青年は思議していた。
2021年7月16日から、千葉県警が公開していた交通安全の啓発動画に出演していたVTuber 、“戸定梨香”に対し、同年8月26日に全国フェミニスト議員連盟の代表である増田薫さんが“性的対象物”として描写されていると主張し、動画の削除を要請した件についてである。
この要請に対し、千葉県警は、子ども向けの動画として製作したものの、本来の目的と異なる意図が伝わることを懸念し、同年9月10日に当該動画を削除した。
動画が削除されたことに対し、“戸定梨香”をプロデュースする板倉節子さんは、“戸定梨香”の製作陣は全て女性であり、“性的対象物”として描写していないと主張したものの、結果的に、秋以降の千葉県警との共同企画も白紙になってしまった。
“戸定梨香”が“性的対象物”として描写されているか否かについて、女性同士で意見が割れているが、異なる見解を持つ二人は、それぞれどのような魂の属性なのだろうか?
また、今回の騒動を経て、社会にどのような変化が起きていると考えられるのだろうか?
独りで考えてもらちが明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。
『先生、こんばんは。本日は千葉県警の交通安全の啓発動画に出演していたVTuberが、“性的対象物”として描写されているという理由で削除されてしまった件について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』
「質問に答える前に聞いておきたいのじゃが、VTuberとはどういったものなのかの?」
陰陽師の問いに対し、青年はスマートフォンを操作し、口を開く。
「VTuberがいかようなものかについては理解した。ところで、動画を用いて何らかの情報を発信するのであれば、本人が出演すればいいものを、なにゆえキャラクターを用いるのじゃ?」
『“戸定梨香”の場合、松戸市出身の女性が、自分のなりたい姿としてセーラー服に似た衣装などをデザインし、Youtubeでの声も自分で担当しているとのことですので、自分の理想の姿やなりたい自分を模したキャラクターになりきって発信できることが、理由の一つかもしれません』
「なるほど。ワシにはなじみがない分野ではあるが、千葉県警が“戸定梨香”を採用した理由についてはわかるかの?」
『千葉県警は、若い世代に興味をもってもらうために、松戸市の魅力を発信するなど地域に根ざした活動を行なっている芸能プロダクションから“ご当地VTuber戸定梨香”による広報啓発活動の提案を受け、採用したようです』
「して、その“戸定梨香”は、動画の削除を要請されるような、性的対象物として描写された容姿なのかの?」
陰陽師の言葉に対し、青年は首を傾げながら口を開く。
『“戸定梨香”に関し、僕は性的だとは全く思いませんが、全国フェミニスト議員連盟は次のように主張しています』
『これに対し、“戸定梨香”をプロデュースしている、株式会社Art Stone Entertainmentの代表取締役の板倉節子さんは女性で、製作陣も全員女性とのことですし、性的な対象物として描写つもりも、強調したつもりもないと述べています』
「女性が制作している以上、性的対象物として描かれたとは言い難いと思われるが、他の動画においても、性的対象物としてクレームが入っているのかの?」
『いえ、板倉さんが言うには、“戸定梨香”は2020年4月から松戸市を応援する動画に出演していたようですが、これまでに一度もクレームはなかったとのことです。実際、千葉県警が“戸定梨香”を採用する際も、松戸警察署の男性職員及び女性職員が参画して、“戸定梨香”の過去の出演映像等を確認していましたので、千葉県警としても問題ないと判断したようです』
「なるほど。他に、板倉さんがどういった主張をしているか、わかるかの?」
陰陽師にそう問われた青年は、大きく頷いてから、口を開く。
「なるほど。そうした経緯を踏まえて、そなたは二人の魂の属性について知りたいということかな?」
『おっしゃる通りです』
「ちなみに、そなたの見立てではどのように考える?」
陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考し、やがて口を開く。
『“戸定梨香”に対して性的対象物だと主張し、動画の削除まで要請した増田さんは、頭2の2−4(転生回数期が第二期の魂4:一般庶民)であるのに対し、板倉さんは、頭1の2−3(転生回数期が第二期の魂3:武士・武将)ではないかと思います』
「それではみてみよう。少し待ちなさい」
そう言い、陰陽師は紙に二人の鑑定結果を書き記していく。
二人の属性表を見比べた後、青年は口を開く。
『どうやら、増田薫さんは頭2の2−4で、板倉さんは頭1の2(4)−3武士のようですね。この二人に限って今回の件について話を進めていくと、偏狭な正義感を持ち、大局的見地に欠けた主張を行う前者と、大局的見地に基づいた主張を行う後者とで二分していると思われます』
そう言った後、青年は増田薫の経歴を紙に書き記していく。
「その二人に限って言えば、そうと言えるかも知れぬが、今回の件に対し、ネット上での反応はどうなっておるのじゃ?」
『この件に対し、インターネット上では、動画の削除の要請に対する反対署名が6万5,000件以上も集まっていますし、千葉県警のホームページからは動画を削除されたものの、株式会社Art Stone Entertainmentは独自に当該動画を公開しているようで、動画に対する反応は賛意がほとんどで、否定的な意見は1割あるかないか、とのことです』
青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから、口を開く。
「なるほど。ちなみに、反対署名を始めた人物についてはわかるかの?」
陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを操作した後、口を開く。
『どうやら、大田区議員である荻野稔氏のようです。彼自身もVTuberとして活動していますし、増田薫さんと同じ地方議会議員としての立場ではありますが、彼女とは対に当たる言動を取っています』
青年の言葉を聞いた陰陽師は、指を小刻みに動かした後、口を開く。
「ふむ。彼は頭1(4−1)、2(3)―3武士のようじゃな。そなたが調べた情報のみで判断するとすれば、ネット上の声も加わり、頭1の魂3側の意見の方が主流のように見えるが、増田薫さんが要請した通りに動画が削除された結果を鑑みるに、彼女の思惑通りに事が進んだようじゃな」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、眉間にシワを寄せながら、口を開く。
『今回、動画の削除を要請されたことがきっかけで、千葉県警と“戸定梨香”との秋以降の共同企画は白紙になってしまったようで、“戸定梨香”の製作陣の仕事が減ってしまいました。同時に、“戸定梨香”を採用することで千葉県警が得られたであろう、宣伝効果もそれなりに失われてしまったと思われます』
「ワシにはよくわからぬが、VTuberというのは、そこまで宣伝効果があるのかの?」
陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。
『ネットの情報を見る限り、VTuberは地方自治体における町おこしへの活用も始まっており、2018年には茨城県が茨ひより氏を自治体公認VTuberとするなど、地方の魅力を全国に発信するための新しい媒体として期待されているようです』
「なるほど」
『せっかく千葉県警が交通安全を啓蒙するためにVTuberを採用したのですから、美大卒でそれなりにクリエイティヴに理解があると思われる増田薫さんも、感情的に動画の削除を要請して終わりにするのではなく、動画の視聴者が不快感を覚えぬよう、“戸定梨香”の容姿のどこをどう具体的に改善すればいいのかといった提案をし、秋以降の動画の内容に活かすこともできたのではないかと思います』
「そなたは“魂3:武士”ゆえ、そのような考えを持つのじゃろうが、大局的見地に欠け、偏狭な正義感を持つ2−4の増田さんには、そのような発想を持つことは難しいかもしれぬな」
『そうなのですね。ただ、よくよく考えてみたら、公共機関である千葉県警が採用するキャラクターとしては、あのキャラクターでなくてもいいとは思わなくもないですし、動画の削除の要請に賛同した少数派の人々の主義・主張には賛成しかねるものの、彼女なりの感じ方をなるべく尊重できたらとは思いますが』
「そのように歩み寄ることは時には必要ではあるものの、魂4の声ばかり取り入れた結果、現代の生きづらい世の中になっていることを、理解しておるかな?」
陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。
『インターネットの出現によって、参加意識が高い“魂4:一般庶民”が発言権を得たことで、大局的見地が欠けた偏狭な正義感に基づいた価値観が浸透し始めたことだと記憶していますが、今回の件に限って言えば、どのような変化があったのでしょうか?』
「例えば、昨今では問題視されている、セクハラやパワハラなどは、昭和(1)の時代では“風潮”のようなもので、平成と令和(共に2)のように騒がれるものではなかった」
『当時はセクハラやパワハラが“風潮”として受け入れられていたということは、昨今の価値観とは大きく異なると思われますが、それらに対する認識において、昨今とはどのように異なっていたのでしょうか?』
「例えば、会社の男性上司が部下である女性社員に対し、“(体型が)少し丸くなったのでは”といった主旨の発言をしたとしよう。その意図するところは、当時の女性社員は早めに素敵な男性を見つけて寿退社することがほとんどだったという背景を踏まえており、女性社員が意中の男性とよりよく交際できるように、といった上司なりの気遣いもあったと思われる」
『そのような背景があったのでしたら、そうした上司の発言に悪意があるとは言い難いですし、上司の発言の意図をくめたであろう、魂1〜3の人物にとっては、自戒のきっかけになりそうです。しかしながら、魂4の人物にとってはそうではなかったと?』
青年の問いに対し、陰陽師は小さく頷いた後、口を開く。
「魂4の人物の中にはそうした上司の発言に対し、良い思いを抱かなかった人物は少なくなかったと思われる。もっとも、そなたが言うように、魂1〜3全員がそうした上司の発言に対して寛容ではなかったと思われるがの」
『なるほど』
「セクハラに関して付言しておくと、例えば、望ましい容姿の男性に言い寄られることは快く、生理的に受け付けられない男性から同様の行為をされることは不快に感じ、許せないという、同じ行為であっても、受け手の好み、すなわち当事者間の主観的な問題であることはわかるかの」
陰陽師の言葉に対し、青年は納得顔でうなずいた後、答える。
『ところが、ネットの出現によって魂4の声が多数を占めた結果、魂1〜3の人々がそうした魂4の声が世間の価値観のスタンダードだと勘違いしてしまった。その結果、0or100ではありませんが、女性が不快に感じる男性からの言動をセクハラとみなし、さらにセクハラを禁止して撲滅しようとする価値観が、世の中の主流になってきたわけですね』
「その可能性が考えられる。しかしながら、**ハラスメントの問題は当事者同士の主観の相違、つまりはお互いの価値観に対する相互の“不寛容さ”の問題に過ぎないと思われるため、当事者同士の主観に基づいた基準がそのまま世間の基準となることが、本当に適しているかどうかは断言できぬがの」
陰陽師の答えを聞いた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。
『何事にも例外があると先生がおっしゃるように、一つの基準がどんな場合においても当てはまるとは限りませんからね。僕にとって気掛かりなことは、魂4の声が主流となった世論の変化によって、セクハラやパワハラにとどまらず、カスタマーハラスメントやワクチンハラスメントといった言葉が現れているように、平成以降の世の中の言動に対する制限が増え、ますます生きづらい世の中になっていく傾向があるのではないかということです』
「現状のままでは、今後もその傾向に進みつつあると思われる」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組み、思案顔で口を開く。
『ちなみにですが、魂1~3の人物がSNS上で大局的見地に基づいた発言を積極的に行うことによって、いずれ、魂1〜3の価値観が魂4の人々にも伝わり、ネット上の声の内容やが変わり、世論に変化が生じる可能性はあるのでしょうか?』
「その可能性は無きにしもあらず、じゃな。以前も伝えたように、魂の種類はそれぞれの役割と容量で異なっている。そして、魂1〜3と魂4の間には魂の容量に大きな差があるため、残念ながら、魂1〜3の意見は魂4の人物には伝わらない可能性が非常に高い」
そう言い、陰陽師は魂の種類とそれぞれの容量について、紙に書き記していく。
眉間にシワを寄せ、小さくため息をついてから、青年は口を開く。
『ということは、今回の件のように、個人の主観であり、彼女たちの“不寛容さ”に基づいていると言えなくもない少数意見であっても、“言ったもの勝ち”といった風潮が続いていく可能性が考えられるのでしょうか?』
「少なくとも、現状はそのような風潮であり、魂4の価値観が主流になっていることは紛れもない事実のように思われる。しかしながら、魂1〜3の発言が増えることによって、やがて魂4の価値観とのすり合わせが生じる可能性も無きにしも非ず、じゃ」
『なるほど。ネット上では魂1〜3にとっては多勢に無勢ですので、魂1〜3の価値観を主流にすることは難しいものの、魂4側の価値観も含めてお互いの価値観を認めつつ、お互いにとって望ましい妥協点に落ち着くことができるなら、それはそれで理想的な状態と言えるのでしょうか?』
『実現するかどうかは別として、その状態も一つの可能性ではあると思う。いずれにせよ、令和革命の影響によって、これまでの“等質性”から“多様性”に回帰していく世の中で、お互いの個性を尊重しあえる人物が増えることが望ましいのかもしれぬな」
そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。
『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』
そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。
「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」
陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。
帰路の途中、青年は“戸定梨香”の動画を再び視聴していた。
等質性から多様性の世の中にシフトしているということは、それだけ“個性”も重要になってくるのかもしれない。
もしそうであるならば、今までのような、受け身で右に倣えといった価値観に捉われず、また、魂磨きに適しているか否かを主軸に、自らが活躍できる環境に身を置くことも必要になってくるだろう。
昨今でも、集団の中には、自分たちと異質な存在を排除しようとする人々がいるだろうし、そうした中で他人と異なる言動を取ることは勇気が要るかもしれない。
だが、魂の種類によってそれぞれの理屈や思いがあるように、社会的な肩書きやこれまでの人生の背景だけで目の前の人物の価値観や言動が決まることはないだろう。
よって、一方的に目の前の人物をこうだと決めつけることは避け、目の前の人物がどんなことに何を考え、何を感じているかをお互いに把握することは、重要なことのように思われる。
そして、そうした他人とのやり取りを経ることで、他人と違うことを恐れず、他人と異なる自らの個性を受け入れられたら、自らの個性を尊重することができ、同様に、他者にも他者が尊重している個性があることを理解すれば、他者の個性も受け入れやすくなるのかもしれない。
可能性の一つとして、今世の課題を果たすことと個性を発揮することに、多少なりとも関係があるのであれば、各種神事を済ませて霊的な無用な重しを解消することによって、より多くの人々が、本来の人生を歩んでもらえたら嬉しく思う。
そう、青年は思議したのであった。
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