他人の価値観に魂を売るな!ーーあなたにとっての“善”とは?

こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

ニュースやSNSで、犯罪者や不祥事を起こした人に対して激しい批判が飛び交うのを見たことはありませんか?

「こいつは最低だ!」「こんなやつは社会にいらない!」

そんな声があふれ、多くの人が“悪”を断罪しています。

でも、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。

なぜ私たちは、ある行為を“悪”と決めつけるのでしょうか?

その基準を、本当に自分で考えたことはありますか?

善悪の基準は、どこで決まるのか?

ほとんどの人が「法律や社会のルールに反しているから」と答えるでしょう。

確かに、現代の日本で生きる以上、法律を守ることは大切です。

しかし、そのルールは絶対的なものではなく、時代や国によって変わることを忘れてはいけません。

例えば、戦国時代や戦時中には、多くの敵を倒すことが「善」でした。

義賊が悪代官の金を盗んで貧しい人々に分け与える行為は、法律的には「犯罪」でも、多くの人にとっては「正義」だったかもしれません。

このように、善と悪の境界線は、誰がどこから見るかによって変わるものなのです。

そして、これはこの世だけの話ではありません。

この世とあの世では、善悪の基準が違う

私が大切にしているのは、今世の宿題を果たすことができるかどうかという視点です。

あなたがこの人生で果たすべき今世の宿題をクリアすることが、真の善。

逆に、お金や世間体のために、本来やるべきことを見失うのが悪。

しかし、ここで一つの問題が生まれます。

「やりたいこと」=善 ではないかもしれない

実は、魂の宿題と、あなたの“やりたいこと”は必ずしも一致しません。

むしろ、やりたくないことこそが、あなたの魂が本当に取り組むべき課題である場合もあります。

たとえば、ある人が「どうしてもこの道を進みたい!」と思ったとしても、
その結果、厳しい試練や罰が待っていることがあります。

しかし、それも含めて“今世の宿題”なのであれば、私は止めません。

「あなたがそれを選ぶなら、それによって受ける罰も受け入れられますか?」

そう問いかけたうえで、私はその人の選択を尊重します。

世間の価値観に振り回されるな!

世間では、罪を犯すことは悪、罰を受けることは不幸だと思われがちです。

しかし、それが本当に悪なのかどうかは、その人の魂にしかわかりません。

もし、あなたが他人の価値観に流されて、本当にやりたいことを見失っているなら、
それはあなたの魂を売ることに等しいのです。

あなたは、世間のルールに従うために生きているのではなく、
あなたの魂が望む今世の宿題を果たすために生きているのです。

あなたにとっての“善”とは何か?

私は、クライアントの魂が本当に望むことを選べるようにサポートしています。

なぜなら、この世の基準と、あの世の基準は違うからです。

あなたは、誰かが決めた善悪に縛られていませんか?
「これが正しい」と思い込んでいませんか?

世間の正義に流されず、あなた自身の魂の声を聞いてみてください。
そして、あなたにとっての今世の宿題を果たしていきましょう。

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