情報過多の時代を生き抜くーー本当に価値ある知識を選ぶために

こんにちは! あの世とこの世合同会社の代表社員、中山彰仁です!

現代社会では情報があふれ、誰もが知識にアクセスできる時代です。

同時に、誤った情報も流布しています。

そのような背景があってか、現代の知識は他者を批判し、自分の優越感を満たすために使われる道具になりがちな印象を受けます。

ソクラテスは「無知の知」の精神、すなわち「自分が知らないことを知る」という謙虚な姿勢を説いていました。

その姿勢とは対極的に、安直に知識をひけらかし、時には誤った知識で他者を批判する人々の姿勢は、自らの無知をさらけだしているようにも思われます。

ただただ知識をひけらかしている人間に対しては、

「それで? だからなんなのでしょうか?」

と問いかけると、その後の返答は口数が少なくなります。

というのも、そうした人間は、自分の意見を知識で代弁していることが多いからです。

知識を持つこと自体は悪いことではありませんが、それが他者を傷つけたり、自分を正当化するためだけに用いられると、本来の知の意義が損なわれてしまいます。

なぜ、その知識を得ようとしたのか。

その知識によってどのように現実に変化を起こせるのか。

といった、動悸や目的をハッキリさせた上で知識を得ることが重要です。

そうすることで、知識を元に考え、行動にうつしていきやすくなります。

テレビで野球などをみて偉そうにウンチクを語っている男性が、そのスポーツの名選手ではないことは明かです。

ソクラテスが言った「無知の知」は、単なる謙虚さ以上の意味を持っています。

それは、自分が完全ではないことを認め、学び続ける姿勢そのものです。

本当にそのスポーツを熟知し、プロの選手たちの立場に立って考えられるなら、選手たちのプレイに対して、安易に評価することはないでしょう。

そうした役に立たない知識は、情報の無駄遣いのようなものだと私は考えます。

その知識を得る時間や労力が無駄ですし、それをきかされる人の時間を無駄にします。

闇雲に知識を仕入れて自己満足に浸るのではなく、人生の目的を果たすために役立つために必要な知識を取捨選択していきましょう。

どう取捨選択したらいいかがわからない人は、まずは自分の人生をどうしたいかを明確にしましょう。

人生の方向性が不明瞭だから、他人の情報に踊らされてしまうのです。

人生の方向性を明確にしたい方は、ご相談ください。