カテゴリー: 今日の1分話

  • “自分らしさ”という名の“反抗期”

    “自分らしさ”という名の“反抗期”

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    「自分らしく生きる」

    そんな声をよく聞きます。
    でも実のところ、「自分らしさ」なんて、そもそも幻想なのかもしれません。

    私たちは、日々他者からの情報に触れて生きています。
    SNS、本、テレビ、誰かの発言…。
    それらに影響されない「完全に自分だけのオリジナル」なんて、ほとんど存在しない。

    これこそが“自分らしさだ”という気持ちさえも、実はどこかで見聞きした何かのアレンジにすぎないのです。
    そこに気づけないと、自分に自信が持てないまま、ずっと「これじゃない」と感じ続けてしまう。

    反発だけで生きるのは、思春期なら通用します。
    でも、大人になってからの「反抗期」は、時に現実逃避に変わってしまう。
    「自分らしく生きたい」と願うあまり、何の成果も出せないまま、高額なセミナーや情報商材に手を出してしまうこともある。
    それは、自分の限界に目を向けずに、まだ何か賭けられる“可能性”があると信じたくなる、心のギャンブルなのかもしれません。

    けれど、本当の「自分らしさ」とは――
    社会との折り合いを、自分なりに見つけていくこと。
    無理をして合わせる必要はありません。
    ただ、今の自分と今の環境が噛み合っていないと感じるなら、変えるべきは「自分」か「場所」か。そのどちらかです。

    自分に合った場所を探すこと、動いてみること。
    それは立派な選択であり、現実と向き合うという勇気ある行動です。

    他人や環境が勝手に変わってくれるのを待つのは、子どもの発想です。
    大人である私たちは、「自分と社会の距離感」を自分で調整していく責任がある。
    社会に頼りすぎず、でも切り離されすぎず。
    それは、野性に戻らず、ちゃんと人間として生きていくためのバランス。

    「自分らしく生きる」とは、
    自分の居場所を、自分の足で見つけにいくことなのかもしれません。

    そうは言っても、自分なりに最善を尽くしてきたのに空回りしている。

    悪縁ばかりで状況が改善しているように感じられない。

    そんなあなたは、霊障によって仕事運や人運が塞がれているかもしれません。

    一刻も早く霊障を解消し、あなたが進むべき人生の方向性へと向かいましょう。

    お問合せは《こちら》から

  • ふわっち刺殺と戦国時代2.0

    ふわっち刺殺と戦国時代2.0

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    令和は、世の中の流れが戦国時代に逆戻り。

    ただし、文明は発展したままですので、戦国時代2.0としましょう。

    令和に入ってからの日本はどうでしょう。

    なぜか罪に問われなかったり、無罪放免になる人間がいます。

    その一方、泣き寝入りしている人は少なくないことでしょう。

    つまり、国の法としての機能が適切に機能していない。

    そんな感じがしています。

    では、国の法が機能しなくなったら、どうなるのでしょう。

    戦国時代は各地域で武将が統治を行い、全国統一がされていませんでした。

    ですから、その地域の法律は、法律というより地域の権力者が決めていました。

    さて、戦国時代(中世)における裁判の一つに、決闘裁判というものがありました。

    原告と被告の両当事者が決闘を行い、勝者が正義と認められていたそうです。

    さて、先日、YouTuberが刺殺された事件について取り上げてみましょう。

    女性YouTuberはじゅうぶんな収入を得ていたはずなのに、少なくない金額のお金を男性に返さなかった結果、ライブを配信していた最中に、男性に刺殺された。

    このような概要だったと思います。

    この事件のポイントの一つは、お金を貸した男性が地方裁判所で勝訴していたため、女性は法的に返金しなければならない状態であったということです。

    にも関わらず、法的決定を無視していました。

    つまり、法律って効力あるの?

    という話です。

    司法で解決しないなら、法律外の方法で解決するしかない。

    加害者がそのように考えたのも、仕方なかったのかもしれません。

    その結果が刺殺。

    つまり、決闘裁判みたいなものだと感じました。

    今後、世の中がさらに戦国時代2.0化していくにつれ、日本の法律が日本人を救済してくれない時期がやってくるかもしれません。

    そんな時代が明日、急にやってくるとしたらどうしますか?

    無防備に、なす術もなく侵略されて命や尊厳を奪われるかもしれません。

    ですが、戦国時代(中世)の世の中は見えない世界の影響力がずっと強い時代でもありました。

    例えば、今回の事件の加害者と被害者に4:事故/事件の霊障がかかっていて、そのマッチングによって起きてしまった可能性が考えられます。

    あるいは、霊障という話では済まず、今回の事件が、令和は中世/戦国時代に戻っていることを人々に示すための重大な出来事であったかもしれません。

    そして、加害者と被害者は共に、この出来事を演じることが今世の宿題に含まれていた

    そのように考えることもできます。

    善悪を極めるのは法律であり、同時に、人それぞれ善悪の基準が異なると思います。

    ですから、他人の揚げ足どりをするように、他人に対して善悪を判断するのではなく、私たちの身の回りで起こる日々の出来事から何を学び、人生の糧にしていくか。

    これこそが、私たちの魂が望む生き方であり、魂磨きの修行になるのでしょう。

    最後に朗報ですが、中世/戦国時代、令和(戦国時代2.0)は見えない世界の影響が大きいことを先ほど述べました。

    いいかえれば、私たちの魂が望む生き方をしやすい時代に戻っています。

    この大波に乗って、今世の宿題を果たす人生にシフトしたいあなたは、ご相談ください。

    お問合せは《こちら》から

  • スマホの充電はするのに、自分の充電は後回し?

    スマホの充電はするのに、自分の充電は後回し?

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    あなたはスマホの充電が切れたら、まず何をしますか?
    きっと迷わず充電しますよね。

    人によっては、100%まで充電しないと落ち着かない人もいれば、「とりあえず20%あれば使えるからOK」という人もいるでしょう。
    では、あなたの心と体の充電が切れたらどうなるでしょうか?

    ・朝、布団から起き上がれない
    ・体は動いても、頭が回らない
    ・小さなミスが増える

    こんな状態になってしまうかもしれません。

    そうならないためには、日頃からしっかりと睡眠をとり、自分自身を充電しておくことが大切です。

    「6時間睡眠で大丈夫」…本当に?

    いろいろな人の話を聞くと、「6時間寝れば十分」と考えている人が多い印象です。
    確かに、人によって必要な睡眠時間には個人差があります。

    ですが、私自身の経験では、6時間睡眠だった頃のパフォーマンスは明らかに低かったです。

    ・一度の移動で済むはずの作業を忘れてしまい、二度手間になる
    ・ちょっとしたミスが増える
    ・集中力が続かない

    こうした小さな積み重ねが、結果的に効率を大きく下げることにつながっていました。

    もしあなたも「最近、ミスが増えた」「やる気が出ない」と感じるなら、スマホでいう“省エネモード”になっている可能性があります。
    十分な睡眠をとっていないと、気づかないうちにパフォーマンスが低下しているかもしれません。

    「最適な睡眠時間」は試してみないとわからない

    では、あなたにとってベストな睡眠時間はどれくらいでしょうか?

    一つの目安として、まずは8時間睡眠を試してみることをおすすめします。
    「8時間は長すぎる」と感じる人もいるかもしれませんが、まずはやってみることが大事です。

    ポイントは、睡眠の質を上げること

    そのために、「睡眠RTA(リアルタイムアタック)」を取り入れてみましょう。

    睡眠RTA:「帰宅→即お風呂」がカギ

    仕事や家事で疲れた日は、ついダラダラとスマホを見たり、テレビをつけたりしてしまいがちです。
    ですが、それをやってしまうと寝る時間がどんどん後ろ倒しになります。

    ここでおすすめなのが、**「帰宅→即お風呂」**の習慣です。

    なぜなら、お風呂には 「心身の回復を早める効果」 があるから。
    私自身の経験でも、お風呂に入ってから家事をすると、明らかに楽に終えられると感じます。

    スマホに例えるなら、
    ・ダラダラとスマホを使いながらの充電 → 充電効率が悪い
    ・電源を切って充電 → 最速で充電できる

    この違いと同じです。

    つまり、
    「スマホを電源オフで充電するように、まずお風呂で回復する」
    これが、疲れをとる最速ルートになります。

    「夜の疲れた時間」より「朝の元気な時間」を活用しよう

    夜、疲れた状態で「もう少し頑張ろう」と思っても、効率は悪くなりがちです。
    一方で、朝スッキリ目覚めた状態なら、作業が驚くほどスムーズに進むことがあります。

    実際、朝の時間を有効活用できると、
    ✅ 午前中に重い仕事を片付ける習慣ができる
    ✅ 日中の仕事効率が上がる
    ✅ 夜にダラダラする時間が減る

    といった良い循環が生まれます。

    「いつも眠い…」その原因、見落としていませんか?

    睡眠は、食事と並ぶ三大欲求の一つです。
    「いつも眠い」と感じるなら、まずは満足できる睡眠時間を確保してみてください。

    ただし、しっかり寝ているはずなのに疲れが取れない場合は、別の原因が考えられます。
    実は、寝具に**霊的な影響(霊障)**がかかっていることで、睡眠の質が低下するケースもあります。

    ・枕元に何か嫌な気配を感じる
    ・寝ても寝ても疲れが取れない
    ・悪夢を見ることが増えた

    こうした心当たりがある場合は、一度ご相談ください。

    あなたの心と体の充電、足りていますか?
    まずは、自分にとって最適な睡眠時間を見つけることから始めてみましょう。

    お問合せは《こちら》から

  • ただの時間つぶしになっていないか?ーー『消費される文章』と『消費される人生』

    ただの時間つぶしになっていないか?ーー『消費される文章』と『消費される人生』

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    なぜ、SNSで大事なことを書いても伝わらないのか。

    主な理由は、至極シンプルです。

    発信者と読者の関係性で、読者の理解度が変わるから。

    私が芸能人や有名人だったり、あなたの推しなら、もっと理解しようと読まれているはずです(笑)

    それともう一つ、私の書き方が悪いから。

    私の思考回路は他人と同じとは限りません。

    ですから、私ならこう書いてあるのを読めば理解できると思っていても、相手には伝わらないことが当然あります。

    そして、相手に伝わらなければ、執筆する私の時間は無駄ですし、読んでくれている読者の時間も無駄です。

    私の投稿内容を理解できる読者を増やすため、試しにAIで編集したこともあります。

    しかしながら、それでも伝わっているとは言い難いです。

    なぜでしょうか?

    SNSの利用者は、消費する娯楽を求めているから。

    これは、文章に限らず、動画などの他のコンテンツも同様です。

    全く同じ内容でも、そのコンテンツから学ぼうする姿勢があるかどうか

    これも、情報の理解度に大きく関係しています。

    読解されないSNSの文章は、消費されるコンテンツに過ぎません。

    数ある時間つぶしの娯楽の中の一つでしかありません。

    ですから、広告もふくめた有象無象の他の情報と同じように消費されています。

    娯楽ですから、ラクして情報に接することができます

    言い換えれば、この文章を読んでいても、ただただ目が滑っているだけです。

    内容の9割が頭に入っていないことでしょう。

    なぜでしょうか?

    それは、消費するのはラクだからです。

    無料のコンテンツから学ぼうとすると、正直しんどいと思います。

    なぜなら、現代人の多くはとても疲れているからです。

    ですから、ラクな消費に流されてしまいます。

    有料のコンテンツなら、元を取ろうとするサンクコスト効果によって、金額に見合った学びを得ようと、情報の理解度は上がると思います。

    もちろん、ラクな道が悪いわけではありません。

    ですが、返報性の原理ではありませんが、消費しているだけで何も生産していない人間は、消費されるだけの情報のように、消費される人生を歩むことでしょう。

    生きているのか死んでいるのかもわからない。

    そんな人生を続けたいなら、この文章も消費して、惰性で過ごせばいいと思います。

    何らかの生産を行なって他人に貢献する人生にシフトしたいなら、生き方を変えてみませんか?

    あなたの生きる目的を果たすことに合致しているなら、ラクなのに生産的な人生になります

    それが本当の樂なのです。

    そうなるよう、人生の方向性を本来の状態に戻していきましょう

    お問い合せは《こちら》

  • なぜ外国人客はお店の負担になるのか?ーー追加料金の是非を考える

    なぜ外国人客はお店の負担になるのか?ーー追加料金の是非を考える

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    外国人からは通常料金より多く頂く。

    これは、人種差別になるのでしょうか?

    外国では他国の旅行客に対する金額は高めに設定されているときいたことがあります。

    もしそうなら、その国は人種差別が常識となっている国なのでしょう。

    ちなみに、他国が法律でそのように決めていることですから、その国の民ではない私がとやかく言うことは場違いです。

    日本の場合はどうでしょうか?

    例えば、私は外国人からは多めに料金を頂いてもしかたないと思っています。

    このことは、捉え方によっては人種差別になるかもしれませんが、そうではありません。

    私の場合、あくまでコストを意識しています

    そして、外国人に限らず、一部の日本人客に対しても同様です。

    ここまで具体的にしていれば、人種差別にはならないのではないか。

    そう思わなくもないです。

    さて、外国人は平均的な日本人客に比べて、お店側が被るコストが高くつきます。

    例えば、京都駅の飲食店を例に挙げてみましょう。

    外国人の多くはキャリーケースを持ち込んで入店します。

    京都駅に限らず、飲食店の多くが、店内のスペースになるべく多くの席を設置したいことでしょう。

    一人でも多くのお客さんに利用してもらう方がいいからです。

    ですから、キャリーケースを置くためのスペースを確保しているお店はそう多くないと考えられます。

    すると、キャリーケースを置く場所がありませんので、隣の席にキャリーケースを置き、他のお客が使えないようにします。

    つまり、外国人観光客一人のために二人分のスペースが必要になります。

    お昼や夕食時のピーク時にこのようなお客が増えると、単純計算すれば、お店の売り上げは半分になってしまいます。

    そうなると、お店側はキャリーケースを置く場合に、新幹線のように座席代として追加料金を請求してもおかしくありません

    余談ですが、日本人観光客と外国人観光客とでは、キャリーケースの数も大きさも異なる、ということを念の為付記しておきます。

    他にも、とある国の観光客は、ものすごく散らかし、汚して退店するそうです。

    とある老舗の飲食店で勤務している友人に訊いたところ、仮にそのお店の客が全員その国の観光客だとしたら、従業員の数を減らさないと回らないだろうとのことです。

    つまり、料理代が同じなのに、清掃などのコストのためにお店側の人件費がかかってしまいます。

    備品を壊すこともあるでしょう。

    大声で騒いで他のお客さんからクレームが入り、場合によっては常連客が来なくなるなど、副次的な被害も生じるかもしれません。

    もちろん、常連客だからといっ無理難題をふっかけたり、好き勝手にふるまってお店に不要なコストをかけていいわけではありません。

    そして、全ての外国人観光客がコストが高いわけでもありません

    ただ、統計的にそうした傾向があるため、これまでに生じた余計なコストを補う意味で、外国人観光客や一部の日本人客に対しては、追加料金があってもいいのではないか

    そう思ったのです。

    実際、外国人と日本人とで、魂の属性の傾向も異なりますし。

    というわけで、私もなるべく余計な負担やコストをかけないよう、お店側にとっても良い客であろうと思う次第です。

    それとは別に、京都にお越しの際はお声がけください😊

    お問い合せは《こちら》

  • 私はダメ人間。でも、それが強みになった。

    私はダメ人間。でも、それが強みになった。

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    私は自分をダメ人間だと思っています。
    でも、それが嫌いではありません。

    なぜなら、ダメな自分を受け入れることで、自然と向上心が生まれ、他人の失敗にも寛容になれるからです。

    他人がうまくいかないことなんて、当たり前にある。
    だから私は、「この人は本当はもっとすごい」と信じています。

    私は、人の才能や強みを見つけるのが好きです。
    出会った人の得意分野を覚えておき、それを必要とする人がいたら繋ぐ。
    私自身が役に立てなくても、誰かが助けになればそれでいい。

    私はダメ人間だからこそ、人に頼るのが上手いのです。
    でも、ただ頼るだけじゃありません。
    「まずは自分でやれるところまでやる」。
    それが、私なりのルールです。

    ダメ人間だからこそ、人と人を繋ぐ力が強くなる理由

    私は「自分一人では何もできない」と思っています。
    だからこそ、誰がどんなことに詳しいのかを常に意識し、人と人を結びつけることを自然にやるようになりました。

    たとえば、私はデザインが苦手ですが、デザイナーの友人がいます。
    「この人、いいデザイナーいないかな?」と相談されたら、すぐに友人を紹介します。
    結果的に**「あなたに頼ると、良い人を紹介してもらえる」**というポジションができ、人と人の繋がりがどんどん広がるようになりました。

    「頼る」と「丸投げ」の違い——信頼を築くための線引き

    人に頼るのはいいことですが、丸投げはよくありません。
    では、その違いは何か?

    ✔ 頼る:自分でできる限りやったうえで、具体的なポイントを伝えて助けを求める
    ✔ 丸投げ:何も考えずに、全部人に押し付ける

    たとえば、「ブログを作りたいけど、デザインがわからない」場合、
    ・ 丸投げする人:「デザインやって!」(相手の手間を考えていない)
    ・ 頼る人:「このテンプレートを使いたいけど、どうすればいい?」(相手の負担を減らす)

    こうして、相手の時間を尊重しながら頼ることで、信頼が生まれます。

    人間関係を円滑にするために、私が意識しているシンプルなルール

    人と人を繋ぐことが増えると、「紹介してもらえませんか?」と頼まれることも多くなります。
    そのとき、私は次のルールを大切にしています。

    1️⃣ 必ず、両者の了承を得てから紹介する
    2️⃣ 自分が本当に信頼できる人しか紹介しない
    3️⃣ 「この人なら助けになりそう」と思ったときだけ繋ぐ(無理に紹介しない)

    これを守るだけで、紹介した相手同士が気持ちよく繋がり、私自身の信頼も高まります。

    「自分ができること」と「誰かに任せること」を判断する基準とは?

    私は「全部自分でやるべき」とは思っていません。
    でも、**どこまで自分でやるべきか?**は明確に決めています。

    ✔ 自分でやるべきこと → 「繰り返し必要になるスキル」
    ✔ 誰かに任せるべきこと → 「専門的で、自分でやると時間がかかりすぎること」

    例えば、私はブログの執筆は自分でやりますが、ロゴのデザインはプロに任せました。
    こうして線引きを明確にすることで、時間を有効に使えるようになります。

    結果的に、人から信頼されるようになった私の考え方と行動習慣

    私は「ダメ人間」ですが、人と人を繋ぐ力を鍛えてきた結果、**「頼れる人」**として信頼されるようになりました。

    結局のところ、人は「完璧な人」ではなく、「頼りがいのある人」に魅力を感じるのかもしれません。
    完璧じゃなくてもいい。
    むしろ、ダメな部分があるからこそ、人と繋がる力を育てられる。

    あなたも、自分の「ダメな部分」を見つめてみてください。
    そこに、意外な強みが隠れているかもしれません。

    ここまで読んでくださったあなたの「強み」も、きっと誰かの役に立ちます。
    ぜひ、あなたのすごさを教えてください。
    そして、私にも協力させてください。 (さらに…)

  • 成功の影には必ず“支える人”がいるーー夫を出世に導いた私の選択

    成功の影には必ず“支える人”がいるーー夫を出世に導いた私の選択

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    「夫が社長になるなんて、夢にも思わなかった――」

    先日、お久しぶりにお話しした奥様が、そんな驚きと喜びの入り混じった声で報告してくれました。

    実は数年前、彼女はご主人に内緒で、お祓いを依頼されていたのです。

    それからというもの、ご主人の仕事は山あり谷ありではあるものの、順調に進み、ついに会社の副社長へ、そして今度は社長へと昇進されるそうです。

    ご主人は「運が良かっただけ」と言っているそうですが、果たしてそれだけでしょうか?

    私は、奥様の“見えない努力”が大きく関係していると思っています。

    なぜなら、その運を良くするきっかけを作ったのは、ほかでもない彼女の決断だったからです。

    人生を阻む“目に見えないもの”

    私たちは生まれながらにして、全体運・仕事運・金運・人運・恋愛運・健康運と、それぞれの運の数字を持っています。

    これらの数字は、その人がこの世に生まれてくる前に設定してきた、今世の宿題を果たすために適した数字になっています。

    例えば、仕事運が9(最大)でも、霊障によって仕事運が塞がれてしまうと、本来の力を発揮できず、チャンスが来ても掴めなかったり、思いがけない障害で道が閉ざされたりすることがあります。

    同様に、人運が9でも、人的トラブルの相が出てしまっていては、理由もなく人間関係がこじれたり、周りから誤解されてしまうこともあります。

    今回のご主人も、創業者のお孫さんでありながら、新入社員として一から実績を積み、ようやく社長に就任されました。

    社内には彼をよく知る人もいれば、最近入社したばかりの社員もいます。

    後者の中には「親族だから贔屓されたのでは?」と考える人もいるかもしれません。

    けれども、ご主人は決して“特別扱い”ではなく、積み重ねた努力の結果として、社長の座を手にしたのです。

    そして、その裏には、奥様の静かな支えがありました。

    妻としての葛藤と試練

    「社長夫人」と聞くと、華やかで恵まれた人生を想像するかもしれません。

    ですが、奥様の道のりは決して楽ではありませんでした。

    藁にもすがるような思いで、私にお祓いを依頼してくださったことでしょう。

    ご主人は昇進前から多忙を極め、家でも氣が抜けない日々が続きました。

    その影響で、奥様自身も精神的に不安定になり、時には「もう消えてしまいたい」と思うほど、苦しい時期を経験されていました。

    それでも、彼女はただ耐えるだけでなく、できることを模索し、行動しました。

    ダイエットにも挑戦し、1年以内に10kgの減量に成功。

    自分自身を整えることで、家庭のエネルギーをより良いものへと変えていったのです。

    未来を変える“決断”

    この世は修行の場ですから、人生は良いことと悪いことの両方が必ず起きます

    たとえ今が苦しくても、その経験が後に「必要な学びだった」と思える日がくるかもしれません。

    もし、過去の辛い経験を「感謝できる学び」に変えたいと思うなら、まずは運を整えることから始めてみませんか?

    そして、人生の目的を、今世の宿題を果たすことにフォーカスしましょう。

    あなたの決断が、未来をより良いものへと導くかもしれません。

    お問い合せは《こちら》

  • 介護をする理由、される理由ーー魂の学びとしての介護業界

    介護をする理由、される理由ーー魂の学びとしての介護業界

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    高齢化が進む中で、介護の必要性はますます高まっています。

    しかし、介護業界で働く人の待遇を聞くと、「本当にこの仕事は社会に必要とされているのだろうか?」と疑問を感じることがあります。

    介護業界は姥捨山2.0か

    介護業界は、ある意味で現代の姥捨山のような側面を持っているのかもしれません。

    昔の姥捨山では、食料不足や社会の生存のためという理由で、高齢者が社会から切り離されました。

    その背景には、厳しい生存競争があったのでしょう。

    では、今の時代はどうでしょうか?

    私たちは食料に困っているわけではありませんが、多くの人が経済的な問題に直面しています。

    日本の平均年収は平成から令和にかけてわずかに増加しましたが、物価や税負担も上昇し、実質的には生活が苦しくなっていると感じる人が多いのではないでしょうか。

    特に介護業界では、社会保障費の約6割が高齢者関連の支出に使われているにもかかわらず、介護職の給料は低く、人手不足が深刻です。

    若い世代の貴重な時間や労働力が介護に割かれる一方で、経済成長の足かせになっているという指摘もあります。

    「若者が搾取されているのではないか?」
    「このままで社会は持続可能なのか?」

    そんなことを思うことがあります。

    それでも介護がなければ社会は成り立たない

    一方で、もし介護がなければどうなるでしょうか?

    高齢者が適切なケアを受けられず、その負担がすべて家族にのしかかる

    そうなれば、介護に時間を取られる家族の生産性が下がり、社会全体が疲弊していく——そんな未来が容易に想像できます。

    介護の仕事は、単なる負担ではなく、人の生活の質を守る大切な役割を担っています。

    しかし、現状のままでは、介護業界に従事する人々の負担が大きすぎます。

    だからこそ、私たちは 「いかに持続可能な介護を実現するか?」 を真剣に考えなければならないのです。

    介護業界もまた、今世の宿題を果たすための舞台

    介護を受ける人には、弱者として助けを受けるという学びがあり、介護を提供する側には弱者を支えるという学びがあります。

    両者がそろって初めて、お互いの今世の宿題が果たされる。

    その可能性も考えられます。

    そういった意味では、介護業界は今世の宿題を果たすための場なのかもしれません。

    ただし、だからといって 今現在の介護職の就いているすべての人が、このまま介護職に続けるべきというわけではありません。

    中には、霊障によって、例えば仕事運が塞がれているために、介護職に就いてしまっている人もいるでしょう。

    そのような人は、無理に介護を続けるのではなく、霊障を解消して人生の方向性を本来の状態に戻し、天職を見つけたほうが、より自分らしく生きられるはずです。

    お問い合せは《こちら》

  • 他人の価値観に魂を売るな!ーーあなたにとっての“善”とは?

    他人の価値観に魂を売るな!ーーあなたにとっての“善”とは?

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    ニュースやSNSで、犯罪者や不祥事を起こした人に対して激しい批判が飛び交うのを見たことはありませんか?

    「こいつは最低だ!」「こんなやつは社会にいらない!」

    そんな声があふれ、多くの人が“悪”を断罪しています。

    でも、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。

    なぜ私たちは、ある行為を“悪”と決めつけるのでしょうか?

    その基準を、本当に自分で考えたことはありますか?

    善悪の基準は、どこで決まるのか?

    ほとんどの人が「法律や社会のルールに反しているから」と答えるでしょう。

    確かに、現代の日本で生きる以上、法律を守ることは大切です。

    しかし、そのルールは絶対的なものではなく、時代や国によって変わることを忘れてはいけません。

    例えば、戦国時代や戦時中には、多くの敵を倒すことが「善」でした。

    義賊が悪代官の金を盗んで貧しい人々に分け与える行為は、法律的には「犯罪」でも、多くの人にとっては「正義」だったかもしれません。

    このように、善と悪の境界線は、誰がどこから見るかによって変わるものなのです。

    そして、これはこの世だけの話ではありません。

    この世とあの世では、善悪の基準が違う

    私が大切にしているのは、今世の宿題を果たすことができるかどうかという視点です。

    あなたがこの人生で果たすべき今世の宿題をクリアすることが、真の善。

    逆に、お金や世間体のために、本来やるべきことを見失うのが悪。

    しかし、ここで一つの問題が生まれます。

    「やりたいこと」=善 ではないかもしれない

    実は、魂の宿題と、あなたの“やりたいこと”は必ずしも一致しません。

    むしろ、やりたくないことこそが、あなたの魂が本当に取り組むべき課題である場合もあります。

    たとえば、ある人が「どうしてもこの道を進みたい!」と思ったとしても、
    その結果、厳しい試練や罰が待っていることがあります。

    しかし、それも含めて“今世の宿題”なのであれば、私は止めません。

    「あなたがそれを選ぶなら、それによって受ける罰も受け入れられますか?」

    そう問いかけたうえで、私はその人の選択を尊重します。

    世間の価値観に振り回されるな!

    世間では、罪を犯すことは悪、罰を受けることは不幸だと思われがちです。

    しかし、それが本当に悪なのかどうかは、その人の魂にしかわかりません。

    もし、あなたが他人の価値観に流されて、本当にやりたいことを見失っているなら、
    それはあなたの魂を売ることに等しいのです。

    あなたは、世間のルールに従うために生きているのではなく、
    あなたの魂が望む今世の宿題を果たすために生きているのです。

    あなたにとっての“善”とは何か?

    私は、クライアントの魂が本当に望むことを選べるようにサポートしています。

    なぜなら、この世の基準と、あの世の基準は違うからです。

    あなたは、誰かが決めた善悪に縛られていませんか?
    「これが正しい」と思い込んでいませんか?

    世間の正義に流されず、あなた自身の魂の声を聞いてみてください。
    そして、あなたにとっての今世の宿題を果たしていきましょう。

    お問い合せは《こちら》

  • 「好き」と「やりたいこと」を追求した人生の行方

    「好き」と「やりたいこと」を追求した人生の行方

    こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

    好きなことややりたいことを追求すると、どのような人生が待っているのでしょうか。

    その対極にあるのは、やりたくないことをしない生き方です。

    私たちはこの世で様々な経験を積み、魂を磨くために生きています。

    そこには望ましいことも、望ましくないことも含まれます。

    しかし、やりたくないことは一切しないと決めた場合、果たしてどのような人生になるのでしょうか。

    人が生きていくためには、衣食住を確保しなければなりません。

    そのためには時にやりたくないことをしなければならない場面があります。

    例えば、私自身も経理関係の業務や、終わりのない現世利益を求める質問への対応はあまり気が進みません。

    しかし、それらを通じて学びを得られることもあります

    だからこそ、私は「やりたいこと」も「やりたくないこと」も、今世の宿題として受け入れています。

    では、「やりたくないことを一切しない」と決めた場合、そして、「やりたいこと」だけで生計を立てようとした場合、その人は最終的にどのような道を歩むのでしょうか。

    極端な話ですが犯罪に手を染めることです。

    やりたくないことをしないと決めると、当然ながら労働からも逃げるようになります。

    しかし、生きるためにはお金が必要です。

    ラクして稼ぐという思考にとらわれると、その最も手っ取り早い方法は他人の財産を奪うことになりかねません。

    古代から窃盗は存在し、厳しい罰が科されても決してなくなることはありませんでした。

    それだけ、人間にとって「労せず利益を得る」ことは魅力的なのでしょう。

    現代においても、闇バイトに手を出す若者が後を絶ちません。

    例えば、高額な商品や体験を求めたとき、それを手に入れるための資金がなければ他人の金を使えばいいという発想に至ることがあります。

    中には、「お前は俺が必要としているお金を持っているのだから、俺に渡して当然だ」などと言ってきた者さえいます。

    もし、ここまでの流れを読んで違和感を覚えたなら、あなたは大丈夫です。

    好きなことややりたいことだけを追求する人の中には、他人の権利を踏みにじり、社会のルールを無視するようになる者もいます。

    時には、「この世に善悪はない」と自分の行為を正当化し、道徳観が欠如していることに気づかないまま突き進む人もいます。

    彼らにとっては、他人に損害を与えてでも、自分の欲求を満たすことが何よりも優先されるのです。

    もちろん、「好きなこと」や「やりたいこと」だけを追求するすべての人が、このような価値観を持っているわけではありません。

    しかし、そうした傾向を持つ人が多いと感じることも事実です。

    だからこそ、こうした価値観を持つ人とは適度な距離を保つことをお勧めします。

    また、この世の善悪とあの世や永遠の世の善悪の基準は異なります。

    私たちの価値観と今世の宿題が、そうした人々と異なるだけなのです。

    今までに、そうした人々から被害を受け、もう関わりたくないと思っているあなたは、人運が塞がれているかもしれません。

    人生を変えたいあなたは、ご相談ください。

    お問い合せは《こちら》