月: 2021年10月

  • 新千夜一夜物語 第54話:硫酸事件と魂の属性

    新千夜一夜物語 第54話:硫酸事件と魂の属性

    青年は思議していた。

    2021年8月24日の夜、白金高輪台の出口のエスカレーター付近で、花森弘卓容疑者が22歳の会社員男性に対し、追い抜きざまに持っていた硫酸を振りかけた事件についてである。
    硫酸は皮膚に触れるとすぐに炎症を起こし、放置しておくと火傷にまで悪化する、極めて危険な鉱酸である。
    被害者の男性は顔に火傷を負い、失明こそまぬがれたが両目の角膜が損傷し、全治6カ月の傷を負った。また、たまたま彼の後ろにいた会社員女性(34)も硫酸が足にかかり、軽い火傷を負った。

    加害者と被害者は大学のサークルの先輩・後輩の関係で、学生時代に被害者が先輩である加害者に“タメ口を聞いたこと”が、加害者が犯行に及んだ主な動機であるという。

    人によって捉え方が異なると思うが、そのような些細とも言えそうな出来事に対し、一生残るような傷を負いかねない硫酸を、しかも顔面にかけるとは、青年には度し難く感じられた。

    加害者はどのような魂の属性を持っているのか?
    今回の事件には、やはり“5:事故/事件”の相が関与しているのだろうか?

    独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は硫酸事件について教えていただきたいと思い、お邪魔致しました』

    「先日起きた事件のことじゃな」

    『そうです。僕の見立てでは、加害者と被害者の全員に“5:事故/事件”の相がかかっていると思いますが、それよりも、加害者の魂の属性が特殊なのではないかと思いました』

    そう言い、青年は事件の概要を陰陽師に説明する。
    青年の言葉に耳を傾けながら、陰陽師は3人の鑑定結果を紙に書き記していく。

    花森弘卓SS

    被害者の男性SS

    被害者の女性SS

    3人の属性表を眺めた青年は、小さく唸ってから口を開く。
    『やはり、全員に“5:事故/事件”の相がかかっていますね。また、人運の数字が“7”以下転生回数の十の位の数字が“3”、すなわち“数奇な人生を歩む傾向がある”ことも、全員に共通していますので、大雑把に言ってしまえば、今回の事件の役者としてこの三人が引き寄せ合ってしまったと考えることができそうです』

    「そう考えることもできよう。ところで、人運が出てきたため、総合運について補足するが、総合運が9点満点として、なおかつ9点の項目の運がある場合、その項目で苦労することは今世の宿題に含まれていない傾向がある。そして、8点の場合は、霊障とは関係なく“何らかの問題を抱える”ことになり、7点以下になってしまうと、“かなり大きな問題を抱える”結果となる。また、総合運が1点下がる毎に、それ以外の項目は、総合運9点の場合と比べて、さらに1点ずつ下がることになる

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きく頷いてから、口を開く。

    『今度は加害者の属性に焦点を当てて考えますと、血脈の精神疾患の“10:攻撃性”が要因の一つと考えられます。実際、手間がかかる硫酸を事前に準備したり、被害者の通勤経路を把握するなど、実際に犯行に及ぶまでに考えを改める機会は何度かあったにも関わらず、歯止めが効かなかったことは、血脈の精神疾患は“性向”に該当することもあることを考慮すると、その影響があったのでしょう』

    《霊脈先祖の霊障》
    今世の宿題に対して逆接な“重し”、つまり、人生の方向性が今世の宿題と逆方向に働く
    《血脈先祖の霊障》
    今世の宿題に対して順接、すなわち“無用な重し”となって顕在化する

    「攻撃性という点で付言するとすれば、インターフェイスの三番目の数字が“6”であることも要因として挙げられる。というのも、インターフェイスの三番目に“6”がある場合、“攻撃性”という意味が考えられることもあるのじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再び加害者の属性表を見やり、口を開く。

    『なるほど。そう言えば、属性表の“魂の特徴”の三番目の“攻撃性”の上段の数字が“2”ですので、この点も彼の“攻撃性”を増長しているようですね』

    「さらに言うと、五番目の“自己顕示欲”の数字も要因の一つとして考えられる」

    『自己顕示欲の強さと攻撃性に 、どういった関係があるのでしょうか?』

    訝しげに問い掛ける青年に対し、陰陽師は該当する箇所の2−7の数字に印をつけ、口を開く。

    「自己顕示欲が直接攻撃性に結びついているのではなく、自己顕示欲の枝番、すなわち下段の数字が現世ではそのまま“人格”を表しておるのじゃ。ここの数字が“9”であると“喧嘩っ早く、キレやすい乱暴者”ということになるが、“7”であってもかなり“強引さ/攻撃性”が目立つ

    『なるほど。ただ、それらの傾向は代表的な例であって、属性表の他の数字との組み合わせで“人格”の強弱や性質が変わる、という認識でよろしいでしょうか』

    「概ね、その認識で合っておる。後は、加害者が頭2−3であることも主な要因の一つと考えられる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、頭1/2に関して紙に書き始める。

    頭1:農耕/遊牧民族の末裔。世のため・人のためを地で行動する傾向がある
    頭2:狩猟民族の末裔。“我”が強く、物事を自分の利害関係で判断する傾向がある

    頭2である人物の場合、1〜9まである枝番が“1”に近いほど頭2の傾向が顕著になり、“9”に近いほど頭1の傾向になっていくとお聞きしましたが、頭2の枝番が“3”である加害者は、かなり自己中心的な考えをする傾向があるようですね』

    「そうではあるが、実際にそのような言動を取っていたのかの?」

    『実際、加害者は、昨年の9月に“家に泊まりに行っていいか?”と被害者にLINEを送っていたようで、被害者は多忙を理由に断りましたが、その後も同様のメッセージが届いたため、加害者をブロックしたようです。すると今度は、態度を改めるように求める内容が書かれた、差出人不明の手紙が被害者に届いたとあり、被害者のことを考えず、かなり自己中心的な言動を取っていたと思います』

    「なるほど。して、被害者の男性はどのような人物なのかな?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを手早く操作し、やがて口を開く。

    『被害者の大学時代の友人によると、“彼は皆に慕われていて、恨みを持たれていたとは考えづらい“と証言しています』

    「被害者の属性表を見る限り、加害者に比べて被害者の方が社会性があると思われるが、被害者が対象となってしまった要因として、人運が“4”と極端に低いこと、血脈と天命運の“5:一般・事故・被害者・怪我”の相がかかっていることが考えられる」

    被害者の男性SS

    『なるほど。犯行前、加害者は琉球大学の卒業生名簿を手に入れるため、琉球大学を訪ねていたようで、4月には同じサークルだった別の知人にも接触し、恨み節の言葉とともに犯行をほのめかしていたため、標的は複数いたと思われます。その中で、被害者の男性は不運にも選ばれてしまったようですね』

    「その可能性が高いようじゃな」

    『被害者は血脈先祖の霊障の“5”の相だけでパフォーマンスが40%も塞がれていることを考慮しますと、ひょっとしたら、事件前にLINEが送られてきた時に会って話をしていたら、その時の口論や暴行による怪我で済んでいた可能性が考えられるのでしょうか』

    「仮定の話であるゆえ断言できぬが、加害者と被害者の間で何らかのトラブルがあることは、お互いの今世の宿題を果たすために避けられない出来事だったかもしれぬが、今世の宿題に対して順接、“無用な重し”として顕在化する血脈の霊障の影響によって、被害者が硫酸を顔面にかけられるほどの大怪我に発展してしまったと考えることもできる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、深いため息を吐いた後、口を開く。

    『なるほど。こうして、大学時代の出来事を忘れず、数年越しに犯行を行った要因の一つとして、魂の特徴の四番目の項目である“恨み辛み”の上段の数字が“2”であることが考えられます』

    「そなたの言う通りじゃな。最後に、この事件に巻き込まれてしまったと言えなくもない、被害者の女性について、そなたはどう考える?」

    『被害者の女性は人運が“7”ですから、やはり彼女も何らかの人間関係のトラブルを通じて学ぶことが今世の宿題に含まれていると思われますが、彼女にかかっている天命運の“5:一般・事故・被害者・怪我”の相の影響で、よりによって二人とは無関係であるにも関わらず、今回の事件に引き寄せ合ってしまった可能性があると考えています』

    被害者の女性SS

    「被害者の女性に関しては、残念ながらその可能性が考えられる」

    そう言い、陰陽師は湯呑みに注がれた茶を一口のみ、言葉を続ける。

    「して、加害者である花森弘卓はどんな人生を歩んできたか、ネット上で確認できるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『小学生の頃の彼はクラスの中で浮いていて、いつも一人だったようで、クラスの展示物をかたっぱしから壊したり、生きたバッタをクラス共用の鉛筆削りに詰めたりと、周囲に迷惑をかけていたようです。また、彼がイジメの標的にした子に対し、石を投げつけたり、暴力を振るう他、毛虫やナメクジや牛の糞を食べさせるなどの、蛮行を取っていたとのことです』

    「なるほど。彼の属性表から推して知るべし、といったところじゃな」

    『他にも、彼が高校三年の時に、体育館のステージの自由参加の出し物に立候補して、たった1人でサイリウムを使ってヲタ芸を披露したとありますが、多くの人物は、こうした出し物を一人で実行しないだろうと思います』

    「まあ、そうじゃろうな」

    陰陽師の相槌に対し、青年は言葉を続ける。

    『こうした行動を取る要因の一つとして、彼の魂の特徴の中で二番目と五番目、すなわち“厭世的”と“自己顕示欲”の項目の上段の数字が“2”であることが考えられます。当該の特徴を持つ彼は、前者の特徴によって浮世離れした行動を取る傾向があると思われ、後者の特徴が加わることによって、わざわざ大勢の前でやってみせたのではないかと思われます』

    陰陽師が黙って青年の言葉に耳を傾けている様子を見やり、青年は言葉を続ける。

    『また、彼は今世の使命における、“基本的使命”と“具体的使命”の下段の数字が7−3と4つも離れていますので、これらの数字がより大きく離れている人物は、常軌を逸した行動を取る傾向があるのではないかと予想しました』

    「概ね、そなたの言う通りじゃな。他に、特徴的なエピソードはあるかの?」

    『彼は高校時代から、自分で育てた昆虫をヤフーオークションで売っていたようです。また、昆虫以外にも手広く転売をしていたようで、当時流行っていたアニメの映画が公開された時も、週替り特典の色紙やメッセージカードなどを、転売することを見据えて毎週映画館に通っていたとのことです』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく笑ってから口を開く。

    「それは、商魂たくましい、“魂3:武士”らしい行動じゃな。実際、彼は理系の傾向がある転生回数期が第三期に属しており、今世は特に昆虫を中心とする“生物学”に適性があると考えられる

    『なるほど。ちなみに、彼のビジネス運と金運はともに“7”ですから、昆虫の育成や販売、アニメグッズの転売を業種とした法人の設立まで、規模を大きくすることは難しいと考えましたが、いかがでしょうか?』

    「いや、そうではない。それらの運の数値はあくまで結果を前提とした運であることから、結果的にはそなたが予測した通りになる可能性はじゅうぶんにあるものの、未来は不確定という前提で考えれば、彼が商売の規模を拡大できるかどうかは、今後の彼の行動次第であることはわかるかの?」

    陰陽師に言葉を聞いた青年が首肯しているのを見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「ただし、彼が大規模な事業計画を立て、いざ実行したとしても、成功する確率/運が“7”と低いことから失敗することが多いということじゃ」

    『そして、その二つの運が低い彼にとっては、そうした失敗を通じて学びを得ることが今世の宿題の一つに含まれている可能性があると』

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。ところで、彼は恋愛運が“3”とかなり低いが、異性関係はどうだったのじゃ?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを手早く操作し、口を開く。

    『彼はボーカロイドやアニメソングが好きで、“彼女を作るのは無理だと思う。僕の彼女は宇宙人しかいないかな”と語っていたそうですので、異性とはあまり縁がなかったと思われます』

    「そなたが見つけた情報から察するに、現実世界の女性に対する興味を失ったということかの?」

    『そうかと思いきや、予備校時代に、とある女子生徒に対して異常とも言える執着心を発揮し、トラブルを起こしていたようです』

    「というと」

    『その女子生徒が帰宅する途中にサラリーマンにナンパされたことがあったようで、それを聞いた加害者は、見方によってはストーカーと言っても過言ではないほどの行為をしていたようです。他にも、その女子生徒の誕生日に、彼女の家の前で加害者が待っていて、彼女が友人たちと帰宅した際に、急に地面に膝をついて赤い薔薇の花を渡し、歯が浮くような台詞を並べ、ヤドカリの”つがい”をプレゼントしたこともあるそうです』

    「なるほど」

    そう言い、陰陽師は指を小刻みに動かした後、再び口を開く。

    「加害者の“トンチンカン度の高さ”は80じゃな」

    『トンチンカン度でしょうか?』

    怪訝な表情でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「そう、トンチンカン度じゃ。それは、現実的な問題において、一見こんがらがった事象を瞬時に見分ける/簡潔に表現できる能力を意味し、そのスコアが高くなるほど、話が噛み合いにくくなる傾向がある

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。

    『つまり、加害者は自分の行動がお目当ての女子生徒にどのように受け取られるかを想像することが苦手であり、奇行とでも言うような行動を取ってしまった要因に、“トンチンカン度の高さ”も関係しているということでしょうか』

    「“トンチンカン度の高さ”だけで決まるものではなく、あくまで主な要因の中の一つ、と理解すればよいと思う。ちなみに、彼の恋愛運の数字である“3”には、“女性”、“女性的側面”、“奉仕”、“マゾ的気質”、“変態趣味”、“狂気”という傾向がある

    『なるほど。ネットの情報を見る限りでは、それらの中でも特に“狂気”が顕在化してしまったという印象を受けます』

    「一概には言えぬが、そう捉えることもできよう。そして、恋愛運の“3”は、広義の意味では“異性運”のなさとなる。つまり、彼はまともな恋愛・結婚をすることが難しく、多くの異性との問題で悩むことを通じて学びを得る傾向がある

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『今度は彼の家族関係についてお聞きしたいのですが、彼の父は有名な整体師で、中国人の母も医療関係の仕事に就く裕福な家庭で育ったようですが、両親共に既に他界しています。家族はとても仲が良く、夏休みなどに3人で中国へたびたび旅行に行っていましたが、7年ほど前に父親が病気で亡くなり、その数年後には母親も亡くなってしまったとのことです』

    「なるほど」

    『また、彼が高校生くらいの頃、母親に馬乗りになって首元を掴み、今にも殴りそうな雰囲気だった、と近所の人が見かけたことがあったようですが、今回の硫酸事件や彼の学生時代の言動や、彼の諸々の魂の属性や攻撃性があることを踏まえると、元々こうした出来事を起こしやすいのではないかと思われます』
    青年の言葉を聞いた陰陽師は、ふむと相槌を打った後、鑑定結果を紙に書き足していく。

    花森弘卓・父SS

    花森弘卓・母SS

    青年が二人の属性表を見終えた頃に、陰陽師は再び口を開く。

    「その時はたまたま近所の人が見かけて発覚したと思われるが、実際には他にも家庭内でのいざこざがあったかもしれぬ。じゃが、母子ともに人運が“7”以下であることを考慮すると、そうした母子関係の中で学ぶことが、両者の今世の宿題の一つである可能性があるのじゃよ」

    『なるほど。子は自らの今世の宿題を果たすのに最適な母親を選んで産まれてくるということでしたね(※第44話:福岡5歳児餓死事件と今世の宿題参照)』

    「まあ、そういうことじゃ。話を戻すが、今回の硫酸事件は社会的には許されがたい出来事として認識されていることは、紛れもない事実じゃ。しかしながら、加害者と被害者の双方にとって、今回の事件を通じて学ぶべきことがあったことも考えられることを、覚えておくようにの」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は過去の出来事を振り返っていた。

    自分は金運と恋愛運が共に“7”以下で、それらの項目で起きた問題を通じて、人生における重要な学びを得たことを理解しているものの、今になって振り返れば、霊障や天命運の影響によって必要以上の損害を受けていたことを、どういうわけか判断できている感覚がある。

    ふりかかる難が今世の宿題と関わっていることもあるため、全ての難をなくすことは霊的な観点からは望ましくないが、自分と縁がある人物が大難を体験することで抱える後悔が少なくなるよう、霊障について説明し、大難を小難にするために神事の案内をしていこう。

    そう、青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第53話:100万分の1の奇跡と霊障

    新千夜一夜物語 第53話:100万分の1の奇跡と霊障

    青年は思議していた。

    1950年3月1日の19:25頃、米国のネブラスカ州にあるウエスト・サイド・バプティスト教会が爆発し、全壊した事件についてである。
    この教会では、毎日聖歌隊のメンバー全員が必ず15分前に到着して準備をして19:30に練習を開始しており、しかも、聖歌隊を結成したおよそ2年前から一度も遅刻者がいなかった。
    しかしながら、その日に限って15名のメンバー全員が各々何らかの理由によって遅刻したために、誰一人命を失わずに済んだという。

    時間を守る人物が15名もいるのであれば、聖歌隊のメンバーの内の何名かは命を落としていてもおかしくなかったはずだが、なぜこのような出来事が起きたのだろうか?
    神の奇跡か、あるいは何らかの霊障が関係しているのだろうか?

    独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は“奇跡”について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「一言で“奇跡”と言っても様々な出来事があると思うが、よもや、漫画の世界の話ではあるまいな?」

    そう問いかける陰陽師に対し、青年は苦笑しながら答える。

    『いえいえ、確かに出来事としては漫画の世界の話のような内容ですが、現実に起きた話です』

    そう言った後、青年は出来事の概要を陰陽師に説明する。
    無言で耳を傾けていた陰陽師が、やがて疑問を口にする。

    「出来事の経緯については把握した。して、その15人はどういった理由でそれぞれ遅刻したのかの」

    青年は、スマートフォンを眺めながら口を開く。

    ・ラドナ・バンデクリフトさんは数学の宿題を終わらせようとして遅刻
    ・ルーシー・ジョーンズさんはラジオ番組を最後まで聞いたために遅刻
    ・ドロシー・ウッドさんはラジオに夢中のルーシーさんを待っていて遅刻
    ・聖歌隊のリーダーであるマーサ・ポールさんとその娘のマリリンさんは夕食後にうたた寝をしてしまい遅刻
    ・ハーバード・キプフさんは提出するレポートができあがらずに遅刻
    ・ハービー・アールさんは教会に連れて行こうとした子供たちがぐずり、それに手間取って遅刻
    ・ジョイス・ブラックさんは体がだるく腰を上げられずに遅刻
    ・ウォルター・クレンプル一家は、汚れてしまった娘の洋服を着替えさせていて遅刻
    ・ロイーナ・エステスさんと妹サディエさんは車のエンジンがかからず遅刻
    ・レナード夫人と娘のスーザンは、母親の手伝いをしていたために遅刻

    『このような感じで、各々がささいな理由で遅刻したようです』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、紙に鑑定結果を書き連ねていく。
    *諸事情により、鑑定結果は12名分の掲載となります。

    ラドナ・バンデクリフトSS

    ルーシー・ジョーンスSS

    ドロシー・ウッドSS

    マーサ・ポールSS

    マリリン・ポールSS

    ハーバード・キプフSS

    ハービー・アールSS

    ジョイス・ブラックSS

     ウォルター・グレンブルSS

    ロイーナ・エステスSS

    サディエ・エステスSS

    スーザンSS

    全員の鑑定結果に目を通した青年は、眉間にシワを寄せながら口を開く。

    『おや、霊障にも天命運にも“5:事故/事件”の相がかかっている人物はいないようですね。それに、他の項目を考慮しても、この事故が起きたことと、彼らが当日に偶然遅刻した要因はないように思われます』

    「そなたの言う通りじゃ」

    『と仰いますと?』

    「当時教会でガス爆発が起きたことも、聖歌隊の面々が全員遅刻した結果、誰一人として命を落とさずに済んだのも、たんなる偶然じゃ」

    土地や教会内のグッズにかかっていた霊障も関係なく?』

    「うむ」

    戸惑いの表情を見せながら、青年は問いを続ける。

    『聖歌隊が敬虔な信者で、日々善行に励んでいた彼ら・彼女らに対し、例えば、眷属が何らかの働きをしたという可能性も考えられないのでしょうか?』

    「ワシの見立てでは、この事件が起きたことに、霊的な要因はないようじゃな」

    青年は首を傾げながら小さく唸った後、口を開く。

    『なるほど。それにしても“事実は小説よりも奇なり”とはよく言ったものだと思います』

    そう言い、小さなため息を吐く青年に微笑みかけ、陰陽師は口を開く。

    「今回の出来事に注目すれば特に解説することはないが、今日は魂の属性を中心に話を進めていくとするかの」

    そう言い、陰陽師は卓上に並べられた属性表の中から、一枚を青年の前に差し出す。

    ハービー・アールSS

    その属性表を再び見た後、青年は口を開く。

    『ハービーさんの属性表の中で特に気になったのが、ハービーさんの欄外の枝番の数字が“9”で、インターフェイスが“7”で、陰陽五行に“火”を持っていることですね』

    「そなたが言及した項目に関して説明すれば、彼は、属性をみる限り世界を変革するような力があるとは思えぬので、この世の基準で言うところの、悪行に手を染めやすい傾向があり、当時の事件があった1950年から2021年の間に、ひょっとしたら何らかの犯罪を犯している可能性が考えられる」

    『なるほど。彼の魂の特徴にある“攻撃性”と“恨みつらみ”の上段の数字が“2”ですし、人運の数字が“7”以下ですので、他人との揉め事が多く、先生がおっしゃるように、場合によっては傷害罪や殺人罪に発展した可能性があるのではないかと、考えられます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いた後、再び口を開く。

    「断言はできぬが、その可能性は考えられる。また、彼の基本的気質(OS)の上段の数字が“8”であることも珍しい」

    『確かに。基本的気質と具体的性格の項目でよく見かける数字は、3、5、7の三つですが、“8”はどういう意味でしょうか?』

    “8”はいわゆる“輩”と呼ぶにふさわしい資質で、現代の日本で言うところの、反社会的勢力や右翼の大幹部の一部が持つ番号となる

    『ということは、ハービーさんはこの世の基準で言うと、かなりの危険人物と言えそうですね』

    「いつも言っているように、人間には多面体があり、彼の他の属性を考慮すれば、確かにそなたの言う通りかもしれぬが、この数字はいわゆる時代の“風雲児”たちが持つ数字でもある。例えば、歴史的に見ると、世界史では秦の始皇帝やナポレオン一世、日本史では、源義経・為朝兄弟、徳川家康、清水次郎長、西郷隆盛、さらには小泉純一郎元首相といった人物が該当する」

    『なるほど。ちなみに、ハービーさんは8−7と、基本的気質と具体的性格の上段の数字が異なりますが、このことはどのように解釈すべきでしょうか?』

    魂1〜3の人物に限って言えば、8−7の数字を持つ人物が懐の深い大物然とした性格を持っているのに対し、7−8の数字を持つ人物の場合、感情の起伏が激しかったり、声が大きくて粗暴な言動が目立ったりする。この辺りが、基本的気質(OS)と、表面に顕在化する性格という意味での具体的性格(ソフト)という表現で説明できるわけじゃ

    『魂1〜3に限ってとのことですが、魂4であるハービーさんの場合、どのような人物像が考えられるのでしょうか?』

    「実際に会ったことがないから断言はできぬが、強いて言うなら、“態度がでかい”、“一見スケールが大きいように見える発言をする”、“一見魂3:武士・武将のような言動をすることがある”、といったところかの」

    『同じ数字の組み合わせであっても、OSとソフトのどちらになるかと、魂1〜3か魂4によって、だいぶ性格が変わるのですね』

    「まあ、そういうことじゃ。もう一度ハービーさんの属性表を見てもらいたいのじゃが、彼には霊脈と血脈の先祖霊の霊障がどちらもかかっていないことはわかるかの」

    ハービー・アールSS

    『確かに。僕が知る限りでは、ほとんどのクライアントに血脈の先祖霊がかかっていましたが、魂の属性7:唯物論者である彼には、霊脈の先祖霊がかかっていないのはもちろん、血脈先祖の霊障もかかっていないのは珍しく感じます』

    「うむ。以前に説明したと思うが、先祖霊は何とかしてあの世に戻りたいと願っていることから、願いを叶えてくれそうな子孫を選んでかかっている。つまり、先祖霊が一人もかかっていない彼は、先祖たちから見て、霊的に頼りにならないと認識されていると言えよう」

    『なるほど。彼の総合運の“大日不可思議”の項目のスコアが“3”とかなり低いので、彼は先生のお話を理解できないでしょうし、先祖霊を救霊しようという発想に至る可能性が低いと考えれば納得できます』

    「さらに補足しておくと、例えば、我が国では4−4(転生回数期が第四期の魂4)の多くが、外国では3−4(転生回数期が第三期の魂4)、その中でも特に魂の属性7:唯物論者には、血脈の霊障がない人物が多いようじゃな」

    ハービー・アールさんの属性表を再び眺めていた青年が、再び口を開く。

    『なるほど。ところで、精神疾患の項目は、今までは霊脈のみで血脈にはありませんでしたが、血脈先祖の霊障と同様に、血脈の精神疾患は、魂の属性3:霊媒体質の人物はもちろん、魂の属性7:唯物論者の人物にもかかるという認識でよろしいのでしょうか?』

    「うむ。霊脈先祖の霊障の影響で“霊媒体質”の人物に顕在化している精神疾患は、現代医学では原因も症状も明確に診断されていないものがある一方で、血脈の精神疾患は、現代医学で診断される精神疾患とほぼ同義だと考えて差し支えない

    『なるほど。聖歌隊のメンバーのほぼ全員が、血脈の精神疾患の“16:統合失調症”に該当していますので、ひょっとしたら、精神科で統合失調症と診断されている現代人の多くが、血脈先祖の霊障と他者の念、雑霊/魑魅魍魎の影響を少なからず受けているのかもしれませんね』

    「その可能性は大いにあると、ワシは思う。ただし、魂4の人物の場合、精神疾患の項目である16は、“統合失調症”と言うよりも“子供っぽさ/幼稚”として顕在化する傾向がある

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『霊脈先祖の精神疾患は同様に、血脈の精神疾患は血脈の神事が済めば症状が改善するのでしょうか?』

    「いや、そうではない。血脈先祖の霊障がかかっていない人物に対しても血脈の精神疾患の項目があることから、霊脈・血脈の霊障とは関係なく顕在化する項目だと言える。言い換えれば、その人物の先天的な“性向”であり、極端な言い方をすれば、今世の課題を果たすために必要な“性向”の一部でもある

    『そうなりますと、陰陽五行の長所・短所や総合運に反映されてもいい項目のように考えられますが、個別に鑑定される理由はあるのでしょうか?』

    「血脈先祖の霊障は、例えば、“魂3:武士”であるそなたを例に挙げれば、魂の種類1〜4の中で、“魂3:武士”以外の魂の種類を持つご先祖がそなたにかかることは覚えておるな?」

    陰陽師の問いに首肯して答える青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「さらに血脈先祖の霊障の特徴として、一度本人にかかった血脈先祖を救霊しても、他の親族が亡くなった場合に、再びかかる可能性があることじゃ。他にも、例えば、そなたの兄弟が生きている間であっても、いわゆる“横滑り”という形でそなたにかかる可能性があり、さらに言うと、友人・知人からの“横滑り”もなきにしもあらず、じゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開いてから口を開く。

    『ということは、一度血脈先祖の神事を済ませても、いつ再び血脈先祖の霊障がかかってもおかしくないわけですね』

    「そういうことじゃ。よって、そなたの血脈先祖の精神疾患が強く顕在化した場合、そなたの親族から血脈先祖の霊障が再びそなたにかかったことを知らせる“お印”であると考えられるわけじゃ」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きく頷いてから、口を開く。

    『他に気づいたこととして、全員が頭2:狩猟民族の末裔、すなわち、“我”が強く、自分の利益に関して損得勘定で動く傾向があることが挙げられますが、何らかの理由は考えられるのでしょうか?』

    「しいて言うなら、キリスト教は頭2であり、この事件が起きたネブラスカ州の人口の61%が信仰している宗派であるプロテスタントも、頭2じゃ」

    『なるほど。神社に祀られている神と同様に(※第18話参照)、宗教にも頭1/2があるのですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「全ての宗教に触れるには時間が足りないから、他の宗教・宗派については別の機会に話すが、“プロテスタント”は“ローマ・カトリック教会”から派生した宗派である」

    そう言い、陰陽師は紙に両者の特徴を書き記していく。

    カトリックとプロテスタントの違いSS

    『これらの違いを見る限り、カトリックの方が厳格そうですが、実際のところはどうなのでしょうか?』

    「何事も例外があるゆえ一概には言えぬが、実はキリスト教の中でもプロテスタント宗派は特に論調が強く、“新約聖書”および“使徒の手紙”の内容が倫理的な役割を持っていることから、信者たちが世間で言う善行に励み、悪行に手を染めないようにするという意味では、それなりに有効な宗派と言えるかもしれぬ」

    『なるほど。実際のところ、プロテスタントの牧師とその家族は、それらの内容を遵守し、善人のような生活を送っている人物が多いのでしょうか』

    青年の問いに対し、陰陽師は首を小さく左右に振ってから答える。

    「残念ながら、敬虔なプロテスタントの牧師が、子供を含めた家族と共に聖書などの内容を遵守した生活を送っているにも関わらず、子供は非行に走ってしまったり、悪行に手を出してしまうことがあるようで、プロテスタントの信者だからと言って、善人であるとは限らないようじゃな」

    『ただ、そうした現象が起きている要因として考えられるのは、そうした非行に走ったり悪行に手を出してしまった子供は、彼・彼女の今世の課題を果たすための行動を取っているからではありませんか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「その可能性が高い。以前も説明した通り、子は自らの今世の宿題を果たすために最も適した母親を選んで産まれてきていることから、両親のいずれかがプロテスタントの牧師である家庭に産まれた子が、両親の教育や意向に反して非行に走ることも、その子と両親、特に母親の宿題を果たすための行動と考えることができる

    『なるほど。その一方で、両親の教育や意向を肯定的に受け取り、両親と同様に敬虔なプロテスタントの信者となって、善人として生活したり、親の跡を継いで牧師になるケースもあると』

    「極端な言い方をすれば、その二つに大別されるじゃろうな。ただし、実際は家庭ごとに親子で魂の属性が異なり、当然それぞれの今世の宿題も異なることから、様々な事例が考えられ、そうした諸々の順列組み合わせによって各々が“魂磨き”に取り組んでいると考えられる」

    陰陽師の言葉に対し、青年はカトリックとプロテスタントの違いを再び読み、口を開く。

    『プロテスタントの牧師は婚姻を認められているため、そのように親子間での“魂磨き”が行われていることはわかりました。その一方で、結婚を禁じられているカトリックの神父の場合は生涯独身となりますので、プロテスタントの牧師とはまた違った形で“魂磨き”に取り組む傾向があるのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「カトリックの神父は結婚だけでなく、異性/同性との性交や性的快楽も禁止されているため、教会の規則と自分の欲望の間で苦しむことも、今世の宿題の一つになっていると思われる」

    『なるほど。そして、欲望に負けて禁止されている行為を行なってしまった神父の中には、禁止行為を行うことが今世の宿題に含まれている可能性もあるのでしょうか』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから口を開く。

    「その可能性もある。ローマ・カトリック教会の影響力が強い国・地域においては、性交・性的快楽に手を出した神父は“悪”として断罪されることじゃろう。しかし、一人一人の人物が各々の今世の課題を果たすための行動を取っているわけであり、罪を憎んで人を憎まずではないが、個々人の言動に対し、この世の善悪を基準に評価・判断しないように心がけることは、常々話している通りじゃ」

    『そうした例のように、この世の基準で悪とみなされる行為が、人によっては今世の課題を果たすために必要となることを考えると、万人が善人となって“地上天国”を目指すという、一部の小乗仏教を除いた新興宗教の多くの教義は、やはりセントラルサン/カミの意向に沿っていないと考えざるを得ないのが、僕の正直な感想です』

    「そなたの意見は一理ある。科学が発達して物質的に豊かになった国が多くなり、医学の進歩によって世界の人口が増えていることは、見方によってはこの世が“地上天国”に向かっていると思われるものの、“令和革命”によってコロナ禍が始まり、世界が過酷な状況になっていることを踏まえると、セントラルサン/カミの意向としては、やはりこの世は“地上天国”ではなく、魂磨きの修行の場としての役割を担っていると帰結せざるを得ないのじゃよ」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年はこの出来事に関するネット記事に再び目を通していた。

    数学者ウォーレン・ウィーバーは、この奇妙な出来事が起こる確率は、およそ100万分の1になると算出したが、その他の計算によっては、100億分の1とも100兆分の1とも言われているようだ。

    それだけ稀少な確率で起きたこの出来事が霊的な要因とは関係なく、たんなる偶然であるなら、やはり見えない存在を頼りにして“奇跡”が起こることを期待して日々を過ごすよりも、自分の決断と行動を信じ、“人事を尽くして天命を待つ”ではないが、目の前のことに真摯に取り組むことが大事だと、改めて青年は実感したのだった。

  • 新千夜一夜物語 第52話:学歴社会と毒親

    新千夜一夜物語 第52話:学歴社会と毒親

    青年は思議していた。

    看護師を目指していた娘が実母を殺害し、遺体を損壊、遺棄した事件についてである。
    この事件の背景には、娘が学生時代から教育虐待と言っても過言ではない束縛を母親から受けていたことがあった。しかも、娘は医学部合格を目指して9年間も浪人したようで、教育虐待の期間がそれだけ長かった上に、医学部ではないものの、妥協してようやく入学した大学生活やその後の就職先に関しても、母親からの束縛は続いていたようだ。

    実の娘に殺害されるほどの教育虐待を母親がしてしまったのはなぜだろうか。
    また、9年間も浪人した娘は、その後も受験勉強を続けていたら、いずれは医学部に合格できたのだろうか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。今日は学歴社会と毒親について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「学歴社会と毒親とな。なぜその2つの組み合わせなのかはワシにはちとわからぬが、具体的にはどういったことを知りたいのじゃ?」

    そう陰陽師に問われた青年は、事件の概要について説明した。

    ・桐生しのぶさんは、自身が高卒であることにコンプレックスを感じており、娘である桐生のぞみさんには、公立高校から東大や国公立医学部に進学するという、母親が理想とするエリートコースを歩ませたいと思っていた。
    ・のぞみさん自身も、手塚治虫の漫画“ブラックジャック”に憧れ、外科医の夢を抱いた。
    ・父親はのぞみさんが小二の頃から社員寮で別居することになったため、母子二人での生活が続き、母親の教育虐待を止められる人はいなかった。
    ・母親の期待に応えるため、のぞみさんは9年間浪人したが、それでも医学部に合格できなかったため、2014年に合格した滋賀医科大学の看護学科に進学することになった。
    ※ただし、のぞみさんが将来、助産師になるという条件付で。
    ・2016年、大学2年の時に、のぞみさんは手術室看護師になりたいと思うようになる一方、2016年の終わり頃に助産師課程の進級試験に不合格になり、再び束縛は再燃した。
    ・2017年の夏には医大の付属病院から就職の内定を得ていたが、母はそれを辞退して助産師学校に進学するよう迫った。
    ・2017年12月、母親から所有を認められていた携帯電話とは別に、のぞみさんが隠し持っていたスマートフォンが母親に見つかる。母親はのぞみさんに庭で土下座させ、その様子を撮影し、スマホをブロックで叩き壊し、所有を認めていた携帯電話に「ウザい!死んでくれ!」とショートメールを送って罵倒した。
    ・2018年1月19日、1月中旬に受けた助産師学校の試験は不合格。大学病院への就職手続きの期限が一週間後に迫った際に、母親に「看護師になりたい」と本音を打ち明けたが、「あんたが我を通して、私はまた不幸のどん底に叩き落とされた」と一蹴され、その後、母親から夜通し怒鳴られ続けた。
    ・日付が変わった真夜中、のぞみさんがしのぶさんを殺害し、「モンスターを倒した。これで一安心だ」とSNSに投稿した。

    青年の説明を聞き終えた陰陽師は、紙にそれぞれの鑑定結果を書き連ねていく。

    桐生しのぶSS

    桐生のぞみSS

    桐生のぞみ(父)SS

    鑑定結果に目を通した青年が、口を開く。

    『今回の事件が起きた原因の一つに、母親であるしのぶさんによる、のぞみさんの私生活と進路に対する過剰な束縛があったと思われます。また、様々な要因が関係していると思いますが、しのぶさんがそうした束縛や虐待を行なってしまった要因として、頭が“2”、インターフェイスが“8”、魂の特徴にある攻撃性の上段の数字が“2”という魂の属性を持っていることが考えられます』

    「複雑に絡み合っている様々な要因の中の一部、としてはそなたの言う通りじゃな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再び属性表を眺めた後、口を開く。

    『他に、家族全員の共通点として、転生回数の十の位が“3”、すなわち数奇な人生を歩む傾向がある人生で、人運が“7”、天命運の14:人的トラブルの相がかかっていることが挙げられます。また、母娘の共通点として、血脈の霊障の7:親子、9:子宝、14:人的トラブル、17:天啓/憑依の相がかかっていることが考えられますが、これらは今回の事件と関係があるのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は小さく首を左右に振ってから答える。

    「それらは合わせ技一本という意味では微妙に関係していると言えなくもないが、今回の事件を霊障だけで語ることは難しいじゃろうな」

    『なるほど…。それにしても、僕も浪人生活を経験したことがありますので、9年間も浪人したことは、のぞみさんにとって、相当な苦痛だったと推察します』

    「具体的には、どういった状況だったのかな」

    『ネットで調べた話では、浪人中ののぞみさんは携帯電話を取り上げられ、自由な時間を与えないようにと母親から一緒にお風呂に入らされていたようです。さらに、のぞみさんは浪人しているにもかかわらず、母親が親族に対し、のぞみさんが現役で医学部に合格したと嘘をついたため、のぞみさんは母親からそのように振る舞うよう、求められたようです』

    「のぞみさんは、よく9年間も我慢できたものじゃな」

    『当初は母親の束縛から逃れるために就職しようとしたみたいですが、当時は未成年だった上に、当然母親の同意を得られずに実現しなかったようです。また、のぞみさんは3回家出したようですが、いずれも探偵や警察に見つかって家に連れ戻されたようです』

    「なるほど。そうした過酷とも言える日々を9年間も過ごしたものの、母親が切望した医学部に入学できなかったと」

    『そうなります』

    そう言い、暗い表情で視線を落とす青年に対し、陰陽師はのぞみさんの属性表に視線を向け、再び口を開く。

    のぞみさんの魂の属性を見る限り、殺人を犯すような人物ではないが、そこまで母親から束縛を受けていたとなると、犯行に及んでも仕方なかったと言えるじゃろうな」

    『そうですね。この事件に関して非常に胸が痛みますが、のぞみさんはどれだけ受験勉強に励んでも、医学部に合格できなかったのではないかと僕は考えていまして、彼女のことが不憫でなりません』

    「なぜ、彼女は医学部に合格できないと思ったのかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、のぞみさんの属性表を手に取り、口を開く。

    大学入試には、学業と頭の良さの二項目が重要だと思われますが、のぞみさんは共に80です。医学部は大学受験において最高峰となりますので、そもそもこのスコアでは医学部に合格することは難しいのではありませんか?』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いた後、口を開く。

    「そなたの見解に付言するとすれば、ワシが鑑定で出したスコアは“潜在値”、すなわち後天的に伸ばした場合の限界値であり、例えば80点だとすれば、この世に生を受けた時点で80点になっているわけではないのじゃよ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『“顕在値”が後天的に変わるのでしたら、この世に生を受けた時のスコアはどれくらいだと考えればいいのでしょうか』

    「もちろん例外はあるものの、基本的には、“潜在値”の7割だと覚えておくとわかりやすいじゃろう。ちなみに、のぞみさんの“顕在値”、すなわち9年間の受験勉強を経た結果の学業と頭の良さは、共に70点じゃ」

    『なるほど。のぞみさんがこの世に生を受けた時点での学業と頭の良さのスコアは共におよそ56点(80×0.7)だとすると、彼女はこれまでの人生と受験勉強によって、“顕在値”を14点ほど上げることができたのですね』

    「そうじゃな。彼女の場合、学業も頭の良さも、あと10点分の伸び代があるということになるが、“潜在値”がそれぞれ80点であることを考慮すれば、いずれにせよ、彼女があのまま受験を続けていても、残念ながら、医学部に合格する可能性は低いと、ワシも思う」

    『確かに。学業と頭の良さという観点から、のぞみさんが医学部に合格することは難しかったことについて、理解できました。一方、魂の属性の観点から考えると、ほとんどの臨床医の魂の属性は3(9)−3、すなわち転生回数期が第三期の”魂3:武士・武将”で、しかも転生回数が“190回代”という“大々山”だとお聞きしました』

    「基本的にはその通りじゃが、中には1(7)―1、すなわち転生回数期が第一期の“魂1:僧侶/王侯”と、2(7)―3、すなわち転生回数期が第二期の“魂3:武士・武将”の人物がいることと、それらの少数派は、(医師免許を持った)厚生省の職員や医療財団のトップ、臨床分野や経営に携わっていることも覚えおくように」

    陰陽師の言葉に対し、青年は深く頭を下げた後、口を開く。

    『補足していただき、ありがとうございます。のぞみさんの魂の属性は2(3)―2、すなわち転生回数期が第二期の“魂2:貴族(軍人・福祉)”あることと、医学部に入学しても、1〜4回生の間に脱落していく医学部生が少なくないという、医学部卒の知人から聞いた話を考慮すると、仮にのぞみさんが医学部に合格できたとしても、退学していた可能性も考えられます』

    「ひょっとしたら、そうなっていた可能性があったかもしれんの。じゃが、この親子間の出来事で注目すべき点は、結果的にのぞみさんにとってそれなりに適している職業の道に進んだことじゃな」

    『確かに。魂2の人物は看護師などに多いとお聞きしましたので、のぞみさんにもその傾向があるのでしょうか』

    青年の言葉に小さく頷いた後、陰陽師は紙にペンを走らせながら口を開く。

    のぞみさんの看護師と助産師の適性は、共に90点(魂磨きおよび、向き不向きという観点で言えば80点以上が推奨)じゃ。つまり、彼女は医師への道を断念せざるを得なかったものの、不幸中の幸いと言えるかはわからないが、彼女の希望である看護師として医大の附属病院の内定を得ることができた。あるいは、彼女の母親の要望に応える形にはなるが、仮にのぞみさんが助産師になっていたとしても、それはそれで適職に就けたと言えよう」

    『なるほど。9年間も浪人したことについては複雑な気持ちになりますが、結果的に適性がある道に進んでいたことを考えれば、家族を通じて各々が今世の課題を果たしていたと言えそうです。あとは…』

    青年は一度口をつぐみ、しばらくして再び口を開く。

    母親であるしのぶさんの魂が、この世に何らかの未練を残して地縛霊化していないか、ですね』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、指を小刻みに動かした後、口を開く。

    「うむ。彼女の魂は、無事にあの世に帰還しているようじゃ」

    陰陽師の答えを聞いた青年は安堵の息を漏らした後、口を開く。

    『それを聞いて安心しました。そう言えば、全員に霊脈の先祖霊の霊障がかかっていませんので、逆接、すなわち本来向かうべき人生の方向性から真逆に進むといった霊障の影響はありませんし、“5:事故/事件”の相が誰にもかかっていないことから、今回の事件は三人の各々の今世の宿題を果たすために、起こるべくして起きた可能性がありそうですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「その可能性が考えられる。世間では、しのぶさんに対して毒親だとか、娘に殺されて当然、といった声が中にはあるかも知れぬが、以前も説明したように(※第44話:福岡5歳児餓死事件と今世の宿題参照)、子が自らの今世の課題を果たすために最適な親を選んで産まれてくることから、母親にとっては虐待をすることと、その後に娘に殺害されることが、そして、娘にとっては虐待を受けることが各々の今世の課題には必要な体験だった可能性がある」

    『母娘の間でそうした縁があったということは、母親による教育虐待を止めるどころか、気づくことすら難しかったであろう父親にとっても、今回の事件は必要な出来事である可能性が高いと』

    「まあ、そういうことじゃ。いつも言っているように、事件や犯罪に対し、この世の価値観で善悪の判断を下すのではなく、その出来事から何を学び、どう自分の人生に活かしていくかを考えていくことが肝要じゃ」

    『よくわかりました。それにしても、僕も受験で苦労した身ですので、のぞみさんに対して同情すると同時に、しのぶさんがあそこまで娘さんに対して教育虐待を行なった背景には、しのぶさんの学歴コンプレックスが、さらにその背景には学歴社会が関わっているように感じます』

    「そなたの見解に付言するとすれば、我が国では“社会的出生”が重要視されておるからのお」

    『“社会的出生”とはどういった意味でしょうか?』

    「“社会的出生”については、ノルウェーの社会学者ヨハン・ガルツングが発表した“社会構造・教育構造・生涯教育”と題する論文を読むといい。ただし、あくまでこの論文は一つの学説であり、他にも様々な見解があることから、この論文が絶対的に正しいものではない、ということを覚えておくように」

    陰陽師の言葉に対し、青年が首肯するのを確認してから、陰陽師は一枚の紙を差し出す。

    日本では『生物学的出生ののちに社会的出生が起こる』。そこでは人々がどの社会階級に所属するかは、家柄や血統ではなく、どのような学校に入り、教育を受けたかによって、つまりどのような学歴をもつかによって決まる。しかも日本の場合、入学はまず間違いなく卒業(学歴取得)を意味するから、『どの階級に属するかは、各(教育)段階の入学試験のさいに決まる』ことになる。こうして、この『学歴主義』の支配する社会では、はげしい受験競争が日常化し、入学試験による『社会的出生』の結果獲得された学歴は『属性』となり『身分』となって、社会生活のすみずみにまで、支配的な力を及ぼすようになるというのである。(161頁)

    読み終えた青年は、眉間にシワを寄せながら口を開く。

    『確かに。僕の経験談ですが、大学以前の友人と大学生になってから久しぶりに再会し、大学の話になった際に、僕の大学名を聞いてから友人の態度が変わったことがありますから、学歴によって生まれ変わっていると言っても過言ではないと思います』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「なるほど。そういうこともあるじゃろうな。しのぶさんの場合、彼女が高校を卒業してからずっと高卒という属性、身分で固定されたままそれなりの辛酸を舐めて学歴社会を生きてきたじゃろうから、娘には同じ思いをさせたくなかったという思いがあったのかもしれぬの」

    『なるほど。学歴社会はまだまだ続くでしょうし、実際、僕の親族に中には、自分が合格できなかった大学に息子を入学させたいと言っている親がいます。その大学が息子さんに適しているならいいのですが、彼に限らず、受験する本人の希望と身の丈に合った大学に合格し、無用な苦労をせずに済むことを願うばかりです』

    「そなたの言い分もわかるが、そうは言っても各家庭で教育方針があるし、学歴社会の影響を強く受けた世代の親たちが学歴を重視することは至極当然と言えよう」

    陰陽師の言葉に対し、青年は大きく頷いてから口を開く。

    『ということは、例えば大学受験においては、偏差値の高さや知名度で選ぶのではなく、大学の校風や本人が専攻したい分野、さらには本人との相性で選ぶ方が、魂磨きのためという意味では充実したキャンパスライフを過ごせそうですね』

    「そうじゃな。未来は不確定で、ワシら一人一人の選択が未来を創造していくことを踏まえても、大学に限らず、本人が希望する選択肢の中でも、可能であれば今世の課題を果たすことにも適したものを選んでもらえたらと、ワシは思う」

    『確かに。大学を決めるほど大きいことではありませんが、僕が良さそうだと感じたコミュニティと関わることがNGだと鑑定結果が出ることもありますから、せっかく各種神事を済ませて霊的な余計な重しを取り除いて素の状態になり、パフォーマンスが100%になっても、誤った選択をして自ら運気を下げてしまっては元も子もないと思います』

    「そういうことじゃ。もちろん、NGと出た選択肢を選ぶことは本人の自由ではあるが、その結果、現世利益的にも霊的にも立て直すことが難しい状況に陥らないとも限らぬ」

    『肝に命じておきます。人間関係、特に恋愛と結婚、仕事内容、住んでいる家や引っ越し先など、今後の人生に少なからず影響を与えることを決める際は、ぜひ鑑定をお願いいたします』

    「もちろんじゃとも。繰り返しになるが、鑑定結果はあくまで参考にすべきであって、最後にどんな選択肢を選ぶかは個々人の自由だということと、鑑定で出た最適な選択肢を選ぶことによって得られる恩恵は、各種神事が済んでいることが条件であることを覚えておくようにの」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は父親との過去のやりとりを思い出していた。

    親と子は、魂の属性だけでなく、魂の種類が異なる場合もある。
    だから、子が親の仕事を継げるとは限らないし、親と同じ学歴を獲得できるとは限らない。
    もちろん、夢や目標を持って日々努力することは大事だと思うが、親自身が叶えられなかった夢は、そもそも本人の手が届かない夢で、今世の課題に含まれていない可能性もある。
    そして、子供には子供の、今世の課題を果たすための夢や目標があるだろう。
    親は親の、子は子の魂磨きが恙無く進むよう、より多くの人に、魂の属性と今世の課題と、神事の重要性について理解してもらえるように尽力していこう。

     

    そう、青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第51話:チップと魂の属性

    新千夜一夜物語 第51話:チップと魂の属性

    青年は思議していた。

    米国のインディアナ州において、とあるピザの配達員に対し、常連客から長年のお礼として、新車と新車の保険料やガソリン代などの維持費を含めた現金(総額およそ190万円)が渡された件についてである。

    海外ではこうしたサプライズをたまに耳にするが、我が国ではあまりないのはなぜなのだろうか?
    配達員や常連客の魂の属性が関係しているのか、あるいはインディアナ州の州民性が関係しているのだろうか?

    独りで考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのであった。

    『先生、こんばんは。本日はチップと米国のインディアナ州について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「チップとインディアナ州とな。なぜその二つが今回のテーマになっているのか、皆目見当がつかぬが、もう少し具体的に説明してもらえるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンの画面を見ながら今回の出来事の概要を説明する。

    ・ロバート・ピータースさんは、31年間ピザの配達員として働いていた。
    ・彼はその実直な人柄と丁寧な仕事ぶりで地域の住民から人気があった。
    ・特に、お釣りの金額が約16円であったとしても、猛吹雪の中、わざわざ5〜6キロの道のりを運転して店までお釣りを取りに戻るなど、毎回きっちりお釣りを用意していた。
    ・そんな彼に対し、ダナーさんは何か恩返しがしたいと思い、クラウドファンディングを始めた。
    ・新車の購入資金と、保険料やガソリン代などの維持費に必要な約130万円を募ったところ、わずか二日間で約190万円が集まった。

    『日本ではお釣りを用意することは当たり前だと思いますが、米国ではチップ文化がありますので、客が代金に対して多めに現金を支払った場合、よほどの大金でなければそのままチップとして配達員が受け取ってしまうと聞いたことがあります』

    「ワシが米国の友人に聞いた話じゃと、ピザの配達員に渡すチップの金額は、代金の10~15%が通常で、その分アルバイトの配達員は自分の車とガソリン代が自腹となり、最低時給も5ドルぐらいだそうじゃ」

    『なるほど。時給が5ドルということは、日本円に換算すると500円強となり、日本のピザ配達のアルバイトの時給が1,000円〜1,500円ですから、かなり低いと思われます。ちなみに、ピザの配達員へのチップは必ず支払わないといけないのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「米国のデリバリーピザ店の中にはチップがいらない店もあり、その場合、最低時給が8ドルぐらいになるらしい。チップがいらない店であれば代金の授受はスムーズに行われる一方、チップの金額に対する明確な規定がないため、チップを支払う際に渋る客がいるそうじゃ。他にも、ピザの注文のついでに、電球を変えて欲しいと頼む老婦人もいるらしく、その場合、安いピザを注文した場合であっても、チップは最低5ドルが常識だと聞いておる」

    『なるほど。時給が8ドルだとしても、日本のピザ配達員のアルバイトの時給より低いので、もらえるチップの金額は配達員にとって重要な収入源といえそうです』

    「そうした前提を踏まえると、ガソリン代が自腹であるにもかかわらず、わずか15セント(約16円)を取りに戻るために猛吹雪の中5〜6キロの道のりを運転することは、なかなかできないことだとワシは思う」

    『チップとして15セントを受け取ってしまえば済む話を、そうしなかった理由として、ロバートさんの魂の属性が関係している可能性があると思われますが、いかがでしょうか?』

    「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    ロバート・ピータースSS

    属性表を眺めた青年は、怪訝な表情を浮かべて口を開く。

    『彼は頭2なのですね。“頭2:狩猟民族の末裔”を持つ人物は、自分の利益に関して損得勘定で動く傾向があるとお聞きしましたので、ガソリン代をかけてまで15セントのお釣りを取りに行ったことが意外に感じますが、ひょっとして、枝番にヒントがあるのでしょうか?』

    そう青年に問われた陰陽師は、指を小刻みに動かしてから、口を開く。

    「彼は頭2(7)、つまり頭1に近い気質を持っているようじゃな」

    『彼は“魂4:一般庶民”ですので、“お釣りの用意がないことを理由に、チップを渡さなければならないと客に感じさせたくないんです”といった言動は、魂4特有の“律儀さ”の一つの現れと考えることはできるのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

    「その可能性が考えられる。そして、そなたの見解に付言するとすれば、彼の仁(他者への優しさ、思いやり)のスコアが3−4(転生回数が第三期の魂4)の中では80(A)と高いことも要因の一つになるじゃろう

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、黙って大きく頷いた後、口を開く。

    『今度は、ロバートさんのためにクラウドファンディングを企画したタナー・ラングレーさんの鑑定をお願い致します』

    そう言った青年が見守る中、陰陽師は紙に鑑定結果を書き足していく。

    タナー・ラングレーSS

    属性表に目を通した青年は、納得顔で頷いてから口を開く。

    『タナーさんは、世のため/人のためを地で行動する“頭1:農耕/遊牧民族の末裔”の気質を持つため、今回の企画を実行したことに納得できます』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。

    「そなたの見解に付言するとすれば、大局的見地と仁のスコアが共に85(AA)と高いことも要因となっていると言えよう」

    『なるほど。この二人の魂の属性を考慮すると、ロバートさんが地元の人々に評価される仕事をしていたことと、タナーさんがロバートさんの日頃の言動に感銘を受けて恩返しをしたいと考え、今回の企画を実行したことに納得できます。しかし』

    青年は首を傾げながら言葉を続ける。

    『日本でしたら、ピザ配達員一人のために、わずか2日間でここまで多くの人とお金が動くことは滅多にないと思われますが、彼らが住む、インディアナ州という土地に何らかの特徴があるのでしょうか?』

    「少し古い情報ではあるが、2010年国勢調査時点では、インディアナ州の世帯当たりの収入中央値は国内50州とコロンビア特別区を含めて第36位であり、米国内では裕福な方ではないと思われる。実際、インディアナ州は米国の製造業、特に鉄鋼産業と自動車関連産業の中心地で、人口の約30%が製造業に従事していることと、企業は通常よりも安い賃金で熟練労働者を雇用できると言われておることからも、この州の経済事情を推察することができよう」

    『なるほど。お釣りの金額が約16円という少額でしたら、チップとしてそのまま渡してしまっても構わないのではないかと思ったのですが、インディアナ州の経済事情を考慮すると、チップを支払えるほど裕福ではなく、お釣りを求める客に対しては、たとえお釣りの金額が少額だとしても、ロバートさんは1円の誤差なくお金を扱うことを良しとしたのかもしれませんね』

    「その可能性は、少なからずあるじゃろうな」

    『経済面からみたインディアナ州の特徴については理解できましたが、魂の人口分布図はいかがでしょうか?』

    インディアナ州の魂の人口分布図は、大体の目安として、魂1:3%、魂2:17%、魂3:25%、魂4:55%であり、魂4のうち90%くらいが3-4となっておる。よって、魂の人口分布図から言及するとすれば、クラウドファンディングを用いたとは言え、わずか2日間という短期間で大きなお金が寄付されたことは、魂4特有の“参加意識の高さ”が要因の一つして考えられよう

    『なるほど。ところで、我が国の魂の人口分布図の中では、魂4:45%で、そのうち2−4(転生回数期が第二期の魂4)と4−4(転生回数期が第四期の魂4)がほとんどを占めていることから、身近に3−3の人物が少なく、3−4の特徴を把握することが難しいのですが、3−4はどのような特徴を持っていると考えればいいのでしょうか』

    「端的に言えば、3-4はいい意味でも、悪い意味でも、4-4と2-4の中間と考えるべきじゃな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『2−4と4−4の中間というと、2−4は学業が突出するという特徴が顕著であることと、転生回数が第三期であっても、後半、すなわち150回代以降になると学業が突出する点を考慮すると、わかりやすいですね』

    「そなたの見解に付言するとすれば、3−4は4−4に比べて“個”が現れ始めている時期でもあり、4-4に社会的上昇志向と(個体差はあるものの)2-4の“脳”の機能を半分つけたような特徴と言えば、いっそうわかりやすいじゃろう」

    『なるほど。魂の容量(ガラ携並)は変わらず、思考や心の部分が発達したという意味で、2−4と4−4の中間と考えるべきだと』

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。また、転生回数の十の位の特徴は魂3:武士・武将に準ずることも覚えておくように」

    陰陽師の説明を聞き、大きく頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「さらに他の要因を挙げるとすれば、米国が三次元的な意味での“狩猟民族”の末裔であることから、ロバートさんの日頃の仕事が米国人に評価され、その応報として今回の寄附金が集まったと考えることもできよう」

    『とおっしゃいますと?』

    「大昔の狩猟民族は、例えばマンモスを狩りに行く時は部落民総出で向かい、マンモスを仕留めた際の功績に応じ、与えられる肉の量が変わるなどの報酬に差があったと思われる」

    陰陽師の言葉を聞き、黙って頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「同様に、チップは成果によって支払われるという考えがベースにあるため、従業員が質の高いサービスを提供できれば、高い収入を得られることに繋がる」

    『なるほど。チップの語源は不明ですが、一説によると、18世紀のイギリスのパブで、サービスを迅速に受けたい人のために”To Insure Promptness”と書かれた箱を置き、そこにお金を入れさせたことに由来したようで、チップの語源はこの箱に書かれた文言の頭文字だとするものがあるようです』

    「他の国を例に挙げれば、フランス語ではpourboire、ドイツ語ではTrinkgeldと言い、いずれも“酒を飲むためのお金”といった意味であり、サービスしてくれる従業員へ“これで一杯飲んでくれ”と小銭を渡したことがチップの始まりとも言われておる」

    『イギリスでのチップは“労働の対価”として、フランスやドイツでのチップは、謝礼や労いとった意味合いがあるようですね。他に、欧米以外でチップ文化が浸透している国はあるのでしょうか?』

    「例えば、仏教圏ではタイとインドが挙げられ、イスラム教圏ではマレーシアなどもチップはほぼ必須となっておる」

    『インドとイスラム教圏と聞くと、チップよりも“バクシーシ”の印象が強いのですが、昨今のインドではチップも浸透しているのですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は一つ頷いてから、言葉を続ける。

    「バクシーシとチップは似ているようで異なるため、注意が必要じゃ。イスラム教圏ではお金持ちがそうでない者に施しをする“喜捨”という考えがあるが、“バクシーシ”はその“喜捨”の考えを曲解した結果、お金を持たぬ者がお金持ちからお金や物を積極的に受け取ろうとする風潮になっておるようじゃ」

    『なるほど。チップはサービスありきで授受されるのに対し、バクシーシは何もせずとも、喜捨する側の意志次第で与えられるという違いがあるのですね』

    「そうは言っても、例えばエジプトのように、ホテルやレストランなどといったチップが必須となっている商業施設では、バクシーシという言葉を用いているものの、実際はチップと同様の扱いで従業員に渡している国もあるようじゃな」

    『なるほど。我が国にはキリスト教も仏教もイスラム教も伝播されていますが、チップ文化はあまり浸透していないようですね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

    「いや、そんなことはない。我が国では古来から“祝儀”は一般的に授受されておったし、現代においても、観劇時の“おひねり”や、患者が入院や手術の際に主に執刀医に渡す“心付け”、そして、棟上げ式などでの大工への“祝儀”などの風習は色濃く残っておることは確かじゃ」

    『確かに。そう言えば、チップとは呼び方も渡し方も異なりますが、昨今の我が国でも、“サービス料”として、レストランやホテルでの宿泊代や飲食代にあらかじめ含まれていますね』

    納得顔でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから、言葉を続ける。

    「その“サービス料”は、江戸時代にはすでに始まっていたと言われている“茶代”を起源としており、“茶代”とは宿泊費とは別に客の裁量で金額を決めて旅館に対して支払う風習を意味する」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『つまり、過去の日本にも、宿泊費とは別に、チップのような客側の裁量で支払う文化があったということですので、チップ文化が現代の我が国に浸透してもおかしくないように思われますが、何か理由があるのでしょうか』

    「詳しくは明言できぬが、今も昔も、多く支払う人物がいれば全く支払わない人物もいたじゃろうから、旅館を維持するためにも、利益として安定しない“茶代”を廃止しようという動きがあったようじゃな」

    『なるほど。僕が現代の日本でチップと縁がない生活を送っているからかもしれませんが、レストランやホテルを利用するたびに、毎回従業員のサービスを評価してチップの金額を決めることは、煩わしく感じてしまいます』

    困り顔でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく笑ってから口を開く。

    「そなたのように感じる人物が少なくなかったからか、大正10年に茶代は廃止され、その分、宿泊費が5割値上げとなり、その後、昭和46年にノー・チップ制が導入されたようじゃ」

    『なるほど。そうした経緯を経て、部屋代、飲食代の金額に1割が固定して加算される、現在の“サービス料”となったわけですから、たとえ戦後になって我が国にチップが伝わってきても、アメリカのようにチップ文化が主流になることはなかったと』

    「まあ、そういうことじゃ。ヨーロッパの国民の中にも、チップを煩わしく感じる人物が増えてきたのか、EU発足以来ヨーロッパもチップ廃止の方向性に向かっているようじゃが、米国では、まだまだチップ文化は続きそうじゃ」

    そう言い、陰陽師は湯呑みに注がれた茶を一口飲んだ後、再び口を開く。

    「チップに関してはこんなところじゃ。他に、今回のサプライズチップに似たケースはあるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考し、やがて口を開く。

    『世間で言うところの善行という括りで似たようなケースを挙げますと、廃棄される予定のドーナツをホームレスなどに配布した、当時16歳だったブライアン・ジョンストン君の逸話があります』

    そう言い、青年はスマートフォンの画面を見ながら、概要を説明していく。

    ・ダンキンドーナツで勤務していた少年が、売れ残って廃棄される予定のドーナツを無断で持ち帰り、ホームレスや消防士といった地域の人々に配布していた
    ・その様子を撮影した動画をSNS上で公開したことが勤務先に見つかり、少年は解雇された
    ・その後、ダンキンドーナツのライバル社であるクリスピークリームドーナッツからホームレスに寄付するコンテンツを任され、映像コンテンツを制作して投稿した
    ・現在はメリーランド交響楽団のソーシャルメディアなどに携わる仕事をしており、収入が増えてやりがいも感じている

    青年の説明を聞いた陰陽師は、紙に鑑定結果を書き足していく。

    ブライアン・ジョンストンSS

    青年は属性表を眺めた後、口を開く。

    『彼の魂の属性の中で、頭が1であること、インターフェイスが3であること、仁が85(AA)と高いことから、廃棄予定のドーナツを配布したことに納得できます』

    「おおむね、そなたの言う通りじゃな」

    『他に属性表から推測できることとして、彼には霊脈の先祖霊がかかってないため、彼の今世の宿題に対して“逆接”、つまり彼が本来歩むべき道とは逆方向に向かわせる形で顕在化する霊障がありませんし、今世の宿題に対して“順接”、つまり無用な重しとなって顕在化する血脈先祖の霊障に、“2:仕事”の相がかかっていません。また、総合運を9点満点とすれば、彼のビジネス運の数字が“9”であることを鑑みても、彼の今世の課題に仕事の問題が含まれないと思われます』

    「何事も例外があるゆえ、断言はできぬが、その可能性はあるじゃろうな」

    『彼の行動に対して賛否両論があったようですが、現在の彼は収入が増え、仕事にやりがいを感じていることを踏まえると、動画を公開したことは彼の行動がクリスピークリームドーナツやメリーランド交響楽団に認知されるために必要だったでしょうし、ダンキンドーナツに解雇されたことは、彼が就くべき職に就くためのきっかけに過ぎないのではないかと考えました』

    「もし、一連の出来事がそなたの見立て通りの意味を持つのであれば、そう捉えることはできるじゃろうな」

    『それにしても』

    「なんじゃな」

    『ロバートさんの話もブライアン君の話も、今日お伝えしたところまでで見れば、漫画や物語のようにめでたしめでたしで終わるのですが、彼らの人生はこれからも続くので、そうはならないのでしょうね』

    「というと?」

    『ロバートさんには“2:仕事”と“4:病気”の相がかかっていることと、彼の健康運の数値が“7”と低いことを考えると、せっかく新車と多額の現金を得られたとしても、彼がそれらを基に新しいビジネスを始めて失敗して損失を被ることもあるでしょうし、あるいは今回のチップを与えてくれた地域住民のために今までよりいっそう仕事に精を出した結果、病気にかかってしまうことも、今後の人生に起こる可能性があるのではないかと考えています』

    腕を組み、視線を落としながらそう言う青年に対し、陰陽師はいつもの口調で語りかける。

    「未来は不確定であり、霊障がかかっているからと言って、そなたが挙げたような出来事が起こるとは限らぬが、彼らの人生が順風満帆のままの状態が続くかと問われれば、明確な回答はできぬ」

    『なるほど。ブライアン君のこれからの人生で、ダンキンドーナツを解雇されたような出来事が再び起きないとも限りませんし、彼の恋愛運の数値が“7”と低いことから、メリーランド交響楽団に勤めていることが要因となって、異性との何らかのトラブルが生じるかもしれませんし』

    「そういうことじゃ。例えば、現役で志望校に合格できずに浪人し、その翌年に志望校に合格して入学した結果、現役で入学していたら出会えなかっただろう学友と出会えたり、現役で合格した場合よりも一年就職活動が遅くなった結果、就職氷河期の時期を避けられ、望ましい就職先に就けるということもある」

    『そうでしたね。その一方、眷属などに必死に祈りを捧げた結果、運良く志望校に現役で合格できたとしても、学力が見合っていなかったために、講義についていけなくて留年してしまうこともあるでしょうし』

    「まあ、そういうことじゃ。長い人生の中、その時は幸せと感じる出来事があったとしても、その出来事が不幸の種となっていることもあるし、その逆もまた然りじゃ。いずれの出来事であっても、今世の宿題の一部であって、起こるべくして起こっている出来事でもあるということを、覚えておくようにの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、真剣な表情で大きく頷いた後、口を開く。

    『良い出来事が起きた時は、“勝って兜の緒を締めよ”、悪い出来事が起きた時は、“人間万事塞翁が馬”という言葉を意識して、これからの日々を過ごそうと思います』

    「うむ。出来事に対して一喜一憂してやるべきことに取り組めなくなってしまうよりは、そうした心がけで不動心を養い、日々を過ごす方が、魂磨きの修行になるとワシは思う」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自分の人生を振り返っていた。
    過去の自分には、善行がいつか報われる時が来ると信じていたが、仕事も人間関係もうまくいかなかった。

    その後、霊的な無用な重しが外れ、パフォーマンスが100%となった今となっては、目先の損得にとらわれず、その時々にやるべきことに集中している結果、巡り巡って相応の報いが訪れているように感じている。

    善行に励む人全員が報われるべきだとは思わないが、霊的な無用な重しを取り除くことで、やるべきことに取り組んでいる人々に相応の報いが訪れるよう、これからも各種神事の案内をしていこう。

    そう青年は思議したのだった。