月: 2021年7月

  • 新千夜一夜物語 第50話:安楽死と今世の宿題

    新千夜一夜物語 第50話:安楽死と今世の宿題

    青年は思議していた。

    筋萎縮性側索硬化症(ALS)の終末期患者が、SNS上で知り合った医師に安楽死を依頼し、亡くなった件についてである。

    安楽死はその国の法律によって犯罪か否かが決まるが、法的に認められていない我が国では委託殺人になり、今回の事件は被害者本人の意思で安楽死を依頼したこととは言え、殺人であることに変わりはない。

    しかしながら、苦しんでいる終末期患者を目の前にする家族の心境のことも考えると、時には安楽死も選択肢の一つとして必要なのではないか。

    一人で考えても埒があかないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

     

    『先生、こんばんは。本日は安楽死について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「安楽死とな。これはまた物議を醸すようなテーマじゃが、具体的にどのようなことを知りたいのかの?」

    『まずは僕が質問するきっかけとなった事件について説明いたします』

    ・ALSは、リハビリや薬によって進行を遅らせることはできても、完治することはない指定難病である。
    ・ALSの終末期患者であった林優理さんが、Twitterで安楽死させてくれる人を募集した。
    ・医師である大久保愉一さんがそのツイートに目をつけ、二人は直接やりとりをした。
    ・2019年11月30日に大久保さんが林さんの自宅を訪問し、彼女に薬物を投与して死亡させた

    『安楽死は人や動物に苦痛を与えずに死に至らせることで、一般的に、終末期患者に対する医療上の処遇となっていますが、安楽死が法的に認められていない我が国では、この出来事は委託殺人となります。そうは言っても、我が国の終末期患者は最期まで苦しみ続けなければならないのか、疑問に感じた次第です』

    「なるほど。そなたの説明に付言するとすれば、安楽死には、積極的安楽死消極的安楽死がある。前者は、医師が患者に致死量の薬物を投与する、あるいは医師が処方した致死薬を患者が自ら服用する行為じゃ。一方、後者は、予防・救命・回復・維持のための治療を開始しない、または開始しても中止することによって死に至らせる行為となる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、小さく頷いてから口を開く。

    『その二つのうち、今回の事件は前者に該当すると思います。そして、今回の被害者は回復の見込みがなく余生を苦しみと共に生きることになりますから、その苦しみと迫りくる死への恐怖を思えば、自ら死を選んでもしかたないと思われます』

    「そなたが言うことにも一理あるとワシは思う。しかし、この世は修行の場であることから、病気で苦しむことが今世の宿題に含まれている人物も中にはおるし、怪我の功名ではないが、怪我や病を通じて学ぶこともじゅうぶんにあり得る

    『なるほど。この世の基準では、苦痛は忌避されるべき、あるいは早急に取り除かれるべきだと考える人が多数派だと思いますが、傷病や心身の不調、痛みを悪いものだと認識し、忌避することは違うのですね』

    「そういうことじゃ。基本的に、心身の何らかの不調は“御印”だということを覚えておくように」

    『おしるし、でしょうか』

    「そう、“御印”じゃ。例えば、発熱にはウイルスなどの病原菌に対する生態防御機能であり、高熱が出ているからと言って、解熱剤を飲んで熱を下げればそれで解決というわけでもないことは周知のとおりじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年が、大きく頷くのを見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「もちろん、命に関わるほどの高熱であれば話は別ではあるが、解熱剤を飲むことで回復するのが遅くなったり、むしろ病状が悪化する可能性があることもまた事実じゃ」

    『なるほど。巷で見かけるヒーリングなどの民間療法においても、症状をなくしたり、治すことにフォーカスしている印象があるので、注意が必要だと常々感じています』

    「そなたの言う通りじゃな。何らかの不調や痛みは、このままの生活習慣を続けると危険だという警告であり、不調や痛みをすぐに取り除こうとするのではなく、なぜそれらが生じているのかを考えることが肝要じゃ

    『なるほど。特に霊媒体質の人物の場合、他者の念や雑霊/魑魅魍魎を拾ったことによって顕在化する心身の不調もありますので、痛みや不調が本人にとって必要だから起きていることを知り、なぜそれらが生じているのかを考える必要があるわけですね」

    「そういうことじゃ。傷病を患うことの意味を理解したところで、今回の被害者にとって安楽死がどのような影響をもたらしたかを解説していこう」

    そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

    林優理SS

    被害者の属性表を見た青年は、何度か頷いてから口を開く。

    『被害者の健康運のスコアが“3”とかなり低いことから、彼女がALSで苦しむことは今世の宿題に含まれていたと思われます。ただし、ALSの発症のピークは男女ともに65〜69歳という傾向がある中で、およそ50歳という若さで末期症状になってしまった要因として、今世の宿題に対して順接、すなわち“無用な重し”となって顕在化する血脈先祖の霊障の“4:病気”の相がかかっていたことが考えられます』

    「ひょっとしたら、霊的に無用な重しとなる血脈先祖の霊障がかかっていなければ、彼女のALSの進行はより緩やかだった可能性が考えられ、その分だけ長生きできた可能性がある」

    『ということは、安楽死を選んだことで死期が早まったために、本来取り組めたであろう魂磨きの修行が少なくなってしまったとも考えられますが、死後の彼女がこの世に何らかの未練を残していないかが氣になります

    「そうじゃの。では、彼女が地縛霊化していないかみてみよう。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言うと、青年が固唾を飲んで見守る中、指をかすかに動かした後、口を開く。

    「ふむ。残念ながら、この女性は地縛霊化しておるようじゃな」

    陰陽師の答えを聞いた青年は、視線を落としてから口を開く。

    『苦しみから解放されたいという彼女の希望を叶えるという意味では、大久保愉一さんが自殺を手伝ったことは適した選択かもしれませんが、林さんの“魂磨きの修行”という側面においては、適した選択ではなかったようですね

    「まあ、そういうことじゃ。彼女が地縛霊化している理由として、ALSの末期症状で苦しむ日々の中にこなすべき課題が残っていたか、あるいは他の要因でこの世に未練があったと思われる」

    『なるほど。ALSの末期症状によって彼女の肉体のほとんどが動かなくなり、この世の基準で考えれば、彼女は自力ではほぼ何もできない状態だったと思われますが、そんな状況であっても、彼女が最期を迎えるまでの1秒1秒の中に、魂磨きの修行となる要素があったと考えられるのでしょうか?』

    「地縛霊化されているというところから考えると、その可能性は極めて高いようじゃ。捉え方によっては、安楽死を選んだ結果、今世の宿題を途中で放棄してしまったとも考えられるわけじゃからのお」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、暗い表情で口を開く。

    『この世の苦しみから逃れようと自ら死を選んだ結果、地縛霊化してしまい、死後もずっと苦しむことになるとは、林さんは思いもよらなかったでしょうね』

    「そなたの言う通りじゃな。さて、今度は法を犯してまで被害者の自殺幇助をした大久保医師の属性表をみてみよう」

    陰陽師はそう言い、紙に鑑定結果を書き記していく。

    大久保愉一SS

    属性表を眺めた青年は、やや目を見開きながら口を開く。

    『大久保医師は、頭が1、すなわち世のため/人のためを地で行動する性格を持ち、大局的見地と仁の数字が共に高いことから、真っ当な行動を取る傾向がある人物だと思われます。また、ネットで調べた限りではありますが、彼自身も自殺願望があったようで、被害者に同情して本人の意思を尊重して犯行に及んだと推察できます』

    「そなたの見解に付言するとすれば、彼には霊障と天命運のいずれにも“5:事件・加害者・死”の相がかかっていないことから、今回の事件は彼の意思によって行われたものであり、起こるべくして起こった可能性が高い

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、視線を落としてから口を開く。

    『起こるべくして起こった出来事だったとしても、林さんが地縛霊化していることは非常に残念に思います。彼女と同様に、他の終末期患者にとっても、安楽死は適した選択にはなり得ないのでしょうか?』

    「少なくとも、今回の彼女に限って言えば、適した選択ではないのじゃろうな」

    『彼女に限ってということは、他の人物にとっては安楽死が適した選択になる可能性があるということでしょうか?』

    「おそらく、安楽死に至るには様々なケースが想定できるので、一概にどうとは明言できぬが、安楽死を望む人とそれを手伝う医師の状況とタイミングによってはそうなる可能性もあるじゃろうな」

    『とおっしゃいますと』

    「先に前提の確認をするが、永遠の世での魂不足を解消するため、永遠の世の要請によって魂が“あの世”で生まれるものの、生まれたばかりの魂は永遠の世で即戦力とはならないため、修行の場である“この世”に転生し、魂磨きの修行を行うことは覚えてるかの?』

    『はい。魂があの世とこの世を行き来する輪廻転生は、どの生物も例外なく400回と決まっていますので、400回のうちの1回がどんな内容であっても、仮に短命だったとしても、スゴロクではありませんが、400回をこなせばいいという考え方があることも覚えています』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから言葉を続ける。

    「ただし、死を迎え、肉体を離れて無事にあの世に帰還した魂は、この世の時間で換算すると28年間、あの世で今世の振り返りと来世の計画を立てることから、今世で果たせなかった分の宿題が来世に持ち込まれ、来世が今世よりも過酷になる可能性がある」

    『なるほど。そう言えば、以前、転生回数が第一期、すなわち300回を越えた魂を持つ人物の人生は残りの転生回数が少ないため、修行が大詰めとなって過酷な人生になる傾向があると、お聞きしたのを覚えています』

    「そうじゃな。逆に、5歳という若さで餓死した幼児に対して“相殺勘定”が働いたことによって、残りの今世の宿題を前倒しして果たした結果、地縛霊化しなかったケースについては、先日話した通りじゃ(※第44話:福岡5歳児餓死事件参照)。つまり、命の長短ではなく、本人が今世の宿題を果たせたかどうかが重要となる

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、あごに手を当てながら、口を開く。

    『例えば、寝たきりで指一本動かせない人物であっても、脳が生きているなら、我々が感知していないだけで、思考しながら何らかの体験をしていると考えられますし、そうした日々の中で魂磨きの修行をしていると考えられるのでしょうか?』

    「うむ。寝たきりの人物であっても、終末期患者であっても、当人の天命がまだ残っており、当人が転生する前に設定してきた宿題の内容によっては、ひょっとしたら、寝たきりになってから取り組める課題がある可能性が考えられる」

    『なるほど。そうなりますと、不可思議な領域からみれば、終末期患者の天命がまだ残っている場合、安楽死は必ずしも適した選択とはならず、逆に、本人の今世の宿題が無事に果たされ、天命がもう残っていない人物に対しては、例えば、家族の経済状況が苦しいなどの現実的な問題を抱えている場合、安楽死は選択肢の一つとして考えられるということでしょうか?』

    青年にそう問われた陰陽師は、湯呑みに注がれた茶を一口飲んでから、口を開く。

    「最終的には、当事者である終末期患者と家族がじゅうぶんに話し合って決めることが大前提ということを踏まえて考えてもらいたいが、既にこの世でやるべき課題が終わっているにも関わらず、末期症状で苦しい思いをしている患者に対し、家族は早く楽にしてあげたいと思うじゃろうから、そうした状況の患者に対しては、現実的な選択だとワシは思う

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、納得顔で頷いた後、疑問を口にする。

    終末期患者の残りの天命がどれくらいかというのは、先生の鑑定でわかるのでしたよね?』

    「もちろんじゃとも。終末期患者のクライアントにどれだけ天命が残っているかを鑑定することはやぶさかではないゆえ、そなたの患者やその家族から相談されることがあれば、いつでも鑑定を依頼してもらって構わぬ」

    『その際はよろしくお願いします。今までの僕は、終末期のお客様に対し、1秒でも長く氣功施術で延命し、魂磨きの修行に取り組んでいただくことが最善だと考えていましたが、今後は、お客様の天命がどれだけ残っているのかを把握し、本人とそのご家族とよく話しあった上で、なるべく全員の悔いが残らないように対応していきます』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷き、微笑みながら口を開く。

    「たとえ終末期患者であっても、その人に天命がまだ残っている場合、宿題を果たすために症状の進行を遅らせることに意味はあるとワシは思う。天命が残っていない場合は、患者のためというより、患者の延命を願う家族のために行うことも、時には必要なのかもしれぬの」

    『ただし、症状を改善させたり治すことが目的ではないことをじゅうぶんに理解していただいた上で、ですね』

    「概ね、そなたの言う通りじゃ。この世は修行の場であり、多くの新興宗教が謳う“地上天国”のように苦も病も争いもない世の中になることはない。ゆえに、たとえ指定難病を患ったり余命いくばくもない状態になったとしても、自分が置かれた状況に悲観することなく一日一日を大事に生き、魂が肉体を離れる時が訪れるまで、不動心を養っていくことが肝要じゃ

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます。最後に一つだけよろしいでしょうか?』

    「もちろん。なにかな?」

    『地縛霊化している林さんの救霊の神事をお願いできますでしょうか?』

    「もちろん。そなたならそう言うと思っておった」

    二つ返事で承諾した陰陽師に対し、青年は頭を深く下げた。
    そんな青年に、陰陽師は声をかける。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は、今は亡き祖母のことを思い出していた。

    父方の祖母の全ての神事が終わり、“霊的に無用な重し”が完全に解消された時は93歳で、その時は天命が6年残っていたが、それから2ヶ月という早さで他界した。しかも、地縛霊化していたのである。

    もちろん、当人の余生の過ごし方や医療機関での治療方針などで肉体的な余命が変わることも考えられる。けれど、自分とご縁がある方が今世の宿題を果たして死後に地縛霊化しないよう、なるべく多くの方にこの世とあの世の仕組みを理解してもらい、神事を案内しよう。

    そう青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第49話:七夕伝説とメソポタミア

    新千夜一夜物語 第49話:七夕伝説とメソポタミア

    青年は思議していた。

    以前(※第16話『門松と文化の起源』参照)、正月に玄関に門松を立てる習俗はシュメールが起源だと知ったが、毎年旧暦の7月7日に我が国で行われている“七夕祭り”も、シュメールが起源なのだろうか。

    一人で考えてもらちが明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日は“七夕”について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

    「今日は“七夕”について、じゃな。“七夕”について説明することはやぶさかではないが、具体的にどのようなことを聞きたいのかの?」

    『以前、エジプトの文化が東方へと移動していったことと、エジプトには物神柱と呼ばれる神が四ついて、その一つである梟神“マシャ”がインドを経由して日本に伝わった後、マシャの重層語である“ガドーマシャ”が“門松”に訛ったとお聞きしました。それで、“門松”と同様に、“七夕”もシュメールやエジプトを起源としているのではないかと思ったのです』

    「その件については、おおむね、そなたの言う通りじゃが、ワシが見る限り、“七夕伝説”はシュメールを起源とする物語が民族の移動と共に、長い期間を経て我が国に伝承したと思われる」

    『やはり、そうでしたか』

    神妙な表情でそう言う青年に対し、陰陽師は小さく頷いてから、言葉を続ける。

    「ただし、そうは言っても、我が国に伝わっている“七夕伝説”と元々の物語とでは内容が異なっていることも、また事実じゃ。それらの内容の差異を確認するため、そなたが知っている七夕伝説について、教えてもらえるかの?」

    陰陽師にそう問われた青年は、あごに手を当てて記憶を辿ったのち、口を開く。

    『うろ覚えではありますが、天の川を舞台とした、織姫と彦星という男女の愛情物語だと記憶しています』

    ・天の川の近くに住んでいた天の神様の一人娘が“織姫”だった。
    ・年頃になった織姫の婿として、天の神様は彦星をむかえた。
    ・お互いに気に入った二人はやがて結婚したものの、結婚後は仕事を忘れて遊んでばかりだった。
    ・織姫が機織りをしないため、皆の着物がボロボロになり、彦星が牛の世話をしないため、牛が病気になった。
    ・天の神様は怒り、二人を天の川の東西に別れて住まわせた。
    ・その後、織姫が悲しそうにしているのを見かねて、天の神様が一年に一度、七月七日だけ二人が会うことを許可した。

    七夕の概要を説明した後、青年はスマートフォンを操作し、やがて口を開く。

    『物語としては以上で、風習としては、七月七日の夜に短冊に願い事を書いて葉竹に飾るものがありますが、この風習が始まったのは江戸時代からのようで、しかも日本独自のもののようです』

    「ちなみに、葉竹を立てる風習は、先ほどそなたが説明した“門松”のように、四つあるエジプトの物柱神の一つである梟神“マシャ”が我が国に伝承されたものと考えられる」

    『木を立てるという形としては同じだと、僕は思います。他には、江戸時代の火消し衆が持ち歩く“纏(まとい)”も、“マシャ”が伝承された証左の一つでしたね』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

    「話を戻すが、“七夕伝説”には諸説あり、国立民族博物館の君島久子教授によると、中国各地に分布する多様な“羽衣伝説”は三つの型に分けられ、その一つに“七夕型”があるという」

    『広大な中国各地に分布していたということは、我が国に伝わっている内容とは違いがありそうですね』

    「そなたの言う通りじゃ。“羽衣伝説”については別の機会に説明するとして、まずは君島教授の“七夕型”の物語に関する解説を読んでもらおうかの」

    そう言い、陰陽師は青年の前に一枚の紙を差し出す。

    だいたい長江(揚子江)の北のほう(の羽衣伝説)は”七夕型“となっておりますが、これから申しあげるお話で、なるほど七夕伝説と結びついているということがおわかりかと思います。天の川の東に天がありまして、西のほうは人間の世界でした。天には織女が住んでおりまして、衣を織っていたわけですね。人間の世界には、牛郎という牛飼いの男が住んでおりました。
    ある日のこと、牛がものを言ったんですね。
    「牛郎さん、牛郎さん、あなたにいいことを教えてあげましょう。天の川の織女が遊びにまいります。水浴びするとき、衣を脱ぎますから、いちばん末の娘の衣を盗みなさい。そうすると、あなたの妻になるでしょう」
    牛郎がそのとおりにしてまいりますと、なるほど織女たちが水を浴びている。そこで衣を隠しますと、その織女だけが帰ることができませんので、うちへ連れて帰って妻にいたします。そしてたいへん幸せに暮らしまして、子供も二人生まれます。
    ところが、民間伝承では、西王母という女神が出てくるわけですね。天の織女たる者が人間の男と結婚するとはなにごとか、ということで怒りまして、引き戻しにくるわけですね。西王母の軍隊がまいりまして、織女を無理やり天に連れ帰ってしまいます。牛郎父子は、泣き悲しんでおりましたが、追いかけて行こうということになりまして、牛郎は二人の子供を連れて追いかけます。どんどん追いかけて天の川まで来ましたところが、それを見ていた西王母が、川の間にかんざしで線を一本さっと引くんですよ。そうすると、いままで平らな水平線上にありました天の川が、天上高くのぼってしまったわけですね。これには牛郎父子も途方にくれまして、がっかりしておりますと、また牛が教えてくれるわけですね。
    「私は、いま死にますから、私の皮を着て天上にのぼりなさい」
    牛は間もなくばったり倒れて死にます。そこで牛郎は、いわれたとおりにその皮をはぎま して、それを着てみると、ふわふわと天上にのぼって行くことができました。そして、天の 川を渡って追いかけようとした瞬間、またもや西王母があらわれて、かんざしで一線を画し ますと、浅くてキラキラ光っていた天の川が狂瀾怒涛の天の川になってしまった。これでは、とてもダメだと、また、がっかりして途方にくれておりますと、連れてきた二人の子供が、いいました。
    「お父さん、私たちで天の川の水をくみ出しましょう」
    民話というのはたいへんうまく出来ておりまして、牛郎が天秤をかついで、前後に一人ず つ、息子と娘をのせてきたのですが、男の子と女の子では体重が違うものですから。女の子 のほうに“ひしゃく”をのせていた、その柄杓でもって、天の川の水をくみ出します。女の子がくみ出して疲れますと男の子が、男の子が疲れますと牛郎が、というふうにして父子三 人が一所懸命にやりぬいている姿を見て西王母は感動いたしまして、
    「ああ、かわいそうなことをした。では年に一回だけ、かささぎの橋を渡して、四人を会わせてあげよう」
    ということになりまして、年に一回、かささぎ(鵲)が橋をかけることになりました。そこで牛郎、織女、二人の子供は対面することができたんですね。七夕の夜に雨が降るのは、久しぶりで会える織女のうれし涙なのですよ――というお話なんです。地方によっては少しずつ違いますが、だいたい似たような話が中国の北のほうに伝承されているもので、そこで、この七夕のお話と結びついている羽衣伝説を“七夕型”と名づけたのです。

    “七夕伝説”について簡潔に説明すると、彦星はウルク城の牽牛、織姫はラガシュ城にいる織女、天の川はユーフラテス河に該当し、メソポタミア南部のユーフラテス河をはさんだウルク城とラガシュ城間の、牽牛が織女に会いに行く愛情物語となる

    そう言い、陰陽師は一枚の紙を青年の前に差し出す。

    画像1

    「ゴンドラ型の渡し舟の上に牛がおり、中央に立っている男が牛郎、そして船首・船尾の二人は、民話でいう牛郎と天女の間に生まれた二人の子供ということになる」

    『なるほど。人外の存在である天の神様や星が出てくることから、“七夕伝説”は創作された物語だと思っていましたが、古代メソポタミアの出来事を言い伝えていたのですね』

    「そなたの言う通りじゃ。どういった経緯で星が関係する物語になったかはわからぬが、後世の人間が何らかの意図によって、捏造/誇張したと考えた方が実相に沿っておるのじゃろうな」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、無言で頷きながらしばらく文章を眺め、やがて口を開く。

    『君島教授の解説文の中に、牛が牛郎に天の織女と結ばれるための助言をしてみたり、牛郎が牛の皮を被って天界に行く描写がありますが、牛飼いや牛耕民族だったであろう当時のウルク市の住民にとって、牛はただの家畜ではなかったということでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は首肯した後、口を開く。

    「そなたは、“トーテミズム”という言葉を知っておるかの?」

    『いえ、初めて耳にしました』

    ばつが悪そうな表情でそう言う青年に対し、陰陽師は微笑みながら言葉を続ける。

    “トーテミズム”とは、特定の動物や植物をトーテム、すなわち部族の共通の祖先を表す標識とし、その集団を象徴する神として崇拝することを意味する

    『つまり、ウルク市の住民は牛をトーテムにし、信仰の対象にしていたということでしょうか?』

    「その可能性が高いとワシは思う。牛はメソポタミア南部のウル人社会において、“神獣”“聖獣”とされていたようで、紀元前3000年紀の見事な神牛像がウル城跡から発掘されておる。また、ウガリットと呼ばれる貿易国家でアルファベットの原型が生み出されたようで、1928年に発見された“ウガリット文書”において、頭に牛の角を持っている牛頭神が祀られ、アルファベットの最初の一文字である“A”はこの牛頭を形どっていると言われておる」

    『なるほど。牛を神とするヒンドゥー教にも影響を与えたと考えられそうですね。ところで、牛の皮を被って天界に行く描写には、どのような意味があるのでしょうか?』

    「当時のウルの神官は牛の皮を被り、“神の世界”と交流して神託を伝えていたそうじゃ。そして、我が国の“獅子舞”も、牛の皮を被った神官の日本的な姿を示しておる。一方、ラガシュ市には鳥トーテムの住民が住んでおり、“七夕伝説”に出てくる“織女”という言葉からわかるように、そこでは機織が主業じゃった」

    『なるほど。鳥を信仰の対象としていたラガシュにも、ウルク市の神官が行なっていた、牛の皮を被るような儀式は存在したのでしょうか?』

    青年の問いに対し、陰陽師は首肯してから口を開く。

    「ラガシュのトーテムである鳥に扮装した人物を“巫覡(ふげき)”と呼ぶが、“巫覡”は神を祀り神に仕え、神意を世俗の人々に伝える役割を持つ。そして、その役割を持つ人物のことを“シャマン”と呼んでいたようじゃ」

    『現代にもシベリア、アメリカ原住民、アフリカなどにも“シャーマニズム”と呼ばれる宗教の信奉者があるようですが、この言葉もシャマンに起因しているようですね」

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、首肯しながら二枚の紙を青年の前に差し出す。

    シャマン

    陰陽師が差し出した紙を眺めながら、青年はなるほどと独りごち、再び解説文を読む。
    とある一文に目を止めた青年は、陰陽師に問いかける。

    『一年に一度、天の川に橋をかける存在が“鵲”と書かれていますが、なぜ“鵲”なのでしょうか?』

    「“鵲”は漢人によって“昔”と“鳥”を合わせて作られた漢字じゃが、鵲が伝説に出てくる昔の鳥だったことが理由だと思われる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、ややあってから、口を開く。

    『昔、すなわち過去を表すのであれば、昔ではない漢字をあててもよかったのではないかと思われますが』

    「いや、“昔”は過去だけを意味しているわけではない。“昔”という概念には必ず“洪水伝説が存在”しており、古代エジプトと中国の“昔”という象形文字は、共に“洪水の箱舟”から作られているのじゃ」

    『洪水と箱舟と聞くと、“ノアの洪水”が思い浮かびますが、あれなんかも実際に起きた話だったとは…。そして、昔と鳥を合成した“鵲”には、箱舟の鳥という意味があるということですね』

    「そなたの解釈に付言するとすれば、洪水伝説の鳥、伝説の鳥という意味を持つ“鵲”だからこそ、天の川に橋をかける鳥として“七夕伝説”に登場したと考えられる」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。

    『なるほど。“七夕伝説”に洪水と箱舟が関係しているとなると、“七夕流し”という、富山県の泉川で満艦舟や行燈、姉さま人形を流す風習がありますが、この風習にも納得できます』

    「その風習については何とも言えぬが、何かしらの関係はあるかもしれぬの」

    『“鵲”については、シュメールや古代エジプトを起源とし、直近では中国の影響を受けていることはわかりました。ところで、先日、我が国の文化が朝鮮半島から伝わり、朝鮮半島の文化は北方騎馬民族である扶余(ふよ)族が朝鮮半島に南下してきたことで伝承してきたという話でしたが、扶余族の文化や宗教はどこから伝承しているのでしょうか?』

    「“扶余”はツングース系の狩猟農耕民族とされているので、モンゴル・ツングース系の白鳥族が古代朝鮮に文化や宗教を伝え、さらに朝鮮半島を南下して我が国に伝承してきたと言われておる」

    『なるほど。モンゴルということは中央アジアを経由していると思われますので、我が国に文化が伝承してきたと言われている、陸路と海路のうちの陸路になるわけですね』

    「そなたの言う通りじゃ。海路から見た言葉の転訛ももちろんあるのじゃが、海路についてはまた別の機会に話すとしよう」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

    『ここまでお話をお聞きした限りでは、“七夕伝説”に出てくる言葉に何らかの意味づけがあると思われますが、やはり七月七日という日付にも理由があるのでしょうか?』

    「もちろん。ウル人とシュメール人には“七聖観念”と呼ばれる、数詞の“七”に特別の意味を認める原始観念があり、七と七を対にする慣行があったことが、七月七日である理由として考えられる」

    『なるほど。我が国にある石上神社の“七支刀(しちしとう)”に“七”が採用されていることも、同じ慣行によるものと言えそうです』

    青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、言葉を続ける。

    「大事なことは、そうした慣行だけでなく、人の移動と共に言葉と文化と宗教もその地域に伝播しており、牛と鳥、それぞれを神として崇拝する民族が長い年月をかけて我が国にたどり着いたと考えられる」

    『つまり、古代メソポタミアの人々たちが陸路と海路を使い、様々な地域を経由する途中で様々な血が混じり、現代の日本人が存在していると考えると、国籍は違えど遠い血縁と考えることもできるわけですね」

    「そなたの言う通りじゃ。同様に、様々な新興宗教を含め、我が国にも多くの宗教が存在しているものの、トーテムが移動していることを考慮すれば、信仰の対象もシュメールと共通していると考えることができよう。よって、大局的見地に立てば、宗教が異なるという理由で争うことは兄弟喧嘩のようなものだと、ワシは思う」

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は夜の星空を見上げた。

    遥か遠い過去のご先祖様たちも、この星空を眺めたのだろうか。厳密に言えば、地球も太陽系も銀河系も宇宙を動いているため、今の自分と全く同じ星空を眺めることはないだろう。けれど、旧暦の七月七日という日が、ご先祖様と自分を繋いでいる氣がした。

    今日の話で、“七夕伝説”が古代メソポタミアでの牛トーテム族と鳥トーテム族の愛情物語を起源としていた内容であって、願い事を叶えるための風習ではないことがわかったが、短冊に願い事を書き、七夕祭りを楽しんでいる人々の中には、残念に感じる人がいるかもしれない。

    だが、この世が修行の場である以上、“七夕伝説”の実相を多くの人々に認知してもらうことによって、地上天国や現世利益を叶える願いを抱くのではなく、日々目の前のことに真摯に取り組むきっかけになればと、青年は思議したのだった。

     

  • 新千夜一夜物語 第48話:レペゼンフォックスと仕事運

    新千夜一夜物語 第48話:レペゼンフォックスと仕事運

    青年は思議していた。

    何かと騒動を起こしている、レペゼンフォックス(元レペゼン地球)についてである。彼らが起こした騒動としては、以下である。

    2016年1月にYouTubeを開始したが、アップロードされた数々の過激な動画(排泄物や吐瀉物、陰部を露出する、放送禁止用語を連呼する等の行為が映っているもの等)を原因に一度チャンネルを停止および閉鎖される。その後「更生」と称し、再度チャンネルを作り直して活動を再開。

    2019年7月27日、偽パワハラ事件で炎上し、9月に予定されていたドーム公演を中止

    2020年12月26日にメンバーの故郷である、福岡県の福岡PayPayドームで開催される解散ライブをもって、レペゼン地球は解散した。それに伴い、公式Youtubeチャンネルの動画もすべて削除された。しかし、2021年1月1日にチャンネル名をCandy Foxxに変更して活動を再開し、解散詐欺だと酷評されていた。

    2021年5月5日、YouTubeに投稿した動画「Namaste!!  CURRY POLICE」がインド文化を歪曲しているということで批判を受け、在インド日本国大使館に苦情が寄せられた。該当する動画を削除すると共に、謝罪の動画を投稿した。

    2021年6月1日、レペゼン地球が解散した真相を、DJ社長が動画で発表。レペゼン地球の経理を担当していたHと呼ばれる男性と、自社株を巡って一悶着あった後に代表職を解任され、現在裁判中。

    何かと世間を騒がせる彼らは、いったいどのような魂の属性を持っているのか。
    レペゼンフォックスとして新生した彼らの前途は、どうなるのだろうか。

    一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

    『先生、こんばんは。本日はレペゼンフォックスのメンバーの属性と、彼らの今後について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

    「レペゼンフォックスとな。以前、ネットでレペゼン地球というグループ名をちらっと見かけた記憶があるが、それとは関係あるのかの?」

    陰陽師に問われた青年は、レペゼンフォックスにまつわる騒動について説明した。

    『彼らは何度か騒動を起こしていますが、特に、長年ビジネスパートナーとして活動してきたはずのDJ社長とH氏が、なぜ裁判で争うような事態になってしまったのかということと、レペゼンフォックスの今後が氣になりました』

    「なるほど。そなたが聞きたいことはわかった。まずは、DJ社長とH氏の関係について教えてもらえるかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、小さく頷いてから、口を開く。

    『DJ社長は21歳に起業し、人を集めるイベントを開催していました。初めは赤字続きでしたがやがて黒字になり、彼は九州最大のイベント団体のトップになりました。しかしながら、その後に詐欺にあって多額の借金を負ってしまい、さらに借金を返済しようと命運をかけたイベントも失敗し、最終的に6000万円もの借金を抱えてしまいました』

    「なるほど。それで、その時にDJ社長に手を差し伸べたのが、H氏だったと」

    『そうです。DJ社長は借金を返済するために有名人になろうと思い立ったものの、彼は多額の借金を抱えていたため、H氏が出資して資本金100万円の会社を、彼の代わりに設立したようです。100万円にした理由は、DJ社長が借金を完済した後に自社株を買い戻しやすいようにと、H氏が決めたようです』

    「なるほど。で、その時、両者は契約書などの書面を交わしていたのかの?」

    『いえ、あくまで口頭での約束だったようで、しかも当時のやりとりを録音していないようですので、物的証拠はないと思われます』

    青年の言葉を聞いた陰陽師が、湯呑みの茶を一口飲んだ後、口を開く。

    「そうなると、法廷で争う場合、ちとDJ社長側は厳しいじゃろうな。して、株に関してはどうなったのじゃ?」

    『DJ社長が借金を完済し、いざ株を買い戻そうとした時に、H氏は自社株を彼に売る代わりに条件をつけたのですが、その内容の一部を抜粋すると、レペゼン地球が歌った楽曲の権利を全て渡すこと、レペゼン地球のカラオケの印税も永劫的に渡すこと、です。これらを渡してしまったら、レペゼン地球が生み出してきたコンテンツ、いわば彼らにとっては子供を手放すようなことになります』

    「その条件であれば、DJ社長は到底承諾できるものではなかろう。して、その提案に対し、彼はどう応えたのかの」

    『DJ社長はその提案を断ると同時に、これまでの経理関係の情報を開示するよう、H氏に求めました。実は、DJ社長は、自分が作曲、動画作成、ライブ活動に集中するために、経理や契約書関係といった裏方の仕事を全てH氏に任せていたようで、幕張メッセでの大イベントの後にH氏に経営状態を質問したところ、何かと理由をつけて経理関係の情報を一切開示しなかったそうです』

    「レペゼン地球側の主張はわかった。それらに対し、H氏はどのように主張しておるのかの」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、再びスマートフォンを操作し、口を開く。

    『H氏は、DJ社長が売れるまでの費用を負担したり、ライブハウスを回る際に車を運転したり、会場でグッズの販売も手伝ったことを述べています。また、費用や売り上げ以外においても、2019年にレペゼン地球の炎上騒動で西武ドームが中止になった際に、スポンサーなど各方面に頭を下げたりもしたそうです』

    「なるほど。H氏は縁の下の力持ちとして、彼らの活動を支えていたと主張しているわけじゃな。して、経理面については何と言っておるのじゃ」

    『経理面で“使途不明金”があるとDJ社長から詰められたことに対し、彼が連れてきた弁護士や公認会計士の前で帳面も見せてちゃんと説明していると主張しています。また、レペゼン地球のメンバーには30万円の給料しか渡さず、H氏が高額な役員報酬を得ていたというDJ社長の主張に対しては、メンバーの給与が30万円だったのはDJ社長と一緒に話し合って決めたようで、役員でもあったDJ社長には、H氏と同額の報酬を渡していたとのことです』

    「実相がわからぬ以上、なんとも言えぬが、話を聞く限りでは、DJ社長以外のレペゼン地球のメンバーを社員とし、役員と社員という間柄で考えれば問題があるようには思えぬが」

    『そうですね。他にも、DJ社長には会社名義のカードを渡し、メンバーの家賃や光熱費などを、給料とは別に事務所が支払っていたと。また、メンバーが行なっていた“LINEライブ”の投げ銭などの収入については、H氏は彼らを応援するため、事務所を通すことなく、直接メンバーに渡していたと主張しています』

    「なるほど。双方にそれなりの言い分があるようじゃが、そうしたいざこざの末、H氏は株主の特権を用いてDJ社長の代表職を解任したと

    『ネットで見る限り、どうやらそのようです。それで、“レペゼン地球”の商標権がDJ社長の手元になくなってしまうため、2020年の年末に解散ライブを開催し、その後いろいろあって現在はレペゼンフォックスと改名して活動しています。もちろん、レペゼン地球としてYoutubeに公開していた動画は、現在も非公開になっています』

    「この件の経緯についてはわかったが、そなたはこの件に関し、どう考える?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。

    『各々が長年協力して会社を大きくしてきただけに、今回の件は非常に残念な結果だと思います。ただ、僕としては、自社株の買い戻しに関するやりとりをした際に、DJ社長が録音や書面による物的証拠を残さなかったことが、この件における分水嶺だったと思います』

    「おおむね、そなたの言う通りじゃな」

    そう言い、陰陽師は紙に二人の鑑定結果を書き記していく。

    木元駿之助SS

    画像2

    両者の属性表を見比べた後、青年は口を開く。

    『ざっと見る限り、両者の魂の属性は共通点が多いように感じます。特に、共に数奇な人生をたどりやすい、転生回数の十の位の数字が“3”である230回台で、さらに人運が“7”と低いことから、そもそも人間関係におけるトラブルが起きやすい傾向もあると思われ、今回の件も、今世の宿題に含まれていると考えています』

    一度区切り、陰陽師が耳を傾けている様子を察し、青年は言葉を続ける。

    『さらに、血脈先祖の霊障に“2:仕事”と“14:人的トラブル”の相がかかっているため、それらが今世の宿題に対して順接、つまり無用な重しとなって顕在化したことが、今回の件が起きた要因の一つと考えられます』

    2:仕事の相
    本当にやりたいことができない。組むべき人を見誤る。資金調達計画が頓挫する。共同事業が中断する。急に気力/やる気がなくなる。信じられない裏切り者が現れるなど。

    14:人的トラブルの相
    思わぬところでトラブルにあったり、通常ではあり得ない揉め事に巻き込まれるか、つい一言余計な言動を取ってしまいトラブルの原因を作ってしまう。

    「血脈先祖の霊障の話が出たので補足すると、以前、霊脈先祖の霊障が、今世の宿題に対して逆接、つまり本来の方向性から逆方向に働く形で顕在化することを説明したと思うが、二人とも“魂7:唯物論者”で霊脈先祖の霊障がかかっていないことも肝要じゃ」

    『ということは、両者の人生の方向性は、霊障によって逆方向に向かわされたわけではなく、本来の人生の方向性を歩んでいたと考えられますので、やはり、今回の件は両者の今世の宿題に含まれていたと言えそうです。それにしても』

    そう言い、青年は腕を組んでから再び口を開く。

    『DJ社長は“レペゼン地球”の商標権を失い、H氏はこれまで通りにDJ社長と共に経営に携わっていれば、彼らの楽曲の売上から得られたであろう収益を失ったことは、お互いにとって大きな痛み分けとなったと思われます。このことが“2:仕事”の相の影響で起きたとするなら、魂磨きの修行の一貫とはいえ、血脈先祖の霊障は実に大きな“重し”だと、改めて認識させられます』

    「仮に“2:仕事”の相の影響によって今回の件が起きたとするなら、血脈先祖の霊障がかかっていなければ、もっと両者の損失を少なく済ませて和解できていたかもしれぬな。ちなみに、そなたはDJ社長の人生についてどう思う?」

    陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考した後、やがて口を開く。

    『詐欺にあったり、イベントに失敗して多額の借金を負ってしまったことから、彼の人生は多くの人から“不幸”だと思われても仕方ないと思います。ですが、借金が正攻法では返済できないような金額になったことで、彼はDJの道に進むことができましたし、H氏のおかげでレペゼン地球はあそこまで大きく、有名になれたと考えることもできます』

    出逢いは必然であることから、現在の二人は裁判で対立しているものの、H氏と株を巡る騒動を経て、DJ社長は契約時において書面を交わすことの重要性や、事務関係に関し、大きく学んだことじゃろうし、お互いの人生において欠かせない縁だったとワシは思う」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きくうなずいた後、口を開く。

    『仰る通りだと思います。H氏と離縁して新生したレペゼンフォックスですが、彼らの今後はどうなることが予想できるのでしょうか?』

    「その質問に答えるには、メンバー全員をみる必要がある。少し待ちなさい」

    陰陽師はそう言い、青年が固唾を飲んで見守る中、紙に鑑定結果を書き連ねていく。

    木元駿之助SS

    松本絃歩SS

    内田匡SS

    脇将人SS

    松尾竜之介SS

    5人の属性表を眺めた青年は、怪訝な表情で口を開く。

    『5人とも、オリンピック以上のプロのスポーツ・芸能・芸術の世界で活躍できる、“2−3−5−5…2”を持つようですね。ただ、転生回数が230回台の男性アーティストの属性表を見るのは初めてです』

    「以前(※第23話:この世のルールと芸能界参照)、特例として、“2(3)―3―5―5…2”を持つ人物が“オネエ”や“ポルノ/AV女優”として、この世界に入ってくる場合もありえると話したと思うが、覚えておるかな?」

    『はい、覚えています』

    陰陽師の言葉に対し、大きく頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

    「“2(3)―3―5―5…2”を持つ女優の中には、松坂慶子のように、一流の女優として功成り名遂げたものの、50代になってからヌードを披露する人物も中にはおるが、ワシがみるかぎり、レペゼンフォックスの音楽や映像の水準は、一流とみなすにはちと厳しいようじゃな

    『なるほど。男子学生がやるような、“おふざけ”や“やらかし”といった奇抜な行動を取り、炎上や悪口を焚きつけ、話題性を集めて売れるやり方が、“2(3)―3―5―5…2”を持つアーティストの売れ方の一つなのかもしれませんね』

    「ふむ。例えば?」

    陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。

    『知名度がなかった下積み時代、DJ社長は客の印象に残すために“フリートークをしながら合間にちびまる子ちゃんやアンパンマンの楽曲を流す”という異色のスタイルで活動していたようです』

    「ワシが知るクラブDJは、その場の人々を踊らせる目的で海外のEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)を絶え間なく流し続けるものだと認識しておったが」

    怪訝な表情でそう言う陰陽師に対し、青年は両手を上げて答える。

    『僕はクラブDJに詳しくありませんが、彼のパフォーマンスはクラブの関係者などからは快く思われなかったようで、Twitterに悪口を書かれ続けていました。ただ、そうした悪口が、彼らを認知させるという効果を生んだようです』

    「なるほど。DJや音楽の技術のみで知名度が上がったわけではないのじゃな」

    『おそらく。また、この頃からTwitterで動画をアップロードするようになり、“テキーラ一気飲み”をしたり、YouTubeでは数々の過激な動画(排泄物や吐瀉物、陰部を露出する、放送禁止用語を連呼する等の行為が映っているもの等)を挙げ、一度チャンネルを停止および閉鎖されています』

    青年の言葉を聞いた陰陽師は、湯呑みの茶を一口飲んだ後、口を開く。

    「他に2(3)−3−5−5…2の男性をみたわけではないから断言はできぬが、この魂の属性の男性は、そなたが言ったような、奇抜な行動で認知度を高めて売れるという傾向もあるのかもしれんな」

    『他の2(3)−3−5−5…2の男性アーティストがどのような経歴を持つのかが氣になります』

    そう言い、青年は椅子に深く座わり直して姿勢を正し、言葉を続ける。

    彼らが今後も“排除命令”に抵触することはないと知って安心しましたが、彼らと何らかのご縁を得られたら彼らに神事を受けていただきですし、その結果、霊的な重しを取り除いた素の状態になった彼らがどこまで活躍できるのかが、とても気になるところです。ただ、彼ら全員の魂の属性を鑑みるに、今後も人騒がせな出来事を起こすと思われますが』

    「それが彼らの今世の宿題に含まれるとすれば、いたしかたあるまい」

    『そうは言っても、世界を視野に入れるのであれば、日本人の代表となることもじゅうぶんに理解し、在インド日本国大使館に苦情がくるようなことが、今後はないように気をつけていただきたいところです』

    「そなたの言う通りじゃな」

    陰陽師がそう言った後、二人は笑い合う。
    しばらく笑い合った後、青年は真顔で黙考し、やがて口を開く。

    『話が変わりますが、今回の件はH氏がDJ社長との口約束を守らなかったことが発端になっていると僕は思っていまして、以前、“この世”の公的書類が“あの世”に与える影響についてお聞きしましたが(※第35話:神への接し方参照)、“DJ社長が借金を完済したら100万円で株を売り渡す”という口約束を破ったことは、H氏に何らかの損失をもたらす可能性があるのでしょうか?

    「だいぶ前に縁があったワシのクライアントの話になるが、神事を受けた後に割賦で代金を支払うと約束をしたものの、最初の一回を支払った後に何かと理由をつけて支払わなくなった人物がおった」

    『確認ですが、その人は本当にお金がなかった、というわけではないのですよね?』

    「詳しくは言えぬが、病院の安くない治療費を支払ったり、他のことにお金を使っていることは雑談の中で把握しておったから、神事の代金を支払う余力は間違いなくあったと思われる」

    『ちなみに、その人物はどうなったのでしょうか?』

    「その人物が所有していた事務所が火事にあったのじゃが、その損失額が神事の残債とほぼ同額じゃった」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開き、上ずった声で言葉を発する。

    『まさに“不可思議”な出来事ではありますが、そのような結果になったのは、ご神事の代金に関する約束だからであって、H氏がDJ社長との約束を破ったからと言って、同じような損失が生じるとは限りませんよね?』

    「もちろん、約束を交わした当事者たちの今世の宿題や霊障といった様々な要因が関係してくることから、全ての約束に当てはまるとは限らぬが、何らかの損失が生じることが予想される

    『なるほど。H氏の視点で考えれば、口頭とは言え、彼はDJ社長との約束を破ったことで、裁判沙汰になっているわけですから、それらの因果関係もあるのではないかと』

    「そう考えることもできるじゃろうが、ここで重要なのは、H氏が約束を破ったことが霊障の影響によるのか、そもそも彼の宿題に含まれているのか、彼の性格が引き寄せたのか、さらに言えば、性格が引き寄せたとしたら、それも含めて宿題なのかと、一概には言い切れぬことじゃ」

    『なるほど。“塞翁が馬”ではありませんが、H氏は今回の件での学びを通じて新たなビジネスのヒントを得られるかもしれませんし、あるいは、そもそもそのヒントを得るために約束を破るように天の采配があった可能性も考えられますので、まさに“不可思議”な領域の話になるわけですね』

    「そういうことじゃ。ただ、一つだけ言えることは、この世が“修行の場”である以上、当人にとって起こるべきことが起こることは確かじゃし、一見不幸に思える出来事や境遇も、“魂磨きの修行”の一貫であると考えることができるはずじゃ」

    陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組んで椅子に深く座り直した後、口を開く。

    『つい、いろいろと考えてしまいますが、我々人間が、思議の範疇でああだこうだ考えたところで、わかるはずがありませんよね』

    そう言い、苦笑する青年に対し、陰陽師はほほえみながら口を開く。

    「そういうことじゃ。時には過去や未来のことに思いを馳せたくなることもあるじゃろうが、我々にとって重要なのは、今世の宿題をしっかり果たせるように、目の前のことに真摯に取り組むと同時に、できるかぎり多くの経験を積むことじゃ。そうすれば、我々は“この世”に未練を残して地縛霊化することなく、無事に“あの世”に戻れるはずじゃ

    そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
    それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

    『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

    そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

    「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

    陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

    帰路の途中、青年は自分の人生を振り返っていた。
    先祖霊の奉納救霊祀りを受ける前、“2:仕事”の相が塞がれていた頃は散々な日々だった。DJ社長ほどではないが、詐欺にあってそれなりの借金を抱え、仕事もうまくいっていなかった。

    当時の自分は自身のことを不幸だと嘆いていたが、そうした不幸と思える体験、大難をじゅうぶんに味わったからこそ、霊障の影響とその大きさを理解でき、大難を小難にする先祖霊の奉納救霊祀りを申し込めたのだと思う。

    これからも、最善を尽くしているにもかかわらず、霊的な余計な重しの影響によって必要以上に悩んでいる人々に神事を案内していこう。

    そう、青年は決意を新たにするのだった。