新千夜一夜物語第2話:先祖霊と守護霊

青年は再び陰陽師の自宅を訪ねていた。

怪しいと思いながらも、陰陽師の言葉には重みがあり、嘘や狂言だとはどうしても思えなかった。きっと、今の自分に必要な話だと心のどこかで理解していたのかもしれない。

「よく来たのお。今日は地縛霊が親族の子孫に取り憑いた場合にどうなるか? について話そう」

『よろしくお願いします』

小さく頭を下げる青年に、陰陽師は話し始めた。

「取り憑かれた親族は、先祖霊の霊障として次の17個の障害がもたらされると考えるといい」

『え、霊障って17個もあるんですか? それって、どんな障害なんですか?』

「1.金銭の問題
2.仕事運の問題
3.精神の問題
4.病気の問題
5.事故・事件
6.家庭の問題
7.親子の問題
8.異性の問題
9.子宝の問題
10.伴侶との軋轢
11.親族との軋轢
12.読心・暴力衝動。諸事に支障(物)
13.予知・口撃衝動。諸事に支障(人)
14.偶発的人的トラブル
15.慢性的な痛みもしくは原因不明の危険な発作
16. 輪廻転生のメカニズムへの帰還失敗(対象は故人のみ)
17.天啓/憑依じゃ」

『一口に霊障と言いますが、こんなにもたくさんの種類があるんですね…。ちなみに、取り憑かれた子孫は全部の霊障を受けているんですか?』

「平たくいうとそういうことになる。ただし、人によって強い影響を受けている霊障が異なるのじゃ。もちろん、16は故人を対象としているから除外されるがな」

『16は亡くなった人が地縛霊化しているかどうかを判断する要素ということなのですね』

「その通りじゃ」

『ひょっとして、僕の人生がうまくいっていない原因に、ご先祖様の誰かが子孫である僕に取り憑いているというのが理由だったりしますか?』

「それは鑑定すれば、すぐにわかるぞ」

『・・・それでは、鑑定をお願いしてもいいですか?』

青年は紙に名前と生年月日と出生地を書き、陰陽師に渡した。

『わざわざ生年月日と出生地まで書いてくれてありがとう。じゃがな、ワシは名前、特にふりがながわかればその人物の素性を鑑定できるのじゃよ』

「え、名前の音だけでいいんですか?」

「そうじゃ。”音”には音霊という大きなエネルギーが込められておると同時に、名前というのはその人物を最も表していることから、鑑定には名前の音だけで十分なのじゃよ」

『なるほど、それはすごいです! 名前そのものに意味があるのではなく、ふりがなを頼りにその人物の情報にアクセスするような感じでしょうか?』

「まあ、そういうことじゃ」

『ちなみに、同姓同名の人の場合はどうするんですか?』

「同姓同名の人物から鑑定の依頼があった時は、職業であったり、依頼者との関係を聞いておる。もっともそれは当人をより正確に特定するためのサポートみたいな役割としてじゃがな」

『名前が読めない外国人の場合はどうするんですか? 音を読み間違えて伝えてしまいそうです』

「厳密に言うと、たとえば友人の友人の奥さん御母親といった具合に、名前がわからなくとも依頼者から連なる一連の人間関係がわかればそれでも問題はないということになる」

目を見開き、黙ったまま固まる青年。どうやら彼の理解の範疇を超えた話だったようである。

「難しい話はさておき、結論としては名前がわからなくても問題ないということじゃな」

『・・・理由はよくわかりませんが、ともかくすごいですね・・・』

「今は話を先に進めるために詳しくは後日伝えるが、残念ながらそなたにも先祖霊の霊障が憑いておるな」

『やっぱり、そうですか。・・・といいますか、どうせ取り憑くなら守護霊のように僕のことを守ってくれたり幸運をもたらしてくれたらいいのですが。迷惑な先祖ですね!』

先祖のことよりも、自分の不利益に敏感な青年。死人に鞭打つとはこのことであろう。

「そうはいっても、原因が家系の因縁じゃからのお。言い方を変えれば、そなたの
人生がうまくいってなかったのは、そなただけのせいではないということじゃ」

『どうして僕だけの原因ではないのでしょう?』

「それはね、この霊障というのは、家系の因縁とも言われておるからじゃ」

『家系ですか…』

「その通り。人間がこの世に生を受ける際、当然父方母方の先祖の肉体的なバトンタッチが必要なわけじゃが、彼ら・彼女らの中には無事にあの世に帰還した者もいれば、この世への強い執着や未練を残して成仏できず、地縛霊化している者もおる」

『それって大丈夫なんですか?』

「もちろん、地縛霊化している先祖霊は苦しい思いをしている。それで子孫に救ってもらいたくてメッセージを送ってくることもあるんじゃ」

『危ない場面で助けてくれたりとか?』

「いや、残念ながらその逆で、それによって危ない場面が引き起こされることがあると思ってもいい」

『ええ?! 先祖霊って我々を守護している存在なんじゃないんですか?』

「いや、違う。そもそも守護しているのなら、そんな状況には陥らないはずじゃろう。危険な目にあうどころか、万事が順調に進むじゃろうて」

『言われてみれば確かに…』

「霊障を受けている人間は、見えない世界に興味を持つ者がほとんどじゃ」

『でもそれって、世間ではそういうブームだからなのでは?』

「もちろんそれもあるが、それでもスピリチュアルや見えない世界にまったくといっていいほど興味を持たない人間も世間には大勢おる。人数としてはそちらの人間の方がはるかに多い。逆に、それらの事象に興味を持つということは、ご先祖が子孫に霊障に気づき、解消してもらいたくて影響を与えているということもできるじゃろう」

『ということは、唯物論者というか、現実主義というか、この手の話に全く興味がない人には霊障がないのですね?』

「簡単に言うと、そういうことになる。霊障がある人間とない人間の比率は、おおよそ三七で、霊障のある人間の方が絶対的に少数派ということになるわけじゃ」

『ということは、霊障がない人は人生で成功しやすかったりしますか?』

「少なくとも、17種類の霊障による被害はないからの。そうと言えばそうとも言える」

『なるほど、そうなんですか…。だとすれば、霊障がない人が羨ましいです』

「まあまあ、そう言うでない。見えない世界を理解できないということは、見えない世界を楽しめないということでもあるんじゃよ」

『なるほど。ちなみに、霊障はどうして起きるんですか?』

「例えば、稲荷神社を熱心に拝んでいると、死後に”17憑依”(特に狐)の影響を受ける可能性が極めて高い。本物の神は人間一人一人の私利私欲に満ちた願い事などいちいち聞きはせん。そのような願い事を聞くのは、神ではなくその使い走りの眷属たちと決まっておる。奴らのやっかいなところは願いを叶える代わりに必ず代償を要求することじゃ。奴らがその代償として何を要求してくるとしても結果的に良いことと悪いことが同じくらいの程度で起こると考えておいた方がよい」

『御利益の代わりにそのしっぺ返しで苦しみたくないので、もうお参りもお願い事もしないようにします』

「それはそなたの自由じゃが、いずれにしてもそれは賢明な判断だと思うぞ」

『ちなみにですが、どうしたら地縛霊化しているご先祖様を救うことができるんですか? 僕にも霊障があるということは、亡くなってから今もずっと苦しんでいる人? 魂? がいるんですよね?』

「今もなお苦しんでいる先祖霊は、神事の一つである“先祖霊の奉納救霊祀り“によって救霊することができる」

『あ、そうですか! やっぱりそういうことになりますよね! ちょっと用事を思い出したので今日はこれで失礼します!』

慌てて逃げるように退室する青年。本当に用事があるのかはあやしい様子であった。