投稿者: あの世とこの世合同会社

  • 新千夜一夜物 第55話:女子高生遺体遺棄事件と魂の属性

    新千夜一夜物 第55話:女子高生遺体遺棄事件と魂の属性

    青年は思議していた。

    2021年8月31日未明、山梨県早川町にある山奥の小さな小屋で、群馬県渋川市に住む小森章平さん(27)と妻の和美さん(28)によって、都内の高校3年生である鷲野花夏さんが殺害された事件についてである。

    加害者の夫と被害者はSNSを通じて知り合い、加害者の妻が彼の携帯電話を勝手に盗み見て二人のやりとりを知って激昂し、三人で会うことになった。都内から被害者を合意のもとで自動車に乗せて犯行現場に連れて行った後、加害者の妻は被害者に対する気持ちの整理がつかずに犯行に及んだという。

    今回の事件はなぜ起きてしまったのだろうか?
    ひょっとして、今回の事件も“5:事故/事件”の相が関係しているのだろうか?

    独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。今日は女子高生遺体遺棄事件について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「先日に起きた事件のことじゃな。して、具体的にどういったことを知りたいのじゃ?」

    『二人の加害者と被害者の魂の属性と、霊的な観点から、今回の事件がなぜ起きてしまったかを教えていただけますか?』

    「あいわかった。まずは、三人を鑑定しよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は小刻みに指を動かした後、紙に鑑定結果を書き記していく。

    小森和美SS
    小森章平SS
    鷲野花夏SS

    三人の属性表を見比べた青年は、怪訝な表情で口を開く。

    『全員、“5:事故/事件”の相がかかっていませんね。ただし、三人の共通点として、転生回数の十の位が30回代であるため、“数奇な人生”を歩む傾向がある点と、人運が“7”以下と低く、人間関係で生じる様々なトラブルを通じて学びを得る傾向がある点から、大雑把に言ってしまえば、今回の事件の役者としてこの三人が引き寄せ合ってしまったと考えることができそうです』

    「そう考えることもできよう。ところで、人運が出てきたため、総合運について補足するが、総合運が9点満点として、なおかつ9点の項目の運がある場合、その項目で苦労することは今世の宿題に含まれていない傾向がある。そして、8点の場合は、霊障とは関係なく“何らかの問題を抱える”ことになり、7点以下になってしまうと、“かなり大きな問題を抱える”結果となる。また、全体運が1点下がる毎に、それ以外の項目は、全体運9点の場合と比べて、さらに1点ずつ下がることになる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、各々の人運の数字を見比べた後、口を開く。

    『先日の硫酸事件(※第54話:硫酸事件と魂の属性参照)の被害者と今回の被害者、共に人運の数字が“4”なのですが、この数字にはどのような傾向が顕在化する可能性があるのでしょうか?』

    「その質問に答えるにあたり、総合運の数字が持つ傾向についても整理しておくかの」

    そう言い、陰陽師は紙に三つの数字について書き足していく。

    3:「女性的側面」、「奉仕」、「マゾ的気質」、「変態趣味」、「狂気」
    4:命に係わる重病、あるいは人生を根底から揺るがす「厄災」
    6:「不幸(そのもの)」「不幸な選択」「不実」「攻撃性」「サド的気質」

    陰陽師が書いた文を青年は食い入るように見つめ、やがて口を開く。

    『それぞれの人運の数字から鑑みるに、加害者の妻の“3”は特に“狂気”、加害者の夫の“6”は特に“不幸な選択”や“攻撃性”、そして、被害者の“4”は今回の事件が人生を根底からゆるがす“厄災”として顕在化した可能性があると考えられます』

    「その可能性が考えられる。また、加害者二人の共通点として、欄外の枝番の数字のほとんどが“9”であること、魂の特徴の“攻撃性”の上段の数字が“2”であること、インターフェイスの一・二桁目の数字が“6”であることと、頭が2で“我”が強く、物事を自分の利害関係で判断する傾向がある点も、今回の事件が起きた要因の一部となっている可能性がある」

    そう言い、陰陽師は頭1/2の特徴を紙に書き記していく。

    頭1:農耕/遊牧民族の末裔。世のため・人のためを地で行動する傾向がある
    頭2:狩猟民族の末裔。“我”が強く、物事を自分の利害関係で判断する傾向がある

    陰陽師の説明に対し、青年は大きく頷いてから、口を開く。

    『頭1/2の枝番は、“1”に近いほど頭1/2の傾向が顕著になり、“9”に近いほどもう一方の頭1/2の傾向に近づいていくとお聞きしましたので、加害者の妻の頭2の枝番が1で、夫の頭2の枝番が3と、共に頭2の傾向がかなり強いこととも加害者たちが事件を起こした要因の一部と考えられます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いた後、口を開く。

    「さらに付言するとすれば、加害者の妻のインターフェイスの三桁目の数字が“6”で、ここが“6”の場合、“攻撃性”を持つ傾向があることと、血脈の精神疾患の“10:攻撃性”があることも、事件が起きた要因の一つとなっている可能性がある」

    小森和美SS

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷くのを確認し、青年は言葉を続ける。

    『攻撃性を初めとする、そうした要因を考慮すると、ネットの情報を見る限りでは、三人で会った際、“小屋まで行ったが気持ちの整理がつかず、殺した”と加害者の妻が言っているようですので、彼女が話し合いで解決する間もなく犯行に及んでしまったことは、やむを得なかったと思われます』

    「その可能性も考えられる。して、実際のところ、三者がどのような人物であるか、ネットに載っているのかの?」

    陰陽師に問われた青年は、小さく頷いてからスマートフォンを操作し、やがて口を開く。

    『まずは加害者の妻ですが、彼女は前夫との間に三人の子供がいるようで、しかも、実家の両親に預けたまま現在の夫と結婚したようです。前夫とはDVが原因で離婚したとのことですが、彼女の恋愛運が“3”であることを鑑みるに、納得できます』

    「なるほど。ちなみに、学生時代の彼女の交友関係はどうだったのかの?」

    『高校時代の加害者の妻は“いじられキャラ”で、いつもおちゃらけている女芸人という感じだったそうです。休み時間には仲の良い女子たちと静かに話していたと思ったら、急に“わー!”と叫びだしたりして、教室がざわつくこともあったりと、正直変わり者というイメージが強かったと』

    「そのあたりは、魂の属性から推して知るべし、といったところじゃな」

    陰陽師の言葉に対し、青年は首肯した後、口を開く。

    『今度は加害者の夫ですが、彼は突拍子のないことばかり言っていたようで、常々、“俺は爆弾を簡単に作ることができるから、その気になれば簡単に人を殺せる”、“殺すときは残虐なやり方じゃないと気がすまない”などの発言をしていたようです」

    「なるほど」

    『そして、中学卒業後の彼は水産高校に進学し、“航海士か自衛隊員になりたい”という夢があったそうですが、実習が過酷で、先輩にイジメられていたなどの事情もあって中退したようです。妻と結婚し、三重県から群馬県に転居する際も、“これから2人で生きていきます。探さないでください。探したら容赦はしません”とパソコンからプリントアウトされた小さな1枚の置き手紙だけを残して、一緒に暮らしていた母親と別れたようですので、人との関わり方に問題があったのだと思われます』

    「なるほど。ちなみに、恋愛運が“6”である彼の異性関係はどうだったのじゃ?」

    陰陽師にそう問われた青年はスマートフォンを操作し、口を開く。

    『中学生の時、彼はクラスの女子生徒に向かってカッターナイフを振り回したり、別の女子生徒を階段の一番上から、何の理由もなく突き落としていたようです。本当に危険人物だったと周囲から思われていたようです。他にも、彼は、昔から年下の女の子が大好きだったようで、スカートをめくったり、靴を奪ってどこかに隠したりする他、ストーカーまがいのことをしていたとのことです。しかも、すぐに“目移り”する性格で、ストーカー被害に遭った女子児童の数は相当数いたとのことです』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、属性表を書いた紙を一瞥し、口を開く。

    小森章平SS

    「そうした彼の女性に対する行動は、恋愛運の数字が“6”を初めとする、霊障や魂の属性が要因となっていると考えられる。ただ、一つ気になったが、加害者の妻の方が彼より年上であるが、この相違点はどういうことじゃ?」

    『年下好きについての実相はわかりませんが、ネット上では、昔からぽっちゃりした女性が好きだったという情報も書かれていますので、加害者の妻の見た目が好みだったのかもしれません。実際、加害者の妻と被害者の容姿は、似ているように思われます』

    「なるほど。して、被害者については何かわかるかの?」

    『被害者の女子高生ですが、彼女が中学生の時は、友達が多く、男女分け隔てなく仲良くしていたようで、家族仲も良好で、揃ってキャンプへ行っていたとのことです。事件が起きる前は、“心理学を学ぶために大学に行きたい”と受験勉強に励んでいたそうです』

    「実際にその夢が叶うかどうかは別として、そうした志を持った人物が志半ばで命を落としてしまうことは、残念ではあるがの」

    『そうですね。僕も残念に思います』

    そう言った後、青年はしばらくしてから、おそるおそる再び口を開く。

    『ところで、彼女の魂は、無事にあの世に戻っているのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は無言で指を小刻みに動かした後、口を開く。

    「残念ながら、地縛霊化しておるようじゃな」

    陰陽師の答えを聞いた青年は、小さく嘆息してから、口を開く。

    『福岡5歳児餓死事件(※第44話:福岡5歳児餓死事件参照)では、餓死した男子の魂は一年半に渡る飢餓状態で苦しい体験を経たからか、相殺勘定の働きもあって無事にあの世に戻っていましたのだと思われますので、ひょっとしたら、若くして亡くなった鷲野花夏さんの魂も、彼の魂と同様に、無事にあの世に戻っていると思いました』

    「彼女の人運が“4”であることや二人の加害者の魂の属性を考慮すれば、今回の事件に巻き込まれること(災厄)は彼女の今世の宿題を果たすために必要な体験だった可能性が考えられるが、彼女の魂が地縛霊化していることから、今回の事件でもって今世の宿題を果たせたかどうかとは別に、彼女にはこの世に対する未練があったようじゃな」

    鷲野花夏SS

    『なるほど。そして、何に対して未練があったかは、本人のみぞ知るといったところだと思いますし、仮に未練の内容がわかったとしても、肉体を持たない彼女には、もはやどうすることもできませんし、遺族や我々にできることは、彼女の魂があの世に戻れるように救霊するしかありませんよね』

    「そなたの言う通りじゃ」

    青年を励ますような口調で言った陰陽師の言葉に対し、青年は頭を下げ、口を開く。

    『では、鷲野花夏さんの救霊神事をお願いいたします』

    「あいわかった。今夜中に神事を執り行うことを約束しよう」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は顔を上げ、口を開く。

    『それにしても。鷲野さんが地縛霊化していたことを踏まえ、あえて極端な言い方をすると、人運が低く、欄外の枝番の多くに“9”を持つ人物の場合、傷害事件や殺人事件を起こすことが今世の宿題に関わっている可能性があるのでしょうが、だからと言って、そうした人物が、他人とのトラブルや事件を積極的に起こせばいい、ということにはなりませんよね?』

    「もちろんじゃとも」

    小さく頷きながらそう言う陰陽師に対し、青年は小さく安堵の息をもらし、口を開く。

    『それを聞いて安心しました。クライアントの中には、早く今世の宿題を果たしてこの世を去りたいと言う人もいますので、そうした人々にもしかと理解していただこうと思います』

    「それがよかろう。さらに付言するとすれば、未来は不確定であるから、未来を意識して行動するのではなく、出逢いは必然であることをじゅうぶんに理解し、縁がある人や目の前の現象、一つ一つのことを真摯にこなすことが肝要だと、ワシは思う」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自身の恋愛運の“6”について考えていた。

    幼少期の自分は、好きな女子をイジメるタイプだった。
    恋人に対してもそうだ。彼女に幸せになって欲しい。できることを何でもしてあげたいと思っていた。
    なのに、関係が深まるにつれ、その思いとは裏腹に、傷つける言葉を恋人に投げかけていた。

    前の恋人にした失態を、二度とすまい。
    そう強く誓い、改善していけば、いつの日か恋人を傷つけずに済むかもしれない。
    そう思っていたのに、今度は、今までと異なる形で相手を傷つけていた。
    あの人も。あの人も。あの人も。あの人も。あの人も。あの人も。あの人も。
    自分にはもったいないくらいに素敵な女性ばかりだった。

    もっと優しくしたかった。もっといろんなことを一緒にして、喜んでもらいたかった。
    ただ、彼女たちに幸せでいて欲しかっただけなのに。
    当時の自分を殴り飛ばし、全員の前で焼き土下座させ、その場で腹を切らせて詫びさせたい。
    けれど、どれだけ悔やんでも、どれだけ謝罪の念を抱いても、彼女たちに届くことはない。

    俺と恋仲になることで不幸を与えてしまうなら、出逢わなければよかった。
    自分に腹が立ち、どれだけ自分の頬に拳を打ち付けても過去は変わらない。
    胸の内に残るのは、ただただ不幸そのもの。

    今世の自分は、恋人を作るたびに恋人を不幸にし、自らも不幸になる体験を死ぬまで繰り返すなら、いっそのこと、女性と関わることを完全に無くしてしまおうか。
    だが、そうした思いを体験することが、今世の宿題を果たすために必要なら、その選択は望ましくない。
    だからと言って、欲望のままに女性と関わることも望ましくない。

    それなら、自分と深く関わってくれる女性たちとの時間を大切にし、可能な限り貢献していこう。
    彼女たちの魂磨きの障害となる全てを解消できるよう、そして、いつかどこかで昔の彼女たちと再びご縁がある時に、可能な限り力になれるよう、己と魂を磨き続けよう。
    ただし、いずれ彼女たちが自分から離れることを胸に刻んでおき、別れの際はどれだけ恨まれることになっても喜んで受け入れよう。

    自分が受けた不幸の分だけ、自分とご縁があった、そしてこれから深く関わる女性全員に幸せがもたらされますように。

    そう、青年は思議したのだった。

  • 新千夜一夜物語 第54話:硫酸事件と魂の属性

    新千夜一夜物語 第54話:硫酸事件と魂の属性

    青年は思議していた。

    2021年8月24日の夜、白金高輪台の出口のエスカレーター付近で、花森弘卓容疑者が22歳の会社員男性に対し、追い抜きざまに持っていた硫酸を振りかけた事件についてである。
    硫酸は皮膚に触れるとすぐに炎症を起こし、放置しておくと火傷にまで悪化する、極めて危険な鉱酸である。
    被害者の男性は顔に火傷を負い、失明こそまぬがれたが両目の角膜が損傷し、全治6カ月の傷を負った。また、たまたま彼の後ろにいた会社員女性(34)も硫酸が足にかかり、軽い火傷を負った。

    加害者と被害者は大学のサークルの先輩・後輩の関係で、学生時代に被害者が先輩である加害者に“タメ口を聞いたこと”が、加害者が犯行に及んだ主な動機であるという。

    人によって捉え方が異なると思うが、そのような些細とも言えそうな出来事に対し、一生残るような傷を負いかねない硫酸を、しかも顔面にかけるとは、青年には度し難く感じられた。

    加害者はどのような魂の属性を持っているのか?
    今回の事件には、やはり“5:事故/事件”の相が関与しているのだろうか?

    独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は硫酸事件について教えていただきたいと思い、お邪魔致しました』

    「先日起きた事件のことじゃな」

    『そうです。僕の見立てでは、加害者と被害者の全員に“5:事故/事件”の相がかかっていると思いますが、それよりも、加害者の魂の属性が特殊なのではないかと思いました』

    そう言い、青年は事件の概要を陰陽師に説明する。
    青年の言葉に耳を傾けながら、陰陽師は3人の鑑定結果を紙に書き記していく。

    花森弘卓SS

    被害者の男性SS

    被害者の女性SS

    3人の属性表を眺めた青年は、小さく唸ってから口を開く。
    『やはり、全員に“5:事故/事件”の相がかかっていますね。また、人運の数字が“7”以下転生回数の十の位の数字が“3”、すなわち“数奇な人生を歩む傾向がある”ことも、全員に共通していますので、大雑把に言ってしまえば、今回の事件の役者としてこの三人が引き寄せ合ってしまったと考えることができそうです』

    「そう考えることもできよう。ところで、人運が出てきたため、総合運について補足するが、総合運が9点満点として、なおかつ9点の項目の運がある場合、その項目で苦労することは今世の宿題に含まれていない傾向がある。そして、8点の場合は、霊障とは関係なく“何らかの問題を抱える”ことになり、7点以下になってしまうと、“かなり大きな問題を抱える”結果となる。また、総合運が1点下がる毎に、それ以外の項目は、総合運9点の場合と比べて、さらに1点ずつ下がることになる

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きく頷いてから、口を開く。

    『今度は加害者の属性に焦点を当てて考えますと、血脈の精神疾患の“10:攻撃性”が要因の一つと考えられます。実際、手間がかかる硫酸を事前に準備したり、被害者の通勤経路を把握するなど、実際に犯行に及ぶまでに考えを改める機会は何度かあったにも関わらず、歯止めが効かなかったことは、血脈の精神疾患は“性向”に該当することもあることを考慮すると、その影響があったのでしょう』

    《霊脈先祖の霊障》
    今世の宿題に対して逆接な“重し”、つまり、人生の方向性が今世の宿題と逆方向に働く
    《血脈先祖の霊障》
    今世の宿題に対して順接、すなわち“無用な重し”となって顕在化する

    「攻撃性という点で付言するとすれば、インターフェイスの三番目の数字が“6”であることも要因として挙げられる。というのも、インターフェイスの三番目に“6”がある場合、“攻撃性”という意味が考えられることもあるのじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再び加害者の属性表を見やり、口を開く。

    『なるほど。そう言えば、属性表の“魂の特徴”の三番目の“攻撃性”の上段の数字が“2”ですので、この点も彼の“攻撃性”を増長しているようですね』

    「さらに言うと、五番目の“自己顕示欲”の数字も要因の一つとして考えられる」

    『自己顕示欲の強さと攻撃性に 、どういった関係があるのでしょうか?』

    訝しげに問い掛ける青年に対し、陰陽師は該当する箇所の2−7の数字に印をつけ、口を開く。

    「自己顕示欲が直接攻撃性に結びついているのではなく、自己顕示欲の枝番、すなわち下段の数字が現世ではそのまま“人格”を表しておるのじゃ。ここの数字が“9”であると“喧嘩っ早く、キレやすい乱暴者”ということになるが、“7”であってもかなり“強引さ/攻撃性”が目立つ

    『なるほど。ただ、それらの傾向は代表的な例であって、属性表の他の数字との組み合わせで“人格”の強弱や性質が変わる、という認識でよろしいでしょうか』

    「概ね、その認識で合っておる。後は、加害者が頭2−3であることも主な要因の一つと考えられる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、頭1/2に関して紙に書き始める。

    頭1:農耕/遊牧民族の末裔。世のため・人のためを地で行動する傾向がある
    頭2:狩猟民族の末裔。“我”が強く、物事を自分の利害関係で判断する傾向がある

    頭2である人物の場合、1〜9まである枝番が“1”に近いほど頭2の傾向が顕著になり、“9”に近いほど頭1の傾向になっていくとお聞きしましたが、頭2の枝番が“3”である加害者は、かなり自己中心的な考えをする傾向があるようですね』

    「そうではあるが、実際にそのような言動を取っていたのかの?」

    『実際、加害者は、昨年の9月に“家に泊まりに行っていいか?”と被害者にLINEを送っていたようで、被害者は多忙を理由に断りましたが、その後も同様のメッセージが届いたため、加害者をブロックしたようです。すると今度は、態度を改めるように求める内容が書かれた、差出人不明の手紙が被害者に届いたとあり、被害者のことを考えず、かなり自己中心的な言動を取っていたと思います』

    「なるほど。して、被害者の男性はどのような人物なのかな?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを手早く操作し、やがて口を開く。

    『被害者の大学時代の友人によると、“彼は皆に慕われていて、恨みを持たれていたとは考えづらい“と証言しています』

    「被害者の属性表を見る限り、加害者に比べて被害者の方が社会性があると思われるが、被害者が対象となってしまった要因として、人運が“4”と極端に低いこと、血脈と天命運の“5:一般・事故・被害者・怪我”の相がかかっていることが考えられる」

    被害者の男性SS

    『なるほど。犯行前、加害者は琉球大学の卒業生名簿を手に入れるため、琉球大学を訪ねていたようで、4月には同じサークルだった別の知人にも接触し、恨み節の言葉とともに犯行をほのめかしていたため、標的は複数いたと思われます。その中で、被害者の男性は不運にも選ばれてしまったようですね』

    「その可能性が高いようじゃな」

    『被害者は血脈先祖の霊障の“5”の相だけでパフォーマンスが40%も塞がれていることを考慮しますと、ひょっとしたら、事件前にLINEが送られてきた時に会って話をしていたら、その時の口論や暴行による怪我で済んでいた可能性が考えられるのでしょうか』

    「仮定の話であるゆえ断言できぬが、加害者と被害者の間で何らかのトラブルがあることは、お互いの今世の宿題を果たすために避けられない出来事だったかもしれぬが、今世の宿題に対して順接、“無用な重し”として顕在化する血脈の霊障の影響によって、被害者が硫酸を顔面にかけられるほどの大怪我に発展してしまったと考えることもできる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、深いため息を吐いた後、口を開く。

    『なるほど。こうして、大学時代の出来事を忘れず、数年越しに犯行を行った要因の一つとして、魂の特徴の四番目の項目である“恨み辛み”の上段の数字が“2”であることが考えられます』

    「そなたの言う通りじゃな。最後に、この事件に巻き込まれてしまったと言えなくもない、被害者の女性について、そなたはどう考える?」

    『被害者の女性は人運が“7”ですから、やはり彼女も何らかの人間関係のトラブルを通じて学ぶことが今世の宿題に含まれていると思われますが、彼女にかかっている天命運の“5:一般・事故・被害者・怪我”の相の影響で、よりによって二人とは無関係であるにも関わらず、今回の事件に引き寄せ合ってしまった可能性があると考えています』

    被害者の女性SS

    「被害者の女性に関しては、残念ながらその可能性が考えられる」

    そう言い、陰陽師は湯呑みに注がれた茶を一口のみ、言葉を続ける。

    「して、加害者である花森弘卓はどんな人生を歩んできたか、ネット上で確認できるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『小学生の頃の彼はクラスの中で浮いていて、いつも一人だったようで、クラスの展示物をかたっぱしから壊したり、生きたバッタをクラス共用の鉛筆削りに詰めたりと、周囲に迷惑をかけていたようです。また、彼がイジメの標的にした子に対し、石を投げつけたり、暴力を振るう他、毛虫やナメクジや牛の糞を食べさせるなどの、蛮行を取っていたとのことです』

    「なるほど。彼の属性表から推して知るべし、といったところじゃな」

    『他にも、彼が高校三年の時に、体育館のステージの自由参加の出し物に立候補して、たった1人でサイリウムを使ってヲタ芸を披露したとありますが、多くの人物は、こうした出し物を一人で実行しないだろうと思います』

    「まあ、そうじゃろうな」

    陰陽師の相槌に対し、青年は言葉を続ける。

    『こうした行動を取る要因の一つとして、彼の魂の特徴の中で二番目と五番目、すなわち“厭世的”と“自己顕示欲”の項目の上段の数字が“2”であることが考えられます。当該の特徴を持つ彼は、前者の特徴によって浮世離れした行動を取る傾向があると思われ、後者の特徴が加わることによって、わざわざ大勢の前でやってみせたのではないかと思われます』

    陰陽師が黙って青年の言葉に耳を傾けている様子を見やり、青年は言葉を続ける。

    『また、彼は今世の使命における、“基本的使命”と“具体的使命”の下段の数字が7−3と4つも離れていますので、これらの数字がより大きく離れている人物は、常軌を逸した行動を取る傾向があるのではないかと予想しました』

    「概ね、そなたの言う通りじゃな。他に、特徴的なエピソードはあるかの?」

    『彼は高校時代から、自分で育てた昆虫をヤフーオークションで売っていたようです。また、昆虫以外にも手広く転売をしていたようで、当時流行っていたアニメの映画が公開された時も、週替り特典の色紙やメッセージカードなどを、転売することを見据えて毎週映画館に通っていたとのことです』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく笑ってから口を開く。

    「それは、商魂たくましい、“魂3:武士”らしい行動じゃな。実際、彼は理系の傾向がある転生回数期が第三期に属しており、今世は特に昆虫を中心とする“生物学”に適性があると考えられる

    『なるほど。ちなみに、彼のビジネス運と金運はともに“7”ですから、昆虫の育成や販売、アニメグッズの転売を業種とした法人の設立まで、規模を大きくすることは難しいと考えましたが、いかがでしょうか?』

    「いや、そうではない。それらの運の数値はあくまで結果を前提とした運であることから、結果的にはそなたが予測した通りになる可能性はじゅうぶんにあるものの、未来は不確定という前提で考えれば、彼が商売の規模を拡大できるかどうかは、今後の彼の行動次第であることはわかるかの?」

    陰陽師に言葉を聞いた青年が首肯しているのを見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「ただし、彼が大規模な事業計画を立て、いざ実行したとしても、成功する確率/運が“7”と低いことから失敗することが多いということじゃ」

    『そして、その二つの運が低い彼にとっては、そうした失敗を通じて学びを得ることが今世の宿題の一つに含まれている可能性があると』

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。ところで、彼は恋愛運が“3”とかなり低いが、異性関係はどうだったのじゃ?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを手早く操作し、口を開く。

    『彼はボーカロイドやアニメソングが好きで、“彼女を作るのは無理だと思う。僕の彼女は宇宙人しかいないかな”と語っていたそうですので、異性とはあまり縁がなかったと思われます』

    「そなたが見つけた情報から察するに、現実世界の女性に対する興味を失ったということかの?」

    『そうかと思いきや、予備校時代に、とある女子生徒に対して異常とも言える執着心を発揮し、トラブルを起こしていたようです』

    「というと」

    『その女子生徒が帰宅する途中にサラリーマンにナンパされたことがあったようで、それを聞いた加害者は、見方によってはストーカーと言っても過言ではないほどの行為をしていたようです。他にも、その女子生徒の誕生日に、彼女の家の前で加害者が待っていて、彼女が友人たちと帰宅した際に、急に地面に膝をついて赤い薔薇の花を渡し、歯が浮くような台詞を並べ、ヤドカリの”つがい”をプレゼントしたこともあるそうです』

    「なるほど」

    そう言い、陰陽師は指を小刻みに動かした後、再び口を開く。

    「加害者の“トンチンカン度の高さ”は80じゃな」

    『トンチンカン度でしょうか?』

    怪訝な表情でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「そう、トンチンカン度じゃ。それは、現実的な問題において、一見こんがらがった事象を瞬時に見分ける/簡潔に表現できる能力を意味し、そのスコアが高くなるほど、話が噛み合いにくくなる傾向がある

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。

    『つまり、加害者は自分の行動がお目当ての女子生徒にどのように受け取られるかを想像することが苦手であり、奇行とでも言うような行動を取ってしまった要因に、“トンチンカン度の高さ”も関係しているということでしょうか』

    「“トンチンカン度の高さ”だけで決まるものではなく、あくまで主な要因の中の一つ、と理解すればよいと思う。ちなみに、彼の恋愛運の数字である“3”には、“女性”、“女性的側面”、“奉仕”、“マゾ的気質”、“変態趣味”、“狂気”という傾向がある

    『なるほど。ネットの情報を見る限りでは、それらの中でも特に“狂気”が顕在化してしまったという印象を受けます』

    「一概には言えぬが、そう捉えることもできよう。そして、恋愛運の“3”は、広義の意味では“異性運”のなさとなる。つまり、彼はまともな恋愛・結婚をすることが難しく、多くの異性との問題で悩むことを通じて学びを得る傾向がある

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『今度は彼の家族関係についてお聞きしたいのですが、彼の父は有名な整体師で、中国人の母も医療関係の仕事に就く裕福な家庭で育ったようですが、両親共に既に他界しています。家族はとても仲が良く、夏休みなどに3人で中国へたびたび旅行に行っていましたが、7年ほど前に父親が病気で亡くなり、その数年後には母親も亡くなってしまったとのことです』

    「なるほど」

    『また、彼が高校生くらいの頃、母親に馬乗りになって首元を掴み、今にも殴りそうな雰囲気だった、と近所の人が見かけたことがあったようですが、今回の硫酸事件や彼の学生時代の言動や、彼の諸々の魂の属性や攻撃性があることを踏まえると、元々こうした出来事を起こしやすいのではないかと思われます』
    青年の言葉を聞いた陰陽師は、ふむと相槌を打った後、鑑定結果を紙に書き足していく。

    花森弘卓・父SS

    花森弘卓・母SS

    青年が二人の属性表を見終えた頃に、陰陽師は再び口を開く。

    「その時はたまたま近所の人が見かけて発覚したと思われるが、実際には他にも家庭内でのいざこざがあったかもしれぬ。じゃが、母子ともに人運が“7”以下であることを考慮すると、そうした母子関係の中で学ぶことが、両者の今世の宿題の一つである可能性があるのじゃよ」

    『なるほど。子は自らの今世の宿題を果たすのに最適な母親を選んで産まれてくるということでしたね(※第44話:福岡5歳児餓死事件と今世の宿題参照)』

    「まあ、そういうことじゃ。話を戻すが、今回の硫酸事件は社会的には許されがたい出来事として認識されていることは、紛れもない事実じゃ。しかしながら、加害者と被害者の双方にとって、今回の事件を通じて学ぶべきことがあったことも考えられることを、覚えておくようにの」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は過去の出来事を振り返っていた。

    自分は金運と恋愛運が共に“7”以下で、それらの項目で起きた問題を通じて、人生における重要な学びを得たことを理解しているものの、今になって振り返れば、霊障や天命運の影響によって必要以上の損害を受けていたことを、どういうわけか判断できている感覚がある。

    ふりかかる難が今世の宿題と関わっていることもあるため、全ての難をなくすことは霊的な観点からは望ましくないが、自分と縁がある人物が大難を体験することで抱える後悔が少なくなるよう、霊障について説明し、大難を小難にするために神事の案内をしていこう。

    そう、青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第53話:100万分の1の奇跡と霊障

    新千夜一夜物語 第53話:100万分の1の奇跡と霊障

    青年は思議していた。

    1950年3月1日の19:25頃、米国のネブラスカ州にあるウエスト・サイド・バプティスト教会が爆発し、全壊した事件についてである。
    この教会では、毎日聖歌隊のメンバー全員が必ず15分前に到着して準備をして19:30に練習を開始しており、しかも、聖歌隊を結成したおよそ2年前から一度も遅刻者がいなかった。
    しかしながら、その日に限って15名のメンバー全員が各々何らかの理由によって遅刻したために、誰一人命を失わずに済んだという。

    時間を守る人物が15名もいるのであれば、聖歌隊のメンバーの内の何名かは命を落としていてもおかしくなかったはずだが、なぜこのような出来事が起きたのだろうか?
    神の奇跡か、あるいは何らかの霊障が関係しているのだろうか?

    独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は“奇跡”について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「一言で“奇跡”と言っても様々な出来事があると思うが、よもや、漫画の世界の話ではあるまいな?」

    そう問いかける陰陽師に対し、青年は苦笑しながら答える。

    『いえいえ、確かに出来事としては漫画の世界の話のような内容ですが、現実に起きた話です』

    そう言った後、青年は出来事の概要を陰陽師に説明する。
    無言で耳を傾けていた陰陽師が、やがて疑問を口にする。

    「出来事の経緯については把握した。して、その15人はどういった理由でそれぞれ遅刻したのかの」

    青年は、スマートフォンを眺めながら口を開く。

    ・ラドナ・バンデクリフトさんは数学の宿題を終わらせようとして遅刻
    ・ルーシー・ジョーンズさんはラジオ番組を最後まで聞いたために遅刻
    ・ドロシー・ウッドさんはラジオに夢中のルーシーさんを待っていて遅刻
    ・聖歌隊のリーダーであるマーサ・ポールさんとその娘のマリリンさんは夕食後にうたた寝をしてしまい遅刻
    ・ハーバード・キプフさんは提出するレポートができあがらずに遅刻
    ・ハービー・アールさんは教会に連れて行こうとした子供たちがぐずり、それに手間取って遅刻
    ・ジョイス・ブラックさんは体がだるく腰を上げられずに遅刻
    ・ウォルター・クレンプル一家は、汚れてしまった娘の洋服を着替えさせていて遅刻
    ・ロイーナ・エステスさんと妹サディエさんは車のエンジンがかからず遅刻
    ・レナード夫人と娘のスーザンは、母親の手伝いをしていたために遅刻

    『このような感じで、各々がささいな理由で遅刻したようです』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、紙に鑑定結果を書き連ねていく。
    *諸事情により、鑑定結果は12名分の掲載となります。

    ラドナ・バンデクリフトSS

    ルーシー・ジョーンスSS

    ドロシー・ウッドSS

    マーサ・ポールSS

    マリリン・ポールSS

    ハーバード・キプフSS

    ハービー・アールSS

    ジョイス・ブラックSS

     ウォルター・グレンブルSS

    ロイーナ・エステスSS

    サディエ・エステスSS

    スーザンSS

    全員の鑑定結果に目を通した青年は、眉間にシワを寄せながら口を開く。

    『おや、霊障にも天命運にも“5:事故/事件”の相がかかっている人物はいないようですね。それに、他の項目を考慮しても、この事故が起きたことと、彼らが当日に偶然遅刻した要因はないように思われます』

    「そなたの言う通りじゃ」

    『と仰いますと?』

    「当時教会でガス爆発が起きたことも、聖歌隊の面々が全員遅刻した結果、誰一人として命を落とさずに済んだのも、たんなる偶然じゃ」

    土地や教会内のグッズにかかっていた霊障も関係なく?』

    「うむ」

    戸惑いの表情を見せながら、青年は問いを続ける。

    『聖歌隊が敬虔な信者で、日々善行に励んでいた彼ら・彼女らに対し、例えば、眷属が何らかの働きをしたという可能性も考えられないのでしょうか?』

    「ワシの見立てでは、この事件が起きたことに、霊的な要因はないようじゃな」

    青年は首を傾げながら小さく唸った後、口を開く。

    『なるほど。それにしても“事実は小説よりも奇なり”とはよく言ったものだと思います』

    そう言い、小さなため息を吐く青年に微笑みかけ、陰陽師は口を開く。

    「今回の出来事に注目すれば特に解説することはないが、今日は魂の属性を中心に話を進めていくとするかの」

    そう言い、陰陽師は卓上に並べられた属性表の中から、一枚を青年の前に差し出す。

    ハービー・アールSS

    その属性表を再び見た後、青年は口を開く。

    『ハービーさんの属性表の中で特に気になったのが、ハービーさんの欄外の枝番の数字が“9”で、インターフェイスが“7”で、陰陽五行に“火”を持っていることですね』

    「そなたが言及した項目に関して説明すれば、彼は、属性をみる限り世界を変革するような力があるとは思えぬので、この世の基準で言うところの、悪行に手を染めやすい傾向があり、当時の事件があった1950年から2021年の間に、ひょっとしたら何らかの犯罪を犯している可能性が考えられる」

    『なるほど。彼の魂の特徴にある“攻撃性”と“恨みつらみ”の上段の数字が“2”ですし、人運の数字が“7”以下ですので、他人との揉め事が多く、先生がおっしゃるように、場合によっては傷害罪や殺人罪に発展した可能性があるのではないかと、考えられます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いた後、再び口を開く。

    「断言はできぬが、その可能性は考えられる。また、彼の基本的気質(OS)の上段の数字が“8”であることも珍しい」

    『確かに。基本的気質と具体的性格の項目でよく見かける数字は、3、5、7の三つですが、“8”はどういう意味でしょうか?』

    “8”はいわゆる“輩”と呼ぶにふさわしい資質で、現代の日本で言うところの、反社会的勢力や右翼の大幹部の一部が持つ番号となる

    『ということは、ハービーさんはこの世の基準で言うと、かなりの危険人物と言えそうですね』

    「いつも言っているように、人間には多面体があり、彼の他の属性を考慮すれば、確かにそなたの言う通りかもしれぬが、この数字はいわゆる時代の“風雲児”たちが持つ数字でもある。例えば、歴史的に見ると、世界史では秦の始皇帝やナポレオン一世、日本史では、源義経・為朝兄弟、徳川家康、清水次郎長、西郷隆盛、さらには小泉純一郎元首相といった人物が該当する」

    『なるほど。ちなみに、ハービーさんは8−7と、基本的気質と具体的性格の上段の数字が異なりますが、このことはどのように解釈すべきでしょうか?』

    魂1〜3の人物に限って言えば、8−7の数字を持つ人物が懐の深い大物然とした性格を持っているのに対し、7−8の数字を持つ人物の場合、感情の起伏が激しかったり、声が大きくて粗暴な言動が目立ったりする。この辺りが、基本的気質(OS)と、表面に顕在化する性格という意味での具体的性格(ソフト)という表現で説明できるわけじゃ

    『魂1〜3に限ってとのことですが、魂4であるハービーさんの場合、どのような人物像が考えられるのでしょうか?』

    「実際に会ったことがないから断言はできぬが、強いて言うなら、“態度がでかい”、“一見スケールが大きいように見える発言をする”、“一見魂3:武士・武将のような言動をすることがある”、といったところかの」

    『同じ数字の組み合わせであっても、OSとソフトのどちらになるかと、魂1〜3か魂4によって、だいぶ性格が変わるのですね』

    「まあ、そういうことじゃ。もう一度ハービーさんの属性表を見てもらいたいのじゃが、彼には霊脈と血脈の先祖霊の霊障がどちらもかかっていないことはわかるかの」

    ハービー・アールSS

    『確かに。僕が知る限りでは、ほとんどのクライアントに血脈の先祖霊がかかっていましたが、魂の属性7:唯物論者である彼には、霊脈の先祖霊がかかっていないのはもちろん、血脈先祖の霊障もかかっていないのは珍しく感じます』

    「うむ。以前に説明したと思うが、先祖霊は何とかしてあの世に戻りたいと願っていることから、願いを叶えてくれそうな子孫を選んでかかっている。つまり、先祖霊が一人もかかっていない彼は、先祖たちから見て、霊的に頼りにならないと認識されていると言えよう」

    『なるほど。彼の総合運の“大日不可思議”の項目のスコアが“3”とかなり低いので、彼は先生のお話を理解できないでしょうし、先祖霊を救霊しようという発想に至る可能性が低いと考えれば納得できます』

    「さらに補足しておくと、例えば、我が国では4−4(転生回数期が第四期の魂4)の多くが、外国では3−4(転生回数期が第三期の魂4)、その中でも特に魂の属性7:唯物論者には、血脈の霊障がない人物が多いようじゃな」

    ハービー・アールさんの属性表を再び眺めていた青年が、再び口を開く。

    『なるほど。ところで、精神疾患の項目は、今までは霊脈のみで血脈にはありませんでしたが、血脈先祖の霊障と同様に、血脈の精神疾患は、魂の属性3:霊媒体質の人物はもちろん、魂の属性7:唯物論者の人物にもかかるという認識でよろしいのでしょうか?』

    「うむ。霊脈先祖の霊障の影響で“霊媒体質”の人物に顕在化している精神疾患は、現代医学では原因も症状も明確に診断されていないものがある一方で、血脈の精神疾患は、現代医学で診断される精神疾患とほぼ同義だと考えて差し支えない

    『なるほど。聖歌隊のメンバーのほぼ全員が、血脈の精神疾患の“16:統合失調症”に該当していますので、ひょっとしたら、精神科で統合失調症と診断されている現代人の多くが、血脈先祖の霊障と他者の念、雑霊/魑魅魍魎の影響を少なからず受けているのかもしれませんね』

    「その可能性は大いにあると、ワシは思う。ただし、魂4の人物の場合、精神疾患の項目である16は、“統合失調症”と言うよりも“子供っぽさ/幼稚”として顕在化する傾向がある

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『霊脈先祖の精神疾患は同様に、血脈の精神疾患は血脈の神事が済めば症状が改善するのでしょうか?』

    「いや、そうではない。血脈先祖の霊障がかかっていない人物に対しても血脈の精神疾患の項目があることから、霊脈・血脈の霊障とは関係なく顕在化する項目だと言える。言い換えれば、その人物の先天的な“性向”であり、極端な言い方をすれば、今世の課題を果たすために必要な“性向”の一部でもある

    『そうなりますと、陰陽五行の長所・短所や総合運に反映されてもいい項目のように考えられますが、個別に鑑定される理由はあるのでしょうか?』

    「血脈先祖の霊障は、例えば、“魂3:武士”であるそなたを例に挙げれば、魂の種類1〜4の中で、“魂3:武士”以外の魂の種類を持つご先祖がそなたにかかることは覚えておるな?」

    陰陽師の問いに首肯して答える青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「さらに血脈先祖の霊障の特徴として、一度本人にかかった血脈先祖を救霊しても、他の親族が亡くなった場合に、再びかかる可能性があることじゃ。他にも、例えば、そなたの兄弟が生きている間であっても、いわゆる“横滑り”という形でそなたにかかる可能性があり、さらに言うと、友人・知人からの“横滑り”もなきにしもあらず、じゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開いてから口を開く。

    『ということは、一度血脈先祖の神事を済ませても、いつ再び血脈先祖の霊障がかかってもおかしくないわけですね』

    「そういうことじゃ。よって、そなたの血脈先祖の精神疾患が強く顕在化した場合、そなたの親族から血脈先祖の霊障が再びそなたにかかったことを知らせる“お印”であると考えられるわけじゃ」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きく頷いてから、口を開く。

    『他に気づいたこととして、全員が頭2:狩猟民族の末裔、すなわち、“我”が強く、自分の利益に関して損得勘定で動く傾向があることが挙げられますが、何らかの理由は考えられるのでしょうか?』

    「しいて言うなら、キリスト教は頭2であり、この事件が起きたネブラスカ州の人口の61%が信仰している宗派であるプロテスタントも、頭2じゃ」

    『なるほど。神社に祀られている神と同様に(※第18話参照)、宗教にも頭1/2があるのですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「全ての宗教に触れるには時間が足りないから、他の宗教・宗派については別の機会に話すが、“プロテスタント”は“ローマ・カトリック教会”から派生した宗派である」

    そう言い、陰陽師は紙に両者の特徴を書き記していく。

    カトリックとプロテスタントの違いSS

    『これらの違いを見る限り、カトリックの方が厳格そうですが、実際のところはどうなのでしょうか?』

    「何事も例外があるゆえ一概には言えぬが、実はキリスト教の中でもプロテスタント宗派は特に論調が強く、“新約聖書”および“使徒の手紙”の内容が倫理的な役割を持っていることから、信者たちが世間で言う善行に励み、悪行に手を染めないようにするという意味では、それなりに有効な宗派と言えるかもしれぬ」

    『なるほど。実際のところ、プロテスタントの牧師とその家族は、それらの内容を遵守し、善人のような生活を送っている人物が多いのでしょうか』

    青年の問いに対し、陰陽師は首を小さく左右に振ってから答える。

    「残念ながら、敬虔なプロテスタントの牧師が、子供を含めた家族と共に聖書などの内容を遵守した生活を送っているにも関わらず、子供は非行に走ってしまったり、悪行に手を出してしまうことがあるようで、プロテスタントの信者だからと言って、善人であるとは限らないようじゃな」

    『ただ、そうした現象が起きている要因として考えられるのは、そうした非行に走ったり悪行に手を出してしまった子供は、彼・彼女の今世の課題を果たすための行動を取っているからではありませんか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「その可能性が高い。以前も説明した通り、子は自らの今世の宿題を果たすために最も適した母親を選んで産まれてきていることから、両親のいずれかがプロテスタントの牧師である家庭に産まれた子が、両親の教育や意向に反して非行に走ることも、その子と両親、特に母親の宿題を果たすための行動と考えることができる

    『なるほど。その一方で、両親の教育や意向を肯定的に受け取り、両親と同様に敬虔なプロテスタントの信者となって、善人として生活したり、親の跡を継いで牧師になるケースもあると』

    「極端な言い方をすれば、その二つに大別されるじゃろうな。ただし、実際は家庭ごとに親子で魂の属性が異なり、当然それぞれの今世の宿題も異なることから、様々な事例が考えられ、そうした諸々の順列組み合わせによって各々が“魂磨き”に取り組んでいると考えられる」

    陰陽師の言葉に対し、青年はカトリックとプロテスタントの違いを再び読み、口を開く。

    『プロテスタントの牧師は婚姻を認められているため、そのように親子間での“魂磨き”が行われていることはわかりました。その一方で、結婚を禁じられているカトリックの神父の場合は生涯独身となりますので、プロテスタントの牧師とはまた違った形で“魂磨き”に取り組む傾向があるのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「カトリックの神父は結婚だけでなく、異性/同性との性交や性的快楽も禁止されているため、教会の規則と自分の欲望の間で苦しむことも、今世の宿題の一つになっていると思われる」

    『なるほど。そして、欲望に負けて禁止されている行為を行なってしまった神父の中には、禁止行為を行うことが今世の宿題に含まれている可能性もあるのでしょうか』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから口を開く。

    「その可能性もある。ローマ・カトリック教会の影響力が強い国・地域においては、性交・性的快楽に手を出した神父は“悪”として断罪されることじゃろう。しかし、一人一人の人物が各々の今世の課題を果たすための行動を取っているわけであり、罪を憎んで人を憎まずではないが、個々人の言動に対し、この世の善悪を基準に評価・判断しないように心がけることは、常々話している通りじゃ」

    『そうした例のように、この世の基準で悪とみなされる行為が、人によっては今世の課題を果たすために必要となることを考えると、万人が善人となって“地上天国”を目指すという、一部の小乗仏教を除いた新興宗教の多くの教義は、やはりセントラルサン/カミの意向に沿っていないと考えざるを得ないのが、僕の正直な感想です』

    「そなたの意見は一理ある。科学が発達して物質的に豊かになった国が多くなり、医学の進歩によって世界の人口が増えていることは、見方によってはこの世が“地上天国”に向かっていると思われるものの、“令和革命”によってコロナ禍が始まり、世界が過酷な状況になっていることを踏まえると、セントラルサン/カミの意向としては、やはりこの世は“地上天国”ではなく、魂磨きの修行の場としての役割を担っていると帰結せざるを得ないのじゃよ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年はこの出来事に関するネット記事に再び目を通していた。

    数学者ウォーレン・ウィーバーは、この奇妙な出来事が起こる確率は、およそ100万分の1になると算出したが、その他の計算によっては、100億分の1とも100兆分の1とも言われているようだ。

    それだけ稀少な確率で起きたこの出来事が霊的な要因とは関係なく、たんなる偶然であるなら、やはり見えない存在を頼りにして“奇跡”が起こることを期待して日々を過ごすよりも、自分の決断と行動を信じ、“人事を尽くして天命を待つ”ではないが、目の前のことに真摯に取り組むことが大事だと、改めて青年は実感したのだった。

  • 新千夜一夜物語 第52話:学歴社会と毒親

    新千夜一夜物語 第52話:学歴社会と毒親

    青年は思議していた。

    看護師を目指していた娘が実母を殺害し、遺体を損壊、遺棄した事件についてである。
    この事件の背景には、娘が学生時代から教育虐待と言っても過言ではない束縛を母親から受けていたことがあった。しかも、娘は医学部合格を目指して9年間も浪人したようで、教育虐待の期間がそれだけ長かった上に、医学部ではないものの、妥協してようやく入学した大学生活やその後の就職先に関しても、母親からの束縛は続いていたようだ。

    実の娘に殺害されるほどの教育虐待を母親がしてしまったのはなぜだろうか。
    また、9年間も浪人した娘は、その後も受験勉強を続けていたら、いずれは医学部に合格できたのだろうか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。今日は学歴社会と毒親について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「学歴社会と毒親とな。なぜその2つの組み合わせなのかはワシにはちとわからぬが、具体的にはどういったことを知りたいのじゃ?」

    そう陰陽師に問われた青年は、事件の概要について説明した。

    ・桐生しのぶさんは、自身が高卒であることにコンプレックスを感じており、娘である桐生のぞみさんには、公立高校から東大や国公立医学部に進学するという、母親が理想とするエリートコースを歩ませたいと思っていた。
    ・のぞみさん自身も、手塚治虫の漫画“ブラックジャック”に憧れ、外科医の夢を抱いた。
    ・父親はのぞみさんが小二の頃から社員寮で別居することになったため、母子二人での生活が続き、母親の教育虐待を止められる人はいなかった。
    ・母親の期待に応えるため、のぞみさんは9年間浪人したが、それでも医学部に合格できなかったため、2014年に合格した滋賀医科大学の看護学科に進学することになった。
    ※ただし、のぞみさんが将来、助産師になるという条件付で。
    ・2016年、大学2年の時に、のぞみさんは手術室看護師になりたいと思うようになる一方、2016年の終わり頃に助産師課程の進級試験に不合格になり、再び束縛は再燃した。
    ・2017年の夏には医大の付属病院から就職の内定を得ていたが、母はそれを辞退して助産師学校に進学するよう迫った。
    ・2017年12月、母親から所有を認められていた携帯電話とは別に、のぞみさんが隠し持っていたスマートフォンが母親に見つかる。母親はのぞみさんに庭で土下座させ、その様子を撮影し、スマホをブロックで叩き壊し、所有を認めていた携帯電話に「ウザい!死んでくれ!」とショートメールを送って罵倒した。
    ・2018年1月19日、1月中旬に受けた助産師学校の試験は不合格。大学病院への就職手続きの期限が一週間後に迫った際に、母親に「看護師になりたい」と本音を打ち明けたが、「あんたが我を通して、私はまた不幸のどん底に叩き落とされた」と一蹴され、その後、母親から夜通し怒鳴られ続けた。
    ・日付が変わった真夜中、のぞみさんがしのぶさんを殺害し、「モンスターを倒した。これで一安心だ」とSNSに投稿した。

    青年の説明を聞き終えた陰陽師は、紙にそれぞれの鑑定結果を書き連ねていく。

    桐生しのぶSS

    桐生のぞみSS

    桐生のぞみ(父)SS

    鑑定結果に目を通した青年が、口を開く。

    『今回の事件が起きた原因の一つに、母親であるしのぶさんによる、のぞみさんの私生活と進路に対する過剰な束縛があったと思われます。また、様々な要因が関係していると思いますが、しのぶさんがそうした束縛や虐待を行なってしまった要因として、頭が“2”、インターフェイスが“8”、魂の特徴にある攻撃性の上段の数字が“2”という魂の属性を持っていることが考えられます』

    「複雑に絡み合っている様々な要因の中の一部、としてはそなたの言う通りじゃな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再び属性表を眺めた後、口を開く。

    『他に、家族全員の共通点として、転生回数の十の位が“3”、すなわち数奇な人生を歩む傾向がある人生で、人運が“7”、天命運の14:人的トラブルの相がかかっていることが挙げられます。また、母娘の共通点として、血脈の霊障の7:親子、9:子宝、14:人的トラブル、17:天啓/憑依の相がかかっていることが考えられますが、これらは今回の事件と関係があるのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は小さく首を左右に振ってから答える。

    「それらは合わせ技一本という意味では微妙に関係していると言えなくもないが、今回の事件を霊障だけで語ることは難しいじゃろうな」

    『なるほど…。それにしても、僕も浪人生活を経験したことがありますので、9年間も浪人したことは、のぞみさんにとって、相当な苦痛だったと推察します』

    「具体的には、どういった状況だったのかな」

    『ネットで調べた話では、浪人中ののぞみさんは携帯電話を取り上げられ、自由な時間を与えないようにと母親から一緒にお風呂に入らされていたようです。さらに、のぞみさんは浪人しているにもかかわらず、母親が親族に対し、のぞみさんが現役で医学部に合格したと嘘をついたため、のぞみさんは母親からそのように振る舞うよう、求められたようです』

    「のぞみさんは、よく9年間も我慢できたものじゃな」

    『当初は母親の束縛から逃れるために就職しようとしたみたいですが、当時は未成年だった上に、当然母親の同意を得られずに実現しなかったようです。また、のぞみさんは3回家出したようですが、いずれも探偵や警察に見つかって家に連れ戻されたようです』

    「なるほど。そうした過酷とも言える日々を9年間も過ごしたものの、母親が切望した医学部に入学できなかったと」

    『そうなります』

    そう言い、暗い表情で視線を落とす青年に対し、陰陽師はのぞみさんの属性表に視線を向け、再び口を開く。

    のぞみさんの魂の属性を見る限り、殺人を犯すような人物ではないが、そこまで母親から束縛を受けていたとなると、犯行に及んでも仕方なかったと言えるじゃろうな」

    『そうですね。この事件に関して非常に胸が痛みますが、のぞみさんはどれだけ受験勉強に励んでも、医学部に合格できなかったのではないかと僕は考えていまして、彼女のことが不憫でなりません』

    「なぜ、彼女は医学部に合格できないと思ったのかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、のぞみさんの属性表を手に取り、口を開く。

    大学入試には、学業と頭の良さの二項目が重要だと思われますが、のぞみさんは共に80です。医学部は大学受験において最高峰となりますので、そもそもこのスコアでは医学部に合格することは難しいのではありませんか?』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いた後、口を開く。

    「そなたの見解に付言するとすれば、ワシが鑑定で出したスコアは“潜在値”、すなわち後天的に伸ばした場合の限界値であり、例えば80点だとすれば、この世に生を受けた時点で80点になっているわけではないのじゃよ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『“顕在値”が後天的に変わるのでしたら、この世に生を受けた時のスコアはどれくらいだと考えればいいのでしょうか』

    「もちろん例外はあるものの、基本的には、“潜在値”の7割だと覚えておくとわかりやすいじゃろう。ちなみに、のぞみさんの“顕在値”、すなわち9年間の受験勉強を経た結果の学業と頭の良さは、共に70点じゃ」

    『なるほど。のぞみさんがこの世に生を受けた時点での学業と頭の良さのスコアは共におよそ56点(80×0.7)だとすると、彼女はこれまでの人生と受験勉強によって、“顕在値”を14点ほど上げることができたのですね』

    「そうじゃな。彼女の場合、学業も頭の良さも、あと10点分の伸び代があるということになるが、“潜在値”がそれぞれ80点であることを考慮すれば、いずれにせよ、彼女があのまま受験を続けていても、残念ながら、医学部に合格する可能性は低いと、ワシも思う」

    『確かに。学業と頭の良さという観点から、のぞみさんが医学部に合格することは難しかったことについて、理解できました。一方、魂の属性の観点から考えると、ほとんどの臨床医の魂の属性は3(9)−3、すなわち転生回数期が第三期の”魂3:武士・武将”で、しかも転生回数が“190回代”という“大々山”だとお聞きしました』

    「基本的にはその通りじゃが、中には1(7)―1、すなわち転生回数期が第一期の“魂1:僧侶/王侯”と、2(7)―3、すなわち転生回数期が第二期の“魂3:武士・武将”の人物がいることと、それらの少数派は、(医師免許を持った)厚生省の職員や医療財団のトップ、臨床分野や経営に携わっていることも覚えおくように」

    陰陽師の言葉に対し、青年は深く頭を下げた後、口を開く。

    『補足していただき、ありがとうございます。のぞみさんの魂の属性は2(3)―2、すなわち転生回数期が第二期の“魂2:貴族(軍人・福祉)”あることと、医学部に入学しても、1〜4回生の間に脱落していく医学部生が少なくないという、医学部卒の知人から聞いた話を考慮すると、仮にのぞみさんが医学部に合格できたとしても、退学していた可能性も考えられます』

    「ひょっとしたら、そうなっていた可能性があったかもしれんの。じゃが、この親子間の出来事で注目すべき点は、結果的にのぞみさんにとってそれなりに適している職業の道に進んだことじゃな」

    『確かに。魂2の人物は看護師などに多いとお聞きしましたので、のぞみさんにもその傾向があるのでしょうか』

    青年の言葉に小さく頷いた後、陰陽師は紙にペンを走らせながら口を開く。

    のぞみさんの看護師と助産師の適性は、共に90点(魂磨きおよび、向き不向きという観点で言えば80点以上が推奨)じゃ。つまり、彼女は医師への道を断念せざるを得なかったものの、不幸中の幸いと言えるかはわからないが、彼女の希望である看護師として医大の附属病院の内定を得ることができた。あるいは、彼女の母親の要望に応える形にはなるが、仮にのぞみさんが助産師になっていたとしても、それはそれで適職に就けたと言えよう」

    『なるほど。9年間も浪人したことについては複雑な気持ちになりますが、結果的に適性がある道に進んでいたことを考えれば、家族を通じて各々が今世の課題を果たしていたと言えそうです。あとは…』

    青年は一度口をつぐみ、しばらくして再び口を開く。

    母親であるしのぶさんの魂が、この世に何らかの未練を残して地縛霊化していないか、ですね』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、指を小刻みに動かした後、口を開く。

    「うむ。彼女の魂は、無事にあの世に帰還しているようじゃ」

    陰陽師の答えを聞いた青年は安堵の息を漏らした後、口を開く。

    『それを聞いて安心しました。そう言えば、全員に霊脈の先祖霊の霊障がかかっていませんので、逆接、すなわち本来向かうべき人生の方向性から真逆に進むといった霊障の影響はありませんし、“5:事故/事件”の相が誰にもかかっていないことから、今回の事件は三人の各々の今世の宿題を果たすために、起こるべくして起きた可能性がありそうですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「その可能性が考えられる。世間では、しのぶさんに対して毒親だとか、娘に殺されて当然、といった声が中にはあるかも知れぬが、以前も説明したように(※第44話:福岡5歳児餓死事件と今世の宿題参照)、子が自らの今世の課題を果たすために最適な親を選んで産まれてくることから、母親にとっては虐待をすることと、その後に娘に殺害されることが、そして、娘にとっては虐待を受けることが各々の今世の課題には必要な体験だった可能性がある」

    『母娘の間でそうした縁があったということは、母親による教育虐待を止めるどころか、気づくことすら難しかったであろう父親にとっても、今回の事件は必要な出来事である可能性が高いと』

    「まあ、そういうことじゃ。いつも言っているように、事件や犯罪に対し、この世の価値観で善悪の判断を下すのではなく、その出来事から何を学び、どう自分の人生に活かしていくかを考えていくことが肝要じゃ」

    『よくわかりました。それにしても、僕も受験で苦労した身ですので、のぞみさんに対して同情すると同時に、しのぶさんがあそこまで娘さんに対して教育虐待を行なった背景には、しのぶさんの学歴コンプレックスが、さらにその背景には学歴社会が関わっているように感じます』

    「そなたの見解に付言するとすれば、我が国では“社会的出生”が重要視されておるからのお」

    『“社会的出生”とはどういった意味でしょうか?』

    「“社会的出生”については、ノルウェーの社会学者ヨハン・ガルツングが発表した“社会構造・教育構造・生涯教育”と題する論文を読むといい。ただし、あくまでこの論文は一つの学説であり、他にも様々な見解があることから、この論文が絶対的に正しいものではない、ということを覚えておくように」

    陰陽師の言葉に対し、青年が首肯するのを確認してから、陰陽師は一枚の紙を差し出す。

    日本では『生物学的出生ののちに社会的出生が起こる』。そこでは人々がどの社会階級に所属するかは、家柄や血統ではなく、どのような学校に入り、教育を受けたかによって、つまりどのような学歴をもつかによって決まる。しかも日本の場合、入学はまず間違いなく卒業(学歴取得)を意味するから、『どの階級に属するかは、各(教育)段階の入学試験のさいに決まる』ことになる。こうして、この『学歴主義』の支配する社会では、はげしい受験競争が日常化し、入学試験による『社会的出生』の結果獲得された学歴は『属性』となり『身分』となって、社会生活のすみずみにまで、支配的な力を及ぼすようになるというのである。(161頁)

    読み終えた青年は、眉間にシワを寄せながら口を開く。

    『確かに。僕の経験談ですが、大学以前の友人と大学生になってから久しぶりに再会し、大学の話になった際に、僕の大学名を聞いてから友人の態度が変わったことがありますから、学歴によって生まれ変わっていると言っても過言ではないと思います』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「なるほど。そういうこともあるじゃろうな。しのぶさんの場合、彼女が高校を卒業してからずっと高卒という属性、身分で固定されたままそれなりの辛酸を舐めて学歴社会を生きてきたじゃろうから、娘には同じ思いをさせたくなかったという思いがあったのかもしれぬの」

    『なるほど。学歴社会はまだまだ続くでしょうし、実際、僕の親族に中には、自分が合格できなかった大学に息子を入学させたいと言っている親がいます。その大学が息子さんに適しているならいいのですが、彼に限らず、受験する本人の希望と身の丈に合った大学に合格し、無用な苦労をせずに済むことを願うばかりです』

    「そなたの言い分もわかるが、そうは言っても各家庭で教育方針があるし、学歴社会の影響を強く受けた世代の親たちが学歴を重視することは至極当然と言えよう」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きく頷いてから口を開く。

    『ということは、例えば大学受験においては、偏差値の高さや知名度で選ぶのではなく、大学の校風や本人が専攻したい分野、さらには本人との相性で選ぶ方が、魂磨きのためという意味では充実したキャンパスライフを過ごせそうですね』

    「そうじゃな。未来は不確定で、ワシら一人一人の選択が未来を創造していくことを踏まえても、大学に限らず、本人が希望する選択肢の中でも、可能であれば今世の課題を果たすことにも適したものを選んでもらえたらと、ワシは思う」

    『確かに。大学を決めるほど大きいことではありませんが、僕が良さそうだと感じたコミュニティと関わることがNGだと鑑定結果が出ることもありますから、せっかく各種神事を済ませて霊的な余計な重しを取り除いて素の状態になり、パフォーマンスが100%になっても、誤った選択をして自ら運気を下げてしまっては元も子もないと思います』

    「そういうことじゃ。もちろん、NGと出た選択肢を選ぶことは本人の自由ではあるが、その結果、現世利益的にも霊的にも立て直すことが難しい状況に陥らないとも限らぬ」

    『肝に命じておきます。人間関係、特に恋愛と結婚、仕事内容、住んでいる家や引っ越し先など、今後の人生に少なからず影響を与えることを決める際は、ぜひ鑑定をお願いいたします』

    「もちろんじゃとも。繰り返しになるが、鑑定結果はあくまで参考にすべきであって、最後にどんな選択肢を選ぶかは個々人の自由だということと、鑑定で出た最適な選択肢を選ぶことによって得られる恩恵は、各種神事が済んでいることが条件であることを覚えておくようにの」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は父親との過去のやりとりを思い出していた。

    親と子は、魂の属性だけでなく、魂の種類が異なる場合もある。
    だから、子が親の仕事を継げるとは限らないし、親と同じ学歴を獲得できるとは限らない。
    もちろん、夢や目標を持って日々努力することは大事だと思うが、親自身が叶えられなかった夢は、そもそも本人の手が届かない夢で、今世の課題に含まれていない可能性もある。
    そして、子供には子供の、今世の課題を果たすための夢や目標があるだろう。
    親は親の、子は子の魂磨きが恙無く進むよう、より多くの人に、魂の属性と今世の課題と、神事の重要性について理解してもらえるように尽力していこう。

     

    そう、青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第51話:チップと魂の属性

    新千夜一夜物語 第51話:チップと魂の属性

    青年は思議していた。

    米国のインディアナ州において、とあるピザの配達員に対し、常連客から長年のお礼として、新車と新車の保険料やガソリン代などの維持費を含めた現金(総額およそ190万円)が渡された件についてである。

    海外ではこうしたサプライズをたまに耳にするが、我が国ではあまりないのはなぜなのだろうか?
    配達員や常連客の魂の属性が関係しているのか、あるいはインディアナ州の州民性が関係しているのだろうか?

    独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのであった。

    『先生、こんばんは。本日はチップと米国のインディアナ州について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「チップとインディアナ州とな。なぜその二つが今回のテーマになっているのか、皆目見当がつかぬが、もう少し具体的に説明してもらえるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンの画面を見ながら今回の出来事の概要を説明する。

    ・ロバート・ピータースさんは、31年間ピザの配達員として働いていた。
    ・彼はその実直な人柄と丁寧な仕事ぶりで地域の住民から人気があった。
    ・特に、お釣りの金額が約16円であったとしても、猛吹雪の中、わざわざ5〜6キロの道のりを運転して店までお釣りを取りに戻るなど、毎回きっちりお釣りを用意していた。
    ・そんな彼に対し、ダナーさんは何か恩返しがしたいと思い、クラウドファンディングを始めた。
    ・新車の購入資金と、保険料やガソリン代などの維持費に必要な約130万円を募ったところ、わずか二日間で約190万円が集まった。

    『日本ではお釣りを用意することは当たり前だと思いますが、米国ではチップ文化がありますので、客が代金に対して多めに現金を支払った場合、よほどの大金でなければそのままチップとして配達員が受け取ってしまうと聞いたことがあります』

    「ワシが米国の友人に聞いた話じゃと、ピザの配達員に渡すチップの金額は、代金の10~15%が通常で、その分アルバイトの配達員は自分の車とガソリン代が自腹となり、最低時給も5ドルぐらいだそうじゃ」

    『なるほど。時給が5ドルということは、日本円に換算すると500円強となり、日本のピザ配達のアルバイトの時給が1,000円〜1,500円ですから、かなり低いと思われます。ちなみに、ピザの配達員へのチップは必ず支払わないといけないのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「米国のデリバリーピザ店の中にはチップがいらない店もあり、その場合、最低時給が8ドルぐらいになるらしい。チップがいらない店であれば代金の授受はスムーズに行われる一方、チップの金額に対する明確な規定がないため、チップを支払う際に渋る客がいるそうじゃ。他にも、ピザの注文のついでに、電球を変えて欲しいと頼む老婦人もいるらしく、その場合、安いピザを注文した場合であっても、チップは最低5ドルが常識だと聞いておる」

    『なるほど。時給が8ドルだとしても、日本のピザ配達員のアルバイトの時給より低いので、もらえるチップの金額は配達員にとって重要な収入源といえそうです』

    「そうした前提を踏まえると、ガソリン代が自腹であるにもかかわらず、わずか15セント(約16円)を取りに戻るために猛吹雪の中5〜6キロの道のりを運転することは、なかなかできないことだとワシは思う」

    『チップとして15セントを受け取ってしまえば済む話を、そうしなかった理由として、ロバートさんの魂の属性が関係している可能性があると思われますが、いかがでしょうか?』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    ロバート・ピータースSS

    属性表を眺めた青年は、怪訝な表情を浮かべて口を開く。

    『彼は頭2なのですね。“頭2:狩猟民族の末裔”を持つ人物は、自分の利益に関して損得勘定で動く傾向があるとお聞きしましたので、ガソリン代をかけてまで15セントのお釣りを取りに行ったことが意外に感じますが、ひょっとして、枝番にヒントがあるのでしょうか?』

    そう青年に問われた陰陽師は、指を小刻みに動かしてから、口を開く。

    「彼は頭2(7)、つまり頭1に近い気質を持っているようじゃな」

    『彼は“魂4:一般庶民”ですので、“お釣りの用意がないことを理由に、チップを渡さなければならないと客に感じさせたくないんです”といった言動は、魂4特有の“律儀さ”の一つの現れと考えることはできるのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「その可能性が考えられる。そして、そなたの見解に付言するとすれば、彼の仁(他者への優しさ、思いやり)のスコアが3−4(転生回数が第三期の魂4)の中では80(A)と高いことも要因の一つになるじゃろう

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、黙って大きく頷いた後、口を開く。

    『今度は、ロバートさんのためにクラウドファンディングを企画したタナー・ラングレーさんの鑑定をお願い致します』

    そう言った青年が見守る中、陰陽師は紙に鑑定結果を書き足していく。

    タナー・ラングレーSS

    属性表に目を通した青年は、納得顔で頷いてから口を開く。

    『タナーさんは、世のため/人のためを地で行動する“頭1:農耕/遊牧民族の末裔”の気質を持つため、今回の企画を実行したことに納得できます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「そなたの見解に付言するとすれば、大局的見地と仁のスコアが共に85(AA)と高いことも要因となっていると言えよう」

    『なるほど。この二人の魂の属性を考慮すると、ロバートさんが地元の人々に評価される仕事をしていたことと、タナーさんがロバートさんの日頃の言動に感銘を受けて恩返しをしたいと考え、今回の企画を実行したことに納得できます。しかし』

    青年は首を傾げながら言葉を続ける。

    『日本でしたら、ピザ配達員一人のために、わずか2日間でここまで多くの人とお金が動くことは滅多にないと思われますが、彼らが住む、インディアナ州という土地に何らかの特徴があるのでしょうか?』

    「少し古い情報ではあるが、2010年国勢調査時点では、インディアナ州の世帯当たりの収入中央値は国内50州とコロンビア特別区を含めて第36位であり、米国内では裕福な方ではないと思われる。実際、インディアナ州は米国の製造業、特に鉄鋼産業と自動車関連産業の中心地で、人口の約30%が製造業に従事していることと、企業は通常よりも安い賃金で熟練労働者を雇用できると言われておることからも、この州の経済事情を推察することができよう」

    『なるほど。お釣りの金額が約16円という少額でしたら、チップとしてそのまま渡してしまっても構わないのではないかと思ったのですが、インディアナ州の経済事情を考慮すると、チップを支払えるほど裕福ではなく、お釣りを求める客に対しては、たとえお釣りの金額が少額だとしても、ロバートさんは1円の誤差なくお金を扱うことを良しとしたのかもしれませんね』

    「その可能性は、少なからずあるじゃろうな」

    『経済面からみたインディアナ州の特徴については理解できましたが、魂の人口分布図はいかがでしょうか?』

    インディアナ州の魂の人口分布図は、大体の目安として、魂1:3%、魂2:17%、魂3:25%、魂4:55%であり、魂4のうち90%くらいが3-4となっておる。よって、魂の人口分布図から言及するとすれば、クラウドファンディングを用いたとは言え、わずか2日間という短期間で大きなお金が寄付されたことは、魂4特有の“参加意識の高さ”が要因の一つして考えられよう

    『なるほど。ところで、我が国の魂の人口分布図の中では、魂4:45%で、そのうち2−4(転生回数期が第二期の魂4)と4−4(転生回数期が第四期の魂4)がほとんどを占めていることから、身近に3−3の人物が少なく、3−4の特徴を把握することが難しいのですが、3−4はどのような特徴を持っていると考えればいいのでしょうか』

    「端的に言えば、3-4はいい意味でも、悪い意味でも、4-4と2-4の中間と考えるべきじゃな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『2−4と4−4の中間というと、2−4は学業が突出するという特徴が顕著であることと、転生回数が第三期であっても、後半、すなわち150回代以降になると学業が突出する点を考慮すると、わかりやすいですね』

    「そなたの見解に付言するとすれば、3−4は4−4に比べて“個”が現れ始めている時期でもあり、4-4に社会的上昇志向と(個体差はあるものの)2-4の“脳”の機能を半分つけたような特徴と言えば、いっそうわかりやすいじゃろう」

    『なるほど。魂の容量(ガラ携並)は変わらず、思考や心の部分が発達したという意味で、2−4と4−4の中間と考えるべきだと』

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。また、転生回数の十の位の特徴は魂3:武士・武将に準ずることも覚えておくように」

    陰陽師の説明を聞き、大きく頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「さらに他の要因を挙げるとすれば、米国が三次元的な意味での“狩猟民族”の末裔であることから、ロバートさんの日頃の仕事が米国人に評価され、その応報として今回の寄附金が集まったと考えることもできよう」

    『とおっしゃいますと?』

    「大昔の狩猟民族は、例えばマンモスを狩りに行く時は部落民総出で向かい、マンモスを仕留めた際の功績に応じ、与えられる肉の量が変わるなどの報酬に差があったと思われる」

    陰陽師の言葉を聞き、黙って頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「同様に、チップは成果によって支払われるという考えがベースにあるため、従業員が質の高いサービスを提供できれば、高い収入を得られることに繋がる」

    『なるほど。チップの語源は不明ですが、一説によると、18世紀のイギリスのパブで、サービスを迅速に受けたい人のために”To Insure Promptness”と書かれた箱を置き、そこにお金を入れさせたことに由来したようで、チップの語源はこの箱に書かれた文言の頭文字だとするものがあるようです』

    「他の国を例に挙げれば、フランス語ではpourboire、ドイツ語ではTrinkgeldと言い、いずれも“酒を飲むためのお金”といった意味であり、サービスしてくれる従業員へ“これで一杯飲んでくれ”と小銭を渡したことがチップの始まりとも言われておる」

    『イギリスでのチップは“労働の対価”として、フランスやドイツでのチップは、謝礼や労いとった意味合いがあるようですね。他に、欧米以外でチップ文化が浸透している国はあるのでしょうか?』

    「例えば、仏教圏ではタイとインドが挙げられ、イスラム教圏ではマレーシアなどもチップはほぼ必須となっておる」

    『インドとイスラム教圏と聞くと、チップよりも“バクシーシ”の印象が強いのですが、昨今のインドではチップも浸透しているのですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は一つ頷いてから、言葉を続ける。

    「バクシーシとチップは似ているようで異なるため、注意が必要じゃ。イスラム教圏ではお金持ちがそうでない者に施しをする“喜捨”という考えがあるが、“バクシーシ”はその“喜捨”の考えを曲解した結果、お金を持たぬ者がお金持ちからお金や物を積極的に受け取ろうとする風潮になっておるようじゃ」

    『なるほど。チップはサービスありきで授受されるのに対し、バクシーシは何もせずとも、喜捨する側の意志次第で与えられるという違いがあるのですね』

    「そうは言っても、例えばエジプトのように、ホテルやレストランなどといったチップが必須となっている商業施設では、バクシーシという言葉を用いているものの、実際はチップと同様の扱いで従業員に渡している国もあるようじゃな」

    『なるほど。我が国にはキリスト教も仏教もイスラム教も伝播されていますが、チップ文化はあまり浸透していないようですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「いや、そんなことはない。我が国では古来から“祝儀”は一般的に授受されておったし、現代においても、観劇時の“おひねり”や、患者が入院や手術の際に主に執刀医に渡す“心付け”、そして、棟上げ式などでの大工への“祝儀”などの風習は色濃く残っておることは確かじゃ」

    『確かに。そう言えば、チップとは呼び方も渡し方も異なりますが、昨今の我が国でも、“サービス料”として、レストランやホテルでの宿泊代や飲食代にあらかじめ含まれていますね』

    納得顔でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから、言葉を続ける。

    「その“サービス料”は、江戸時代にはすでに始まっていたと言われている“茶代”を起源としており、“茶代”とは宿泊費とは別に客の裁量で金額を決めて旅館に対して支払う風習を意味する」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『つまり、過去の日本にも、宿泊費とは別に、チップのような客側の裁量で支払う文化があったということですので、チップ文化が現代の我が国に浸透してもおかしくないように思われますが、何か理由があるのでしょうか』

    「詳しくは明言できぬが、今も昔も、多く支払う人物がいれば全く支払わない人物もいたじゃろうから、旅館を維持するためにも、利益として安定しない“茶代”を廃止しようという動きがあったようじゃな」

    『なるほど。僕が現代の日本でチップと縁がない生活を送っているからかもしれませんが、レストランやホテルを利用するたびに、毎回従業員のサービスを評価してチップの金額を決めることは、煩わしく感じてしまいます』

    困り顔でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく笑ってから口を開く。

    「そなたのように感じる人物が少なくなかったからか、大正10年に茶代は廃止され、その分、宿泊費が5割値上げとなり、その後、昭和46年にノー・チップ制が導入されたようじゃ」

    『なるほど。そうした経緯を経て、部屋代、飲食代の金額に1割が固定して加算される、現在の“サービス料”となったわけですから、たとえ戦後になって我が国にチップが伝わってきても、アメリカのようにチップ文化が主流になることはなかったと』

    「まあ、そういうことじゃ。ヨーロッパの国民の中にも、チップを煩わしく感じる人物が増えてきたのか、EU発足以来ヨーロッパもチップ廃止の方向性に向かっているようじゃが、米国では、まだまだチップ文化は続きそうじゃ」

    そう言い、陰陽師は湯呑みに注がれた茶を一口飲んだ後、再び口を開く。

    「チップに関してはこんなところじゃ。他に、今回のサプライズチップに似たケースはあるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考し、やがて口を開く。

    『世間で言うところの善行という括りで似たようなケースを挙げますと、廃棄される予定のドーナツをホームレスなどに配布した、当時16歳だったブライアン・ジョンストン君の逸話があります』

    そう言い、青年はスマートフォンの画面を見ながら、概要を説明していく。

    ・ダンキンドーナツで勤務していた少年が、売れ残って廃棄される予定のドーナツを無断で持ち帰り、ホームレスや消防士といった地域の人々に配布していた
    ・その様子を撮影した動画をSNS上で公開したことが勤務先に見つかり、少年は解雇された
    ・その後、ダンキンドーナツのライバル社であるクリスピークリームドーナッツからホームレスに寄付するコンテンツを任され、映像コンテンツを制作して投稿した
    ・現在はメリーランド交響楽団のソーシャルメディアなどに携わる仕事をしており、収入が増えてやりがいも感じている

    青年の説明を聞いた陰陽師は、紙に鑑定結果を書き足していく。

    ブライアン・ジョンストンSS

    青年は属性表を眺めた後、口を開く。

    『彼の魂の属性の中で、頭が1であること、インターフェイスが3であること、仁が85(AA)と高いことから、廃棄予定のドーナツを配布したことに納得できます』

    「おおむね、そなたの言う通りじゃな」

    『他に属性表から推測できることとして、彼には霊脈の先祖霊がかかってないため、彼の今世の宿題に対して“逆接”、つまり彼が本来歩むべき道とは逆方向に向かわせる形で顕在化する霊障がありませんし、今世の宿題に対して“順接”、つまり無用な重しとなって顕在化する血脈先祖の霊障に、“2:仕事”の相がかかっていません。また、総合運を9点満点とすれば、彼のビジネス運の数字が“9”であることを鑑みても、彼の今世の課題に仕事の問題が含まれないと思われます』

    「何事も例外があるゆえ、断言はできぬが、その可能性はあるじゃろうな」

    『彼の行動に対して賛否両論があったようですが、現在の彼は収入が増え、仕事にやりがいを感じていることを踏まえると、動画を公開したことは彼の行動がクリスピークリームドーナツやメリーランド交響楽団に認知されるために必要だったでしょうし、ダンキンドーナツに解雇されたことは、彼が就くべき職に就くためのきっかけに過ぎないのではないかと考えました』

    「もし、一連の出来事がそなたの見立て通りの意味を持つのであれば、そう捉えることはできるじゃろうな」

    『それにしても』

    「なんじゃな」

    『ロバートさんの話もブライアン君の話も、今日お伝えしたところまでで見れば、漫画や物語のようにめでたしめでたしで終わるのですが、彼らの人生はこれからも続くので、そうはならないのでしょうね』

    「というと?」

    『ロバートさんには“2:仕事”と“4:病気”の相がかかっていることと、彼の健康運の数値が“7”と低いことを考えると、せっかく新車と多額の現金を得られたとしても、彼がそれらを基に新しいビジネスを始めて失敗して損失を被ることもあるでしょうし、あるいは今回のチップを与えてくれた地域住民のために今までよりいっそう仕事に精を出した結果、病気にかかってしまうことも、今後の人生に起こる可能性があるのではないかと考えています』

    腕を組み、視線を落としながらそう言う青年に対し、陰陽師はいつもの口調で語りかける。

    「未来は不確定であり、霊障がかかっているからと言って、そなたが挙げたような出来事が起こるとは限らぬが、彼らの人生が順風満帆のままの状態が続くかと問われれば、明確な回答はできぬ」

    『なるほど。ブライアン君のこれからの人生で、ダンキンドーナツを解雇されたような出来事が再び起きないとも限りませんし、彼の恋愛運の数値が“7”と低いことから、メリーランド交響楽団に勤めていることが要因となって、異性との何らかのトラブルが生じるかもしれませんし』

    「そういうことじゃ。例えば、現役で志望校に合格できずに浪人し、その翌年に志望校に合格して入学した結果、現役で入学していたら出会えなかっただろう学友と出会えたり、現役で合格した場合よりも一年就職活動が遅くなった結果、就職氷河期の時期を避けられ、望ましい就職先に就けるということもある」

    『そうでしたね。その一方、眷属などに必死に祈りを捧げた結果、運良く志望校に現役で合格できたとしても、学力が見合っていなかったために、講義についていけなくて留年してしまうこともあるでしょうし』

    「まあ、そういうことじゃ。長い人生の中、その時は幸せと感じる出来事があったとしても、その出来事が不幸の種となっていることもあるし、その逆もまた然りじゃ。いずれの出来事であっても、今世の宿題の一部であって、起こるべくして起こっている出来事でもあるということを、覚えておくようにの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、真剣な表情で大きく頷いた後、口を開く。

    『良い出来事が起きた時は、“勝って兜の緒を締めよ”、悪い出来事が起きた時は、“人間万事塞翁が馬”という言葉を意識して、これからの日々を過ごそうと思います』

    「うむ。出来事に対して一喜一憂してやるべきことに取り組めなくなってしまうよりは、そうした心がけで不動心を養い、日々を過ごす方が、魂磨きの修行になるとワシは思う」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自分の人生を振り返っていた。
    過去の自分には、善行がいつか報われる時が来ると信じていたが、仕事も人間関係もうまくいかなかった。

    その後、霊的な無用な重しが外れ、パフォーマンスが100%となった今となっては、目先の損得にとらわれず、その時々にやるべきことに集中している結果、巡り巡って相応の報いが訪れているように感じている。

    善行に励む人全員が報われるべきだとは思わないが、霊的な無用な重しを取り除くことで、やるべきことに取り組んでいる人々に相応の報いが訪れるよう、これからも各種神事の案内をしていこう。

    そう青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第50話:安楽死と今世の宿題

    新千夜一夜物語 第50話:安楽死と今世の宿題

    青年は思議していた。

    筋萎縮性側索硬化症(ALS)の終末期患者が、SNS上で知り合った医師に安楽死を依頼し、亡くなった件についてである。

    安楽死はその国の法律によって犯罪か否かが決まるが、法的に認められていない我が国では委託殺人になり、今回の事件は被害者本人の意思で安楽死を依頼したこととは言え、殺人であることに変わりはない。

    しかしながら、苦しんでいる終末期患者を目の前にする家族の心境のことも考えると、時には安楽死も選択肢の一つとして必要なのではないか。

    一人で考えても埒があかないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

     

    『先生、こんばんは。本日は安楽死について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「安楽死とな。これはまた物議を醸すようなテーマじゃが、具体的にどのようなことを知りたいのかの?」

    『まずは僕が質問するきっかけとなった事件について説明いたします』

    ・ALSは、リハビリや薬によって進行を遅らせることはできても、完治することはない指定難病である。
    ・ALSの終末期患者であった林優理さんが、Twitterで安楽死させてくれる人を募集した。
    ・医師である大久保愉一さんがそのツイートに目をつけ、二人は直接やりとりをした。
    ・2019年11月30日に大久保さんが林さんの自宅を訪問し、彼女に薬物を投与して死亡させた

    『安楽死は人や動物に苦痛を与えずに死に至らせることで、一般的に、終末期患者に対する医療上の処遇となっていますが、安楽死が法的に認められていない我が国では、この出来事は委託殺人となります。そうは言っても、我が国の終末期患者は最期まで苦しみ続けなければならないのか、疑問に感じた次第です』

    「なるほど。そなたの説明に付言するとすれば、安楽死には、積極的安楽死消極的安楽死がある。前者は、医師が患者に致死量の薬物を投与する、あるいは医師が処方した致死薬を患者が自ら服用する行為じゃ。一方、後者は、予防・救命・回復・維持のための治療を開始しない、または開始しても中止することによって死に至らせる行為となる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、小さく頷いてから口を開く。

    『その二つのうち、今回の事件は前者に該当すると思います。そして、今回の被害者は回復の見込みがなく余生を苦しみと共に生きることになりますから、その苦しみと迫りくる死への恐怖を思えば、自ら死を選んでもしかたないと思われます』

    「そなたが言うことにも一理あるとワシは思う。しかし、この世は修行の場であることから、病気で苦しむことが今世の宿題に含まれている人物も中にはおるし、怪我の功名ではないが、怪我や病を通じて学ぶこともじゅうぶんにあり得る

    『なるほど。この世の基準では、苦痛は忌避されるべき、あるいは早急に取り除かれるべきだと考える人が多数派だと思いますが、傷病や心身の不調、痛みを悪いものだと認識し、忌避することは違うのですね』

    「そういうことじゃ。基本的に、心身の何らかの不調は“御印”だということを覚えておくように」

    『おしるし、でしょうか』

    「そう、“御印”じゃ。例えば、発熱にはウイルスなどの病原菌に対する生態防御機能であり、高熱が出ているからと言って、解熱剤を飲んで熱を下げればそれで解決というわけでもないことは周知のとおりじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年が、大きく頷くのを見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「もちろん、命に関わるほどの高熱であれば話は別ではあるが、解熱剤を飲むことで回復するのが遅くなったり、むしろ病状が悪化する可能性があることもまた事実じゃ」

    『なるほど。巷で見かけるヒーリングなどの民間療法においても、症状をなくしたり、治すことにフォーカスしている印象があるので、注意が必要だと常々感じています』

    「そなたの言う通りじゃな。何らかの不調や痛みは、このままの生活習慣を続けると危険だという警告であり、不調や痛みをすぐに取り除こうとするのではなく、なぜそれらが生じているのかを考えることが肝要じゃ

    『なるほど。特に霊媒体質の人物の場合、他者の念や雑霊/魑魅魍魎を拾ったことによって顕在化する心身の不調もありますので、痛みや不調が本人にとって必要だから起きていることを知り、なぜそれらが生じているのかを考える必要があるわけですね」

    「そういうことじゃ。傷病を患うことの意味を理解したところで、今回の被害者にとって安楽死がどのような影響をもたらしたかを解説していこう」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    林優理SS

    被害者の属性表を見た青年は、何度か頷いてから口を開く。

    『被害者の健康運のスコアが“3”とかなり低いことから、彼女がALSで苦しむことは今世の宿題に含まれていたと思われます。ただし、ALSの発症のピークは男女ともに65〜69歳という傾向がある中で、およそ50歳という若さで末期症状になってしまった要因として、今世の宿題に対して順接、すなわち“無用な重し”となって顕在化する血脈先祖の霊障の“4:病気”の相がかかっていたことが考えられます』

    「ひょっとしたら、霊的に無用な重しとなる血脈先祖の霊障がかかっていなければ、彼女のALSの進行はより緩やかだった可能性が考えられ、その分だけ長生きできた可能性がある」

    『ということは、安楽死を選んだことで死期が早まったために、本来取り組めたであろう魂磨きの修行が少なくなってしまったとも考えられますが、死後の彼女がこの世に何らかの未練を残していないかが氣になります

    「そうじゃの。では、彼女が地縛霊化していないかみてみよう。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言うと、青年が固唾を飲んで見守る中、指をかすかに動かした後、口を開く。

    「ふむ。残念ながら、この女性は地縛霊化しておるようじゃな」

    陰陽師の答えを聞いた青年は、視線を落としてから口を開く。

    『苦しみから解放されたいという彼女の希望を叶えるという意味では、大久保愉一さんが自殺を手伝ったことは適した選択かもしれませんが、林さんの“魂磨きの修行”という側面においては、適した選択ではなかったようですね

    「まあ、そういうことじゃ。彼女が地縛霊化している理由として、ALSの末期症状で苦しむ日々の中にこなすべき課題が残っていたか、あるいは他の要因でこの世に未練があったと思われる」

    『なるほど。ALSの末期症状によって彼女の肉体のほとんどが動かなくなり、この世の基準で考えれば、彼女は自力ではほぼ何もできない状態だったと思われますが、そんな状況であっても、彼女が最期を迎えるまでの1秒1秒の中に、魂磨きの修行となる要素があったと考えられるのでしょうか?』

    「地縛霊化されているというところから考えると、その可能性は極めて高いようじゃ。捉え方によっては、安楽死を選んだ結果、今世の宿題を途中で放棄してしまったとも考えられるわけじゃからのお」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、暗い表情で口を開く。

    『この世の苦しみから逃れようと自ら死を選んだ結果、地縛霊化してしまい、死後もずっと苦しむことになるとは、林さんは思いもよらなかったでしょうね』

    「そなたの言う通りじゃな。さて、今度は法を犯してまで被害者の自殺幇助をした大久保医師の属性表をみてみよう」

    陰陽師はそう言い、紙に鑑定結果を書き記していく。

    大久保愉一SS

    属性表を眺めた青年は、やや目を見開きながら口を開く。

    『大久保医師は、頭が1、すなわち世のため/人のためを地で行動する性格を持ち、大局的見地と仁の数字が共に高いことから、真っ当な行動を取る傾向がある人物だと思われます。また、ネットで調べた限りではありますが、彼自身も自殺願望があったようで、被害者に同情して本人の意思を尊重して犯行に及んだと推察できます』

    「そなたの見解に付言するとすれば、彼には霊障と天命運のいずれにも“5:事件・加害者・死”の相がかかっていないことから、今回の事件は彼の意思によって行われたものであり、起こるべくして起こった可能性が高い

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、視線を落としてから口を開く。

    『起こるべくして起こった出来事だったとしても、林さんが地縛霊化していることは非常に残念に思います。彼女と同様に、他の終末期患者にとっても、安楽死は適した選択にはなり得ないのでしょうか?』

    「少なくとも、今回の彼女に限って言えば、適した選択ではないのじゃろうな」

    『彼女に限ってということは、他の人物にとっては安楽死が適した選択になる可能性があるということでしょうか?』

    「おそらく、安楽死に至るには様々なケースが想定できるので、一概にどうとは明言できぬが、安楽死を望む人とそれを手伝う医師の状況とタイミングによってはそうなる可能性もあるじゃろうな」

    『とおっしゃいますと』

    「先に前提の確認をするが、永遠の世での魂不足を解消するため、永遠の世の要請によって魂が“あの世”で生まれるものの、生まれたばかりの魂は永遠の世で即戦力とはならないため、修行の場である“この世”に転生し、魂磨きの修行を行うことは覚えてるかの?』

    『はい。魂があの世とこの世を行き来する輪廻転生は、どの生物も例外なく400回と決まっていますので、400回のうちの1回がどんな内容であっても、仮に短命だったとしても、スゴロクではありませんが、400回をこなせばいいという考え方があることも覚えています』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから言葉を続ける。

    「ただし、死を迎え、肉体を離れて無事にあの世に帰還した魂は、この世の時間で換算すると28年間、あの世で今世の振り返りと来世の計画を立てることから、今世で果たせなかった分の宿題が来世に持ち込まれ、来世が今世よりも過酷になる可能性がある」

    『なるほど。そう言えば、以前、転生回数が第一期、すなわち300回を越えた魂を持つ人物の人生は残りの転生回数が少ないため、修行が大詰めとなって過酷な人生になる傾向があると、お聞きしたのを覚えています』

    「そうじゃな。逆に、5歳という若さで餓死した幼児に対して“相殺勘定”が働いたことによって、残りの今世の宿題を前倒しして果たした結果、地縛霊化しなかったケースについては、先日話した通りじゃ(※第44話:福岡5歳児餓死事件参照)。つまり、命の長短ではなく、本人が今世の宿題を果たせたかどうかが重要となる

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、あごに手を当てながら、口を開く。

    『例えば、寝たきりで指一本動かせない人物であっても、脳が生きているなら、我々が感知していないだけで、思考しながら何らかの体験をしていると考えられますし、そうした日々の中で魂磨きの修行をしていると考えられるのでしょうか?』

    「うむ。寝たきりの人物であっても、終末期患者であっても、当人の天命がまだ残っており、当人が転生する前に設定してきた宿題の内容によっては、ひょっとしたら、寝たきりになってから取り組める課題がある可能性が考えられる」

    『なるほど。そうなりますと、不可思議な領域からみれば、終末期患者の天命がまだ残っている場合、安楽死は必ずしも適した選択とはならず、逆に、本人の今世の宿題が無事に果たされ、天命がもう残っていない人物に対しては、例えば、家族の経済状況が苦しいなどの現実的な問題を抱えている場合、安楽死は選択肢の一つとして考えられるということでしょうか?』

    青年にそう問われた陰陽師は、湯呑みに注がれた茶を一口飲んでから、口を開く。

    「最終的には、当事者である終末期患者と家族がじゅうぶんに話し合って決めることが大前提ということを踏まえて考えてもらいたいが、既にこの世でやるべき課題が終わっているにも関わらず、末期症状で苦しい思いをしている患者に対し、家族は早く楽にしてあげたいと思うじゃろうから、そうした状況の患者に対しては、現実的な選択だとワシは思う

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、納得顔で頷いた後、疑問を口にする。

    終末期患者の残りの天命がどれくらいかというのは、先生の鑑定でわかるのでしたよね?』

    「もちろんじゃとも。終末期患者のクライアントにどれだけ天命が残っているかを鑑定することはやぶさかではないゆえ、そなたの患者やその家族から相談されることがあれば、いつでも鑑定を依頼してもらって構わぬ」

    『その際はよろしくお願いします。今までの僕は、終末期のお客様に対し、1秒でも長く氣功施術で延命し、魂磨きの修行に取り組んでいただくことが最善だと考えていましたが、今後は、お客様の天命がどれだけ残っているのかを把握し、本人とそのご家族とよく話しあった上で、なるべく全員の悔いが残らないように対応していきます』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷き、微笑みながら口を開く。

    「たとえ終末期患者であっても、その人に天命がまだ残っている場合、宿題を果たすために症状の進行を遅らせることに意味はあるとワシは思う。天命が残っていない場合は、患者のためというより、患者の延命を願う家族のために行うことも、時には必要なのかもしれぬの」

    『ただし、症状を改善させたり治すことが目的ではないことをじゅうぶんに理解していただいた上で、ですね』

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。この世は修行の場であり、多くの新興宗教が謳う“地上天国”のように苦も病も争いもない世の中になることはない。ゆえに、たとえ指定難病を患ったり余命いくばくもない状態になったとしても、自分が置かれた状況に悲観することなく一日一日を大事に生き、魂が肉体を離れる時が訪れるまで、不動心を養っていくことが肝要じゃ

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます。最後に一つだけよろしいでしょうか?』

    「もちろん。なにかな?」

    『地縛霊化している林さんの救霊の神事をお願いできますでしょうか?』

    「もちろん。そなたならそう言うと思っておった」

    二つ返事で承諾した陰陽師に対し、青年は頭を深く下げた。
    そんな青年に、陰陽師は声をかける。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は、今は亡き祖母のことを思い出していた。

    父方の祖母の全ての神事が終わり、“霊的に無用な重し”が完全に解消された時は93歳で、その時は天命が6年残っていたが、それから2ヶ月という早さで他界した。しかも、地縛霊化していたのである。

    もちろん、当人の余生の過ごし方や医療機関での治療方針などで肉体的な余命が変わることも考えられる。けれど、自分とご縁がある方が今世の宿題を果たして死後に地縛霊化しないよう、なるべく多くの方にこの世とあの世の仕組みを理解してもらい、神事を案内しよう。

    そう青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第49話:七夕伝説とメソポタミア

    新千夜一夜物語 第49話:七夕伝説とメソポタミア

    青年は思議していた。

    以前(※第16話『門松と文化の起源』参照)、正月に玄関に門松を立てる習俗はシュメールが起源だと知ったが、毎年旧暦の7月7日に我が国で行われている“七夕祭り”も、シュメールが起源なのだろうか。

    一人で考えてもらちが明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は“七夕”について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「今日は“七夕”について、じゃな。“七夕”について説明することはやぶさかではないが、具体的にどのようなことを聞きたいのかの?」

    『以前、エジプトの文化が東方へと移動していったことと、エジプトには物神柱と呼ばれる神が四ついて、その一つである梟神“マシャ”がインドを経由して日本に伝わった後、マシャの重層語である“ガドーマシャ”が“門松”に訛ったとお聞きしました。それで、“門松”と同様に、“七夕”もシュメールやエジプトを起源としているのではないかと思ったのです』

    「その件については、おおむね、そなたの言う通りじゃが、ワシが見る限り、“七夕伝説”はシュメールを起源とする物語が民族の移動と共に、長い期間を経て我が国に伝承したと思われる」

    『やはり、そうでしたか』

    神妙な表情でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから、言葉を続ける。

    「ただし、そうは言っても、我が国に伝わっている“七夕伝説”と元々の物語とでは内容が異なっていることも、また事実じゃ。それらの内容の差異を確認するため、そなたが知っている七夕伝説について、教えてもらえるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、あごに手を当てて記憶を辿ったのち、口を開く。

    『うろ覚えではありますが、天の川を舞台とした、織姫と彦星という男女の愛情物語だと記憶しています』

    ・天の川の近くに住んでいた天の神様の一人娘が“織姫”だった。
    ・年頃になった織姫の婿として、天の神様は彦星をむかえた。
    ・お互いに気に入った二人はやがて結婚したものの、結婚後は仕事を忘れて遊んでばかりだった。
    ・織姫が機織りをしないため、皆の着物がボロボロになり、彦星が牛の世話をしないため、牛が病気になった。
    ・天の神様は怒り、二人を天の川の東西に別れて住まわせた。
    ・その後、織姫が悲しそうにしているのを見かねて、天の神様が一年に一度、七月七日だけ二人が会うことを許可した。

    七夕の概要を説明した後、青年はスマートフォンを操作し、やがて口を開く。

    『物語としては以上で、風習としては、七月七日の夜に短冊に願い事を書いて葉竹に飾るものがありますが、この風習が始まったのは江戸時代からのようで、しかも日本独自のもののようです』

    「ちなみに、葉竹を立てる風習は、先ほどそなたが説明した“門松”のように、四つあるエジプトの物柱神の一つである梟神“マシャ”が我が国に伝承されたものと考えられる」

    『木を立てるという形としては同じだと、僕は思います。他には、江戸時代の火消し衆が持ち歩く“纏(まとい)”も、“マシャ”が伝承された証左の一つでしたね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「話を戻すが、“七夕伝説”には諸説あり、国立民族博物館の君島久子教授によると、中国各地に分布する多様な“羽衣伝説”は三つの型に分けられ、その一つに“七夕型”があるという」

    『広大な中国各地に分布していたということは、我が国に伝わっている内容とは違いがありそうですね』

    「そなたの言う通りじゃ。“羽衣伝説”については別の機会に説明するとして、まずは君島教授の“七夕型”の物語に関する解説を読んでもらおうかの」

    そう言い、陰陽師は青年の前に一枚の紙を差し出す。

    だいたい長江(揚子江)の北のほう(の羽衣伝説)は”七夕型“となっておりますが、これから申しあげるお話で、なるほど七夕伝説と結びついているということがおわかりかと思います。天の川の東に天がありまして、西のほうは人間の世界でした。天には織女が住んでおりまして、衣を織っていたわけですね。人間の世界には、牛郎という牛飼いの男が住んでおりました。
    ある日のこと、牛がものを言ったんですね。
    「牛郎さん、牛郎さん、あなたにいいことを教えてあげましょう。天の川の織女が遊びにまいります。水浴びするとき、衣を脱ぎますから、いちばん末の娘の衣を盗みなさい。そうすると、あなたの妻になるでしょう」
    牛郎がそのとおりにしてまいりますと、なるほど織女たちが水を浴びている。そこで衣を隠しますと、その織女だけが帰ることができませんので、うちへ連れて帰って妻にいたします。そしてたいへん幸せに暮らしまして、子供も二人生まれます。
    ところが、民間伝承では、西王母という女神が出てくるわけですね。天の織女たる者が人間の男と結婚するとはなにごとか、ということで怒りまして、引き戻しにくるわけですね。西王母の軍隊がまいりまして、織女を無理やり天に連れ帰ってしまいます。牛郎父子は、泣き悲しんでおりましたが、追いかけて行こうということになりまして、牛郎は二人の子供を連れて追いかけます。どんどん追いかけて天の川まで来ましたところが、それを見ていた西王母が、川の間にかんざしで線を一本さっと引くんですよ。そうすると、いままで平らな水平線上にありました天の川が、天上高くのぼってしまったわけですね。これには牛郎父子も途方にくれまして、がっかりしておりますと、また牛が教えてくれるわけですね。
    「私は、いま死にますから、私の皮を着て天上にのぼりなさい」
    牛は間もなくばったり倒れて死にます。そこで牛郎は、いわれたとおりにその皮をはぎま して、それを着てみると、ふわふわと天上にのぼって行くことができました。そして、天の 川を渡って追いかけようとした瞬間、またもや西王母があらわれて、かんざしで一線を画し ますと、浅くてキラキラ光っていた天の川が狂瀾怒涛の天の川になってしまった。これでは、とてもダメだと、また、がっかりして途方にくれておりますと、連れてきた二人の子供が、いいました。
    「お父さん、私たちで天の川の水をくみ出しましょう」
    民話というのはたいへんうまく出来ておりまして、牛郎が天秤をかついで、前後に一人ず つ、息子と娘をのせてきたのですが、男の子と女の子では体重が違うものですから。女の子 のほうに“ひしゃく”をのせていた、その柄杓でもって、天の川の水をくみ出します。女の子がくみ出して疲れますと男の子が、男の子が疲れますと牛郎が、というふうにして父子三 人が一所懸命にやりぬいている姿を見て西王母は感動いたしまして、
    「ああ、かわいそうなことをした。では年に一回だけ、かささぎの橋を渡して、四人を会わせてあげよう」
    ということになりまして、年に一回、かささぎ(鵲)が橋をかけることになりました。そこで牛郎、織女、二人の子供は対面することができたんですね。七夕の夜に雨が降るのは、久しぶりで会える織女のうれし涙なのですよ――というお話なんです。地方によっては少しずつ違いますが、だいたい似たような話が中国の北のほうに伝承されているもので、そこで、この七夕のお話と結びついている羽衣伝説を“七夕型”と名づけたのです。

    “七夕伝説”について簡潔に説明すると、彦星はウルク城の牽牛、織姫はラガシュ城にいる織女、天の川はユーフラテス河に該当し、メソポタミア南部のユーフラテス河をはさんだウルク城とラガシュ城間の、牽牛が織女に会いに行く愛情物語となる

    そう言い、陰陽師は一枚の紙を青年の前に差し出す。

    画像1

    「ゴンドラ型の渡し舟の上に牛がおり、中央に立っている男が牛郎、そして船首・船尾の二人は、民話でいう牛郎と天女の間に生まれた二人の子供ということになる」

    『なるほど。人外の存在である天の神様や星が出てくることから、“七夕伝説”は創作された物語だと思っていましたが、古代メソポタミアの出来事を言い伝えていたのですね』

    「そなたの言う通りじゃ。どういった経緯で星が関係する物語になったかはわからぬが、後世の人間が何らかの意図によって、捏造/誇張したと考えた方が実相に沿っておるのじゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、無言で頷きながらしばらく文章を眺め、やがて口を開く。

    『君島教授の解説文の中に、牛が牛郎に天の織女と結ばれるための助言をしてみたり、牛郎が牛の皮を被って天界に行く描写がありますが、牛飼いや牛耕民族だったであろう当時のウルク市の住民にとって、牛はただの家畜ではなかったということでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は首肯した後、口を開く。

    「そなたは、“トーテミズム”という言葉を知っておるかの?」

    『いえ、初めて耳にしました』

    ばつが悪そうな表情でそう言う青年に対し、陰陽師は微笑みながら言葉を続ける。

    “トーテミズム”とは、特定の動物や植物をトーテム、すなわち部族の共通の祖先を表す標識とし、その集団を象徴する神として崇拝することを意味する

    『つまり、ウルク市の住民は牛をトーテムにし、信仰の対象にしていたということでしょうか?』

    「その可能性が高いとワシは思う。牛はメソポタミア南部のウル人社会において、“神獣”“聖獣”とされていたようで、紀元前3000年紀の見事な神牛像がウル城跡から発掘されておる。また、ウガリットと呼ばれる貿易国家でアルファベットの原型が生み出されたようで、1928年に発見された“ウガリット文書”において、頭に牛の角を持っている牛頭神が祀られ、アルファベットの最初の一文字である“A”はこの牛頭を形どっていると言われておる」

    『なるほど。牛を神とするヒンドゥー教にも影響を与えたと考えられそうですね。ところで、牛の皮を被って天界に行く描写には、どのような意味があるのでしょうか?』

    「当時のウルの神官は牛の皮を被り、“神の世界”と交流して神託を伝えていたそうじゃ。そして、我が国の“獅子舞”も、牛の皮を被った神官の日本的な姿を示しておる。一方、ラガシュ市には鳥トーテムの住民が住んでおり、“七夕伝説”に出てくる“織女”という言葉からわかるように、そこでは機織が主業じゃった」

    『なるほど。鳥を信仰の対象としていたラガシュにも、ウルク市の神官が行なっていた、牛の皮を被るような儀式は存在したのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は首肯してから口を開く。

    「ラガシュのトーテムである鳥に扮装した人物を“巫覡(ふげき)”と呼ぶが、“巫覡”は神を祀り神に仕え、神意を世俗の人々に伝える役割を持つ。そして、その役割を持つ人物のことを“シャマン”と呼んでいたようじゃ」

    『現代にもシベリア、アメリカ原住民、アフリカなどにも“シャーマニズム”と呼ばれる宗教の信奉者があるようですが、この言葉もシャマンに起因しているようですね」

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、首肯しながら二枚の紙を青年の前に差し出す。

    シャマン

    陰陽師が差し出した紙を眺めながら、青年はなるほどと独りごち、再び解説文を読む。
    とある一文に目を止めた青年は、陰陽師に問いかける。

    『一年に一度、天の川に橋をかける存在が“鵲”と書かれていますが、なぜ“鵲”なのでしょうか?』

    「“鵲”は漢人によって“昔”と“鳥”を合わせて作られた漢字じゃが、鵲が伝説に出てくる昔の鳥だったことが理由だと思われる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、ややあってから、口を開く。

    『昔、すなわち過去を表すのであれば、昔ではない漢字をあててもよかったのではないかと思われますが』

    「いや、“昔”は過去だけを意味しているわけではない。“昔”という概念には必ず“洪水伝説が存在”しており、古代エジプトと中国の“昔”という象形文字は、共に“洪水の箱舟”から作られているのじゃ」

    『洪水と箱舟と聞くと、“ノアの洪水”が思い浮かびますが、あれなんかも実際に起きた話だったとは…。そして、昔と鳥を合成した“鵲”には、箱舟の鳥という意味があるということですね』

    「そなたの解釈に付言するとすれば、洪水伝説の鳥、伝説の鳥という意味を持つ“鵲”だからこそ、天の川に橋をかける鳥として“七夕伝説”に登場したと考えられる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『なるほど。“七夕伝説”に洪水と箱舟が関係しているとなると、“七夕流し”という、富山県の泉川で満艦舟や行燈、姉さま人形を流す風習がありますが、この風習にも納得できます』

    「その風習については何とも言えぬが、何かしらの関係はあるかもしれぬの」

    『“鵲”については、シュメールや古代エジプトを起源とし、直近では中国の影響を受けていることはわかりました。ところで、先日、我が国の文化が朝鮮半島から伝わり、朝鮮半島の文化は北方騎馬民族である扶余(ふよ)族が朝鮮半島に南下してきたことで伝承してきたという話でしたが、扶余族の文化や宗教はどこから伝承しているのでしょうか?』

    「“扶余”はツングース系の狩猟農耕民族とされているので、モンゴル・ツングース系の白鳥族が古代朝鮮に文化や宗教を伝え、さらに朝鮮半島を南下して我が国に伝承してきたと言われておる」

    『なるほど。モンゴルということは中央アジアを経由していると思われますので、我が国に文化が伝承してきたと言われている、陸路と海路のうちの陸路になるわけですね』

    「そなたの言う通りじゃ。海路から見た言葉の転訛ももちろんあるのじゃが、海路についてはまた別の機会に話すとしよう」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『ここまでお話をお聞きした限りでは、“七夕伝説”に出てくる言葉に何らかの意味づけがあると思われますが、やはり七月七日という日付にも理由があるのでしょうか?』

    「もちろん。ウル人とシュメール人には“七聖観念”と呼ばれる、数詞の“七”に特別の意味を認める原始観念があり、七と七を対にする慣行があったことが、七月七日である理由として考えられる」

    『なるほど。我が国にある石上神社の“七支刀(しちしとう)”に“七”が採用されていることも、同じ慣行によるものと言えそうです』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、言葉を続ける。

    「大事なことは、そうした慣行だけでなく、人の移動と共に言葉と文化と宗教もその地域に伝播しており、牛と鳥、それぞれを神として崇拝する民族が長い年月をかけて我が国にたどり着いたと考えられる」

    『つまり、古代メソポタミアの人々たちが陸路と海路を使い、様々な地域を経由する途中で様々な血が混じり、現代の日本人が存在していると考えると、国籍は違えど遠い血縁と考えることもできるわけですね」

    「そなたの言う通りじゃ。同様に、様々な新興宗教を含め、我が国にも多くの宗教が存在しているものの、トーテムが移動していることを考慮すれば、信仰の対象もシュメールと共通していると考えることができよう。よって、大局的見地に立てば、宗教が異なるという理由で争うことは兄弟喧嘩のようなものだと、ワシは思う」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は夜の星空を見上げた。

    遥か遠い過去のご先祖様たちも、この星空を眺めたのだろうか。厳密に言えば、地球も太陽系も銀河系も宇宙を動いているため、今の自分と全く同じ星空を眺めることはないだろう。けれど、旧暦の七月七日という日が、ご先祖様と自分を繋いでいる氣がした。

    今日の話で、“七夕伝説”が古代メソポタミアでの牛トーテム族と鳥トーテム族の愛情物語を起源としていた内容であって、願い事を叶えるための風習ではないことがわかったが、短冊に願い事を書き、七夕祭りを楽しんでいる人々の中には、残念に感じる人がいるかもしれない。

    だが、この世が修行の場である以上、“七夕伝説”の実相を多くの人々に認知してもらうことによって、地上天国や現世利益を叶える願いを抱くのではなく、日々目の前のことに真摯に取り組むきっかけになればと、青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第48話:レペゼンフォックスと仕事運

    新千夜一夜物語 第48話:レペゼンフォックスと仕事運

    青年は思議していた。

    何かと騒動を起こしている、レペゼンフォックス(元レペゼン地球)についてである。彼らが起こした騒動としては、以下である。

    2016年1月にYouTubeを開始したが、アップロードされた数々の過激な動画(排泄物や吐瀉物、陰部を露出する、放送禁止用語を連呼する等の行為が映っているもの等)を原因に一度チャンネルを停止および閉鎖される。その後「更生」と称し、再度チャンネルを作り直して活動を再開。

    2019年7月27日、偽パワハラ事件で炎上し、9月に予定されていたドーム公演を中止

    2020年12月26日にメンバーの故郷である、福岡県の福岡PayPayドームで開催される解散ライブをもって、レペゼン地球は解散した。それに伴い、公式Youtubeチャンネルの動画もすべて削除された。しかし、2021年1月1日にチャンネル名をCandy Foxxに変更して活動を再開し、解散詐欺だと酷評されていた。

    2021年5月5日、YouTubeに投稿した動画「Namaste!!  CURRY POLICE」がインド文化を歪曲しているということで批判を受け、在インド日本国大使館に苦情が寄せられた。該当する動画を削除すると共に、謝罪の動画を投稿した。

    2021年6月1日、レペゼン地球が解散した真相を、DJ社長が動画で発表。レペゼン地球の経理を担当していたHと呼ばれる男性と、自社株を巡って一悶着あった後に代表職を解任され、現在裁判中。

    何かと世間を騒がせる彼らは、いったいどのような魂の属性を持っているのか。
    レペゼンフォックスとして新生した彼らの前途は、どうなるのだろうか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日はレペゼンフォックスのメンバーの属性と、彼らの今後について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「レペゼンフォックスとな。以前、ネットでレペゼン地球というグループ名をちらっと見かけた記憶があるが、それとは関係あるのかの?」

    陰陽師に問われた青年は、レペゼンフォックスにまつわる騒動について説明した。

    『彼らは何度か騒動を起こしていますが、特に、長年ビジネスパートナーとして活動してきたはずのDJ社長とH氏が、なぜ裁判で争うような事態になってしまったのかということと、レペゼンフォックスの今後が氣になりました』

    「なるほど。そなたが聞きたいことはわかった。まずは、DJ社長とH氏の関係について教えてもらえるかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、小さく頷いてから、口を開く。

    『DJ社長は21歳に起業し、人を集めるイベントを開催していました。初めは赤字続きでしたがやがて黒字になり、彼は九州最大のイベント団体のトップになりました。しかしながら、その後に詐欺にあって多額の借金を負ってしまい、さらに借金を返済しようと命運をかけたイベントも失敗し、最終的に6000万円もの借金を抱えてしまいました』

    「なるほど。それで、その時にDJ社長に手を差し伸べたのが、H氏だったと」

    『そうです。DJ社長は借金を返済するために有名人になろうと思い立ったものの、彼は多額の借金を抱えていたため、H氏が出資して資本金100万円の会社を、彼の代わりに設立したようです。100万円にした理由は、DJ社長が借金を完済した後に自社株を買い戻しやすいようにと、H氏が決めたようです』

    「なるほど。で、その時、両者は契約書などの書面を交わしていたのかの?」

    『いえ、あくまで口頭での約束だったようで、しかも当時のやりとりを録音していないようですので、物的証拠はないと思われます』

    青年の言葉を聞いた陰陽師が、湯呑みの茶を一口飲んだ後、口を開く。

    「そうなると、法廷で争う場合、ちとDJ社長側は厳しいじゃろうな。して、株に関してはどうなったのじゃ?」

    『DJ社長が借金を完済し、いざ株を買い戻そうとした時に、H氏は自社株を彼に売る代わりに条件をつけたのですが、その内容の一部を抜粋すると、レペゼン地球が歌った楽曲の権利を全て渡すこと、レペゼン地球のカラオケの印税も永劫的に渡すこと、です。これらを渡してしまったら、レペゼン地球が生み出してきたコンテンツ、いわば彼らにとっては子供を手放すようなことになります』

    「その条件であれば、DJ社長は到底承諾できるものではなかろう。して、その提案に対し、彼はどう応えたのかの」

    『DJ社長はその提案を断ると同時に、これまでの経理関係の情報を開示するよう、H氏に求めました。実は、DJ社長は、自分が作曲、動画作成、ライブ活動に集中するために、経理や契約書関係といった裏方の仕事を全てH氏に任せていたようで、幕張メッセでの大イベントの後にH氏に経営状態を質問したところ、何かと理由をつけて経理関係の情報を一切開示しなかったそうです』

    「レペゼン地球側の主張はわかった。それらに対し、H氏はどのように主張しておるのかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再びスマートフォンを操作し、口を開く。

    『H氏は、DJ社長が売れるまでの費用を負担したり、ライブハウスを回る際に車を運転したり、会場でグッズの販売も手伝ったことを述べています。また、費用や売り上げ以外においても、2019年にレペゼン地球の炎上騒動で西武ドームが中止になった際に、スポンサーなど各方面に頭を下げたりもしたそうです』

    「なるほど。H氏は縁の下の力持ちとして、彼らの活動を支えていたと主張しているわけじゃな。して、経理面については何と言っておるのじゃ」

    『経理面で“使途不明金”があるとDJ社長から詰められたことに対し、彼が連れてきた弁護士や公認会計士の前で帳面も見せてちゃんと説明していると主張しています。また、レペゼン地球のメンバーには30万円の給料しか渡さず、H氏が高額な役員報酬を得ていたというDJ社長の主張に対しては、メンバーの給与が30万円だったのはDJ社長と一緒に話し合って決めたようで、役員でもあったDJ社長には、H氏と同額の報酬を渡していたとのことです』

    「実相がわからぬ以上、なんとも言えぬが、話を聞く限りでは、DJ社長以外のレペゼン地球のメンバーを社員とし、役員と社員という間柄で考えれば問題があるようには思えぬが」

    『そうですね。他にも、DJ社長には会社名義のカードを渡し、メンバーの家賃や光熱費などを、給料とは別に事務所が支払っていたと。また、メンバーが行なっていた“LINEライブ”の投げ銭などの収入については、H氏は彼らを応援するため、事務所を通すことなく、直接メンバーに渡していたと主張しています』

    「なるほど。双方にそれなりの言い分があるようじゃが、そうしたいざこざの末、H氏は株主の特権を用いてDJ社長の代表職を解任したと

    『ネットで見る限り、どうやらそのようです。それで、“レペゼン地球”の商標権がDJ社長の手元になくなってしまうため、2020年の年末に解散ライブを開催し、その後いろいろあって現在はレペゼンフォックスと改名して活動しています。もちろん、レペゼン地球としてYoutubeに公開していた動画は、現在も非公開になっています』

    「この件の経緯についてはわかったが、そなたはこの件に関し、どう考える?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。

    『各々が長年協力して会社を大きくしてきただけに、今回の件は非常に残念な結果だと思います。ただ、僕としては、自社株の買い戻しに関するやりとりをした際に、DJ社長が録音や書面による物的証拠を残さなかったことが、この件における分水嶺だったと思います』

    「おおむね、そなたの言う通りじゃな」

    そう言い、陰陽師は紙に二人の鑑定結果を書き記していく。

    木元駿之助SS

    画像2

    両者の属性表を見比べた後、青年は口を開く。

    『ざっと見る限り、両者の魂の属性は共通点が多いように感じます。特に、共に数奇な人生をたどりやすい、転生回数の十の位の数字が“3”である230回台で、さらに人運が“7”と低いことから、そもそも人間関係におけるトラブルが起きやすい傾向もあると思われ、今回の件も、今世の宿題に含まれていると考えています』

    一度区切り、陰陽師が耳を傾けている様子を察し、青年は言葉を続ける。

    『さらに、血脈先祖の霊障に“2:仕事”と“14:人的トラブル”の相がかかっているため、それらが今世の宿題に対して順接、つまり無用な重しとなって顕在化したことが、今回の件が起きた要因の一つと考えられます』

    2:仕事の相
    本当にやりたいことができない。組むべき人を見誤る。資金調達計画が頓挫する。共同事業が中断する。急に気力/やる気がなくなる。信じられない裏切り者が現れるなど。

    14:人的トラブルの相
    思わぬところでトラブルにあったり、通常ではあり得ない揉め事に巻き込まれるか、つい一言余計な言動を取ってしまいトラブルの原因を作ってしまう。

    「血脈先祖の霊障の話が出たので補足すると、以前、霊脈先祖の霊障が、今世の宿題に対して逆接、つまり本来の方向性から逆方向に働く形で顕在化することを説明したと思うが、二人とも“魂7:唯物論者”で霊脈先祖の霊障がかかっていないことも肝要じゃ」

    『ということは、両者の人生の方向性は、霊障によって逆方向に向かわされたわけではなく、本来の人生の方向性を歩んでいたと考えられますので、やはり、今回の件は両者の今世の宿題に含まれていたと言えそうです。それにしても』

    そう言い、青年は腕を組んでから再び口を開く。

    『DJ社長は“レペゼン地球”の商標権を失い、H氏はこれまで通りにDJ社長と共に経営に携わっていれば、彼らの楽曲の売上から得られたであろう収益を失ったことは、お互いにとって大きな痛み分けとなったと思われます。このことが“2:仕事”の相の影響で起きたとするなら、魂磨きの修行の一貫とはいえ、血脈先祖の霊障は実に大きな“重し”だと、改めて認識させられます』

    「仮に“2:仕事”の相の影響によって今回の件が起きたとするなら、血脈先祖の霊障がかかっていなければ、もっと両者の損失を少なく済ませて和解できていたかもしれぬな。ちなみに、そなたはDJ社長の人生についてどう思う?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。

    『詐欺にあったり、イベントに失敗して多額の借金を負ってしまったことから、彼の人生は多くの人から“不幸”だと思われても仕方ないと思います。ですが、借金が正攻法では返済できないような金額になったことで、彼はDJの道に進むことができましたし、H氏のおかげでレペゼン地球はあそこまで大きく、有名になれたと考えることもできます』

    出逢いは必然であることから、現在の二人は裁判で対立しているものの、H氏と株を巡る騒動を経て、DJ社長は契約時において書面を交わすことの重要性や、事務関係に関し、大きく学んだことじゃろうし、お互いの人生において欠かせない縁だったとワシは思う」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きくうなずいた後、口を開く。

    『仰る通りだと思います。H氏と離縁して新生したレペゼンフォックスですが、彼らの今後はどうなることが予想できるのでしょうか?』

    「その質問に答えるには、メンバー全員をみる必要がある。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言い、青年が固唾を飲んで見守る中、紙に鑑定結果を書き連ねていく。

    木元駿之助SS

    松本絃歩SS

    内田匡SS

    脇将人SS

    松尾竜之介SS

    5人の属性表を眺めた青年は、怪訝な表情で口を開く。

    『5人とも、オリンピック以上のプロのスポーツ・芸能・芸術の世界で活躍できる、“2−3−5−5…2”を持つようですね。ただ、転生回数が230回台の男性アーティストの属性表を見るのは初めてです』

    「以前(※第23話:この世のルールと芸能界参照)、特例として、“2(3)―3―5―5…2”を持つ人物が“オネエ”や“ポルノ/AV女優”として、この世界に入ってくる場合もありえると話したと思うが、覚えておるかな?」

    『はい、覚えています』

    陰陽師の言葉に対し、大きく頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「“2(3)―3―5―5…2”を持つ女優の中には、松坂慶子のように、一流の女優として功成り名遂げたものの、50代になってからヌードを披露する人物も中にはおるが、ワシがみるかぎり、レペゼンフォックスの音楽や映像の水準は、一流とみなすにはちと厳しいようじゃな

    『なるほど。男子学生がやるような、“おふざけ”や“やらかし”といった奇抜な行動を取り、炎上や悪口を焚きつけ、話題性を集めて売れるやり方が、“2(3)―3―5―5…2”を持つアーティストの売れ方の一つなのかもしれませんね』

    「ふむ。例えば?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『知名度がなかった下積み時代、DJ社長は客の印象に残すために“フリートークをしながら合間にちびまる子ちゃんやアンパンマンの楽曲を流す”という異色のスタイルで活動していたようです』

    「ワシが知るクラブDJは、その場の人々を踊らせる目的で海外のEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)を絶え間なく流し続けるものだと認識しておったが」

    怪訝な表情でそう言う陰陽師に対し、青年は両手を上げて答える。

    『僕はクラブDJに詳しくありませんが、彼のパフォーマンスはクラブの関係者などからは快く思われなかったようで、Twitterに悪口を書かれ続けていました。ただ、そうした悪口が、彼らを認知させるという効果を生んだようです』

    「なるほど。DJや音楽の技術のみで知名度が上がったわけではないのじゃな」

    『おそらく。また、この頃からTwitterで動画をアップロードするようになり、“テキーラ一気飲み”をしたり、YouTubeでは数々の過激な動画(排泄物や吐瀉物、陰部を露出する、放送禁止用語を連呼する等の行為が映っているもの等)を挙げ、一度チャンネルを停止および閉鎖されています』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、湯呑みの茶を一口飲んだ後、口を開く。

    「他に2(3)−3−5−5…2の男性をみたわけではないから断言はできぬが、この魂の属性の男性は、そなたが言ったような、奇抜な行動で認知度を高めて売れるという傾向もあるのかもしれんな」

    『他の2(3)−3−5−5…2の男性アーティストがどのような経歴を持つのかが氣になります』

    そう言い、青年は椅子に深く座わり直して姿勢を正し、言葉を続ける。

    彼らが今後も“排除命令”に抵触することはないと知って安心しましたが、彼らと何らかのご縁を得られたら彼らに神事を受けていただきですし、その結果、霊的な重しを取り除いた素の状態になった彼らがどこまで活躍できるのかが、とても気になるところです。ただ、彼ら全員の魂の属性を鑑みるに、今後も人騒がせな出来事を起こすと思われますが』

    「それが彼らの今世の宿題に含まれるとすれば、いたしかたあるまい」

    『そうは言っても、世界を視野に入れるのであれば、日本人の代表となることもじゅうぶんに理解し、在インド日本国大使館に苦情がくるようなことが、今後はないように気をつけていただきたいところです』

    「そなたの言う通りじゃな」

    陰陽師がそう言った後、二人は笑い合う。
    しばらく笑い合った後、青年は真顔で黙考し、やがて口を開く。

    『話が変わりますが、今回の件はH氏がDJ社長との口約束を守らなかったことが発端になっていると僕は思っていまして、以前、“この世”の公的書類が“あの世”に与える影響についてお聞きしましたが(※第35話:神への接し方参照)、“DJ社長が借金を完済したら100万円で株を売り渡す”という口約束を破ったことは、H氏に何らかの損失をもたらす可能性があるのでしょうか?

    「だいぶ前に縁があったワシのクライアントの話になるが、神事を受けた後に割賦で代金を支払うと約束をしたものの、最初の一回を支払った後に何かと理由をつけて支払わなくなった人物がおった」

    『確認ですが、その人は本当にお金がなかった、というわけではないのですよね?』

    「詳しくは言えぬが、病院の安くない治療費を支払ったり、他のことにお金を使っていることは雑談の中で把握しておったから、神事の代金を支払う余力は間違いなくあったと思われる」

    『ちなみに、その人物はどうなったのでしょうか?』

    「その人物が所有していた事務所が火事にあったのじゃが、その損失額が神事の残債とほぼ同額じゃった」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開き、上ずった声で言葉を発する。

    『まさに“不可思議”な出来事ではありますが、そのような結果になったのは、ご神事の代金に関する約束だからであって、H氏がDJ社長との約束を破ったからと言って、同じような損失が生じるとは限りませんよね?』

    「もちろん、約束を交わした当事者たちの今世の宿題や霊障といった様々な要因が関係してくることから、全ての約束に当てはまるとは限らぬが、何らかの損失が生じることが予想される

    『なるほど。H氏の視点で考えれば、口頭とは言え、彼はDJ社長との約束を破ったことで、裁判沙汰になっているわけですから、それらの因果関係もあるのではないかと』

    「そう考えることもできるじゃろうが、ここで重要なのは、H氏が約束を破ったことが霊障の影響によるのか、そもそも彼の宿題に含まれているのか、彼の性格が引き寄せたのか、さらに言えば、性格が引き寄せたとしたら、それも含めて宿題なのかと、一概には言い切れぬことじゃ」

    『なるほど。“塞翁が馬”ではありませんが、H氏は今回の件での学びを通じて新たなビジネスのヒントを得られるかもしれませんし、あるいは、そもそもそのヒントを得るために約束を破るように天の采配があった可能性も考えられますので、まさに“不可思議”な領域の話になるわけですね』

    「そういうことじゃ。ただ、一つだけ言えることは、この世が“修行の場”である以上、当人にとって起こるべきことが起こることは確かじゃし、一見不幸に思える出来事や境遇も、“魂磨きの修行”の一貫であると考えることができるはずじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組んで椅子に深く座り直した後、口を開く。

    『つい、いろいろと考えてしまいますが、我々人間が、思議の範疇でああだこうだ考えたところで、わかるはずがありませんよね』

    そう言い、苦笑する青年に対し、陰陽師はほほえみながら口を開く。

    「そういうことじゃ。時には過去や未来のことに思いを馳せたくなることもあるじゃろうが、我々にとって重要なのは、今世の宿題をしっかり果たせるように、目の前のことに真摯に取り組むと同時に、できるかぎり多くの経験を積むことじゃ。そうすれば、我々は“この世”に未練を残して地縛霊化することなく、無事に“あの世”に戻れるはずじゃ

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自分の人生を振り返っていた。
    先祖霊の奉納救霊祀りを受ける前、“2:仕事”の相が塞がれていた頃は散々な日々だった。DJ社長ほどではないが、詐欺にあってそれなりの借金を抱え、仕事もうまくいっていなかった。

    当時の自分は自身のことを不幸だと嘆いていたが、そうした不幸と思える体験、大難をじゅうぶんに味わったからこそ、霊障の影響とその大きさを理解でき、大難を小難にする先祖霊の奉納救霊祀りを申し込めたのだと思う。

    これからも、最善を尽くしているにもかかわらず、霊的な余計な重しの影響によって必要以上に悩んでいる人々に神事を案内していこう。

    そう、青年は決意を新たにするのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第47話:自粛警察と魔女狩り

    新千夜一夜物語 第47話:自粛警察と魔女狩り

    青年は思議していた。

    コロナ禍において、“自粛警察”と呼ばれる人々が現れていることについてである。
    “自粛警察”による攻撃の対象となった事例の一部として、以下があるようだ。

    ・千葉県の菓子商店では、既に休業していたにも関わらず、「コドモアツメルナ。オミセシメロ」という貼り紙をされた。
    ・行政からの要請に従って営業をしていた飲食店が「この様な事態でまだ営業するのですか?」「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」といった貼り紙をされた。
    ・居酒屋が「本日自粛」という貼り紙を掲示したところ、何者かによって「そのまま辞めろ!」「潰れろ」「死ね」などの言葉がその貼り紙に書き込まれていた。
    ・県外ナンバーの車が傷をつけられる、あおり運転をされるなどの被害が相次いだ。
    ・生活圏が同一である徳島県住民の車のナンバープレートが曲げられたり、車に傷をつけられるなどの被害が相次いだ。
    ・日本相撲協会および相撲部屋に、自粛期間中に力士が外出していたという投書が相次いだが、そのほとんどが無記名かつ事実無根なものであり、ちゃんこの買い出しに行っただけの力士が報告された例もあった。

    こうした”自粛警察“と呼ばれる行動を取ってしまう人物には、何らかの共通点があるのだろうか。また、彼ら/彼女らに対し、どのように向き合えばいいのだろうか。
    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は、“自粛警察”について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「“自粛警察”とな。少し言葉が異なるが、ワシも以前に“健康警察”なるネット記事を読んだ記憶がある」

    『**警察という意味では、たしかに、似ていますね。その“健康警察”について調べてみます』

    そう言い、青年はスマートフォンを操作してネット記事を検索する。
    陰陽師が湯呑みの茶を一口、二口飲んだ頃、青年は再び口を開く。

    『医療ジャーナリストである、市川衛さんという人物が書いた記事のようですね。彼は、自身の中にもある、他人の行動に一言もの申したくなってしまう気持ちを、“健康警察”と表現しています

    「そのような内容じゃったと記憶しておるが、もう一度、詳細を教えてもらえるかの?」

    『とあるテレビ番組のロケで、その番組のディレクターが寿司屋の大将にビニール手袋を着けるように依頼したところ、嫌な顔をされたというのが主旨のようです。こうした感染予防対策に対し、“テレビではおなじみのアクリル板や、お寿司屋さんがつけるビニール手袋は、誰を何から守っているのでしょうか”と、市川さんは問いかけています』

    「なるほど。寿司はもともと素手で握って作る料理であるから、寿司職人は普段から寿司を握る前に手を洗い、消毒をしているため、衛生面では非の打ち所がない。それにも関わらず、ビニール手袋を使うとなると、彼らは調理後にまな板や調理場を定期的に掃除しているわけじゃから、ビニール手袋はすぐに汚れてしまう。よって、寿司職人の場合、ビニール手袋を着ける方が、感染リスクが高まるとワシは思うがの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから口を開く。

    『そのことに関し、市川さんは、視聴者からのクレーム電話に対応して手間が増えたり、ネットのお叱りで番組の評判が落ちたりするのを避けるため、つまり、“番組担当者の生活やこころ”を、私たちの中にある“健康警察”から守るためにビニール手袋は使われていただろうと、分析しています』

    「なるほど。して、アクリル板に関して、彼はどう分析しておる?」

    『アクリル板などの仕切りは大臣の会見などでも使われており、会見に来る記者たちの健康ももちろんですが、大臣の評判も守りたいのではないかと、市川さんは推測しています。結局のところ、寿司職人にビニール手袋の着用を求めた話と同様、カメラの先の人々の中にある、“健康警察”を意識しているのではないかと考えているようです

    「そうじゃろうな。先日話したように(第46話:誹謗中傷を書き込む人の魂の属性)、ネットでクレームを入れる傾向にある魂4による、ネットでの影響力はかなり大きいことから、番組制作者たちは、番組の内容とは関係のないところで炎上してしまい、本来伝えたいことが伝わらなくなってしまうことを避けるためにも、視聴者の視線を常に意識しなければならないわけじゃな」

    陰陽師の言葉を聞き、真剣な表情で頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「ちなみに、今回の“自粛警察”と中世の“魔女狩り“には一定の関係性があるのじゃが、そなたは“魔女狩り”という言葉を聞いたことがあるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考してから、口を開く。

    『“魔女狩り”は中世のヨーロッパで大々的に行われ、魔術を使った疑義がある人物を裁判にかけ、魔女だと判断された人物を死刑にしていたと認識しています。また、“魔女狩り”の対象となる魔女は呪術や黒魔術を扱う人間のことであり、魔“女”と表現されるものの、実際は男性も含まれていたと記憶しています』

    「大まかに言えばそうじゃな。して、当時行われていた“魔女狩り”の大きな問題点を挙げるとすれば、“自粛警察”のような私的な裁判が横行していたことじゃ」

    『え、教会などの権威ある組織が公平性を持って判決を下していたのではないのですか?』

    目を見開きながら問う青年に対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「そなたの認識では、異端審問と“魔女狩り”が混在しているようじゃから説明しておくと、“魔女狩り”の前身は、12世紀に行われていた異端審問と呼ばれるもので、当時のカトリック教会にとって異教と疑わしき人物を対象に行なわれていた裁判のこととなる」

    『つまり、異端審問では魔術を使うかどうかは、問題視されていなかったわけですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから、口を開く。

    「そういうことになる。実際、中世のカトリック教会においては占術や呪術の類は取り除くべき迷信とされたが、13〜14世紀の異端審問官が民衆の呪術的行為に積極的に介入することはなかった。教皇アレクサンデル4世は1258年に、異端審問官が占術や呪術の件を扱うのは、それが異端であることが明らかな場合に限ると定めておったそうじゃ」

    『そうなりますと、いつから異端審問が、魔術を扱う人物が対象となる”魔女狩り”に移行していったのでしょうか』

    「1428年にスイスのヴァレー州の異端審問所が、当時のローマ・カトリック教会側から異端として迫害されていた、ワルドー派を魔女として裁いた件が初めてのようじゃな」

    『なるほど』

    当時の西欧は、現代の先進国のように政教分離を基本的な原則としておらず、キリスト教が一国の政体に大きな影響力を持っていました。
    よって、神に対して謀反した堕天使(サタン)の手先である悪魔を崇拝する魔女は、国家反逆罪に近い扱いを受けていたわけです。
    また、現代の価値観とはだいぶ異なり、スコラ学では善良な天使と堕天使との人間の交流について研究がなされ、13世紀には悪魔の存在が現実の危機として考えられていました。

    「そして、15世紀後半になり、悪魔と契約してキリスト教社会の破壊を企む背教者が魔女であるという概念が生まれたことから、異端であるワルドー派やカタリ派が行なっていた集会のイメージが、魔女の集会のイメージへと徐々に変容していったと考えるのが妥当だとワシは思う」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンを手早く操作し、やがて口を開く。

    『なるほど。ネットで調べる限り、ワルドー派やカタリ派の集会では、サタンと性交したり人肉を食べているなど、彼ら/彼女らは根も葉もない偏見を押し付けられたり、そうした偏見から悪魔崇拝の嫌疑をかけられてしまったようですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「そうした背景を元に、“魔女狩り”は15〜18世紀の全ヨーロッパで行われ、特に16〜17世紀は魔女熱狂、大迫害時代とも呼ばれる最盛期を迎えた。また、文献によると、当時は教会や世俗権力ではなく、主に民衆によって推定4〜6万人が処刑されたらしい」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開き、問いを発する。

    『民衆が行なっていたとなると、昨今の“自粛警察”と同様、魔女狩りを行う明確な基準はなかったように感じますが、実際のところはどうだったのでしょうか?』

    「“魔女狩り”で特に有名な人物として、マシュー・ホプキンス(1644〜1646)が挙げられるが、彼はイングランドにおいて、“魔女狩り”で死刑になった1000人のうち、300人を処刑したと言われておる。しかも、彼が用いた水審、針刺し、拷問といった判別方法は不正が多かったようで、多数の無実の人を魔女としてでっち上げていたようじゃ

    『300人も不当に処刑するなんて、現代の倫理観からみれば尋常ではないと思いますが、いったい何が、彼をそこまで“魔女狩り”に駆り立てたのでしょうか?』

    「当時のキリスト教の影響下にあった時代背景を鑑みるに、敬虔なキリスト教信者であったであろう彼は、悪魔の存在を信じて恐れていたと思われる

    『なるほど』

    「また、彼は弁護士だったものの生計を立てることが困難で、彼が魔女狩りを行なう時には地元住民から特別徴税を行い、庶民の年収に相当する20ポンド前後の大金を受け取ったとする記録もある。彼が魔女狩り業務に従事していた3年弱の間に稼いだ金額は数百ポンドとも1000ポンドとも伝えられることから、金がもう一つの目的じゃったことは、まず間違いあるまい」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく無言で計算し、やがて口を開く。

    『彼が得たお金を1000ポンドと仮定すると、庶民の50年分に相当する大金ですが、お金を理由に、大勢の人物を不当な裁判によって処刑したことで、逆に彼がなんらかの罪に問われることはなかったのでしょうか?』

    「もちろん、当時のイングランドの法律では拷問が禁止されていたが、彼は弁護士であったことから、様々な工夫を凝らし、違法すれすれのやり方で魔女裁判を行なっていたようじゃな」

    『なるほど。ちなみにですが、彼はどんな魂の属性なのでしょうか?』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言い、紙に鑑定結果を書き記していく。

    マシュー・ホプキンスSS

    青年はしばらく属性表を眺めた後、やがて口を開く。

    『彼はビジネス運も金運も7と低いことに加え、血脈の霊障と天命運に“2:仕事”の相がかかっていますので、弁護士という職に就きながらも生活に困窮していたことに納得できます。そして、頭が“2”で自己中心的な特徴を持つことや、欄外の枝番が“5”で気性が荒い特徴を持つことを踏まえると、“魔女狩り”によって人の命を奪うことは、彼にとっては自分が生きるために行うビジネスのような感覚だったのかもしれませんね』

    そう苦々しく言う青年に対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「そうした“魔女狩り”に対し、反対の声がなかったわけではない。彼より前の時代になるが、“魔女狩り”に反対した最初期の人物として、ヨーハン・ヴァイヤーという医師がおり、彼の著作である“悪霊の幻惑について(De Praestigiis Daemonum)”が当時大きな反響を呼び、その結果、多くの地方で魔女裁判が寛大かつ慎重に行われるようになり、魔女だと判断された人物がこの本の論理で弁明をしたほどの内容だったそうじゃ」

    『具体的には、どのような内容だったのでしょうか?』

    「彼は悪魔の存在を完全に否定したわけではなく、悪魔は力を持っているものの、キリスト教会が主張するほどには強くはないという前提の基、悪魔はそれを呼び出した人の前に出現し、幻影を作り出すことができるという考えを支持した」

    『つまり、悪魔を呼び出す人がいなければ、悪魔は積極的に人間に対して影響を及ぼさないということでしょうか』

    「おそらく。さらに付言すると、彼は幻影を作り出すことのできる人々のことを魔術師と定義し、魔術師は悪魔の力を使って幻影を作り出す“異端者”である言及した」

    陰陽師の言葉を理解するためか、しばらく青年は無言で唸ったのち、やがて口を開く。

    『つまり、極端な言い方をすれば、諸悪の根源が悪魔と、悪魔を呼び出した魔術師だと主張したわけですね。それで、肝心の“魔女”として疑われた人物はどのような扱いになったのでしょうか』

    魔女たちに対し、彼は“精神的に病んでいる”という言い回しをしたと言われておる。現代でも“精神疾患”という病名があるものの、その原因を悪魔だと主張する人物は少数派であることはわかるじゃろう」

    『はい。現代でそんなことを言っても、相手にされないと思います。彼の主張のおかげで、加害者は悪魔そのもので、魔女と疑われた人々が濡れ衣であることが明確に整理されたようですね

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、再び口を開く。

    「当時の人々がキリスト教から強い影響を受けていたとは言え、悪魔と魔女、言い換えれば悪魔憑きを明確に分けて考える様になり、理性的な判断ができる人物が徐々に増えていったと思われる」

    そう言った後、陰陽師は鑑定結果を書き足していく。

    ヨーハン・ヴァイヤーSS

    属性表を見た青年は、何度も頷いてから、口を開く。

    『彼は頭が1で世のため・人のためとなる行動を地で実行する特徴を持ち欄外の枝番が“1”で能力面において優秀であること、大局的見地(S)と仁(A+)が高いことも考慮すると、大々的に行われていた“魔女狩り”に対して異を唱えたことも納得できますし、彼の行動は英断だったと思います』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「彼の執筆の動機は、“やっかいな悪魔に誘惑された高位高官の人びとに対する真からの同情心”だったそうで、“魔女狩りはあくまで悪魔の誘惑によるものであり、責任は悪魔にある”という持論を展開し、これまで魔女裁判を行なった者への配慮も怠らなかった点も、特筆すべき点じゃな」

    『なるほど。魔女裁判を行なった人物の中には、己の行いを悔いた人物もいたでしょうから、彼らにとっても読む価値はあったのでしょうね。また、ヨーハン・ヴァイヤーは医師として社会的地位が高かったことから、彼のような人物が唱える現実的な主張は、読者に対して大きな説得力を持ったのだと思います』

    「そうじゃな。彼は皇帝フェルディナント1世に“不当な魔女裁判の助長を差し押さえる特権”を求めた結果、皇帝からその特権を認められたようじゃし、当時の世の中にはびこっていた不当な“魔女狩り”を減少させた彼の功績は大きいと思われる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『なるほど。彼のように、“魔女狩り”に対して反対意見を述べる人々によって、“魔女狩り”は収束していったと思われますが、実際に、“魔女狩り”はどのように収束していったのでしょうか?』

    「17世紀末期になると知識階級の魔女に対する認識が変わり、裁判でも極刑を科さない傾向が強まったことと、カトリック・プロテスタントともに個人の特定の行為の責任は悪魔などの超自然の力でなく、あくまでも当人にあるという概念が生まれてきてから、裁判においても無罪放免というケースが増えたことで、魔女裁判そのものが機能しなくなっていったようじゃな」

    『なるほど。ヨーハン・ヴァイヤーが主張した、魔女と疑われた人物を“精神的に病んでいる”と認識することで、現代の価値観と照らして考えれば、特定の行為の責任は悪魔とは無関係であり、あくまで当人にあると解釈できることに納得できます。それに、魔女に対する認識が変わったことが重要ということであれば、大局的見地に基づいた情報を、より多くの人に届けることが重要であったことは、当時も現代と同じのようですね』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから、再び口を開く。

    「ちなみに、“魔女狩り”の規模は地域で差があったようで、強力な統治者が安定した統治を行う大規模な領邦では激化せず、不安定な小領邦ほど激しい魔女狩りが行われていたようじゃ。その理由としては、不安定な小領邦の支配者ほど社会不安に対する心理的耐性が弱く、“魔女狩り”を求める民衆の声に動かされてしまったことが考えられる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組んで眉間にシワを寄せながら、口を開く。

    『我が国は社会不安に対する心理耐性が低いと、僕は思わないものの、自粛疲れで社会への不満を抑えきれなくなった一般人による“自粛警察”の声が、インターネット上で多数挙げられて炎上でもしようものなら、政治家もそうした声を無視できない現状ですもんね』

    「残念ながら、そなたの言う通りじゃ。“健康警察”や“自粛警察”なども、コロナ禍の影響による仕事の減少にともなう収入の減少や、終わりが見えない不安によって、社会に対する不満が増長していることに加え、“令和革命”の影響によって、産業革命前の中世に世の中全体がシフトしている影響も関係しておるのじゃろう」

    ※令和革命とは、日本の年号が“令和”に変わったことにより、産業革命を機に始まった、唯物論者の考えや意見が主流な現在の物質主義の世の中である“体主霊従”から、“霊”、すなわち魂や見えない存在の影響を大きく受ける、“あの世”の理屈が主流となる、産業革命以前の“霊主体従”の世の中にシフトしたことを意味します。(※第34話:令和とパラダイムシフト参照

    『なるほど。人間は環境の影響を受けやすい存在ですから、“令和革命”の影響で我々を取り巻く環境が大きく変わり、全てが産業革命以前には戻らないものの、当時の人々に近い行動を取る傾向が強まってしまうわけですね』

    「そういうことじゃ。今回の事件は怪我で済んだからよかったものの、仮に今後も我が国の状況に改善の兆しが見られない場合、国民の不安も増大していき、そうして増大した不安を解消するため、事件の内容も過激になっていくことが予想され、場合によっては人命が失われるような事件が起きないとも限らぬ」

    『なるほど。とは言え、“自粛警察”による行動の結果、新型コロナウイルスの感染者数を減らせるとは限らないと思うので、個人の独断によって人の命が奪われてしまうような、“魔女狩り”の再来がないことを願うばかりです』

    「ワシもそう思う。ちなみに、“自粛警察”に該当するような事件を起こした人物の情報を、わかる範囲で教えてもらえるかの?」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンの画面を見ながら、加害者たちの情報を読み上げる。

    『ネットで調べる限り、2021年4月に他県ナンバーの車に煽り運転をした男性と、2020年4月にスポーツクラブのドアを破壊した男性は特定できました』

    青年の言葉に耳を傾けながら、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    あおり運転をした男性SS

    スポーツジムのドアガラスを破壊した男性SS

    二人の属性表を眺めた青年は、やがて口を開く。

    『両者の共通点の中で、事件を起こす影響を与えた要素として、人運と大局的見地の数字が高くないことと、攻撃性を示す項目の上段の数字が“2”であることと、先祖霊・血脈の霊障と天命運に“14:人的トラブル”の相がかかっていることが考えられます』

    「おおむねそなたの言う通りじゃが、両者がそのような行動を取った経緯についてはわかっておるかの?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、やがて口を開く。

    『前者に関しては、“残業が続いて疲れていた。コロナ禍なのに、県外ナンバーの車だったのでイライラしてやってしまった”とのことで、後者に関しては、“緊急事態宣言が出ているのに営業しているので、頭に来て文句を言おうと思ったが、店員がいないのでドアを破った”とのことです』

    「なるほど」

    『後者の男性の被害にあったスポーツジムに関しては、事件が起きた1時間後から休館を開始する予定だったようで、タイミングが悪かったと思います』

    「いずれにせよ、この二人が取った行動は、新型コロナウイルスの感染予防の観点からみて適切だったとは考えられず、市川さんの言葉を借りれば、“健康警察”が前面に出てしまったようじゃな」

    陰陽師を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『ちなみに、市川さんは“健康警察”が与える影響と、それにどう向き合えばいいかを次のように書いています。”他人の行動を見かけて、何かしらモヤモヤを感じた時、SNSに書き込んだりする前に、私の中の“健康警察”は、実はあまり合理的でないことを要求し、誰かの生活を息苦しくさせることにつながっていないか?“と振り返るクセをつけましょうと、自戒を込めて述べています』

    「その通りじゃろうな。新型コロナウイルスに関する諸説が散見しているようじゃが、一人でも多くの人が感染予防に関する正しい情報を得、“疫病退散”のような神事を受けようと自ら密になる状況に身を置き、そこで感染してしまうようなことがないことを願うばかりじゃ」

    『そうですね。新型コロナウイルスは“風邪”だと主張するのは自由だと思いますが、医師ではない人物の言葉を鵜呑みにしてはいけませんし、昨今の医学の進歩を鑑みるに、新型コロナウイルスの感染経路と感染予防に関する医学的な見解の信憑度は高いと思われます』

    「そなたの言う通りじゃな。“魔女狩り”の時代に生きた人々とコロナ禍に生きる我々の共通点として、悪魔と新型コロナウイルスという、いずれも目に見えないものに由来する恐怖と直面しておるが、ヨーハン・ヴァイヤーが、キリスト教から強い影響を受けていた当時の価値観の中で、目に見えない悪魔に対する認識を変えるのに成功したのと同様、現代に生きる我々一人一人が、特に魂1〜3が大局的見地に基づいた情報を発信し、新型コロナウイルスに関する人々の認識を変えていくことが肝要なのじゃなかろうか

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は“自粛警察”の事例と“健康警察”のネット記事を読み返していた。
    “自粛警察”となってしまう人物はひょっとしたら、自分と価値観が合わず、話し合いで解決することが難しいかもしれない。

    だが、正しい情報を伝えることで、本当にやるべきこととそうでないことについてや、“自粛警察”のような私的な行動がどのような結果をもたらすのかについて理解してもらえたら、実行する直前に考え直してもらえ、同じような事件が起こることを、未然に防げるかもしれない。

    また、いざ“自粛警察”となりかねない人物が目の前に現れたとしても、その人に正しい情報を、適切に伝えられるように精進していこう。

    そう、青年は決意したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第46話:誹謗中傷を書き込む人の魂の属性

    新千夜一夜物語 第46話:誹謗中傷を書き込む人の魂の属性

    青年は思議していた。

    先日、伊是名夏子さんが公開した、『JRで車椅子は乗車拒否されました』という題名のブログが炎上した件についてである。

    この出来事は、車椅子ユーザーである伊是名さんが来宮駅近くの宿泊施設や飲食店を事前に予約し、当日にJR東日本を利用して現地に向かおうとした際に、無人駅である来宮駅ではなく、バリアフリー化されている熱海駅で降車するように、駅員から勧告されたことを発端とする騒動を書いたブログが炎上したようだ。

    今回の炎上は、著名人である伊是名さんのブログの8割を削除するほどの影響があり、尋常ではないように青年には感じられた。

    伊是名さんはどんな魂の属性を持っているのか。そして、なぜ、彼女のブログはここまで炎上したのか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は伊是名夏子さんと、彼女のブログが炎上した件について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「先日、ネット上のニュースで話題となった件じゃな。して、具体的にどういったことを知りたいのかの?」

    『僕がお聞きしたいのは、伊是名さんの魂の属性と、なぜ彼女のブログはあそこまで炎上したのか、そして、今後、インターネット上でどのように情報発信していくべきかについて、です』

    「なるほど。それらの質問に答える前に、今回の騒動が起きた経緯について教えてもらえるかの?」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、一つうなずいてからスマートフォンを操作し、口を開く。

    『自身が車椅子ユーザーである伊是名さんとしては、現在障碍者たちが享受している権利は、先人たちの座り込み等の運動によって獲得できた権利であると考えているようで、今回の出来事もバリアフリー推進の活動の一環として起こしたようです』

    「つまり、彼女は意図的にその日、その場所を選んでいたというわけじゃな」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きくうなずいてから、口を開く。

    『彼女が後日発信していた内容から判断するに、そうなります。実は、ブログに書かれた出来事が起きた当日の2021年4月1日は“改正バリアフリー法”の施行日で、伊是名さんは来宮駅が無人駅だと知っていたようですし、JRとの騒動が生じた際に、新聞社数社に呼びかけて取材を要請したということから、計画的な政治運動だったと言えそうです』

    「たしかに、その騒動がプライベートなものであれば、新聞社を呼ぶ必要はないからのう。して、JRは彼女の要望に対し、どういった対応を取ったのかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『JR小田原駅の駅員は、無人駅である来宮駅ではなく、バリアフリー化されている熱海駅での下車を推奨しましたが、伊是名さんは、熱海駅から来宮駅までに移動するための、車椅子で乗車可能なタクシーは一ヶ月前からの予約が必須だと主張し、バリアフリー法にのっとって対応するように駅員に求めました』

    「なるほど。法律を盾に、自らの要求を通そうとしたわけじゃな」

    『そうです。そんな彼女の要求に対して駅員は、来宮駅はバリアフリー法の対象とはならないことを説明しましたが、駅員によるその説明に対し、伊是名さんは、今度は“障害者差別解消法”を根拠に合理的配慮を求め、駅員3・4名を集めて電動車椅子を運ぶように要求しました。その結果、特別な計らいによって、駅長を含む4人の駅員が来宮駅まで同行し、対応したとのことです』

    「その経緯を聞く限り、乗車を拒否されたわけではないのじゃから、JRに非を感じさせかねない、あのようなブログのタイトルを付けるには、ちと無理があると思われるが」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    伊是名夏子SS

    属性表を眺めた後、青年は口を開く。

    『この属性表から、伊是名さんは人運が“7”と低く、血脈の霊障と天命運に“14:人的トラブルの相”があることから、今回炎上してしまったことは納得という感じですね』

    「そのあたりについては、たしかに、そなたの言う通りなのじゃろうが、“改正バリアフリー法”は2025年を目標に施行されておる法律で、同法が施行されたその日に、全ての駅をバリアフリー化することは、現実的に考えてみてもほぼ不可能じゃ。よって、経済性や現実味を度外視した彼女の一連の言動には、魂4特有の大局的見地に欠けた、偏狭な正義感が少なからず影響しておるのじゃろうな」

    『なるほど。伊是名さんは政治運動を目的として、意図的にあのような人目を引くようなタイトルをブログにつけたのだと思いますが、読者の批判の矛先をJRに向けようと権謀術数を弄したにもかかわらず、本人の意図とは逆に、批判や誹謗中傷が自らに集中してしまったわけですね』

    「まあ、結果としてそういうことになるのじゃろうな」

    青年の言葉に一つ頷いた後で、陰陽師が言葉を続ける。

    「ところで、今回の騒動が起きた経緯はそうじゃとして、炎上した理由について、世間ではどのように言っておるのかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンを操作した後、口を開く。

    『今回炎上した理由についてですが、ネット炎上を研究している国際大グローバル・コミュニケーションセンター准教授の山口真一博士によりますと、議論の前提の違いとブログの書きぶりの2点が主な理由となっているようです』

    「というと」

    『一つ目の“議論の前提の違い”についてですが、伊是名さんは、障碍者も健常者と同様に生活を送るという“真のバリアフリー”の社会が実現していない現状を、障碍者の視点で提起しましたが、読者は健常者の方が多いことから、今回の彼女の言動は多くの人にとって、“利用者の少ない無人駅に、事前連絡なしに車椅子で行ってクレームをつけている”という解釈になってしまったのだろうと思われます』

    「なるほど」

    青年の言葉にあいづちを打つ陰陽師を見やり、青年は言葉を続ける。

    『山口博士は、“前提があまりに違うとそもそも議論にならず、意見が衝突するばかりで妥協点を探すことが難しい”と述べていますが、今回の一件は障碍者と健常者という前提だけでなく、4つの魂の種類の違いによって生じる、議論の前提の違いも何らかの関係があるのではないかと、僕は思いました』

    「して、もう一つの理由である、“書きぶり”とは?」

    陰陽師にそう言われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『ブログのタイトルの付け方もですが、本文では伊是名さんの主張がかなり強く出ていて、可能な範囲で対応した駅員への感謝の言葉がなかったことから、特に、“駅員だって大変なのに”“書き方がおかしい”といった、本筋とは関係ない理由で炎上したようです』

    「なるほど。無人駅だとわかっていた上での彼女の行動や、新聞記者まで呼んで大ごとにしようとしていた点も、いっそう反感を買う要因となったわけじゃな」

    『そうですね。炎上することで多くの人々から注目されましたが、本筋とは関係がない“書き方”の方で炎上してしまっては、真のバリアフリーを訴えるという本筋が伝わらなくなってしまい、本末転倒だと思います』

    「たしかに。一般論として、ネットが炎上する背景には、ガラ携並みのOSを持った魂4の偏狭な正義感に裏打ちされた批判/議論があるのじゃろうが、今回の件も、論旨の全体を見るのではなく、“感謝の言葉がない”“書き方がおかしい”という側面に対してのみ、集中砲火が浴びせられた結果、このような炎上が起こってしまったのじゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンの画面を見ながら、口を開く。

    『そのお話と関連しますが、山口真一博士が実施した、20〜60代の男女3000名を対象としたアンケート調査の結果によりますと、7%しかいない少数の極端な人がネット上の意見の46%を占めているようですが、この極端な人の多くが魂4と考えるのであれば、先生の説明に納得できます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「さらにもう一つ付言するとすれば、人口の45%と最も多くを占める魂4の中でも、我が国の場合、特に2−4(転生回数が第二期の魂4)と4−4(転生回数が第四期の魂4)が多いことから、炎上の種火となる投稿を2−4が書き込み、4−4がそれに追従して拡散するという、我が国特有のメカニズムも今回の一件に大きな影響をあたえておるのじゃろうな」

    『なるほど』

    「して、誹謗中傷を書き込む人々の動機について、山口博士はなんと?」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再びスマートフォンを操作し、口を開く。

    『2017年に行われた研究ではありますが、山口博士は、炎上の種火となる投稿をしている人物の動機に関し、“どのような炎上事例でも、6〜7割の人が自分の価値観での正義感から投稿を書き込んでいたそうで、動機を掘り下げていくと、何かしらの生活や社会への不満といったものが少なくない”と述べています』

    「なるほど。動機は、生活や社会への不満とな」

    『はい。“誹謗中傷を書き込んでいる人は、あくまで相手が悪いから攻撃しているようで、実は、他者に制裁を加えることで、不安を解消してくれるような、いくばくかの満足感を得ようとしている”とも、山口博士は分析しています』

    「なるほど。終わりが見えないコロナ禍の影響による、仕事の減少に伴う収入の減少に加えて様々な自粛を強いられることで、本来は問題とならぬような些細な事象にまで、火の手が上がりやすくなっておるというわけじゃな」

    『それともう一つ。メディアで凄惨な事件や芸能人の不倫や政治家の不祥事などのネガティヴな情報が報道されると、やり場のないストレスの捌け口をそれらの事件に求めてしまうということも、その原因と思われます」

    そう言い、視線を落とす青年に対し、陰陽師は微笑みながら口を開く。

    「今回の件を通じて、インターネットにおける魂4の支配力が強いことを改めて理解できたと思うが、インターネットの普及と政治家の小型化という問題にも奇妙な相関関係があることを含め、ネット上での発言権を魂4だけに握られぬよう、魂1〜3が、より多くの情報発信をしていくことが大切だという話は、以前した通りじゃ」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きく首肯してから、口を開く。

    『肝に命じておきます。魂4の人々の意見が主流になった政治は“衆愚政治”になりかねないと以前お聞きしましたので(※第13話参照)、そうした状況にならないようにしたいものです。ところで』

    「うむ」

    『学校でのディスカッションを始めとする教育や、何らかの訓練によって、魂1〜3と魂4との間にある、前提の違いによる価値観の差を縮めることはできるのでしょうか?』

    「もちろん、価値観の種類にもよるのじゃろうが、残念ながら、両者の距離を縮めることは容易ではないと思う。その主な理由として、そもそも魂1〜4で魂の容量が異なることが挙げられるが、それぞれの容量の違いについて、そなたは覚えておるかの」

    『はい、覚えています』

    そう言い、青年は紙に魂の種類とそれぞれの容量を書き記していく。

    <魂の種類と容量>
    1:僧侶/王侯(スーパーコンピューター)
    2:貴族(軍人/福祉)(汎用コンピューター)
    3:武士・武将(パーソナルコンピューター)
    4:一般庶民(ガラ携並のOS)

    青年が書いた内容を一読し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    魂1〜3と魂4のOSには、コンピューターとガラ携程の差があることから、どれだけ優れたソフトがあっても、容量が足りなければそれを載せることはできぬ。同様に、魂の種類によって、日常でインプットできる情報量も異なることから、当然、アウトプット、どういった言動を取るかも、魂の種類によって変わってきてしまうことになる」

    『なるほど』

    「この話は魂1〜3と魂4との関係に限らず、魂1であるワシと魂3であるそなたとの間でも当てはまることで、ワシの話のすべてがそなたに伝わらない原因も、そのあたりが影響しておるわけじゃ」

    『確かに、先生のお話をお聞きしている時はいつも、魂の容量の差が大きすぎることを実感しています』

    そう言い、ばつが悪そうに頭を下げる青年に対し、陰陽師は小さく笑ってから言葉を続ける。

    「話を戻すが、魂1〜3と魂4の距離を縮めることは難しいものの、我が国でディスカッションの授業が増えることで、相手を尊重した表現を用い、批判されたこと=喧嘩を売られているわけではないということ、両者の意見が相違している部分に関し、感情的にならずに対話できる生徒を増やすことは期待できると思う

    『なるほど』

    「また、魂の容量の差によって生じるお互いの相違点を理解し合うことによって、魂1〜3側にとっても、自分たちとは違う論理的思考を持っている人物が存在していることを知る、良い機会になると思われる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きくうなずき、口を開く。

    『確かに。僕が話したことがある人物に限りますが、魂1〜4でそれぞれ特有の論理的思考の方向性があるように感じます』

    「ともかく、人間は多面体なわけじゃから、魂の違いのみで相手のことを判断してはいかん。魂4の人物であっても論理的な人物はいるわけじゃし、魂3で高学歴の人物であっても、感情的な人物も相当数おるわけじゃからな」

    『なるほど。感情的になることについては、僕にも身に覚えがあります』

    そう言い、苦笑する青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「それでも、あえて魂1〜3と魂4、特に2−4、あるいは転生回数が第二期に近い3−4や1−4との違いを指摘するとすれば、魂4の人物に哲学的な思考を求めるなどして魂4の容量を超えた際に、質問の趣旨から大きく外れた回答が返ってきたり、物事を感情的に捉えてしまい、時には論理的思考が飛んでフリーズしてしまうといった、諸特徴が顕在化する可能性が高いことだけはそうなのじゃろう」

    『つまり、感情に左右されずに論理的思考に基づいて行動できる度合いが、魂4から魂1に向かうにつれて高まっていく傾向にあるということでしょうか』

    「人間は多面体であることから、ある一面だけを捉えてどうこう言うのは危険な行為じゃが、大筋では、そういった捉え方もできると思う。ただし、相手の顔を見ながら、相手の感情の機微を観察しつつ、言い方や言葉選びに気をつけることができる対面の会話と違い、対面で得られる情報がないネットの世界では、画面の向こうに自分と同じ血が通った人間がいると認識できずに、魂の容量と諸特徴が、よりダイレクトに出てしまうことが往々にして起こりえるので、そのあたりにはじゅうぶんな注意が必要なわけじゃな」

    『確かに。僕が調べた限りではありますが、AIを用いた認知科学の研究でも、人に話すよりも人でないモノに話す方が、人のネガティブな感情は引き出されやすいという結果が出ているようですし、相手の顔が見えないネット上では、特に魂4は過激な書き込みをしやすくなってしまっているのでしょうね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「そうした諸々の理由も踏まえると、基本的にネット上で問題提起をする際は、魂4の人々にも響きやすいように、言葉遣いや言葉選びに細心の注意を払い、共感を呼ぶような内容を盛り込んで投稿することが望ましいということになる」

    『なるほど。それなら僕にもできそうです』

    陰陽師の言葉を聞いて大きく頷く青年を見やり、陰陽師は口を開く。

    「ただし、魂4の目に触れ、彼ら/彼女らによって大事な情報が拡散されることは重要ではあるものの、魂4に迎合する内容ばかり投稿していては、結局は魂4の声が庶民の総意と一括りに捉えられやすいことには変わりはない。ゆえに、我々魂1〜3も、ネット上で積極的に、大局的見地に基づいた意見を書き込んでいくことも肝要だということは、先ほども言った通りじゃ』

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

     

    帰路の途中、青年はこれまで縁があった人物とのやり取りを振り返っていた。
    なぜ、根気強く説明しても話が噛み合わず、徒労に終わってしまったのかが、今回の話で理解できた。ただ、話が噛み合わなくとも、お互いの目的や大事にしていることをある程度共有できたことも思い出した。

    出会いは必然であり、せっかくご縁を得られた相手と共有できることを増やしていけるよう、相手の魂の種類を把握し、それぞれに合った接し方をしていこう。

    そう、青年は決意したのだった。