青年は思議していた。

2021年8月31日未明、山梨県早川町にある山奥の小さな小屋で、群馬県渋川市に住む小森章平さん(27)と妻の和美さん(28)によって、都内の高校3年生である鷲野花夏さんが殺害された事件についてである。

加害者の夫と被害者はSNSを通じて知り合い、加害者の妻が彼の携帯電話を勝手に盗み見て二人のやりとりを知って激昂し、三人で会うことになった。都内から被害者を合意のもとで自動車に乗せて犯行現場に連れて行った後、加害者の妻は被害者に対する気持ちの整理がつかずに犯行に及んだという。

今回の事件はなぜ起きてしまったのだろうか?
ひょっとして、今回の事件も“5:事故/事件”の相が関係しているのだろうか?

独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

『先生、こんばんは。今日は女子高生遺体遺棄事件について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

「先日に起きた事件のことじゃな。して、具体的にどういったことを知りたいのじゃ?」

『二人の加害者と被害者の魂の属性と、霊的な観点から、今回の事件がなぜ起きてしまったかを教えていただけますか?』

「あいわかった。まずは、三人を鑑定しよう。少し待ちなさい」

そう言い、陰陽師は小刻みに指を動かした後、紙に鑑定結果を書き記していく。

小森和美SS
小森章平SS
鷲野花夏SS

三人の属性表を見比べた青年は、怪訝な表情で口を開く。

『全員、“5:事故/事件”の相がかかっていませんね。ただし、三人の共通点として、転生回数の十の位が30回代であるため、“数奇な人生”を歩む傾向がある点と、人運が“7”以下と低く、人間関係で生じる様々なトラブルを通じて学びを得る傾向がある点から、大雑把に言ってしまえば、今回の事件の役者としてこの三人が引き寄せ合ってしまったと考えることができそうです』

「そう考えることもできよう。ところで、人運が出てきたため、総合運について補足するが、総合運が9点満点として、なおかつ9点の項目の運がある場合、その項目で苦労することは今世の宿題に含まれていない傾向がある。そして、8点の場合は、霊障とは関係なく“何らかの問題を抱える”ことになり、7点以下になってしまうと、“かなり大きな問題を抱える”結果となる。また、全体運が1点下がる毎に、それ以外の項目は、全体運9点の場合と比べて、さらに1点ずつ下がることになる」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、各々の人運の数字を見比べた後、口を開く。

『先日の硫酸事件(※第54話:硫酸事件と魂の属性参照)の被害者と今回の被害者、共に人運の数字が“4”なのですが、この数字にはどのような傾向が顕在化する可能性があるのでしょうか?』

「その質問に答えるにあたり、総合運の数字が持つ傾向についても整理しておくかの」

そう言い、陰陽師は紙に三つの数字について書き足していく。

3:「女性的側面」、「奉仕」、「マゾ的気質」、「変態趣味」、「狂気」
4:命に係わる重病、あるいは人生を根底から揺るがす「厄災」
6:「不幸(そのもの)」「不幸な選択」「不実」「攻撃性」「サド的気質」

陰陽師が書いた文を青年は食い入るように見つめ、やがて口を開く。

『それぞれの人運の数字から鑑みるに、加害者の妻の“3”は特に“狂気”、加害者の夫の“6”は特に“不幸な選択”や“攻撃性”、そして、被害者の“4”は今回の事件が人生を根底からゆるがす“厄災”として顕在化した可能性があると考えられます』

「その可能性が考えられる。また、加害者二人の共通点として、欄外の枝番の数字のほとんどが“9”であること、魂の特徴の“攻撃性”の上段の数字が“2”であること、インターフェイスの一・二桁目の数字が“6”であることと、頭が2で“我”が強く、物事を自分の利害関係で判断する傾向がある点も、今回の事件が起きた要因の一部となっている可能性がある」

そう言い、陰陽師は頭1/2の特徴を紙に書き記していく。

頭1:農耕/遊牧民族の末裔。世のため・人のためを地で行動する傾向がある
頭2:狩猟民族の末裔。“我”が強く、物事を自分の利害関係で判断する傾向がある

陰陽師の説明に対し、青年は大きく頷いてから、口を開く。

『頭1/2の枝番は、“1”に近いほど頭1/2の傾向が顕著になり、“9”に近いほどもう一方の頭1/2の傾向に近づいていくとお聞きしましたので、加害者の妻の頭2の枝番が1で、夫の頭2の枝番が3と、共に頭2の傾向がかなり強いこととも加害者たちが事件を起こした要因の一部と考えられます』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いた後、口を開く。

「さらに付言するとすれば、加害者の妻のインターフェイスの三桁目の数字が“6”で、ここが“6”の場合、“攻撃性”を持つ傾向があることと、血脈の精神疾患の“10:攻撃性”があることも、事件が起きた要因の一つとなっている可能性がある」

小森和美SS

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷くのを確認し、青年は言葉を続ける。

『攻撃性を初めとする、そうした要因を考慮すると、ネットの情報を見る限りでは、三人で会った際、“小屋まで行ったが気持ちの整理がつかず、殺した”と加害者の妻が言っているようですので、彼女が話し合いで解決する間もなく犯行に及んでしまったことは、やむを得なかったと思われます』

「その可能性も考えられる。して、実際のところ、三者がどのような人物であるか、ネットに載っているのかの?」

陰陽師に問われた青年は、小さく頷いてからスマートフォンを操作し、やがて口を開く。

『まずは加害者の妻ですが、彼女は前夫との間に三人の子供がいるようで、しかも、実家の両親に預けたまま現在の夫と結婚したようです。前夫とはDVが原因で離婚したとのことですが、彼女の恋愛運が“3”であることを鑑みるに、納得できます』

「なるほど。ちなみに、学生時代の彼女の交友関係はどうだったのかの?」

『高校時代の加害者の妻は“いじられキャラ”で、いつもおちゃらけている女芸人という感じだったそうです。休み時間には仲の良い女子たちと静かに話していたと思ったら、急に“わー!”と叫びだしたりして、教室がざわつくこともあったりと、正直変わり者というイメージが強かったと』

「そのあたりは、魂の属性から推して知るべし、といったところじゃな」

陰陽師の言葉に対し、青年は首肯した後、口を開く。

『今度は加害者の夫ですが、彼は突拍子のないことばかり言っていたようで、常々、“俺は爆弾を簡単に作ることができるから、その気になれば簡単に人を殺せる”、“殺すときは残虐なやり方じゃないと気がすまない”などの発言をしていたようです」

「なるほど」

『そして、中学卒業後の彼は水産高校に進学し、“航海士か自衛隊員になりたい”という夢があったそうですが、実習が過酷で、先輩にイジメられていたなどの事情もあって中退したようです。妻と結婚し、三重県から群馬県に転居する際も、“これから2人で生きていきます。探さないでください。探したら容赦はしません”とパソコンからプリントアウトされた小さな1枚の置き手紙だけを残して、一緒に暮らしていた母親と別れたようですので、人との関わり方に問題があったのだと思われます』

「なるほど。ちなみに、恋愛運が“6”である彼の異性関係はどうだったのじゃ?」

陰陽師にそう問われた青年はスマートフォンを操作し、口を開く。

『中学生の時、彼はクラスの女子生徒に向かってカッターナイフを振り回したり、別の女子生徒を階段の一番上から、何の理由もなく突き落としていたようです。本当に危険人物だったと周囲から思われていたようです。他にも、彼は、昔から年下の女の子が大好きだったようで、スカートをめくったり、靴を奪ってどこかに隠したりする他、ストーカーまがいのことをしていたとのことです。しかも、すぐに“目移り”する性格で、ストーカー被害に遭った女子児童の数は相当数いたとのことです』

青年の言葉を聞いた陰陽師は、属性表を書いた紙を一瞥し、口を開く。

小森章平SS

「そうした彼の女性に対する行動は、恋愛運の数字が“6”を初めとする、霊障や魂の属性が要因となっていると考えられる。ただ、一つ気になったが、加害者の妻の方が彼より年上であるが、この相違点はどういうことじゃ?」

『年下好きについての実相はわかりませんが、ネット上では、昔からぽっちゃりした女性が好きだったという情報も書かれていますので、加害者の妻の見た目が好みだったのかもしれません。実際、加害者の妻と被害者の容姿は、似ているように思われます』

「なるほど。して、被害者については何かわかるかの?」

『被害者の女子高生ですが、彼女が中学生の時は、友達が多く、男女分け隔てなく仲良くしていたようで、家族仲も良好で、揃ってキャンプへ行っていたとのことです。事件が起きる前は、“心理学を学ぶために大学に行きたい”と受験勉強に励んでいたそうです』

「実際にその夢が叶うかどうかは別として、そうした志を持った人物が志半ばで命を落としてしまうことは、残念ではあるがの」

『そうですね。僕も残念に思います』

そう言った後、青年はしばらくしてから、おそるおそる再び口を開く。

『ところで、彼女の魂は、無事にあの世に戻っているのでしょうか?』

青年の問いに対し、陰陽師は無言で指を小刻みに動かした後、口を開く。

「残念ながら、地縛霊化しておるようじゃな」

陰陽師の答えを聞いた青年は、小さく嘆息してから、口を開く。

『福岡5歳児餓死事件(※第44話:福岡5歳児餓死事件参照)では、餓死した男子の魂は一年半に渡る飢餓状態で苦しい体験を経たからか、相殺勘定の働きもあって無事にあの世に戻っていましたのだと思われますので、ひょっとしたら、若くして亡くなった鷲野花夏さんの魂も、彼の魂と同様に、無事にあの世に戻っていると思いました』

「彼女の人運が“4”であることや二人の加害者の魂の属性を考慮すれば、今回の事件に巻き込まれること(災厄)は彼女の今世の宿題を果たすために必要な体験だった可能性が考えられるが、彼女の魂が地縛霊化していることから、今回の事件でもって今世の宿題を果たせたかどうかとは別に、彼女にはこの世に対する未練があったようじゃな」

鷲野花夏SS

『なるほど。そして、何に対して未練があったかは、本人のみぞ知るといったところだと思いますし、仮に未練の内容がわかったとしても、肉体を持たない彼女には、もはやどうすることもできませんし、遺族や我々にできることは、彼女の魂があの世に戻れるように救霊するしかありませんよね』

「そなたの言う通りじゃ」

青年を励ますような口調で言った陰陽師の言葉に対し、青年は頭を下げ、口を開く。

『では、鷲野花夏さんの救霊神事をお願いいたします』

「あいわかった。今夜中に神事を執り行うことを約束しよう」

陰陽師の言葉を聞いた青年は顔を上げ、口を開く。

『それにしても。鷲野さんが地縛霊化していたことを踏まえ、あえて極端な言い方をすると、人運が低く、欄外の枝番の多くに“9”を持つ人物の場合、傷害事件や殺人事件を起こすことが今世の宿題に関わっている可能性があるのでしょうが、だからと言って、そうした人物が、他人とのトラブルや事件を積極的に起こせばいい、ということにはなりませんよね?』

「もちろんじゃとも」

小さく頷きながらそう言う陰陽師に対し、青年は小さく安堵の息をもらし、口を開く。

『それを聞いて安心しました。クライアントの中には、早く今世の宿題を果たしてこの世を去りたいと言う人もいますので、そうした人々にもしかと理解していただこうと思います』

「それがよかろう。さらに付言するとすれば、未来は不確定であるから、未来を意識して行動するのではなく、出逢いは必然であることをじゅうぶんに理解し、縁がある人や目の前の現象、一つ一つのことを真摯にこなすことが肝要だと、ワシは思う」

そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

帰路の途中、青年は自身の恋愛運の“6”について考えていた。

幼少期の自分は、好きな女子をイジメるタイプだった。
恋人に対してもそうだ。彼女に幸せになって欲しい。できることを何でもしてあげたいと思っていた。
なのに、関係が深まるにつれ、その思いとは裏腹に、傷つける言葉を恋人に投げかけていた。

前の恋人にした失態を、二度とすまい。
そう強く誓い、改善していけば、いつの日か恋人を傷つけずに済むかもしれない。
そう思っていたのに、今度は、今までと異なる形で相手を傷つけていた。
あの人も。あの人も。あの人も。あの人も。あの人も。あの人も。あの人も。
自分にはもったいないくらいに素敵な女性ばかりだった。

もっと優しくしたかった。もっといろんなことを一緒にして、喜んでもらいたかった。
ただ、彼女たちに幸せでいて欲しかっただけなのに。
当時の自分を殴り飛ばし、全員の前で焼き土下座させ、その場で腹を切らせて詫びさせたい。
けれど、どれだけ悔やんでも、どれだけ謝罪の念を抱いても、彼女たちに届くことはない。

俺と恋仲になることで不幸を与えてしまうなら、出逢わなければよかった。
自分に腹が立ち、どれだけ自分の頬に拳を打ち付けても過去は変わらない。
胸の内に残るのは、ただただ不幸そのもの。

今世の自分は、恋人を作るたびに恋人を不幸にし、自らも不幸になる体験を死ぬまで繰り返すなら、いっそのこと、女性と関わることを完全に無くしてしまおうか。
だが、そうした思いを体験することが、今世の宿題を果たすために必要なら、その選択は望ましくない。
だからと言って、欲望のままに女性と関わることも望ましくない。

それなら、自分と深く関わってくれる女性たちとの時間を大切にし、可能な限り貢献していこう。
彼女たちの魂磨きの障害となる全てを解消できるよう、そして、いつかどこかで昔の彼女たちと再びご縁がある時に、可能な限り力になれるよう、己と魂を磨き続けよう。
ただし、いずれ彼女たちが自分から離れることを胸に刻んでおき、別れの際はどれだけ恨まれることになっても喜んで受け入れよう。

自分が受けた不幸の分だけ、自分とご縁があった、そしてこれから深く関わる女性全員に幸せがもたらされますように。

そう、青年は思議したのだった。