新千夜一夜物語 第42話:マスク拒否おじさんと魂の属性

青年は思議していた。

2020年9月、飛行機内で客室乗務員からマスクを着用するように指示を受けていたにも関わらず、頑なに拒否して航空機を臨時着陸させた男性についてである。

ネットの情報から判断するに、彼は健康上など、なんらかの理由でマスクを着用できないようではなかった。彼のように、周囲の状況を顧みずに迷惑行動を取る人物は、いったいどのような魂の属性で、先祖霊の霊障にどのような相がかかっているのだろうか。

一人で考えても埒が開かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。

『先生、こんばんは。本日はマスクの着用を巡って事件を起こした人物について教えていただきたいと思い、お邪魔しました』

「ふむ、いつもと毛色が異なる事件のようじゃが、具体的にどういったことを知りたいのかの?」

青年は、マスクを拒否した男性が起こした事件の経緯と概要を、順を追って陰陽師に説明した。

『順序としては、マスクを着用しなかった彼に対し、隣席の客が“気持ち悪い”と苦言を訴えたのが事の発端だったようです。コロナ禍である現状、飛行機内での密な空間の中、少し動けば袖が触れる距離にいる人物がマスクをしていなければ、なんらかの拒否反応を示すのは止むを得ないと思うのですが』

「たしかに」

小さく頷く陰陽師を横目で見ながら、青年は言葉を続ける。

『その後、彼は客室乗務員に他の乗客が不適切な発言をしたとして謝罪させるように言い、その際に大声で詰め寄ったようです。眠っていた他の男性が目を覚ますほどの声量だったようですが、加害者は声量の感じ方は人それぞれであり、自分は紳士的な対応をしていたと主張しています』

「ふむ、一般常識で考えると、必ずしも紳士的な対応とは言い難いがの」

微笑みながらそう答える陰陽師に、ひとつ首肯してから青年は説明を続ける。

『さらに、加害者は客室乗務員からのマスク着用のお願いを再三断り、今度は書面を出せと言っておきながら、機長指示で提出された書類を丸めて投げ捨て、それを客室乗務員が加害者の胸ポケットに入れようとしたところ、客室乗務員の腕をねじり上げて全治2週間の怪我を負わせました

「なるほど。話を聞く限り、かなり気性が荒そうな人物のようじゃな」

『彼の蛮行はそれだけにとどまらず、2020年11月にも、彼は某ホテルの食事会場で、ホテル側からのマスクと手袋の着用などの呼びかけを無視して入場し、その後、ホテルの支配人から端の席に移動するようにとの要請なども無視しました。さらに、板前も加わっての押し問答にまで発展し、現場が混乱して収拾がつかなくなったため、最終的にホテル側が110番通報しました』

「なるほど」

『さらに、翌朝も同ホテルの食事会場に現れ、ホテルの従業員の制止を無視してマスク未着用のまま強引に入場しようとし、再び警察沙汰になりました』

「そのような人物であれば、他にも問題を起こしてそうじゃが、どうかな?」

『2020年夏頃、皇居の東御苑を訪れた際も、マスク着用を拒否して入場したようです。ただ、皇居の警備員が同行するという条件付きで、マスク未着用のまま入館許可を得ていますが、これも問題行動ではないかと』

「たしかに」

青年の言葉に一つうなずいた後で、陰陽師が青年に問いかける。

「しかし、そこまでして、なぜ、その人物はマスクの着用を拒否したのか、何か情報はないのかの?」

『本人としては、小さい頃から喘息を患っていたと述べていますが、ネットで調べる限り、喘息患者はマスクをしない方がいいというわけでもないようですので、健康上の理由は建前のように感じます』

「ふむ。健康上の理由ではないとすると、彼なりに何らかの意図や主張があったのかな?」

『彼自身の主張としては、コロナ禍でマスクの着用の義務化が進む中、マスクをしない少数者が不利益を受けていると考えていたようで、マスクをしない自己決定を認めよう、とのことのようです』

そう言い、青年は加害者の一つの主張を読み上げる。

社会の中でも“妥協しない自由”も認めることが、同調圧力の少ない“楽しい”社会を作ります

『感染すると死の恐れがあるコロナウイルスに対し、科学的にマスクの有効性が証明されていることを考慮すると、マスクをする方が良いと思いますが』

「たしかにの。して、最終的に彼はどのような罪状で逮捕されたのかな?」

『この騒動により、関西国際空港に向かう便が新潟空港に臨時着陸し、2時間ほど遅延しました。罪状としては、威力業務妨害、傷害、航空法違反などとなります。ちなみにですが、逮捕されて捜査車両に乗せられる時は、“不当な警察権力の介入が行われたことは遺憾に思っています”と叫んでいたようです。勾留中もマスクをすることはなく、捜査員も着用させることを諦めたそうです』

「で、マスク着用の拒否に始まり、犯罪に発展するまでの行動を取った、彼の経歴は?」

陰陽師の問いに対し、青年はスマートフォンの画面を見ながら口を開く。

『名前は奥野淳也、34歳。彼は大阪のかなり裕福な地主の息子のようで、東京大学法学部出身で比較政治学を専攻。大学院に進むも博士課程では論文審査に合格できずに満期退学したようです。そして卒業後、明治学院大学非常勤職員(特別ティーチングアシスト)として論文の書き方の指導していたようですが、このアルバイトは時給2,000円で月収11万円程度だったようで、その収入を元に茨城県の家賃4万円代の団地に住んでいたようです』

「我が国の最高峰とも言える東京大学を卒業し、博士過程にまで進むほどの学歴の持ち主のようじゃが、それだけの学歴を持ちながら、もっと経済的に豊かな職に就けなかったのかが気になるところじゃな」

『おっしゃる通りです。高学歴であれば、就活でそれなりのアドバンテージがあったと思いますが』

「そうじゃな。して、そなたの見立てでは、彼はどのような魂の属性だと考える?」

『彼の言動は自己中心的に取れるため、頭が2の人物だと思います。そして、博士課程まで進んでいることから、“魂3:武士”で、仕事や経済面から判断するに、霊障に“2:仕事”の相がかかっているのではないかと』

「なるほど。では、さっそく鑑定してみるとするかの」

そう言い、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

奥野淳也SS

鑑定結果を眺めた青年は、小さく驚きの声を挙げる。

『なんと、2−4ですらなく、4−4(転生回数期が第四期の魂4)でしたか。確認ですが、この世に転生してきたばかりの第四期の魂4は、魂1〜3同様、人生経験が少なく、魂が未熟であることから、喜怒哀楽の論理構成がきわめて単純であり、いわゆる哲学的/形而上学的な思考回路が未熟である傾向が強く、それ故、物事の判断が極めて即物/短絡的という傾向がどうしても強くなるということでしたよね』

「基本的にそなたが指摘した通りじゃ。歴史を例にとるとすれば、室町時代中期以降の一向一揆や江戸時代の百姓一揆などが典型的な4―4の行動となるが、現代においても、沖縄の米軍基地や裁判所の前でピケ(争議中の労働者などがストライキ破りを防ぐために見張ること。またはその人)を張っている人々の大多数が、あるいはまた、それに対峙する機動隊や警察の最前線にいる人員もそれに該当することは、先日説明した通りじゃ」

陰陽師の説明を聞き、青年は一つ頷いた後、顎に手を当てながら口を開く。

『なるほど。仮に4−4であっても、学業が90点(S)であれば東京大学に合格し、大学院にまで進めるのですね。まさに、転生回数が大山である70回代が為せる業なのですね』

「以前に説明したように(※第39話参照)、魂4の中でも学業が突出するのは、転生回数期が第三期後半からとなるが、彼のように例外的に学業が異常に高い人物も、中にはいるというわけじゃな」

『なるほど。ところで、彼にかかっている“5:一般・事件・加害者・怪我”の相と、航空機内の騒動で客室乗務員に軽傷を負わせたことになんらかの相関関係があるのでしょうか』

「そなたの話を聞く限り、彼は航空機だけでなく、他の場所でも警察沙汰を起こしていることから、その可能性は高いと思う。さらに言えば、人運が3という低い値であること、霊脈と血脈と天命運の全てに“14:人的トラブル”の相が出ていること、そしてこの霊障5が合わさることによって、今回のような逮捕に至るまでの事件を引き起こした可能性は、たしかに、高いと思われる」

『なるほど』

陰陽師の説明に一つ頷いた後で、青年が口を開く。

『つまり、そのあたりをもう一度整理すると、総合運が満点である9点で、霊障がない(神事をし、パフォーマンスが100%の状態)場合、各項目が8点以上であれば、今世、重大な苦労をする心配はない反面、7点以下の項目がある場合、それなりの苦労を覚悟する必要があるわけですね。さらに言えば、7点以下の項目で苦労することが今世の課題だと』

「端的に言うと、そういうことじゃ」

『彼の大学の同級生によると、“とにかく理屈っぽくて浮いた存在でした。“変人”って感じで。友達はほとんどいなかったのではないでしょうか“といった印象だったそうですが、この点も踏まえると、彼が人間関係でトラブルを起こしやすいことも納得です』

そう言いながら小さく頷く青年に、陰陽師が問いかけた。

「ちなみに、彼の家族はこの事件に関して、何かコメントをしておるのかの?」

陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、父親に関する情報を伝えた。

『彼の父親は、彼が逮捕されたことに対し、“裏で大きな力が働いているのでは”とコメントしたり、ネット番組で息子と共演していることから、同じ魂4ではないかと思います』

「なるほど。せっかくだから、彼の両親も鑑定してみるとしよう」

そう言い、陰陽師は紙に両親の鑑定結果を書き足していく。

奥野淳也の父SS

奥野淳也の母SS

二人の属性表を見た青年は、頷いてから口を開く。

『やはり、4−4でしたか。欄外の枝番の数字の多くが“3”で“性善説”論的な気質を持つことから、根は悪い人ではないようですが、一部に5があるあたりが、今回のような騒動を起こした息子を擁護する要因なのでしょうね』

「それと、各所に14があること、また、総合運の中の人運が7であることも、そのあたりの言動に影響しておるのかもしれんな」

『たしかに。本来であれば、偏狭ではあるものの正義感が強く、大衆の意見に感化されやすい魂4である人物がこのような言動をするというのは、正に、“人間は多面体”を地で行っていると言えるのでしょうね』

「さらに言えば、 “魂4(逆)色眼鏡”によって結ばれた、魂の組み違い夫婦であることを考えると、父子の間では話が通じていたのかもしれぬが、頭が1で、しかも“魂3:武士”である母親からすると、二人と価値観が合わず、色々と苦労している可能性も否定できぬの」

『僕もそう思います。参加意識の高い魂4の父親がメディアの前でコメントしたことはある意味当然として、母親からコメントが一切ないのは、あるいは、そのような事情があるのかもしれませんね』

そのような青年の言葉に大きく頷いた後で、陰陽師が口を開く。

「ところで、彼がマスクをしない理由として、小さい頃から喘息を患っていたからとあったようじゃが、そのことに関するコメントはあるかの?」

陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、該当する項目を読み上げる。

『父親曰く、過去に一緒に生活していた時は、マスクをつけられないような症状はなかったとのことです。それだけではなく、彼は事件の後にマスクをして街中を歩いている姿を目撃されているようです』

「つまり、彼がマスクをしないのは健康上の理由ではなく、個人的なこだわりである可能性が高いというわけじゃな」

『どうやらそのようですね。彼は“法律上の規制がない以上、マスクを強制することはできない”という持論を展開していますが、マスクを巡る騒動の結果、今回のような事件を引き起こしたことには、首を傾げざるを得ません』

「広義の意味で、マスクを着用しないことは法律上の規制にはならないという理屈を盾に持論を主張した結果、航空法や宿泊約款といった、民法に違反して逮捕されてしまったことは、たしかに、4−4らしい反応と言えるかもしれんのお」

陰陽師の説明に対し、青年は頷いてから話題を変えた。

『ところで、話が変わりますが、もう一人、マスクを巡る騒動で逮捕された男性がいます。49歳という年齢で今年(2021年)の大学共通テストを受けた人物なのですが、彼は、監督者に何度も注意されたにも関わらず、マスクで鼻を隠すことを最後まで拒否しました。その結果、監督者に試験会場から退場するように言われたものの、それすらも無視したため、他の受験生の方が別室に移動することになりました。試験が終わった後も、彼は試験会場のトイレに立てこもるといった問題行動を取り、最終的には、不退去容疑で現行犯逮捕されました』

「つまり、マスクから鼻を出していたことが原因で、テストで失格になったわけじゃな?」

『どうやら、そのようです。監督者は彼に6回も注意をし、しかも次に注意をしたら失格になることを明確に伝えたにもかかわらず、彼は注意を無視し続け、マスクの着用を改めなかったようです』

「なるほど」

『いずれにしましても、マスクの着用はきっかけに過ぎず、ルール違反が主な要因であることから、僕としても失格はやむを得ない措置だったと思います』

「ちなみに、彼には健康上の理由などはなかったのかの?」

陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを再び操作し、しばらくしてから口を開く。

『その点に関しては明確な情報は出ていないのですが、マスクを鼻まで着用できないまでの理由があるのなら、監督者に注意された際にその旨を伝えることができたはずだと思います』

「たしかに」

『それだけではありません。事前に配布されていた“受験上の注意”にも、次のように書かれていました』

マスク(予備マスク含む。)を持参し、試験場内では常にマスクを正しく着用してください。(中略)。感覚過敏等によりマスクの着用が困難な場合は、”医師の診断書“を提出して受験上の配慮申請を行い、別室での受験を申請する必要があります。

「と言うことは、この男性も、個人的な事情でマスクを拒否していた可能性が高いわけじゃな」

『はい。自分の主張が認められず、いらいらしていたと容疑を認めていたことから、おそらく個人的な事情だと思います』

陰陽師は青年の言葉に頷いてみせ、失格となった男性の鑑定結果を紙に書き記していく。

共通テスト失格男SS

属性表を見た青年は、少し驚いた表情を見せ、口を開く。

『彼は“魂3:武士”だったのですね。ただ、頭が2で、欄外の枝番の数字は“7”であること、そして、先祖霊の霊障に“5:一般・事件・加害者”の相があることを鑑みるに、今回のような自己中心的な騒動を起こしたことも納得です』

人運が“3”とかなり低いことも騒動を起こした要因の一つじゃろうし、転生回数の十の位が30回代の人物の場合、メディアで取り上げられるような事件を起こす可能性がどうしても高くなるようじゃな」

陰陽師の言葉に首肯した後、青年はしばらく黙考してから口を開く。

『また確認になりますが、この世で犯罪を犯したり迷惑行動を取る人物も、結局は、“永遠の世”の要請で生まれた魂であることには変わりがないわけですから、400回に及ぶ魂磨きの修行を終えれば、この世で真っ当な人生を歩んでいる人々の魂と同様に、“永遠の世”で何らかの職責を担うわけですよね』

「その通りじゃ」

青年の質問に大きく頷く陰陽師の様子を確認し、青年は言葉を続ける。

『と言うことは、たとえこのような事件を起こしたとしても、彼らは彼らで今世の課題をこなしていることになるわけですから、それを以て彼らを安易に批判することは、あまり意味がないということになりますね』

「その通りじゃ。いつも言うように、“罪を憎んで人を憎まず”ではないが、騒動を起こす人物を目の敵にしたり、悪意を向けるのではなく、それらの事件から気づき、学んだことを自分の糧として活かすことが肝要であると同時に、“この世は修行の場”という言葉の意味を常に噛み締めることが重要じゃとワシは思う」

『つまり、この世が“地上天国”ではない以上、たとえ自分の身に不幸な出来事が起きたとしても、それは今世の宿題であったと考えるべきなのですね』

「もちろん、誰もが戦争や凶悪犯罪に巻き込まれたくないと願うわけじゃが、霊障がない状態でそのような厄災に巻き込まれた場合には、それも今世の宿題と思うくらいの覚悟が必要だとワシは思う」

『そして、それこそが“不動心”だと』

「まあ、そう言うことじゃ」

そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。

SNSやウェブ上だけでなく、現実でも偏狭な正義感を振りかざして迷惑行動を起こす人物がいる。特にコロナ発生以来“**警察”と呼ばれる、過度な自警団的行為が多数報告されている。しかし、そんな彼らの行動にも、彼らなりの宿題が大きく絡んでいるのだ。
とは言え、そこに霊障が絡むと、事態が思わぬ方向に進んでしまう可能性が出てくる。そのような意味で、これからも、霊障によって魂磨きの修行が阻害される人物が一人でも少なくなるよう、ご神事の提案だけは続ける必要があるはずだ。
そう青年は思議したのだった。