青年は思議していた。
先日、伊是名夏子さんが公開した、『JRで車椅子は乗車拒否されました』という題名のブログが炎上した件についてである。
この出来事は、車椅子ユーザーである伊是名さんが来宮駅近くの宿泊施設や飲食店を事前に予約し、当日にJR東日本を利用して現地に向かおうとした際に、無人駅である来宮駅ではなく、バリアフリー化されている熱海駅で降車するように、駅員から勧告されたことを発端とする騒動を書いたブログが炎上したようだ。
今回の炎上は、著名人である伊是名さんのブログの8割を削除するほどの影響があり、尋常ではないように青年には感じられた。
伊是名さんはどんな魂の属性を持っているのか。そして、なぜ、彼女のブログはここまで炎上したのか。
一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪ねるのだった。
『先生、こんばんは。本日は伊是名夏子さんと、彼女のブログが炎上した件について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』
「先日、ネット上のニュースで話題となった件じゃな。して、具体的にどういったことを知りたいのかの?」
『僕がお聞きしたいのは、伊是名さんの魂の属性と、なぜ彼女のブログはあそこまで炎上したのか、そして、今後、インターネット上でどのように情報発信していくべきかについて、です』
「なるほど。それらの質問に答える前に、今回の騒動が起きた経緯について教えてもらえるかの?」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、一つうなずいてからスマートフォンを操作し、口を開く。
『自身が車椅子ユーザーである伊是名さんとしては、現在障碍者たちが享受している権利は、先人たちの座り込み等の運動によって獲得できた権利であると考えているようで、今回の出来事もバリアフリー推進の活動の一環として起こしたようです』
「つまり、彼女は意図的にその日、その場所を選んでいたというわけじゃな」
陰陽師の言葉に対し、青年は大きくうなずいてから、口を開く。
『彼女が後日発信していた内容から判断するに、そうなります。実は、ブログに書かれた出来事が起きた当日の2021年4月1日は“改正バリアフリー法”の施行日で、伊是名さんは来宮駅が無人駅だと知っていたようですし、JRとの騒動が生じた際に、新聞社数社に呼びかけて取材を要請したということから、計画的な政治運動だったと言えそうです』
「たしかに、その騒動がプライベートなものであれば、新聞社を呼ぶ必要はないからのう。して、JRは彼女の要望に対し、どういった対応を取ったのかの?」
陰陽師にそう問われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。
『JR小田原駅の駅員は、無人駅である来宮駅ではなく、バリアフリー化されている熱海駅での下車を推奨しましたが、伊是名さんは、熱海駅から来宮駅までに移動するための、車椅子で乗車可能なタクシーは一ヶ月前からの予約が必須だと主張し、バリアフリー法にのっとって対応するように駅員に求めました』
「なるほど。法律を盾に、自らの要求を通そうとしたわけじゃな」
『そうです。そんな彼女の要求に対して駅員は、来宮駅はバリアフリー法の対象とはならないことを説明しましたが、駅員によるその説明に対し、伊是名さんは、今度は“障害者差別解消法”を根拠に合理的配慮を求め、駅員3・4名を集めて電動車椅子を運ぶように要求しました。その結果、特別な計らいによって、駅長を含む4人の駅員が来宮駅まで同行し、対応したとのことです』
「その経緯を聞く限り、乗車を拒否されたわけではないのじゃから、JRに非を感じさせかねない、あのようなブログのタイトルを付けるには、ちと無理があると思われるが」
そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。
属性表を眺めた後、青年は口を開く。
『この属性表から、伊是名さんは人運が“7”と低く、血脈の霊障と天命運に“14:人的トラブルの相”があることから、今回炎上してしまったことは納得という感じですね』
「そのあたりについては、たしかに、そなたの言う通りなのじゃろうが、“改正バリアフリー法”は2025年を目標に施行されておる法律で、同法が施行されたその日に、全ての駅をバリアフリー化することは、現実的に考えてみてもほぼ不可能じゃ。よって、経済性や現実味を度外視した彼女の一連の言動には、魂4特有の大局的見地に欠けた、偏狭な正義感が少なからず影響しておるのじゃろうな」
『なるほど。伊是名さんは政治運動を目的として、意図的にあのような人目を引くようなタイトルをブログにつけたのだと思いますが、読者の批判の矛先をJRに向けようと権謀術数を弄したにもかかわらず、本人の意図とは逆に、批判や誹謗中傷が自らに集中してしまったわけですね』
「まあ、結果としてそういうことになるのじゃろうな」
青年の言葉に一つ頷いた後で、陰陽師が言葉を続ける。
「ところで、今回の騒動が起きた経緯はそうじゃとして、炎上した理由について、世間ではどのように言っておるのかの」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンを操作した後、口を開く。
『今回炎上した理由についてですが、ネット炎上を研究している国際大グローバル・コミュニケーションセンター准教授の山口真一博士によりますと、議論の前提の違いとブログの書きぶりの2点が主な理由となっているようです』
「というと」
『一つ目の“議論の前提の違い”についてですが、伊是名さんは、障碍者も健常者と同様に生活を送るという“真のバリアフリー”の社会が実現していない現状を、障碍者の視点で提起しましたが、読者は健常者の方が多いことから、今回の彼女の言動は多くの人にとって、“利用者の少ない無人駅に、事前連絡なしに車椅子で行ってクレームをつけている”という解釈になってしまったのだろうと思われます』
「なるほど」
青年の言葉にあいづちを打つ陰陽師を見やり、青年は言葉を続ける。
『山口博士は、“前提があまりに違うとそもそも議論にならず、意見が衝突するばかりで妥協点を探すことが難しい”と述べていますが、今回の一件は障碍者と健常者という前提だけでなく、4つの魂の種類の違いによって生じる、議論の前提の違いも何らかの関係があるのではないかと、僕は思いました』
「して、もう一つの理由である、“書きぶり”とは?」
陰陽師にそう言われた青年は、スマートフォンを操作し、口を開く。
『ブログのタイトルの付け方もですが、本文では伊是名さんの主張がかなり強く出ていて、可能な範囲で対応した駅員への感謝の言葉がなかったことから、特に、“駅員だって大変なのに”“書き方がおかしい”といった、本筋とは関係ない理由で炎上したようです』
「なるほど。無人駅だとわかっていた上での彼女の行動や、新聞記者まで呼んで大ごとにしようとしていた点も、いっそう反感を買う要因となったわけじゃな」
『そうですね。炎上することで多くの人々から注目されましたが、本筋とは関係がない“書き方”の方で炎上してしまっては、真のバリアフリーを訴えるという本筋が伝わらなくなってしまい、本末転倒だと思います』
「たしかに。一般論として、ネットが炎上する背景には、ガラ携並みのOSを持った魂4の偏狭な正義感に裏打ちされた批判/議論があるのじゃろうが、今回の件も、論旨の全体を見るのではなく、“感謝の言葉がない”“書き方がおかしい”という側面に対してのみ、集中砲火が浴びせられた結果、このような炎上が起こってしまったのじゃろうな」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンの画面を見ながら、口を開く。
『そのお話と関連しますが、山口真一博士が実施した、20〜60代の男女3000名を対象としたアンケート調査の結果によりますと、7%しかいない少数の極端な人がネット上の意見の46%を占めているようですが、この極端な人の多くが魂4と考えるのであれば、先生の説明に納得できます』
青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。
「さらにもう一つ付言するとすれば、人口の45%と最も多くを占める魂4の中でも、我が国の場合、特に2−4(転生回数が第二期の魂4)と4−4(転生回数が第四期の魂4)が多いことから、炎上の種火となる投稿を2−4が書き込み、4−4がそれに追従して拡散するという、我が国特有のメカニズムも今回の一件に大きな影響をあたえておるのじゃろうな」
『なるほど』
「して、誹謗中傷を書き込む人々の動機について、山口博士はなんと?」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、再びスマートフォンを操作し、口を開く。
『2017年に行われた研究ではありますが、山口博士は、炎上の種火となる投稿をしている人物の動機に関し、“どのような炎上事例でも、6〜7割の人が自分の価値観での正義感から投稿を書き込んでいたそうで、動機を掘り下げていくと、何かしらの生活や社会への不満といったものが少なくない”と述べています』
「なるほど。動機は、生活や社会への不満とな」
『はい。“誹謗中傷を書き込んでいる人は、あくまで相手が悪いから攻撃しているようで、実は、他者に制裁を加えることで、不安を解消してくれるような、いくばくかの満足感を得ようとしている”とも、山口博士は分析しています』
「なるほど。終わりが見えないコロナ禍の影響による、仕事の減少に伴う収入の減少に加えて様々な自粛を強いられることで、本来は問題とならぬような些細な事象にまで、火の手が上がりやすくなっておるというわけじゃな」
『それともう一つ。メディアで凄惨な事件や芸能人の不倫や政治家の不祥事などのネガティヴな情報が報道されると、やり場のないストレスの捌け口をそれらの事件に求めてしまうということも、その原因と思われます」
そう言い、視線を落とす青年に対し、陰陽師は微笑みながら口を開く。
「今回の件を通じて、インターネットにおける魂4の支配力が強いことを改めて理解できたと思うが、インターネットの普及と政治家の小型化という問題にも奇妙な相関関係があることを含め、ネット上での発言権を魂4だけに握られぬよう、魂1〜3が、より多くの情報発信をしていくことが大切だという話は、以前した通りじゃ」
陰陽師の言葉に対し、青年は大きく首肯してから、口を開く。
『肝に命じておきます。魂4の人々の意見が主流になった政治は“衆愚政治”になりかねないと以前お聞きしましたので(※第13話参照)、そうした状況にならないようにしたいものです。ところで』
「うむ」
『学校でのディスカッションを始めとする教育や、何らかの訓練によって、魂1〜3と魂4との間にある、前提の違いによる価値観の差を縮めることはできるのでしょうか?』
「もちろん、価値観の種類にもよるのじゃろうが、残念ながら、両者の距離を縮めることは容易ではないと思う。その主な理由として、そもそも魂1〜4で魂の容量が異なることが挙げられるが、それぞれの容量の違いについて、そなたは覚えておるかの」
『はい、覚えています』
そう言い、青年は紙に魂の種類とそれぞれの容量を書き記していく。
<魂の種類と容量>
1:僧侶/王侯(スーパーコンピューター)
2:貴族(軍人/福祉)(汎用コンピューター)
3:武士・武将(パーソナルコンピューター)
4:一般庶民(ガラ携並のOS)
青年が書いた内容を一読し、陰陽師は小さく頷いてから口を開く。
「魂1〜3と魂4のOSには、コンピューターとガラ携程の差があることから、どれだけ優れたソフトがあっても、容量が足りなければそれを載せることはできぬ。同様に、魂の種類によって、日常でインプットできる情報量も異なることから、当然、アウトプット、どういった言動を取るかも、魂の種類によって変わってきてしまうことになる」
『なるほど』
「この話は魂1〜3と魂4との関係に限らず、魂1であるワシと魂3であるそなたとの間でも当てはまることで、ワシの話のすべてがそなたに伝わらない原因も、そのあたりが影響しておるわけじゃ」
『確かに、先生のお話をお聞きしている時はいつも、魂の容量の差が大きすぎることを実感しています』
そう言い、ばつが悪そうに頭を下げる青年に対し、陰陽師は小さく笑ってから言葉を続ける。
「話を戻すが、魂1〜3と魂4の距離を縮めることは難しいものの、我が国でディスカッションの授業が増えることで、相手を尊重した表現を用い、批判されたこと=喧嘩を売られているわけではないということ、両者の意見が相違している部分に関し、感情的にならずに対話できる生徒を増やすことは期待できると思う」
『なるほど』
「また、魂の容量の差によって生じるお互いの相違点を理解し合うことによって、魂1〜3側にとっても、自分たちとは違う論理的思考を持っている人物が存在していることを知る、良い機会になると思われる」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きくうなずき、口を開く。
『確かに。僕が話したことがある人物に限りますが、魂1〜4でそれぞれ特有の論理的思考の方向性があるように感じます』
「ともかく、人間は多面体なわけじゃから、魂の違いのみで相手のことを判断してはいかん。魂4の人物であっても論理的な人物はいるわけじゃし、魂3で高学歴の人物であっても、感情的な人物も相当数おるわけじゃからな」
『なるほど。感情的になることについては、僕にも身に覚えがあります』
そう言い、苦笑する青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。
「それでも、あえて魂1〜3と魂4、特に2−4、あるいは転生回数が第二期に近い3−4や1−4との違いを指摘するとすれば、魂4の人物に哲学的な思考を求めるなどして魂4の容量を超えた際に、質問の趣旨から大きく外れた回答が返ってきたり、物事を感情的に捉えてしまい、時には論理的思考が飛んでフリーズしてしまうといった、諸特徴が顕在化する可能性が高いことだけはそうなのじゃろう」
『つまり、感情に左右されずに論理的思考に基づいて行動できる度合いが、魂4から魂1に向かうにつれて高まっていく傾向にあるということでしょうか』
「人間は多面体であることから、ある一面だけを捉えてどうこう言うのは危険な行為じゃが、大筋では、そういった捉え方もできると思う。ただし、相手の顔を見ながら、相手の感情の機微を観察しつつ、言い方や言葉選びに気をつけることができる対面の会話と違い、対面で得られる情報がないネットの世界では、画面の向こうに自分と同じ血が通った人間がいると認識できずに、魂の容量と諸特徴が、よりダイレクトに出てしまうことが往々にして起こりえるので、そのあたりにはじゅうぶんな注意が必要なわけじゃな」
『確かに。僕が調べた限りではありますが、AIを用いた認知科学の研究でも、人に話すよりも人でないモノに話す方が、人のネガティブな感情は引き出されやすいという結果が出ているようですし、相手の顔が見えないネット上では、特に魂4は過激な書き込みをしやすくなってしまっているのでしょうね』
青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。
「そうした諸々の理由も踏まえると、基本的にネット上で問題提起をする際は、魂4の人々にも響きやすいように、言葉遣いや言葉選びに細心の注意を払い、共感を呼ぶような内容を盛り込んで投稿することが望ましいということになる」
『なるほど。それなら僕にもできそうです』
陰陽師の言葉を聞いて大きく頷く青年を見やり、陰陽師は口を開く。
「ただし、魂4の目に触れ、彼ら/彼女らによって大事な情報が拡散されることは重要ではあるものの、魂4に迎合する内容ばかり投稿していては、結局は魂4の声が庶民の総意と一括りに捉えられやすいことには変わりはない。ゆえに、我々魂1〜3も、ネット上で積極的に、大局的見地に基づいた意見を書き込んでいくことも肝要だということは、先ほども言った通りじゃ』
そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。
『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』
そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。
「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」
陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。
帰路の途中、青年はこれまで縁があった人物とのやり取りを振り返っていた。
なぜ、根気強く説明しても話が噛み合わず、徒労に終わってしまったのかが、今回の話で理解できた。ただ、話が噛み合わなくとも、お互いの目的や大事にしていることをある程度共有できたことも思い出した。
出会いは必然であり、せっかくご縁を得られた相手と共有できることを増やしていけるよう、相手の魂の種類を把握し、それぞれに合った接し方をしていこう。
そう、青年は決意したのだった。