青年は思議していた。

1950年3月1日の19:25頃、米国のネブラスカ州にあるウエスト・サイド・バプティスト教会が爆発し、全壊した事件についてである。
この教会では、毎日聖歌隊のメンバー全員が必ず15分前に到着して準備をして19:30に練習を開始しており、しかも、聖歌隊を結成したおよそ2年前から一度も遅刻者がいなかった。
しかしながら、その日に限って15名のメンバー全員が各々何らかの理由によって遅刻したために、誰一人命を失わずに済んだという。

時間を守る人物が15名もいるのであれば、聖歌隊のメンバーの内の何名かは命を落としていてもおかしくなかったはずだが、なぜこのような出来事が起きたのだろうか?
神の奇跡か、あるいは何らかの霊障が関係しているのだろうか?

独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

『先生、こんばんは。本日は“奇跡”について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

「一言で“奇跡”と言っても様々な出来事があると思うが、よもや、漫画の世界の話ではあるまいな?」

そう問いかける陰陽師に対し、青年は苦笑しながら答える。

『いえいえ、確かに出来事としては漫画の世界の話のような内容ですが、現実に起きた話です』

そう言った後、青年は出来事の概要を陰陽師に説明する。
無言で耳を傾けていた陰陽師が、やがて疑問を口にする。

「出来事の経緯については把握した。して、その15人はどういった理由でそれぞれ遅刻したのかの」

青年は、スマートフォンを眺めながら口を開く。

・ラドナ・バンデクリフトさんは数学の宿題を終わらせようとして遅刻
・ルーシー・ジョーンズさんはラジオ番組を最後まで聞いたために遅刻
・ドロシー・ウッドさんはラジオに夢中のルーシーさんを待っていて遅刻
・聖歌隊のリーダーであるマーサ・ポールさんとその娘のマリリンさんは夕食後にうたた寝をしてしまい遅刻
・ハーバード・キプフさんは提出するレポートができあがらずに遅刻
・ハービー・アールさんは教会に連れて行こうとした子供たちがぐずり、それに手間取って遅刻
・ジョイス・ブラックさんは体がだるく腰を上げられずに遅刻
・ウォルター・クレンプル一家は、汚れてしまった娘の洋服を着替えさせていて遅刻
・ロイーナ・エステスさんと妹サディエさんは車のエンジンがかからず遅刻
・レナード夫人と娘のスーザンは、母親の手伝いをしていたために遅刻

『このような感じで、各々がささいな理由で遅刻したようです』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、紙に鑑定結果を書き連ねていく。
*諸事情により、鑑定結果は12名分の掲載となります。

ラドナ・バンデクリフトSS

ルーシー・ジョーンスSS

ドロシー・ウッドSS

マーサ・ポールSS

マリリン・ポールSS

ハーバード・キプフSS

ハービー・アールSS

ジョイス・ブラックSS

 ウォルター・グレンブルSS

ロイーナ・エステスSS

サディエ・エステスSS

スーザンSS

全員の鑑定結果に目を通した青年は、眉間にシワを寄せながら口を開く。

『おや、霊障にも天命運にも“5:事故/事件”の相がかかっている人物はいないようですね。それに、他の項目を考慮しても、この事故が起きたことと、彼らが当日に偶然遅刻した要因はないように思われます』

「そなたの言う通りじゃ」

『と仰いますと?』

「当時教会でガス爆発が起きたことも、聖歌隊の面々が全員遅刻した結果、誰一人として命を落とさずに済んだのも、たんなる偶然じゃ」

土地や教会内のグッズにかかっていた霊障も関係なく?』

「うむ」

戸惑いの表情を見せながら、青年は問いを続ける。

『聖歌隊が敬虔な信者で、日々善行に励んでいた彼ら・彼女らに対し、例えば、眷属が何らかの働きをしたという可能性も考えられないのでしょうか?』

「ワシの見立てでは、この事件が起きたことに、霊的な要因はないようじゃな」

青年は首を傾げながら小さく唸った後、口を開く。

『なるほど。それにしても“事実は小説よりも奇なり”とはよく言ったものだと思います』

そう言い、小さなため息を吐く青年に微笑みかけ、陰陽師は口を開く。

「今回の出来事に注目すれば特に解説することはないが、今日は魂の属性を中心に話を進めていくとするかの」

そう言い、陰陽師は卓上に並べられた属性表の中から、一枚を青年の前に差し出す。

ハービー・アールSS

その属性表を再び見た後、青年は口を開く。

『ハービーさんの属性表の中で特に気になったのが、ハービーさんの欄外の枝番の数字が“9”で、インターフェイスが“7”で、陰陽五行に“火”を持っていることですね』

「そなたが言及した項目に関して説明すれば、彼は、属性をみる限り世界を変革するような力があるとは思えぬので、この世の基準で言うところの、悪行に手を染めやすい傾向があり、当時の事件があった1950年から2021年の間に、ひょっとしたら何らかの犯罪を犯している可能性が考えられる」

『なるほど。彼の魂の特徴にある“攻撃性”と“恨みつらみ”の上段の数字が“2”ですし、人運の数字が“7”以下ですので、他人との揉め事が多く、先生がおっしゃるように、場合によっては傷害罪や殺人罪に発展した可能性があるのではないかと、考えられます』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いた後、再び口を開く。

「断言はできぬが、その可能性は考えられる。また、彼の基本的気質(OS)の上段の数字が“8”であることも珍しい」

『確かに。基本的気質と具体的性格の項目でよく見かける数字は、3、5、7の三つですが、“8”はどういう意味でしょうか?』

“8”はいわゆる“輩”と呼ぶにふさわしい資質で、現代の日本で言うところの、反社会的勢力や右翼の大幹部の一部が持つ番号となる

『ということは、ハービーさんはこの世の基準で言うと、かなりの危険人物と言えそうですね』

「いつも言っているように、人間には多面体があり、彼の他の属性を考慮すれば、確かにそなたの言う通りかもしれぬが、この数字はいわゆる時代の“風雲児”たちが持つ数字でもある。例えば、歴史的に見ると、世界史では秦の始皇帝やナポレオン一世、日本史では、源義経・為朝兄弟、徳川家康、清水次郎長、西郷隆盛、さらには小泉純一郎元首相といった人物が該当する」

『なるほど。ちなみに、ハービーさんは8−7と、基本的気質と具体的性格の上段の数字が異なりますが、このことはどのように解釈すべきでしょうか?』

魂1〜3の人物に限って言えば、8−7の数字を持つ人物が懐の深い大物然とした性格を持っているのに対し、7−8の数字を持つ人物の場合、感情の起伏が激しかったり、声が大きくて粗暴な言動が目立ったりする。この辺りが、基本的気質(OS)と、表面に顕在化する性格という意味での具体的性格(ソフト)という表現で説明できるわけじゃ

『魂1〜3に限ってとのことですが、魂4であるハービーさんの場合、どのような人物像が考えられるのでしょうか?』

「実際に会ったことがないから断言はできぬが、強いて言うなら、“態度がでかい”、“一見スケールが大きいように見える発言をする”、“一見魂3:武士・武将のような言動をすることがある”、といったところかの」

『同じ数字の組み合わせであっても、OSとソフトのどちらになるかと、魂1〜3か魂4によって、だいぶ性格が変わるのですね』

「まあ、そういうことじゃ。もう一度ハービーさんの属性表を見てもらいたいのじゃが、彼には霊脈と血脈の先祖霊の霊障がどちらもかかっていないことはわかるかの」

ハービー・アールSS

『確かに。僕が知る限りでは、ほとんどのクライアントに血脈の先祖霊がかかっていましたが、魂の属性7:唯物論者である彼には、霊脈の先祖霊がかかっていないのはもちろん、血脈先祖の霊障もかかっていないのは珍しく感じます』

「うむ。以前に説明したと思うが、先祖霊は何とかしてあの世に戻りたいと願っていることから、願いを叶えてくれそうな子孫を選んでかかっている。つまり、先祖霊が一人もかかっていない彼は、先祖たちから見て、霊的に頼りにならないと認識されていると言えよう」

『なるほど。彼の総合運の“大日不可思議”の項目のスコアが“3”とかなり低いので、彼は先生のお話を理解できないでしょうし、先祖霊を救霊しようという発想に至る可能性が低いと考えれば納得できます』

「さらに補足しておくと、例えば、我が国では4−4(転生回数期が第四期の魂4)の多くが、外国では3−4(転生回数期が第三期の魂4)、その中でも特に魂の属性7:唯物論者には、血脈の霊障がない人物が多いようじゃな」

ハービー・アールさんの属性表を再び眺めていた青年が、再び口を開く。

『なるほど。ところで、精神疾患の項目は、今までは霊脈のみで血脈にはありませんでしたが、血脈先祖の霊障と同様に、血脈の精神疾患は、魂の属性3:霊媒体質の人物はもちろん、魂の属性7:唯物論者の人物にもかかるという認識でよろしいのでしょうか?』

「うむ。霊脈先祖の霊障の影響で“霊媒体質”の人物に顕在化している精神疾患は、現代医学では原因も症状も明確に診断されていないものがある一方で、血脈の精神疾患は、現代医学で診断される精神疾患とほぼ同義だと考えて差し支えない

『なるほど。聖歌隊のメンバーのほぼ全員が、血脈の精神疾患の“16:統合失調症”に該当していますので、ひょっとしたら、精神科で統合失調症と診断されている現代人の多くが、血脈先祖の霊障と他者の念、雑霊/魑魅魍魎の影響を少なからず受けているのかもしれませんね』

「その可能性は大いにあると、ワシは思う。ただし、魂4の人物の場合、精神疾患の項目である16は、“統合失調症”と言うよりも“子供っぽさ/幼稚”として顕在化する傾向がある

陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

『霊脈先祖の精神疾患は同様に、血脈の精神疾患は血脈の神事が済めば症状が改善するのでしょうか?』

「いや、そうではない。血脈先祖の霊障がかかっていない人物に対しても血脈の精神疾患の項目があることから、霊脈・血脈の霊障とは関係なく顕在化する項目だと言える。言い換えれば、その人物の先天的な“性向”であり、極端な言い方をすれば、今世の課題を果たすために必要な“性向”の一部でもある

『そうなりますと、陰陽五行の長所・短所や総合運に反映されてもいい項目のように考えられますが、個別に鑑定される理由はあるのでしょうか?』

「血脈先祖の霊障は、例えば、“魂3:武士”であるそなたを例に挙げれば、魂の種類1〜4の中で、“魂3:武士”以外の魂の種類を持つご先祖がそなたにかかることは覚えておるな?」

陰陽師の問いに首肯して答える青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

「さらに血脈先祖の霊障の特徴として、一度本人にかかった血脈先祖を救霊しても、他の親族が亡くなった場合に、再びかかる可能性があることじゃ。他にも、例えば、そなたの兄弟が生きている間であっても、いわゆる“横滑り”という形でそなたにかかる可能性があり、さらに言うと、友人・知人からの“横滑り”もなきにしもあらず、じゃ」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開いてから口を開く。

『ということは、一度血脈先祖の神事を済ませても、いつ再び血脈先祖の霊障がかかってもおかしくないわけですね』

「そういうことじゃ。よって、そなたの血脈先祖の精神疾患が強く顕在化した場合、そなたの親族から血脈先祖の霊障が再びそなたにかかったことを知らせる“お印”であると考えられるわけじゃ」

陰陽師の言葉に対し、青年は大きく頷いてから、口を開く。

『他に気づいたこととして、全員が頭2:狩猟民族の末裔、すなわち、“我”が強く、自分の利益に関して損得勘定で動く傾向があることが挙げられますが、何らかの理由は考えられるのでしょうか?』

「しいて言うなら、キリスト教は頭2であり、この事件が起きたネブラスカ州の人口の61%が信仰している宗派であるプロテスタントも、頭2じゃ」

『なるほど。神社に祀られている神と同様に(※第18話参照)、宗教にも頭1/2があるのですね』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

「全ての宗教に触れるには時間が足りないから、他の宗教・宗派については別の機会に話すが、“プロテスタント”は“ローマ・カトリック教会”から派生した宗派である」

そう言い、陰陽師は紙に両者の特徴を書き記していく。

カトリックとプロテスタントの違いSS

『これらの違いを見る限り、カトリックの方が厳格そうですが、実際のところはどうなのでしょうか?』

「何事も例外があるゆえ一概には言えぬが、実はキリスト教の中でもプロテスタント宗派は特に論調が強く、“新約聖書”および“使徒の手紙”の内容が倫理的な役割を持っていることから、信者たちが世間で言う善行に励み、悪行に手を染めないようにするという意味では、それなりに有効な宗派と言えるかもしれぬ」

『なるほど。実際のところ、プロテスタントの牧師とその家族は、それらの内容を遵守し、善人のような生活を送っている人物が多いのでしょうか』

青年の問いに対し、陰陽師は首を小さく左右に振ってから答える。

「残念ながら、敬虔なプロテスタントの牧師が、子供を含めた家族と共に聖書などの内容を遵守した生活を送っているにも関わらず、子供は非行に走ってしまったり、悪行に手を出してしまうことがあるようで、プロテスタントの信者だからと言って、善人であるとは限らないようじゃな」

『ただ、そうした現象が起きている要因として考えられるのは、そうした非行に走ったり悪行に手を出してしまった子供は、彼・彼女の今世の課題を果たすための行動を取っているからではありませんか?』

青年の問いに対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

「その可能性が高い。以前も説明した通り、子は自らの今世の宿題を果たすために最も適した母親を選んで産まれてきていることから、両親のいずれかがプロテスタントの牧師である家庭に産まれた子が、両親の教育や意向に反して非行に走ることも、その子と両親、特に母親の宿題を果たすための行動と考えることができる

『なるほど。その一方で、両親の教育や意向を肯定的に受け取り、両親と同様に敬虔なプロテスタントの信者となって、善人として生活したり、親の跡を継いで牧師になるケースもあると』

「極端な言い方をすれば、その二つに大別されるじゃろうな。ただし、実際は家庭ごとに親子で魂の属性が異なり、当然それぞれの今世の宿題も異なることから、様々な事例が考えられ、そうした諸々の順列組み合わせによって各々が“魂磨き”に取り組んでいると考えられる」

陰陽師の言葉に対し、青年はカトリックとプロテスタントの違いを再び読み、口を開く。

『プロテスタントの牧師は婚姻を認められているため、そのように親子間での“魂磨き”が行われていることはわかりました。その一方で、結婚を禁じられているカトリックの神父の場合は生涯独身となりますので、プロテスタントの牧師とはまた違った形で“魂磨き”に取り組む傾向があるのでしょうか?』

青年の問いに対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

「カトリックの神父は結婚だけでなく、異性/同性との性交や性的快楽も禁止されているため、教会の規則と自分の欲望の間で苦しむことも、今世の宿題の一つになっていると思われる」

『なるほど。そして、欲望に負けて禁止されている行為を行なってしまった神父の中には、禁止行為を行うことが今世の宿題に含まれている可能性もあるのでしょうか』

青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから口を開く。

「その可能性もある。ローマ・カトリック教会の影響力が強い国・地域においては、性交・性的快楽に手を出した神父は“悪”として断罪されることじゃろう。しかし、一人一人の人物が各々の今世の課題を果たすための行動を取っているわけであり、罪を憎んで人を憎まずではないが、個々人の言動に対し、この世の善悪を基準に評価・判断しないように心がけることは、常々話している通りじゃ」

『そうした例のように、この世の基準で悪とみなされる行為が、人によっては今世の課題を果たすために必要となることを考えると、万人が善人となって“地上天国”を目指すという、一部の小乗仏教を除いた新興宗教の多くの教義は、やはりセントラルサン/カミの意向に沿っていないと考えざるを得ないのが、僕の正直な感想です』

「そなたの意見は一理ある。科学が発達して物質的に豊かになった国が多くなり、医学の進歩によって世界の人口が増えていることは、見方によってはこの世が“地上天国”に向かっていると思われるものの、“令和革命”によってコロナ禍が始まり、世界が過酷な状況になっていることを踏まえると、セントラルサン/カミの意向としては、やはりこの世は“地上天国”ではなく、魂磨きの修行の場としての役割を担っていると帰結せざるを得ないのじゃよ」

そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

帰路の途中、青年はこの出来事に関するネット記事に再び目を通していた。

数学者ウォーレン・ウィーバーは、この奇妙な出来事が起こる確率は、およそ100万分の1になると算出したが、その他の計算によっては、100億分の1とも100兆分の1とも言われているようだ。

それだけ稀少な確率で起きたこの出来事が霊的な要因とは関係なく、たんなる偶然であるなら、やはり見えない存在を頼りにして“奇跡”が起こることを期待して日々を過ごすよりも、自分の決断と行動を信じ、“人事を尽くして天命を待つ”ではないが、目の前のことに真摯に取り組むことが大事だと、改めて青年は実感したのだった。