうわけですね』

    「そういうことじゃ。今回の事件は怪我で済んだからよかったものの、仮に今後も我が国の状況に改善の兆しが見られない場合、国民の不安も増大していき、そうして増大した不安を解消するため、事件の内容も過激になっていくことが予想され、場合によっては人命が失われるような事件が起きないとも限らぬ」

    『なるほど。とは言え、“自粛警察”による行動の結果、新型コロナウイルスの感染者数を減らせるとは限らないと思うので、個人の独断によって人の命が奪われてしまうような、“魔女狩り”の再来がないことを願うばかりです』

    「ワシもそう思う。ちなみに、“自粛警察”に該当するような事件を起こした人物の情報を、わかる範囲で教えてもらえるかの?」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンの画面を見ながら、加害者たちの情報を読み上げる。

    『ネットで調べる限り、2021年4月に他県ナンバーの車に煽り運転をした男性と、2020年4月にスポーツクラブのドアを破壊した男性は特定できました』

    青年の言葉に耳を傾けながら、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    あおり運転をした男性SS

    スポーツジムのドアガラスを破壊した男性SS

    二人の属性表を眺めた青年は、やがて口を開く。

    『両者の共通点の中で、事件を起こす影響を与えた要素として、人運と大局的見地の数字が高くないことと、攻撃性を示す項目の上段の数字が“2”であることと、先祖霊・血脈の霊障と天命運に“14:人的トラブル”の相がかかっていることが考えられます』

    「おおむねそなたの言う通りじゃが、両者がそのような行動を取った経緯についてはわかっておるかの?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、やがて口を開く。

    『前者に関しては、“残業が続いて疲れていた。コロナ禍なのに、県外ナンバーの車だったのでイライラしてやってしまった”とのことで、後者に関しては、“緊急事態宣言が出ているのに営業しているので、頭に来て文句を言おうと思ったが、店員がいないのでドアを破った”とのことです』

    「なるほど」

    『後者の男性の被害にあったスポーツジムに関しては、事件が起きた1時間後から休館を開始する予定だったようで、タイミングが悪かったと思います』

    「いずれにせよ、この二人が取った行動は、新型コロナウイルスの感染予防の観点からみて適切だったとは考えられず、市川さんの言葉を借りれば、“健康警察”が前面に出てしまったようじゃな」

    陰陽師を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『ちなみに、市川さんは“健康警察”が与える影響と、それにどう向き合えばいいかを次のように書いています。”他人の行動を見かけて、何かしらモヤモヤを感じた時、SNSに書き込んだりする前に、私の中の“健康警察”は、実はあまり合理的でないことを要求し、誰かの生活を息苦しくさせることにつながっていないか?“と振り返るクセをつけましょうと、自戒を込めて述べています』

    「その通りじゃろうな。新型コロナウイルスに関する諸説が散見しているようじゃが、一人でも多くの人が感染予防に関する正しい情報を得、“疫病退散”のような神事を受けようと自ら密になる状況に身を置き、そこで感染してしまうようなことがないことを願うばかりじゃ」

    『そうですね。新型コロナウイルスは“風邪”だと主張するのは自由だと思いますが、医師ではない人物の言葉を鵜呑みにしてはいけませんし、昨今の医学の進歩を鑑みるに、新型コロナウイルスの感染経路と感染予防に関する医学的な見解の信憑度は高いと思われます』

    「そなたの言う通りじゃな。“魔女狩り”の時代に生きた人々とコロナ禍に生きる我々の共通点として、悪魔と新型コロナウイルスという、いずれも目に見えないものに由来する恐怖と直面しておるが、ヨーハン・ヴァイヤーが、キリスト教から強い影響を受けていた当時の価値観の中で、目に見えない悪魔に対する認識を変えるのに成功したのと同様、現代に生きる我々一人一人が、特に魂1〜3が大局的見地に基づいた情報を発信し、新型コロナウイルスに関する人々の認識を変えていくことが肝要なのじゃなかろうか

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は“自粛警察”の事例と“健康警察”のネット記事を読み返していた。
    “自粛警察”となってしまう人物はひょっとしたら、自分と価値観が合わず、話し合いで解決することが難しいかもしれない。

    だが、正しい情報を伝えることで、本当にやるべきこととそうでないことについてや、“自粛警察”のような私的な行動がどのような結果をもたらすのかについて理解してもらえたら、実行する直前に考え直してもらえ、同じような事件が起こることを、未然に防げるかもしれない。

    また、いざ“自粛警察”となりかねない人物が目の前に現れたとしても、その人に正しい情報を、適切に伝えられるように精進していこう。

    そう、青年は決意したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第46話:誹謗中傷を書き込む人の魂の属性

    新千夜一夜物語 第46話:誹謗中傷を書き込む人の魂の属性

    青年は思議していた。

    先日、伊是名夏子さんが公開した、『JRで車椅子は乗車拒否されました』という題名のブログが炎上した件についてである。

    この出来事は、車椅子ユーザーである伊是名さんが来宮駅近くの宿泊施設や飲食店を事前に予約し、当日にJR東日本を利用して現地に向かおうとした際に、無人駅である来宮駅ではなく、バリアフリー化されている熱海駅で降車するように、駅員から勧告されたことを発端とする騒動を書いたブログが炎上したようだ。

    今回の炎上は、著名人である伊是名さんのブログの8割を削除するほどの影響があり、尋常ではないように青年には感じられた。

    伊是名さんはどんな魂の属性を持っているのか。そして、なぜ、彼女のブログはここまで炎上したのか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は伊是名夏子さんと、彼女のブログが炎上した件について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「先日、ネット上のニュースで話題となった件じゃな。して、具体的にどういったことを知りたいのかの?」

    『僕がお聞きしたいのは、伊是名さんの魂の属性と、なぜ彼女のブログはあそこまで炎上したのか、そして、今後、インターネット上でどのように情報発信していくべきかについて、です』

    「なるほど。それらの質問に答える前に、今回の騒動が起きた経緯について教えてもらえるかの?」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、一つうなずいてからスマートフォンを操作し、口を開く。

    『自身が車椅子ユーザーである伊是名さんとしては、現在障碍者たちが享受している権利は、先人たちの座り込み等の運動によって獲得できた権利であると考えているようで、今回の出来事もバリアフリー推進の活動の一環として起こしたようです』

    「つまり、彼女は意図的にその日、その場所を選んでいたというわけじゃな」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きくうなずいてから、口を開く。

    『彼女が後日発信していた内容から判断するに、そうなります。実は、ブログに書かれた出来事が起きた当日の2021年4月1日は“改正バリアフリー法”の施行日で、伊是名さんは来宮駅が無人駅だと知っていたようですし、JRとの騒動が生じた際に、新聞社数社に呼びかけて取材を要請したということから、計画的な政治運動だったと言えそうです』

    「たしかに、その騒動がプライベートなものであれば、新聞社を呼ぶ必要はないからのう。して、JRは彼女の要望に対し、どういった対応を取ったのかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『JR小田原駅の駅員は、無人駅である来宮駅ではなく、バリアフリー化されている熱海駅での下車を推奨しましたが、伊是名さんは、熱海駅から来宮駅までに移動するための、車椅子で乗車可能なタクシーは一ヶ月前からの予約が必須だと主張し、バリアフリー法にのっとって対応するように駅員に求めました』

    「なるほど。法律を盾に、自らの要求を通そうとしたわけじゃな」

    『そうです。そんな彼女の要求に対して駅員は、来宮駅はバリアフリー法の対象とはならないことを説明しましたが、駅員によるその説明に対し、伊是名さんは、今度は“障害者差別解消法”を根拠に合理的配慮を求め、駅員3・4名を集めて電動車椅子を運ぶように要求しました。その結果、特別な計らいによって、駅長を含む4人の駅員が来宮駅まで同行し、対応したとのことです』

    「その経緯を聞く限り、乗車を拒否されたわけではないのじゃから、JRに非を感じさせかねない、あのようなブログのタイトルを付けるには、ちと無理があると思われるが」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    伊是名夏子SS

    属性表を眺めた後、青年は口を開く。

    『この属性表から、伊是名さんは人運が“7”と低く、血脈の霊障と天命運に“14:人的トラブルの相”があることから、今回炎上してしまったことは納得という感じですね』

    「そのあたりについては、たしかに、そなたの言う通りなのじゃろうが、“改正バリアフリー法”は2025年を目標に施行されておる法律で、同法が施行されたその日に、全ての駅をバリアフリー化することは、現実的に考えてみてもほぼ不可能じゃ。よって、経済性や現実味を度外視した彼女の一連の言動には、魂4特有の大局的見地に欠けた、偏狭な正義感が少なからず影響しておるのじゃろうな」

    『なるほど。伊是名さんは政治運動を目的として、意図的にあのような人目を引くようなタイトルをブログにつけたのだと思いますが、読者の批判の矛先をJRに向けようと権謀術数を弄したにもかかわらず、本人の意図とは逆に、批判や誹謗中傷が自らに集中してしまったわけですね』

    「まあ、結果としてそういうことになるのじゃろうな」

    青年の言葉に一つ頷いた後で、陰陽師が言葉を続ける。

    「ところで、今回の騒動が起きた経緯はそうじゃとして、炎上した理由について、世間ではどのように言っておるのかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンを操作した後、口を開く。

    『今回炎上した理由についてですが、ネット炎上を研究している国際大グローバル・コミュニケーションセンター准教授の山口真一博士によりますと、議論の前提の違いとブログの書きぶりの2点が主な理由となっているようです』

    「というと」

    『一つ目の“議論の前提の違い”についてですが、伊是名さんは、障碍者も健常者と同様に生活を送るという“真のバリアフリー”の社会が実現していない現状を、障碍者の視点で提起しましたが、読者は健常者の方が多いことから、今回の彼女の言動は多くの人にとって、“利用者の少ない無人駅に、事前連絡なしに車椅子で行ってクレームをつけている”という解釈になってしまったのだろうと思われます』

    「なるほど」

    青年の言葉にあいづちを打つ陰陽師を見やり、青年は言葉を続ける。

    『山口博士は、“前提があまりに違うとそもそも議論にならず、意見が衝突するばかりで妥協点を探すことが難しい”と述べていますが、今回の一件は障碍者と健常者という前提だけでなく、4つの魂の種類の違いによって生じる、議論の前提の違いも何らかの関係があるのではないかと、僕は思いました』

    「して、もう一つの理由である、“書きぶり”とは?」

    陰陽師にそう言われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『ブログのタイトルの付け方もですが、本文では伊是名さんの主張がかなり強く出ていて、可能な範囲で対応した駅員への感謝の言葉がなかったことから、特に、“駅員だって大変なのに”“書き方がおかしい”といった、本筋とは関係ない理由で炎上したようです』

    「なるほど。無人駅だとわかっていた上での彼女の行動や、新聞記者まで呼んで大ごとにしようとしていた点も、いっそう反感を買う要因となったわけじゃな」

    『そうですね。炎上することで多くの人々から注目されましたが、本筋とは関係がない“書き方”の方で炎上してしまっては、真のバリアフリーを訴えるという本筋が伝わらなくなってしまい、本末転倒だと思います』

    「たしかに。一般論として、ネットが炎上する背景には、ガラ携並みのOSを持った魂4の偏狭な正義感に裏打ちされた批判/議論があるのじゃろうが、今回の件も、論旨の全体を見るのではなく、“感謝の言葉がない”“書き方がおかしい”という側面に対してのみ、集中砲火が浴びせられた結果、このような炎上が起こってしまったのじゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンの画面を見ながら、口を開く。

    『そのお話と関連しますが、山口真一博士が実施した、20〜60代の男女3000名を対象としたアンケート調査の結果によりますと、7%しかいない少数の極端な人がネット上の意見の46%を占めているようですが、この極端な人の多くが魂4と考えるのであれば、先生の説明に納得できます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「さらにもう一つ付言するとすれば、人口の45%と最も多くを占める魂4の中でも、我が国の場合、特に2−4(転生回数が第二期の魂4)と4−4(転生回数が第四期の魂4)が多いことから、炎上の種火となる投稿を2−4が書き込み、4−4がそれに追従して拡散するという、我が国特有のメカニズムも今回の一件に大きな影響をあたえておるのじゃろうな」

    『なるほど』

    「して、誹謗中傷を書き込む人々の動機について、山口博士はなんと?」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再びスマートフォンを操作し、口を開く。

    『2017年に行われた研究ではありますが、山口博士は、炎上の種火となる投稿をしている人物の動機に関し、“どのような炎上事例でも、6〜7割の人が自分の価値観での正義感から投稿を書き込んでいたそうで、動機を掘り下げていくと、何かしらの生活や社会への不満といったものが少なくない”と述べています』

    「なるほど。動機は、生活や社会への不満とな」

    『はい。“誹謗中傷を書き込んでいる人は、あくまで相手が悪いから攻撃しているようで、実は、他者に制裁を加えることで、不安を解消してくれるような、いくばくかの満足感を得ようとしている”とも、山口博士は分析しています』

    「なるほど。終わりが見えないコロナ禍の影響による、仕事の減少に伴う収入の減少に加えて様々な自粛を強いられることで、本来は問題とならぬような些細な事象にまで、火の手が上がりやすくなっておるというわけじゃな」

    『それともう一つ。メディアで凄惨な事件や芸能人の不倫や政治家の不祥事などのネガティヴな情報が報道されると、やり場のないストレスの捌け口をそれらの事件に求めてしまうということも、その原因と思われます」

    そう言い、視線を落とす青年に対し、陰陽師は微笑みながら口を開く。

    「今回の件を通じて、インターネットにおける魂4の支配力が強いことを改めて理解できたと思うが、インターネットの普及と政治家の小型化という問題にも奇妙な相関関係があることを含め、ネット上での発言権を魂4だけに握られぬよう、魂1〜3が、より多くの情報発信をしていくことが大切だという話は、以前した通りじゃ」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きく首肯してから、口を開く。

    『肝に命じておきます。魂4の人々の意見が主流になった政治は“衆愚政治”になりかねないと以前お聞きしましたので(※第13話参照)、そうした状況にならないようにしたいものです。ところで』

    「うむ」

    『学校でのディスカッションを始めとする教育や、何らかの訓練によって、魂1〜3と魂4との間にある、前提の違いによる価値観の差を縮めることはできるのでしょうか?』

    「もちろん、価値観の種類にもよるのじゃろうが、残念ながら、両者の距離を縮めることは容易ではないと思う。その主な理由として、そもそも魂1〜4で魂の容量が異なることが挙げられるが、それぞれの容量の違いについて、そなたは覚えておるかの」

    『はい、覚えています』

    そう言い、青年は紙に魂の種類とそれぞれの容量を書き記していく。

    <魂の種類と容量>
    1:僧侶/王侯(スーパーコンピューター)
    2:貴族(軍人/福祉)(汎用コンピューター)
    3:武士・武将(パーソナルコンピューター)
    4:一般庶民(ガラ携並のOS)

    青年が書いた内容を一読し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    魂1〜3と魂4のOSには、コンピューターとガラ携程の差があることから、どれだけ優れたソフトがあっても、容量が足りなければそれを載せることはできぬ。同様に、魂の種類によって、日常でインプットできる情報量も異なることから、当然、アウトプット、どういった言動を取るかも、魂の種類によって変わってきてしまうことになる」

    『なるほど』

    「この話は魂1〜3と魂4との関係に限らず、魂1であるワシと魂3であるそなたとの間でも当てはまることで、ワシの話のすべてがそなたに伝わらない原因も、そのあたりが影響しておるわけじゃ」

    『確かに、先生のお話をお聞きしている時はいつも、魂の容量の差が大きすぎることを実感しています』

    そう言い、ばつが悪そうに頭を下げる青年に対し、陰陽師は小さく笑ってから言葉を続ける。

    「話を戻すが、魂1〜3と魂4の距離を縮めることは難しいものの、我が国でディスカッションの授業が増えることで、相手を尊重した表現を用い、批判されたこと=喧嘩を売られているわけではないということ、両者の意見が相違している部分に関し、感情的にならずに対話できる生徒を増やすことは期待できると思う

    『なるほど』

    「また、魂の容量の差によって生じるお互いの相違点を理解し合うことによって、魂1〜3側にとっても、自分たちとは違う論理的思考を持っている人物が存在していることを知る、良い機会になると思われる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きくうなずき、口を開く。

    『確かに。僕が話したことがある人物に限りますが、魂1〜4でそれぞれ特有の論理的思考の方向性があるように感じます』

    「ともかく、人間は多面体なわけじゃから、魂の違いのみで相手のことを判断してはいかん。魂4の人物であっても論理的な人物はいるわけじゃし、魂3で高学歴の人物であっても、感情的な人物も相当数おるわけじゃからな」

    『なるほど。感情的になることについては、僕にも身に覚えがあります』

    そう言い、苦笑する青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「それでも、あえて魂1〜3と魂4、特に2−4、あるいは転生回数が第二期に近い3−4や1−4との違いを指摘するとすれば、魂4の人物に哲学的な思考を求めるなどして魂4の容量を超えた際に、質問の趣旨から大きく外れた回答が返ってきたり、物事を感情的に捉えてしまい、時には論理的思考が飛んでフリーズしてしまうといった、諸特徴が顕在化する可能性が高いことだけはそうなのじゃろう」

    『つまり、感情に左右されずに論理的思考に基づいて行動できる度合いが、魂4から魂1に向かうにつれて高まっていく傾向にあるということでしょうか』

    「人間は多面体であることから、ある一面だけを捉えてどうこう言うのは危険な行為じゃが、大筋では、そういった捉え方もできると思う。ただし、相手の顔を見ながら、相手の感情の機微を観察しつつ、言い方や言葉選びに気をつけることができる対面の会話と違い、対面で得られる情報がないネットの世界では、画面の向こうに自分と同じ血が通った人間がいると認識できずに、魂の容量と諸特徴が、よりダイレクトに出てしまうことが往々にして起こりえるので、そのあたりにはじゅうぶんな注意が必要なわけじゃな」

    『確かに。僕が調べた限りではありますが、AIを用いた認知科学の研究でも、人に話すよりも人でないモノに話す方が、人のネガティブな感情は引き出されやすいという結果が出ているようですし、相手の顔が見えないネット上では、特に魂4は過激な書き込みをしやすくなってしまっているのでしょうね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「そうした諸々の理由も踏まえると、基本的にネット上で問題提起をする際は、魂4の人々にも響きやすいように、言葉遣いや言葉選びに細心の注意を払い、共感を呼ぶような内容を盛り込んで投稿することが望ましいということになる」

    『なるほど。それなら僕にもできそうです』

    陰陽師の言葉を聞いて大きく頷く青年を見やり、陰陽師は口を開く。

    「ただし、魂4の目に触れ、彼ら/彼女らによって大事な情報が拡散されることは重要ではあるものの、魂4に迎合する内容ばかり投稿していては、結局は魂4の声が庶民の総意と一括りに捉えられやすいことには変わりはない。ゆえに、我々魂1〜3も、ネット上で積極的に、大局的見地に基づいた意見を書き込んでいくことも肝要だということは、先ほども言った通りじゃ』

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

     

    帰路の途中、青年はこれまで縁があった人物とのやり取りを振り返っていた。
    なぜ、根気強く説明しても話が噛み合わず、徒労に終わってしまったのかが、今回の話で理解できた。ただ、話が噛み合わなくとも、お互いの目的や大事にしていることをある程度共有できたことも思い出した。

    出会いは必然であり、せっかくご縁を得られた相手と共有できることを増やしていけるよう、相手の魂の種類を把握し、それぞれに合った接し方をしていこう。

    そう、青年は決意したのだった。

     

     

  • 新千夜一夜物語 第45話:成功するYouTuberの条件

    新千夜一夜物語 第45話:成功するYouTuberの条件

    青年は思議していた。

    不登校を掲げるYouTuberゆたぼんが、動画上で中学校も不登校宣言したことが波紋を呼んでいる件についてである。
    彼の発信に対しては賛否両論あり、YouTuberシバターに至っては、ゆたぼんと何度か動画を挙げて討論していたほどである。

    いったい、ゆたぼんはどのような魂の属性なのだろうか。また、中学校も不登校を貫く彼の今後は、いったいどうなるのか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのだった。

    『先生、こんばんは。本日はYouTuberゆたぼんについて教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「ふむ。最近、たまにネットのニュースで見かける少年のことじゃな。して、どういったことを聞きたいのかの?」

    『まずは彼の魂の属性を、次に、彼が中学校も不登校を貫いた場合、彼の将来はどうなることが予想できるのかを教えていただきたいです』

    「その質問に答える前に一つ確認したいのじゃが、そもそもいったいなぜ、彼は不登校になったのじゃ?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを手早く操作し、口を開く。

    『ネットの情報を見る限り、宿題をやってこなかったゆたぼんに対し、彼の当時の担任が彼を叩いたようですが、担任の言い分としては、机を叩こうとしたら彼に当たってしまったとのことで、叩いていないと主張していたようですが、ゆたぼん側は、先生が嘘をついたと考え、その出来事をきっかけに不登校になったと言っています』

    「ふむ」

    青年の言葉に対し、陰陽師はあいづちを打ち、紙に鑑定結果を書き記していく。

    ゆたぼんの元担任SS

    属性表を眺めた青年は、一度唸ってから言葉を発する。

    『以前(※第17話:激辛カレー教諭いじめ事件と魂の属性参照)、小学校の教員は2−4(転生回数期が第二期の魂4:一般庶民)が多いとお聞きしましたが、この属性表を見る限り、まともな先生のようですね』

    「そうじゃな。教員の仕事には生徒指導も含まれていることから、仮に担任がゆたぼんを叩いたとしても、それは教育的指導に該当すると思われる。ゆえに、彼が不登校になったきっかけの出来事に関しても、自らの職責を全うした末の、ちょっとした行き過ぎの叱責といったあたりが実相なのじゃろう」

    『なるほど。ちなみに、ゆたぼんが中学校も不登校宣言したことを巡り、ゆたぼん vs YouTuberシバター、そして、彼の父親 vs ひろゆきという構造ができていましたが、各々、どのような魂の属性なのでしょうか?』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き連ねていく。

    ゆたぼんSS

    きよみんSS

    中村幸也SS

    シバターSS

    ひろゆきSS

    それぞれの属性表を眺めた後、青年は口を開く。

    『今回の登場人物を見ると、ゆたぼん家は頭2で、不登校反対派の二人は頭1という構造になっているのですね』

    そう言った後、青年は何かに気づいたのか、やや目を見開いてから再び口を開く。

    『そう言えば、ゆたぼん一家の属性表には、頭の1/2の欄外に枝番の“3”という数字がありますが、これは何を意味するのでしょうか?』

    「実は、頭1/2の特徴は、0 or 100のようにシンプルに二分化しているのではなく、欄外の枝番の数字が“1”に近いほど頭1/2の特徴が強く顕在化する傾向がある。例えば、“9”は例外/逆説という意味を持つ」

    『例外/逆説でしょうか』

    首を傾げながらそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「そう、例外/逆説じゃ。具体的に説明する前に、復習もかねてそなたの口から、頭1/2の特徴(※第18話:神社仏閣との相性参照)について、それぞれ説明してもらおうかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、一つうなずいてから口を開く。

    頭1の人物は、“農耕/遊牧民族の末裔”であることから、世のため・人のためとなる行動を地で実行する傾向があります。一方、頭2の人物は、“狩猟民族の末裔”であることから、利益/個人的な目標のためには、他人を蹴落としてでも獲得するといった、自己中心的な特徴を持っていると記憶しています』

    「おおむね、そなたの説明通りじゃな。して、そうした頭1/2の特徴に対し、枝番“9”という逆説/例外という特徴が加わるとどうなるかと言うと、頭1―9の人物が口ではYesと言いつつも、腹の中では別のことを考えている可能性があるのに対して、頭2−9の人物の場合は、こちらの意見/指示に対し、是は是、非は非といった態度をとる傾向が強い反面、いったん納得したらその通りに行動する可能性が極めて強い」

    『なるほど。その説明をお聞きする限り、ある意味、頭1−9の人物よりも、頭2−9の人物の方が付き合いやすいと言えるのかもしれませんね。そうは言っても、頭1/2だけではなく、その人物の枝番や他の特徴まで把握し、付き合い方を吟味する必要があるとは思いますが』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「そのような観点から、ゆたぼんと彼の両親を見ると、3人とも頭2−3であることから、頭2の特徴が顕著に現れる傾向が強い、と言うことができよう」

    『確かに、親切心で忠告してくれたシバターへの反論の内容や、小学校の卒業証書を破くなどのゆたぼんの言動を見る限り、自己中心的という頭2の特徴が色濃く出ているように思います』

    「そなたの言う通りじゃな」

    青年の言葉に相槌を打つ陰陽師を見やり、青年は言葉を続ける。

    『そして、頭1であるシバターとひろゆきが、他人であるゆたぼんに対し、不登校を選択することによって、彼が後々に被るだろうデメリットを視野に入れて反論していることは、世のため・人のためという頭1らしさが現れていると思います』

    青年の言葉に対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「たしかに、このような両者の発言をみているだけでも、頭の1/2の差は歴然じゃ。それと、もう一つ付言しておくと、実社会においては、個人事業主・非上場企業の経営者・従業員、地方公務員には頭2の人物が多い。一方、国家公務員、上場企業の経営者/出世コースに乗った社員などには、頭1の人物が圧倒的に多いという傾向にある」

    『そのような傾向も頭の1/2にはあるのですね。そう言えば、ゆたぼんの基本的気質(OS)と具体的性格(ソフト)の上段の数字は共に“7”、すなわち社会生活を送るのに最も適した資質を持っていることを考えても、変に片意地を張らずに、ある程度社会の常識に則った生き方をした方がいいように思うのですが』

    「そなたの見解にも一理あると思うが、ワシが見る限り、残念ながら、彼はこのまま不登校を貫く可能性が高いのじゃろうな」

    『やはり、そうなるのですか…』

    そう言い、視線を落とす青年に微笑みかけながら、陰陽師は問いかける。

    「話を戻すが、ゆたぼんの不登校を巡り、いったいどのような応酬があったのじゃ?」

    『まずはゆたぼんとシバターのやり取りについてですが、シバターは動画の中で、“小中高でできた友達は、一生の友達になる可能性を秘めている”と彼に語りかけています』

    「なるほど」

    『これに対し、ゆたぼんは、シバターの意見を“古い考え”と斬り捨て、“今の時代、ネットでも友達はできる”と反論しています。そんなゆたぼんの動画に対し、シバターは“そんなに言うならもういいよ。君は学校に行かなくていい。ただ、後で学校行っておけば良かったって後悔するなよ”と答えています』

    「どちらの主張にも一理あるようじゃが、結局は平行線に終わったわけじゃな」

    そんな陰陽師の言葉に、青年が大きく首肯するのを見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「今度はゆたぼんの父親とひろゆきの応酬について、教えてもらえるかの」

    陰陽師の言葉に対し、青年は一つうなずいてから、スマートフォンの画面を見ながら読み上げる。

    『ひろゆきは、“登校が嫌なら通信制の中学校で教育を受けることも可能。子供に教育を受けさせる義務を放棄している親には、罰則が必要だと思います。子供は被害者なので責めるべきではないです。“と、ゆたぼんではなく、彼の父親を批判しています』

    「なるほど」

    『それに対するゆたぼんの父親の主張ですが、“子どもが学校に行かないからと言って親は教育を受けさせる義務を放棄しているわけではない。それに通信制じゃなく家庭内で教育を受けさせることはできるし、そもそも我が家はホームスクーリングだってずっと言ってるしな“と』

    そこまで言った青年は、一度、陰陽師が黙って耳を傾けていることを確認し、言葉を続ける。

    『ひろゆきはさらに、“通学する中学生は一日5時間の授業を各科目で教員試験を通った大卒の教師が教えます。あなたの家庭では学校の代わりにどういった資格を持つ方が何人で1日何時間の教育をされているのですか? 中学校と同等の教育なら問題ないです。”と返信しています。ちなみに、世間ではひろゆきの意見の方が多く支持されているようです』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は一つ頷いてから、口を開く。

    「そもそも義務教育とは、憲法26条、国民の三大義務である、“勤労の義務”、“納税の義務”、“教育の義務”の一つに含まれているわけじゃが、この法律のポイントは、子に教育を受ける義務があるのではなく、親が“子供に教育を受けさせる義務”があることから、ひろゆきが言うように、この法律が子供ではなく親を対象にしている点が肝要じゃ」

    陰陽師の説明に対し、青年は何度も頷いてから、口を開く。

    『そうなのですよね。弁護士の藤吉修崇さんが、学校に通わせないことは、親として学校教育法に違反するとして“ゆたぼんの親も逮捕される可能性がある”と指摘していることから考えても、父親は逮捕されないためにも、せめてゆたぼんに通信制の中学校に通わせることが望ましいと思うのですが』

    「彼の場合、世間の常識から逸脱した生き方になんらかの価値観を見出していると思われることから、通信制であっても登校する可能性は、ほぼないじゃろうの」

    陰陽師の言葉を聞き、しばらく腕を組んで黙考していた青年が、やがて口を開く。

    『ゆたぼんが不登校を貫いたと仮定すると、今後の彼は、どのような人生となるのでしょうか』

    「そなたは、どのような進路があると考える?」

    『一つ目は、このままYouTuberとして活躍して生計を立てていくことだと思っていましたが、先ほどの属性表を見て、難しいと感じました』

    「というと」

    陰陽師は軽くあいづちを打ち、青年に続きを促す。
    それを察した青年は、スマートフォンを操作し、画面を見ながら言葉を続ける。

    『ゆたぼんと討論したシバターのYouTubeのチャンネル登録者数は、121万人ですが、ゆたぼんのチャンネル登録者数は12.8万人、つまり、シバターの約10%しかいません。2−3−5−5…2を持つシバターがあれだけのチャンネル登録者数を持っていることはある意味当然だとしても、ゆたぼんの魂の属性を見る限り、今後、シバターほどの数字を得るのは難しいのではないでしょうか』

    「そなたの言う通りじゃろうな。2−3−5−5…2を持つ人物は、そもそもプロのスポーツ・芸能・芸術の世界で活躍できる才能を持っていることから、テレビからYouTubeへと媒体が変わったとしても、本人の持ち味を発揮できることは想像に難くない」

    陰陽師の言葉を聞き、大きく頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「ところが、YouTubeは配信する環境さえ整っていれば、どのような魂の属性の人物であっても、容易に参加できるという特徴を持っている」

    『つまり、ゆたぼんのような“2−3−5−5…2”を持たない人物がYouTuberとして人気が出たとしても、芸能界から声がかかるとは限らないのでしょうし、逆にテレビ番組にレギュラー出演でもしようものなら、排除命令によって芸能界から姿を消すだけじゃなく、当人にとんでもない災難が降りかかる可能性が高いと(※第23話:この世のルールと芸能界参照)

    「さらに言えば、2−3−5−5…2を持つ人気YouTuberじゃからと言って、上下関係が厳しい芸能界の掟や暗黙のルールを破り、大御所から目をつけられでもしたら、たちまち業界から干されてしまうじゃろうしな」

    『話が脱線してしまいますが、YouTuberから芸能界入りした、ラッパーのワタナベマホトとお笑いタレントの不破遥香の魂の属性が気になるのですが』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は紙に二人の鑑定結果を書き記していく。

    ワタナベマホトSS

    画像8

    二人の属性表に目を通した青年は、やや目を見開いて口を開く。

    『ワタナベマホトは女子高生に猥褻画像を要求していたことが発覚し、児童ポルノ禁止法違反の疑いで逮捕されましたが、彼は2−3−5−5…2を持たない人物ですので、排除命令に抵触したようですね』

    「どうやらそのようじゃな」

    『不破遥香ことフワちゃんですが、芸能事務所に悪態をつき、重役の去り際に見えないように後ろ姿に向かって中指を立てていたら、その姿がガラスに映っていたためにバレてしまい、事務所を解雇されたようです。ただ、現在は無所属で活動しているようですので、芸能界から排除されたわけではなさそうです』

    「彼女は2−3−5−5…2を持つ人物であることから、そのあたりの一件は人運“7”と“14;人的トラブル”の相が原因なのじゃろうな」

    『なるほど。属性表を見る限り、フワちゃんは言うまでもなく、ワタナベマホトの転生回数は“大々山”である190回代であることから、二人がYouTuberから芸能界に入れたことに納得できますが、ゆたぼんの魂の属性はもちろん、今の彼を見ている限りでは、彼が芸能界に適応できるとは思えず、YouTuberから芸能界へ栄転する道は厳しいでしょうね』

    「そなたの言う通りじゃろうな。ゆたぼんの発信は、現在不登校気味の学生や過去に不登校を体験した人物には響くかもしれないが、彼がこのまま大人になったとしたら、単なる無学歴の成人ということになるわけじゃが、いざそうなった時に、世間に響くメッセージ性を持っているかはかなり疑わしいじゃろうな」

    『そうなのですよね。一言で不登校と言っても、不登校に至るまでに様々な背景があると思います。不登校の理由としては、その多くがイジメを発端にしていると感じますが、ゆたぼんの場合は“教師の嘘”がきっかけなので、同じ理由で不登校になった人は少ないのではないかと思われます』

    「それ以上に、彼が本当の意味で不登校の人々の心に寄り添えているのかどうかも、疑問じゃしのう」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は腕を組み、しばらく唸ってから再び口を開く。

    『今の路線のままYouTuberとして活躍する可能性が低いゆたぼんにとっての、もう一つの進路についてですが、キメラゴンという、中学三年から不登校になったものの、中学生の間に月収700万円を稼ぎ、現在は通信制の高校に通いながら会社を経営し、月収1,000万円を稼いでいる学生もいます。ゆたぼんは彼のように情報商材を販売するビジネスに転向して成功する可能性はあるのでしょうか』

    「その問いに答える前に、一度キメラゴンについてみてみよう。少し待ちなさい」
    そう言い、陰陽師は鑑定結果を書き記していく。

    キメラゴンSS

    ゆたぼんSS

    キメラゴンとゆたぼんの属性表を交互に眺めた後、青年は口を開く。

    『頭の1/2と魂の属性3:霊媒体質と魂の属性7:唯物論者が違う点を除けば、転生回数が“小山”に該当する、十の位が40回代で、しかも第三期である140回代であることと、魂の種類“3:武士”であることなど、ゆたぼんと魂の特徴は似ているようですが』

    「仮に魂の属性が似ているとしても、人生経験が浅い小学生、中学生が長期的な視点に立って人生の選択肢を選ぶことは難しい。そこで両親が子供を導く役割を担うわけじゃが、キメラゴンの両親はどのような人物かわかるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを手早く操作し、該当する画面を見ながら口を開く。

    『彼の父親は自社革皮ブランド会社の経営を始め、不動産や飲食業も手掛けており、キメラゴンが小学5年生の時にブログを教え、彼が中学2年生の頃にネットビジネスを始めた際、20万円相当のPCを買い与えたそうです。また、母親は、無添加・無農薬の食材を通信販売しているようで、両親共にビジネスに明るく、常識人という印象を受けます』

    「どうやらそのようじゃな。彼が既に社会的な実績を上げていることは、彼の両親の教育の賜物と言うことができよう。ちなみに、ゆたぼんの教育に関し、父母のどちらが主導権を握っているかはわかるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを手早く操作し、しばらくしてから口を開く。

    “今日、長女以外の家族六人で、大阪から沖縄に引っ越して来ました!
    最初は長女も行くと言っていたのですが、四月になって急に行かないと言い出し、自立すると言って先月家を出ました。
    それまでは長女をメインにして計画を練り、兄妹も凄く頑張ってきたのですが、長女が途中で投げ出した為、すべての計画を白紙に戻す事に・・・。
    予定していたクラウドファンディングも中止し、再度、長女以外の家族六人で一から計画を練り直しました。“

    『とあり、ゆたぼんは父親の計画における、長女の代役になったと考えられますし、不登校を巡る議論においても、基本的に父親が発言していることから、父親だと思われます』

    青年の言葉に陰陽師は一つうなずいてみせ、口を開く。

    「なるほど。“魂3:武士”であるゆたぼんが、大局的見地に欠けた2−4である父親の影響を受けていることは、“不可思議”の領域からみても、この世の基準から考えてみても、ちと問題があるかも知れんの」

    『ゆたぼんに対し、父親の言いなりになっているのではないかといった言葉もあるようですが、彼はそのことを否定し、自らの意志で不登校になっていると断言しています。そして、不登校を続けた結果、将来どんなことが起きても彼は自分で責任を取ると言っています』

    「なるほど」

    『彼は動画の中でも、その時に自分がやりたいことをやり、YouTuberも飽きたらやめると公言しています。彼がYouTuberとして大成しないとしても、継続的にチャンネル登録者数を増やすことで、自身の知名度を活かして情報商材を販売してみたり、流行りのビジネスを転々として収入を得たりして、生きていけるのではないかと思いますが』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、指を小刻みに動かしてから、口を開く。

    「そのような方向性を意識して活動を続けたとしても、ワシが見る限り、難しいじゃろうな。もって5年というところじゃろうか」

    『そんなに早く消えてしまうのですか…。そうなりますと、ゆたぼんに残された道は、飛び級などで義務教育のレールとは別のルートから社会に出ることしかないと思いますが、いかがでしょうか?』

    「たしかに海外では飛び級制度があるが、我が国では導入されておらぬし、仮に我が国に飛び級制度があったとしても、その制度を利用できるのは、理系か文系の才能が突出している生徒となる」

    『つまり、ネットで見る限り、宿題が終わらずに放課後に残されて泣きながらやっていたゆたぼんの才能では、飛び級制度を利用するのは難しそうですね』

    「それにじゃ、飛び級制度を利用できる生徒たちは、若くして大学を卒業した後か在学中に、本来なら多くの生徒が中学・高校で体験するであろう体験を、補完できる能力を持っていることが前提となる

    『なるほど。つまるところ、ゆたぼんの人生は前途多難な方向に向かっているのですね。ところで』

    「なんじゃな」

    『コロナ禍でオンライン授業の導入も進んでいくでしょうし、それに伴って我が国でも飛び級制度が導入されるようになれば、義務教育の存在意義が問われていくように感じますが、先生の見解としては、義務教育にどのような意味があるとお考えでしょうか』

    「まず、義務教育を軽視すべきでない理由として、全員が全員ではないものの、義務教育をドロップアウトした多くの人物が、人間性や社会性といった中身が伴っていないことが挙げられる。特に、小学校には人間教育の場という意味でも重要であるため、過度ないじめにあったり心身を病んでまで登校する必要はないが、できるだけ登校する方が望ましいとワシは思う」

    『僕もそう思います』

    そう言い、青年はスマートフォンを操作し、再び口を開く。

    『こちらは、国際大グローバル・コミュニケーションセンター准教授の山口真一さんの意見なのですが、

    “情報発信の教育や啓発はもちろん大事ですが、私は「受信の教育・啓発」も重要だと思っています。すべて防げるわけではありませんが、「自分の見ている情報は偏っているのかもしれない」という恐れがあることを知っておくだけで意識が変わります。

    ディスカッションの授業を増やした方がいいと考えています。批判するとしても、「相手を尊重したうえで」批判し、人格攻撃をしない。

    これは批判される側の意識も大切です。批判がすべて自分への攻撃だと思ってしまう人は、これまで議論の練習をしてきていないのだと思います。「攻撃と批判は違う」と考える訓練をしていくことに効果があるのではないでしょうか。“

    とあり、バックグラウンドが近い、同年代の友達とディスカッションをする機会は学生時代にしかなさそうですので、そう言った意味でも義務教育は重要なのだと思います』

    「そうじゃな。今度は“不可思議”な領域からみた理由を挙げるとすれば、“あの世”では各々別領域にいる1〜4の魂が、“この世”で共存することによって生まれる様々な“軋轢”こそが“修行”の一助となっているのじゃが、そうした意味からも、学校に登校することで、魂の種類が異なる同級生と交流することは、魂磨きのためにも重要だとワシは思う」

    『なるほど』

    「とは言え、大多数の魂1〜3の人が、在学中も卒業後も、魂4とプライベートな関係を持っていないことから、インターネットを通じて友達を作れるという、ゆたぼんの主張にも一理あり、特に、母数が少ない魂1〜3の人物は、同級生以外にも広く交友関係を持つことも重要だとワシは思う」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組んでしばらく黙考してから口を開く。

    『つまり、学校では魂の種類が異なる同級生と交流することで、人間の多様性を学びつつ魂磨きの修行に励み、それと同時に、母数が少ない魂1〜3の人物は、インターネットを用いて学校外にいる今世の宿題を果たすのに適した人物と繋がり、彼ら/彼女らとの交流を増やし、深めるという二本柱の人間関係を構築することが重要なのでしょうか?』

    「まあ、そんな感じじゃ。“出会いは必然”であることから、学校で同じクラスメイトになることは各々にとって必然であるし、インターネットを通じて得る出会いもまた必然じゃ。“袖触れ合うも多少の縁”ではないが、ITが発達した現代においては、インターネットでふと目にした言葉で人生が変わることもあるじゃろうし、実際に顔が見えないとは言え、一言二言メッセージをやりとりすることも、広義の意味では出会いと言えるじゃろうし、そして、それもまた必然と言えよう。ゆえに、現実とインターネット上を問わず、あらゆる出会いを大切にすることが肝要じゃ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自らの学生時代を振り返っていた。
    同じクラスだけでは友達の数は限りがあったが、他のクラスに顔を出せば、また新たな友達の輪が広がっていた。SNSやインターネットが持つメリットを活かして、場所に囚われずに友人を作ることは大事だと思うし、年齢を問わず様々な考え方や価値観に触れ、意見を交換することも重要だと感じた。

    今後も自分と異なる魂の種類の人物と接する機会は増えていくだろうが、同じ“魂3:武士”の人物を中心に関わるのではなく、他の魂の種類の人々とも積極的に交流し、魂を磨いていこう。

    そう、青年は決意したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第44話:福岡5歳児餓死事件と今世の宿題

    新千夜一夜物語 第44話:福岡5歳児餓死事件と今世の宿題

    青年は思議していた。

    福岡5歳児餓死事件についてである。
    この事件は、半年以上に渡り、実母がママ友の言いなりになって三男に食事を与えないようにし続けた結果、彼が餓死してしまったものである。そして、彼を餓死させてしまった実母とママ友は、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。

    わずか5歳の男児が命を落とすことはとても胸が痛む事件であるが、それ以前に、彼の実母がまるで洗脳されたかのようにママ友の言いなりになっていたことは、青年には尋常ではないように感じられた。ひょっとしたら、何らかの霊障が関係しているのかもしれない。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。今日は“福岡5歳児餓死事件”について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「ふむ。ちょっと前に、マスコミを騒がせた例の事件じゃな」

    「はい、その件ですが、一応事件の経緯をご説明しておきます」

    青年はスマートフォンで内容を確認しつつ、陰陽師に事件の経緯を話した。

    『実母は三男が低栄養状態で動かなくなっても、ママ友の言いつけを守り、彼に食事を与えなかったようです。また、救急車を呼ぶ事態になっても、自らの意志で呼べず、ママ友の指示を仰ごうとしていたことは、尋常ではないと感じました』

    「たしかに、この事件は、通常の殺人事件とはまた毛色が違う事件のようじゃな。して、その三人の情報はわかるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンの画面を見ながら、それぞれの名前や年齢を口にする。
    陰陽師は青年の言葉に耳を傾けながら、紙に鑑定結果を書き記していく。

    赤堀恵美子SS

    碇翔士郎SS

    碇利恵SS

    それぞれの属性表を一通り眺めた後、青年は口を開く。

    『属性表を見る限り、しつけと称して食事を抜かれ、虐待を受けることは翔士郎くんの今世の宿題の一環であったのかもしれないとしても、今回のこの痛ましい事件は、赤堀容疑者にかかっている血脈の霊障の“5:一般・事件・加害者・死”の相が大きく作用したために、結果、死に至ってしまったと理解すべきなのでしょうか?』

    「うむ。もちろん、ここまでの事態になるためにはほかにも様々な事情が複雑に絡み合っているのであろうが、各人の属性を見る限り、そのように考えるのが実相に一番近いかもしれんな」

    そう言い、一つ頷いた後で、陰陽師が言葉を続ける。

    「その証左として、三人が揃って“魂の属性7:唯物論者”であることが挙げられよう。以前(※第40話参照)にも説明したと思うが、魂の属性7の人物の場合、霊脈の先祖霊の霊障がない分、“魂の属性3:霊媒体質”の人物に比べ、血脈の先祖霊の霊障が色濃く顕在化する傾向が強い。また、霊脈先祖の霊障が今世の宿題に対してアゲインスト/逆接な“重し”、つまり、人生の方向性が今世の宿題と逆方向に働くのに対し、血脈先祖の霊障は、今世の宿題をさらに重篤化させるという機能を持つ

    『なるほど。霊脈先祖と血脈先祖の霊障とで、今世の宿題に対して顕在化する方向性が異なるケースがあり得るわけなのですね。そうしますと、“魂の属性3:霊媒体質”の人物には霊脈先祖と血脈先祖の霊障が両方かかっていることが多いので、彼らの場合は、今世の宿題に対し、霊障の影響が、かなり複雑なものになることも考えられるわけですね』

    「その通りじゃ。して、今回のケースは、登場人物の全員が魂の属性7:唯物論者であることから、後者の典型例ということになる」

    『なるほど』

    陰陽師の説明に大きく頷いた後で、青年が言葉を続ける。

    『翔士郎くんが重度の低栄養状態になっていた時に、赤堀容疑者が彼の様子を何度か確認しに来ていたようですが、その際、“暖かいからまだ大丈夫”などと考えずに、その時点で彼女が救急車を呼んでいれば、翔士郎くんは餓死せずに済んだわけですね』

    「簡単に言うと、そういうことになるのじゃろうな」

    苦々しい表情を浮かべる青年に対し、陰陽師は励ますように声をかける。

    「もう一つ、三人の共通点として、全員の欄外の枝番が“7”と“9”であるというところに注目する必要がある。つまり、彼らを今世の宿題を果たすために一堂に会した舞台俳優と考えると、彼らは出逢うべくして出逢ったと言うこともできることになる」

    『たしかに』

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再び三人の属性表に目を通し、口を開く。

    『今回のような事件が起きるためには、虐待をする役割の人間と虐待を受ける役割の人間が必要なのでしょうし、“性悪説”的な気質を持つ“7”と“9”という枝番を持つ人間が一堂に会したことは、“出逢いは必然”という法則を体現しているのだと思います』

    青年の言葉に対し、黙ってうなずく陰陽師を見やり、青年は発言を続ける。

    『ところで、翔士郎くんには血脈の霊障にも天命運にも“5:事件・被害者・死”の相がないようですが、彼は無事にあの世に帰還しているのでしょうか』

    「確認しよう。少し待ちなさい」

    青年が固唾を飲んで見守る中、陰陽師は鑑定を終え、口を開く。

    「うむ、間違いなく、無事あの世に戻っておるようじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年が、口を開く。

    『それを踏まえてお聞きしたいのですが、どうして彼は無事あの世に戻ることができたのでしょう。血脈の霊障が、特に魂の属性7の人間には順接方向、つまり、今世の宿題が重篤化して働くのだとすると、赤堀容疑者が血脈先祖の霊障を持っていなければ、翔士郎くんはもっと長く生きられたのではないでしょうか

    「中々いい質問じゃが、そのあたりの話は、思議の世界のみならず不可思議の世界の理屈が含まれておるゆえ論理的な説明は難しい、と同時に、仮説としての回答も複数考えられる。じゃが、今回彼が地縛霊化しなかった理由の最たるものは、一種の“相殺勘定”が起きたためと考えるのが実相に一番適しておるのじゃろうな」

    『“相殺勘定”でしょうか』

    訝し気にそう訊ね返す青年に、陰陽師が言葉を続ける。

    「仮に彼の今までの生活が今世の宿題の一環だったとしても、今回赤堀容疑者が碇家に介入したことで、彼女の持つ血脈の霊障の“重し”が、翔士郎くんの宿題をより過酷なものにしてしまったことは間違いない。よって、今回の一件は、彼がこれから遭遇するであろう先々の宿題との間で、“相殺勘定”が起きるほどのインパクトを持っていたわけじゃな』

    『つまり、彼は、今回の一件で想定外の過酷な宿題をこなしたため、後の宿題を免除されたわけですね。言い換えれば、彼の本来の寿命が仮に80歳だったとすると、本来なら残りの75年をかけてこなすはずだった今世の宿題を、この一件でわずか半年の期間に凝縮してこなしてしまったと』

    「結論から言うと、そう言うことになる」

    そう答える陰陽師の言葉に大きく頷いた後で、青年は言葉を続ける。

    『ところで、今回の事件に関し、もう一つ気になっていることがあるのですが』

    「と言うと?」

    『赤堀容疑者個人のことです。彼女は、今回の事件以外にも、過去に金銭トラブルを度々起こし、身近な人々から相当なバッシングを受けてきたようなのですが、お聞きしたいのは、それらのトラブルも彼女の今世の宿題の一環なのかということです』

    「具体的に、どういった金銭トラブルなのかな?」

    陰陽師の問いに答えるべく、青年はスマートフォンを操作し、読み上げる。

    『赤堀容疑者は、学生時代から虚言癖があり、最近になっても虚言癖のクレーマーとの理由で、周囲から嫌われていたようです。また、結婚に際し、元旦那から結婚式の費用を受け取っておきながらそれを式場に渡さなかったり、彼の名義で数百万円の借金をした上に、彼の銀行のキャッシュカードを持ったまま蒸発し、結果、離婚となったようです』

    陰陽師が黙って耳を傾けているのを確認し、青年は言葉を続ける。

    『また、碇さんに近づく際は、偽名を使ったり年齢を10歳近く偽っていたようです。そして、SNSの偽アカウントを作って旦那さんが浮気をしているように嘘情報を流し、浮気調査名目で現金や預金通帳を騙し取っていたこともわかっています。しかも、翔士郎くんの葬儀代は創価学会から出されたという理屈を使って、碇利恵さんが受け取った香典を、創価学会に渡したと嘘を言い、着服していたとも言われています』

    「確か、創価学会では香典を持っていかない決まりがあったと記憶しておるが」

    『はい。僕も学会員の知人からそう聞きました』

    ぽつりと言った陰陽師の言葉に対し、青年は一つ頷いた後で、声を少し震わせながら言葉を続ける。

    『赤堀容疑者の所業は、それだけにとどまらず、碇家の月20万円の生活保護費を合計1200万円ほど搾取していたようです』

    「ほう、生活保護費までも、とな」

    「それだけではありません。碇家の4人が赤堀容疑者から与えられたわずかな食料を分け合わざるをえない事態に追い込まれていたにもかかわらず、赤堀容疑者自身は自らの3人の子供たちには水泳やバレエをやらせたり、綺麗な服を着せていたとの情報もあります』

    「赤堀恵美子の人運が9点満点中7点、仁が50点、陰陽五行に火の気質を持つことも考え合わせると、それらの所業も、たとえ彼女に血脈先祖の霊障の“14:人的トラブル”の相があったとしても、彼女の今世の宿題の一環なのじゃろう」

    『今のお話に関連して一つ気になったのですが、赤堀容疑者の現在の夫は宗教家のようなのですが、碇利恵さんが洗脳されたような状態になったことと、何か関係があるのでしょうか?』

    青年の問いを聞いた陰陽師は、指を小刻みに動かした後、鑑定結果を紙に書き足していく。

    赤堀恵美子・夫SS

    青年が属性表を見終える頃合いを見計らい、陰陽師は口を開く。

    「魂の属性7:唯物論者である人物が宗教家を名乗ることに対しては、今さら特筆せぬが、どうやら、彼が赤堀容疑者に何らかの入れ知恵をした可能性はあるとしても、今回の事件には直接関係ないようじゃ」

    『なるほど。それと、もう一つ思い出したのですが、創価学会員である赤堀容疑者は、碇さんも創価学会に入信させたようです。ひょっとして、碇さんを洗脳するにあたり、学会での上下関係も利用した可能性も考えられますが、二人が創価学会に入信することは、各々の今世の宿題の一環なのでしょうか?』

    青年に問われた陰陽師は、指をかすかに動かしてから口を開く。

    「いや。赤堀容疑者の夫同様、碇さんの洗脳に関しては、創価学会も無関係なようじゃ」

    『わかりました。ところで、碇さんの元夫は、赤堀容疑者のせいで人生が台無しになったと言っていたようです。実際、碇利恵さんの場合、恋愛運が“3”と極端に低く、異性とのトラブルで悩むこと/トラブルを起こすことが今世の宿題の一環であることを考え合わせると、赤堀容疑者の嘘に惑わされたことを捨象したとしても、碇家の離婚は起こるべくして起こったのでしょうか?』

    「二人の結婚の相性をみてみよう。少し待ちなさい」

    陰陽師は指をかすかに動かした後、結果を紙に書き記した。

    碇利恵さんからみて/利恵さんの元夫からみて   B/B

    『お互いにとってS(90点〜94点)以上の結婚が推奨(※第43話参照)とのことでしたが、お互いにとって“B”(60〜70点)ということは、今世の宿題を果たすパートナーとしては適していなかったと』

    「双方にとって適しているとは言えない相性にも関わらず、二人が結婚にまで至ったのは、彼女の恋愛運の点数と血脈の霊障の合わせ技と思われる」

    『と言うことは、“数奇な人生”を辿りやすい130回代の今世の碇利恵さんにとって、元夫と添い遂げることよりも、今回の事件に関わることの方が、優先されてしまったという事象も納得できます』

    そう言い、何度もうなずく青年に対し、陰陽師が言葉をかける。

    「そなたの見解に一つ付言しておくと、属性表には特に記載してはおらぬが、利恵さんの場合、同じ30回代の中でも、今世が33回目にあたることから、数奇な人生を歩む確率がさらに高かったという見方もできるわけじゃ」

    『なるほど。下一桁の数字によって、宿題の傾向が変化することもあるわけですね』

    新情報を知って興奮気味になった青年を片手で制し、陰陽師は説明を続ける。

    「何度も同じ話をするが、“この世”が魂磨きの修行の場である以上、虐待を受けると知りながら、利恵さんの三男として翔士郎くんが生まれてきたことは、この世の道理なのじゃよ

    陰陽師の言葉を聞き、青年はしばらく黙考していたが、やがて口を開く。

    『つまり、幼いうちに父親と離別し、今度は母親とも引き離されることも承知の上で、この世の宿題を果たすにあたり最適な環境を与えてくれる利恵さんを母親として選び、長男と次男が生まれてきたことも、同じ道理なのでしょうか?』

    青年の問いに対し、黙ってうなずく陰陽師を見やり、青年は言葉を続ける。

    『なるほど、それを聞いて安心しました。世間の常識からすれば、実の子を餓死させることは言語道断な行いなのでしょうが、“不可思議の世界”の基準でみれば、利恵さんは彼らにとって最適な母親だと考えられなくもないのですね』

    “子供は親を選べない”のではなく、“親を選ぶのは子供の方”という“不可思議”の世界の理屈からすれば、今回のような理不尽な出来事にもそれなりの意味があるということになるのじゃろうな」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自分の家族のことを振り返っていた。

    家庭における母親の役割はとても大きい。霊障がかかっていた過去の自分は、よく母親に対して悪態を吐いたり悲しませるようなこともしていた。
    無用な重しが解消された今となっては、自分は母親を選んで産まれてきたことに納得でき、母親は母親なりに自分を育てるために最善を尽くしていたように感じられるようになった。
    親子は互いの今世の宿題を果たすために必要不可欠な存在であり、無用な重しによって疎遠になっている親子が向き合えるよう、今世の宿題の話や先祖霊の奉納救霊祀りのことを伝えていこう。

    そう青年は決意するのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第43話:秋篠宮眞子内親王とご結婚

    新千夜一夜物語 第43話:秋篠宮眞子内親王とご結婚

    青年は思議していた。

    秋篠宮眞子内親王の結婚が物議を醸している件についてである。皇族の結婚は慶事であるはずが、国民から批判の声が多く上がっているように、青年には感じられた。
    その理由は、婚約者である小室圭さんの母親である、小室佳代さんが元婚約者との金銭トラブルを起こしていることと、そもそもそのような問題を起こす性格の人物の息子であることが原因のようだ。
    天皇家と縁を持つ親族に、金銭トラブルを抱える/そもそも起こす人物がいることに対し、国民は不安に感じることだろう。

    皇族に関して一個人として意見を述べるつもりは一切ないが、なぜここまで問題になっているのだろうか。
    小室佳代さんにかかっている、何らかの霊障が関係しているのだろうか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。今日は小室佳代さんのことで教えていただきたいことがあり、お邪魔しました』

    「以前から色々と話題にあがっている件じゃな。して、具体的にどのようなことを知りたいのかな?」

    青年は、小室佳代さんの金銭スキャンダルや、彼女の夫と、その家族たちの身に起きたことを、簡潔に説明した。

    『今回の騒動は、婚約している当事者ではなく、小室圭さんの母親である、小室佳代さんと彼女の元婚約者である竹田さん(仮名)との、過去の金銭のやり取りが問題となっているようです。この400万円以上もの大金について、小室家サイドでは贈与で、彼は貸与だったと主張しており、双方の認識がずれています』

    「我々庶民の結婚においても、婚約者の親族に金銭的なトラブルを抱えている人物がいるとわかったら、トラブルを解決してもらうか、それが難しいとしても、せめて納得のいく説明や対応を求めるのは、当然のことじゃからな」

    陰陽師の言葉に対し、青年は一つ頷いてから口を開く。

    『しかし、この件に関し、小室家からの明確な回答がないことから、この結婚に不安を感じている人々が多いのではないかと思います』

    「なるほど。ちなみに、今回の結婚のトラブルの発端となったお金は、どういった経緯で生じたのかの?」

    陰陽師にそう問われ、青年は再びスマートフォンを操作し、該当するサイトを読み上げる。

    『元婚約者は、婚約していた当時、小室圭さんが通っていた大学の学費として400万円を渡したようですが、その後も佳代さんからの金銭の要求が激しかったため、婚約を破棄したようです。その後、今回の結婚の話が出たことから、返金してもらおうと思い返金交渉に着手したようですが、誓約書がなかったために返金は不可能だと知り、新聞記者に情報をリークしたようです』

    「なるほど」

    そう言い、陰陽師は鑑定を始め、紙に鑑定結果を書き足していく。

    小室佳代SS

    竹田(仮)SS

    2人の属性表を眺めた青年は、小さく唸り声を挙げてから言葉を発する。

    『小室佳代さんは全体運9点で金運が9点満点中8点、元婚約者は総合運8点で金運が8点ですが、2人の今世の課題に、今回の騒動のようなお金の問題を抱えることは、本来は含まれていないのでしょうか』

    「いや、今世の課題にお金の問題が含まれないのは、総合点が9点かつ金運が9点の場合のみじゃ。8点の場合は、霊障とは関係なく“何らかの問題を抱える”ことになり、7点以下になってしまうと、“かなり大きな問題を抱える”結果となる。また、総合点が1点下がる毎に、それ以下の項目は、総合点9点の場合と比べて、さらに1点ずつ下がることになる」

    陰陽師の説明に青年は何度も頷いた後、口を開く。

    『なるほど。2人とも、お金の問題を抱えることは今世の課題に含まれているものの、今回の騒動にいたるまでの大きな問題に発展してしまったのは、“1:財運”の相による影響が大きいと』

    「その可能性が高いじゃろうな。また、金運について付言しておくと、ワシが言う金運とは、世間一般で定義されているような、収入や貯金と言った問題もなくはないが、そうではなく、入ってくるお金を自らの“宿題”に沿った使い方ができる運を持っているか否かということを意味している」

    『なるほど。小室佳代さんは、庶民からみれば贅沢な暮らしをしているように感じられますが、彼女のお金の使い方そのものが、1の相の影響によって、今世の課題に沿っていない可能性があると』

    「いつも諭しておるように、そのような一面的な考え方をしていかん。1の相はそんな単純な話ではない」

    『とおっしゃいますと』

    「たとえば、じゃ。融資を受けようとした際に、通常なら融資を受ける条件が整っているのに融資を受けられず、自分が望む・理想とする“お金の入り方”がその希望通りにならないといったように、具体例を得げればキリはないが、いずれにしても、本来であれば起こりえないことが起こるのが、霊障の特徴なわけじゃ」

    『なるほど』

    陰陽師の説明に戸惑いながらも、青年は言葉を続ける。

    『いずれにしても、霊障である限り、お金の入り口と出口の両方で、通常では考えられない邪魔が入るということなのですね』

    「さらに注意が必要なのは、たとえば、魂4と魂1〜3とでは、同じ修行をするにしても、そもそも修行のレベルが異なっている。それ故、収入や支出のスケールも当然異なってくるわけで、仮に、贅沢な暮らしをしているからとって、必ずしも今世の課題に沿った使い方をしていないとは限らないという問題もある」

    『なるほど』

    未だ納得のいかない表情を浮かべている青年に、陰陽師が言葉を続ける。

    「ところで、そなたの家庭では、お金はどのように使われていたか、覚えておるか?」

    陰陽師の問いに対し、青年は顎に手を当てて黙考した後、口を開く。

    『僕の両親は共に“魂3:武士”でしたが、食費などを倹約して、四人いる子供の学費のために貯金を優先してくれました』

    青年の答えに対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「たとえば、魂4、特に4−4の家庭では、教育や教養に類する支出が少なく、食費にかけるエンゲル係数の比率が一般的に高い傾向がある。つまり、同じ収入であっても、それを何に使うのかによって、金運の“質”が変わってくるわけじゃ」

    『なるほど』

    真剣な表情で頷く青年を見やり、陰陽師は次の質問を投げかけた。

    「さて、今度は、彼女の亡くなった夫の家族に起きた出来事について教えてもらおうかの」

    陰陽師に問われた青年は、手早くスマートフォンを操作し、やがて口を開く。

    『彼女の夫は焼身自殺し、その一週間後に義父が首吊り自殺をし、それからおよそ一年後、義母も自殺しているようです』

    「なるほど」

    あいづちを打つ陰陽師に対し、青年は言葉を続ける。

    『夫が亡くなった後、佳代さんは、70代の彫金師の男性と5年ほど交際していたようですが、彼も不審死したようです。このように、彼女と深く関わる人物が命を落としていることから、何らかの霊障が関係しているのではないかと思ったわけです』

    「合計4名もの人物が亡くなっているとすれば、何らかの霊障が関係している可能性は高いかもしれんな。どれ、さっそく鑑定してみよう」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    小室敏勝SS

    小室善吉SS

    小室敏勝の母SS

    彫刻家ASS

    他界した人物たちの属性表を眺めた青年は、深いため息を吐いてから、口を開く。

    『亡くなった方々全員に、先祖霊の霊障に“5:事故/事件・被害者・死亡”の相がかかっているので、亡くなってしまったことに納得ですが、地縛霊化している方はいるのでしょうか?』

    「確認しよう。少し待ちなさい」

    固唾を飲んで結果を待つ青年。
    少しした後、陰陽師は口を開く。

    「いや。全員、無事にあの世に戻っているようじゃな」

    安堵の息を漏らす青年を横目に、陰陽師は言葉を続ける。

    「元婚約者も含め、佳代さんと関わった人物全員が、人運と恋愛運が共に“7以下”であることから推察するに、上記の人々は彼女と関わって苦労することも同時に今世の宿題としていたようじゃな」

    『なるほど』

    苦々しい表情でそう言う青年に対し、陰陽師は微笑みながら続ける。

    「亡くなった人物たちを中心に考えると、“女性問題、特に夫婦関係、親族関係”で苦労するという宿題を抱えて転生してきたとすれば、それらの問題で苦労するのは決して悪いことではなく、むしろ自らの宿題を果たすにあたり、相応しい人間関係と環境を選んだと考えられるわけじゃ」

    『ただ、“薬も過ぎれば毒となる”ではありませんが、“5:事故/事件・被害者・死亡”の相があったために、彼女と関わった人物が命を落とし、“1:財運”の相があったために、元婚約者は400万円以上もの大金を失うほどの問題に発展してしまったと』

    「うむ。宿題による重石と霊障による“余分な重石”とは、分けて考える必要はあるものの、大筋としてはそうなる。自殺というと世間の人間はネガティヴに捉えるじゃろうし、実際、胸の痛む出来事ではあるが、“あの世”の視点でみれば、佳代さんと関わって命を落とした人物は、立派に今世の宿題を果たして帰還してきた魂ということになる』

    陰陽師はそう言い、何度も頷いている青年を横目に、湯呑みに注がれた茶をゆっくり飲み始める。
    しばらく無言で腕を組んでいた青年が、次の疑問を口にする。

    『それにしても、佳代さんと深く関わる人物は、なぜあんなに高額なお金を彼女に渡してしまったのでしょうか』

    青年の問いを聞いた陰陽師は、鑑定を行い、口を開く。

    「今も話したように、基本的には今世の宿題が大きな要因ではあるが、“余分な重石”の部分である霊障の影響としては、“14:人的トラブル”と“17:憑依”の相じゃな」

    『彼女は“魂3:武士”であるのに、めずらしく17の相が“天啓”ではなく“憑依”なのですね』

    やや目を見開きながら言う青年に対し、一つ頷いてから、陰陽師は言葉を続ける。

    「“17:憑依”の相には、本人に眷属(※第35話参照)や動物霊が憑依した結果、遠慮や躊躇がなくなったり、妙なパワーを得て人に対する圧力や過激な言動が増し、本来の実力以上の“感化”を他人に与える力がある」

    『なるほど』

    「そして、人運と(特に男性の)恋愛運の低さに加え、佳代さんとのパワーバランスとでもいうような、個別の相性を考慮する限り、彼女の提案を断れない関係だったと言うことができるじゃろうし、今世の宿題を含め、様々な霊障との合わせ技によってお金を渡してしまったと考えるべきなのじゃろうな」

    陰陽師の説明に青年は首肯した後、しばらくしてから口を開く。

    『現状、秋篠宮眞子内親王と小室圭さんの結婚がどのような結末になるかはわかりませんが、仮に成婚した場合、秋篠宮眞子内親王だけでなく、秋篠宮家にも何らかの問題を持ち込むことが懸念されますが、どうなのでしょうか』

    「どれ、鑑定してみよう」

    そう言い、陰陽師は鑑定結果を紙に書き足していく。

    秋篠宮眞子内親王SS

    小室圭SS

    『秋篠宮眞子内親王は、人運と恋愛運が7以下と低いことから、今世は人間関係や異性問題で苦労することが今世の宿題のようですが、小室家の問題で苦労することも、その中に含まれているのでしょうね』

    青年の問いに対し、陰陽師は無言で鑑定を始め、やがて口を開く。

    「いや。あらためて、そのあたりをみるに、どうもそうではないようじゃな」

    『とおっしゃいますと』

    「つまり、宿題という観点からみる限り、今世の秋篠宮眞子内親王の宿題に、小室家と婚姻関係を結び、それによって苦労するという宿題は存在しない。ゆえに、今回の結婚が成立してしまい、その後トラブルに巻き込まれるとすれば、それは霊障のなせる技ということになる」

    『なるほど。霊障によって、ここまでの騒動になるとは。ほんと、霊障の影響は恐ろしいですね』

    そう言い、青年は腕を組んで黙考した後、やがて陰陽師に問うた。

    『ちなみに、お二人の恋愛と結婚の相性はいかがでしょうか?』

    青年の問いに、陰陽師は無言で鑑定を始め、紙に結果を書き足していく。

    秋篠宮眞子内親王からみて/小室圭からみて
    恋愛  D/F
    結婚  F/F

    アルファベットを見、青年は小さくため息を吐いてから言葉を発する。

    『S+が最高点であるのに対し、Fは0点、Dは1〜10点ですので、恋人関係であろうと婚姻関係であろうと、相性から判断しただけでも、お互いにとって魂磨きの修行にはならないわけですね』

    「もちろん、それはそうじゃが、ワシが言う恋愛や結婚の相性とは、単に社会的地位の向上や収入の安定、夫婦円満といった現世利益だけではなく、お互いにとっての魂磨きの修行が進むかどうかといった、霊的な問題も含んでいることをよく心に留めておくようにの」

    『なるほど。我々は魂磨きをするために、修行の場である“この世”に転生してきているわけですから、趣味や感性や考え方が合うからといった、思議の基準ではなく、今世の課題を達成するのに適しているかどうかという基準でパートナーを選ぶべきなのですね』

    「その通りじゃ。話を戻すが、秋篠宮眞子内親王には今世“結婚で苦労する”という相がないので、できることであれば、霊障によって引き起こされている、この結婚が破談になることを祈念するばかりじゃ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は小室佳代さんにまつわる出来事を読み返していた。
    結婚によって、本人の意図とは無関係に、本人の親族はもちろん、パートナーやその親族にも影響を与えてしまうことがあるし、一度婚姻関係を結んだ場合、離婚したとしても、霊的な繋がりは切れないことが多いことも理解できた。
    恋愛で盛り上がっているカップルや既婚者たちには辛い話だろうが、結婚後のことも踏まえた大局的見地から、相性鑑定の重要さを説明していこう。
    そう青年は決意したのだった。

     

     

  • 新千夜一夜物語 第42話:マスク拒否おじさんと魂の属性

    新千夜一夜物語 第42話:マスク拒否おじさんと魂の属性

    青年は思議していた。

    2020年9月、飛行機内で客室乗務員からマスクを着用するように指示を受けていたにも関わらず、頑なに拒否して航空機を臨時着陸させた男性についてである。

    ネットの情報から判断するに、彼は健康上など、なんらかの理由でマスクを着用できないようではなかった。彼のように、周囲の状況を顧みずに迷惑行動を取る人物は、いったいどのような魂の属性で、先祖霊の霊障にどのような相がかかっているのだろうか。

    一人で考えても埒が開かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日はマスクの着用を巡って事件を起こした人物について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「ふむ、いつもと毛色が異なる事件のようじゃが、具体的にどういったことを知りたいのかの?」

    青年は、マスクを拒否した男性が起こした事件の経緯と概要を、順を追って陰陽師に説明した。

    『順序としては、マスクを着用しなかった彼に対し、隣席の客が“気持ち悪い”と苦言を訴えたのが事の発端だったようです。コロナ禍である現状、飛行機内での密な空間の中、少し動けば袖が触れる距離にいる人物がマスクをしていなければ、なんらかの拒否反応を示すのは止むを得ないと思うのですが』

    「たしかに」

    小さく頷く陰陽師を横目で見ながら、青年は言葉を続ける。

    『その後、彼は客室乗務員に他の乗客が不適切な発言をしたとして謝罪させるように言い、その際に大声で詰め寄ったようです。眠っていた他の男性が目を覚ますほどの声量だったようですが、加害者は声量の感じ方は人それぞれであり、自分は紳士的な対応をしていたと主張しています』

    「ふむ、一般常識で考えると、必ずしも紳士的な対応とは言い難いがの」

    微笑みながらそう答える陰陽師に、ひとつ首肯してから青年は説明を続ける。

    『さらに、加害者は客室乗務員からのマスク着用のお願いを再三断り、今度は書面を出せと言っておきながら、機長指示で提出された書類を丸めて投げ捨て、それを客室乗務員が加害者の胸ポケットに入れようとしたところ、客室乗務員の腕をねじり上げて全治2週間の怪我を負わせました

    「なるほど。話を聞く限り、かなり気性が荒そうな人物のようじゃな」

    『彼の蛮行はそれだけにとどまらず、2020年11月にも、彼は某ホテルの食事会場で、ホテル側からのマスクと手袋の着用などの呼びかけを無視して入場し、その後、ホテルの支配人から端の席に移動するようにとの要請なども無視しました。さらに、板前も加わっての押し問答にまで発展し、現場が混乱して収拾がつかなくなったため、最終的にホテル側が110番通報しました』

    「なるほど」

    『さらに、翌朝も同ホテルの食事会場に現れ、ホテルの従業員の制止を無視してマスク未着用のまま強引に入場しようとし、再び警察沙汰になりました』

    「そのような人物であれば、他にも問題を起こしてそうじゃが、どうかな?」

    『2020年夏頃、皇居の東御苑を訪れた際も、マスク着用を拒否して入場したようです。ただ、皇居の警備員が同行するという条件付きで、マスク未着用のまま入館許可を得ていますが、これも問題行動ではないかと』

    「たしかに」

    青年の言葉に一つうなずいた後で、陰陽師が青年に問いかける。

    「しかし、そこまでして、なぜ、その人物はマスクの着用を拒否したのか、何か情報はないのかの?」

    『本人としては、小さい頃から喘息を患っていたと述べていますが、ネットで調べる限り、喘息患者はマスクをしない方がいいというわけでもないようですので、健康上の理由は建前のように感じます』

    「ふむ。健康上の理由ではないとすると、彼なりに何らかの意図や主張があったのかな?」

    『彼自身の主張としては、コロナ禍でマスクの着用の義務化が進む中、マスクをしない少数者が不利益を受けていると考えていたようで、マスクをしない自己決定を認めよう、とのことのようです』

    そう言い、青年は加害者の一つの主張を読み上げる。

    社会の中でも“妥協しない自由”も認めることが、同調圧力の少ない“楽しい”社会を作ります

    『感染すると死の恐れがあるコロナウイルスに対し、科学的にマスクの有効性が証明されていることを考慮すると、マスクをする方が良いと思いますが』

    「たしかにの。して、最終的に彼はどのような罪状で逮捕されたのかな?」

    『この騒動により、関西国際空港に向かう便が新潟空港に臨時着陸し、2時間ほど遅延しました。罪状としては、威力業務妨害、傷害、航空法違反などとなります。ちなみにですが、逮捕されて捜査車両に乗せられる時は、“不当な警察権力の介入が行われたことは遺憾に思っています”と叫んでいたようです。勾留中もマスクをすることはなく、捜査員も着用させることを諦めたそうです』

    「で、マスク着用の拒否に始まり、犯罪に発展するまでの行動を取った、彼の経歴は?」

    陰陽師の問いに対し、青年はスマートフォンの画面を見ながら口を開く。

    『名前は奥野淳也、34歳。彼は大阪のかなり裕福な地主の息子のようで、東京大学法学部出身で比較政治学を専攻。大学院に進むも博士課程では論文審査に合格できずに満期退学したようです。そして卒業後、明治学院大学非常勤職員(特別ティーチングアシスト)として論文の書き方の指導していたようですが、このアルバイトは時給2,000円で月収11万円程度だったようで、その収入を元に茨城県の家賃4万円代の団地に住んでいたようです』

    「我が国の最高峰とも言える東京大学を卒業し、博士過程にまで進むほどの学歴の持ち主のようじゃが、それだけの学歴を持ちながら、もっと経済的に豊かな職に就けなかったのかが気になるところじゃな」

    『おっしゃる通りです。高学歴であれば、就活でそれなりのアドバンテージがあったと思いますが』

    「そうじゃな。して、そなたの見立てでは、彼はどのような魂の属性だと考える?」

    『彼の言動は自己中心的に取れるため、頭が2の人物だと思います。そして、博士課程まで進んでいることから、“魂3:武士”で、仕事や経済面から判断するに、霊障に“2:仕事”の相がかかっているのではないかと』

    「なるほど。では、さっそく鑑定してみるとするかの」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    奥野淳也SS

    鑑定結果を眺めた青年は、小さく驚きの声を挙げる。

    『なんと、2−4ですらなく、4−4(転生回数期が第四期の魂4)でしたか。確認ですが、この世に転生してきたばかりの第四期の魂4は、魂1〜3同様、人生経験が少なく、魂が未熟であることから、喜怒哀楽の論理構成がきわめて単純であり、いわゆる哲学的/形而上学的な思考回路が未熟である傾向が強く、それ故、物事の判断が極めて即物/短絡的という傾向がどうしても強くなるということでしたよね』

    「基本的にそなたが指摘した通りじゃ。歴史を例にとるとすれば、室町時代中期以降の一向一揆や江戸時代の百姓一揆などが典型的な4―4の行動となるが、現代においても、沖縄の米軍基地や裁判所の前でピケ(争議中の労働者などがストライキ破りを防ぐために見張ること。またはその人)を張っている人々の大多数が、あるいはまた、それに対峙する機動隊や警察の最前線にいる人員もそれに該当することは、先日説明した通りじゃ」

    陰陽師の説明を聞き、青年は一つ頷いた後、顎に手を当てながら口を開く。

    『なるほど。仮に4−4であっても、学業が90点(S)であれば東京大学に合格し、大学院にまで進めるのですね。まさに、転生回数が大山である70回代が為せる業なのですね』

    「以前に説明したように(※第39話参照)、魂4の中でも学業が突出するのは、転生回数期が第三期後半からとなるが、彼のように例外的に学業が異常に高い人物も、中にはいるというわけじゃな」

    『なるほど。ところで、彼にかかっている“5:一般・事件・加害者・怪我”の相と、航空機内の騒動で客室乗務員に軽傷を負わせたことになんらかの相関関係があるのでしょうか』

    「そなたの話を聞く限り、彼は航空機だけでなく、他の場所でも警察沙汰を起こしていることから、その可能性は高いと思う。さらに言えば、人運が3という低い値であること、霊脈と血脈と天命運の全てに“14:人的トラブル”の相が出ていること、そしてこの霊障5が合わさることによって、今回のような逮捕に至るまでの事件を引き起こした可能性は、たしかに、高いと思われる」

    『なるほど』

    陰陽師の説明に一つ頷いた後で、青年が口を開く。

    『つまり、そのあたりをもう一度整理すると、総合運が満点である9点で、霊障がない(神事をし、パフォーマンスが100%の状態)場合、各項目が8点以上であれば、今世、重大な苦労をする心配はない反面、7点以下の項目がある場合、それなりの苦労を覚悟する必要があるわけですね。さらに言えば、7点以下の項目で苦労することが今世の課題だと』

    「端的に言うと、そういうことじゃ」

    『彼の大学の同級生によると、“とにかく理屈っぽくて浮いた存在でした。“変人”って感じで。友達はほとんどいなかったのではないでしょうか“といった印象だったそうですが、この点も踏まえると、彼が人間関係でトラブルを起こしやすいことも納得です』

    そう言いながら小さく頷く青年に、陰陽師が問いかけた。

    「ちなみに、彼の家族はこの事件に関して、何かコメントをしておるのかの?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、父親に関する情報を伝えた。

    『彼の父親は、彼が逮捕されたことに対し、“裏で大きな力が働いているのでは”とコメントしたり、ネット番組で息子と共演していることから、同じ魂4ではないかと思います』

    「なるほど。せっかくだから、彼の両親も鑑定してみるとしよう」

    そう言い、陰陽師は紙に両親の鑑定結果を書き足していく。

    奥野淳也の父SS

    奥野淳也の母SS

    二人の属性表を見た青年は、頷いてから口を開く。

    『やはり、4−4でしたか。欄外の枝番の数字の多くが“3”で“性善説”論的な気質を持つことから、根は悪い人ではないようですが、一部に5があるあたりが、今回のような騒動を起こした息子を擁護する要因なのでしょうね』

    「それと、各所に14があること、また、総合運の中の人運が7であることも、そのあたりの言動に影響しておるのかもしれんな」

    『たしかに。本来であれば、偏狭ではあるものの正義感が強く、大衆の意見に感化されやすい魂4である人物がこのような言動をするというのは、正に、“人間は多面体”を地で行っていると言えるのでしょうね』

    「さらに言えば、 “魂4(逆)色眼鏡”によって結ばれた、魂の組み違い夫婦であることを考えると、父子の間では話が通じていたのかもしれぬが、頭が1で、しかも“魂3:武士”である母親からすると、二人と価値観が合わず、色々と苦労している可能性も否定できぬの」

    『僕もそう思います。参加意識の高い魂4の父親がメディアの前でコメントしたことはある意味当然として、母親からコメントが一切ないのは、あるいは、そのような事情があるのかもしれませんね』

    そのような青年の言葉に大きく頷いた後で、陰陽師が口を開く。

    「ところで、彼がマスクをしない理由として、小さい頃から喘息を患っていたからとあったようじゃが、そのことに関するコメントはあるかの?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、該当する項目を読み上げる。

    『父親曰く、過去に一緒に生活していた時は、マスクをつけられないような症状はなかったとのことです。それだけではなく、彼は事件の後にマスクをして街中を歩いている姿を目撃されているようです』

    「つまり、彼がマスクをしないのは健康上の理由ではなく、個人的なこだわりである可能性が高いというわけじゃな」

    『どうやらそのようですね。彼は“法律上の規制がない以上、マスクを強制することはできない”という持論を展開していますが、マスクを巡る騒動の結果、今回のような事件を引き起こしたことには、首を傾げざるを得ません』

    「広義の意味で、マスクを着用しないことは法律上の規制にはならないという理屈を盾に持論を主張した結果、航空法や宿泊約款といった、民法に違反して逮捕されてしまったことは、たしかに、4−4らしい反応と言えるかもしれんのお」

    陰陽師の説明に対し、青年は頷いてから話題を変えた。

    『ところで、話が変わりますが、もう一人、マスクを巡る騒動で逮捕された男性がいます。49歳という年齢で今年(2021年)の大学共通テストを受けた人物なのですが、彼は、監督者に何度も注意されたにも関わらず、マスクで鼻を隠すことを最後まで拒否しました。その結果、監督者に試験会場から退場するように言われたものの、それすらも無視したため、他の受験生の方が別室に移動することになりました。試験が終わった後も、彼は試験会場のトイレに立てこもるといった問題行動を取り、最終的には、不退去容疑で現行犯逮捕されました』

    「つまり、マスクから鼻を出していたことが原因で、テストで失格になったわけじゃな?」

    『どうやら、そのようです。監督者は彼に6回も注意をし、しかも次に注意をしたら失格になることを明確に伝えたにもかかわらず、彼は注意を無視し続け、マスクの着用を改めなかったようです』

    「なるほど」

    『いずれにしましても、マスクの着用はきっかけに過ぎず、ルール違反が主な要因であることから、僕としても失格はやむを得ない措置だったと思います』

    「ちなみに、彼には健康上の理由などはなかったのかの?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを再び操作し、しばらくしてから口を開く。

    『その点に関しては明確な情報は出ていないのですが、マスクを鼻まで着用できないまでの理由があるのなら、監督者に注意された際にその旨を伝えることができたはずだと思います』

    「たしかに」

    『それだけではありません。事前に配布されていた“受験上の注意”にも、次のように書かれていました』

    マスク(予備マスク含む。)を持参し、試験場内では常にマスクを正しく着用してください。(中略)。感覚過敏等によりマスクの着用が困難な場合は、”医師の診断書“を提出して受験上の配慮申請を行い、別室での受験を申請する必要があります。

    「と言うことは、この男性も、個人的な事情でマスクを拒否していた可能性が高いわけじゃな」

    『はい。自分の主張が認められず、いらいらしていたと容疑を認めていたことから、おそらく個人的な事情だと思います』

    陰陽師は青年の言葉に頷いてみせ、失格となった男性の鑑定結果を紙に書き記していく。

    共通テスト失格男SS

    属性表を見た青年は、少し驚いた表情を見せ、口を開く。

    『彼は“魂3:武士”だったのですね。ただ、頭が2で、欄外の枝番の数字は“7”であること、そして、先祖霊の霊障に“5:一般・事件・加害者”の相があることを鑑みるに、今回のような自己中心的な騒動を起こしたことも納得です』

    人運が“3”とかなり低いことも騒動を起こした要因の一つじゃろうし、転生回数の十の位が30回代の人物の場合、メディアで取り上げられるような事件を起こす可能性がどうしても高くなるようじゃな」

    陰陽師の言葉に首肯した後、青年はしばらく黙考してから口を開く。

    『また確認になりますが、この世で犯罪を犯したり迷惑行動を取る人物も、結局は、“永遠の世”の要請で生まれた魂であることには変わりがないわけですから、400回に及ぶ魂磨きの修行を終えれば、この世で真っ当な人生を歩んでいる人々の魂と同様に、“永遠の世”で何らかの職責を担うわけですよね』

    「その通りじゃ」

    青年の質問に大きく頷く陰陽師の様子を確認し、青年は言葉を続ける。

    『と言うことは、たとえこのような事件を起こしたとしても、彼らは彼らで今世の課題をこなしていることになるわけですから、それを以て彼らを安易に批判することは、あまり意味がないということになりますね』

    「その通りじゃ。いつも言うように、“罪を憎んで人を憎まず”ではないが、騒動を起こす人物を目の敵にしたり、悪意を向けるのではなく、それらの事件から気づき、学んだことを自分の糧として活かすことが肝要であると同時に、“この世は修行の場”という言葉の意味を常に噛み締めることが重要じゃとワシは思う」

    『つまり、この世が“地上天国”ではない以上、たとえ自分の身に不幸な出来事が起きたとしても、それは今世の宿題であったと考えるべきなのですね』

    「もちろん、誰もが戦争や凶悪犯罪に巻き込まれたくないと願うわけじゃが、霊障がない状態でそのような厄災に巻き込まれた場合には、それも今世の宿題と思うくらいの覚悟が必要だとワシは思う」

    『そして、それこそが“不動心”だと』

    「まあ、そう言うことじゃ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    SNSやウェブ上だけでなく、現実でも偏狭な正義感を振りかざして迷惑行動を起こす人物がいる。特にコロナ発生以来“**警察”と呼ばれる、過度な自警団的行為が多数報告されている。しかし、そんな彼らの行動にも、彼らなりの宿題が大きく絡んでいるのだ。
    とは言え、そこに霊障が絡むと、事態が思わぬ方向に進んでしまう可能性が出てくる。そのような意味で、これからも、霊障によって魂磨きの修行が阻害される人物が一人でも少なくなるよう、ご神事の提案だけは続ける必要があるはずだ。
    そう青年は思議したのだった。